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東日本大震災の直後、まだ日本全体が地震と原発事故のニュースであふれているころに、一人のイギリス人ジャーナリストがジャパン・タイムスを舞台に執拗に沖縄における枯葉剤問題を発表し続けていた。私は、丁度その頃、2011年の暮れごろだが、沖縄の市民グループから相談を受け、ベトナム戦争当時枯葉剤が散布されたり投棄された可能性がある場所(ヤンバルの森)などの視察と調査を依頼され、2012年1月に沖縄を訪問した。そのときの様子は以下のブログにまとめている。 ◆池田こみち:ベトナム戦争の枯れ葉剤、今も沖縄に(掲載:2012年1月26日) http://eritokyo.jp/independent/ikeda-col1006...html ベトナム戦争終結から来年2015年で40年となる。日本においても、ベトナム戦争や枯葉剤、ダイオキシン問題などに対する人々の関心が薄れ、ましてや3・11以降はほとんど見向きもされない話題だった。それなのに、執拗にこの問題を追跡するジョン・ミッチェル氏とはどのような人なのだろうか、一度、直接会って話を聞いてみたいと思い、連絡を取ってみた。 そして、2011年1月30日、当時、東京工業大学で講師をされていたジョンさんに環境総合研究所(ERI、目黒区大岡山)に来て頂きお話しする機会を得た。写真はそのときの様子である。 それから2年半、本書は完成した。 私が彼に会った頃からジョンは、一連の取材の成果を本にまとめる作業に着手しており、アメリカ・ベトナム・沖縄の関係先を訪問し、関係者へのヒアリング、インタビューなどを精力的に進めていた。触れられたくない過去、デリケートな問題にも関わらず、ウェールズ出身の気さくで明るい性格のジョンならではのアプローチで、多くの新しい情報、知られざる情報を入手していたようだった。 個人的な取材活動だけでなく、インターネットを駆使した日常的なやりとり、また、アメリカや沖縄での関連イベントの開催やシンポジウムでの直接的な人々との交流も彼にとって欠かせないものだった。アメリカ人でなかったことがこの問題を第三者的に取材し、捉えるうえで大きな意味を持ったとも言えよう。 果たして、その成果はまさに「調査報道」の神髄を究めたものであり、沖縄県だけでなく日本人全体にじっくりと読んでほしい珠玉の一冊となった。以下、各章のハイライトを紹介しながら私の感想をまとめてみた。 第1章:ジョンは、ベトナムを訪問し、軍関係者や枯葉剤による被害者、その治療にあたってきた病院関係者などにも取材し、ベトナム戦争における枯葉剤作戦「ランチ・ハンド作戦」を担当したアメリカ軍小隊のバッジに「紫」という漢字が中央に描かれているものをホーチミン市の戦争証跡博物館で発見した。まさに、ランチ・ハンド作戦が日本、すなわち沖縄発のエージェント・パープルなど枯葉剤の散布を行う作戦であったことを示すものである。ベトナムでは当時、人々に災いをもたらすものが沖縄からやってくることを意味した「オキナワ・バクテリア」と呼ばれていたことも突き止めた。こうして、状況証拠、物的証拠などから当時、沖縄に枯葉剤が存在し、ベトナム戦争に備えて試験的に使用されたり、保管・貯蔵され、最終的には廃棄されていたことは明らかになっているにも拘わらず、アメリカ政府の主張は、「沖縄には枯葉剤は一切持ち込んでいない」という嘘で一貫しているのである。 第2章:ベトナム戦争当時、沖縄タイムスの記者としてベトナム戦争の全期間を通じて取材を行っていた国吉記者への取材を通じて、沖縄が当時、いかにベトナム戦争にとって重要な役割を担ってきたか、また当時、表に出なかった沖縄の人々が見たこと、経験したことなどを明らかにしていった。沖縄各地で枯葉剤、除草剤による被害が続出していたことも分かってきたのだ。第3章:ジョンは、その後、直接、ベトナム戦争の退役軍人・帰還兵にあって、目撃証言を得ることになる。ベトナム戦争の退役軍人の中には、現在も枯葉剤の被害に苦しむ人たちが多く、米政府に対して健康被害の補償などを求める闘いを続けていた。彼らから直接、当時の沖縄の様子や実際にどんなことを業務としておこなっていたかを聴くことがアメリカ政府の「歴史的な嘘」を暴く上で欠かせないことだったのだ。取材を始めた当初は、激しい拒絶にあったり、反発を受けたこともあったようだが、直接会って話をする内に、少しずつ彼らの気持ちがほぐれ、ジョンの取材活動に共感・協力を得るまでの関係を築いていく。 当時の沖縄での写真、自分たちが沖縄のどこでどんな作業を行っていたのか、どこでどんな光景を見たのか、上官からどんな指示があったのかなど、ジョンは貴重な証拠を入手にすることになる。彼らは今も、自分たちが沖縄でしてきたことに罪の意識を持ち続け、沖縄の人々の健康や環境にこころを砕いていることも分かった。 このような人と人との心の琴線に触れながらの取材に基づく事実を今まで日本人の誰も知ることがなかったのだ。そして、ジョンや沖縄の市民、NGOメンバーと彼らとのSNSを通じての交流は今も続いている。 第4章:ここからは、沖縄県民への取材を通じて証拠を集めていく段階へと進む。ベトナム戦争退役軍人等の証言から、沖縄のあちこちで枯葉剤が使用・貯蔵・投棄されていることがわかったからである。当時を覚えている人たちも高齢化が進み、今でなければ証拠としての情報が永遠に得られないことになってしまうだろう。ここでも、今まで語られることのなかった様々な事実が明らかにされていく。子供たちへの影響、沖縄の海や魚介類への影響、ヤンバルの森への影響など。なぜ、被害者である沖縄の人たちがここでも真実を語ることにこれほど苦悩しなければならないのか、改めて戦争の残酷さ、悲惨さを感じさせられる。 第5章:ベトナム、米国内、沖縄県内でしつこい取材を続けるジョンに対し、米国政府は次第に鬱陶しさをにじませるようになるが、継続は力、しつこさこそ力、そして持つべきものは友であり、信頼できる人との関係である。ジョンのもとにはその後も次々と沖縄に枯葉剤が存在したことを示す有力な証拠が集まり続けるのだ。そのひとつが1971年に作成されたフォート・デリック報告書。退役軍人がジョンのもとに届けてくれた貴重な資料だった。そこには、まさに今、嘉手納基地跡地の諸見里サッカー場から発掘された80個以上のドラム缶の存在に結びつく有力な一行“Herbicides Stockpiles Elsewhere in PACOM-US Government Restricted materials Thailand and Okinawa (Kadena)”があったのだ。 第6章:この章は、本書のクライマックスとも言える章である。ベトナム戦争と米軍の化学兵器作戦であるレッド・ハット作戦、そして沖縄におけるエージェント・オレンジをはじめとする有害化学物質の存在をつなぐ証拠の開示を求める件である。ジョンと退役軍人らは、事実をひた隠す米国政府に対しFOIA(Freedom of Information Act)に基づいてレッド・ハット作戦に関連する文書の開示を求めるが、肝心な文書はすべて非開示となってしまう。しかし、天はジョンたちに味方した。沖縄の公文書館から重要な証拠が発見されるのである。まさにキャンプ・キンザーに保管されていたと思われる25000本ものエージェント・オレンジなど枯葉剤の入ったドラム缶を前に、毒ガス処理の安全処理説明会を行っている写真が存在したのだ。 それでも、米国政府はこの事実、証拠を無視して沖縄における枯葉剤の存在を今なお否定し続けている。これこそ、まさに戦争犯罪と言わずして何なのか、ジョンや被害者たちの叫びが聞こえるようだ。 第7章:ベトナム退役軍人の一人から寄せられた普天間基地の地下に眠る汚染の実態に焦点が当てられる。そして、米軍のゴミ捨て場にも等しいジョンストン島への輸送と焼却処理についても生々しい証言のもとに明らかにされる。さらには、日本人の手頃なリゾート地としても名高いグアム島の実態も私たち日本人にとっては衝撃の事実であろう。第8章(最終章):ついに嘉手納基地返還跡地サッカー場から発見された合計83本のドラム缶へとつながる。どんなに証拠を積み上げても否定を続ける米政府に対しこの新たなドラム缶発掘がどのようなインパクトを与えるのか、アメリカはそれでもまだ嘘に固執するのか、アメリカの態度を変えさせるのは簡単ではない。そこには、SOFA(日米地位協定)の壁が存在している。どんなに科学者が指摘しても、沖縄県民や市民の声が素直に届く状況ではないことが改めて浮き彫りとなる。この章では、専門家・科学者といえども、その立場によって真実に対する見解が分かれるという現実が突きつけられた。かくして、ジョン・ミッチェル氏による四年に亘る取材にもとづく調査報道は一旦終了するが、全編を通じて、ベトナム人、米軍退役軍人、沖縄県民や沖縄の自然に対するジョンの愛情と正義感が貫かれている。今後英語版の出版が待たれるが、今回の日本語版では、阿部小涼氏の翻訳がすばらしく、全編を一層格調高くかつ読みやすい作品に仕上げている。一読者として、ジョンと阿部氏に心から感謝したい。 池田こみち なお、筆者は、本書に繰り返し登場し、ジョンと連携して問題を明らかにしながら情報発信してきた「沖縄・生物多様性市民ネットワーク(略称:沖縄BD)」と連携し、嘉手納基地内の調査に対する評価書を作成したり、意見書を取りまとめてきた。第三者的なダイオキシン研究者として、多少なりとも実態解明に協力できたら幸いと思っている。これらについては、沖縄BDのWebサイトに掲載されているのでそちらもご覧頂きたい。 独立系メディア E-wave Tokyo ブログ版の沖縄特設スレッドは http://www.eritokyo.jp/independent/today-column-okinawa1.htm |