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これも、おそらく氷山の一角
〜牛肉偽装表示問題の法的検証〜


青山貞一

掲載月日:2007年6月23日


 ホリエモン事件、村上ファンド事件、建築基準法関連の耐震偽装、知事・市長主導の官製談合、国外郭団体の性懲りない談合、社会保険庁の5000万件宙浮き問題、不二家事件、都内温泉におけるメタンガス爆発事故、そして今回のミートホープ社による牛ミンチ偽装問題と、官民を問わず日本全体が超がつくモラルハザード社会となっている。

 容易に想像がつくのは、上記はゴキブリ1匹をみたら.....のたとえの通り、おそらく氷山の一角にすぎない。共通しているのは、いずれも社会及び経済的規制の緩和や首長・官僚の裁量・権限の強さによるものである。

 とくに小泉政権移行、規制の緩和が経済分野のみならず、社会分野でも顕著となるが、本来、社会的規制の多くは安全、安心して国民が生活するために必要不可欠なものであるのに、経済的規制といっしょくたに緩和されてきたきらいがある。

 また、前規制を緩和する場合には、当然のこととして監視・モニタリング、立ち入り検査、罰則などの強化などが不可欠である。また内部告発を一層奨励し、同時に告発者の身分を徹底的に守る制度的枠組みが不可欠である。

 にもかかわらず、建築確認における耐震偽装問題ひとつをとっても明らかなように、前規制だけ緩和し、その後のチェックがないも同然となっているものが多い。他方、今回も不二家事件同様、もともとは内部告発から問題が提起されている点は見逃せない。

 ところで、本題の苫小牧市の食肉加工製造卸会社「ミートホープ」(田中稔社長)による牛ミンチ偽装問題(以下の北海道新聞記事参照)だが、直近の類似事件である不二家事件以上に、この事件は国民に大きなショックを与えているものと思われる。

虚偽表示容疑 ミート社、強制捜査へ
道警、ミンチ偽装で
(北海道新聞 06/23 01:06)

 【苫小牧、赤平】

 苫小牧市の食肉加工製造卸会社「ミートホープ」(田中稔社長)による牛ミンチ偽装問題で、苫小牧署と道警生活環境課は二十二日、不正競争防止法違反(虚偽表示)の疑いで、近く同社を強制捜査する方針を固めた。また、苫小牧署などは同日夜、田中稔社長ら同社幹部から任意で事情聴取した。

 同社はこれまでの会見で、田中稔社長の指示で七、八年前から、コスト削減のため、恒常的に豚肉などを混ぜたひき肉を純粋な牛肉と偽装して出荷していたことを明らかにしている。

 同署などは今後、ミート社が卸し、豚肉が混ざっていたとされる北海道加ト吉(赤平市)の「牛肉コロッケ」などについて、道外の第三者機関に依頼してDNA検査を行い、成分を分析する。また、社員の事情聴取を進め、偽装が始まった経緯や期間、出荷量、指示系統などを解明し、詐欺容疑の適用も視野に入れて捜査を進める。

 一方、農水省は同日、日本農林規格(JAS)法に基づき、ミート社の本社と工場、関連会社の肉販売「バルスミート」の店舗と事務所=いずれも苫小牧市=のほか、赤平市の北海道加ト吉赤平工場の計五カ所を立ち入り検査。

 ミート社には午前十一時ごろ、係官十人が入り、正午すぎから午後一時すぎまでに納品伝票などの入った段ボール計六個を運び出した。午後四時すぎ、社内から姿を現した田中等取締役は「内容はわからないが、専務が係官に事情を聴かれている」と説明した。

 一方、赤平市の北海道加ト吉赤平工場では農水省の係官ら十一人が立ち入り検査を行い、発泡スチロール箱などを持ち帰った。

 苫小牧署などは、こうした農水省が持ち帰った資料も調べる方針。


 理由は言うまでもなく、今回はお菓子ではなく、日本が毎日食べる副食であるからである。そして今回の事件は、いままで日本人の誰もが「ひょっとしたら」と疑念、疑義を感じていたことが、「やっぱり」となったことに事の重大さがある。

 ここでも温泉事件における環境省同様、所管官庁や自治体(北海道庁)による不作為、すなわちすべきことをしない、ことが発見を遅らせ、問題をより大きなものとしている。

 以下に今回のミートホープ社問題に関連する法律を列記してみた。

 @食品衛生法(所管:厚生労働省)
 A
農林物資の規格化及び品質表示の適正化に関する法律
   (通称、日本農林規格(JAS)法)
、(所管:農水省)
 B
不当景品類及び不当表示防止法(所管:公正取引委員会)

 ミートホープ社問題は、いずれの法にも抵触する可能性が高い。まず、食品衛生法だが、その目的が「飲食に起因する衛生上の危害の発生を防止し、公衆衛生の向上及び増進に寄与する」とあるように、この法律は主に健康影響、健康危害、衛生面に係わるものである。

 ミートホープ社問題は牛肉コロッケに豚肉や鶏肉をまぜたにとどまらず、腐った肉を材料に使った可能性も指摘されている。

 次に、農林物資の規格化及び品質表示の適正化に関する法律(通称、日本農林規格(JAS)法)だが、この法律の目的は「一般消費者の選択に資し、もって公共の福祉の増進に寄与する」にあり、ミートホープ社問題にもろに関係する。

 3つめは不当景品類及び不当表示防止法である。この法律の目的とするところは、「公正な競争を確保し、もって一般消費者の利益を保護する」ことにあり、ミートホープ社問題では、廉価な原材料を偽って混ぜることからみても、明らかに公正な競争を疎外している可能性が高い。

 ちょっと調べただけでも、ミートホープ社問題は、事件性が高く、かつ上述のように国民の日々の生活に密接に関連する。

 ただし、以下の3つの法律を見れば分かるように、罰則、科料などはあまい。最高刑で不当景品類及び不当表示防止法が2年以下の懲役又は300万円以下の罰金(確定審決後の違反)を規定しているに過ぎない。日本農林規格(JAS)法に至っては、直罰規定はなく通常、行政指導(勧告、公表、措置)が処罰の前提となる。本件では農水省なり北海道庁が勧告、公表、改善命令、操業停止命令などをだしていないという問題もある(失笑)。

 上記3法以外に、刑法の詐欺罪がある。詐欺罪の立証はやさしくないが、今回の場合、社長などが故意に豚肉などを混ぜているようなので、立件も可能かも知れない。

 .....

 ところで、ミートホープ社問題は、当初、農水省に内部告発があり、それを北海道庁の生活環境課に事務連絡したにもかかわらず北海道庁が動かなかったなどという報道が流れている。

 その後、北海道生活環境部はそのような連絡を受けていないなど、国と自治体の間での見苦しい責任のなすりつけあいが行われている。

 事実のほどは今後明らかになるだろうが、この種の重大問題への内部告発であれば、農水省が単に自治体に通知を送るだけでなく、より積極的に立ち入り検査などをすべきであった。

 事実、以下の日本農林規格(JAS)法では監視体制に、広域業者の場合には農林水産省、(独)農林水産消費技術センター中心が立ち入り検査を行うこととされている。そもそも、農水省はこの会社の流通実態を調べれば、内部告発が事実であった場合、日本全体の広域的な大事件に発展するという感覚をもってしかるべきである。

 ここにも、国、道を問わず、日本の行政機関のリスク感覚のなさ、保身的、事なかれ的体質がよく見て取れる。

 いずれにしても、「これも、おそらく氷山の一角」であると思える。


食品衛生法、JAS法、景品表示法の関係 出典:厚生労働省資料

1 法体系

法律名 食品衛生法 農林物資の規格化及び品質
表示の適正化に関する法律
不当景品類及び不当表示防止法  
公正競争規約
目的 飲食に起因する衛生上の危害の発生を防止し、公衆衛生の向上及び増進に寄与する 一般消費者の選択に資し、もって公共の福祉の増進に寄与する 公正な競争を確保し、もって一般消費者の利益を保護する
表示対象 容器包装された販売の用に供する食品又は添加物等 一般消費者向けの全ての飲食料品 一般消費者向けに事業者の提供する商品等 飲用乳、食用のり、食肉、包装食パン等
(酒類以外の飲食品は32品目)
表示義務
事項
あり あり なし 品目ごとに、公正取引委員会の認定を受けて、事業者団体が設定
  主な義務
表示事項
[ 名称
消費期限又は品質保持期限※
添加物
保存の方法
アレルギー物質を含む旨
等(省令で規定)
]
[ 名称
消費期限又は賞味期限※
原材料(原材料として
の添加物を含む)
保存の方法
原産地
等(告示で規定)
]

[ 名称
原材料
保存の方法
内容量
等(事業者団体が設定)
]
監視体制 【収去検査・立入検査】

国及び自治体に配置された食品衛生監視員(医師・獣医師・薬剤師等)
【立入検査】

県内業者: 都道府県中心
広域業者: 農林水産省、(独)農林水産消費技術センター中心
【立入検査】

公正取引委員会事務総局(含む8地方事務所等)
都道府県
是正措置 (1)営業許可の取消し、営業の禁止又は停止
(2)食品等の廃棄命令等
(3)6ヶ月以下の懲役又は3万円以下の罰金
 指示
→公表(現行)
→命令
→50万円以下の罰金(現行)
排除命令(事業者名も公示)
→2年以下の懲役又は300万円以下の罰金(確定審決後の違反)
[ 法律上はない
団体の規約として業界団体による警告
→違約金、団体からの除名処分
]

※ 品質保持期限と賞味期限については、食品衛生法及びJAS法において、いずれの表記を用いてもよいこととされている


(参考)表示に関する法律の規定

  食品衛生法 農林物資の規格化及び品質
表示の適正化に関する法律
不当景品類及び不当表示防止法
法律の条文

第11条 厚生労働大臣は、公衆衛生の見地から、薬事・食品衛生審議会の意見を聴いて、販売の用に供する食品若しくは添加物又は前条第1項の規定により規格若しくは基準が定められた器具若しくは容器包装に関する表示につき、必要な基準を定めることができる。

第11条の2 前項の規定により表示につき基準が定められた食品、添加物、器具又は容器包装は、その基準に合う表示がなければ、これを販売し、販売の用に供するために陳列し、又は営業上使用してはならない。

第12条 食品、添加物、器具又は容器包装に関しては、公衆衛生に危害を及ぼす虞がある虚偽又は誇大な表示又は広告はこれを行つてはならない。

第19条の8 農林水産大臣は、飲食料品の品質に関する表示の適正化を図り一般消費者の選択に資するため、農林物資のうち飲食料品(生産の方法に特色があり、これにより価値が高まると認められるものを除く。)の品質に関する表示について、農林水産省令で定める区分ごとに、次に掲げる事項のうち必要な事項につき、その製造業者又は販売業者が守るべき基準を定めなければならない。

(1)名称、原料又は材料、保存の方法、原産地その他表示すべき事項

(2)表示の方法その他前号に掲げる事項の表示に際して製造業者又は販売業者が遵守すべき事項

2 農林水産大臣は、飲食料品の品質に関する表示の適正化を図るため特に必要があると認めるときは、前項の基準において定めるもののほか、同項に規定する飲食料品の品質に関する表示について、その種類ごとに、同項各号に掲げる事項につき、その製造業者又は販売業者が守るべき基準を定めることができる。

第4条 事業者は、自己の供給する商品又は役務の取引について、次の各号に掲げる表示をしてはならない

1 商品又は役務の品質、規格その他の内容について、実際のもの又は当該事業者と競争関係にある他の事業者に係るものよりも著しく優良であると一般消費者に誤認されるため、不当に顧客を誘引し、公正な競争を阻害するおそれがあると認められる表示

2 商品又は役務の価格その他の取引条件について、実際のもの又は当該事業者と競争関係にある他の事業者に係るものよりも著しく有利であると一般消費者に誤認されるため、不当に顧客を誘引し、公正な競争を阻害するおそれがあると認められる表示

3 前2号に掲げるもののほか、商品又は役務の取引に関する事項について一般消費者に誤認されるおそれがある表示であって、不当に顧客を誘引し、公正な競争を阻害するおそれがあると認められる公正取引委員会が指定するもの

第10条 事業者又は事業者団体は、公正取引委員会規則で定めるところにより、景品類又は表示に関する事項について、公正取引委員会の認定を受けて、不当な顧客の誘因を防止し、公正な競争を確保するための協定又は規約を締結し、又は設定することができる。これ変更しようとするときも、同様とする。
表示の基準 省令等で規定 告示等で規定 告示等で規定 公正競争規約等で規定

2 義務表示事項

  名称
(品名)
原材料名 添加物 原産地
又は
原産国
内容量 消費期限
(7)
賞味期限
又は品質
保持期限
(8)
保存方法 製造者等(輸入業者)の氏名又は名称及び
製造所等(輸入業者)の所在地
遺伝子組換え食品である旨 アレルギー
物質を
含む旨
食品衛生法      
JAS法 加工食品
(1)

(2)
 
生鮮食品    
(3)
     
(4)
 
景表法  

法令に基づく義務表示事項はないが、以下の表示が禁じられている

※商品の品質、規格その他の内容について、実際のもの又は競争事業者に係るものよりも著しく優良と一般消費者に誤認される表示

※商品の価格その他の取引条件について、実際のもの又は競争事業者に係るものよりも著しく有利と一般消費者に誤認される表示

※その他、商品の取引に関する事項について一般消費者に誤認されるおそれがある表示であって、公正取引委員会が指定するもの

公正競争規約 事業者団体は、公正取引委員会の認定を受けて、公正な競争を確保するための規約を設定できる

(5)

(5)

(5)

(5)

(5)

(5)

(5)
   
注意 (1) 原材料の一環として、添加物の表示を求めている
(2) 輸入品に限る
(3) 特定商品(食肉、野菜及び果実等)であって、容器に入れ、又は包装されたものに限る
(4) 特定商品(食肉、野菜及び果実等)であって容器に入れ、又は包装されたものについては、販売業者の氏名又は名称及び住所を表示する
(5) 品目によっては、表示が義務付けられている
(6) 消費期限は、期限が製造又は加工日を含めておおむね5日以内のもの
(7) 賞味期限又は品質保持期限は、消費期限を規定する食品以外の食品へ表示するもの
食品によっては、これらの事項に加えて、幾つかの事項の表示が義務付けられる


(1)表示対象品目

(1)生鮮食品

食品衛生法 農林物資の規格化及び品質
表示の適正化に関する法律
公正競争規約
シアン化合物を含有する豆類、かんきつ類、バナナ、大豆、
とうもろこし、ばれいしょ、菜種及び綿実
農産物
[ 収穫後調整、選別、水洗い等を行ったもの、
単に切断したもの及び単に冷凍したものを含む
]
 
 
鶏の卵(殻付き) 畜産物
[ 単に切断、薄切り等した肉類並びに単に冷蔵及び冷凍した
肉類を含み、食用鳥卵は殻付きのものに限る
]
 
※ 食品衛生法上、食肉は加工品として
取り扱うこととしている
食肉
   
※ 食品衛生法上、切り身又はむき身の鮮魚介類
及び冷凍魚介類、生かきは加工品として
取り扱うこととしている
水産物
[ 切り身、刺身、むき身、単に冷凍したもの、
解凍したもの及び生きたものを含む
]
 
 

(2)加工食品

食品衛生法
(容器包装に入れられたものに限る)
農林物資の規格化及び品質
表示の適正化に関する法律
(容器包装に入れられたものに限る)
公正競争規約
加工食品
[ 食肉、切り身又はむき身の鮮魚介類及び冷凍魚介類、生かきを含む ]
加工食品 飲用乳、はっ酵乳・乳酸菌飲料、殺菌乳酸菌飲料、チーズ、アイスクリーム類及び氷菓、はちみつ類、ローヤルゼリー、うに食品、辛子めんたいこ食品、削りぶし、食品のり、食品かん詰、トマト加工品、粉わさび、生めん類、ビスケット類、チョコレート類、チョコレート利用食品、チューインガム、凍豆腐、食酢、果実飲料等、コーヒー飲料等、合成レモン、豆乳類、マーガリン類、観光土産品、レギュラーコーヒー等、ハム・ソーセージ類、包装食パン、即席めん類等(31品目)
 
酒精飲料   ビール、輸入ビール、ウイスキー、輸入ウイスキー、しょうちゅう乙類、泡盛、酒類小売業


(2)食品ごとの表示事項(1)

法律名   食品衛生法   JAS法   公正競争規約
区分 生鮮食品(1) 加工食品(1) 生鮮食品 食肉
シアン化合物を含有する豆類 大豆、とうもろこし、
ばれいしょ、菜種及び
綿実
鶏の卵
(殻付き)
かんきつ類、
バナナ
切り身又はむき身に
した
魚介類
食肉 生かき
名称(品名) (4) (5)
製造者等(輸入業者)の氏名又
は名称
及び製造所等(輸入業者)の所在地
(5) (6) (5) (12) (1)
消費期限(14) (3) (5) (7) (5)   (1)
賞味期限又は
品質保持期限(15)
(3) (5) (7) (5)   (1)
保存方法     (8) (9)   (1)
使用方法              
添加物 (5) (10)    
内容量               (13)
原産地(国)             (11)
生食用であるかないかの別              
冷凍に関する事項                
販売価格                
その他       (2)  
(1) 容器包装に入れられたものに限る
(2) 水産物、玄米及び精米(容器包装に入れられたものに限る)については、これらの事項に加えて、幾つかの事項の表示が義務付けられる
(3) 輸入年月日を記載する
(4) 立て札等により近接した場所に掲示がなされている場合その他見やすい場所に名称が記載されている場合にあっては、名称の表示を省略することができる。
(5) 省略することができる
(6) 採卵又は選別を行った所在地及び氏名を記載する
(7) 加熱加工用にあっては、採卵日等又は包装日を記載することができる
(8) 生食用にあっては、10℃以下で保存することが望ましい旨を記載する
(9) 保存方法が定められていない場合は省略できる
(10) 防かび剤又は防ばい剤として使用される添加物を含むものに限る
(11) 生食用にあっては採取された海域又は湖沼を表示する
(12) 特定食品(食肉、野菜及び果実等)であって容器包装に入れられたものについては、販売業者の氏名又は名称及び住所を表示する
(13) 特定食品(食肉、野菜及び果実等)であって容器包装に入れられたものに限る
(14) 消費期限は、期限が製造又は加工日を含めておおむね5日以内のもの
(15) 賞味期限又は品質保持期限は、消費期限を規定する食品以外の食品へ表示するもの

(参考)具体的な表示の例(1)