2002.11.17

地形・構造物を配慮した道路大気環境アセスについて
〜圏央道裏高尾ジャンクション・アセスを事例として〜

鷹取 敦(環境総合研究所)、青山 貞一(環境総合研究所)

転載禁

初出:
@環境アセスメント学会2002年度総会(明海大学)一般研究発表
論文
A環境行政改革フォーラム2002年度総会(慶応大学SFC)一般研究発表論文

本ホームページの内容の著作権は筆者と株式会社環境総合研究所にあります。複製、転載することを禁じます。


1.目的

 首都圏中央連絡道路(圏央道)八王子ジャンクション建設に伴い東京都が実施した環境アセスメント1)の調査方法・調査結果を検証し、より適切な手法によって裏高尾地域における大気環境影響の予測、評価することを目的とする。

2.地形・気象・環境・交通の現況
2−1 地形

 対象地域は高尾山などに囲まれ地形が非常に複雑・急峻である。(図2−1、図2−2)

図2−1 対象地域地形(アセス1)、住宅地図2)より作成) 図2−2 スプライン補間による地域の地形(住宅地図2)等高線より作成)


2−2 気象の現況
 対象地域に最も近い八王子市館町測定室(一般環境大気測定室)における1998年1月〜2000年12月の風配図3)を図2−3に示す。年間を通じて西北西〜北西の風の出現頻度が高く、次いで南〜南東の風の出現頻度が高い。

図2−3 風向別出現頻度図(風配図)
資料:八王子市環境保全課データ3)より解析


2−3 大気汚染の現況
 八王子市内のNO2濃度の経年変化を図2−4に示す。予定地に最も近い館町測定室(一般環境)の年平均濃度は0.015ppmを上回る程度である。中央自動車道に近い元八王子測定室(一般環境)では0.02〜0.025ppmと環境基準は下回っているものの比較的高い濃度となっている。

図2−4 八王子市内の二酸化窒素 経年変化
資料:八王子市環境保全課資料3)より作成


 一方、簡易測定法による市民参加の二酸化窒素測定調査が1986年以来継続して行われている4)。調査対象地域は裏高尾の中央道に沿った住居地域を中心とした約100地点で沿道から背後地までを含んでいる。濃度の地理的な分布がわかるように1986〜2000年の平均濃度を図2−5にスプライン補間法を用いて地図に示した。濃い色が高濃度をあらわしている。中央自動車道沿道を除き概ね良好な環境であることがわかる。
 八王子市測定室と比較すると館町と元八王子の間か、やや高い濃度となっている。

図2−5 市民によるNO2濃度調査測定結果4)
(スプライン補間図、環境総合研究所作成)注)太線は道路および鉄道の位置


2−4 交通の推移、現況
 図2−6は、対象地域の自動車交通の推移と現況を示している。

図2−6 中央自動車道(八王子IC〜都県境)交通量の推移
出典:S58:アセス1)、H6〜11:センサス6)


3.予測の前提条件
 以下に本調査の各種前提条件を示す。

3−1 対象道路
 本調査では大気汚染物質の発生源として以下の3つの道路を走行する自動車を考慮する。

・圏央道(首都圏中央連絡道路)
・中央道(中央自動車道)
・ランプ(八王子ジャンクションランプ)

3−2 24時間交通量
 事業者アセス1)と同一条件とした。

3−3 自動車の走行速度
 事業者アセス1)と同一条件とした。

3−4 排出係数
(1)インターチェンジ部における加減速補正

 事業者アセス1)には、「インターチェンジ、ジャンクションのランプ部の排出係数は加減速を考慮した実走行モードにより算出されている」との記述がある。しかし圏央道裏高尾ジャンクションランプの排出係数として通常の都市計画道路の排出係数と全く同じ数値が示されているため、加減速を考慮したものであるとは考えにくい。本来はジャンクションランプなどの特殊部における排出係数を用いるべきである。インターチェンジ等における自動車排出特性に係わる調査の実施状況を調査したところ以下の調査が存在することが分かった。

1 日本道路公団調査企画部委託、株式会社フジミック実施、自動車排ガスの排出特性に関する調査(その3)、昭和58年3月
2 日本道路公団調査企画部委託、株式会社フジミック実施、自動車排出ガスの排出特性に関する調査(インターチェンジ部他)報告書、昭和59年3月

 今後、国土交通省に対し上記を情報開示請求する予定であるが、本研究では事業者による環境アセスと同一の排出係数を用いることとする。

(2)基本となる排出係数
 事業者アセス1)と同一条件とした。

(3)勾配による排ガス係数の補正
 事業者アセス1)と同一式で補正を行った

3−5 気象条件
 館町測定室の風向別・風速階級別の出現頻度の1998〜2000年の平均出現頻度分類別に計算を行う。

3−6 背景濃度(バックグラウンド濃度)
 アセス実施当時から現在にいたるまで大気汚染濃度は横ばいとなっており改善されていない3)ため、アセス1)と同じ背景濃度とした。ただし、アセスではNO2で背景濃度を設定しているが、本調査ではアセスの背景濃度をNOxに変換しNOxの背景濃度とした。平成12年度の館町測定局3)におけるNOx年平均濃度が0.022ppmであることから、0.0208ppmという背景濃度はおおむね現実的な値であると考えられる。

表3−1 背景濃度の設定
項目 背景濃度
NO2 年平均濃度 0.0153ppm
NOx年平均濃度 0.0208ppm


3−7 NOx→NO2変換
 アセス1)ではNO2で背景濃度を設定し、自動車寄与濃度をNO2に変換して重合している。この方法では自動車の寄与濃度が見かけ上小さくみえる。また、アセスの手法は一般局濃度にも自動車からの寄与が含まれるにも係わらず、自排局と一般局平均の濃度の差を自動車の寄与濃度とみなすなど不適切な前提に基づいている。そのため本研究ではNOx濃度として自動車、換気塔からの寄与濃度、背景濃度を重合しその後NO2に変換する手法を用いた。
 変換係数は館町測定室3)におけるNOxとNO2濃度1日平均濃度(1998年1月〜2000年12月の3年分)の関係より導いた(式(3-1))。

NO年平均濃度[ppm]=0.3845181×NO年平均濃度[ppm]^0.8378931   式(3-1)

図3−1 NOx濃度とNO2濃度の関係
(注)実測濃度データが多いことから上記グラフではその1/4程度を抜粋し示している


3−8 トンネル坑口・換気塔について
 高尾山トンネル下り線および八王子城跡上り線の自動車排ガスは、裏高尾換気塔(実煙突高:30m)に集められ排気される1)。換気塔の有効煙突高計算に際しては次の2つのモデル5)を用い、それぞれについて計算を行った。

(1)Moses & Carson 式

 Moses & Carson 式(式(3-2))で中立の条件における吐出速度等を用いて計算した。排ガスの温度は大気温度と同じ、すなわち熱量QH=0とした。

ΔH=(C1・Vs・D+C2・QH1/2)・u−1  式(3-2)

(2)Brigss 式(ダウンウォッシュ式)

 窒素酸化物総量規制マニュアル5)では、自動車地下道の換気塔から排出されるガスの予測にはBriggs式を最も実用的なものとして推奨している。本調査対象地域においては、地形が複雑でダウンウォッシュが生じやすいと考えられることから、Briggs(煙突自体によるダウンウォッシュ式:式(3-3))に加えHuber式(煙突に近接する建物などの影響によるプルーム主軸低下式:式(3-4))を考慮した。

ΔH=2(Vs÷u−1.5)D    式(3-3)
ΔH’=0.333×ΔH    式(3-4)
(H0/Hb:建物高さ≦1.2の場合)

3−9 評価基準
 年間の評価を行う際にはNO2日平均値の98%値0.04〜0.06ppmが用いられる。NO2日平均環境基準は昭和53年に、年平均値0.02〜0.03ppmを目安としてに年間98%値0.04〜0.06ppmに改定された経緯がある。したがって本研究ではNO濃度年平均濃度0.03ppmで評価を行う。
 なお、環境省も年平均値0.02〜0.03ppmを環境基準に相当する濃度として健康影響調査(「窒素酸化物等健康影響継続観察調査」、平成9年4月25日報道記者発表8))を行っている。

4.大気拡散シミュレーションの実施
4−1 シミュレーションモデルの選定

 本調査の対象地域は高尾山等に囲まれ地形が非常に複雑で急峻である。従って大気の流れ、大気汚染の拡散状況は地形の影響を大きく受け、非常に複雑なものとなる。
 事業者による環境アセスでは基本的なシミュレーションは平地を前提としたプリューム・パフモデルで行い、風洞実験を行うことにより、濃度の比を用いる等の単純な手法で濃度の補正を行っている。しかし当該地域の地形の複雑さを考慮するとこのような単純な手法で推計できるものではない。
 本調査では、年間の全風向・全風速階級にわたって地形の影響を考慮するため、3次元流体モデル7)を用いて大気汚染濃度の予測を行った。

4−2 シミュレーションの手順
 図4−1に、3次元流体モデルによる大気拡散シミュレーションの手順を示す。

4−3 地形・建物データの構築
 シミュレーションでは東西方向2100m、南北方向1300mの範囲の地形、建物を考慮し、予測結果の表示も同じ範囲について行う。ただし計算を行う際には、風上・風下方向に空間を大きく取る必要があるので、計算空間としては約4000m×3000m以上の範囲を対象としている。高さ方向は対象範囲内の最も低い地表面から上空約4000mを計算範囲とした。住宅地図2)、道路の計画図1)等を用いて、高尾山等の起伏、建築物、構造物の位置をコンピュータに入力し、さらに建築物、構造物の高さを個別に設定した。(図4−2)水平方向のメッシュ規模は、東西方向、南北方向ともに評価対象地域中心部においては5〜10mとし、周辺部では20〜30m、評価対象範囲外では100m程度以上とした。高さ方向のメッシュ規模は地表付近から高架道路以上までを5mと詳細に設定し、上空に上がるに従って10m以上と大きくして、計算範囲の一番上の部分では100m程度以上とした。

図4−1 3次元流体モデルによる大気拡散シミュレーションの調査手順の概要

図4−2 地形データ(結果表示範囲)


5.予測結果
5−1 シミュレーション結果

 以下の4ケースについてNO
2年平均濃度の予測を行った。以下にその結果を示す。

ケース1:背景濃度+自動車寄与濃度
:但し換気塔寄与濃度は含めない

ケース2:背景濃度+自動車寄与濃度+換気塔寄与濃度:実煙突高から拡散

ケース3:背景濃度+自動車寄与濃度+換気塔寄与濃度:有効煙突高から拡散:有効煙突高モデルにはMoses&Carson式を使用

ケース4:背景濃度+自動車寄与濃度+換気塔寄与濃度:有効煙突高から拡散:有効煙突高モデルにはBriggsダウンウォッシュ式+Huber式を使用

図5−1 ケース1:NO2年平均濃度
(背景濃度+自動車寄与濃度:但し換気塔寄与濃度は含めない)

図5−2 ケース2:NO2年平均濃度
(背景濃度+自動車寄与濃度+換気塔寄与濃度:換気塔排ガスは実煙突高から拡散)


図5−3 ケース3:NO2年平均濃度
(背景濃度+自動車寄与濃度+換気塔寄与濃度:
換気塔排ガスは有効煙突高:Moses&Carson式から拡散)


図5−4 ケース4:NO年平均濃度
(背景濃度+自動車寄与濃度+換気塔寄与濃度:換気塔排ガスは
有効煙突高:Briggsダウンウォッシュ式+Huber式から拡散)



5−2 NO年平均濃度予測結果の評価

ケース1:背景濃度+自動車寄与濃度:但し換気塔寄与濃度は含めない

 ジャンクション東側約700m、中央道から南側約200mの範囲において環境基準相当年平均濃度(0.03ppm)を超過し、0.03〜0.04ppmの範囲の濃度となっていることが分かった。これは上記の範囲が年間を通じジャンクションの風下となることから、中央道からの影響に加え、圏央道およびランプを走行する自動車排出ガスの影響を受けた結果であると推定される。さらにジャンクションの南東直下においては0.04ppmを超える高い濃度がみられる。

ケース2:背景濃度+自動車寄与濃度+換気塔寄与濃度:実煙突高から拡散

 環境基準を超える地域がジャンクション東側約1km、中央道から南側約400mにも及んでいる。また、ジャンクション東側約600m、中央道から南側約200mの範囲では0.05ppmを超える非常に高い濃度となる。

ケース3:背景濃度+自動車寄与濃度+換気塔寄与濃度:有効煙突高(Moses&Carson式)から拡散

 環境基準を超える地域がジャンクション東側約600m、中央道から南側約400mにも及んでいる。また、ジャンクション東側約300m、中央道から南側約200mの範囲では0.04ppmを超える非常に高い濃度となる。

ケース4:背景濃度+自動車寄与濃度+換気塔寄与濃度:有効煙突高(Briggsダウンウォッシュ式+Huber式)から拡散

 環境基準を超える地域がジャンクション東側約600m、中央道から南側約400mにも及んでいる。また、ジャンクション東側約150m、中央道から南側約70mの範囲では0.04ppmを超える非常に高い濃度となる。さらにジャンクションから1km離れた地域にも環境基準を超える地域が出現している。これは、換気塔から排出された排ガスが高く吹き上げられ、ジャンクションから離れたこの地域に着地するためである。

6.まとめ

 換気塔からの寄与を含めない場合でもジャンクション南東側の住宅に環境基準を超える濃度が予測された。さらに、換気塔から排出される窒素酸化物を考慮した場合には環境基準を超過するとみられる地域が相当数の住居にまで及び、ジャンクションに近い住居においては年平均0.04〜0.05ppmを超える高濃度となるおそれがあることが分かった。また、換気塔から排出された排ガスにより、ジャンクションから1kmもはなれた地域において環境基準を超える可能性があることも分かった。
 本調査の事業者アセスとの大きな違いは主に以下の3点である。

1)大気汚染拡散モデルの違い
 本調査では3次元流体モデルを用い地形等の影響を考慮した予測を行った。一方、事業者アセスは原理的に地形等の影響を考慮できないプリューム・パフモデルを用いている。事業者アセスでは風洞実験の結果を用いて補正を行っているとの記述があるが、単純な濃度の比を用いたもので裏高尾地域の複雑な地形による影響を考慮できる方法としては評価に値しない。
 事業者アセスでNO2年平均濃度を示している地点の予測濃度(0.018ppm)と本調査における同一地点の予測濃度(0.0345ppm)を比較すると、事業者アセスは過小評価であることが分かる。

2)結果の表し方の違い
 本調査では地域の濃度分布をNO2の重合濃度として表すことにより、本事業が地域の大気環境に与える影響を分かりやすく示している。
 一方、事業者アセスでは1地点のみにおけるNO2重合濃度を示し、地域への大気汚染の分布についてはNO2寄与濃度としてNO2濃度増加分を等濃度線図で示しているに過ぎない。NOx濃度とNO2濃度は比例関係にないため、NO2濃度増加分を示しただけでは、実質的な大気汚染悪化に対する寄与しては著しく過小評価となる。
 事業者アセスでは評価対象とした地点よりも道路寄りの地域において環境基準を超過するかどうかすら評価することはできない。

 本研究の実施によってはじめて、同地域において圏央道およびランプが建設されることにより、自動車から排出される排ガスの影響が倍増し、環境基準を超過する地域が広く出現するおそれのあることが明らかになった。

7.参考文献

1 東京都、環境影響評価書−首都圏中央連絡道路(一般国道20号〜埼玉県境間)建設事業−、昭和63年12月
2 住宅地図、株式会社ゼンリン
3 八王子市環境部環境保全課、八王子市内測定局データ、
4 市民による二酸化窒素測定調査結果、1986〜2000年
5 環境庁大気保全局大気規制課編窒素酸化物総量規制マニュアル(増補改訂版)、環境庁大気保全局大気規制課編
6 東京都建設局道路建設部、平成6〜11年度、全国道路交通情勢調査 各年度版、
7 森口祐一、沿道における大気汚染の精密予測手法とその応用に関する研究、平成6年11月
8 窒素酸化物等健康影響継続観察調査について、環境庁大気保全局企画課、平成9年4月25日


copyright by 株式会社 環境総合研究所

 本ホームページの内容、掲載されているグラフィックデータ等の著作権は株式会社環境総合研究所にあります。無断で複製、転載したり、営利の業務に使用することを禁じます。