役所のベール 破る“武器”
質問主意書 制限の影響は?
国会議員が文書で政府に見解をただす「質問主意書」について、政府・与党がじんわりと“制限”を付けてきた。かつては、薬害エイズ問題、最近では社会保険庁の社会保険料流用問題など、官僚の「沈黙の壁」に穴を開け、野党の“武器”ともなってきた質問主意書だが、突然、国会の議会運営委員会でチェックするという。国民の知る権利とも密接に関連する、「質問主意書」制限の波紋とは。
「『自分は質問主意書日本一だ』と自慢して、選挙公報に出している人までいる。非常に行政上の阻害要因になっている」
質問主意書の運用見直し論について、細田官房長官は八月五日の記者会見でこう言い切った。
質問主意書とは、国会法七四条、七五条に基づき、国会議員が政府に説明などを求める文書。議長の承認を得て出され、内閣は原則七日以内に答弁する。
発端は八月二日、自民党が質問主意書運用で見直しの方針を決めたことから。六日には衆院議運委で、事前に内容を議運理事がチェックすることで合意した。
■衆院5年間で自民1公明5
衆参両院によると、質問主意書提出件数は二〇〇〇年二百四十四件、〇一年二百六十四件、〇二年三百十九件、〇三年二百八十二件、今年は八月六日閉会した臨時国会までに三百二十七件で確かに過去最多の件数を記録している。今年に限ってみれば、衆院の85%、参院の64%が民主党議員から提出されたものだ。衆院では「過去五年間で自民党からは一件、公明党からは五件出ているだけ」(同院議案課)だという。
では、実際に答弁書づくりを担う官僚はどう考えているのか。
「あれほど面倒なものはない」と本音を漏らすのは、ある省庁の中堅幹部だ。「議員会館で直接、説明すれば十分で終わりそうな問題でも、紙(答弁書)で答えるとなると、用語の解説から調べ直さなければならない。国会答弁の方がもっといいかげんで、修正もきくから楽だ」。別の省庁の幹部も「野党の先生の中には、大臣の答弁の言葉尻をとらえて、揚げ足をとるような質問を出す方もいる。それでもきちんと書いて出さなければならない」と話し、複数の省庁にまたがる質問の場合は「『てにをは』の調整で徹夜になることもある」とうんざり顔だ。
しかし、その質問に対する答弁で明らかになった重大事実は少なくない。
最近では、政府が先の国会で通した年金制度改革関連法の前提としていた合計特殊出生率が、一・二九まで低下していた事実を隠していたことが明らかになった。年金制度改革の議論に国民が厳しい目を向けるきっかけとなった、年金保険料の流用・無駄遣い問題や、旧労働省所管の特殊法人が全国に保有していたムダな福祉施設の売却代金やその一覧表などもそうだ。
少し古いところでは、薬害エイズ問題で旧厚生省が隠していたファイルなどを暴くきっかけとなったのも質問主意書だった。
「千鳥ケ淵の戦没者墓苑が満杯で粗末だという市民の情報から質問主意書を出し、国が全面改装に動いた。国民が議員と共同作業で質問を作る手段でもある」。こう利点を説くのは衆院議員在職中に三百件以上の質問をした保坂展人氏だ。「国会審議の議事録の答弁は与党の力で訂正もできるが、趣意書は内閣法制局の審議、閣議決定を経て、内閣としての答弁となる」
やはり在職中、質問主意書の提出数が多かった中村敦夫・前参院議員の政策秘書を務めていた田中信一郎氏も「委員会質疑は議題が設定され、議論に枠がある。質問主意書は議題に関係なく、国政全般をただすことができる」と話す。
質問主意書を活用して年金問題を暴いてきた民主党の長妻昭衆院議員も「国会質疑では天下りの数とか出てこない。きちんとした答えが出る唯一の手段だ。さらに、役所が出し渋るものでも『質問主意書を出すよ』と言うと出してくるし、それでも出さないものでも、実際に主意書を出すと出てくるものもある」と、役所の隠ぺい体質を暴く有効性を説く。
「行政の阻害要因」との指摘に、田中氏は「答弁は原則七日以内だが、現実には一カ月くらいかかることも多いし、いくらでも延期できる。行政がそれを負担というのは筋違い。閉会中でも出せるようにすべきだ。沖縄の米軍ヘリ墜落問題でも、政府は委員会を開かないが、閉会中に主意書が出せれば、それをただすこともできる」と指摘する。
政府が制限をかけてきた背景は。
田中氏は「主意書が増え、いろいろな事実が明らかになり、看過できないレベルになったからだ。行政レベルの問題が、出生率の問題にしても年金流用にしても、内閣の責任に及ぶものになってきたから」と推測。保坂氏は「各論を官僚に丸投げする小泉首相のパフォーマンス優先の政治が続き、内閣の中で官僚の発言が強くなったからだ」と断じた。
長妻氏は「年金問題などから、参院選で与党が負けた影響があると思う」とした上で危ぐする。「野党の質問に答えても得にならないと、都合の悪い答弁は『時間がない』と出さないようになるのではないか。大本営発表のDNAがよみがえる。質問は国政調査権を背景にしたもので、その制限は国政調査権の制限でもある」
■内容を厳選し乱用は慎んで
今回の動きについて、東大法学部の蒲島郁夫教授(政治学)は「野党、とりわけ質問時間が少ない小政党にとって、主意書は重要な質問の機会であり、基本的には制約すべきではない」と批判する一方で、質問を制限する流れを「行政改革の一つの結果でもある」と一定の理解を示す。
「単に官庁や政府をいじめるためだけの質問は主意書の乱用であり、答弁する方も真剣にならない。悪循環に陥るだけだ」としたうえで、主意書を提出する議員の側にも自覚を求める。
「議員が質問を厳選し、政府がそれに誠実に答えるのが最も望ましい。それで対応できない場合は、民主主義のコストとして人員の補充などの対策が必要だ」
政治評論家の森田実氏は「小泉政権は自衛隊のイラク派遣や年金問題でも国民に丁寧に説明してこなかった。開き直ったような答弁を繰り返せば、野党は質問主意書で質問するしかない。政党の能力とモラルの低下が主意書増加の背景にある」とみる。
「質問の乱発は慎むべきだが、必要な質問かどうかは、あくまで議員個人の見識に基づいて判断されるべきだ」としたうえで、質問制限がもたらす危険性についてこう警告する。
「すでに国会の質問が事前に各省庁に通告されている現状がある。そのうえ質問主意書を議運でチェックするシステムができてしまったら、国会では自由な言論が抑制されてしまう。行政府をチェックするのが議員の役割であり、国会自らが質問を逆チェックするのは国会の自殺行為だ」