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最先端研究開発支援
プロジェクト凍結解除


松本慎一
ベイラー研究所フォートワース
キャンパスディレクター
 

初出: 2009年10月9日 
MRIC by 医療ガバナンス学会 発行 http://medg.jp



◆ 最先端研究開発支援プロジェクトの配布方法の変更

 2009年10月7日付けの毎日新聞によると、民主党により凍結されていた最先端研究開発支援プロジェクトの研究費の配布方法が決定した。

 まず、原案の2700億円を2000億円に減額する。そして、中心研究者として選ばれた30名に配布予定であった平均90億円を平均30億円に減額し、残りの予算を多数の若手研究者に配布するという。この対応には、はっきり言って失望した。


◆ 先端研究開発支援プロジェクトの問題点

 今回の一番の問題点は、30名の中心研究者を選ぶ過程が拙速であったことである。ライフサイエンスやエネルギー問題など様々な分野にまたがる研究課題の選考を一つのワーキングチームが専門家の審議なしに1ヶ月あまりで拙速に決めてしまったことが問題であったのである。

 民主党に政権が代わり、予算を執行停止のうえ精査するというのであれば、当然、選考をやり直すべきである。つまり、一つ一つの研究課題において専門家が、本当にベストの中心研究者は誰かを真剣に議論し、最高の中心研究者を選び直すことこそが必要なのである。

 それにもかかわらず選考過程は不問にして予算を減額してしまった。このプログラムの最大の魅力は、自由度が高く世界一を目指せる十分な資金にあった。それなのに、問題点である選考過程を見直さず、本来このプログラムの売りであった世界一を目指せるための十分な資金というところを奪ってしまったのである。このような変更では、問題点を放置して、利点を削除してしまったという改悪になってしまう。


◆ あまりに未熟な選考過程

 選考過程において耳を疑うような事実も判明し始めた。「採択された研究者の妻が選考を担当する委員の一人であった。」とロハスメディカルで報じられた(1)。

 また、今回の審査を担当したワーキングチームの構成員には東レ代表取締役社長(経団連副会長)、トヨタ自動車技監、株式会社日立製作所取締役が含まれており、採択された研究には、東レ水処理・環境事業本部、トヨタ自動車技術統括部(共同提案者)、日立製作所フェローが含まれている。

 内閣府のインターネットのサイトに「中心研究者・研究課題選定時における利害関係者の排除について」という資料が公表されている。

 その中で「支援会議およびワーキングチームの構成員は、プログラムに応募することが出来ない。」とされ、さらに、「親族関係もしくはそれと同等の親密な個人関係者、同一機関の所属関係者、親密な師弟関係もしくは直接的な雇用関係がある者の審査を行わないこと」との内容が記載されている。

 そもそも、このようなルールが公表されていなくても、研究申請者の親密な関係者が選考に加われば、正当な評価が出来るはずがない。これは、モラルが低下しているというよりも、すでに何がモラルかさえもわからなくなっているのではないだろうか。


◆ 良心が失われた科学は危険である

 私はプロジェクトを遂行するには、ビジョン、情熱、戦略、良心の4つが不可欠と考えている。この中で、ビジョンと情熱と戦略はどれが欠けてもプロジェクトは、成就しない。

 ところが、良心が欠けると、プロジェクトはどんどんと間違えた方向に進むのである。良心が欠けた例としてヒトラーの第三帝国、戦時中の日本の軍事政治が挙げられる。

 今回の審査する側の人間と親密な関係にある研究者が採択されたという事実は、モラルの問題を越えて良心の欠落の可能性さえあり危機的なものを感じる。特に、科学において良心がなければ、捏造や他人のデータの横領など科学の根底を揺るがす問題が起こり得る。

 今回の大型研究費は、日本で初めての試みである。このような重要なプロジェクトで選考過程が拙速なだけではなく、良心の欠落の可能性が疑われる事実はあまりにも寂しい。このような重要なプロジェクトだからこそ選考過程を徹底的に検証し、違反が有ればしかるべきペナルティーを科さなければ、日本のアカデミアは崩壊の道をたどるであろう。


◆ 90億円のプロジェクトが30億円で実行できるのか

 90億円の支給額を30億円に減額するとは、あまりに乱暴である。私が今回申請した研究はおよそ90億円を必要としていた。もし30億円に減額するといわれたら、このプロジェクトはできないと答えるであろう。 減額された60億円を別途調達して、当初の申請どおりの研究が行なえる研究者はまずいないであろう。

 どうしても30億円しか支給できないといわれたら、私なら、30億円でできるプロジェクトを新規に考える。ただし、90億円のプロジェクトと30億円のプロジェクトは、明らかに別物になる。

 つまり、当初90億円をかけてする研究を募集していたのに対して30億円しか支給できないということは、90億円の研究募集は無効であり、新しく30億円の研究を再募集すべきなのだ。もし、90億円で申請した研究が30億円でもできますという研究者がいるのなら、その研究者は60億円も無駄を見積もっていたことになる。これは、これで良心の欠落と言えるのではないか。


◆ 十分な議論の上で再選考をすべきである

 減額ありきが今回の方針ならば、まずは減額のみを公表すべきであった。総額が2000億円あれば、もともと目標としていたライフサイエンスを中心とする我が国の科学力の底上げは十分できるはずだ。

 次に、ビジョン、情熱、戦略、そして良心の4つの要素をもった人を、選考を担当する委員として選ぶべきである。特に、選考を担当する委員は良心が重要である。そして、本当に国民に還元できることを第一に考え、巨額の研究費を投じるにふさわしい研究テーマをアメリカのように十分な時間をかけて議論した上で選ぶべきである。この議論にかける時間は、決して無駄にはならないことは、アメリカの研究が常に世界をリードしていることが証明している。


参考
(1) 審査員の夫 採択 最先端研究支援プログラム (ロハスメディカル):
http://lohasmedical.jp/news/2009/10/07110151.php