公共工事の諸問題 その11(2) 建設業者過剰供給構造の改革 ~『建設産業政策2007』を読んで~ 阿部 賢一 2007年11月10日 |
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5. 公共工事の生産システム(入札制度)の規制と改革について 建設業界に対する公的規制・保護の存在は、競争を制限するための法律が数多く制定されてる。それらは、建設業界のすべての企業がつつがなく生存し続けるためのシステムである。規制改革の必要性があっても、一旦手に入れた既得権を誰も手放さない。我が国得意の内輪の「和」のシステムを維持するためである。規制・保護に伴う許認可権限によって所轄官庁の権限が強化される。そのための人員の配置が必然的に生じて、官庁組織の肥大化を招く。役人が多すぎるとの批判を受けて派生して公益法人が乱立され、官僚の天下り先の確保となる。 許認可を得た業者は「安定」を得ることで「安住」体制に浸る。その結果、所轄官庁と業界の利益は守られるが、当初、意図されたかもしれない国民の利益は、いつの間にか失われ、国民の損失となる。グローバリゼーションによって、我が国力は国際的な競争力を失い、低下を招き、国家衰亡に道を辿る。 我が国では規制改革と言っても、先進諸国で言う規制撤廃(Deregulation)を、規制緩和と意訳*して、緩和という漠然としたニュアンスを蔓延させ、実際には遅々として進まない。
1) 中央建設業審議会 中央建設業審議会は建設省の審議会として、昭和24年設立。 その目的は『「建設業法」、「公共工事の入札及び契約の適正化の促進に関する法律」等に基づき、(1)経営事項審査の項目と基準について、(2)建設工事の標準請負契約約款について、(3)公共工事の入札・契約に関する「適正化指針」について、審議を行う』である。 審議にもとづいて、入札改革についての「建議」を行い、国土交通省(旧建設省)はこの「建議」に基づく入札制度の改革を進めてきた。-------[図-8]
国所管の公共工事については、[図-8]に要約した「建議」項目に対して、国土交通省(旧建設省)はさまざまな試行措置を講じたり、情報公開に努めてきた。 EUでは、欧州公共調達規則/指令[EU Public Sector Procurement Rules/Directives]、米国では、連邦政府調達規則(Federal Acquisition Regulation: FAR)(各州はそれに付加する形での州調達規則)が、国のみならず地方公共団体に至るまでの公共調達規則として、公共事業の調達に適用されている。 我が国では、中央官庁の公共事業調達は財務省所管の「会計法」、地方公共団体の公共事業調達は総務省所管の「地方公共団体法」にもとづいて行われており、二本立てである。 「会計法」は戦前の会計法を基本的に継承して現在に至っている。「まさに古色蒼然たる」といつも枕詞がつくものである。それを関係法令の「拡大解釈」で提言や実態との辻褄合わせをおこなってきた。 会計法では「一般競争」が原則である。その例外規定を適用していつの間にか常態化したのが「指名競争」入札である。 また平成12年成立の「公共工事の入札及び契約の適正化の促進に関する法律」(入札契約適正化法)、平成17年成立の「公共工事の品質確保の促進に関する法律」(公共工事品確法)などにより、国土交通省は「中建審建議」に応えるべく、財務省と相談しながら、世の中の要請や実態にあわすべく多様な入札方式の試行を続けてきている。 「会計法」自体が実態とは乖離していることを如実に示すものである。 「指名競争」入札の弊害が世間で指摘され、最近では「一般競争」入札にもどってってきているが、会計法の原則に戻ったに過ぎないのであり、改革でも何でもない。 筆者は十数年来、欧州公共調達規則や米国連邦政府調達規則(多様な入札方式が規定されている)のように、現在及び将来を展望した我が国の多様な公共調達の選択肢を広げ、明快かつ透明性を高めるような公共物品・工事・業務(EUではSupplies、 Works、 Servicesについての公共契約指令がある)についての総合的な法体系をつくるべきだと提案してきた。我が国の建設業界も関係識者も同様である。しかし、財務省や総務省はいまだに古色蒼然たる「会計法」「地方自治法」をいじくりまわしている。 それゆえ、指名競争入札、随意契約、予定価格、低入札価格調査制度(国)や最低制限価格制度(地方公共団体)などがいつまでも問題になるのである。 2) 「行政改革委員会」最終意見 平成6年11月成立(同年12月施行、平成9年12月失効)の「行政改革委員会設置法」*に基き設置された規制緩和・官民の役割分担の見直し等を審議した「行政改革委員会」最終意見(平成9年12月12日)では、公共工事に関しての七項目[図-9]についての検討がなされた。 *役人たちの行政改革嫌いを反映してか、わずか三年間の時限法であった。テロ対策法期限切れでおたおたしている政治家や役人たちは、既得権益の絡む法律の時限化、期限切れを嫌がるが、法律はすべて、本来、期限を明確に設定し、延長する場合の条件設定も厳密にすべきである。
ながながと行政改革委員会最終意見を引用したが、それまでの報告書・提言とは一味違った価値ある最終意見であった。 政府はその前後に以下のような施策を実行している。 「公共工事の入札・契約手続の改善に関する行動計画」(平成6年1月) 「公共工事コスト縮減対策に関する行動指針」(平成9年4月) (平成9年度~平成11年度の三年間) 「公共工事コスト縮減対策に関する新行動指針」(平成12年9月) (目標期間:平成12年度から「行政コスト削減に関する取組方針」の最終年度である平成20年度末) 3) 公正取引委員会「公共調達と競争政策に関する研究会」報告書 公正取引委員会は「公共調達と競争政策に関する研究会」(以下、公取研究会という)を平成15年6月に設けて、公共調達の入札・契約制度等に関する課題を抽出し、公共調達における競争性の徹底を目指して、その改善のための方策について検討を行ってきた。そして、同年11月、最終報告書『公共調達における競争性の徹底を目指して』(以下、公取研究会報告という)*を公表した。 * http://www.jftc.go.jp/pressrelease/03.november/03111801.pdf 最終報告書第三部(22~36p)の項目・要旨は[図-10]の通りである。
公取研究会のメンバーは、十四名。学者、建設業界、発注者などが参加しており、オブザーバー四名は、内閣府、経済産業省、国土交通省、大学講師である。 国土交通省所管の中央建設業審議会(中建審)の建議などよりも、検討課題が多岐にわたり、提言も具体的である。これまで公共工事についての中央省庁所管の研究会等の提言は、省庁縦割り行政のためか、検討課題に対する深みも提言も不満足なものが多かったのと対照的である。 会計法の古色蒼然さも、この報告書ではっきりと指摘されている。 平成18年(2006)年1月4日、「私的独占の禁止及び公正取引の確保に関する法律の一部を改正する法律」(改正独占禁止法)が施行された。 同法律は、(1)課徴金算定率の引上げ、(2)課徴金の適用対象範囲の明確化・拡大、(3)課徴金減免制度の導入、(4)犯則調査権限の導入、(5)罰則規定の改正、(6)審判手続等の改正、等を行ったものである。 これにより、繰り返されてきた談合に対する課徴金などの行政制裁措置が強化された。 大手建設業界はこのビジネス環境の変化を敏感に反応した。平成17年(2005年)12月29日、ゼネコン大手4社(鹿島、大成、大林、清水)が、平成18年(2006)年1月4日の改正独占禁止法の施行と同時に法令順守(コンプライアンス)を徹底し、入札談合と決別することを申し合わせていたとの報道があった。 そして、土工協は、平成18年(2006年)3月に設置した「透明性ある入札・契約制度に向けた対策会議」がまとめた「透明性ある入札契約制度に向けて―改革姿勢と提言」を公表した。その中で強調されたのが、入札談合等の「旧来のしきたり」からの訣別宣言である。提言としては、公共工事から談合を誘発する余地をなくすための入札・契約制度改善策として、「調査・計画・設計段階での建設業者の役割の適正化」「JVによる事業実施方式の適切な運用」「複数年にわたる工事の適正な執行」などである。 長年続いてきた公共工事の談合問題も、公正取引委員会の積極姿勢による「課徴金算定率の引上げ」「課徴金の適用対象範囲の明確化・拡大」「課徴金減免制度の導入」で一気に消滅の方向に進んでいる。 4) 大手建設三団体の提言 建設業界側はそれ以前にも、入札契約制度の改革について、各種審議会、発注者側の研究会、協議などで提言を行ってきた。 社団法人日本建設業団体連合会(日建連)、社団法人日本土木工業協会(土工協)、社団法人建築業協会の業界大手三団体は連名で、『公共工事調達制度のあり方に関する提言-「技術力の活用」を通じた「競争性の確保」のための仕組みづくり-』(平成16年9月)を行っている。 その要旨は[図-11]の通りである。
公取研究会の「最終報告書」と建設業界大手三団体の「提言」はほぼ同じ内容であり、いずれも現行会計法の限界を指摘すると共に、現在、我が国公共調達に求められている「競争」によるVFMの追及と、入札・契約方式の多様化の要請に対して、「会計法」の見直し、公共調達新法の制定を求めている。 5) 財務省財務総合政策研究所「日本経済の効率性と回復策に関する研究会(Ⅱ)報告書 もう一つ財務省財務総合政策研究所の「日本経済の効率性と回復策に関する研究会(Ⅱ)(以下、財務省研究会(Ⅱ)という)の報告書を紹介する。 平成13年6月27日に公表された「日本経済の効率性と回復策-制度依存的経営から挑戦的経営へ-」*である。 * http://www.mof.go.jp/jouhou/soken/kenkyu/zk036a.htm 九十年代に入り我が国経済の成長率が長期的に低下して、経済の構造改革の重要性が指摘された。 日本経済の効率化を妨げている要因について研究を進め、平成12年6月に自動車などの8業種に関する報告書をまとめた。それに引き続き研究会(Ⅱ)では、食品、薬品、医療、建設、住宅、電力の6業種についての効率化、コスト削減を妨げている要因を明らかにして検討をまとめた。 6業種に共通するのは、非効率を形成する要因が人為的な制度にあることに着目して、そのような制度の改革とオープン化への対処の遅れにあるという視点に立って検討をまとめたものである。 建設については、『第4章 建設-国際競争力強化のためのインフラ整備を-(泉田成美 72-88p) 』に報告されている。その項目・要旨は次の通りである。-----[図-12]
財務省の研究会(Ⅱ)の報告は、グローバリゼーションの荒波にさらされ停滞した我が国の経済の「競争力」を取り戻し高めるためには、公的制度の非効率性改善を強く訴えていることに特色がある。 それに比べると「建設産業政策2007」の内容が検討範囲も政策範囲も狭く、具体性に欠けている。 6) 政策、報告書、提言の比較 国土交通省(二つの「建設産業政策大綱」)[1]及び中央建設業審議会建議[5.1]と、行政改革委員会、公正取引委員会、建設大手三団体、財務省財務総合政策研究所[5. 2)、 3)、 4)、 5)]を比べると、公共工事に対する規制撤廃(緩和)に消極的な国土交通省研究会や中央建設業審議会建議などに比べて、その他の委員会・研究会及び業界大手団体の報告書等は、一様に公共工事についての規制撤廃を求めている。それは、グローバリゼーションに伴う我が国の国際競争力の回復と、規制による非効率化の排除を求めている。しかも、それらの報告書は、省庁縦割り行政の枠組みの中での検討を越えて、できるだけ具体的な現状分析と提言をしている。 (つづく) |