環境アセスメント法の課

青山貞一 環境総合研究所
自由と正義(日本弁護士連合会)
                                    
Vol.48 1997年10月号

本ホームページの内容の著作権は筆者と株式会社環境総合研究所にあります。無断で複製、転載することを禁じます。


一.はじめに

 我が国は、OECD諸国で唯一環境アセス法を持たない国と専門家から揶揄されてきた。平成九年六月九日、第一四〇回通常国会で環境影響評価法(以下、単にアセス法)が成立し六月十三日公布された。
米国が一九六九年、世界に先駆け制定したアセス法である国家環境政策法(NEPA)に遅れること二十八年となる。日本のアセス法は、今後約二年の歳月をかけ、政令、技術指針等、法の施行規則を環境庁と他の省庁との調整により整備する。それらの歳月を含めれば米国のNEPAの実に三十年、後塵をはいしたこととなる。
 環境アセス制度と言えば、周知のように自治体には、川崎市が昭和五一年に全国に先がけて制定した条例や五十に及ぶ要綱がある。国にも通称閣議アセスと言われる手続がある。問題は、これら既存のアセス制度が昨今国民的関心事となっている大規模公共事業に対して環境保全面から十分な配慮、チェックができているか、それらの必要性、妥当性、正当性を判断する手段となっているのかにある。専門家のみでなく、国民、納税者にとっての最大の関心はそこにあると察することができる。
 だが、遺憾なことに過去それらのアセス制度によって大規模な公共事業や開発事業が中止された事例はほとんどない。そればかりか、アセス制度によって大規模な計画や設計の変更がなされたと言う報告、事例もほとんどない。
 その結果、大都市の環境問題や地方における自然環境保護に係わる市民団体や住民団体の間には、我が国のアセス制度に対する絶望感にも似たあきらめや不信が渦巻いている。実際、平成八年夏、中央環境審議会企画政策部会(以下、中環審と略)が国民にアセス制度に対する意見を募集したが、当初、ほどんど意見が集まらなかったと言う。また、住民団体や専門家の間には、過去、アセス制度は「開発のための免罪符」、「開発のパスポート」、「アワセメント」などと言った皮肉や批判が根強い。
 制定されたアセス法が、果たして過去のアセス制度をめぐる上述の状況を根底から変える力を発揮するかについては、未知数である。その理由は、後述するように中環審部会での審議や衆参両院審議で絶えず議論となった諸課題が本法において未解決なものが多いこと、制定された法は実は「骨格」を示すものであり、今後、政省令、技術指針などのアセス法を実際に運用するための施行規則は、環境庁と建設省、運輸省、農水省などの霞ヶ関の事業官庁との間で協議されるからである。
 以下、先に制定されたアセス法及び自治体のアセス制度を外観した後、法の主要課題について私見を述べたい。


二.閣議アセスとアセス法の手続対比

 ここでは、昭和五十九年八月二十八日に閣議決定されたいわゆる国の実施要綱と、今回制定されたアセス法との違いについて概観しく。個々の手続の差異の説明に入る前に、全体としての違いについて述べてみよう。公布されたアセス法では、次の諸点が実施要綱に比べ拡充されている。
 @住民関与の機会が増えていること、
 A市町村長意見の機会が増えていること、
 Bいわゆる事前手続が欧米制度並に整備されたこと、
 C限られていた環境庁長官意見の機会がいつでも可能となったこと、
 D事後モニタリングなどの事後手続がつけ加わったこと、
 一方、次の諸点は、実施要綱と比べ改善されているとはいえない。
 @公聴会手続が存在していないこと、
 A第三者的審査機関が存在していないこと、
 Bアセスの核心とされる代替案の分析が必須とされていないこと、
 Cアセスの対象が個別事業の実施段階が中心となっていること、
 Dアセス結果を事業の個別許認可、免許に確実に反映させる法的統制措置が十分でないこと


 図二−一は、従来実施されてきた国の閣議アセス(実施要綱)とアセス法の手続の主な流れを示している。
 手続の面から見ると、いずれも事業者がアセスの主体、すなわちアセス報告書(準備書、評価書)を作成し、調査、予測、評価、保全対策、事後調査を行うと言う点では変わらない。しかし、閣議アセスは、図から明らかなように、事前手続(スクリーニング、スコーピング)及び事後調査手続(フォローアップ、モニタリング)が全く存在せず、また市町村及び住民の関与機会、範囲も少なく、情報公開、市町村及び住民参加の観点からはきわめて「官治」的なものとなっている。
 法では、アセスの対象となる事業を十二の事業(第一種事業)と都道府県知事の意見を勘案して決定するその他の事業(第二種事業)を判断するスクリーニング、アセスの調査、予測の範囲、方法等を知事、市町村、住民等の意見を聞いて決めるスコーピングなどいわゆる事前手続が拡充された。また従来アセス準備書が作成された時点で告示されていたが、法では事前手続の導入により、準備書作成の前に告示されれるため、住民団体等のアセス手続に対応するための時間的余裕が多くなる。また、関与できる住民の範囲は、閣議アセスでは、関係住民とされていたが、法ではその制限はなくなった。さらに、環境庁長官からの審査意見は、従来は建設大臣等、事業を所管する主務大臣からの求めに応じてのみ出せることになっていたが、法では随時可能となっている。
 しかし、閣議アセス、法を問わず専門家による審査機関や自治体や先進国の制度では当然のものとなっている公聴会開催など、第三者的な審査、監視及び正規の公述がまったく存在しないなど、自治体のアセス制度より後退している面も否めない。


図二−一 現行アセス要綱とアセス法の対比




三.自治体のアセス制度の実態

 次に、参考のため日本の自治体(都道府県、政令指定都市、基礎自治体)におけるアセス制度の実態について触れておこう。
 現在、何らかの形でアセス手続を制定している自治体は、三十八都道府県、八政令市、三市の合計五十である。そのうちアセス制度を「条例」として定めている自治体は五都道府県、一政令市の計六自治体、その他の自治体は沖縄の「規程」を除けき「要綱」である。 全体としては準備書、審査意見書、評価書、担保措置については規程があるが、事前手続、見解書、事後調査の規程がある自治体は少ない。事前手続を制度上で定めている自治体は二十一あるが、アセス制度を持つ全自治体数の半数以下である。
 個別手続きについては、事業実施の届出を定めている自治体は六、アセス実施届けを定めている自治体は四、アセス実施計画書手続きを定めている自治体が十一、アセス実施告知縦覧を定めている自治体は八、住民意見書の提出について定めている自治体は二である。
 準備書については、すべての自治体で事業者に作成を義務づけている。その告知・縦覧に関しても全自治体が手続を定めている。縦覧期間は三十日又は一ヶ月となっている。アセスの実施主体は事業者と首長がほぼ半々であるが、政令市及び基礎自治体では首長とされている。
 一方、周知計画書の提出を定めている自治体は全部で五ある。説明会の開催は長崎県を除いた全自治体で手続化している。そのうち四十七の自治体が事業者が実施する事になっている。意見書を提出できる住民範囲についても長崎を除く自治体で定められている。そのうち意見を有する者とする自治体が五都道府県、三政令市、三市で計十一である。住民の意見書提出先については全自治体で定められており、期間は一月と二週間又は四十五日間となっている。
 見解書を制度で定めている自治体は十六ある。見解書作成に関しては六都道府県、三政令市、三市で定めている。見解書の公告縦覧は、十一自治体で定められており政令市は五自治体で多い。縦覧期間は十五日が六自治体、二十日が四自治体である。見解書の説明会の開催、住民意見の提出先、公聴会の開催を制定している自治体はそれぞれ一、四、二と少ない。
 審査意見書の審議会への諮問に関しては三十九自治体で定められており、二十自治体で知事が実施、十九自治体が必要なときに知事が実施としている。公聴会の開催については二十自治体で定められており、八自治体で知事が実施、十二自治体が必要なときに知事が実施するとしている。審査意見書の作成に関しては、全自治体で知事が実施としているが、そのうち十三都道府県、二政令市では陳述という形を取っている。審査意見書公告縦覧は、九自治体で定められており、二都道府県、四政令市、三市と自治体規模が小さくなるつれ制定率が高くなっている。
 評価書の作成は全自治体で事業者が実施することになっている。また評価書の公告縦覧期間については岡山、長崎を除く四十八の自治体で定められている。その期間は、最低七日、最高一ヶ月となっているが、三十日又は一ヶ月としている自治体が最も多く三十六ある。残りは名古屋市の七日を除けば十四日と十五日の間にある。
 アセスの担保措置のうち事業着手の制限に関しては、都道府県レベルでは半数の十八都道府県が、政令市、市レベルでは京都市を除く全自治体で規程がある。指示・勧告に関して四十五自治体で規程がある。政令市、市では全自治体で規程がある。違反の公表に関しては二十四自治体で規程が定められている。
 事後調査について制度上で定めている自治体は二十九ある。事後調査計画書の提出に関しては五自治体が事業者が実施、三自治体が必要なとき事業者が実施としている。事後調査結果の報告に関しては必要に応じ事業者、知事が実施としている自治体と必要なとき事業者が実施としている自治体がそれぞれ十一自治体あり、事業者が行うとしている自治体は六ある。事後調査報告書の公告縦覧を行っている自治体は三自治体しかない。国との調整に関しては、四十六の自治体で行われており、政令市、市レベルでは全ての自治体で行われている。許認可権者の要請に関しては、四十の自治体で規程がある。内訳は都道府県三十五、政令市四、市一と自治体規模が小さくなるほど規程がある割合が減っている。



四.個別の課題

(一)情報公開制度との関連
 手続面から見たアセスのカギは例外なき情報開示にある。
 周知のように我が国では行政手続法が制定されたものの情報公開法は制定されていない。来春国会審議を予定している情報公開法答申内容を見ると、アセスの核心をなす霞ヶ関の省庁の政策、計画立案過程は聖域として実質的に公開の対象外としている。従来の事業の実施を大前提とした制度を行政の計画立案、意思決定過程の透明性を可能な限り高めるためには、米国で一九六七年に制定され改定されている情報自由法に類する情報公開制度が不可欠となる。
 米国では平成八年、電子情報自由法が成立し印刷物以外に、電子媒体も全面公開されている。同法により連邦政府機関における代替案の検討を含む政策立案や意思決定過程は、今後インターネットのホームページなどを通じ情報アクセスが可能となる。このことは、自治体の情報開示条例にも妥当する。現状では開示請求から開示までに膨大な時間がかかりすぎ、アセスのような時間制限がある手続にはなじまないからである。

(二)代替案の比較検討
 先進諸外国のアセス制度を見るまでもなく、「代替案」はアセスの命である。だが、我が国では歴史的に「狭小な国土に多くの人口が居住するので代替案はなじまない」と、過去、代替案は国、自治体のアセス制度では必須要件とされてこなかった。衆院環境委のアセス審議でも政府は「用地難のわが国には立地の代替案はなじまない」と答弁している。だが路線や立地だけが代替案の内容ではないはずである。立地以外にも開発の規模、業種はじめ構造、設計、工法、工期などが多様な代替案がありうるし、実際、海外のアセス報告書にも多数の事例がある。中環審の答申では一時「複数案の比較検討」として代替案の検討が提案されたが法では代替案の明示的な規定はなくなっている(一条、十四条等)。環境庁は「環境の保全のための措置(当該措置を講ずるに至った検討の状況を含む)」(十四条七項ロ)を代替案条項としているが、きわめて困難である。

(三)アセスの実施時期
 第三の大きな課題は、アセスの実施時期の遅さにある。従来、アセスが計画だけでなく設計の変更さえ困難な時期に適用されてきた。図四−一に示すように、基本計画など計画のより早期の段階にアセス適用するこがアセスの実効性を高める条件となる。この場合、早期段階となればそれだけ計画内容の確定性は低くなる。ここでこそ代替案の存在が大きな意味をもってくる。すなわち、一つ一つの代替案は具体性、確定性をもちながら計画全体としては柔軟性を持つことが可能となる。中環審の答申ではは「早期段階での環境配慮」など計画アセスが明確化されていたが、法案は事業アセスの域を出ていない(二条、四条等)

      図四−一 アセスの適用段階


(四)アセスの対象行為
 従来の実施アセスは個別事業を対象とした単品アセスである。単品アセスでは、個々の事業がもたらす累積、広域的な環境負荷や環境影響を把握することは困難である。その結果、単品アセスを地域で繰り返すことにより地域の環境負荷の総量が高まる。
 欧米先進国の戦略環境アセス制度や米国のNEPAなどの計画アセス制度では、個別事業の上位にある政策や計画、たとえば、日本の全国総合開発計画、エネルギー需給見通しや、電源開発基本計画、空港整備整備五ヶ年計画など広域計画、さらに国利利用計画、都市計画の整備開発又は保全の方針などの土地利用計画への環境配慮が行われている。図四−二は、実施アセスと計画アセスで対象となる範囲を例示している。


       図四−二 アセスの対象行為


 中環審の答申では「上位計画、政策における環境配慮」が盛り込まれていたが、法では第一種対象事業(二条二項)に十三あるだけで他の計画は除外されている。事業者が都道府県知事の意見を聴取し対象行為を判定する第二種事業(二条三項、四条)は主務省令によって範囲が決まる。しかし上述の計画が含まれる可能性は乏しい。
 衆院環境委は「上位計画や政策における環境配慮を徹底するため、戦略的環境影響評価についての調査・研究を推進し、国際的動向や我が国での現状を踏まえて、制度化に向けて早急に具体的な検討を進めること」と付帯決議している。。

(五)実施要否の判定(スクリーニング)
 アセスを対象とするか否かの判断判定は、過去、主に規模要件により行われてきた。だが同一規模の事業であっても対象地域の社会的、自然的な特性により影響の受け方は異なる。
 法では第2種事業について都道府県知事の意見をもとに事業者が著しい環境影響が想定される判定し、アセスの対象とする場合には、知事らに通知するとしている(四条三項)。判定意見は市町村長、住民が含まれていないという課題はあるが、判定結果が直ちに公表される点は評価される。
 一方、たとえば川崎市臨海部のほぼ同一地域で、東京湾横断道路、東京湾岸道路、川崎縦貫道路、東京外郭環状道路などが順次開発されるような場合、地域住民からみれば複数の幹線道路事業から生ずる累積的、広域的影響は大きなものとなる。しかし、時間的にずれて事業が順次事業化される場合や規模をコマギレにして実施する場合、スクリーニング(五条、八条、十〜十一条)がどう機能するかは不明である。

(六)事前手続(スコーピング)
 NEPAはじめ先進諸国では常識となっているスコーピング手続がアセス法に導入された。これは上述のように、準備書の作成に先立って調査、予測、評価等の項目、範囲、方法等を検討し、あらかじめ範囲を絞ることに主眼がある。答申でも手続の”目玉”とされており、法案でも「方法書作成手続」として導入された(五条、八条、十〜十一条)。
 法の事前手続では、都道府県に加え市町村、住民の意見を取り入れている点は評価される。しかし、スコーピングはもともと米国では事業者による訴訟対策として導入さえた経緯をみるまでもなく課題も多い。たとえば、ひとたびスコーピングの段階で大きな間違をすると、それ以降のすべての段階で本来必要とされる環境項目の調査や予測が除外されたり、逆に本来不要な項目が入る可能性がある。また、市町村長や住民の意見を取り込むと言う事は同時に、「あなた方、住民や市町村も加わって決めたことです」として、”共同正犯”とされる恐れを当事者は認識し参加する必要がある。

(七)調査、予測、評価項目
 閣議アセスでは調査、予測、評価の項目を公害対策基本法に言う典型七公害と自然環境五要素に限定してきた。一方自治体のアセス制度では、より幅広い要素、項目を対象としている。中環審答申では、国の「環境基本法」に示す地球環境時代に対応した新たな環境理念をもととした幅広い要素、項目が提案されていたが、法には明文化されていない。環境庁は技術指針検討委員会を設置し、平成九年十二月をめどに意見を公募しつつ指針化することになっている。 過去における例として、閣議アセスにおける道路事業がある。ここでは、東京、大阪などの大都市部で環境基準を達成していない浮遊粒子状物質(SPM)が調査、予測、評価項目から意図的に除外されるなど、事業者側の裁量により要素、項目の取捨選択が行われている実態がある。また、評価のあり方にも課題がある。日本のアセスでは、環境基準などの絶対基準が重視されるあまり、何としても基準値以内に予測値を納めたいとしていわゆる”アワセメント”が行われているが、最終的にそれらの予測値が承認されるなど大きな問題となっている。

(八)アセス技術、指針

 アセスに係わる計測技術、予測技術は二十年前はもとより十年前と比べ格段に進歩している。環境影響を正確に把握するためには技術進歩を考慮した指針の改定が重要なものとなる。通産省や建設省は、たえず環境影響の予測手法、技術が未成熟であるとして、アセス法に反対してきたが、閣議アセスにおいて最新の手法、技術を採用してきたとは言えない。法に反対するために技術の未成熟を理由にしたきた感が否めない。
 中環審答申では「環境影響評価を支える基盤の整備」で触れ、法でも「国は、環境影響評価に必要な技術の向上を図るため、当該技術の研究及び開発の推進並びにその成果の普及に努めること」(五十一条)と規定している。さらに付帯決議でも「環境影響評価の適切かつ円滑な実施には、技術手法、過去の実例、地域環境の現状などの情報の活用が極めて重要であることにかんがみ、電子媒体の活用等、環境影響評価に関する情報の収集・整理・提供に努めること」と触れている。

(九)地球環境保全との関連
 COP3が京都市で開催されるなど、地球環境問題が大きな課題となっている。当然のこととして地球環境保全とアセスとの有機的な連動が課題となる。たとえば、温室効果ガスに関連し火力発電所のアセスでCO2排出抑制が論じられて当然と考えるが、従来その予測、評価はされていない。本来、CO2排出を日本全体で課題とするためには、国のエネルギー需給見通しや電源開発基本計画など、個別の発電所事業の上位或いは広域計画がアセスの対象とならなければならない。これについて付帯決議は「地球温暖化の防止に関し、西暦二〇〇〇年以降に先進国が講ずべき政策等について国際合意を目指す地球温暖化防止京都会議(気候変動枠組条約第三回締約国会議)が実質的な成果を収めるよう、政府は、国内での取組及び国際合意形成に最大限努めること」としている。

(十)第三者審査機関
 日本のアセス制度に限らずNEPAにあっても、アセス制度は「事業者が自分で問題を作り、それに回答し、採点する」性格が強いことが原理的に大きな課題をもっていると言える。したがって、手続のなかでどれだけ事業者以外の者が外部から実効性ある審査、クロスチェックをするか、出来るかが実効性を確保する上での課題
となる。本来、公開を前提とした第三者的な審査機関、組織が必要となる。たとえば、中央環境審議会にアセス審査部会を設置し、環境庁長官が必要と認めた案件について公開審査を行うなどの方法もある。
 米国には強力なNGOやそれを支援する専門家が存在するだけでなく、司法審査、つまり裁判所がこの重責を果たしてきた。残念ながら我が国の場合、第三者の役割を果たせる外部要因はいずれも脆弱である。自治体の制度には審査会が設置されているが、現実にはメンバー選定はじめ実質的な審査に要する時間など課題が指摘できる。しかし、審査会の議事録が公開されることにより第三者審査に関して一定の役割を果たすことが可能である。法には、この種の第三者審査機関の設定がない。その意味において我が国にあっては、今後関連訴訟、司法審査がどこまで適正手続及び技術的内容をチェックできるかがひとつのポイントとなろう。

(十一)公聴会開催
 公聴会は、通常、第三者機関のもとで開催されるものであり事業者による説明会とは主旨も目的も異なる。我が国でも自治体のアセス制度で多用されてきた。電気事業法や都市計画法における公聴会が形骸化していると指摘する識者もいるが、陳述者数及び一人当たりの陳述時間に限りはあっても公聴会の開催の意義はある。それは住民団体や専門家が、開催以前に課題を整理し、論点を整理すること、簡潔に自分の意図、課題を伝える訓練にもなるからである。さらに正規の議事録に残ることから、実際に著しい影響が生じた場合に保全対策を促す上での証拠ともなる。おそらく司法審査時の証拠書類ともなると考えられる。中環審答申、法ともに公聴会開催の規定はない。

(十二)環境庁長官意見
 法では、環境庁長官意見(二十三条)が最終的な環境配慮の担保手段となっており、環境庁長官がすべての案件に対し審査意見を出す機会を与えている。環境庁が第三者審査機関であるという見方もあるが、環境庁も政府の一員である。過去の重要案件、たとえば諌早湾干拓事業、東京湾横断道路、神戸空港、東京外郭環状道路などにおける環境庁と他省庁との審査過程をみると、環境庁の審査体制や審査能力には限界があることが分かる。また省庁間の審査の調整経緯は文書化されておらず公開もされていない。
 付帯決議では「事業者が実施する環境影響評価の結果を的確に審査し、制度の信頼性を高めるため、環境庁における審査体制の充実・強化を図ること。また、環境庁長官の意見形成に当たっては、当該事業について専門的な知識、科学的知見等を有する学識経験者及び審議会を積極的に活用して環境保全に万全を期すとともに、その過程及び結果の透明性の確保に努めること」と触れている。

(十三)アセス実施者の選定と公表
 準備書作成などの実際のアセス実務をどこの調査会社に発注するかは、アセスの客観性と信頼性を担保する上で重要な要因となる。WTOの勧告では、政府調達に関して一般競争入札を基本とすることを要請している。だが現実には業務発注をめぐる業者間での「談合」疑惑、行政と業者の間の「癒着」疑惑は後を絶たない。さらに、省庁の外郭団体、公益法人などに一端特命発注した後、傘下の会社に配分される”丸投げ”発注も多い。これに関連し、参議院環境特別委員会のアセス審議において過去各省庁から業者に発注されたアセス関連調査の業務発注形態を明らかにさせる質問が出され、政府委員(環境庁企画調整局長)が了承した。九月上旬の時点ではまだ調査結果は来ていない。
 一方、調査会社が行った調査内容と事業者が公表する準備書の記述内容との相違が問題となった場合の責任の所在を明確にすることを含め、調査会社及び担当技術者の氏名、住所等を公表することが法に規定された(十四条一項八)。

(十四)事後調査
 自治体アセスでは事後調査が規定されているものも多い。中環審答申では「評価後の手続」として事後調査が明確にされていた。しかし法では「環境保全措置が将来判明すべき環境の状況に応じて講ずるものであった場合には、当該環境の状況の把握のための措置」(十四条一項七号ロ、ハ)と、専門家が見ても解釈が困難な規定となってしまった。法では事後調査の実施義務が明確でなく、結果の公表も明確でない。事後調査はアセス準備書の要件としてではなく条文として明確化すべきものである。閣議アセスのように「予測のしっぱなし」であっては国民の信頼は得られない。

(十五)法と地方制度の関係
 法と条例との関係は六十条、六十一条で触れられている。地方制度は、「この法律の規定に反しないものに限る」という規定は全国自治体のアセス制度の改定を妨げるものであり、時代に逆行するものである。先進国最後に制定したアセス法が二十年以上前に条例を制定している自治体に対し上乗せ、横だし、下だし等を規制するようなことは断じてあってはならないだろう。
 付帯決議では「地方公共団体において定着し、相応の効果をあげている環境影響評価制度の運用の実績を尊重し、知事意見の形成に際し公聴会や審査会の活用が可能であることなど法の趣旨を徹底し、地方公共団体の意見が十分に反映され、地域の実情に即した環境影響評価が行われるよう、地方公共団体との適正な役割分担による総合的な環境影響評価制度の運用に万全を期すこと」としている。

(十六)許認可への配慮の担保(法的統制措置)

 アセス評価書の内容をどう個別事業の許認可、免許等に反映するかが最終低位に重要なものとなる。主務官庁が評価書の内容を踏まえずに許認可、免許を下した場合の法的統制措置(三十三条等)については、法規定を見る限り不明確であり罰則規定もない。またこの措置そのものに行政処分性がないとすると、この段階をとらえての訴訟も提起できないことになる。また三十三条二における「事業実施による「利益」と環境保全を併せて判断する」と言う規定は、不明確なだけでなく、経済的あるいは公共的利益のもとに環境保全が配慮されない事態が生ずるおそれがあることを暗に示している。


五.終わりに−アセス制度の本来の意義

 ところで我が国にとって重要なことは、アセス法を必要とする社会的背景が変わってきたことにある。歴史的に見て我が国の環境問題の中心は、公害対策基本法と自然環境保全法の制定に象徴されるように、事件的な公害問題や自然環境破壊、それも戦後の高度経済成長下での殖産興業がもたらす、いわば産業公害とその立地がもたらす自然環境破壊にあった。古くは水俣チッソ工場、川崎臨海工業にはじまり、大分新産業都市、鹿島臨海都市などの産業立地がもたらした産業公害は枚挙に暇がない。
 しかし、今や公共事業が環境汚染や破壊の中心となっている。中海本庄工区干拓事業、長良川河口堰事業、諌早湾干拓事業、神戸空港開発、東京湾横断道路開発、東京外郭環状道路開発、第二東名国土幹線自動車道路開発、各地の大規模ダム開発、原子力発電施設などに象徴される大規模公共事業が著しい環境影響や自然破壊のもととなっている。
 これらの公共事業は、建設省、農水省など中央政府機関によって構想され、一端計画が閣議などで承認、決定されると、国民はもとより立法府のチェックがないまま、どれだけ社会経済状況が変わっても、また、当初の計画目的や事業の必要性が薄れても強引に押し進められる。当初の予算額をはるかに上回り、国家財政に対してもその累積額が大きな負担を強いるものとなっても、事業者自身が中止を決めない限り外部からは一切止めることはできないことが大きな社会問題となっている。
 したがって、今やアセス法に期待されることは、二十数年前の公害や自然環境のの未然防止にとどまることなく、霞ヶ関の省庁が所管或いは免許、許可、補助する諸計画、事業の政策立案過程に環境保全上の配慮、監視を盛り込むことにより、政策変更を可能とさせることにあると言っても過言ではないだろう。いわば公共事業の必要性、妥当性、正当性を第三者が評価、審査し、意思決定に反映させる仕組みの確立である。
 ジャクソン元上院議員らによって二十八年前に議員立法されたNEPAは、環境アセスの目的を次のように記している。すなわち「政府の政策や計画の立案そして意思決定のより高く、かつ早期の段階に環境配慮を組み込むことにより、国民にとって望ましい政策を選択すること」にあると。
 平成九年六月に制定されたアセス法は、その審議過程を見る限り、到底、従来の閣議アセスの域、すなわち事業の実施段階のアセスの域を出ているとは言えない。環境庁は、計画段階に踏み込んだ環境配慮、すなわち計画アセスなり戦略的環境アセスの実現に向け調査を開始すると言っているが、その生命線を握るのは、霞ヶ関の政策立案過程に光を当てる例外のない情報公開法の制定にある。


参考・引用文献一覧

一 青山貞一、環境アセスをめぐる公平性の課題、法律のひろば、 ぎょうせい、平成八年十二月
二 中央環境審議会企画政策部会、今後の環境影響評価制度のあり  方について(答申)、平成九年二月十日
三 環境庁、環境影響評価法案参考資料、平成九年三月
四 衆議院環境委員会調査室、環境影響評価法案委員会審査参考資 料、平成九年四月
五 青山貞一、環境アセス制度意見陳述、衆院環境委公聴会、平成九年四月二十一日、京都市
六 衆議院環境委員会、環境影響評価法案に対する附帯決議(案)
七 青山貞一、小早川光郎、竹内 謙、福川信次、森島昭夫、座談会:環境影響評価法をめぐって、特集環境影響評価法、ジュリスト、NO.1115、有斐閣
八 青山貞一、環境アセス制度の課題と解決の方向性、環境と公害、第二十七卷第一号、岩波書店

copyright by 株式会社 環境総合研究所

 本ホームページの内容、掲載されているグラフィックデータ等の著作権は株式会社環境総合研究所にあります。無断で複製、転載・使用することを禁じます。