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長野県浅川の
基本高水をめぐる問題

小松好人
浅川流域協議会会員
長野県高水協議会元会員

2008年3月4日



1. はじめに

 長野県公共事業評価監視委員会において、浅川の河川整備計画は新規事業であるから審議の対象にならないと決められたことが報じられています。この間の状況は青山先生のホームページの「長野県の審議会事情」で詳細に伝えられていますが、審議の対象として検討されたら過去における浅川の河川整備基本方針、それに基づく河川整備計画が適切に決定されていず、したがって穴あきダムの建設は本当に必要でないことが明白になるからと判断するのが、極めて自然な受け取りです。

 以下で浅川の河川整備基本方針、治水安全度1/100における基本高水450m3/sが過大であり、その基本高水に基づく河川整備計画により建設が必要とされる穴あきダムは無駄なものであることを明らかにしたいと思います。

 私は長野県土木部には、浅川流域協議会、長野県高水協議会、流域住民説明会、公聴会で、繰り返して治水安全度1/100における基本高水450m3/sは過大であり、過去の年最大雨量からの再現流量で検証するように意見具申しましたが、長野県土木部はまったく聞き耳を持たずに、治水安全度1/100における基本高水450m3/sは与件であるとして、強引に浅川の河川整備を進めようとしているのが現状です。


2. 何故浅川の基本高水は過大に決定されているのか

 淺川の基本高水450m3/sは治水安全度1/100としては過大になっている二つの主な理由を以下の流れ図で示します。



この流れ図にしたがって、何故淺川の治水安全度1/00における基本高水450m3/sが過大であり、適切な基本高水はどのようにしたら決定できるかを説明します。

(1) ピーク流量群の最大値を基本高水に決定しているあやまり

 以下は浅川の事例について説明しますが、国交省の方針にしたがった長野県土木部の計算結果によると、計画の規模100年の計画雨量130mm/日まで引き伸ばした対象降雨から得られた10ケのピーク流量群は、最小値226m3/sから最大値440m3/sと確率分布しています。確率分布していますから、ピーク流量の発生確率は同一ではなく、平均値320m3/sの発生確率が最大で、最小値の226m3/sと最大値440m3/s(この値に10m3/sを上乗せして基本高水を450m3/sに決定した)の発生確率は小さいのです。平均して100年に一度の大雨が降った際には、最大値440m3/sの発生の頻度は小さく流量確率は/1000以下になります。平均値320m3/sの発生の頻度は最大でその流量確率は1/200になります。

 治水安全度はあるピーク流量を基本高水に決定した際の流量確率です。流量確率は洪水が平均して1年に何回発生するかを示す尺度、雨量確率は降雨が平均して1年に何回発生するかを示す尺度であり、この両者は厳密に区別されなければならないのです。ところが長野県土木部は、雨量確率1/100の降雨の際に計算されたピーク流量群の最大値440m3/sの流量確率も雨量確率と同じで1/100であると長野県民、長野市民、浅川流域住民をだましてきました。すなわち治水安全度1/100において基本高水450m3/sは与件であるとしてきましたが、ピーク流量を450m3/sに決定した場合でも、その流量確率は雨量確率と同じで1/100であると誤解させてきたのです。

 そして450m3/sの大洪水は平均して100年に一度発生するとしてきましたが、さすが最近になってこの説明はおかしいことに気がついたのか、河川整備計画では450m3/sは平均して100年に一度の降雨で発生する流量との表現に変えていますが、その治水安全度には触れていません。基本高水の表現も避けていて450m3/sのピーク流量は平均して何年に一度発生するかについては明言をしていません。治水安全度を明らかにしない状況で、基本高水450m3/sは一人歩きしているのです。

 適切な基本高水は、ピーク流量群の超過確率を考慮して流量確率を計算し、適切な流量確率に見合うピーク流量を基本高水に決定することで得られます。たとえばピーク流量群の平均値の超過確率は0.5ですから、平均値の流量確率は雨量確率1/100の1/2で1/200になります。ピーク流量群の平均値は320m/sですから、320m3/sを基本高水に決定すると、治水安全度は1/200、すなわち平均して200年に一度発生する洪水であることになります。

 ピーク流量群の超過確率から流量確率を計算するには次の式を使えばよいことを、国交省は平成9年に「改定新版 建設省河川砂防技術基準 同解説 調査編」P64の確率年の定義で明らかにしています。オリジナルの確率年の式を分かりやすく書き直すと、

 確率年 = 1/(雨量確率xピーク流量の超過確率) になります。

 ここで確率年の逆数が流量確率になります。

 浅川の10ケのピーク流量群の超過確率から、基本高水320m3/sの治水安全度は1/200であり、基本高水450m3/sの治水安全度は1/1000以下であることは明らかです。少し計算方法を変えると基本高水270m3/s~280m3/sの治水安全度は1/100になることが分かります。

 治水安全度1/100における基本高水450m3/sが過大であるとの意見に対して「国交省の方針にしたがって全国共通の方法で計算しているから間違いのない結果で、治水安全度1/100における基本高水450m3/sは過大ではない。」との回答がなされそれでうやむやにされましたが、対象降雨の選定におけるサンプリングにかかわる一種の誤差に原因して、ピーク流量群の最大値を基本高水に決定しても、治水安全度に対して過大になる場合とならない場合あります。前者は浅川の基本高水が該当し、後者は河川整備基本方針小委員会で検討している一級水系の基本高水で見られます。誤差はまったく偶発的な要因によって発生するので、同じ方法で実施しているから同じく間違いのない結果が得られると判断するのは極めて危険です。

 尚河川整備基本方針検討小委員会においても、計画雨量まで引き伸ばした対象降雨からのピーク流量群の最大値を基本高水に決定しないで、統計的に適切な基本高水を決定する方法を、後志利別川、那珂川、相模川、久慈川、荒川において採用しています。そしてその基本高水の治水安全度は、流量確率による基本高水の治水安全度とよく一致します。

 (2)浅川の飽和雨量の50mmは小さすぎる

 上記のピーク流量群の最大値を基本高水に決定して、その治水安全度を1/100であるとするのが過大な基本高となる最大の原因ですが、浅川の場合は雨量から流量を計算する流出解析の貯留関数法の飽和雨量50mmが小さすぎる問題もあります。平成16年10月23号台風、平成18年7月豪雨の際の富竹水位観測所の実測流量から飽和雨量は75mm~100mm程度ではないかの結果も得られています。今までの計算はすべて飽和雨量50mmで実施されていますが、飽和雨量100mmで計算すると、治水安全度1/100における基本高水は更に210m3/s程度に下がります。

 尚田中前知事が平成14年に浅川の治水対策の「枠組み」を発表した際に、基本高水の見直しもあり得るとして富竹水位観測所の設置を決定しましたが、当初予定の5年間の観測期間が過ぎようとしています。5年間程度の観測では、実測流量から流量確率の計算は実質的にできませんが、飽和雨量の検証は十分に可能です。長野県土木部は検証結果を速やかに公開すべきです。また長野県土木部の意向では引き続き観測を実施したいようですが、もし引き続き観測を実施するならしかるべき延長請求が出されないとおかしいと思うものです。

(3) 再現流量による検証

 国交省も決定された基本高水の検証は流量確率で実施することを推奨しています。浅川の場合は、過去の実測流量は富竹水位観測所での僅か5年程度しか蓄積されていません。この程度の実測流量では長期の流量確率は計算できません。

 そのような場合に年最大雨量を流出解析し年最大流量を計算し、その再現流量から流量確率を求める方法が推奨されています。未だ国交省のデファクト スタンダードにはなっていませんが、飽和雨量がきちんと検証されたら有望な方法です。

 浅川の場合は、幸いにして1976年より長野地方気象台における1時間毎の雨量が残されています。1976年から2005年までの30年間の年最大雨量から年最大流量を計算し、その再現流量から流量確率を計算して、飽和雨量が50mmの場合で治水安全度1/100の基本高水は270m3/s、治水安全度1/200の基本高水は320m3/sであることを明らかにしています。この結果から検証がきちんとできたと考えています。

3. おわりに

 浅川の治水安全度1/100における基本高水450m3/sは明らかに過大であり、適切な基本高水は治水安全度1/100においては270m3/s~280m3/sであることはほぼ間違いのないところであります。富竹水位観測所での実測流量から飽和雨量を検証したら、270m3/s~280m3/sは更に引き下げられます。基本高水の引き下げは治水安全度の引き下げになると異議を唱える向きもありますが、治水安全度は1/100の水準を維持しているのです。

 治水安全度1/100に置ける基本高水が270m3/s~280m3/であれば、浅川の外水災害対策としては穴あきダムは不要で、しかも河川改修も他力橋まではほぼ対策済みとなり、上流部の流下能力の向上をはかるだけで計画完了となるでしょう。後は内水災害対策として下流域での遊水地の建設、ポンプ排水能力の向上をはかることになります。内水災害対策は根本的には千曲川の河川整備計画との整合性を考える必要があります。

 河川整備基本方針は河川整備計画と異なり、河川法により一般市民が参加できない領域にありますが、長野県では河川整備基本方針が長野県土木部でいったん決定されたら、県河川審議会が存在しないので、外部機関のチェックなしで河川整備計画に直結する組織的な欠陥を有しています。本来技術的な検討になりますから、長野県公共事業評価監視委員会が県河川審議会の機能を果たせれば別ですが、県河川審議会の常設が期待されます。長野県には浅川以外にも知事が河川管理者である一級河川が8河川存在しています。

 また、長野県土木部がどうしてもピーク流量450m3/sにこだわるなら、その治水安全度を長野県民、長野市民、浅川流域住民にきちんと説明すべきです。治水安全度が1/1000以下と聞いたら、長野県民のほとんどが浅川の基本高水の見直しに同意するでしょう。浅川の穴あきダムは県営ダムとなるはずですから、新幹線用地売却を取引材料とした一部浅川流域住民の強い要望は、地域エゴと酷評される結果は目に見えています。

4. 簡単なる用語の説明

 基本高水についての議論をすると、関連の用語が難しくて分からないとの意見を聞きます。国交省や長野県土木部はわざと難しい用語を用いて、素人を煙に巻いているとの意見すらあります。ここでまとめの意味で使用した用語の説明を簡単にしておきます。

用語 説明
基本高水流量 計画雨量で生ずる治水基準点における最大の流量で単に基本高水とも言われる。
基本高水 計画雨量で生じる治水基準点での流量の時間ごとの分布である。流量の時間分布をハイドログラフとも言う。
雨量確率 ある降雨が平均して1年に何回発生するかを示す尺度、浅川の場合1/100である。
流量確率 ある洪水が平均して1年に何回発生するかを示す尺度、1/100のように表される。
治水安全度 基本高水流量が平均して1年に何回発生すかを示す尺度、1/100のように表される。雨量確率と治水安全度が同じであるとの誤解があるが、雨量確率は基本高水流量計算時のインプットであり、治水安全度はアウトプットにかかわるものである。
計画の規模 基本高水流量算定の際に前提となる降雨量が平均して何年に1回発生するかを言い、100年のごとく雨量確率の逆数で表現する。
年最大雨量 年間の最大雨量を言う。
年最大流量 年間の最大流量を言う。降雨波形の影響で年最大雨量とは必ずしも一致しない。
計画雨量 計画の規模に相当する降雨量で、浅川の場合計画の規模100年で130mm/日になる。
確率年 ある雨量、流量などが平均して何年に一回発生すかを示す尺度、100年のように表現される。超過確率年と同じである
超過確率 連続型の確率分布において、ある雨量、流量などがある値を超えて発生する確率。平均値の超過確率は0.5である。
非超過確率 連続型の確率分布において、ある雨量、流量などがある値を下回って発生する確率。非超過確率は(1-超過確率)で表される。累積確率とも言う。
確率分布 ある変量(雨量、流量)の発生の度合を分布として表現したもので、ヒストグラムのごとき非連続型と正規分布のごとき連続型がある。
引き伸ばし率 計画雨量の降雨量と同じ対象降雨が実際入手できないので、降雨量の多い対象降雨の降雨量を計画雨量の降雨量になるように調整するが、その際の調整倍率を引き伸ばし率と言う。対象降雨の数を増やすために引き伸ばし率を高くすることは不都合であるとされてきたが、ここに過大な基本高水決定の遠因が潜んでいる。
飽和雨量 貯留関数法での計算に重要な定数であり、降雨があった際に地中に吸い込まれることがなくなりそのまま流出にいたる累積降雨量を言う。浅川の場合は50mmとされ小さいのではないかと言われる。
ピーク流量 引き伸ばされた対象降雨から流出計算で得られたハイドログラフにおける最大の流量である。
ピーク流量群 複数の対象降雨からのピーク流量はピーク流量群を構成する。ピーク流量群は確率分布すると考えるのが合理的な考えである。ピーク流量群の発生の確率は同一で、しかも雨量確率と同じであるとの間違った理解は正される必要がある。
再現流量 雨量から流出計算して得られた流量を、実測流量と区別するために再現流量と呼ぶ。
富竹水位観測所 治水基準点での流量測定が正確に出来ないので、新たに新田川合流地点直前に水位観測所を設定して流量の実測を行っている。
河川砂防技術基準 国交省河川局によって決定された河川治水対策に関する技術基準で、計画編、調査編、設計編に分かれている。現在計画編のみ河川砂防技術基準が決定されているが、調査編は河川砂防技術基準(案)のままである。

以上