国連人権理事会の審査を傍聴して 〜世界各国から日本の死刑執行停止、 代用監獄の廃止を求める声〜 海渡雄一(弁護士) 掲載日:2008年5月16日 無断転載禁 |
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5月9日午後2時半(ジュネーブ時間)から午後5時半まで国連人権理事会の第2回普遍的定期的審査作業部会において日本の人権状況について審査が行われました。 私は、日弁連代表団の一員として、鈴木五十三、大谷美紀子、宮家俊治、大村恵美、小池振一郎、田鎖麻衣子弁護士とともにジュネーブに来ました。 1.人権理事会による人権審査とは 国連人権理事会が発足して二年がたちます。日本は自ら立候補して理事国となりました。ですから、この理事会からの勧告は前向きに受け止めることが求められています。人権理事会の新しい重要な制度として普遍的定期的人権審査が設けられました。同制度は、昨年一応の制度設計が終わり、今年から実施が始まったばかりです。 今回ジュネーブに来てわかったことですが、人権理事国その他の国連加盟国、国連人権高等弁務官事務所とNGOも、この制度のより効果的な実施をめざし手探りで模索している状態です。 今回、日弁連は、国連人権高等弁務官事務所に対し報告書を提出し、日本の人権状況について、 @国連条約機関からの勧告の速やかな実施 Aパリ原則に従った国内人権機関の設置 B個人通報制度を定めた人権諸条約に関する選択議定書の批准 C代用監獄の廃止、取調可視化及び長期取調べの禁止 D死刑制度存置に伴う重大な人権侵害の指摘及び死刑執行の即時停止 E日本社会に存在する様々な差別、特に、外国人、婚外子、女性に対する公的機関による差別の撤廃及び私人による外国人、部落民、アイヌ、婚外子、女性、障がいのある人に対する差別の撤廃に向けた取組み を求めています。 国連人権理事会による対日審査の状況 2. 日弁連の活動について 9日の作業部会における審査は、政府の報告書と共に、日本に対する国連の条約機関や特別報告者からの報告をまとめた報告書、及び、NGOからの情報提供の要約に基づいて行われます。この資料もすべて国連の次のホームページで見ることができます。 http://www.ohchr.org/EN/HRBodies/UPR/PAGES/JPSession2.aspx また、今回の審査の直前には、日弁連はジュネーブ国連本部会議場内でNGOによるブリーフィングのための会議を主催し、日本の人権審査に関するNGOからの情報提供・意見表明の場を設け、日弁連が作成した志布志の冤罪事件のドキュメンタリーフィルムの予告編の上映を行いました。 また参加されたNGOであるアジア女性資料センターと韓国で従軍慰安婦問題を取り扱っているNGOから、日本政府による従軍慰安婦に対する謝罪・賠償を求めるという意見が述べられました。 また、反差別国際運動からは私人による差別の規制立法の制定を強調する意見が表明されました。また、マリーニョ・メネンデス拷問禁止委員会委員が参加され、代用監獄制度の速やかな廃止を重ねて求めるとの発言がなされました。 日弁連が国連(ジュネーブ)で行ったブリーフィング 左から二人目が海渡雄一弁護士 日弁連が国連(ジュネーブ)で行ったブリーフィング 3. 世界に実況中継された審査の状況 ジュネーブで5月9日午後2時30分から5時30分まで、人権理事会の日本政 府に対する審査が実施されました。実況中継を見られなかった方も、次のウェブ 上で内容を確認できます。 http://www.un.org/webcast/unhrc/archive.asp?go=080509#pm 国別に発言が分割されていますので、参考までに課題ごとに、発言した順番にそれぞれの問題を取り上げた国名を挙げておきますので、時間のない方も興味のある課題別にみて頂ければ幸いです。 国連人権理事会による対日審査の状況 4. 死刑ないし死刑確定者の処遇 やはり、なんと言っても今回のハイライトは死刑の執行停止を求める声が圧倒的に噴出したことです。日本国内で、死刑判決と死刑執行が増加していることに多くの国々が強い懸念を表明し、執行停止を求めました。 ベルギー、イギリス、ルクセンブルグ、ポルトガル、フランス、アルバニア、メキシコ、オランダ、ブラジル、イラン(死刑確定者の処遇問題)、トルコ、スイス、イタリア(合計13カ国) 特に見応えのあるのはイギリス、ルクセンブルグ、ポルトガル、フランスあたりでしょうか。 これに対する日本政府の答えですが、審査の最終コメントの部分で、法務省から死刑の執行を停止することは、あとで再開したときに残虐であるから執行停止をしないと答えました。死刑の執行をその日の朝まで教えないで、毎日を明日が処刑の日かも知れないという筆舌に尽くせない恐怖のもとに過ごすことは残虐ではないのでしょうか。 国際社会から死刑の廃止の方向へのステップとして死刑執行停止が求められていることを無視し、国際社会からの要請に真っ向から抗おうとする日本の姿に大きな失望を感じました。 5. 国内人権機関 国内では人権擁護法案の問題として議論されている問題ですが、国連のパリ原則に沿って政府から真に独立した国内人権機関の設立を求める声が相次ぎました。 アルジェリア、フィリピン、カナダ、メキシコ、イラン、トルコ、アゼルバイジャン、カタール、スロバキア(難民認定に関する独立審査機関)(合計9カ国) お隣の韓国には国家人権委員会が政府から独立する形で設立され、そのメンバーが今回のセッションにおける韓国政府に対する審査にも列席されていました。日本政府は2002年に人権擁護法案が廃案になっているという説明を繰り返しただけでした。 6. 代用監獄と警察の取調の可視化 今回の日弁連の加盟国への働きかけの中心課題は代用監獄と警察の取調の問題でした。 アルジェリア(取調)、ベルギー(代用監獄・取調)、マレーシア(外国人に対する代用監獄における処遇)、カナダ(代用監獄)イギリス(代用監獄・取調)、メキシコ(代用監獄の廃止と取調の可視化を求めた2007年拷問禁止委員会最終見解の実施を求めた)、ドイツ(代用監獄・取調)(合計7カ国) とりわけ、ベルギーとイギリス、カナダ、ドイツの発言は包括的で、明確に警察拘禁を短縮することと取調のモニタリングを求めるものでした。 これに対する日本政府の答えは、国内での説明の繰り返しで、警察部内で捜査・取調と拘禁の機能を組織として分離していること、取調の完全な可視化は捜査官と被疑者との信頼関係を傷つけ、取調による真実の発見を困難にするというものでした。 7. 差別問題 差別問題は多岐にわたり細かい分析はここではできませんが、女性や子ども(非嫡出子)、外国人、外国人労働者、アイヌなどの国内の少数者、セクシャル・オリエンテーションなど、あらゆるタイプの差別問題が取り上げられ、差別禁止のための立法を求める声がありました。 北朝鮮、マレーシア、カナダ、イギリス、フランス、スロベニア、メキシコ、ブラジル、イラン、ドイツ、韓国、グアテマラ、アゼルバイジャン、ロシア、カタール、ルーマニア、ペルー このような差別の問題に対する日本政府の、問題別に例外はありますが、日本国憲法を引用し、法的な差別はないという説明を繰り返すものが目立ちました。法的な差別をなくすことは、社会における差別をなくすための第一歩に過ぎず、事実として存在する差別を認めて、これにどのように取り組んでいくつもりかを説明した方が、ずっと誠実な対応になったと思います。この点でも日本政府の説明には大きな不満が残りました。 プレスセンター 8. 従軍慰安婦問題 今回、日弁連代表団が中心的な課題として取り上げたわけではありませんが、大きな関心を集めている問題ですので、従軍慰安婦・戦時性奴隷制問題についての審査の状況もレポートしておきます。 従軍慰安婦という言葉を明確に使って言及したのは、北朝鮮、フランス、オランダ、韓国の4カ国です。また、国連の文書を引用する形でこの問題に言及したのが中国です。従軍慰安婦問題についての政府の説明も従来の説明を繰り返しただけにとどまりました。 9. 国連人権条約の選択議定書について また、日弁連がその批准を強く求めている、自由権規約違反の人権侵害の被害者が規約人権委員会に対して、国内での救済手続きによって急さが図られなかったときに、個人として救済を求めて通報すること定めている自由権規約の第1選択議定書については、ポルトガル、アルバニア、メキシコの3カ国が批准を求めました。また、ルクセンブルグは死刑の廃止を定めている同規約の第2選択議定書の批准を求めました。 また、国際的な拷問禁止小委員会と国内の拘禁施設に対する独立査察機関が協同して刑務所、警察留置場、入管収容施設、精神病院などの拘禁施設を訪問し、その処遇の改善を求めていく国際・国内協同システムの構築を求める拷問禁止条約の選択議定書については、イギリス、ルクセンブルグ、アルバニア、メキシコ、ブラジルの5カ国がその批准を求めました。 10.その他の拘禁問題 今回の日弁連代表団として取り組んだ問題ではありませんが、監獄人権センターの事務局長を務めている私の個人的な興味から言いますと、次のような問題も注目すべき点だと思います。 イギリス政府が留置施設視察委員会の独立性の問題を取り上げました。またイラン政府が刑務所医療と刑務所における拷問の問題(徳島刑務所の問題を指すと思われます)を取り上げました。アメリカ政府は入管収容施設の問題を取り上げました。またスロバキアが難民問題を集中して取り上げていたことも興味を引きました。 11. UPR手続とその勧告の重要性 今回日本政府が審査の対象とされた、人権理事会による国連加盟国の人権状況審査は、人権問題の専門家が審査を担当する条約機関による審査とは様相を異にし、多分に政治的・外交的なプロセスとしての性格を帯びています。 その審査においても、条約機関が取り上げ、人権高等弁務官事務所の作成した国連文書のコンピレーションに掲載されていても、どこかの政府代表が問題として取り上げなければ、当該国への勧告から外されてしまうと言う問題点も指摘されてきました。 実際に参加し、各国の代表と接触して感じたことは、審査対象国の特定の人権問題を取り上げて改善を勧告すると言うことは、国対国の外交関係も考えるとかなりの決意と勇気がいるということです。 そのようなプレッシャーの中で2−3分にまとめられた各国のステートメントは、本国外務省とジュネーブに来ている代表団との緊密な連絡の上で出されている、各国の政治的な決断であると言うことがわかりました。 審査の前日に接触できたある代表団からは、「日本については事前質問は出したが、会場での質問はしないことに決まったよ。昨日会えていればできたかも知れないのに、残念だったね」と言われてしまいました。 どこの国とは言いませんが、代用監獄について必ず質問すると事前に約束していたのに、結局発言から落ちいていた国もあります。おそらく、会議の舞台裏での様々な駆け引きがあったのでしょう。 だからこそ、この場で実際に見て、同僚による審査(ピア・レビュー)の持つ政治的なインパクトの強さを肌身に感ずることができました。6月の人権理事会で採択される予定の勧告について、日本政府が拒否し続けることは、国際社会での日本の地位を傷つけ、国益を損なうこととなるでしょう。発展途上国を含めて、多くの国々がこの理事会から勧告されたことを受け容れ、努力をするというスタンスに立つと思います。 この人権理事会の人権審査(UPR)を、これまでの規約人権委員会や拷問禁止委員会などの条約機関による勧告だけでは、なかなか展望が見いだせなかった、死刑や代用監獄、国内人権機関、様々な差別禁止のための課題、個人通報制度や拘禁施設に対する独立査察制度の構築などの諸課題を解決するプロセスの始まりとしなければなりません。 以下は関連記事。
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