以下は、2004年5月6日午後8時および10時30分のニュースで放送さ れたドイツ公共テレビ第一放送(ARD)のニュースのナレーション部分の翻訳です。
■本文
日本の北の札幌です。街はずれの自宅に18歳の今井紀明君が座ってい ます:「私は自分の国で囚人のように感じています」と彼は言います。4 月に彼の姿が世界中に報道されました。彼と、あとふたりの日本人がイラ クの誘拐犯の手に落ちたのです。誘拐犯は日本人が兵士を撤退させなければ、生きたまま3人を焼き殺すつもりでした。一週間後に3人は解放され ました。
ところが、人質になったショックに次がすぐに続いたのです:彼と他の 人質が日本国内でおびただしい非難に埋もれているのです。それに加えて
日本政府は6000ドルの帰国航空運賃まで請求しています。「私が解放の直後、日本での反響を知ったときには信じられませんでした。全く絶望
して、最初の数日は玄関を一歩も出られませんでした。」
■何千もの不親切な手紙
今井紀明君は平和のイニシアティブのためにイラクに入りました。一週 間にわたり、アメリカの劣化ウラン弾の証拠を捜し、アメリカの爆弾の影
響を記録しようと望んだのです。彼は他の二人、社会福祉活動家の女性と フリーのジャーナリストと同じように独力で出発しました。ところが叱責
があらゆる方向から来ているのです:政府、メディア、そして住民達から です。彼の両親の家の居間には手紙が積み重なっています。
毎日のように手紙が来て、それに多くのE・メールを加えると1万通を 優に越えています。全部にではありませんが、すさんだ悪口が多く含まれ
ています。いくつかの例です:「おまえ達は日本の恥だ。日本の政府と兵 士に謝罪せよ!」または、「税金を返せ、寄生虫、低能、軽率な馬鹿者」、
最も多い非難は:「紀明とその他の人は政府が(危険を)勧告しているに もかかわらずイラクに入った。その軽率さがイラクに派遣されている日本
の兵士の貢献を危うくした。政府はそれでなくとも難しい情勢にあるのに、 彼らによってさらに問題を持つことになった。」というものです。
■これまで市長にだけは謝罪
何日間も紀明は食事がのどに通りませんでした。日本に帰ってから、彼 には発疹ができ、同じ人質であった高遠菜穂子さんは一時病院に入らねば
なりませんでした。圧力が大きすぎたのです。政府もまた非難の合唱に調 子を合わせています。たとえば、小池百合子環境大臣は、イラクに入った
決心を「無責任だ」と言いました。しかし紀明君は今日にいたってもそう は思っていません。彼は、彼らのために配慮した彼の市長だけには、全く
日本的に、掛けた心配に謝罪はしました。しかし国民と政府に対して、そ れをしようとは彼は望んではおらず:「多分、私はイラクの危険性に間違っ
た見通しを持ったのでしょう、でも、そこに行く義務があると感じていた のです。危機にある地域の生活を記録しようとすれば、危険であっても、
また自国政府が警告しようとも、その場所にいなければなりません」とい います。日本のジャーナリストたちも外務省から、攻撃される心配がある
ので出国するように警告されています。
いろいろな平和運動のイニシアティブの仲間達は人質達の側に立ちまし た。NGO、独自に環境や平和プロジェクトを追及している諸組織は、日本
では数が少なく、多くの日本人の理解を得ることは少ないのです。特に平 和運動の活動家たちは、外務省の業務に干渉する共産主義者だとされ、あっ
さり片づけられてしまいます。紀明君の家族はしっかりと彼を支えていま す。家族はすでに人質事件の最中から他の日本人から悪く言われたのです。
お母さんの今井直子さんは:「私の息子がイラクに自己責任を示して、真 剣に打ち込んだのは正しいと思います。でも今はあまり何も出来ません。
私たちは一緒に乗り越えねばなりません。耳を貸さないのが一番でしょう。 手紙の中には私たちを励ますものも沢山あります。それが私たちの精神的
支えになっています。」と述べています。
■数分間の外出
その間に多くの日本人は、人質達がどれほどの叱責に曝されなければな らなかったかに驚いています。毎日、同情の手紙も今井家に届いています。
例えば「こんなに勇気のある、若い日本人がいることは私たちの喜びです」 と書いてあるものです。非難される恐怖にもかかわらず、紀明君はしだい
に人々の中に毎日数分間ずつ外出する勇気を得ています。彼が希望してい るのは、いつかまたふたたび普通の生活が送れるようになることです。イ
ラクへの再帰もあり得ないことではありません。
(訳責は梶村太一郎氏。原文は2004 tagesschau.de:
http://www.tagesthemen.de/aktuell/meldungen/0,1185,OID325
4572_TYP6_THE_NAVSPM1_REF1_BAB,00.html)
■訳者解説
ドイツの公共テレビの全国放送は第一放送ARDと第二放送ZDFのふたつ があり、それぞれニュース番組があります。訳出した今井紀明さんのニュ
ースは5月6日の夜のニュースで2度にわたり放映されました。また時間 をずらして地方放送の第三放送でも全国で繰り返し放映されます。
視聴率はそれぞれが通常20%前後です。周辺のドイツ語圏諸国でも視られており影響力が最も高いドイツ語のニュース番組のひとつです。
訳文のなかの小見出しはテキストだけに付けられているもので、実際には放送されていません。
映像は、今井家の居間で紀明さんとお母さんに直接インタヴューするかた ちで行われており、事件当時の報道映像なども交えながら構成されていま
す。最後の場面は紀明さんが商店街の人込みの中をひとりで速足で歩いて いるところです。
事件当時ナイフを突きつけられた脅迫の場面はドイツでも繰り返し放映さ れており、視聴者に強烈な印象を遺しているため、素顔の紀明さんの無事な姿に「よかった」と胸をなでおろす人は非常に多いと思われます。(脅 迫場面が日本で放送されておれば、人質と家族に対する極端なバッシング もあれほどにはならなかったのではないかと思われます。日本のメディア は深刻に反省すべきです。)以上簡単な解説を付けました。
また、ご覧になった方にお願いがあります。「自己責任」を合唱した政治 家達、メディアにも是非以上の翻訳を参考として転送してあげて下さい。日本の市民運動には思いやりがありますから。(ベルリン・梶村太一郎) |