「ゼロ・ウェイスト政策」 〜発信地のその後を訪ねる〜 オーストラリア・キャンベラ 池田こみち 掲載日:2007年10月12日 無断転載禁 |
ようやく日本においても「ゼロ・ウェイスト」という考え方が少しずつ浸透しつつあるが、この度、「ゼロ・ウェイスト」政策発信地の1つとされるオーストラリアの首都キャンベラ市を訪ねる機会を得た。キャンベラ市の取り組みについては、グリーンピースジャパンの佐藤潤一氏の訳書「ゴミ・ポリシー」(ロビン・マレー著)の中でも詳しく紹介されており、現地調査もされていることから、今回インタビュー先の担当者を御紹介いただいた。 ブリスベンにて キャンベラ市はNew South Wales 州内に位置している連邦政府直轄の首都特別地区(Australian Capital Territory:ACT)であり、どの州にも属さない独自の行政区となっている。人口324,000人ほどであるが、行政機関や公共施設(博物館、国際機関、大学研究機関等)が多数立地し、また、商業業務機能の集積する都市であることから、産業構造も就業構造も他都市とは大きく異なる特殊な条件を備えた都市であると言える。 オーストラリア・キャンベラ首都特別区の位置 出典:グーグルアース ◆キャンベラ首都特別区中心部の地図 キャンベラ首都特別区の中心部 出典:グーグルアース オーストラリアの人口はおよそ2,000万人(東京都と神奈川県を足したほどの人口規模)であるのに対して、面積は日本の20倍超の広大な土地資源に恵まれていることから、長い間どの都市もごみ処理はそれほど大きな問題ではなかった。ごみはすべて埋立処分されてきたのである。実際、国民一人当たりのごみ排出量は2.2kg/人日にも達している。ちなみに、日本で一番ごみを出しているのは大阪市で一人一日1.8kgにも達している。※1 高台からみたキャンベラ首都特別区街(議会方向) オーストラリア連邦議会議事堂 そうした中で、1996年、ACT政府は新たに「No Waste Strategy」を打ち上げ、徹底的な市民参加、市民との協議を経て目標の達成に向けて動き出したのである。キャンベラ市民の意識は高く、これまでの常識では無謀とも言える“No Waste”の達成に向け、市民合意の下で大胆な一歩を踏み出したのである。 目標の2010年を目前に、これまでの取り組みの成果と今後の方針について、ACTの廃棄物政策担当者 Graham Mannall氏にお話しを伺った。まず、私から日本のごみ処理の実態について概略を説明し、キャンベラ市の現状と目標達成の見通しを尋ねた。 現在、市内には3箇所の資源管理施設(埋め立て地、リユース・リサイクルセンター、堆肥化施設、資源保管場所等)があり焼却施設はひとつもない。これらの施設は単なるごみの埋立地ではなく、市民や事業者が集まるリユース・リサイクルの拠点ともなっている。また、施設の一画では有機ごみの堆肥化も行われており、できあがった堆肥は農業や家庭菜園等に有効利用されている。医療系廃棄物は滅菌処理を行った上で、埋め立てられているという。 Mannal氏は、「Zero Waste」ではなく「No Waste」が我々の目標だ、と話す。ゼロ・ウエイストは定量的な目標だが、ノー・ウェイストはより概念的なものであり、ごみ(問題)から解放されるために何ができるかを市民一人ひとりが考え実行することに意味がある、という。つまりごみの排出や処理を数量的にzeroにするというのではなく、“A Waste Free Socaiety by 2010”が目標なのである。 1996年に「キャンベラ市廃棄物管理戦略:2010年までのNo Waste達成に向けて」(A Waste Management Strategy for Canberra No Waste by 2010)を策定、その後、2004年7月に「2010年までにNo Waste達成のための行動計画2004-2007:廃棄物を資源に」(Action Plan 2004-2007 No Waste by 2010, Turning Wasteinto Resource)を策定して8年間の取り組みを総括すると共に次のステップに向けた市民・事業者の行動計画を示している。 熱心に説明するGraham Mannall氏 市民はこの目標達成に取り組むことに誇りとチャレンジ精神を持ってきた。2010年に「Waste Free Society」を実現することを目標に掲げ、それに向けてA+4R+D(Avoidance→ Reduce→ Re-use→ Recycle→ Recovery→ Disposal)の優先順位の徹底、さらに、もうひとつのR(Rejuvenate:活性化)を推進し、廃棄物埋立量を最小限にするために努力が続けられているのである。市民の間で将来ビジョンが共有されていればこその取り組みといえるだろう。計画立案に際しては、市内60以上ものコミュニティから代表者が集まって熱心な議論が繰り返されたという。市民の間で、No Wasteにチャレンジする世界のリーダーとしての自覚が今も薄れていないことが大きな力となっているとのことだ。 さっそく、この間の実績をデータで説明していただいた。取り組みをはじめる前の1995年時点で埋立量がおよそ25万トン(58%)、リサイクル量が19万トン(42%)であったものが、“No Waste”戦略を進めたことにより、リサイクル量が3倍に迫るほどに右肩上がりに増え、10年後の2004年には、リサイクル70%、埋立30%までには至ったものの、一方で埋立廃棄物量は2000年以降、ほぼ20万トンと横ばいで推移しているのである。人口増加分を加味しても、リサイクルを含めた廃棄物の総排出量は増加し続け、目標達成が難しい状況でありジレンマに直面しているとのことだった。 出典:ACT提供資料 ACTでは、毎年目標がどこまで達成されたかについて、市民に丁寧な情報提供を行い、市民自らが主体的に目標達成に向けてやるべきことが明確にわかるよう努めている。行政の責任はもとより、市民の責任も明確にし向かうべき方向を再確認することが狙いである。最新の広報資料では、埋立処分されているごみの内容を分析し、次のステップとしてどのような対策が有効かについて提案も行っている。提供される情報は誰にでもわかりやすく、誰もが実行でき、努力の成果が目に見える施策でなければならないと強調する。 目標達成目標達成状況と具体的取り組みのガイドライン・各戸配布 @リサイクル可能な廃棄物の徹底的な分別回収・資源化の推進、特に事業系一般廃棄物の紙ごみの資源化が不可欠であること。 A有機系廃棄物(食品、庭ごみ、木材系廃棄物)の分別及び資源化の推進 Bコンクリート、煉瓦等の建設廃棄物の資源化の推進 これらを徹底することにより、2010年までに埋立量は5%にまで減量化できるはずであるが、そのためには何らかの有効な処理技術の導入は不可欠であるとしている。そのため、ACTでは2020年を目標とした新たな計画を立案し、キャンベラ市として導入すべき新たな技術、仕組みについても市民、事業者を交えた議論を展開していくという。焼却も選択肢の一つとしてはあり得るが、Mannal氏はキャンベラに焼却炉だけは導入したくないし、市民も焼却に対しては不安と危惧を持っていることから、できるだけ総合的な施策を展開し代替技術を多面的に検討することにより問題解決の道を探りたい、と話された。施設や技術に頼らずに目標を達成する鍵は市民の理解と強力であり、そのための教育プログラムは一層充実させていかなければならないとも語った。 <廃棄物を資源化するための行動エリアと主な施策> @コミュニティの関与をさらに進める ・学校での廃棄物への取り組みの徹底(Waste Wise School) ・ごみ減量努力への表彰制度 ・催事場や会議場等でのごみ減量化、資源化の推進 ・地域における環境学習の推進 AACT当局のリーダーシップの強化 ・グリーン調達の推進 ・連邦政府との連携の強化(関連法整備の推進等) B産業界のNo Wasteチャレンジの推進 ・エコビジネスの支援、活性化 C建設廃棄物対策 ・分別の徹底と資源化の推進 D関連施設の整備とサービスの向上 ・資源回収のための用地の確保(リユース、リサイクル推進のため) ・環境教育センターの整備 ・最終処分場における受け入れ契約の見直し E各種研究開発の推進 ・再資源化製品の開発、再資源化製品市場や再利用市場の開発 ・再利用・再資源化のための技術開発 ・適正技術の地域への適用 F適切な規制の導入と多様なインセンティブ施策の整備 ・ごみの有料化の検討 ・1999年に制定された規制内容の見直し、効率化 Gモニタリングと政策評価 2010年までにはあと2年と少しを残すのみとなったが、どこまで目標に近づけるのか、彼らの取り組みを励ましながら見守りたい。また、焼却主義がさらに進みつつある日本で、どこまで市民が共有化できるビジョン、市民がともに取り組める廃棄物政策を提案できるか、勝負所だと改めて感じさせられた。 ※1:政令指定都市の事業評価−経済性、効率性、有効性の視点による−、2007年5月、(財)関西社会経済研究所 |