佐賀地裁が出した国営諫早湾干拓事業の工事差し止めの仮処分決定の要旨は次の通り。
【権利侵害の有無】
有明海での漁獲高の減少、特にノリ養殖の減少は、将来の経済生活の面で極めて重大で深刻な影響を与えていると認められる。
民事保全手続きにおいては暫定性、迅速性という手続きの特性に基づき、因果関係の立証の有無は、人が確信するに至らなくとも、一応確からしいという心証を持ち得るか否かで判断すべきだ。
農水省のノリ不作等検討委員会(第三者委員会)は各分野の学術研究者や漁業者代表が国、および長崎、佐賀、福岡、熊本各県などから提出された膨大な資料を、多大な時間と労力を注いで分析し、それぞれの立場から見解を示したもので、極めて信頼に値する。
この検討委員会が「諫早湾干拓事業は重要な環境要因である流動および負荷を変化させ、諫早湾のみならず有明海全体の環境に影響を与えていると想定され」と指摘している。
最終報告でも「諫早干拓地前面での大きな流動の変化とこれに伴う水質、底質、生物の変化は有明海全体に影響を及ぼしたことが想定される」「干潟の喪失は特に湾奥での環境悪化の進展と無関係ではないであろう」などと指摘している。
さらに有明海でノリ養殖業、貝採取業、漁船漁業などに従事する漁民の多く
が日々の操業に伴う実体験として、干拓事業と漁業被害に関連性があると実感している。
事業後、諫早湾外の潮流の変化がみられるとの実測データも得られている。干拓事業が有明海で生じた漁業被害の唯一の原因とまでは断じ得ないものの、少なくとも一定程度寄与していることについて因果関係の疎明はあると認められる。
国は因果関係があると断じることはできないと主張している。確かに現時点
で、自然科学的意義における因果関係の証明がなされているとは認め難い。しかし、法的評価としての因果関係の立証は、一点の疑義も許さない自然科学的証明ではない。
それに加え、そもそも漁業者らと国の間には人的にも物的にも資料収集能力に差があり、その能力差を無視し、漁業者らに高度の立証を求めるのは民事保全手続きにおいても公平の見地から到底是認し得ない。
また、国は検討委員会が事業による影響の検証に役立つとした長期開門調査を実施していない。そのために生じた「より高度の疎明が困難となる不利益」を漁業者らだけに負担させるのは、およそ公平とは言い難い。
これらの点を踏まえた上で、現段階においては少なくとも法的因果関係の疎
明はあると評することができる。
【保全の必要性の有無】
潮受け堤防の閉め切りなどによって有明海の環境悪化、ひいては漁業被害の発生に寄与していること、すなわち事業を開始するに当たって行われた環境影響評価で予測された範囲を超える地域にまで被害が及んでいることが一応認められる。
その漁業被害の程度も深刻であって、漁業者らの損害を避けるためには既に完成した部分および工事進行中、ないし工事予定の部分を含めた事業全体をさまざまな点から精緻(せいち)に再検討し、必要に応じた修正を施すことが肝要となる。
再検討に当たっては二次被害の発生防止や防災効果の維持など、種々の観点も加味せざるを得ない。事業規模の巨大性という特質から、検討には一定程度時間を要することは明らかである。その間に現在予定されている工事が着々と進行していったならば再検討自体をより困難なものとすることは容易に推認できる。
重要なのは事業の一時的な現状維持であり、内部堤防工事などの差し止めであっても漁業者らに生じる著しい損害、または急迫の危機を避けるために必要で、保全の必要性は認められる。
【結論】
保全の目的を達するため、現時点においては一審判決言い渡しまでの間、工事続行の禁止の仮処分をすれば足りると判断される。
04年08月27日
仮処分決定骨子
■漁業者には漁業行使権が認められ、侵害された場合は妨害排除請求権が発生する。
■潮受け堤防の閉め切りと有明海の環境悪化や漁業被害の発生には一定の因果関係がある。
■漁業被害と干拓事業の因果関係の立証は、通常の人が疑いを差し挟まない程度の真実性の確信で足りる。
■工事差し止めは漁業者に生じる損害を避けるために必要で、一審判決言い渡しまで工事を続行してはならない。
04年08月27日
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