スコットランド独立の 住民投票否決と今後 青山貞一 Teiichi Aoyama September 19 ,2014 Alternative Media E-wave Tokyo 無断転載禁 |
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スコットランド独立を問う住民投票(レファレンダム)は、最終的に独立反対派が賛成派を約10%上回り、独立は否決されました。 今回の住民投票で最も意外だったのは、経済、財政、通貨などにスコットランド内では最も敏感であり、経済産業の中心のはずのグラスゴーで賛成派が反対派を上回ったことです(賛成54%:反対46%)。 一方、政治の中心地、エジンバラでは賛成より反対の方が遙かに上回りました(賛成38.8%、反対 61.1%)。 これの意味するところは大きいと感じます。 ロンドンはじめG7諸国は、スコットランドが独立すれば、通貨、経済、財政などが立ちゆかなくなると一大キャンペーンを張りました。 グラスゴーはかのアダムスミスをうみ、世界の産業革命の発祥地です。そして現在もスコットランドの経済のエンジンとなっている都市です。そのグラスゴーで賛成派が反対派を8%も上回ったのです(以下参照)。 スコットランド独立のための地域別の住民投票結果 出典:BBC 一方、スコットランドの行政、官僚や王室の拠点であるエジンバラでは、圧倒的に反対派が賛成派を上回ったのです。 すなわち、スコットランドの経済、財政などのエンジン部分は独立賛成であり、アングロサクソンの根城であるロンドンやイギリスからの圧力、影響に負けたということではないと思えます。 結局、スコットランドの官僚機構そして小都市の住民は、イングランドやG7の度重なる脅しに負け、逆にグラスゴーはじめ大きな都市やハイランド地域は、「独立」派への度重なる攻撃にもかかわらず、独立を求めていたと言えると思います。 これについては、現在、詳細を書いていますが、青山貞一、池田こみちのスコットランドブログについては、◆独立系メディア E-wave Tokyo <スコットランド> をご覧ください。 ...................................... ところで、スコットランドの独立問題は、巷で言われるような単なるナショナリズムの偏狭な問題ではなく、スコットランドとイングランドとの間での1000年に及ぶ歴史の上にあると思います。 イングランドは幾度となく、同じグレートブリテン島の北部にいるスコットランドに挙兵、侵攻、侵略し、一旦、独立したスコットランド(映画「ブレイブハート」参照)も、イングランドのエリザベス一世によるスコットランド女王の斬首(映画「エリザベス」参照)、さらにその後もスコットランドのジャコバイトなどへの謀略やハイランドのグレンコーなどでの大虐殺など、アングロサクソン(いわゆるWASP)の激しい暴力により、最終的にスコットランドはイングランドに併合され、現在のイギリスの基礎が構築されました。 その意味では、スコットランドの歴史上のイングランド(アングロサクソン)への積年の恨み辛み、どうしようもない怒りが独立の根底、底流に流れていたと思えます。しかも、最終的にはイングランドによるスコットランドの事実上の併合がつづき、独立王国だったスコットランドは、議会すらもてない状態が300年も続いたのです。 スコットランド王国としての議会を失って300年目に、州議会に類するスコットランド議会は復活したものの、軍事、防衛、外交、通貨、エネルギーなどの政策では絶えず、サッチャーなどアングロサクソン系のイングランド政治が強行され、また米国追随のイングランドは、湾岸、アフガン、イラク戦争などに、専守防衛を基本とするスコットランドの人々を戦地に送り込みました。 またイギリスによるスコットランドへの原子力潜水艦の基地の押しつけ、他方、北海油田の権益の詐取はじめスコットランドは、重要なリスクばかりを押しつけられてきたと言えます。 しかし、今後は従来のように安易に米国の言いなりになり、戦地にスコットランド人を送り込むことは難しくなり、またすべてロンドン優先の外交、軍事、防衛、経済、エネルギー政策などで、キャメロンらはスコットランドに譲歩せざるをえなくなると思えます。 スコットランドの独立には至らなかったとはいえ、以下の憲法改正によるスコットランドへの権限委譲は今回の住民投票の成果のはず。これはブレアが1999年に行ったスコットランド議会再開に次ぐ成果と言えます。
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