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長編ドキュメント映画批評

環境と経済」の狭間で
翻弄されるアフリカ

〜ダーウィンの悪夢〜

青山貞一
武蔵工業大学環境情報学部教授
環境総合研究所所長

2006年8月21日


  ※本批評は、今年の冬に公開される長編ドキュメント
    映画「ダーウィンの悪魔」の公式パンフレットに掲載されたものです。

  ※公式Web Flash Playerが必要です。
  ※配給:Bitters End ビターズエンドは最後まで屈しないと言う意味。
  ※本批評へのご意見は aoyama@eritokyo.jp までお願いします。
  ※青山貞一ブログバージョン

 筆者も9年間在籍した「ローマクラブ」が35年も前に人類の危機報告を出してこの方、地球温暖化、オゾン層の破壊、熱帯雨林喪失、生物多様性の破壊、砂漠化など、地球規模での環境問題が顕在化している。

 これら地球規模の環境問題の大部分は、欧米、日本など先進国が豊かで便利な生活を追い求め、経済的・物的な成長を追い求めてきたことに大きな原因があることはいうまでもない。

 他方、一切の経済的繁栄から取り残されてきた第三世界は、歴史的に先進国のモノカルチャー的植民地、資源・エネルギー収奪の場と化しており、いつになっても経済的離陸は困難となっている。

 たとえばアフリカ大陸ではニューヨークで起きた9.11の犠牲者とほぼ同数の人間が1日で、飢餓、疫病、民族紛争、戦争で亡くなっているという。

 今後21世紀を展望したとき、地球上では砂漠化が進行し、食糧が欠乏し、アフリカ、アジアを中心に多くの人々が環境難民となり飢餓にみまわれる、と推察されているのだ。

 現在、日本はじめ先進国では少子化が大きな社会問題となっているが、途上国では21世紀中にさらなる人口爆発が予測されている。

 周知のように人口は指数関数的、すなわちねずみ算的に増えるが、食糧は算術平均的、すなわち遅々としてしか増えない。その結果、途上国では深刻な食糧不足に直面することになる。食糧を増やそうと化学肥料や農薬を散布すると、土が汚染され痩せる。

 これら第三世界で起こっている「悪のスパイラル」は、決して自然現象ではなく先進国の人為的な行為である。そこに大きな課題がある。

 「ダーウィンの悪夢」にあるダーウィンは、いうまでもなく、「種の起源」の著者、進化論の仮説を検証した著名な人物である。

 ダーウィンは自然淘汰、弱肉強食、生存競争など自然界における生き物の進化を説明した。通常、進化は進歩であり良いことと理解される。だが、現実社会では「進化」は多くの場合、他の者(敵)を圧倒し、排除して勝ち残こることを意味している。

 日本でも近年、琵琶湖のブラックバスやブルーギルなど、外来種が湖に生息してきた固有種を絶滅させ、生態系を変えてしまうことが社会的に大きな問題となっている。

 「ダーウィンの悪夢」は1960年代、アフリカのタンザニアにある淡水湖では世界第2の規模を誇るヴィクトリア湖に放流されたわずかバケツ一杯の外来魚「ナイルパーチ」が、後に湖岸地域、タンザニアそしてアフリカ大陸に大きな惨劇をもたらすことをこの映画は主題としている。

 琵琶湖の場合と大きく異なるのは、生存競争に勝ち残った旺盛な繁殖力を持った外来魚「ナイルパーチ」が貧しいタンザニアの湖岸地域に、一見雇用など経済的繁栄をもたらすことだ。

 白身肉に目を付けた多国籍企業は、現地から水揚げされる巨大魚を買い上げ、湖岸に資本を投下し魚加工工場を開設し、現地人を雇用することで、ひょっとしたら悪の経済循環から這い上がり、最貧状態から脱却できるのではないかと期待させる。

 生態系を破壊してヴィクトリア湖で生き残った外来魚は、生物多様性を破壊したものの、他方で世界の最貧地域の経済的離陸をさせるかに見える。

 だが、多国籍企業が暗躍するグローバル経済の中では、それらの経済的繁栄は、決してアフリカの人々の飢餓を和らげたり、経済離陸を手助けするものにはならない。

 それらは、欧州の多国籍企業を潤し、飽食の先進国の食卓を豊かにすることはあっても、決して貧困と飢餓にあえぐ地元タンザニアの住民の空腹を和らげることにはならないのである。

 外来魚の白身肉は欧州から湖岸にある空港に毎日飛来到着する旧ソ連製貨物機に目一杯詰め込み出荷され、飽食の欧州や日本の食卓をにぎわすが、その実、地元への経済的波及効果はほとんどなく、雇用も限られる。
 
 映画では、たびたび国連難民高等弁務官事務所、国連食糧計画、世界銀行、IMFなどのアフリカ援助に関連する映像がでてくる。“住民参加型漁業を目指す国際ワークショップ”では、外来種がもたらす環境汚染や破壊を告発する映像が流される。だが、それらはいわばガス抜きであり、為政者は地域経済が外来魚産業で活性化していると強弁する。

 監督は毎日飛来する大型貨物飛行機が実質的に無法地帯化しているこの湖岸地域を中継基地として民族紛争、資源争奪・収が絶えないアフリカ大陸の各地に武器、弾薬を売りさばいているのではないかと推察するようになる。

 つまり欧州から武器、弾薬をアフリカに持ち込み、それを売り、帰りに白身魚を満杯に積み欧州、日本に売りさばく、と。

 これが映画の大きなみどころであり、同時に国際先進諸国社会への告発でもある。そこに、地球環境問題が深刻化するなかで、どう転んでも生存の基盤すら確保できない、第三世界の現実を見る。

 「ダーウィンの悪夢」は秀逸な映画監督による長編ドキュメンタリー映画であると同時に、希有な国際ジャーナリストによる長編の調査報道でもある。

 調査報道であるが故に、通常のドキュメンタリーにはないインパクトある映像が問題の所在と原因をいやおうなく私たちに伝えてくれる。