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八ッ場ダムと住民訴訟
大メディアは「訴状」を読むべし!


青山貞一


15 October 2009


 民主党が政権を取ってこの方、政権選択マニフェストに掲げたダム事業の凍結や中止が相次いでいる。とりわけ政権交代早々に前原大臣による八ッ場ダム事業の中止宣言は、実質、半世紀以上、官僚政治に翻弄されつづけた日本国民にとって「溜飲」となった。

 しかし、八ッ場ダム事業の中止に関連した大メディアの大洪水的な民主党パッシングには驚きを隠せない。この問題の背景、経緯を理解している国民は、この異常な民主党バッシングに大いに違和感を感じたに違いない。

 たとえ利権と現状追認の「政官業学報」ペンタゴンの絆のもとで自民党と官僚政治がもたらした悲劇とはいえ、今後、民主党政権は、57年間にもわたり建設省(その後の国土交通省)に翻弄されてきた地域住民らの生活再建や移転補償についてしっかりと対応すべき事は言うまでもない。


利権と現状追認の「政官業学報」ペンタゴン

 しかし、八ッ場ダムに象徴される土木系公共事業は、いうまでもなく先進諸国のなかでも金額的みて圧倒的に突出していた。わが国は土建系公共投資をこれでもかこれでもかと重ねる中で、半世紀にわたり異常な土建国家づくりに邁進してきたことは、あらゆるデータから明々白々である。

 その意味で、過去半世紀にわたる自民党による利権にみちた官僚政治への徹底的な批判や反省がないまま、無血市民革命とも言える民主党政権への一極集中的、大洪水的な民主党パッシングには一国民として嫌悪感すら感じざるを得ない。

 逆説すれば、そうした大メディアの取り上げ方は、これまでの自民党による利権にみちた官僚政治によって、大メディアそのものが大きな恩恵や利権を受けてきた証左であると思われても仕方がないだろう。

  いうまでもなく八ッ場ダム事業は、まさに世界に冠たる日本のその異常な土建国家づくりの象徴である。すべてを孫子の代にツケを残す持続可能性のない自民党を中心とした政官業学報の官僚政治の象徴でもある。

 いずれにせよ、現代の「関東軍」とでも言える旧建設省、現国土交通省による官僚と自民党政治による半世紀に及ぶ土建利権政治による弊害、国壊しへのまともな批判、論評が大メディアの側からなされないのは、極めて奇っ怪である!!



◆青山貞一:新政権でどうなる 自民腐敗政治・負の置き土産連載D
 止まらないダム・道路建設  日刊ゲンダイ PDF(印字用)版

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 国家破壊の象徴的存在としての八ッ場ダム事業を大メディアがどれだけ把握、認識しているのか、その見識が大いに問われる。

 八ッ場ダム事業は予算規模はじめあらゆる側面でムダな土木系公共事業の筆頭、典型である。

 同事業は本体工事着工以前に吾妻渓谷の自然や環境をこれでもかと破壊してきた。

 そもそも治水、利水を軸に多目的ダムとして半世紀前に構想されたが、諫早湾干拓事業など他のダム・堰事業同様、次第に本来の開発目的を喪失し、最終的には地元と天下り先組織に継続的にカネを落とすことを目的とした「無目的ダム」と化している。

 魑魅魍魎の特別会計や建設国債発行の乱発によって、日本の財政を極限まで悪化させてきた元凶であるといってよい。

 大メディアはそこを勉強、取材し徹底報道すべきではないのか?

 ところで、大メディアの八ッ場ダム事業の中止報道に関し、筆写らが異常さを感ずることがある。それは2004年以来、1都5県、すなわち東京都、群馬県、栃木県、茨城県、千葉県、埼玉県で提起され、現在なお続いている住民訴訟(行政訴訟)のことである。

 私が知る限り、八ッ場ダム事業を知る上できわめて重要なこの6つの行政訴訟を大メディアはこの間のバカ騒ぎのなかでまったく 触れていない。

 これら住民裁判は、1都5県に対し、地方自治法の住民訴訟制度(主として第4号訴訟)にもとづき、税金、公金の不正、不当支出を止めさせるための訴訟であり、各地域それぞれで30名以上の弁護士が原告代理人として参加している。

住民訴訟

 住民が自ら居住する地方公共団体の監査委員に住民監査請求を行った結果、監査の結果自体に不服、又は監査の結果不正・違法な行為があったにもかかわらず必要な措置を講じなかった場合などに裁判所に訴訟を起こすことができるという制度である。行政訴訟であり、そのうちの客観訴訟の1種である民衆訴訟にあたる。

 その住民訴訟を提起出来る者は、地方公共団体の住民であり、かつ法律上の行為能力が認められている限り、個人であると法人であると、成年であると未成年であると、日本人であると外国人であるとを一切問わず、住民訴訟を提起することができる。ただし、訴訟中に住民でなくなったときには訴えは却下されるとする大阪高裁の裁判例がある。

 なお、住民訴訟の制度はアメリカの納税者訴訟の制度を模範としているが、日本の住民訴訟制度では、納税者であることを要件とはしていない。

 訴訟条件として住民訴訟を行う場合は、訴訟を行う前に住民監査請求を行うことが前提である。 すなわち、住民監査請求を行った結果、
  • 監査結果又は勧告
  • 議会、長その他の執行機関又は職員の措置

に不服があるとき、又は

  • 監査委員が監査又は勧告を60日内に行わないとき
  • 議会、長その他の執行機関又は職員が措置を講じないとき

に、裁判所に対し、住民監査請求に係る違法な行為又は怠る行為につき、通知があった日等から30日以内に住民訴訟を起こすことができる(第242条の2第1項2項)。住民監査請求を行わないで直接住民訴訟を起こすことはできないとされる。また、住民訴訟を起こすことができるのは、住民監査請求を行った者とされる。

 訴訟により請求出来る事項は以下の通り。

  • 執行機関又は職員に対する行為の全部又は一部の差止めの請求(242条の2条1項1号)、差し止めることによつて人の生命又は身体に対する重大な危害の発生の防止その他公共の福祉を著しく阻害するおそれがあるときは、することができない(242条の2条6項)。
  • 行政処分たる行為の取消し又は無効確認の請求(242条の2条1項2号)
  • 執行機関又は職員に対する怠る事実の違法確認の請求(242条の2条1項3号)
  • 職員又は行為若しくは怠る事実に係る相手方に損害賠償又は不当利得返還の請求をすることを普通地方公共団体の執行機関又は職員に対して求める請求。ただし、職員又は行為若しくは怠る事実に係る相手方が賠償の命令の対象となる者である場合にあっては、賠償の命令をすることを求める請求(242条の2条1項4号)
訴訟の提起

 損害賠償又は不当利得返還の請求を命ずる判決が確定した場合においては、普通地方公共団体の長は、当該判決が確定した日から60日以内の日を期限として、当該請求に係る損害賠償金又は不当利得の返還金の支払を請求しなければならない(242条の2 1項)。 

 普通地方公共団体の執行機関又は職員に損害賠償又は不当利得返還の請求を命ずる判決が確定した場合において、当該普通地方公共団体がその長に対し当該損害賠償又は不当利得返還の請求を目的とする訴訟を提起するときは、当該訴訟については、代表監査委員が当該普通地方公共団体を代表する(242条の2 5項)。

参考:Wikipedia 


 おそらく大メディアの記者やデスクはまったく知らないだろうが、この住民訴訟(客観訴訟)では裁判で政策の是非を争うことは出来ないことになっている。

 訴訟ではあくまで税金、公金の不正、不当支出について原告側は証拠を挙げ争う裁判となっている。しかも、八ッ場ダム事業はもともと国直轄事業であるから、原告や弁護団は国相手に税金、公金の不正、不当支出について争うべきだが、日本には国相手の住民訴訟制度は存在せず、やむなく1都5県それぞれを相手に裁判を行ってきた背景と経緯がある。

 以下は1都5県で2004年より行われてきた八ッ場ダム事業に係わる住民訴訟の訴状及びこの間の経緯である。

 2004年より八ッ場ダム事を対象に行われてきた6つの住民訴訟

群馬  栃木  茨城  埼玉  東京  千葉 

 これら住民訴訟では、上述のように政策の是非を直接争うことはできないが、当然のこととして、八ッ場ダム事業がいかに利水、治水の上でムダなものであるかについて、可能な限りの証拠を挙げ準備書面の中で述べている。

 首都圏では東京はじめ関連する県で水需要が頭打ちとなっており、水需要が減少していること、大昔にカスリーン台風時の河川の関連地点における水量から見て、八ッ場ダムが出来たとしても洪水にはほとんど役に立たないこと、吾妻渓谷の上流地域は浅間山の大噴火による火山灰などの堆積があり地質が非常に脆弱であることから地質工学的に見てダム湖に適さないこと、当該地域にはレッドデータブックに掲載されている生物が多数生息していること、当該地域には川原湯温泉はじめ歴史的資産が多数あることなどについて、仔細に証拠を挙げ主張してきたのである。



 これらの裁判は自民党政権下で初審だけで5年かけ行われ、2009年の初夏から判決がではじめた。残念なことだが、東京都はじめ今までの判決では、原告側敗訴となったが、判決文を見れば、以下に判事がヒラメ、すなわち関連自治体=国側、政権側の主張を鵜呑みにし、国側の情報開示非協力ななかで可能な限り原告側が証拠を添えて主張した内容の大部分が無視されているかが分かる。







 筆者は、東京地裁判決が出る直前の2009年4月24日、東京千代田区の日本教育会館で行われた「ムダな公共事業の徹底見直し実現する全国大会」の基調講演を依頼され講演した。この全国集会は八ツ場ダム東京訴訟判決前に、国民がムダな土建系公共事業の徹底見直しを各政党の党首クラスに認識してもらうためのものだった。



◆青山貞一:ムダな公共事業の徹底見直しを実現する全国大会開催概要(4/24)

青山貞一:八ッ場ダム住民訴訟(千葉) 支援講演会(7/25)

 集会には民主党から菅代表代行、公共事業問題を担当している大河原衆議院議員、社民党からは福島党首、新党日本からは田中代表、日本共産党からは塩川衆議院議員が参加されそれぞれ決意を表明された。

 全国から市民団体のリーダーなどが数100名集まり、民主、社民、共産、国民(代理)、日本の党首クラスが集まった八ッ場ダム関連集会だが、何とメディアはNHK、共同通信が取材にきたものの、ほんの短いニュース、記事を配信しただけ、それもNHKなどはどこで開かれた会合かも明示しないなど、およそメディアの体をなしていなかったのである。

 このことひとつと見ても、大メディアは、八ッ場ダム事業だけでなく、土木系公共事業問題にほとんど関心も示さず、まして市民、住民団体、NPOさらに野党政治家が集まる集会は取材すらしなかった実態が分かる。


党首クラスを前に基調講演をする青山貞一(上段)

......

 1都5県の住民訴訟の地方裁判所段階の判決が半分近くでたところで、総選挙が行われ民主党政権が誕生した。

 ところで、民主党のダム問題に関する主張の多くは、実は上記の住民訴訟の訴状や準備書面における原告側の主張に近い。

 ひとつの大きな見物は、その民主党が政権を奪取したことで、残された住民訴訟の判決がどうなるか? である。

 日本の裁判官が上ばかりを見ているヒラメであることはよく知られているが、もし、原告側が裁判を取り下げず判決を求めた場合、他の県における判決はどうなるのだろうか?

 すなわち、原告らの主張にきわめて近い民主党が政権を運営するようになった現在、いままでにべもなく却下に近い棄却判決をしてきた日本のヒラメ判事は、住民側勝訴を言い渡すのであろうか? 

 大いに注目するところだ!!

 大メディアや野党に転落した自民党は、民主党政権の八ッ場ダム事業中止の手続論的妥当性、正当性に疑問を呈しているが、原告らは自民党政権が巨額の予算を付け強引に事業を強行してきたことに異議を申し立てても、一考だにされなかったことから事業費を出している自治体相手に裁判を提起した。

 すなわち自民党政権下の立法府、行政府にいくら政策提言し、異議を申し立てても何ら対応しなかったことから司法に救済を求めたのである。

 したがって、民主党が八ッ場ダム事業中止を政権公約としたことに加え、政権交代によって実質的に今後、司法救済が叶うことにもなることから、事務手続きを別にすれば、民主党がこの間してきたことは正当性がないとは言えないだろう。

 大メディアや自民党の主張はその意味で本質的見て失当である。

......

 いずれにせよ、不勉強が甚だしい大マスコミは、ここ5年間闘われてきた住民訴訟の訴状や準備書面を読み、この八ッ場ダム問題の本質を理解すべきである。

 また、大メディアは、この間、手弁当で係わってきた弁護団に意見を求め、報道すべきではあるまいか? 

 この国の大メディアには、およそ品格、品性がないことに失望する。