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機密文書「地位協定の考え方」
第16条〜第17条

琉球新報 2004年7月〜8月

 
掲載日:2004.10.18
改訂日:2009.11.16

初出:独立系メディア「今日のコラム」 


〔第十六条〕

第十六条は、米軍人等の日本の法令の尊重義務につき定めるが、本項においては、まず米軍に対する我が国の法令の適用問題等につき一般論を述べ、その後第十六条の意味について触れることとする。

一 米軍に対する日本法令の適用
1 一般国際法上、外国軍隊には接受国の法令の適用がない。これは、軍隊が国家機関であり、接受国の主権の下に服さないことの当然の帰結である。従って、我が国に駐留する米軍(集合体としての軍隊及び公務遂行中の軍隊の個々の軍人等)に対しては、施設・区域の内外を問わず、原則としてわが国の法令の適用はない。右で原則としてというのは、地位協定上、特定の事項に関する法令の適用が日米間で合意されている場合があることを指している。例えば米軍車両側がわが国内を移動する際には我が国の法令―主として交通法令―が適用されることが協定第五条(合意議事録)で定められている。(注81)

(注81) 尤も、協定第五条の如き場合、日本法令の適用の対象は、軍隊(又は公務中の軍人等)であることから、通常の私人に対する適用とは自ずと異なる面があることは、当然である。従って、米軍による法令違反の責任を生ずるが、米軍(即ち米国)に対して、法令上の罰則(例えば罰金)が課せられるということはなく、また、かかる法令違反の行動に従事した米軍人等に対してもわが国が直ちに裁判権を行使するということにはならない(かかる場合協定第十七条により米軍が第一次裁判権を有する。)。もっとも、公務中の軍人等が軍隊の指揮命令とは無関係に、自らの故意・過失によって違法な行為を行なっていると判断される場合には、かかる行為を中止させるために公権力を行使することは当然認められてしかるべきである。

更に、右の如くわが国の法令が適用される場合、手続的にもあらゆる点がそのまま適用されると解する必要はなく、例えば一定の行動をとる際にあらかじめ市町村長への届出が義務付けられていても、相当の理由(軍機密の保持等)によりかかる届出の代わりに合同委員会とか外交ルートを通じてかかる届出を行なうことは排除されないと解される。なお、協定上、我が国の法令の適用が合意されている場合としては、右のほかの第十二条5項(労働関係に対する日本法令の適用)等がある。

2 以上のことは、協定上例外が定められている場合を除き、米軍が我が国の法令を無視して良いという意味では決してなく、外国軍隊が駐留先の国の国内法令を実体的に守って行動しなくてはならないことは軍隊を派遣している国の一般国際法上の義務と考えられる。(注82)

(注82) この点については、成文の規則が存在するわけではないが、陸戦の法規慣例に関する規則第四十三条は、「……占領者ハ絶対的ナ支障ナキ限占領地ノ現行法律ヲ尊重シテ成ルヘク公共ノ秩序及生活ヲ回復スル為施シ得ヘキ一切ノ手段ヲ尽スヘシ」と規定しており、戦時における占領軍の場合においても右の如く占領地の法令尊重の義務を課されているのであるから、平時において接受国の同意の下に駐留する外国軍隊が駐留地の公共の秩序と国民生活に悪影響を与えない為により厳格な法令尊重の義務を負うのは当然である。

米軍による右の如き法令の「実体的遵守」の内容は、第一次的には米軍の判断によることとなるが、この内容を日米間で特に具体的にしておく必要のある場合には、合同委員会において米軍が遵守すべき具体的事項につき日米間で合意することがある(第五条に関する項の注48参照)。

以上の如く、米軍は、わが国の法令を実体的に遵守する義務があるので、相当の理由なくしてわが国の公共の秩序や国民生活に悪影響を及ぼすような法令違反の行為を行なった場合(即ち実態的遵守義務違反があるとみられる場合)には、国際法に反する行為としてわが国は米国の国家責任を追及しうる権利を有する(この点は、右の如き合同委員会の合意違反についても同様)。

3 以上のことは米軍(集合体としての米軍及び公務遂行中の軍人等―具体的には軍人及び軍属―の行為は軍に吸収されるという意味でこれら公務中の軍人等)について述べたものであるが、個人としての軍人・軍属及びその家族に対しては、協定上適用除外が定められる場合(例えば第九条の外国人の登録及び管理に関する法令の適用除外等)を除き、日本法令が全面的に適用される。これは、これらの者が施設・区域の管理のうちにあると外にあると問わない。これらの者が施設・区域の内にある場合には、法令の現実の執行が米軍のいわゆる施設・区域の管理権により制約されることがある(例えば執行のための施設・区域の立入りには原則として米軍の許可が必要)が施設・区域が属地的に法令の適用から排除されるということはない。(注83)

(注83) この点については、例えば性病予防法第十二条(都道府県知事は、……性病にかかっていると認めるに足る正当な理由のある者に対し、……健康診断を受くべきことを命じ、又は、当該吏員に健康診断をさせることができる。)が施設・区域内の軍人等に適用があるかとの点がかつて国会で論議されたが、これに対しては、「第十二条は、健康診断を受けるべきことを命ずる下命行為と当該吏員をして健康診断をさせるという事実行為との二つの要素を持っているが、前者については対人的な処分として施設・区域内外を問わず適用があるが、後者については施設・区域の中に立ち入ることは特別の規定に基づかなければできない。」との趣旨の政府答弁が行なわれている(昭和四一年三月二五日、参・予議事録四頁)ところ、これは、以上で述べたことと同じ考え方に立つ答弁である。

なお、施設・区域内における日本法令の適用問題の考え方は、第三条に関する項で述べたところに尽きる。

なお、又、以上1から3までの考え方を最も端的に述べたものとしては、昭和三五年六月十二日、参・安保特の林法制局長官の答弁がある(議事録十八頁)。

4 次に、米軍の日本人労務者の公務遂行中の行為には、日本法令の適用があるかとの問題があるところ、この問題は一般論としては極めて困難な問題であるのでここでは省略せざるをえないが、少なくとも日本人労務者がガードとして銃砲を所持できるかという点が問題となったことがある。この点については、施設・区域のいわゆる管理権の趣旨に鑑み、施設・区域内において日本人ガードが公務上武器を所持することは、銃砲刀剣類等所持取締法の「法令に基づき職務のため所持する場合」(第三条1項一号)に該当し認められるとの政府答弁がある。(注84)

(注84) 昭和二七年十二月十七日、衆・外議事録九頁。なお、この点については、米軍隊の機関としての行動である限り違法性が阻却される(従って施設・区域の内外を問わない)との考え方がある(山内一夫前掲論文、三六二号十四頁)が、実際には、過去の合同委員会において日本側は、米側が施設・区域外において日本人ガードに武器を所持させることに反対した経緯がある。なお、ボン協定には、「軍隊に勤務する者」に一定の場合に武器の所持を認める旨の規定があり(第十二条1項)、これにはドイツ人雇用員も含まれると解されている。

なお、ついでに述べると、ナト協定には、「軍人は命令によって認められることを条件として武器の所持が認められる」旨の規定がある(第六条)。日米地位協定にはかかる規定はないが武器の所持は、いわば軍人の属性であり当然のことと考えられる。なお、ナト協定の規定は「軍属」に触れていない(この点学者に批判されている。ボン協定第十二条1項は、軍属による所持も明文で認めている。)が、軍属が軍隊の機関として行動する限り武器の所持が認められることは、当然と解される。

二 第十六条の意味
第十六条は、日本において、日本の法令を尊重し、及びこの協定の精神に反する活動、特に政治的活動を慎むことは、軍人・軍属及びその家族の義務である旨定めるが、個人としての軍人・軍属及びその家族には、前述のとおり原則として日本法令が全面的に適用され、従って、これらの者は、日本法令を(尊重のみでなく)遵守しなければならない。この規定の意味は、むしろ、通常の政治活動が必ずしも直接接受国の法令に触れることとはならないことを念頭に置きつつ、これらの者の政治活動を慎ませることにあると解される。尤も、これらの者の在日理由(安保条約の目的)とその政治活動とは本質的になじまないものであり、この意味では、第十六条は、全体として当然のことといえよう。なお、ナト地位協定の中の同様の規定(第二条)及び国連軍地位協定第二条は、軍人等に加え「軍隊」そのものをも規定の対象としているが、日米地位協定では、「軍隊」は、本来政治活動をする筈がないとの前提から特に挙げなかっただけのことに過ぎない。(注85)

(注85)合同委員会の合意(「刑事裁判官轄権に関する事項」)の中には「合衆国軍隊の構成員、軍属又はそれらの家族に対しては、日本国の法令を遵守し、日本国の警察の指示等に従うべき旨を強調した(米軍の)指示が既に発せられており、今後もなお定期的に発せられる。」旨の記述がある。


〔第十七条〕

第十七条は刑事裁判権の分配等につき定めている。

一 米軍当局の裁判権
1 第十七条の規定に従うことを条件として、米国の軍当局は、米国の「軍法に服するすべての者」に対して、米国の法令により与えられたすべての刑事及び懲戒の裁判権を日本において行使する権利を有する(1項(a))。米軍法に服する者の範囲については、米政府が合同委員会を通じて日本政府に通知することになっており(第十七条1項(a)及び2項(a)に関する合意議事録)、これによれば、米国統一軍法第二条及び第三条に掲げられるすべての者が含まれることとなっている(合同委員会合意「刑事裁判管轄権に関する事項」)ので、具体的には、陸海空軍の軍人、召集を受けた者、軍の学生、生徒、予備員等の外、米国外に駐とんする米軍隊に勤務し、或いはこれに雇用され、又はこれに随伴する軍属・家族等がすべて含まれるものと解せられている。米軍公用船の乗組員については、米政府又はその機関とタイム・チャーター(期間用船契約)を結んでいる船舶のすべての乗組員は、右の軍属に含まれるが、単なる航海用船契約又は一部用船契約の船舶の乗組員は、含まれないとされている(合同委員会の右の合意)。

2 第十七条の規定は、ナト協定第七条の規定と実質的に同文であるが、これら協定の締結後、累次の米連邦最高裁の判決により軍属・家族に対する平時における米軍法会議の管轄権が否定されるに至った結果(注86)、ナト諸国の間では、現在、軍属・家族は、右の「軍法に服するすべての者」には該当しないと解されている模様である。

(注86) 軍属を平時に軍法会議に付することが違憲であるとの判決は、一九六〇年の Guagliardo case において示された(これ以前の Covert case では、死刑についてのみ違憲ということであったが、この事件で初めて死刑以外についても違憲とされた。)。

平時における家族に対する管轄権については、一九六〇年の Singlton case で、死刑であると否とを問わず、軍法会議の管轄権は違憲とされた。

以上は、平時(in time of peace)のことであって、戦時には必ずしも当てはまらない(事実ヴィエトナムにおいては、軍法会議は、右よりも広い管轄権を行使していた。)。

わが国においては、建前上は軍属・家族も軍法に服する者に含まれるとの考え方が現在でもとられている。(軍属・家族に対する軍法会議の懲戒裁判権は現在でも否定されていないので、この点に着目して軍法に服するとの説明をすることとなろう。)刑事裁判権の実際の運用としては、軍属の犯罪について米軍当局は、米軍当局に第一次裁判権のある場合(3項)でも(例えば軍属の公務中の犯罪については公務証明を出さないとか第一次裁判権の不行使をわが方に通告して来るとかして)裁判権を行使しないのが現状である。従って、軍属・家族の犯罪には事実上わが国が専属的裁判権を行使している如き現象を呈している。

3 軍法に服する者については、国籍の如何が問われていないので日本国民との関係が問題となりうるが、この点につき、4項は、「前諸項の規定は、合衆国の軍当局が日本国民又は日本国に通常居住する者に対し裁判権を行使する権利を有することを意味するものではない。ただし、それらの者が合衆国軍隊の構成員であるときは、この限りでない。」旨規定し、この点につき合意議事録は、日米の二重国籍者で、米軍法に服しており、かつ、米国が日本に入れたものは、4項の適用上日本国民とみなさず、米国民とみなす旨規定している。従って、日本国民が軍法に服する者に該当する場合がたとえあったとしてもイその者が米軍人でない限り、又はロ米国籍も有し、かつ、米国が日本に入れたものでない限り、米軍当局の裁判権に服することはない。米国が日本に入れたものとは、心ずしも明らかではないが、米国の命令指示等により日本に入国した者と解されている。(注87)

(注87)津田実・古川健次郎「外国軍隊に対する刑事裁判権」十四頁。この点については、家族が右にいう米国が日本に入れたものに該当するのか否かが必ずしも明らかでない。第九条1項の規定からみる限り積極に解される。

4 1項aの規定は、軍法に服する者が日本の領域外で犯した罪につき日本国内で軍法会議に付することを排除していない(1項bの規定振りからしてこの点は明らかである。)。沖縄返還協定の合意議事録は、返還前の米軍人の犯罪につき米軍当局は、返還後もかかる犯罪につき裁判権を行使しうる旨規定しているが、これは、地位協定第十七条1項aからみれば当然のことを定めたものである(従って、単に合意議事録で処理した。)。

更に、1項aの規定自体としては、日本で犯した罪について日本国外に連れ出した上裁判することについては、何ら触れていないが、この点については、第十七条の他の規定上制約がある(後述)。

二 日本側の裁判権
1 日本の当局は、米軍人・軍属及びその家族に対して、日本の領域内で犯す罪で日本の法令で罰しうるものについて、裁判権を有する(1項b)。日本の領域内とは、安保条約第五条の「日本国の施政の下にある領域」と同義であって、従って、例えば返還前の沖縄は、含まれず、又、北方領土・竹島は除かれる。(注88)(注89)

(注88)例えばわが国の領空を通過中の米軍機の事故から生ずる刑事責任の問題も1項bの範ちゅうに入りうるものであることは明らかである。

(注89)わが国の港に寄港中の米軍艦船内の犯罪が1項bにいう日本の領域内で犯す罪に該当するか否かの解釈につき、ナト協定の場合の考え方を英国に照会したところ、右の如き犯罪は、軍艦上の犯罪には旗国の裁判権が及ぶとの一般国際法上の確立した原則で律せられるべきものであり、地位協定は、かかる犯罪の処理まで意図したものではないとの回答があった経緯がある(なお、以上の点についての解釈は、未だ国会等で議論されたことはない模様)。

2 1項bの規定は、米軍人等の日本国外での犯罪についてのわが国の裁判権を排除している。従って、例えばこれら米軍人等が来日前に刑法第二条(本法ハ何人ヲ問ハス日本国外ニ於テ左ニ記載シタル罪ヲ犯シタル者ニ之ヲ適用ス)に該当する罪(例えば偽造公文書行使、第二条五号)を犯したことがあっても、米軍人等としての身分で日本にある限り、日本側の裁判権はない。

その限りで1項(b)は、刑法第二条を排除している訳である。(注90)沖縄返還協定の合意議事録は、返還前の米軍人の犯罪につき日本側は返還後裁判権を行使しない旨規定したが、これは、地位協定第十七条1項(b)からみれば、当然のことを規定したものである(従って、単に合意議事録で処理した。)。

注(90)津田実前掲書も同様の考えをとっている。十三頁。

以上、第十七条1項(a)及び(b)からすれば、例えば軍人が、公務中であるか否かを問わず、わが国において殺人を犯した場合、1項(a)によれば米軍当局が裁判権を有し(軍法第百十八条等)、1項(b)によればわが国が裁判権を有することとなる(刑法第一条1項は、「本法ハ何人ヲ問ハス日本国ニ於テ罪ヲ犯シタル者ニ之ヲ適用ス」と定める。前記の例の場合は、刑法第二十六章等の罪に該当する。)。これが、いわゆる裁判権の競合と称されるものであって、この競合の場合の問題を解決(日米のいずれが裁判権を行使するか)するのが第3項の規定である。

三 専属的裁判権
1 米国の軍当局は、米軍法に服する者に対し、米国の法令によって罰することができる罪で日本の法令によっては罰することができないもの(米国の安全に関する罪を含む。)について、専属的裁判権を行使する権利を有する(2項(a))。右の罪は、米国法令違反の罪ではあっても、日本の法令に違反するものでなく、従って、日本の法益は何ら害されていないのであるから、かかる罪につき米軍当局が専属的裁判権を行使しても、わが国として何ら差支えない訳である。

2 逆に、日本の当局は、米軍人・軍属及びその家族に対し、日本の法令によって罰することができる罪で、米国の法令によっては罰することができないもの(日本国の安全に関する罪を含む。)について、専属的裁判権を行使する権利を有する(2項(b))。この点については、軍法第百三十四条との関係が、少くとも理論的には、問題となる。即ち、同条は、軍隊の秩序及び紀律を乱したり、軍隊の威信を害する性質の行為等を罰することとしているが、外国に駐留する場合、当該外国法令に違反する行為は、軍法の右規定により罰しうるのではないかとの考えがあるからである。この考え方に立てば、日本側が専属的裁判権を行使するケースはないことになる。しかし、実際にはかかる考え方は、米軍法会議自身によって否定されている模様である。(この点については、連邦高裁も軍法の右規定は憲法違反であるとの判断を昭和四八年三月行なっている。)(注91)

(注91)従って、実際には、例えば通常の交通違反(軍法では、酔払い運転、乱暴運転等については規定がある―第百十一条―のでその他の場合)については、日本側の専属的裁判権により処理されている。

3 2項及び3項の適用上、国の安全に関する罪には、(i)当該国に対する反逆、(ii)妨害行為(サボタージュ)、諜報行為又は当該国の公務上若しくは国防上の秘密に関する法令の違反が含まれる(2項(c))。この点につき合意議事録は、両政府は、2項(c)に掲げる安全に対するすべての罪に関する詳細及びそれぞれ自国の現行法の規定でそれらの罪を定めるものを相互に通報すべき旨定めている。米側からはこの通報はなされていない模様であるが、米国法令にいわゆる「反逆罪」、「エスピオネージ」というような罪がこれに当ると考えられる。(なお、米軍当局が専属的裁判権を有するものとしては、右のほか、「逃亡罪」、「抗命罪」、「上官侮辱罪」等軍規律に関する罪がある。)

日本当局からは、口頭で日本に対する反逆及び妨害行為(サボタージュ)諜報行為又は日本の公務上若しくは国防上の秘密に関する法令違反等なる旨通報している。具体的には、刑法上の内乱又は外患の罪、国家公務員法第百九条第十二号(公務上の秘密)、日米相互防衛援助協定等に伴う秘密保護法違反の罪が考えられる。

四 競合裁判権の分配
日米両当局の裁判権が競合する場合には、3項(a)(b)(c)の規定が適用される(3項頭書)。

1 米国の軍当局は、次の(i)及び(ii)の罪については、米軍人又は軍属に対して裁判権を行使する第一次の権利を有する(3項(a))。

(i)もっぱら米国の財産若しくは安全のみに対する罪又はもっぱら米軍隊の他の軍人・軍属若しくはそれらの者の家族の身体若しくは財産のみに対する罪

(ii)公務執行中の作為又は不作為から生ずる罪

2 もっぱら米国の財産のみに対する罪とは、例えば米軍の倉庫から軍用食糧を盗んだような場合を指す。しかし、盗んだものが日本の国有財産であったような場合は、これに該当しない。又施設・区域内における放火であっても、それが日本国又は日本国民の所有にかかる建造物を焼いた場合には、右に該当しないことは勿論、また仮に米軍所有の建造物を焼いただけであっても、具体的に公共の危険を生じたような場合には、右に該当しないと考えられる。

もっぱら米国の安全のみに対する罪とは、例えば施設・区域の中で米軍の機密を探知したような刑事特別法第六第に該当するような罪の場合を指す。

もっぱら軍人・軍属又はそれらの者の家族の身体若しくは財産のみに対する罪とは、例えば軍人相互の傷害暴行等を指す。軍人相互のこれらの行為が同時に日本人を傷つけたりする場合は、これに該当しない。ここにいう「家族」とは、地位協定第一条にいう家族である。日本人妻も含まれる(従って、軍人がその日本人妻に傷害を与えた場合には、米側が第一次裁判権を有する。)。(注92)

(注92)以上の点については、津田実前掲書に詳しい。

3 公務執行中とは、単に勤務時間中という意味ではなく、公務執行の過程においてという意味であると解されている。公務とは、法令、規則、上官の命令又は軍慣習によって要求され又は権限付けられるすべての任務若しくは役務を指す旨合意されている(合同委員会「刑事裁判管轄権に関する事項」。なお、合意の本文においては、具体的にいかなる行為が公務中の行為に該当するかにつきかなり詳細な了解が記録されている。)。

4 3項(a)(ii)については、公務か否かを誰が認定するかが最も重要な問題である。この点につき合意議事録は、「米軍人・軍属が起訴された場合において、その起訴された罪がもし被告人により犯されたとするならば、その罪が公務執行中の作為又は不作為から生じたものである旨を記載した証明書でその指揮官又は指揮官に代わるべき者が発行したものは、反証のない限り刑事手続のいかなる段階においてもその事実の十分な証拠となる」趣旨を定めている。このように公務の認定が一次的には指揮官に委ねられているのは、事件解決の迅速性という面からする要請を考慮したものであると考えられている。尤も、米側の公務証明書に反証がある場合は、日本側検事正は直ちに米側に通知し、それで解決しない時は合同委員会で結論を出すこととなっている(合同委員会の前記合意)。更に、3項(a)(ii)に関する前記合意議事録は、米側の公務証明書は、いかなる意味においても日本の刑訴第三百十八条(裁判官の自由心証を定める。)を害するものと解釈してはならない旨定めているが、これは、裁判において前記の公務証明書には法律上の推定の効果が与えられないことを意味するものと解されている。

5 日本側は、3項(a)の(i)及び(ii)以外の罪については第一次の裁判権を有する(3項b)。具体的に述べれば、日本側は、先ず、家族の犯した罪については常に

第一次裁判権を持つ。家族が例えば米軍人の身体に対して犯した罪(3項(a)(i)の如き)についても同様である。(なお、第十四条契約者に対しても常に日本側が第一次裁判権を持つ。第十四条8項)更に、軍人・軍属の犯罪であっても3項(a)(i)及び(ii)に該当しない罪については、日本側が第一次裁判権を持つ。

6 第一次の裁判権の意味は、当該権利を有する側がその権利を行使しないか又は放棄した場合を除き他方の側は、裁判権を行使しえないことを意味する。第一次裁判権を有する側が裁判権を行使するともしないとも明らかにしないまま事件を放置しておくことは、協定の趣旨に反する。第一次裁判権を有する国は、その権利を行使しないと決定した時はできる限りすみやかに他方の側の当局にその旨を通告しなければならない(3項c第一文)。合同委員会は、かかる場合の運用につき細則を定め、例えば米側が第一次裁判権を有する事件(軍人の公務中の犯罪等)でも日本人が被害者である如きものについては、かかる犯罪についての通知から十日以内に米軍当局が裁判権を行使するか否かを日本側に通告してこないときは、日本側が裁判権を行使できること等を定めている(合同委員会の前記合意)。

第一次裁判権を有する側の当局は、他方の側がその権利の放棄を特に重要と認めた場合において、その他方の側の当局から要請があったときは、その要請に好意的考慮を払わなければならない(3項c第二文)。3項cに関する合意議事録は、裁判権放棄の手続は、合同委員会が決定すべき旨規定し(第1項)、合同委員会は詳細な手続を定めている。更に、合意議事録同第2項は、日本側が第一次裁判権を放棄した事件の裁判及びa(ii)に定める罪(公務中の犯罪)で日本国・日本国民に対して犯されたものにかかる事件の裁判は、別段の取極が相互に合意されない限り、日本において、犯罪が行なわれたと認められる場所から適当な距離内で直ちに行なわれなければならない旨、及び日本側当局の代表者は、その裁判に立ち会うことができる旨定める。このような事件には、日本側としても国民感情もあり重大な関心があるということを前提にした規定である。この規定により、米側は、このような事件については、被告を日本国外に連れ出した上例えば米本国で裁判することはできないこととなる。(注93)

(注93)公務遂行中の軍人・軍属の行為は、軍隊の機関としての行為であるから、かかる行為には日本法令は適用されない旨前述した(第十六条の項参照)が、かかる行為が犯罪を構成し、米側が裁判権を行使しないときは、日本側が裁判権を行使することができるが、これは、右の行為を日本法令によって評価することを前提とすること勿論である。この意味では、右の行為にも日本法令は、いわば潜在的には適用されている訳である。これを「右の行為には法令の適用はあるが米側が不行使を決定しない限り裁判権は及ばない」と表現するか否かは言葉の問題である。ちなみに、英語の jurisdiction とは、右の場合、裁判権・管轄権という意味に加え、法令の適用自体の意味も含まれている如くである。

五 逮捕・身柄引渡し等の相互協力
1 日本側当局及び米軍当局は、日本の領域内における米軍人・軍属及びその家族の逮捕及び4項までの規定に従って裁判権を行使すべき当局へのそれらの者の引渡しについて相互に協力しなければならない(5項(a))。この規定により日本側が協力するべき対象は、協定上日本側の裁判権の対象となる罪を犯した米軍人等に限られない。即ち、米側の専属的裁判権の対象となる罪を犯した米軍人等や日本国外で罪を犯し米側裁判権の対象となる米軍人等(これらの者が協定上の軍人・軍属及びその家族として入国したと観念される場合。なお、この点は、第一条の項で述べたところ参照。)のわが国における逮捕等についても日本側に協力義務がある。この点につき、刑事特別法第十八条は、米軍からの要請がある場合には、日本側当局は、日本の法令による罪に係る事件以外の刑事事件につき米軍人等を逮捕できるとの趣旨を定めている。なお、協定第十七条5項(a)の規定によれば、米軍当局が日本側の第一次裁判権の対象となる者を逮捕したときはその身柄を日本側に引き渡すべきこととなるが、5項(c)は、その例外を定めたものと解される。

2 日本側当局は、米軍人・軍属及びその家族を逮捕したときは、米軍当局にすみやかに通告しなければならない(5項(b))。この点については、日米友好通商航海条約第二条は、いずれかの国の領域内で他方の国民が抑留された場合には、その者の要求に基づき、もよりの地にあるその者の本国の領事官に直ちに通告されるべき旨定めているが、米軍人等については、地位協定上の通告を行なえば足りるものと解されている。

なお、米軍当局が日本側の第一次裁判権の対象となる事件につき米軍人等を逮捕したときは、直ちに日本側当局に通告して来ることになっている(第十七条5項に関する合意議事録第2項)。

以上の点に関する通告の手続等については、合同委員会の詳細な合意がある(「刑事裁判管轄権に関する事項」)。

3 日本側が裁判権を行使すべき米軍人・軍属(家族が含まれていないことに要注意)たる被疑者の拘禁は、その者の身柄が米側の手中にあるときは、日本により公訴が提起されるまでの間、米側が引き続き行なうこととなっている(5項(c))。米側の手中にあるときは、米側の刑事手続上米側に拘禁されている場合のみならず、より広い意味で身柄が米側により拘束されていれば足りるものと解される。又、日本側が裁判権を行使すべきとは、日本側が第一次裁判権を行使すべきの意である。日本側の裁判権にしか服さない者についての身柄拘束は、常に日本側が行なう(合同委員会の右合意)。家族については、日本側がこれを逮捕した場合と同様に取り扱われるべきものと解される。即ち、この点について5項に関する合意議事録第1項は、日本側が第一次裁判権を有する事件につき、日本側当局が米軍人・軍属及びその家族を逮捕したときは、その犯人を拘束する正当な理由及び必要があると思料する場合を除くほか、米軍当局による拘禁に委ねるべき旨規定している。(注94)

(注94)なお、同項ただし書は、日本側当局がその犯人を取り調べることができることをその釈放の条件とした場合には、日本側当局の要請があれば、いつでも取り調べることができるようにすべき旨及び日本側当局の要請があれば、日本側当局がその犯人を起訴したときにその身柄を日本側当局に引き渡すべき旨定めている。なお、又、米側が逮捕した場合でも、日本側が特に身柄を確保する必要があると認めて要請した際には日本側に身柄が引き渡されることになっている(合同委員会の合意)。

右において、正当な理由及び必要とは、証拠隠滅等のおそれのある場合等が該当するものと解される。

以上の規定により、日本側が第一次裁判権を有する事件であっても、米軍人・軍属及びその家族の公訴提起までの身柄の拘束は、日米いずれの側が逮捕したかに拘わりなく、一定の場合を除き、米側によって行なわれることとなるが、この点は、従来国会等において第十七条の規定中最も問題にされて来ている。ナト協定においては、協定本文には日米協定の第十七条5項(c)と同様の規定があるが、合意議事録に該当する規定はないので、比較上は日本の方がより制約されているが如く見えるが、実際には、米側は各国と別途の協定を締結する等を通じて日米協定とほぼ同様の権利を確保している。(注95)

(注95)イタリー、トルコ、イギリス、ギリシア等。

以上の点は、もっぱら米国との政治的妥協の産物であり(米議会において米国が第一次裁判権を放棄する範囲が広すぎるとの議論があり、これに対抗するためせめて身柄拘束に関しては米側権利を広くしようとしたこと)、説得力ある説明は必ずしも容易ではないが、少くとも(イ)食事・寝具等の風俗習慣等の違いから日本側としてもこれらの者を拘禁することは不必要な手数がかかること、(ロ)米側の拘禁に委ねても逃走のおそれなく、又取調べ上は支障なく、米側による身柄拘束は、いずれにしても日本側による提起までの間という暫定的なものにすぎないこと、(ハ)対象となる事件については米側にも第二次的には裁判権のあるものであり、第一次裁判権を有する側と第二次裁判権を有する側との間の均衡の問題として米軍人等を米側に暫定的に委ねても必ずしも不当とは考えられないこと(この点は、前述のとおり、日本側の裁判権にしか服さない者の身柄は常に日本側に引き渡されることになっていることからもいえよう。)等の理由によりある程度の説明は可能と考えられる。

4 日本側当局及び米軍当局は、犯罪についてのすべての必要な捜査の実施並びに証拠の収集及び提出(犯罪に関連する物件の押収及び相当な場合にはその引渡しを含む。)について、相互に援助する。ただし、それらの物件の引渡しは、引渡しを行う当局が定める期間内に還付されることを条件として行うことができる(6項(a))。双方の当局は、裁判権を行使する権利が競合するすべての事件の処理(の結果)について相互に通告する(6項(b))。これらの規定の実施についての細則は、合同委員会において合意されている(「刑事裁判管轄権に関する事項」)。

5 米軍当局は、日本においてその裁判の判決を執行することができるが、死刑については、日本の法制が同様の場合に死刑を規定していない場合には、日本国内で死刑を執行してはならない(7項(a))。また、日本側当局は、米軍当局が第十七条の規定に基づいて日本の領域内で言い渡した自由刑の執行について米軍当局から援助の要請があったときは、その要請に好意的考慮を払うことになっている(7項(b))。

六 被告人の保護
1 被告人が「この条の規定に従って」日米いずれかの当局により裁判を受けた場合において、無罪の判決を受けたとき、又は有罪の判決を受けて服役しているとき、服役したとき、若しくは赦免されたときは、他方の側の当局は、「日本国の領域内において」同一の犯罪について重ねてその者を裁判してはならない。ただし、この項の規定は、米軍当局が軍人を、その者が日本側当局により裁判を受けた犯罪を構成した作為又は不作為から生ずる軍紀違反について裁判することを妨げない(8項)。この規定は、日米間での一事不再理を定めたものである。これは、「この条(即ち第十七条)の規定に従って」行われた裁判についての一事不再理であるから、日本側に第一次裁判権がある事件で、日本側がその放棄もせず又その不行使の通知もしていないのに米軍当局が先に勝手に裁判してしまった場合(又はその逆)には該当しないと解される(昭和四二年十月三日日本の最高裁判例。ナト協定関係国においても同様に解されている模様。)。この規定により、米軍当局により裁判された者については、わが国刑法第五条(「外国ニ於テ確定裁判ヲ受ケタル者ト雖モ同一行為ニ付キ更ニ処罰スルコトヲ妨ケス」)の規定は、排除されることになる。なお、協定の右規定は、「日本国の領域内において」の一事不再理を定めるものであるので、日本側による裁判後(例えば無罪の場合)、米軍当局がその者を日本国外に連れ出した上裁判に付することはわが方の関知するところではない。

2 米軍人・軍属及びその家族は、日本側の裁判権に基づいて公訴を提起された場合には、いつでも、次の権利を有する(9項)。

(a)迅速な裁判を受ける権利

(b)公判前に自己に対する具体的な訴因の通知を受ける権利

(c)証人対決権

(d)強制的手続により証人を求める権利(証人が日本の管轄内にあるとき)

(e)弁護人選択権又は無償で(又は費用の補助を受けて)弁護人を持つ権利

(f)有能な通訳を用いる権利

(g)米政府代表者と連絡し、及び自己の裁判に立ち会わせる権利(注96)

(注96)この点との関連で、9項に関する合意議事録は、米軍人・軍属及びその家族で日本の権限の下に拘禁されているもの(従って、公訴提起以前も含まれる。)に米国当局が要請すれば接見する権利があること(第二項)及び9項(g)の規定は、公開裁判に関する日本の憲法の規定を害するものと解釈されないことを規定している(第三項)。なお、右の裁判の立ち会いとは、刑訴上何らかの身分を与えられるというものではなく単なる傍聴者である。

右合意議事録第1項は、第十七条9項の(a)から(e)までの権利は、日本の憲法の規定により日本の裁判を受けるすべての者に保障されている旨述べるとともに、米軍人等は、これらの権利のほか、日本の裁判を受けるすべての者に対して日本の法律で保障するその他の権利を有するとして、具体的にわが憲法第三十四条及び三十六条から三十九条までの権利の一部を列示している。

右において、協定本文に掲げられる権利と議事録に掲げられるものとの法的な差は、前者については協定自身により保障されているが、後者は、日本の憲法が変われば(基本的人権なのでこれが変更されることは考えられないが)その限りにおいて変りうるということにある。尤も、前者の権利も憲法・法律の枠内のものであることは、合意議事録第1項の頭書きにあるとおりで、その権利の具体的実現の手続は、憲法・法律の定めるところによる。(注97)

(注97)以上の点については、昭和四二年日本の裁判所が米軍人を被告とする裁判で、所在不明の被害者(検事調書作成後行方不明)を証人として調べず、その検事調書を刑訴第三百二十一条1項2号(供述者が所在不明でもその者の書面で署名・押印のあるものは証拠としうる。)により証拠として有罪の判決をしたことに対し、米側が協定第十七条9項(c)(証人対決権)に反すると抗議越し、これに対し、わが方は、右証人対決権の具体的実現の態様は、わが国の憲法・法律(この場合刑訴)によるべき旨回答した経緯がある(いわゆるハロルド・タッカー事件。本件経緯は未公表)。

七 警察権(施設・区域内とその近傍)
1 米軍の正規に編成された部隊又は編成隊は、施設・区域において警察権を行う権利を有する。米軍隊の軍事警察は、施設・区域において秩序及び安全の維持を確保するためすべての適当な措置を執ることができる(10項(a))。この規定は、次の二つのことを意味する。

(1)施設・区域内において米軍当局は、通常すべての警察権を有する。従って、通常すべての逮捕は、米軍当局によって行われる(10項に関する合意議事録第1項前段第一文)。

(2)日本の警察権の施設・区域内における行使は、原則として行ないえない。従って、日本側の裁判権にしか服さない者の逮捕でも施設・区域内においては米軍当局が行ない、その身柄は、日本側に引き渡される(同合意議事録第1項中段)。(刑事特別法第十条1項は、右規定を受けて、右の如き逮捕は、米軍の同意を得て行うか又は米軍に嘱託して行なうべき旨定めている。)

2 尤も施設・区域内における右の如き米軍警察権は、属地的に排他的な特権ではない。もし、施設・区域内における米軍警察権の内容が、施設・区域外における日本の警察権のそれのように完全なものであり、かつ、施設・区域内においては、その場所が施設・区域内であるという理由で、すべての者に対して米軍のみが警察権を有し、日本の警察権が排除されるというのであれば、そのような米軍警察権は属地的に排他的な特権というべきであり、施設・区域内に、わが国の統治権の一部が属地的に及ばない場合といわざるを得ない。

しかしながら、施設・区域内の米軍警察権の内容は、施設・区域外における日本の警察権のそれのように完全なものではない。すなわち、右の米軍警察権には米軍人等に対する関係では司法警察作用を含むすべての警察作用を含むが、右以外の者(日本人等)に対する関係では、少くとも司法警察作用を含まない(このことは、米軍警察権が属人的なものであることのあらわれであるといえよう。なお、かかる米軍警察の行為に対して日本人が反抗することは、日本法令上の公務執行妨害罪とならない。また、逮捕も、刑事手続としての逮捕でなく、実際上とり押さえるという意味と解釈すべきであろう)。

一方、日本の警察権は、これを施設・区域内において行使するに当っては、重大な罪を犯した現行犯人を追跡逮捕する場合(後述)を除き、米軍当局の同意を必要とするが、同意があれば、米軍人等に対しても、その他の者に対しても、発動し得るのであり、その場合には、わが国の法令によって与えられている権限をわが国の法令に従って行使するのであるから、施設・区域内においても、日本の警察権はその権限そのものが制限されているわけではなく、その行使の仕方が制約されているに過ぎない。換言すれば、属地的に権限そのものが制限されているのではなく、権限はあるが、これを現実に行使するに当っては、重大犯人追跡逮捕の場合を除き、管理者でありかつ限定的ではあるが警察権を有している米軍当局の意向を尊重して、その同意を求めるという手続を経た上で行使することとしているに過ぎないのである(右の同意は、それまで無かった権限を与えるものではなく、本来存する権限の行使につき必要とされる一つの条件と考えるべきである)。

しかも、重大な罪の現行犯人を追跡して逮捕する場合は、施設・区域内においても、無条件にこれを行うことが協定上できるのであり(注98)、その場合には、通常の場合と同様わが国の法令に基づく権限をわが国の法令に従って行使するのである(これは、施設・区域内にも、日本の警察権が本来的に及んでいることのあらわれといえる)。

(注98)右合意議事録第1項前段第二文。なお、刑事特別法第十条2項は、この規定を受けて死刑又は無期若しくは長期三年以上の懲役若しくは禁こにあたる罪に係る現行犯人を追跡して施設・区域内において逮捕する場合には、米軍の同意を得ることを要しない旨定めている。

以上のように、日本の警察権は、施設・区域内にも本来及んでおり、属地的にその権限そのものが制限されているわけではない。従って、特別の場合(重大な罪の現行犯人追跡の場合)には米軍当局の意思に拘わらずこれを行使し得るのであるが、その他の場合は、わが国が米軍に対し施設・区域の使用を認めている関係上、そのいわゆる管理権を尊重し、わが国の強制的権限を無条件に行使することを差控えることとしているのである。このことは、一国の軍隊が他国に駐留する場合、その軍隊に使用が許されている施設・区域には、被駐留国の官憲は、軍当局の同意がない限り原則として立ち入るべきではないとする国際法上の原則に基づくもので、ナト協定の下でも同様に考えられており、国際法的には当然のことといえるのであり、なんら不当とするに当らない。

3 米軍事警察は、施設・区域内で秩序及び安全の維持のため「すべての適当な措置」を執りうるとされているが、具体的に例えば催涙ガスの使用も認められるかという点が問題になったことがある。この点については、「すべての適当な措置」とは、通常の場合には日本の警察官職務執行法程度の内容の範囲内の措置が考えられ、従って、秩序及び安全の維持を確保するため必要な場合には催涙ガスを含む武器の使用も(正当防衛等右法令で定めるが如き際には)認められてしかるべきであるとの政府答弁が行われている。(注99)

(注99)昭和四五年五月七日、衆・外議事録十六頁。

4 米軍当局は、施設・区域の「近傍」において、当該施設・区域の既遂又は未遂の現行犯にかかる者を法の正当な手続に従って捕逮できる。これらの者で日本側裁判権にしか服さないものは、すべて直ちに日本側当局へ引き渡される(右合意議事録第1項後段)。右において「近傍」とは、施設・区域の安全を害する犯罪の既遂又は未遂を行ないうる程度に当該施設・区域に近傍した場所を意味することになっている(合同委員会の右合意)。(なお、武器使用については、後述の施設・区域外の場合と同様に考えるべきであろう。)

5 日本側当局は、施設・区域内にあるすべての者・財産について、又所在地の如可を問わず米軍財産について、捜索、差押え又は検証を行なう権利を行使しない(米軍の同意があれば勿論別である)。このような場合、日本側が希望すれば、米軍当局が右行為を行なう。これらの財産で米政府又はその附属機関(例えば第十五条機関)が所有又は利用する財産以外のものについて裁判が行われたときは、米側は、それらの財産を裁判に従って処理するため日本側当局に引き渡す(右合意議事録第2項)(注100)

(注100)なお、右合意議事録第1項前段第一文及び第2項では、「合衆国軍隊が使用し、かつ、その権限に基づいて警備している施設及び区域」との表現が使用されているので、米軍が全く警備していない施設・区域では通常の逮捕・捜索等を日本側が行うことは排除されていないものと解される。

八 警察権(施設・区域外)
1 地位協定は、施設・区域外においても米側に軍事警察の使用を認めているが、かかる軍事警察の使用は、「必ず日本国の当局との取極に従うことを条件とし、かつ、日本国の当局と連絡して」なされるべきこと、並びに「合衆国軍隊の構成員の間の規律及び秩序の維持のため必要な範囲内」に限られるべきことが規定されている(10項(b))。施設・区域外の警察権は、米軍人等の逮捕等を含めすべて日本側が行うのが当然であるところ、この規定は施設・区域外の米軍人間の規律及び秩序の維持のためにはむしろ米軍警察を用いた方が実際的であるという点を考慮しつつ、他方では、かかる米軍警察の行動が日本側の警察権と衝突したり、日本の私人の権利等を侵害したりすることのないよう一定の条件を付することを目的としたものである。合同委同会の合意(「刑事裁判管轄権に関する事項」)には、右の条件につき詳細な規定を設けている。そのうちの主要点を次に述べる。

(1)米軍人等の現行犯の逮捕

(2)所在地の如何を問わず軍用財産等の安全に対する罪に関する現行犯については、日本の警察機関の措置を求めるいとまがないときには、その軍用財産の周辺で令状なくして逮捕し、又は、かかる行為を制止することができる。この場合、日本刑法の正当防衛・緊急避難に該当する場合にのみ武器(従って、催涙ガスも含まれると解される。)を使用できる。(従って、この場合には、米軍警察権は、日本人にも及ぶことになるが、右の逮捕、制止は、正当防衛的な自衛行為であって、一般にも条理上認められているところであり、かつ、又、現行犯人は、わが国の刑訴上、一般私人でも逮捕しうるのであるから、米軍当局によるこれらの自衛的な措置は当然のことである。)

(3)重大な罪の米軍人等の現行犯人を追跡逮捕するため必要なときは、令状なくして、施設・区域外の住居等(従って、日本人の住居も含む。)に立ち入ることができる。

(4)米軍人等が専属的に占有する場所(Places occupied exclusively by) においては、米軍当局はいかなる事件についても捜索又は差押を行うことができる。

(5)第十七条10項(b)は、米軍人間の秩序・規律の維持について規定しているが、軍属・家族間の秩序・規律維持についても合同委員会の定める条件に従って、米軍当局が当ることができる。右のため、米軍当局は、駅、公衆の娯楽のための建物等公開された場所に立ち入ることができる。(以上のほか、米軍当局による米軍専用列車の警ら、米軍用機墜落の際の措置等が規定されている。)

2 なお、米軍当局による施設・区域外での警察権の行使が協定に違反する場合(乱用等)には、当然合同委員会等で抗議することとなる。かかる当局の要員の行為が犯罪を構成する場合には、第十七条の規定により処理される。なお、損害が発生した場合には、第十八条の規定により損害賠償が行われる。

九 その他
1 安保条約第五条の規定が適用される敵対行為が生じた場合には、日米いずれの政府も、他方に対して六十日前に予告を与えることによって、第十七条のいずれの規定の適用も停止させることができる。この権利が行使された時は、両政府は、適用を停止される規定に代わるべき適当な規定を合意するため直ちに協議しなければならない(11項)。安保条約第五条の発動される如き事態には、軍事裁判権、軍事警察権の拡大が必要となることが考えられるので、かかる点を念頭において規定したものと考えられる。

2 第十七条の規定は、地位協定の効力発生前に犯したいかなる罪にも適用しない。それらの事件に対しては、行政協定第十七条の当該時に存在した規定を適用する(12項)。当然の経過規定である。行政協定第十七条は、昭和二八年十月二九日改正され、改正後は、地位協定第十七条と実質的に同文であるので、その時以後の事件については右経過規定は意味がないが、改正以前(米軍当局は、米軍人等のすべての犯罪につき専属的裁判権を有していた。)のものについて理論的な意味があった。


つづく