公共工事の諸問題 その11(4) 建設業者過剰供給構造の改革 ~『建設産業政策2007』を読んで~ 阿部 賢一 2007年11月10日 |
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6) 官公需施策、共同企業体制度その他の中小建設業対策についての見直し 平成9年末の「行政改革委員会」最終意見(平成9年12月12日)において、「当面は、官公需施策について、官公需法の趣旨を再徹底するため、同法の運用面での改善を図るべきであること、中小企業者の受注機会の増大の名の下に行過ぎた施策がとられないように要請すべきである」としている。 公取研究会報告書(平成15年11月18日)では、中小企業等の受注機会拡大・地域振興のための発注方法等と競争性の確保について以下の提言を行っている。------[図-17]
中小企業対策として、国においては、官公需法に基づく中小企業の受注機会確保の施策を行ってきたが、地方公共団体発注者ではそれに加えてさまざまな公的規制・公的保護を長年にわたって行ってきた。 その項目をまとめると、公取委員会報告の提言項目を含めると以下の通りである。 1. 官公需法に基づく受注機会の確保 2. 地域要件の設定 3. 共同企業体制度 4. 分割発注・ランク制 5. 地方公共団体による公共調達における地元業者の下請使用や地元産品の利用の要請 6. 契約時に支払われる前払金(契約額の4割を限度) 7. 工事履行保証制度 それぞれの項目についての分析と提言を以下詳述する。 1. 官公需法に基づく受注機会の確保 官公需についての中小企業者の受注の確保に関する法律(官公需法)は昭和41年(1966年)6月30日施行されている。全文7条から成る法律である。数度の改正を経ているが基本的には変わっておらず、施行から41年を経ている。 中小企業者の定義であるが、製造業、建設業、運輸業については、資本の額又は出資の総額が3億円以下の会社並びに常時使用する従業員の数が300人以下の会社及び個人となっている。(法第2条(1)) 国等の契約に当たっては、「予算の適正な使用に留意しつつ、中小企業者の受注の機会の増大を図るように努めなければならない。」(法第3条)と規定されている。 そのため、国は毎年度「中小企業者に関する国等の契約方針」を閣議決定しなければならない。(第4条) そして、前年度の「中小企業者向け契約実績」も公表されている。 政府は、2007年度の中小企業向け官公需契約目標を、総予算額8兆4560億円の50.1%にあたる4兆2406億円とする契約方針を閣議決定した。官公需総予算額に占める契約目標比率が半数を超えるのは初めてで、目標額は、前年度実績に比べて1254億円上回り、3.0%増となる。 このうち建設工事は、前年度実績比5.1%増の1兆8199億円、役務は1.0%増の1兆1962億円。国が5.3%増の2兆5936億円、公庫などが0.4%減の1兆6469億円の内訳。 平成18年度の「中小企業者向け契約実績」は、官公需総実績額8兆6559円、中小企業者向け契約実績額4兆1152億円、契約比率47.5%であった。 官公需法についての行政改革委員会最終意見(平成9年12月12日)は次のとおりである。----[図-18]
公取「公共調達と競争政策に関する研究会」(第4回)(平成15年7月31日)議事録には、官公需法施行年度から平成14年度に至る「官公需の年度別目標、実績額の推移表」が参考資料として添付されている。 それによれば、初年度の目標額比率が26.8%、それに対する実績額比率が25.9%。年度を経るごとに両方の比率が高まっている。平成8年度以降は、実績額比率が目標額比率をわずかではあるが追い越す傾向が続いている。そして、平成18年度の国等の目標額比率は、47.9%、実績額比率は47.5%、平成19年度の目標額比率がわずかではあるが、ついに50%を超えた。 公取研究会の同日の官公需法についての議論要約を読むと問題点がはっきりしている。-----[図-19]
官公需法では、中小企業としての建設業は資本金3億円以下、常時使用する従業員300人以下と規定されている。そのため、この上限を超えないように企業経営することが、官公需法の適用を受けるための条件となる。 しかも、官公需総額の半分を占めるにいたっていることは、企業規模発展意欲を阻害することにもなる。 ほどほどのところで、官公需法の恩恵を受けようと考えるのは当然の成り行きである。 しかも、資本金3億円以下、従業員300人以下といえども、地方においてはナンバーワンの大企業であったり、毎年、十数億円規模以上の売上げを挙げることも可能である。 中小企業は一般論としてはたしかに弱者である。だからといって、官公需法のような公的規制・公的保護の既得権益をいつまでも与える必要はない。弱者であることを大合唱することによって、優遇措置をいつまでも受けるべきではない。 中小企業の「製造業、建設業、運輸業」という漠然としたくくりの中で、期限もなく官公需法を運用する必要もない。製造業であれば、新分野・新製品を開発・展開する企業への優遇措置というのであればまだ理解は可能である。 建設業、運輸業は、すでに成熟業界であり、むしろ過剰供給状態で淘汰が必要である。業者の過剰供給状態は、ダンピング受注の大きな原因ともなっている。 官公需法第7条には、地方公共団体への訓示規定があるものの、官公需法は国等の機関を対象としたものであり、地方公共団体は本法の対象外である。しかし、国の官公需法に便乗して地方公共団体も、「右へ倣え」で官公需法同様の中小企業優遇措置の運用を続けてきた。 上述の「意見」や「議論」にあるとおり、官公需法自体が本来の趣旨と実際の運用が年を重ねるごとに形骸化してきた。中小企業の保護・育成ということで、「受注機会の確保」がいつのまにか「契約目標額の確保」に変質している。毎年政府が発表する「中小企業者に関する国等の契約の方針」を読むと、官僚の無味乾燥な作文をもっともらしく「閣議決定」というお墨付きを与えることで正当化しているつもりだろうが、内容はまったく矛盾だらけで抽象的なものの繰り返しである。 しかしながら、中小企業問題は、きわめて政治的な地雷的問題であるため、「触らぬ神に祟りなし」状態で、誰も改革の口火を切る者がいない。政治家・行政・中小企業団体の癒着と「談合」がいまだに続いている。 国も地方公共団体も、官公需法及びそれに準じた運用を行うために、公共工事を無理やり分割発注しているのが実態である。なぜ、分割入札・発注をするのかの説明責任も果たしていない。 諸外国には、官公需法の如き目標額比率を掲げるような中小企業者受注対策はない。----[図-19]
米国においては、中小企業関係法律としてSmall Business Act(SBA)がある。上述の中小企業とはSBAに定義されている企業のことであり、連邦政府及び州政府の公共調達入札に参加できる。 連邦調達規則FARには、[Part 19 Small Business Programs]がある。 さらに49CFR26(Code of Federal Regulation Title 49 Part-26)に基づいて、連邦政府資金で行われる工事には、発注者は入札に当たり一定の割合(例えば5%、7%、10%等)をDisadvantaged Business Enterprise(DBE)に下請させる義務を負わせている。実例を挙げれば、カリフォルニア州道路局(CALTRANS)の入札案内特別条件(Specific Condition)として明記されている。 しかし、我が国のように、発注者自身が中小企業向けに目標額比率を定めたり、契約したりするような官公需の目標額比率を閣議決定するような極端ともいえるような中小企業優遇措置などはない。 EU加盟諸国においては、EU公共調達法令(EU Public Procurement Legislation)*に基づいて国内法を整備し公共調達を行わなければならない。地元業者優先等の公的規制はない。 * Directive 2004/18/EC of the European Parliament and of the Council of 31 March 2004 on the coordination of procedures for the award of public works contracts, public supply contracts and public service contracts 米国及びEUにおいては、公共工事入札の「コスト性」「効率性」「競争性」「国際競争力」等を重視する。 そこには、国内向きの政治的な思惑など入る余地はない。 「官公需法」は施行からすでに41年目、既得権益化しており、賞味期限切れで公共工事効率性の障害となっている。速やかに「官公需法」廃止に向けての具体的な「工程表」を提示すべき段階である。 2. 地域要件の設定 地方公共団体等における競争入札にあたり、入札者の競争参加資格として、地元建設業者を必須条件とするような事例が多い。このことで、入札参加者が固定化し、入札の「競争性」が失われ、官製・業者間の談合を誘発して落札額の高止まりが多く見られる。発注者は入札参加者の広域化をはかり、入札の「競争性」を高めるべきである。 3. 共同企業体制度 我が国における「共同企業体」には、その目的によって「特定建設共同企業体(特定JV)」と「経常建設共同企業体(経常JV)」に分けられる。 「特定JV」は、発注される工事ごとに結成される。土木工事では一般的には2社から3社で結成される。高層ビルなどの建築工事などではより多数の企業で結成されることもある。 公共工事の場合、入札に際して、建設業者はそれぞれパートナーを選んで発注機関に対してJVの結成を届け出る。各社の出資比率は、2社による場合は最低30%、3社による場合は最低20%。最も出資比率の多い企業が幹事会社(スポンサー)となり、工事受注・施工の際に主導的な立場となる。 「経常JV」とは、企業規模の小さい建設業者がJVを組織する場合である。単体では受注できない規模の大きな工事を受注することが可能になり、受注機会の拡大につながり、利益の向上に寄与するとされている。 経常JVは単体企業と同様の組織と見なされ、発注機関の入札参加資格審査申請時に申請を行うことで、一定期間単体企業同様の有資格建設業者として登録される。 海外におけるジョイントベンチャーやコンソーシアムが日本に導入されると、換骨堕胎されていつのまにか「日本型共同企業体(JV)」になってしまった。 昭和62年(1987年)、中建審は、「共同企業体のあり方」を答申して、共同企業体について「特定型」と通年の「経常型」とする原則的な考えを示した。 国及び地方公共団体にはその実施要綱・運用基準・取扱規程などが定められている。 既述の通り、国土交通省では、『入札契約適正化の徹底のための当面の方策について(平成15年度)』(平成15年4月15日)において、大規模工事等においてそれまで行ってきた「共同企業体」方式による入札から、単独業者でも応札できる「混合入札」方式の導入・促進の方向を示した。-------[図-20]
我が国における公共工事発注の特徴として、公共事業発注者が「共同企業体」結成を入札の必要条件とする場合が多い。すなわち、全国展開の大手ゼネコンと地元企業との「共同企業体」による入札を要求する。 「共同企業体」における「特定JV」の本来の目的は、大規模工事において、入札に参加する業者がそれぞれ得意分野を担当したり、経験の少ない技術分野を一緒に施工することで実績を積み重ねたり、規模の大きさに伴うリスク分散を図ること、工区を分化して早期完成を図ることなどである。 「共同企業体=特定JV」が「入札条件」として設定されるのが、我が国地方公共団体における入札の特徴である。入札者側が自主的に共同体を結成することは自由であるが、発注者側がこれを義務付けることは、官製・業者間談合の誘因となるので廃止すべきである。 「共同企業体」本来の目的は、ほぼ同等の企業規模・技術力・経営力のある業者同士で結成され、リスクを分散・分担するものであり、大手ゼネコンと地元企業の「共同企業体」などというのは、まったく我が国独特の制度である。地元業者が「共同企業体」にこだわるのも、たとえ、「共同企業体」のスポンサーでなくても、「共同企業体」組成メンバーであることによる企業としての高い評点・評価を地元業者は求めているからである。 そして、地元業者が「下請」を拒否して、元請の「共同企業体」メンバーにこだわるもの、元請の方が利益を確保するのに有利であるとの認識があるからであろう。さらに経営事項審査制度も大きく影響を及ぼしている。 しかし、実態はどう見ても「下請」である。世間では当然そう見ているのに、当事者だけが「共同企業体」メンバーだといっているのは、まさに滑稽である。 名古屋の地下鉄談合などにおける入札「特定JV」のメンバー構成を見ると、本来ならば充分単独で入札できる実力のあるそれぞれの業者が三社で「特定JV」を構成している。その入札が「談合」であると摘発される結果となっている*。入札グループ全部が三社による「特定JV」ということは、発注者側の入札条件であるに違いない。 そこには、建設業者みんなで工事を分け合うという発注者・建設業者の暗黙の了解が反映されている。 * 『公共工事の諸問題』その10 「談合がなくならない現実」 http://eritokyo.jp/independent/abeken-col1023.html 「経常JV」の場合は、上述の通り、単独では受注が出来ない規模の工事の受注を目指すことである。 その目的は、それなりに理解できるが、通常は、通年「経常JV」である。すでに成熟化した建設業界のなかでは、むしろ、生き残りをかけて各社が熾烈な競争、その結果としての「ダンピング入札」多発の現状では、この「経常JV」も自然消滅の運命にある。 「共同企業体」結成の条件として、過去の同種・同規模の工事の施工実績を有することが入札参加資格とされている場合があり、中小企業がこの要件を満たし、将来の参加資格を得るためには共同企業体に参加して実績を積む必要があるとの指摘がある。 すでに「官公需法」施行から41年目、そんな言い訳をする時限はとっくに過ぎている。 「共同企業体」は本来の、業者間における自主的な結成に任せて、発注者が入札条件から削除する方向への道筋を示す時期である。 その際に、上記1.で紹介した米国における49CFR26のような制度(元請が契約額の一定割合を小企業に下請することを義務付ける)を参考にするも良いと考える。 4. 分割発注・ランク制 1) 分割発注 分割発注は、上述2.~3.項に詳述したように、中小企業の受注機会の確保という名目で、中小企業の契約実績比率を達成するために、次第に行過ぎた運用(過度の分割発注)へとエスカレートして現在に至っている。 当初は調達案件の適正化等を勘案して行うという方針であった。しかし、「調達案件の適正化」とはどうゆうことかもしっかりと議論されずに、政治的な圧力が加わり、公共事業の景気対策・雇用対策・中小企業対策・地域活性化(地域バラマキ)への対応に堕してしまった。 なぜ「分割発注」するのか、その理由についての説明責任も果たされないまま、公共工事の「非効率」を促した。 平成11年、鹿児島市は、下水道工事(シールドトンネル、延長800m)を11工区に分割し、それぞれの工区を地元企業へ発注した。しかし、そのすべてを、全国展開のゼネコンが一括下請したことが発覚、建設省から異例の是正申し入れをうけるなどという、極端な事例*も発生した。 * 日経コンストラクション誌、平成11年(1999年)9月10日号 このような無茶苦茶な中小企業対策がおこなわれるのも、地元の景気対策・雇用対策・中小企業対策・地域活性化(地域バラマキ)という大義名分が先に立ち、公共工事発注に、首長、発注担当部局、業者、議会、政治家等などの思惑や癒着が複雑に絡むからである。地元有力者による公共工事の私物化以外の何物でもない。 工事の発注案件規模の適正化、分割についてのプロセスの透明性が強く求められて久しいが、いまだこれらについての情報は公開されていない。発注者は、分割発注についての説明責任を果たすべきである。 2) ランク制 ランク制は経営事項審査制度とリンクするものであるが、公共事業の景気対策・雇用対策・中小企業対策・地域活性化(地域バラマキ)で増えてしまった建設業者をA~E段階に評点により区分することにより、入札を同一規模・実力の建設業者の競争に付すという入札競争の「平等性」が強調されている。しかし、その運用が長期化するに従って過剰になった建設業者の棲み分けを促している。その結果、同一ランク内への固定化などによる入札の「競争性」を失わせることにもなっている。 これを改善するため、最近では、ランク数を三段階に削減する県や、廃止する自治体(横須賀市)などがでているが、まだ全国的普及への広がりはない。 国や都道府県などでは、ランク数を三段階に統合するなど削減する方向へ、市町村についてはランク制を全廃する方向への道筋をつけ、ランク制に安住する建設業者の選別化を進めるとともに、入札の「競争性」の範囲を拡大すべきである。発注者は、ランク制の削減や全廃が過剰な建設業者の淘汰へとつながるような政策を進めるべきである。 5. 地方公共団体による公共調達における地元業者の下請使用や地元産品の利用の要請 地元へ出来るだけカネを落とすという大義名分で、地方公共団体では公共工事の受注者との契約において、地元業者を下請業者として使用することや、地元産品を利用することに努力する旨の規定を設ける事例が多い。 地域不況とそれに伴う過疎化で、このような規定は、いつのまにか義務化への圧力となり、受注者に事業活動の選択肢を狭めさせ、公共工事コストの増加を押し上げる。 建設物価調査によれば、コンクリート工事に用いる骨材やレディミックスドコンクリート(生コン)などで地域による価格差が大きいのも、このような規定の影響が見られる。 コスト削減と「競争性」の発揮は企業の経営能力であり、受注者の下請や資材の利用については、他地域からの持込みがコスト削減になるのであれば、むしろそれを歓迎すべきである。 ここにも、公共事業の景気対策・雇用対策・中小企業対策・地域活性化(地域バラマキ)が露呈している。 6. 工事代金の支払方法 我が国の公共工事請負者は工事着手時に契約額の4割を限度として前払金を請求し、工事完成時に残りの6割を受け取る(工事が長期化する場合、金額が多い場合、中間払もある)のが一般的である。 契約時に40%の前払金がもらえるということが、ダンピング受注の大きな要因であることは、業界関係者の常識である。なにもしないうちに40%もの前払金が手に入る受注者は、それを企業の運転資金として大いに期待するのも当然である。 このような受注者優遇策は他の先進諸国に例をまったく見ない。 諸外国では、前払金は10%(大型工事の場合、仮設準備工事完了時点でさらに10%)、あとは、工事費内訳(明細)書のもとづく毎月の出来高払、その際、5%の留保金が発注者に差し引かれる、というのが一般的である。 我が国では、会計法に基づく予定価格の「総額」主義で、支払いが上述の通り、二回若しくは三回といういたって簡単なものである。 しかし、数度にわたる海外調査を経て、平成17年(2005年)3月、国土交通省は新しい積算方式「ユニットプライス型積算方式の解説(以下、『解説』という)」*を公表した。従来からの「予定価格」の「積み上げ積算方式」から「ユニットプライス型積算方式」へ移行する方針を決定し、平成16年12月から舗装工事の一部を対称に試行を開始した。 *国交省国土技術政策総合研究所総合技術研究センター建設システム課 http://www.nilim.go.jp/lab/pbg/unit/kaisetsu.htm 平成17年度から試行件数を増やして現在に至っているが、まだ「試行段階」にとどまっており、すべての工事には適用されるには至っていない。地方公共団体においては国土交通省の「試行段階」を見守っている状況にある。 国でも、地方公共団体でも、最近、にわかに工事費内訳(明細)書の提出を求める事例が増えている。これは、公共工事の激減に伴う「ダンピング入札」の調査として求めているものであり、諸外国のように工事契約書類とはなっていない。 工事代金の支払いについては、前払金は10%(大型工事の場合、仮設準備工事完了時点でさらに10%)、あとは、工事費内訳(明細)書のもとづく毎月の出来高払、その際、5%の留保金を発注者が差し引く、という、世界の常識を我が国でも制度化すべきである。 7) 工事履行保証制度 a. 履行保証 平成8年(1996年)3月、国土交通省(旧建設省)は工事完成保証人の廃止に向けて通達を出した。 これは、「公共工事に関する入札・契約制度の改革について」(平成5年12月21日 中央建設業審議会建議) にもとづく措置である。 さらに、国土交通省は、各都道府県知事宛に、「地方公共団体の公共工事に係る入札・契約手続及びその運用の改善の推進について」(平 成9年12月10日付)を出して、工事完成保証人制度の廃止と新たな履行保証体系への移行を促した*。------[図-21]
これらにより、工事完成保証人制度は国及び地方公共団体で廃止され、すべて金銭保証に移行した。 「工事完成保証人」は、もし受注者が倒産などで工事を完成できなかった際に、発注者側からの追加的支払なしで「工事完成保証人」が代わりにその工事を完成させることを約束する。同クラスの同業者が工事完成保証人になるという慣習があり、入札で同時に指名された業者がなることが多い。入札の競争相手が「工事完成保証人」になるということで、談合を誘発し、談合組織が「工事完成保証人」にならないことで談合破りを防止するシステムとしても大いに機能したといわれている。 「工事完成保証人」制度は、まったく不合理な制度であり、廃止されるのが当然である。筆者は海外工事の経験から、すでにそのことを入札改革提言の当初から指摘してきた。それがつい十年前まで平然と行われていたことの方が異常としかいいようがない。国及び地方公共団体発注者のこのような都合がいつまでも続いてきたことに、公共工事入札制度改革の遅れを象徴するものである。 b. 入札ボンド 入札ボンドについて、公取報告書は次のように述べている。-------[図-22]
国土交通省は、「中央建設業審議会報告、入札契約適正化指針等を踏まえ、一般競争方式の拡大と総合評価方式の拡充に伴う条件整備の一環として、入札ボンド制度の導入を図る*」として、平成18年10月下旬以降公告の直轄工事(東北及び近畿)において、先行的導入を図った。平成19年度以降については、順次拡大していく方針である。 * 入札ボンド制度の導入について(平成18年9月8日) http://www.mlit.go.jp/kisha/kisha06/01/010908_4_.html 入札ボンドの導入により、不良不適格業者排除、過大な入札参加抑制、著しい低価格での受注、いわゆるダンピング(過度な安値受注)抑止を図ることを意図している。 入札ボンドは金融機関が発注者に対して発行する入札参加企業の履行能力(主として財務面)を保証する詔書である。このため、金融機関による建設業者の財務面での審査がおこなわれ、与信枠の制約による入札抑止、財務能力を超える入札抑止などの効果が期待されている。 国土交通省では、平成19年度は7億2千万円以上の全工事、農林省では平成19年度2億円以上の工事についてモデルケースとして数件実施の予定である。 都道府県及び政令指定都市では、平成18年度に宮城県が3件実施、埼玉県が5億円以上の1件について実施した。今年度から、岩手県、兵庫県、京都市などが導入を開始する。 国土交通省は2007年10月16日、「市町村などにおける総合評価方式等導入支援事業」の募集要項を発表した。 同事業は、総合評価方式や入札ボンドの導入促進を目的とした調査の一環であり、市町村の発注予定工事からモデル事業を選定する。100団体程度を募集する。随時募集し、先着順で募集数に達した時点で締め切る。 今後、入札ボンド制度は、一般競争方式の拡大、総合評価方式の拡充などにより、大型工事から一般工事へとその適用が拡大する方向にある。これにより、建設業者の淘汰が進み、過剰供給状態を脱することが出来るか注目していきたい。 おわりに 「建設産業政策2007」を一読しての第一印象は、具体的な「工程表」のない極めて抽象的なものであることに失望した。建設産業政策の方向として、五つのC(Compliance, Challenge, Competition, Collaboration, Career Development)などと、英語を使って新しがっているが、この五つのCに格別新味はない。 そして省庁縦割り行政の影響であろうか、今後の公共事業の目指すべき方向をVFMという言葉だけで、入札制度改革、建設業界の過剰供給構造問題(淘汰)に踏み込んだ分析・政策などはどこを読んでも読み取れない。 東京オリンピック以後の不況で始まった「均衡ある国土開発」というスローガンを掲げての地方のための公共工事による景気対策・雇用対策・中小企業対策・地域活性化(地域バラマキ)という枠組みは、国及び地方公共団体の借金の巨大化ですでに限界を超えている。国から地方交付金等でばら撒かれる公共工事による地域の活性化などは、その場限りのもので地方の将来展望が開けるものではない。 公共工事についてのこれまでの「考え方」「政策」の全面的な転換が求められている。 我が国における建設業者に対する公的規制・公的保護が一向に撤廃に進まない原因は、「均衡ある発展」政策で、全国至るところで建設業者数が多くなりすぎたこと、それによる「政治」への圧力とそれに便乗する「官僚」との癒着である。 その象徴的なものとして、昭和41年(1966年)施行された官公需法などは、すでに40年も経ているのに、当初の「受注機会の確保」がいつのまにか契約実績額増大に変身している。官公需総額に占める中小向実績額比率が初年度の25.9%から倍増して、平成18年度には47.5%、平成19年度の契約目標額比率がわずかではあるが、ついに50%を超えた。 それに加えて「地域要件」「共同企業体」「分割発注」「ランク制」「地域業者・資材の使用」等々、再三にわたりその改善・廃止が提言されながら、いまだにしぶとく生き残っていて、公共工事の効率化を妨げている。 本論で紹介した公取研究会報告書や財務省研究会(Ⅱ)報告では、公共工事の「効率性」「競争性」を強く求めている。この二つのキーワードに対する国土交通省や地方公共団体の動きはきわめて遅く、不祥事の多発でようやく改善に乗り出すという後手後手の対応に終始してきた。 昨年から頻発しているダンピング受注は、我が国の成熟産業となった建設産業の公的規制・公的保護の枠組にその原因があるのであり、それらの撤廃への道筋を示すことが求められる 我が国の入札制度改革が遅れている原因は、国は会計法、地方公共団体は地方自治法、特殊法人等については、国に準ずる枠組みで行われていることにある。 しかも、国でも、統一された規則などはなく、各省個別の規則等によって公共調達が行われている。 このため、国は、平成12年成立の「公共工事の入札及び契約の適正化の促進に関する法律」(入札契約適正化法)、平成17年成立の「公共工事の品質確保の促進に関する法律」(公共工事品確法)などによって、何とか辻褄合わせをして、入札改革制度の改革に、そろりそろりと取り掛かっているというのがこれまでの経緯である。 戦前とほとんど変わらない古色蒼然たるという枕詞がいつも付く「会計法」「地方自治法」というダブルスタンダードの抜本的改正なくして、国及び地方公共団体の本格的な入札制度改革は進まない。 省庁縦割り行政の弊害が入札制度改革にも大きく影響を及ぼしている。 米国では本論で紹介した米国連邦調達規則(Federal Acquisition Regulation: FAR)、49CFR26(Code of Federal Regulation Title 49 Part-26)、これらに基づいて各州の公共調達規則がある。EU加盟諸国においては、EU公共調達法令にもとづいて、公共調達に関する法律が整備されている。英国をはじめ、フランス、ドイツ、イタリアなどには、国、地方公共団体を通じて、公共調達について規律する基本法がある。 「建設業界」(2007年8月号)の「窓」では、「建設業界が当面する最大の課題は、過剰供給構造の是正だ。建設投資がピーク時の6割に落ち込み、とくに公共投資にいたっては、4割の水準にまで激減している中で、建設業者数は一時の六十万社から減少したものの、依然として五十二万を数え、需要に比べ供給量の多い状態が続いている。このため受注競争の激化による極端な安値受注、下請価格の低落化などが社会問題化している」としている。この過剰供給構造をどのように打開するかがいま求められる建設産業政策である。 それは、本論で述べたとおり、数多くの公的規制・公的保護の撤廃による公共工事の「効率性」「競争性」追求以外にはない。 公共調達に関する我が国のダブルスタンダードを解消し、会計法・地方自治法を解体して、全国統一の公共調達の基本法をつくることである。 そして、何度も繰返すが、公共事業による景気対策・雇用対策・中小企業対策・地域活性化(地域バラマキ)という枠組を解体することである。 (完) ■ |