環境大気濃度から排ガス濃度を推定する手法の研究
−厚木米海軍基地に隣接する産廃焼却炉を事例として−


     
青山 貞一(環境総合研究所)、梶山 正三(弁護士)、鷹取 敦 (環境総合研究所

環境行政改革フォーラム2001年度
研究発表会予稿集 2001年12月


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1.厚木基地におけるダイオキシン問題の経緯

 
神奈川県米海軍厚木基地(NAF)に隣接し立地するエンバイロテック社(旧神環保)の産廃焼却炉のダイオキシン類(以下、DXNと略)を含む排ガスに関し、米政府はかねてより、日本政府に対して操業停止を含む厳しい改善を申し入れてきた。しかしながら日本政府は国内法規の適用限界などを理由に十分な対応をしてこなかった。
 
 その後、米政府は独自にハワイにある民間分析機関(アーステック社)に、米国環境保護庁(以下、EPAと略)の指針にそって環境大気中ダイオキシン類の試料採取を行ない濃度分析を行ない分析結果を日本政府に提示した。しかし、日本政府は過去の焼却施設周辺地域の環境濃度の測定値と比べて一桁高いことなどを理由に、米政府の分析方法に疑義があるなどとして、国会の委員会においても分析内容を批判する発言をしてきた。

 米政府はその後もクリントン大統領、オルブライト国務長官、コーエン国防長官(いずれも当時)など、米政府要人が来日するたびに厚木基地に立ち寄り、産廃焼却炉によるDXN汚染の現場を視察し、日本政府に汚染の改善を強く申し入れた。その結果、平成10年9月18日になって日本政府は米政府の改善要求を受け、関係行政機関が一致協力し厚木基地DXN汚染問題に対処することを閣議了解した。
厚木基地上空から産業廃棄物焼却炉方向を撮影。
  米海軍のヘリより青山貞一が撮影
厚木基地内から産業廃棄物焼却炉を撮影。
撮影、青山貞一


2.日米共同モニタリング調査の内容


 日米政府は閣議了解をもとに、平成11年7月7日から9月1日の約2ヶ月間(56日間)、共同で産廃焼却炉周辺の3地点にて、環境大気中DXN(PCDD+PCDF及びCo-PCB)の連続濃度測定を行った。この共同モニタリング調査では、従来の日本の環境大気中DXNの測定分析でまったく義務づけられていなかった、いわゆる「サンプリング・スパイク」(以下、SS)を適用し、しかも1日単位で連続して56日間にわたり高精度な濃度分析を行っている。 現地料採取は図2−1にあるサイトA(厚木米海軍家族用住宅屋上)、サイトB(焼却炉風下300m近く)、サイトC(焼却炉南南東背後地)の3ヶ所で実施された。

2−1 日米共同モニタリング調査結果

 
表2−1に夏期56日間の日米共同モニタリング調査による環境大気中のDXN濃度の測定分析結果を示す。これらのデータは、当初、日本の環境庁が平成11年10月に速報として公表出したものの確定値である。日本政府は現時点でも確定値を公表していない。本データは米国政府経由で入手したものである。

 測定結果は、表2−1にあるように産廃焼却炉の風下のサイトBで最高54pg-TEQ/m3(速報値では58pg-TEQ/m3)と、日本の環境基準(0.6pg-TEQ/m3)の実に97倍と高濃度に及んでいる。また56日間の期間平均濃度も6.6pg-TEQ/m3(速報値では8pg-TEQ/m3)と環境基準の11倍と高濃度である。さらに図2−2からは、試料採取期間中、日によって大気中DXN濃度が著しく変動していることが分かる。表2−1では56日間の最高値と最小値の比は、サイトAで40倍、サイトBで557倍、サイトCで43倍にも達していることが分かった。これは測定する日により、サイトBを例にとれば、0.097pg-TEQ/m3にも54pg-TEQ/m3にもなることを意味している。

図2−1 厚木基地産廃周辺の環境大気中DXN濃度測定地点図
表2−1 厚木基地内大気中のDXN濃度  pg-TEQ/m3
図2−2 厚木基地B地点大気中DXN類濃度
出典:厚木基地日米共同モニタリング調査、1999年10月速報
  図2−3 焼却炉位置と測定地点位置

2−2 環境庁と神奈川県による冬期調査

 さらに平成11年12月27日から平成12年2月21日にかけ、連続56日間にわたり、冬期のモニタリング調査が行われた。冬期では北風が卓越することから厚木基地の外の綾瀬市深谷地区の3地点が選定された。測定分析は環境庁と神奈川県が共同で行っている。ただし、夏期調査とは別の分析会社が実務を担当している。 

 表2−2に冬期分析結果を示す。厚木基地外(南側)にある綾瀬市深谷地区のサイトE(工業団地)で最高21pg-TEQ/m3と言う環境基準の35倍の高濃度が検出された。また試料採取期間中の平均濃度は1.4pg-TEQ/m3であった。なお、冬期調査における最高濃度と最小濃度の比は工業団地で191倍、サイトD(本蓼川A)で21倍、住宅地でも15倍と夏期同様著しく大きいことが分かった。


表2−2 厚木基地外の大気中のダイオキシン類濃度調査結果(その2)  単位:pg-TEQ/m3

2−3 日米共同による環境大気DXN調査の評価

 厚木基地における共同モニタリング調査結果の意味するところは、国際標準測定分析を行なえば、わずかひとつの産廃焼却炉であっても、環境基準(0.6pg-TEQ/m3)を夏期で97倍、冬期で35倍を超す高濃度DXNが環境大気から検出されるということにある。産廃焼却炉が集中する所沢周辺地域で、サンプリングスパイクを適用した国際標準の測定分析方法により焼却炉の風下地点で連続測定を実施すれば、環境基準をはるかに超過する高濃度のDXNが検出される可能性は高いと考えられる。


3.環境大気データからの排ガス濃度の推定

3−1 経緯について


 平成12年春、米司法省は産廃業者、エンバイロテック社の操業差し止めのための仮処分を横浜地裁に提訴した。 平成12年5月、米政府は環境総合研究所に焼却炉の煙突出口のDXN排ガス濃度の推定調査を依頼してきた。具体的には、先に行った平成11年の夏と冬の夏期及び冬期、合計112日間の環境大気中DXNの詳細分析結果と、基地内の自衛隊が測定している気象データをもとに、産廃焼却炉排ガス中のDXN濃度を逆推定、すなわち逆シミュレーションすることにあった。

3−2 排ガス濃度推定手法について (逆シミュレーション手法)

 
逆シミュレーションの原理だが、焼却炉からのDXNなどの大気汚染物質の排出量(Q:排ガス量×排ガス濃度)と風下における環境大気濃度(C)の寄与分は、図3−1に示すように比例する関係にある。そこでまず、逆シミュレーションでは、地形・建築物を考慮可能な3次元の流体シミュレーションモデル(3 DimensionalDynamic Model)を用い、煙突から出る排ガス濃度として規準濃度(1ng-TEQ/m3N)を与え、地形、構造物、建築物を考慮して任意の地点の環境濃度をシミュレーションする。この規準濃度でのシミュレーションは気象条件(風向・風速出現頻度)、たとえば、夏期56日、冬期56日などの期間を考慮したものとする。

 次に、上記の規準濃度設定時の環境大気のシミュレーション濃度結果と環境大気の実測濃度から背景濃度を除いた濃度の比が排ガス濃度の規準濃度(1ng-TEQ/m3N)と実際の排ガス濃度の比に比例すると考えることができる。その関係を用いることで最終的に排ガス濃度を推定することが出来る。 

 式(3-2)及び図3−2は、それを示したものである。



図3−1 排ガス濃度と環境大気濃度の関係



図3−2 規準排ガス濃度時のシミュレーション結果を用いた排ガス濃度の推定方法

3−3 用いた発生源データについて

 表3−1及び表3−2は、逆シミュレーションにて用いたエンバイロテック社の産廃焼却炉の発生源データの一部である。



3−4 用いた気象条件

 気象データとしては海上自衛隊が基地内の滑走路南側地点(1999年2月以降)で測定している風向・風速測定結果を用いた。測定高はエンバイロテック周辺地表面高より約15m高い地表面からさらに9m高く、エンバイロテック煙突高とほぼ同じレベルである。
                

図3−3(1999年度) 図3−4 (1999年度夏期調査期間) 図3−5(1999年度冬期調査期間)
図3−6(1999年度夏期高濃度日)
図3−7(1999年度冬期高濃度日)
図3−8(1999年度夏期安定期間)

注)風配図では風上の方角において出現頻度を示している

3−5 3次元流体シミュレーション

 
「逆シミュレーション」に用いた大気拡散予測モデルは、3次元の流体モデルであり、有限差分法(FDM:Finite Difference Method)によって汚染物質の移流拡散を記述する方程式であるSIMPLE(Semi-Implicit Method for Pressure Linked Equations)法およびこれを改良したSIMPLER法、SIMPLEST法をもとにしたモデルである。

 本モデルのシミュレーションプログラムは、国立環境研究所研究員により開発され、環境総合研究所青山貞一により拡充されたものである。 加えて環境総合研究所によって2次元および3次元のグラフィックによる解析プログラムが開発された。このモデルは国立環境研究所研究員により風洞実験で検証されている。有限差分法は風速場の解法および濃度場の解法の双方に用いられている。

3−6 3次元流体シミュレーション結果について

 図3−9〜図3−11は年平均の平面及び断面濃度の推定結果の例を示している。

図3−9 年平均濃度推定の例


図3−10 年平均濃度推定の例、南北断面図


図3−11 年平均濃度推定の例:東西断面図


図3−12 作成したシミュレーション対象地域の地形・構造物・建築物データ(例)



3−7 逆シミュレーションの結果と評価

(1) 操業中の平均排ガス濃度の推定値

 エンバイロテック社自らが実施した焼却炉からの排ガス濃度の測定データは4〜22ng-TEQ/m3N程度であったのに対し、環境総研が実施した本調査では、夏冬、112日間の排ガスの平均濃度推定値は表4−1にあるように、夏期が190〜230ng-TEQ/m3N、冬期が280〜480ng-TEQ/m3Nと推定された。

 通常、産廃焼却炉からの排ガスは産業廃棄物中間処理業者自らが分析業者をつかい濃度を測定するが、事業者はその測定分析時に通常の産廃の燃焼方法、焼却物の種類とは異なった方法などをとることにより、実際の排ガス濃度よりも著しく低い測定濃度を自治体に届出ていることが専門家から指摘されている。

 本調査では、産廃業者が神奈川県に届け出ている排ガス濃度の9倍から50倍も排ガス推定濃度が高いことが分かった。

(2)焼却たち上げ、立ち下げ時の排ガス濃度の推定値

 エンバイロテック社は平成11年夏のお盆休み明けの立ち上げ時に、日米共同調査結果では、大気中DXN濃度がサイトBで54pg-TEQ/m3と前代未聞の高濃度となっていたが、その時の排ガス濃度は3,600ng-TEQ/m3Nと推定された。

 焼却炉では火の立ち上げ,たち下げ時に高濃度のDXNを排出するとされている。これは点火、消火時に燃焼温度が低く、また不完全燃焼となりやすいことから排ガス中DXN濃度が高くなるためである。本調査では、事業者の県への届出値より最高で900倍も高い排ガス濃度が出ていたことが分かった。


表4−1 厚木基地産廃焼却炉排ガス中ダイオキシン類濃度の推定結果 排ガス濃度の単位:ng-TEQ/mN


4.むすび

 
米国政府が環境総合研究所に委託した本「逆シミュレーション」の調査結果からは、産廃焼却炉の排ガス濃度は、事業者が民間測定機関に委託し実施し自治体に届け出ている濃度の数倍から数100倍に及ぶことが分かった。
 調査結果が意味するところは、エンバイロテック社が神奈川県に毎年届け出ている焼却炉排ガス中のDXNの分析濃度が実際の濃度より著しく低いものであり、その値の信頼性は著しく低いと考えられることであった。

 わが国の排ガス濃度規制値は、依然として欧米の先進諸国に比べ大幅に緩いが、エンバイロテック社の場合、その緩い排ガス規制値(この場合、80ナノグラム)を数10倍も超過している可能性が高いことである。

 本調査結果は、調査後、横浜地裁に書証として提出され、債権者側証人として青山貞一が平成12年9月21日に主尋問、平成12年10月26日に反対尋問に対応している。主尋問は梶山正三弁護士が担当した。同仮処分裁判は、平成13年5月に判決が予定されていたが、それに先立ち、日本政府がエンバイロテック社の廃棄物処理施設を約50億円で接収すること、またその工事費用が20億円弱であることを公表している。


参考・引用文献

@環境庁/米国海軍省、在日米海軍厚木海軍飛行場における日米共同モニタリング結果報告書、平成12年2月
A環境総合研究所、エンバイロテック社焼却炉排ガス中ダイオキシン類濃度の推計および周辺環境への影響調査報告書、2000 年9月7日
B防衛庁、厚木海軍飛行場内の米軍家族住宅地区の大気環境問題について、平成13年8月24日

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