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事実を伝えない
スポーツ報道!
〜久々の東京ドームで見たもの〜
 
青山貞一

2006年7月6日



 知人が東京ドームの年間予約券(Season Seat)、それもネット裏で球場全体が手に取るように見渡せるすばらしい席を持っている。

 そんなこともあって、後楽園球場の時代から、毎年どんなに忙しくても巨人vs.中日の試合に限って東京ドームに観戦に行っている。

 私は疎開中愛知県で生まれた。

 そんなこともあり、幼少のころから中日ファンである。ある年は、後楽園、神宮、横浜球場と関東での試合をすべて見たこともある。

 仕事で名古屋に行ったときなど、ドーム以前のナゴヤ球場にも足を運んだこともあった。

 昨日(2005.7.5)は、ひさびさ巨人vs.中日を観戦した。

 以前は4枚つづりでシーズンシートをもらっていたが、無駄にすることが多いので、今では2枚もらっている。

 7月5日は同僚の池田こみちさんと一緒に地下鉄南北線で雨の中、後楽園に向かった。6時ちょっとすぎに到着した。9.11以降、入り口でものものしい持ち物検査がある。

 席に着くとすでに1回裏になっていた。



 今年は中日がつい最近まで10連勝するなど、調子がよくセリーグ首位だ。

 一方、巨人は10連敗の後、2連勝し中日戦となり、一昨日は中日に負けている。現在、セリーグ4位である。

 とは言え、巨大都市東京をホームグランドとする讀賣巨人軍、東京ドームはいついっても超満員。だが満員のように見えたがよく見ると、かなり空席が目立つ。

 テレビ放映の視聴率もかなり下がっていると聞いているが、やはりここまで巨人が弱くなると、ファンも減るのだろうか。

 ところで、試合は今まで見た中でも、これ以上ないくらいすばらしい投手戦となった。

 中日は6月の月刊MVPをとったばかりの若手、佐藤充投手だ。

 今や投手王国となっている中日にあって、佐藤は6月は4試合に登板、すべて完投。リーグ最多タイの4勝を挙げている。防御率も1点台である。

 一方、巨人はパウエルが投手だ。パウエルは勝ち星にこそ恵まれていないが巨人の当初の中では先発組にあって球威、球速ともあり、すばらしい当初である。

 試合は佐藤とパウエルの手に汗握る投手戦となった。

 佐藤の好投はまdしも、パウエルも140km/hを超す速球と下に落ちるカーブを駆使し、中日の打者のつけいる隙を与えず最近にない出来ばえである。

 その結果、6回まで息がつまるような投手戦となった。

 しかも、エラーは両軍皆無。まさに絵に描いたような投手戦だ。

1 2 3 4 5 6 7 8 9
中日 0 0 0 0 0 0 0 0
巨人 0 0 0 0 0 0 0 0

 敵ながらパウエルの力投は立派。首位中日の打者も外野までなかなか打球がとばないありさまだった。

 ところで問題の事件は6回裏に起きた。巨人は一死一、二塁から小坂の中飛でタッチアップした二塁走者パウエルが三塁に達した。

 センターの外野手は、離塁が早いとしてアピールしたが、審判の判定はセーフとした。これに猛烈に抗議した落合監督は最終的に投手、野手全員をベンチに引き上げさせる。

 約15分の中断の最中、何と一度も主審はじめ審判から観客への説明がない。

 その後やっと落合監督が審判に抗議しているため試合を中断している旨の説明があった。そして数分後、選手を引き上げさせたことがセリーグ野球規則に違反するとして、落合監督を退場させると主審が説明したのである。

 現場、それも以下の写真のようにネット裏で球場の全体がよく見渡せるところでしっかり見ていた私たちからすると、投手のパウエルは小坂の中飛で外野手が中飛の球を確保する前に、すでに二塁を離れていた。センターが球を捕獲したとき、一気に三塁に向けて走っていたのである。

 周知のように、タッチアップは野手が球を捕るまでは塁を一歩も離れてはならないこととなっている。

 これは世界共通の規則である。

 もともと足が遅い投手のパウエルが、浅いセンターフライで三塁に行けたこと自体がおかしかったのだが、私も池田さんもパウエルはタッチアップどころか、捕獲まえに二塁から離れており、捕獲後、その場所から三塁に間違いなく走って行ったとそれぞれの自分の目で見て確信していた。


席からはこんな風に見える

両軍ゼロが並ぶスコアーボード

 落合監督は森野の抗議だけでなく、おそらく自分が見てもそう見えたから抗議したのだと思う。

 場所は東京ドーム、圧倒的に多い巨人ファンが落合監督の抗議に大ブーイングとなった。

 しかし、事実は事実。間違いなく、タッチアップ前にパウエルは塁を離れていたのである。

 しかし、一端下された判定は覆られず、選手全員を引き上げさせたことで落合監督は退場となった。

 再開後、佐藤投手は次のバッター二岡をフォークボールで討ち取り、6回を零点に抑えた。

 監督退場後、試合は、以下のスコアボードにあるように、7回、巨人が一点を入れ、超好投のパウエルで巨人に押し切られるかと観念したが、ここで、こともあろうか原監督はパウエルを交代させてしまったのである。

 8回、中日は谷繁がノーアウトで塁に出て反撃と思いきや代打がダブルプレーとなり、一気にツーアウトの絶体絶命となった。

 だが、パウエルをリリーフした巨人の中継ぎ陣はひどくコントロールが悪い。

 四球などでツーアウト満塁。それまで三審ばかりだった中日の四番、ウッズがツーストライクからヒットで2者を迎い入れ、終わってみれば2:1で中日の勝ちとなった。

 巨人の最大の敗因は原監督の党首交代のミス。

 中日の打者にとってまったく歯がたたなかったパウエルをこともあろうか、要所で交替させその後出てきた巨人の投手が四球やヒットなどで中日に逆転を許してしまったのである。

1 2 3 4 5 6 7 8 9
中日 0 0 0 0 0 0 0 2   2 6 0
巨人 0 0 0 0 0 0 1 0   1 6 0

 .......

 帰宅後、早速、テレビでスポーツニュースを見た。

 テレビ朝日の報道特集は、王監督の病気のインタビューで草々に終わってしまったが、TBSとフジテレビのスポーツ番組を見ると、やはり現場で見たのと同じだった。

 だが、これはなにも今回に限らない。

 テレビで見ていても、塁審はタイミングだけで判断し、実際に一塁手の足が一塁を踏んでいないことが多々ある。

 今回の「事件」は、これ以上ない緊迫した投手戦の中で、ひとつの審判の判断が勝敗を決することにつながるからこそ、選手そして監督は真剣であったと言える。

 しかし、どの新聞記事も、テレビのスポーツ番組も、異口同音にただ落合監督が選手を引き上げたことで退場となったと報ずるだけで、一切、事実について報じていなかった。たとえスポーツとはいえ、報道は事実を伝えることが最大の仕事である。

 以下はその種の記事の一例である。

 10以上の記事を見たが、どれもこれも本来の事実を伝えている記事がない。

 さらに落合監督に10万円の罰金だが制裁金と言う記事もあった。確かに結果として規則違反となった落合監督に制裁があるのは仕方ないが、そもそも事実そして真実を伝えるべき報道が、ただ制裁金10万円云々とだけ記事にするのはいただけない。

 繰り返すが、彼らスポートジャーナリストは何のために球状にいたのだろうか。それとも、事実は見て知っていたが、それを書くと、今後、どこかの球団から取材拒否にでもアウトして黙っているのだろうか?


 中日の落合監督が5日、巨人11回戦(東京ドーム)で審判員への抗議が長引き、規定により退場処分を受けた。退場者は今季セ・リーグ7人目で8度目、両リーグでは13人目で14度目。監督では広島・ブラウン監督に次ぐ今季2人目で、高代野手総合チーフコーチが代わりに指揮を執った。

 落合監督は6回1死一、二塁から小坂の中飛で三塁へタッチアップした二塁走者パウエルの離塁が捕球より早いと抗議。さらに選手、コーチをベンチに引き揚げさせ、試合は15分間中断した。


 ところでテレビのスポーツニュースでは、ビデオテープで問題の部分を流してはいた。

 しかし、タッチアップ前に塁からパウエルが離れていた事実を伝えるものは皆無だった。

 これは勝ち負けを除外して、非常にイカンなことである。

 事実は事実である。係争となった事実について、現場にいた記者が現場で見て判断したことを書いたり、話してもよいはずだ。

 もし、それがないと、落合監督はただ猛抗議をし、ルール違反した「悪者」とされるからである。逆に、もし、以下のような記事だけなら、何も特権的な記者席などに多くのジャーナリストがいる意味も価値もないだろう。共同通信などの代表取材と記事、それに写真で十分だ。

 ひるがえって、報道記事はジャーナリストが現場で仕事、取材して書いてナンボである。

 実際、東京ドームには最前列のさらにその前に記者席があり、わんさか多数の記者、カメラマンがいた。一体、彼らは何を見ていたのだろうか? 彼らは何を報道するためにかくも、多数が着ていたのだろうか。

 落合監督が審判に抗議し、退場となったと言う記事だけでなく、自分たちの目で見た限りでは、明らかに.....と報ずるべきではないのか。

 それによって、審判は絶対間違わない、審判の判定は絶対であるという、官僚の世界並の「無謬性」から抜け出ることができる。

 人間、間違いはつきものであろうとするなら、このIT時代、より客観的な証拠を衆目の見るところで公開し、明々白々な誤信は修正することが一番である。

 これは野球だけでなく、テニスであれ、サッカーであれ、相撲であれ同じである。明らかな間違いを審判の権威と、まったく意味のない「無謬性」によって保護すること自体、きわめてナンセンスである。

 また政治の分野でも多くのマスコミが取材しながら、政府広報的な記事、大本営発表的な記事など、およそまともな質問もぜずに、アホな記事を書いているマスコミにも上記はすべて妥当するだろう。

 真実はまだしも、事実を書かない報道、新聞記事など不要である!