〔第十八条〕
第十八条は、地位協定の運用に関連して生ずる請求権の処理につき定める。本条の規定も、第十七条の場合と同様、ナト協定の規定と実質的に同一である。なお、本条については、5項の規定(米軍の活動から生ずる私人の請求権の処理)が最も問題となる。
一 防衛隊の財産に対する損害
1 日米各国は、自国が所有し、かつ、自国の陸海空の「防衛隊」が使用する財産に対する損害については、次のa又はbの場合には、他方の国に対するすべての請求権を放棄する(1項前段)。
a損害が他方の国の防衛隊の構成員又は被用者によりその者の公務執行中に生じた場合
b損害が他方の国が所有する車両、船舶又は航空機でその防衛隊が使用するものの使用から生じた場合。ただし、損害を与えた右車両等が公用のため使用されていたとき、又は損害が公用のため使用されている財産に生じていたときに限る。
2 第十八条を通じて使用されている「防衛隊」とは、日本については自衛隊をいい、米国についてはその軍隊をいうものと解されている(11項)。
3 又、第十八条を通じて「公務中」であるか否かが問題となる規定があるが、日本側につき自衛隊の構成員又は被用者の公務とは、わが国内法令により与えられた任務を遂行するためこれらの者に命じられた職務をいう。米側についてはその軍隊の構成員又は被用者の公務は、第十七条における公務の意味(法令、規則、上官の命令又は軍慣習によって要求され又は権限付けられるすべての任務若しくは役務)と同様に考えてよいであろう。(注101)。
(注101)第十八条に相当するナト協定第八条の1項では、「北大西洋条約の運用と関連する任務の遂行中」云々と規定しているところ、これはナト諸国の場合は、ナトに供出された軍隊と然らざるものとがあるので、このように規定されたものと考えられるが、日米条約の場合は、米軍については、それが日本にあるのはとりもなおさず安保条約に基づくものであるが、日本側の場合には、これに対応する自衛隊の任務は安保条約に基づくものではないので「単に」公務としたものである。ただ、米側についても安保条約の実施に関連しての公務とは限定されていない結果、例えば、米軍による日本人の災害救助活動等は、他の要件を満せば、第十八条にいう公務と考えられる(この点は、第十七条の場合も同様。)。
なお、公務中か否かの決定の問題については、8項に規定があるので後述する。
4 1項の規定は、2項との対比において、日本国内での財産の損害ばかりでなく、日本国外における場合にも適用されることは、文理上明らかである。(この点は、行政協定の第十八条2項が地位協定第十八条1項及び2項に該当する場合を併せて規定していた際に「日本国において所有する財産」としていたことからもいえる。)この点については「日本国における合衆国軍隊」の地位協定の趣旨に鑑みれば若干奇異であるが、他方、地位協定は安保条約の趣旨よりして日米の防衛隊が日本国外において共同で行動する場合等(公海上での共同演習等)をあらかじめ予想して右の如き規定振りをしたものと解されるので、右の文理解釈は妥当であると考えられる。(注102)
(注102)ナト協定も同様の規定振りをしているが、ナト条約自体が双務的であるので特に問題はない。
右の点については、昭和四七年八月、日米相互防衛援助協定の実施に関連する任務(具体的には本件援助により生産したミサイルの試験実施)により訪米中の自衛艦が米軍艦により衝突され破損するという事故があった際、米側は地位協定第十八条1項により処理すべく申し越した経緯がある。本件は、その後、両国の当局間で事実上処理されたが、本件は、右自衛艦の任務(広く解すれば安保条約との関係を考慮しうる)にも鑑み、米側提案通りに処理することも全く不可能ではなかったと考えられる(なお、本件経緯は未公表)。
5 海難救助についての一方の国の他方の国に対する請求権は、放棄される。ただし、救助された船舶又は積み荷が、一方の国が所有し、かつ、その防衛隊が公用のため使用しているものであった場合に限る(1項後段)。この規定は、海難救助の際の請求権の問題が個個の具体的場合に受けるべき報酬の額の決定等必ずしもその処理が容易ではないので、両国間の協力関係に鑑み、日米の国対国の問題である場合に限り(従って救助者が民間人の場合は本規定の枠外)これを相互に放棄することとしたものである。右規定の場合も日本国内における救助に限られない。なお、右請求権は、本来不法行為に基づき生ずるものではなく、従って、1項前段の請求権とその性格を異にするものであるが、一方の国の他方の国に対する請求権の放棄という点でその処理を同じくするものであるので便宜上1項の中に規定したものである。なお、又、右規定中、積み荷が公用のため使用中とは、現に積極的に公用に使用されていることを要するものではなく、防衛隊が使用するためであれば(例えば在日米軍の使用のため積載されていたジープ)足りると解される。
二 国有財産に対する損害
1 いずれか一方の国が所有する1項に規定される以外の財産で日本国内にあるものに対して1項に掲げるようにして損害が生じた場合には、両政府が別段の合意をしない限り、2項(b)の規定に従って選定される一人の仲裁人が、他方の国の責任の問題を決定し、及び損害の額を査定する。仲裁人は、又、同一の事件から生ずる反対の請求を裁定する(2項(a))。この項が対象とする国有財産が日本国外において損害を受けたとき(例えば、日本の公有船舶が公海上で米艦船に衝突された場合)には、この項の適用はなく、一般国際法によって処理されることとなる。他方、右の如き事故が日本の領海内で起った場合には本項によることは、5項(g)の規定振りからして明らかである(この点後述)。両政府の別段の合意としていかなるものが考えられるかは、必ずしも明らかではない。2項(b)以下の規定によらないことも合意できようが、いずれにしろ、わが方としては政府限りで処理しうるためには、国内法(特に国有財産法等)で認められる範囲内のものでなければならない。
2 仲裁人は、両政府間の合意によって、司法関係の上級の地位を現に有し、又は有したことのある日本人の中から選定される(2項(b))。仲裁人のための事務局の設置、その規模等の問題は、右の両政府間の合意によって処理されるものと考えられる。仲裁人の裁定は、日米双方に対して拘束力を有する最終的なものである(2項(c))。仲裁人が裁定した賠償の額は、5項(e)の(i)から(iii)までの規定に従って分担される(2項(d))。仲裁人の報酬は、両政府間の合意によって定め、両政府が仲裁人の任務の遂行に伴う必要な経費とともに、均等の割合で支払う(2項(c))。
3 右の場合において、日米双方は、いかなる場合においても千四百ドル又は五十万四千円までの額については、その請求権を放棄する。ドル対円の為替相場に著しい変動があった場合には、両政府は、前記の額の適当な調整について合意する(2項(f))。右控除額は、右の額を越えるすべての損害についても及ぶものである(右の額を越えない損害については、単に請求権の放棄となる。)。この場合控除の残額が5項(e)により分担される。(注103)
(注103)この点については、ナト協定第八条2項(f)は、「損害が次の額に達しない場合には、その請求権を放棄する。」とあるのでこの額を越える損害については、そもそも控除の必要はないとする考え方もあるが、ナト当事国間の解釈は前記のとおりの趣きであり(安保国会当時の擬問擬答)、わが国もこの解釈によって処理して来ている。
又、この解釈は、学者によっても支持されている(例えばStatus of Military Forces under Current International Law,Serge Lazareff,p.289)。なお、ナト協定の意味が右のとおりであることは、第八条2項(f)第二文が「その財産が同一の事件において損害を被った他の当事国も、前記の額までその請求権を放棄する」と規定していることからもいえよう。
「為替相場の著しい変動」につきいかなる変動が「著しい」とされるかの基準はない。ナト諸国においても「著しい」変動による調整が行なわれたことは現在までない模様。なお、調整についての日米間の合意は、合同委員会の合意として処理されることとなろう。
4 1項及び2項の適用上、国が所有する財産であるか否かの判断は、当該国の国内法によるべきものである。この点、行政協定(同協定第十八条2項は、他方の側の公務中の行為から国有財産に対する損害が生じた場合の請求権は、相互放棄としている。)時代から懸案になっている問題として三公社の所有財産は、国有か否かというものがある。(注104)
(注104) 対米債権としては、米軍車両の列車に対する衝突、電柱に対する衝突等、債務としては、国鉄が洞爺丸事故により公務中の米軍人三八名に与えた損害が考えられる。
三公社が日本政府機関でないとする日本側論拠は、(1)設立は国家行政組織法によらない、(2)公共企業体として国の経営する事業体とは区別されている、(3)国家賠償法の適用を受けない、(4)財産は、国有財産法の適用を受けない等。米側がこれに反論する論拠は、(1)設立は商法によらない、(2)予算は国会に提出され、会計検査院の検査に服する、(3)主管官庁の監督に服し、総裁は内閣等の任命にかかる等。
ちなみに、三公社が政府機関でない場合には、米軍の公務中の行為による損害は、地位協定第十八条5項(行政協定も実質的に同文)により、又、三公社が米軍人に与えた損害は、いずれの協定にも解決の規定なく、通常の司法手続により処理される。政府機関である際は、前者については地位協定第十八条2項により処理され(行政協定では第十八条2項により日本側が請求権放棄)、後者については、地位協定第十八条4項(行政協定にも実質的に同文あり)により米側が請求権放棄。
5 1項及び2項の適用上、船舶について「当事国が所有する」というときは、その国が裸用船した船舶、裸の条件で徴発した船舶、又は拿捕した船舶を含む。ただし、損失の危険又は責任が当該当事国以外の者によって負担される範囲については、この限りでない(3項)。右のただし書きのうち、「損失の危険」は、被害の危険負担を意味し、「責任」は、加害責任を意味する。「当該当事国以外の者」とは、実際上主として船主又は保険会社である。ただし書き全体の意味は、たとえば、日本政府が裸用船した船舶は、3項本文により日本政府所有の船舶とみなされ、これが被った損害又はその使用により相手国財産に与えた損害に対する請求権は、第十八条1項又は2項の適用を受けるが、この船舶が例えば米国船舶により破損せしめられた場合において船主又は保険会社が被害の危険を負担することになっていたときはその範囲において右船舶は「わが国が所有する」財産と認められず、また、逆に、右船舶が米国船に損害を与えた場合において船主又は保険会社が加害責任を負担することになっている範囲において「わが国が所有する」船舶と認められないこととなる。従って、例えば、右の被害の事例において、この裸用船された船舶が自衛隊が使用しているものであり、加害米国船が国有の軍用船である場合には第十八条1項(b)の適用があり、わが国は、右被害から生じた米国に対する請求権を放棄することになるが、若し船主が損害につき保険をかけていたとすると、保険会社は右船主に保険金を支払い、その金額につき日本政府に対し求償することとなるが、この場合右保険会社による危険負担の限度で第十八条1項の適用が排除され、その限度で日本政府は請求権を放棄しないことになるから、日本政府は保険会社に対する支払額につきさらに米国政府に支払いを請求することができることとなる。
三 軍人の公務中の死傷
1 日米各国は、自国の防衛隊の構成員がその公務の執行に従事している間に被った負傷又は死亡については、他方の国に対するすべての請求権を放棄する(4項)。行政協定第十八条1項は右規定に相当する規定であるが、右の如き死傷が他方の国の軍人又は文民たる職員によるものであるときとして加害者についても規定しているが、この点は、地位協定の右規定が他方の国に国家責任のある場合を対象としていることは明らかであり、従って、公務執行中の他方の国の軍人又は文民職員による事故であることについては何ら相違はない。尤も加害行為につき何ら規定がないので、人による事故のみでなく、営造物の設置管理上の瑕疵に基づく等当該他方の国乃至その防衛隊が法律上の責任を有する人的損害の場合にも適用があるものと解される。
2 又、被害者については、行政協定は、軍人のほか「文民たる政府職員」(中央政府の職員を指すと合同委員会で了解されていた。)が含まれていた。地位協定では、この文言がないので、かかる者(日本人の場合)の損害は、5項で処理されることとなる。
3 4項の規定の対象となる死傷者の請求権の処理の問題は、当該請求権を放棄した国の国内問題である。例えば、わが国の場合は、被害者たる自衛隊員(又は家族等)は、(国家公務員災害補償法、国家賠償法、民法等により)損害賠償の請求を日本政府に対して行なうこととなる。すなわち、「地位協定の実施に伴う民事特別法」の例えば第一条は、米軍人又は被用者がその職務を行なうについて日本国内において違法に他人に損害を加えたときは、国の公務員又は被用者がその職務を行なうについて違法に他人に損害を与えた場合の例により、国がその損害を賠償する責に任ずる旨規定するが、右の如き自衛隊員は、直接にはこの規定に基づき国に賠償を求めることができる訳である。(なお、民事特別法第二条は、米軍の営造物等の瑕疵にかかる損害についても第一条と同様の趣旨を規定している。)(注105)
(注105) この点の考え方については、衆・安保特議事録二八頁参照。
なお、4項については、請求権の放棄には外交保護権の放棄のみならず被害者個人が相手国に提起しうべき請求権の放棄も含まれるかという問題がありうるが、右の如き被害者の公務中の行為は、被害者の国の行為であるので、そもそも被害者個人の相手国に対する請求権は生じないものと解される。
四 米軍の公務中の行為による私人の損害
1 公務執行中の米軍人・米軍の「被用者」の作為・不作為又は米軍が「法律上責任を有する」その他の作為・不作為は事故で、日本において「日本国政府以外の第三者」に損害を与えたものから生ずる請求権(契約による請求権及び6項又は7項の規定の適用を受ける請求権を除く。)は、日本が5項の(a)から(g)までの規定に従って処理する(5項頭書)。一定の行為につき米軍が「法律上責任を有する」か否かの決定は接受国の法令による(ナト協定につきLazareff 前掲書三〇三頁)。日本については、5項(a)の「日本国の自衛隊の行動から生ずる請求権に関する日本国の法令」によることとなる。公務執行中の米軍人等の作為等は、米軍が「法律上責任を有する」ものの典型的なものとして例示されているに過ぎない。右からすれば、米軍の「被用者」には、軍属、直接雇用の日本人労務者が含まれることは明らかであるが、これに限らず、法律上米軍との雇用関係がなくともこれと選任監督の関係があれば足りると解され、従って、通常の基本労務契約による間接労務者も含まれる。又、第十五条機関の使用人も右の「被用者」に含まれることが行政協定時代より了解されている(合同委員会の合意「民事裁判管轄権に関する事項」)。
2 更に、右規定のうち「日本国政府以外の第三者」については、米軍人・軍属及びその家族、国連軍地位協定にいう国連軍の軍人・軍属及びその家族は右の「第三者」に含まれないことが了解されている(合同委員会の右合意)。これらの者が含まれないのは、これらの者に対する損害は、米軍自身により処理されるべき性質のものであるとの考えによる。同様に、米軍・第十五条機関の直接・間接の日本人労務者の公務執行中の損害に関しては、これら労務者は、右の「第三者」には該当しないと解される。(注106)
(注106) 尤も、昭和四一年十二月の合同委員会の合意は、間接雇用の労務者は右の「第三者」に含まれる旨合意した。従ってかかる労務者は、労災の対象になる如き損害については、労災保障によるか本項によって保障を受けるかのいずれにもよりうることとなった。
又、米政府職員で米軍人・軍属でない者及び米政府自身の財産が損害を被った場合にも米軍内部の問題として処理されるべきものであるので、右の「第三者」には該当しないと解される。
3 契約による請求権の除外については、かかる請求権の処理は、別途なさるべきであるとの考えによる。かかる請求権としては、契約に基づく債務履行の請求権及び債務不履行に対する損害賠償の請求権が含まれる。請求者は、かかる請求権につき直接米軍を相手にわが国の裁判所に訴を提起することはできるが(10項但書)、実際には10項に定める合同委員会の調停により解決がはかられるものと考えられる。(注107)
(注107) 合同委員会の合意の「演習場の立入に関する事項」には、生計目的のために立入りを許可された私人がその立入りの結果射撃等により傷害を受けた場合、米側に故意重過失のない限り、米側は第十八条5項の責任を負わない旨の規定があるが、右の如き私人があらかじめ請求権放棄を行なっていない限り合同委員会の右の如き合意の妥当性には疑問がある。又、右の合意が、日本政府は右の私人に対し補償はするが、米側の分担分につき米側を免責としたものに過ぎないとするものであったとしても、合同委員会の合意によって日本政府の協定上の請求権を放棄しうるかについては疑問がある。
4 5項頭書の対象となる請求は、「日本国の自衛隊の行動から生ずる請求権に関する日本国の法令」に従って、提起し、審査し、かつ、解決し、又は裁判する(5項(a))。右の法令については、現在自衛隊の行動から生ずる請求権の処理に関する特別立法はないので、国家賠償法によることとなるが、同法第四条は、一定の場合には民法によることも定めるので民法の相当条文(具体的には第七一五条、第七一七条、第七一八条等)もこれに該当する。この点については、原子力損害賠償法が右の「日本国の法令」に該当するか(自衛隊は、原子力軍艦を保持していないから、原賠法は、適用されず、従って、米原子力軍艦による事故の救済は不十分なものとなるのではないか)との点が問題とされたことがある。しかし、5項(a)の規定の趣旨は、米軍の行動が自衛隊の行動であったものとした場合に、その行動による損害の賠償の請求権に関する日本の法令を適用するということであって、理論的に自衛隊の行動に適用になれば足り、原子力軍艦を現に自衛隊が保持しているかどうかという問題とは関係がない。従って、原子力損害の賠償に関する法律もここでいう「日本国の法令」に該当する。(右法律は、国の保有する原子力施設についても適用があるので、自衛隊も国の機関として適用が排除されるものではない。)(注108)
(注108) 右の趣旨の政府答弁については、昭和三九年九月十七日、衆・外議事録十一頁参照。
5 次に、5項の規定は、米軍の故意又は過失による損害についてのみ適用があるのか又は米軍が地位協定によって与えられる権利の正当な行使(例えば施設・区域の適法な使用等)に伴なって生じた損害にも適用があるかという問題がある。この点について国家賠償法は、国又は公共団体が賠償責任を負うのは、公務員が故意又は過失により違法に他人に損害を与えた場合、又は公の営造物の設置若しくは管理に瑕疵があったために他人に損害を生じた場合となっている(民事特別法第一条及び第二条が同様の規定をしているのは右を受けたものである。)ので、人による損害については、過失責任主義であり、営造物による損害については、特定の人の故意又は過失がなくとも右規定の適用があり、従って、この場合には無過失責任が認められることとなる。右によれば、米軍の通常の適法な行為から生ずる損害については、5項によっては(従って、第十八条によっては)解決できないこととなる。地位協定がかかる損害の処理を規定していないのは、かかる米軍の適法行為による損害(通常の飛行活動による騒音から生じる損害、その他通常の活動が農林漁業に与えるべき損害)は、米軍にその責を帰することはできず、他方、かかる損害は、日本が米軍の駐留を認めたことから当然期待されるものであるので、専ら日本内部で処理されるべきものであるとの考え方によるものである。「日本国に駐留するアメリカ合衆国軍隊等の行為による特別損失の補償に関する法律」(いわゆる「特損法」)及び「防衛施設周辺の整備等に関する法律」は、右の考え方に基づき制定されたものである。
なお、原賠法は、無過失責任主義をとっている(第三条)ので、米原子力軍艦の事故についてはこれにより補償が行なわれることとなる。(注109)
(注109) 米原潜の寄港に関する昭和三九年八月十七日付米側エード・メモワールは、「事故が発生した場合の補償については、地位協定の規定に従って措置するものとする。地位協定第十八条5項(a)の規定に基づいて、一九六一年六月十七日の日本国法律第一四七号(注:原賠法)は、同法が日本国の船舶に適用される限度において、通常の原子力潜水艦に係る原子力事故で、放射能汚染による疾病を含め負傷又は死亡をもたらしたものについての請求の処理に対してもひとしく適用される。」旨確認している。
6 日本は、5項(a)の対象となるいかなる請求をも解決できるものとし、合意され(和解を意味するものと解される。)、又は裁判により決定された額の支払を日本円で行なう(5項(b))。このような支払又は支払を認めない旨の確定裁判は、日米双方の国に対して拘束力を有する最終的のものとする(5項(c))。日本が支払をした各請求は、その明細並びに5項(e)の(i)及び(ii)による分担案とともに、米側当局に通知する。二箇月以内に回答がなかった時は、その分担案は、受諾されたものとみなす(5項(d))。
5項の(a)から(d)まで及び2項の規定に従い請求を満たすために要した費用は、日米双方が次のとおり分担する(5項(e))。
(i) 米国のみが責任を有する場合には、裁定され、合意され、又は裁判により決定された額は、その25%を日本が、その75%を米国が分担する。
(ii) 日米双方が責任を有する場合には、右の額は均等に分担される。損害が日米いずれかの防衛隊によって生じ、かつ、その損害をこれら防衛隊のいずれか一方又は双方の責任として特定できない場合は、右の額は均等に分担される。
(iii) 比率に基づく分担案が受諾された各事件について日本が六箇月の期間内に支払った額の明細書は、支払要請書とともに、六箇月ごとに米側当局に送付する。その支払は、できる限りすみやかに日本円で行わなければならない。
7 右規定のうち、5項(e)の(i)の分担が頻繁に問題とされる。即ち、米国のみが責任を有する場合に、何故日本も25%を分担しなければならないのかという点であるが、この点についてほ、(イ)米軍は、日本の防衛に寄与するためわが国に駐留しているところ、米軍の公務中の行為による損害は、(個々の軍人等の故意・過失による場合であっても)安保条約の運用との関連で生じたものであること、(ロ)請求権の処理を接受国の法律に従って行なうことに鑑み、受入国としても一部を負担することが公平な額の決定に資することとなること(即ち、受入国も一部負担となれば、額の決定も合理的なものとなる)、(ハ)ナト諸国間においても同様に処理されていること等によって説明を行なうことができる。(注110)
(注110) 従来主として右の(イ)及び(ハ)によって説明している。衆・安保特、四月七日議事録五頁、昭和三九年四月十日、衆・内議事録五頁等参照。
なお、5項(e)の規定は、2項の場合にも適用されるところ、日本のみに責任ある場合(例えば自衛隊員が公務執行中に米政府財産に損害を与えた場合)には、理論的には日本のみが100%負担することになるが、これは不公平ではないかとの問題が考えられるが、この点は、米政府の通常財産が日本で損害を受けるという実体はあまり考えられないので、実際上は問題ないとして説明することとなろう。
8 米軍の軍人又は披用者(日本の国籍のみを有する被用者を除く。)は、その公務の執行から生ずる事項については、日本においてその者に対して与えられた判決の執行手続に服さない(5項(f))。米軍人等の公務中の行為は、米軍の機関としての行為と観念されるから、地位協定上明文で認められる場合を除き日本の裁判管轄権に服するものではないと考えられる。行政協定は、かかる行為については、「日本国において訴を提起されることがない。」旨明らかにしていた。地位協定の右規定によれば、訴は提起されうるが強制執行には服さないということになるが、地位協定の当該規定はナト協定を踏襲したものであるところ、その意味は必ずしも明らかではない。しかし、いずれにしても、米軍人等の公務中の行為にかかる損害については、日本政府を被告として訴訟ができるのであるから、被害者としても米軍を相手とする訴訟には実質的利益はなく、被害者保護に欠けるということはない(参・安保特、六月十二日、議事録二九頁)。なお、「披用者」から日本人が除かれているのは、米軍の機関として行動した場合であっても日本人である限り日本の裁判手続に完全に服するということを念の為規定したものである。しかし、この場合も、損害は、日本政府によって保障されるのであるから、米軍の被用者たる日本人を相手とする訴訟には実質的利益はない。
五 海事損害
1「この項(5項)の規定は、(e)の規定が2に定める請求権に適用される範囲を除くほか、船舶の航行若しくは運用又は貨物の船積み、運送若しくは陸揚げから生じ、又はそれらに関連して生ずる請求権には適用しない。ただし、4の規定の適用を受けない死亡又は負傷に対する請求権については、この限りでない。」(5項(g))
この(g)の規定(ナト協定も同文)は、分りにくく立法技術的に拙劣であり批判に値するが、その意味は、要するに、米軍艦船によるわが国領海内の日本の私人の船舶等に対する物的な損害の問題は、5項によらず一般国際法(従ってこの場合は旗国法たる米国法)によって解決するが、人的な損害(死傷)は、被害者保護のため特に迅速な救済を必要とするのでこの場合も5項によって解決するということである。これを詳述すれば、次のとおり。
2「この項(5項)の規定は、(e)の規定が2に定める請求権に適用される範囲を除くほか」とは、右の如き米軍艦船による日本の私人の船舶に対する物的損害には5項の規定全体が適用されないが、2項で定める如き場合(例えば米軍艦船が日本の通常の国有財産たる公有船舶に物的損害を与えた場合)には、同じ物的海事損害ではあるが、5項の関係規定、即ちこの場合は分担率を定める5項(e)の規定が依然として適用されるという意味に過ぎない。(即ち、右の如き除外を規定しなければ、2項で定める如き海事損害には、5項(c)の分担率が適用されないかの如き印象を与えるのでこれを避けるべく念の為除外規定をおいたものである。)
3「ただし、4の規定の適用を受けない死亡又は負傷に対する請求権については、この限りでない。」とは、物的海事損害については、5項の規定によらないが、人的損害については5項によって解決するということ、尤も損害を被った者が公務執行中の自衛隊員である場合には、5項によらず4項によるということを意味するに過ぎない。
4 通常の物的海事損害にかかる請求権の処理がナト協定でも日米協定でも地位協定によっては処理されないこととされているのは、右の如き損害は額も巨大になり、専門的知識を必要とし、法律関係も複雑になりがちなので、通常の陸上損害とは別途の扱いをすることが妥当と認められたからである。(注111)
(注111) 衆・安保特、四月七日議事録五頁、参・安保特、六月十二日議事録二十頁。尤も、行政協定では、5項(g)の如き例外規定がなかったので、右の如き海事損害も5項(行政協定では第十八条3項に該当)で解決できる建前になっていた。この点は、地位協定の方が日本国民に不利になった(日本で裁判を受けられない)のではないかとの議論があるが、これに対しては、地位協定第十八条は、全体としてナト協定を踏襲したものであるところ、ナト協定にみられる如く海事請求権の除外は、西欧諸国を通じて一般的な考え方であったので、この点についてもナト協定の規定をそのまま採用したものであると説明する以外にない(昭和三六年五月二六日、衆・内議事録七頁)。
右の如く除外された請求権は、一般国際法によって処理されることとなる。即ち、国際法上一国の軍艦又は公船が他国の裁判権に服さないことは確立した原則であり、その与えた請求権の処理は、旗国法によることとなる。これら請求権を解決する米国国内法としては、米原潜の寄港に関する前述の米側エード・メモワールにおいても確認されているとおり、合衆国公船法、合衆国海事請求解決権限法及び合衆国外国請求法がある(注112)。損害を被った日本国民は、米国に対して右の法律に基づき直接賠償の請求を行うこととなるが、日本政府がその場合のあっせんその他必要な援助を与えることを目的とした「特殊海事損害の賠償の請求に関する特別措置法」が制定されている。
(注112)右の米国法律の概要は次のとおり。
(公船法)
公船法には、司法的救済及び行政的救済の二つの方法が定められている。司法的救済については、日本国民は、米国のいかなる地方裁判所に対しても米国を相手として訴を提起することができる。(米法典七八五条)しかして、公船法は、手続法であるから、訴の提起された米国裁判所は、適用のある法規及び法理全体を実体法として判断を下すこととなる。公船法に基づく行政的救済については、米国の司法長官は、同法に基づいて現に訴訟が行われている請求を仲裁し、示談し又は解決する権限を与えられており、金額上の制限は定められていない。(米法典七八六条)(この行政的仲裁は、通常の海事損害については過失主義を建前としているといわれる。)他方、この手続は、公船法に基づく訴訟手続が進行しているときにとられる点において他の二法による行政的救済と趣きを異にしている。
(海事請求解決権限法)
同法(米法典七六二二条)によれば、海軍長官は、海軍艦船の生ぜしめた損害を百万ドルをこえない範囲内であれば同長官限りで行政的に解決しうることになっている。ただし、この額をこえうるものについても、議会より支出承認を得れば解決しうる。(この法律に基づく解決にあたっては、過失主義を建前としているといわれる。)
(外国請求法)
この法律は、友好関係の維持・促進の見地から請求の迅速な解決をねらったもので、その方法は、行政的救済である。すなわち、三軍の長官は、それぞれ、一万五千ドルの範囲内ならば行政的に請求を解決しうることになっており、また、これをこえる額については、議会の支出承認を得た上で同様の解決をなしうることになっている。(米法典二七三四条)(外国請求法の場合には、米国政府が損害の原因であることをもって足り、責任の立証を必要としない。)
なお、米原子力軍艦による原子力損害が人身に及ぶ場合は、原賠法第三条により無過失責任主義が適用されるが、米本国法で解決されるべき海事損害には無過失責任主義が適用されるのかという問題がある。この点については、公船法による司法的救済の場合に米国の裁判所が必ず無過失責任原則に基づく判決を下すものと断定すべき明確な根拠はない一方、原子力損害のように異常に大きな災害の場合にも、一般の船舶の衝突の場合と同様に過失責任のみを認めることになると考えるのは当をえないであろう。公船法及び海事請求解決権限法による行政的救済の場合には、過失責任を建前としているといわれているが、外国請求法の場合には、米国政府が損害の原因であることをもって足り、責任の立証を要しないとされているので無過失責任を認める立場と解される。
5「船舶の航行若しくは運用」のうち、運用(operation)とは、波止場に停泊しているときの船舶の状態をいうものと解される。「貨物の船積み、運送若しくは陸揚げ」のうち、運送(carriage)とは、船積みから陸揚げまでの間の運送であり、陸揚げ(discharge)とは、船舶からはしけを用いて陸揚げする場合、船―はしけ―陸の全過程を含むものと解される。従って、右の海事損害には、海上のみでなく港の施設等における事故も含まれることがある訳である。(昭和三六年十月五日、衆・内議事録六頁)。
なお、5項(g)の対象となる加害船舶は、協定第五条1項で定義される米軍用船舶であるとの答弁がある(昭和三六年五月二六日、衆・内議事録八頁)。
6 5項(g)により5項の規定を除外した海事損害とは、もともと船舶の衝突等海事法上の問題として処理されるものであったところ、日本では沿岸のノリ養殖、たこつぼ等ナト協定では本来予想されていない事情があり、これらの損傷まで5項の適用除外とすることは、5項(g)の立法趣旨に反し実際的ではないと考えられたので、これらのいわゆる小規模海事損害は5項により処理されるべき旨を確認した口上書が昭和三五年八月二二日に日米間で取り交わされている。即ち、右の口上書は、5項(g)の解釈を確認したものと説明されている。(注113)
(注113)本件口上書が地位協定署名(昭和三五年一月)後半年以上経て交わされたのは、協定署名後になって右の如き解釈の必要性が認識されたためである。
なお、本件口上書の理由、経緯、内容等かつて国会で非常に問題とされているが、審議の模様については、昭和三六年十月五日、衆・内議事録六頁、同十月三一日、参・内議事録三頁等参照。
なお、又、右口上書の内容は、昭和三七年十一月一日付けの官報に告示されているが、その告示の全文は次のとおりである。
「日本国とアメリカ合衆国との間の相互協力及び安全保障条約第六条に基づく施設及び区域並びに日本国における合衆国軍隊の地位に関する協定第十八条第五項(a)から(f)までの規定は、次の種類の損害に対する請求に適用されることが日本国政府及びアメリカ合衆国政府の間に確認された。
昭和三十七年十一月一日
防衛施設庁長官 林一夫
一 沿岸海域における海産動植物の増養殖に対する損害
二 漁網に対する損害
三 二十トン未満の船舶に対する損害で一件二千五百合衆国ドル以下の請求に係るもの
四 類似の損害で合同委員会を通じて合意されることのあるもの
なお、四の合同委員会を通じて合意されたものは、次のとおりである。
(1)二十トン未満の船舶の船荷に対する損害で一件二千五百合衆国ドル以下の請求に係るもの。ただし、船舶とその船荷が同一の請求の所有に属するときは、当該船舶及び船荷に対する請求は、一件の請求として取り扱われるものとする。
(2)えびかご、たこつぼ、はえなわ、かきかご、えり・やな及びおだ並びに魚、えび、たこその他の海産動物を捕獲するために漁業者が使用する類似の措置に対する損害」
7 分担の問題については、小規模海事損害は、5項の適用があるので5項(c)により分担されることは明らかであるが、5項(g)により除外される海事損害の補償は、全額米国により負担されることとなる(昭和三六年五月二十六日、衆・内議事録五頁)。又、小規模損害の補償は、5項により処理されるのであるから、補償額には(米本国法による場合のような)限度はない(前記議事録六頁)。なお、右口上書の中には、「二十トン未満の船舶に対する損害で一件二千五百合衆国ドル以下の請求に係るもの」との文言があるが、この額については、第十八条2項(f)の場合と同様、為替相場に著しい変動があった場合には当然修正することになるとの政府答弁がある。(注114)
(注114)昭和三六年十月五日、衆・内議事録十頁。
六 軍人等の公務外の行為による損害
1 日本における不法の作為又は不作為で公務外のものから生ずる米軍の軍人又は被用者(日本国民である被用者又は通常日本に居住する被用者を除く。)に対する請求権は、6項の(a)か(d)までの規定により処理する(6項頭書)。米軍人等の公務外の行為は、いわば私人としての行為であるから、かかる行為から生ずる請求権の問題は、通常の司法手続きにより、解決することとすることも考えられるが、軍人等は、その職業からして移動性を持っており、通常の訴訟によっては被害救済の目的を実際は果たし難いので、地位協定は、右の如き請求権の処理についても特別の手続を定めたものである。なお、被用者とは、5項頭書にいう被用者と同様に考えられるが、日本国民又は通常日本に居住する者は除かれる。けだし、これらの者の公務外の行為から生ずる請求権の処理が通常の日本人の場合と異にする理由はまったくないからである。
2 日本側当局は、6項頭書の如き請求権に関するすべての事情(被害者の行動を含む。)を考慮して、公平かつ公正に請求を審査し、及び請求人に対する補償金を査定し、並びにその事件に関する報告書を作成する(6項(a))。その報告書は、米側当局に交付するものとし、米側当局は、遅滞なく、慰謝料の支払を申し出るかどうかを決定し、かつ、申し出る場合には、その額を決定する(6項(b))。右の場合、日本側の査定は、米側を法的に拘束するものではないが、米側の慰謝料の決定の(判読不明)慰謝料の申し出があった場合において、請求人がその請求を完全に満すものとしてこれを受諾したときは、米側当局は、自ら支払をしなければならず、かつ、その決定及び支払った額を日本側当局に通知する(6項(c))。6項の規定は、支払が完全に満すものとして行なわれたものでない限り、米軍人・被用者に対する訴えを受理する日本の裁判所の裁判権に影響を及ぼすものではない(6項(d))。従って、被害者は、当初から、又は呈示された慰謝料を不満として訴訟を提起できる訳である。この点は、9項(a)の規定からも明らかである。
3 米軍の車両の「許容されていない使用」から生ずる請求権は、米軍が「法律上責任を有する」場合を除くほか、6項の規定に従って処理される(7項)。「許容されていない使用」とは、使用の許可を与えられないで使用した場合及び公用以外の用途に使用した場合をいうものと解される。「法律上責任を有する」とは、不許可使用等をさせたことに米軍が責任を有する(監督不行届き等)場合であり、かかる場合には、5項によることは当然である。
4 第十八条を通じて米軍人等の一定の行為が公務中であるか否かは、重要な意味を持つことは明らかである。公務中であるか否かの決定について、行政協定第十八条4項は、「各当事者は、……その人員が公務の執行に従事していたかどうかを決定する第一次の権利を有する。」旨規定していた(国連軍協定第十八条4項も同じ)が、地位協定にはかかる規定はない。しかし、地位協定においてもこの点は、同様であろうと解される。かかる第一次的な決定に他方の側に異議がある場合には、8項の規定によることとなる。即ち、同項は、米軍人・被用者の不法の作為又は不作為が公務中のものであるか否か、又、米軍車両の使用が許容されていたものか否かについて紛争が生じた時は、その問題は、2項(b)の仲裁人に付託するものとし、この点に関する仲裁人の裁定は、最終的なものとする旨定めている。
七 民事裁判管轄権・調停
1 米国は、日本の裁判所の民事裁判権に関しては、5項(f)に定める範囲(即ち、公務中の行為)を除くほか、米軍人・被用者に対する裁判権免除を請求してはならない(9項(a))。施設・区域内に日本の法律に基づき強制執行を行うべき私有の動産(米軍が使用している動産を除く。)があるときは、米側当局は、日本の裁判所の要請に基づき、その財産を差し押さえて日本側当局に引き渡す(9項(b))。民事特別法第五条は、右の規定を受けて、右の如き動産については米側に引き渡しを要請すべき旨定めている。
2 日米双方の当局は、第十八条の規定に基づく請求の公平な審理及び処理のための証拠の入手について協力する(9項(c))。(なお、この点との関連で述べれば、米側は、米軍人等の公務執行中の行為につき米軍人等が証人等として日本の裁判所に出頭することを拒否するとの態度をとっている模様)
3 米軍による又は米軍のための資材、需品、備品、役務及び労務の調達に関する契約から生ずる紛争でその契約の当事者によって解決されないものは、調停のため合同委員会に付託することができる。ただし、この項の規定は、契約の当事者が有することのある民事の訴えを提起する権利を害するものではない(10項)。この但書により右の如き紛争については、直接米軍を相手に訴訟を起こすことも可能であると解される。
八 その他
1 2項及び5項の規定は、「非戦斗行為」に伴って生じた請求権についてのみ適用する(12項)。ここにいう「戦斗行為」とは、安保条約第五条が発動され、これに対処するための「戦斗行為」を指すものと解され、この場合12項の意味は、安保条約第五条により米軍が現にわが国防衛義務を直接に履行している状況においては、米軍の公務中の行為から生じる右の如き民事上の請求権の解決方法も地位協定の一般規定によることは妥当でなく、かかる事態に応じた別途の処理に委ねることとするとの意であると考えられる(ちなみに、ナト協定においても、日米協定の第十八条2項及び5項と同様の規定が「戦争による損害」には適用ない旨定められている。第十五条1項。)。
「戦斗行為」の意味は、以上の通りであるから、これが事前協議の交換公文にいう安保条約第五条以外の場合の「戦斗作戦行動」と関係ないことは明らかである。(注115)
(注115)「戦斗行為」が安保条約第五条の場合を指すとの答弁については、昭和三六年十月三十一日、参・内議事録四頁。なお、この際、右の解釈については米側にも意見を聞いてみるとの答弁が行われている。ちなみに、朝鮮動乱の際米軍機の事故によって被害が発生し、米側は、作戦命令遂行中の事故であるから「戦斗行為」に該当するとして日本側の見解と対立したことがあり、このことからすれば、おそらく米側は、事前協議問題となる「戦斗作戦行動」を「戦斗行為」に含める考えであろう。
2 第十八条の規定は、この協定の効力発生前に生じた請求権には適用しない。それらの請求権は、行政協定第十八条の規定によって処理する(13項)。民事請求権の処理について行政協定と地位協定の規定には実質的に相違するところがあるのでこの規定には意味がある。行政協定時代の懸案(特に、三公社関係)が依然として未解決であることは前述したとおりである。
〔第十九条〕
第十九条は、外国為替管理につき定める。
1 米軍人・軍属及びその家族は、日本政府の外国為替管理に服さなければならない(1項)。ナト協定第十四条は、軍隊についても同様のことを規定するが、日米協定では、軍隊の扱う資金は、すべて公金であって、軍隊たるものは本来的に闇行為等はしないということを前提にして特に米軍隊につき規定しなかったまでのことに過ぎず、米軍隊も当然に日本の為替管理に服するものと解すべきである。外国為替管理に関する法令には、法律としては、外国為替及び外国貿易管理法と外資に関する法律があり、政令としては、外国為替管理令、輸出入貿管令、外国為替管理令等の臨時特例に関する政令、外国人の財産取得に関する政令等がある。なお、第十九条に関する合意議事録は、米軍人・軍属及びその家族並びに第十四条契約者以外の者に対する米軍及び第十五条期間の日本における支払は、基準為替相場によりなされるべき旨規定している。
2 1項の規定は、米ドル・ドル証券で、米国の公金であるもの、米軍人・軍属が地位協定に関連して勤務し、雇用された結果取得したもの又はこれらの者及びその家族が日本国外の源泉から取得したものの日本国内又は日本国外への移転を妨げるものと解してはならない(2項)。このような特権の乱用又は日本の外国為替管理の回避を防止するため、米側当局は、適当な措置を執らなければならない(3項)。
〔第二十条〕
第二十条は、軍票・軍用銀行施設につき定める。
1 1項(a)第一文は、ドルをもって表示される米国軍票は、米国によって認可された者が米軍の使用している施設・区域内における相互間の取引のため使用することができる旨定め、続いて、1項(a)第二文以下及び(b)において軍票の管理等に関する技術的規定をおいているが、右軍票は、昭和四四年以降事実上使用されておらず、現在ではドルが使用されている。(注116)
(注116) ナト協定自体には軍票に関する規定はない。日米協定において軍票の使用が認められているのは、わが国の為替管理の状況からして実際上便宜があるということによる。
米軍等の施設・区域内でのドル使用が協定上認められるかとの点については、協定第二十条1項(a)は、「軍票は…使用することができる」旨規定しているのみであり、施設・区域内における交換手段を軍票に限定したものではないと解される。又、米軍人等は、協定第十九条1項により、わが国の外国為替管理に服さなければならないことになっているところ、このことは、第十九条2項に規定する場合を除きわが国がこれらの者に対していかなる外国為替管理を行うかはわが国の決定すべき問題であること及びかくしえ決定されたわが国の右管理の許可範囲内であれば、ドルを使用することも協定の禁ずるところではないこを示すものである。(注117)
(注117) 外国為替管理令等の臨時特例に関する政令第五条は、米軍等についても対外支払手段等の集中を義務づけ、その例外として軍票とともにかつては「合衆国通貨のうち一ドル未満の効果」と規定していたが、昭和四四年これを改め「大蔵大臣が指定する合衆国通貨」とし、この指定に該当する同年五月十七日付け官報公示は、「合衆国通貨のうち二十ドル以下のもの」としている。従って、米軍等は、米国通貨のうち二十ドル以下のものについては、使用が認められている訳である。
2 次に、第二十条2項は、軍票の管理を行うため、米国がその監督の下に、米軍が軍票の使用を認可した者の用に供する施設を維持し、及び運営する一定のアメリカの金融機関を指定することができる旨及びかかる施設は、米ドルによる銀行勘定を維持し、これに関する金融取引を行うことを許される旨規定しており、このような軍用銀行施設(例えばチェース・マンハッタン、アメリカン・エクスプレス等)は現在もその活動を行っているところ、軍用銀行施設が軍票管理のために認められたものであれば、軍票が使用されていない現在、かかる軍用銀行施設が米ドルを取り扱うことは認められないのではないかとの疑問がありうる。この点については、わが国の外国為替管理の関係法令が施設・区域における米軍人等相互間の取引につき軍票とドルとのいずれの使用も許している場合において、その使用を認められている米軍人等の便宜上の都合により事実上軍票の使用が減少し、場合によってはドルのみが流通するということがあっても、制度として軍票の使用が認められる建前となっている限り(米軍当局は、日本政府の判断により必要があれば、いつでもドルの使用を廃止して軍票のみを使用させることとなっている)、軍用銀行施設は、制度上軍票を管理する任務を負っていると考えられるので、このような状況の下において右施設が引き続き存続することは、協定上は問題がないと解される。
3 第二十条2項は米国は「その管理の下に」軍用銀行施設を維持する旨規定しているところ、かかる軍用銀行施設は、日本の銀行法に基づく免許、検査、一定の報告書の提出義務等を免除されているものと解されるし、実際上も銀行法上の管理に服していないがこの点は次のように説明されよう。即ちこの施設の金融活動は、すべて米政府の厳重な監督の下に一般の金融業者と完全に分離して行なわれるもので、営利を目的とするものではなく、運営費は、米財務省により支弁される。また、この施設の行為の相手方は、米軍人・軍属及びその家族あるいは軍諸機関等、米政府が認可した特定の者に限られているのであり、わが国の金融市場から全く隔離した活動を行うものである。
わが国の銀行法に基づく銀行監督の究極の目的は、預金者の保護及び国内の金融秩序の維持にあるが、軍用銀行施設の預金者は米政府の認可する特定の軍関係者でありそれらの者の保護は軍当局が責任をもって行うことであり、またわが国の金融秩序に対する影響についてみても、この施設とわが国の金融市場とは隔離されているのでわが国としてこれに対する監督を行うことの意義がないと思われる。第二十条2項は、かかる観点に立って、軍用銀行施設の維持及び運営が米国の監督の下に置かれることを規定している次第であるが、日本側としても軍用銀行施設の維持及び運営が常に、右に述べた軍用銀行施設のあり方に適合しているよう、必要に応じ日米合同委員会を通じて措置できることは当然である。
4 なお、軍用銀行施設は、第二十条2項によって設置を認められたものである、施設・区域に対する米軍のいわゆる管理権により説明されるべきものではない。右施設は、現在のところすべて施設・区域内に設置されているが、協定上は、「…その施設を当該(金融)機関の日本国における商業金融業務から場所的に分離して設置」(2項第二文)される限り、施設・区域外に設置されることも排除されてはいないからである。
なお、又、合同委員会は、軍用銀行の運用の細目を合意している(「軍用銀行施設」の項)。
〔第二十一条〕
第二十一条は、米国の軍事郵便局につき定める。
米国は、軍人・軍属及びその家族が利用する米国軍事郵便局を、日本にある米国軍事郵便局間及びこれらの軍事郵便局との他の米国郵便局との間における郵便物の送達のため、施設・区域に設置し、及び運営することができる(第二十一条)。通常海外での同様の特権を与えられている米政府のその他の官吏及び職員は米国軍事郵便局を利用することができる(合意議事録)。
「その他の官吏及び職員」とは、外交官、軍事顧問団員等であるが、これらの者が米軍事郵便局を利用することは、各国において広く認められているところである。なお、外国為替管理令等に関する臨時特例法は、軍事郵便局に対し対外支払い手段等の集中の例外、外国向送金の制限の免除等を認めている。
〔第二十二条〕
第二十二条は、在日米人の軍事訓練につき定める。
米国は、日本に在留する適格の米国市民で米軍隊の予備役団体への編入の申請を行なうものを同団体に編入し、及び訓練することができる。(第二十二条)。予備役団体員の訓練を行なうことは、米軍隊の本来の任務の一つと考えられており、諸外国の実状に照らしても右の規定には特に問題がない(ナト協定、ボン協定には、右の如き規定はないが、慣行上例えばフランスでは毎年定期的に右の訓練が行なわれており、イギリスにおいてもその都度話し合いにより行なわれている。)。
なお、予備役団体構成員は、訓練期間中、一時的に「現役」に服する場合があるが、この場合協定上の構成員には該当しないと解されている(安保国会当時の逐条説明)。
〔第二十三条〕
第二十三条は、米軍等の安全のための日米協力及び米国の財産等の安全のための日本側の立法措置等につき定める。
日米双方は、米軍隊、軍人・軍属及びその家族並びにこれらのものの財産の安全を確保するため随時に必要となるべき措置を執ることについて協力する。日本政府は、日本の領域において米国の設備、備品、財産、記録及び公務上の情報の十分な安全及び保護を確保するため、並びに適用されるべき日本の法令に基づいて犯人を罰するため、必要な立法を求め、及び必要なその他の措置を執ることに同意する(第二十三条)。ナト協定、ボン協定等にも同趣旨の規定がある。右の立法としては、刑事特別法があり、同法は、施設・区域を犯す罪(第二条)、軍用物を破壊する等の罪(第五条)、合衆国軍隊の機密を犯す罪(第六条)等を定めている。
つづく