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アマノ vs. 自民党のパロディー論争

〜法的側面の分析〜
青山貞一

掲載日:2004.7.3

自民がパロディー削除請求 中村敦夫候補がHPに掲載

 参院比例代表から立候補している「みどりの会議」代表の中村敦夫氏(64)が自身のホームページに、パロディスト、マッド・アマノさんが作った自民党ポスターのパロディー図画を掲載し、自民党は1日までに「選挙戦に利用しようとしている」などとして中村氏側に削除を求める通告書を送った。

 中村氏側は1日、記者会見し「表現の自由に頭が回っていない。野党の党首が与党を批判するのは当然」と主張。削除に応じないとする回答書を郵送した。

 作品は、ポスターに記された本来のコピー「この国を想い、この国を創る」に文字を加えて「あの米国を想い、この属国を創る」とし、小泉純一郎首相の氏名も「小泉鈍一郎」としている。

(共同通信) [7月1日20時30分更新]

 ここでは自民党幹事長はマッド・アマノ氏や中村敦夫議員に対し法的手段も辞さずと言っているようだが、その場合、いかなる法的根拠、法理が考えられるのか、果たしてその根拠が妥当なものなのか、などについて予習してみたい。

◆自民党側主張の法的論拠

 安倍晋三幹事長なり、自民党が持ち出す法的論拠は、おそらく以下のいずれかであろう。
 (1)刑法の名誉毀損、信用毀損、侮辱、威力業務妨害
 (2)民法の不法行為による損害賠償
 (3)著作権法
 それ以外に公職選挙法も関連するかも知れないが、ここでは、上記3つについて予習するものとする。

◆アマノ氏主張の法的論拠

 迎え撃つマッド・アマノ氏や中村敦夫議員側が主張する法的な根拠は、言うまでもなく、以下の憲法の条項である。

第十九条 思想及び良心の自由は、これを侵してはならない。
第二十一条 集会、結社及び言論、出版その他一切の表現の自由は、これを保障する。

●刑法の名誉毀損、信用毀損、侮辱

 まず最初に想定されるのは、以下に示す刑法第34章、名誉毀損に対する罪であろう。以下に関連部分を示す。これらはいずれも親告罪であるので、安倍晋三幹事長なり、自民党が提訴する場合には、まさに刑事告訴からはじまることになる。

第34章 名誉に対する罪

(名誉毀損)
第230条 公然と事実を摘示し、人の名誉を毀損した者は、その事実の有無にかかわらず、3年以下の懲役若しくは禁錮又は50万円以下の罰金に処する。

(公共の利害に関する場合の特例)
第230条の2 前条第1項の行為が公共の利害に関する事実に係り、かつ、その目的が専ら公益を図ることにあったと認める場合には、事実の真否を判断し、真実であることの証明があったときは、これを罰しない。

2 前項の規定の適用については、公訴が提起されるに至っていない人の犯罪行為に関する事実は、公共の利害に関する事実とみなす。3 前条第1項の行為が公務員又は公選による公務員の候補者に関する事実に係る場合には、事実の真否を判断し、真実であることの証明があったときは、これを罰しない。

(侮辱)
第231条 事実を摘示しなくても、公然と人を侮辱した者は、拘留又は科料に処する。

◆民法の不法行為による損害賠償
 
 
刑法の名誉毀損に対する罪の次に想定されるのは、民法の「不法行為による損害賠償」そして謝罪広告請求であろう。以下に民法の関連部分(第5条)の一部を示す。

第5章 不法行為
第709条 故意又ハ過失ニ因リテ他人ノ権利ヲ侵害シタル者ハ之ニ因リテ生シタル損害ヲ賠償スル責ニ任ス
第710条 他人ノ身体、自由又ハ名誉ヲ害シタル場合ト財産権ヲ害シタル場合トヲ問ハス前条ノ規定ニ依リテ損害賠償ノ責ニ任スル者ハ財産以外ノ損害ニ対シテモ其賠償ヲ為スコトヲ要ス

◆名誉毀損罪(刑法)及び名誉毀損による損害賠償(民法)の成立条件

 先に示した刑法及び民法の名誉毀損が成立する条件を法理及び判例から見てみよう。

 この場合、民法における名誉毀損分野での不法行為による損害賠償、謝罪広告等は、刑法における名誉毀損の成立条件と密接に関係するので、ここでは、まず刑法における成立条件について見てみる。

 刑法230条の2第1項によれば、仮に被告側に名誉を毀損に相当する表現があっても、

 第一に、それが公共の利害に関する事実に係るものであり、
 第二に、その目的がもっぱら公益を図るものであり、
 第三に、当該事実が真実であれば、

処罰されないことになっている。

 このうち、第一と第二の要件については、

 一般の場合(同条1項)、処罰を免れるには、「公共の利害」、「公益目的」、「真実性」のすべてを被告人が立証しなければならない。いずれかの立証に失敗すれば230条1項の原則に戻って処罰されることになる。 過去における裁判では真実性の証明に多くの場合、失敗している。

 これを逆説すれば、刑事裁判の場合、名誉毀損があっても、それに公共・公益性があり、記述内容に真実性があれば刑法による処罰は免れられることになる。同様に、民事の場合には、名誉毀損があっても不法行為による損害賠償は負わないこととなる。

 まず「公共の利害に関する事実」であるが刑事では法230条の2第2項及び第3項により、公訴提起前の人の犯罪行為に関する事実、公務員または公選の公務員の候補者に関する事実は、公共の利害に関する事実と見なされる。

 次に、「その目的が専ら公益を図ることにあった」という場合、その意味するところは何か。「専ら」の意義を文字通りに解したのでは同条による免責の可能性をほぼ失わせることは明らかである。一般に出版などの表現行為には、営利、売名、復讐などの目的が混入しているものと解すことができる。したがって、学説上、この「専ら」とは「主として」と同意義であり、私怨その他若干の不純な動機が混入していても差し支えない、と解する点で異論はないだろう。

 おそらく本件におけるアマノ氏ら側の最大の関門は、三つ目の「真実性」の証明ということになる。これがどの程度厳格に要求されるか課題となるのである。

◆真実性の証明における「真実性」と「相当性」

 ある事実が真実であることを完全に証明することは、実際問題として不可能か、そうでないとしても著しく困難である。それにもかかわらず、真実の証明を厳格に要求し、それがなければ処罰する(あるいは損害賠償責任を課する)ということであれば、マスコミ、ジャーナリズムなどの表現活動は著しく萎縮させることになる。

 マスコミ、ジャーナリズムなどの表現活動をする者(表現者)は、刑罰や損害賠償をおそれて、その真実性に少しでも疑いのあることについては、発表しなくなる可能性が強くなる。実際、昨今そのような傾向が強い。こうした現象を自己検閲と呼ぶが、この傾向は、テレビや新聞のように、速報性が売り物であって、そのため事実関係の確認にあまり時間をかけられないメディアの場合には特に顕著となろう。

 実は、われわれが通常真実であるといっているものは、真実であると信ずるに足るだけの資料・根拠に基づく情報である、ということを意味している。

 ここでは真に客観的に真実であるかどうかまで問題にしているわけではない。これを「真実性」に対して「相当性」と言う。もし、そうだとすれば、名誉毀損の場合にも、客観的に真実であることまで要求せず、真実であると信ずるに足る根拠があれば免責される(刑事でいえば処罰されない、民事でいえば損害賠償責任を負わない)と考えることができる。これにより「表現の自由」と「名誉の保護」との調和を図るべきではなかろうか。実は我が国の名誉毀損に関する裁判はこうした立場をとっていると言える。

◆「反論権」について

 「公共性」、「公益性」、「真実性(あるいは相当性)」は、従来の名誉毀損の法理に照らした成立要件である。これに対し、安念教授(成城大学法学部教授、弁護士)は、上記の3点に加え、「反論権」と言う概念を提起する。これは政治家など公人に対する報道、マスメディアなど表現者の名誉毀損の成立条件をより厳しくするものである。

 要約的にこの「反論権」を説明すれば、首相、国会議員はじめ公人は、いつでも記者会見などを開き、反論する機会を有するので、憲法の表現の自由との関連にあって、刑法、民法を問わず、名誉毀損を安直に認めてはならないとする学説である。実際、この第四の観点は、多くの公人が提起した名誉毀損裁判において適用されている。

 本件では、アマノ氏の表現に公共性、公益性があることはおそらく異論のないところであり、他方、自民党側には反論権があることも間違いないところである。したがって、もし自民党側がアマノ氏らを名誉毀損で提訴する場合、アマノ氏は、「あの米国を想い、この属国を創る」と小泉首相を揶揄した内容(事実)の「真実性」の立証は無理であったとしても、その「相当性」をあらゆる報道資料、世論調査結果、首相の国会答弁などをもとに立証することになる。もちろんその前提としてアマノ氏には憲法で保障された表現の自由、論評の自由がある。

●著作権について

 次に著作権法の観点から、アマノ氏の行為が著作権法の侵害に当たるかどうかである。

 まず、著作権法の適用除外について見てみてみよう。まず、アマノ氏がパロディーの素材に用いた自民党のCMだが、これを著作権法でいう著作権の権利の目的となるかどういかだ。著作権法では、権利の目的(対象)となる著作物について、次のように記している。

(権利の目的とならない著作物)
第十三条 次の各号のいずれかに該当する著作物は、この章の規定による権利の目的となることができない。
一 憲法その他の法令
二 国若しくは地方公共団体の機関又は独立行政法人(独立行政法人通則法<平成十一年法律第百三号>第二条第一項に規定する独立行政法人をいう。以下同じ。)が発する告示、訓令、通達その他これらに類するもの
三 裁判所の判決、決定、命令及び審判並びに行政庁の裁決及び決定で裁判に準るにより行われるもの
四 前三号に掲げるものの翻訳物及び編集物で、国若しくは地方公共団体の機関又は独立行政法人が作成するもの(平十一法二二○・二号四号一部改正)

 上記のように、現行著作権法では、国、自治体、独立行政法人が作成する著作物は著作権法の適用が除外されている。しかし、本件の場合は、自由民主党と言う公党ではあっても、国、自治体、独立行政法人ではない。

 となると、アマノ氏がパロディーで用いた自民党のCMを引用したことの是非はどうか。これについて、著作権法では以下に示すように引用を認めている。

第五款 著作権の制限
(引用)
第三十二条 公表された著作物は、引用して利用することができる。この場合において、その引用は、公正な慣行に合致するものであり、かつ、報道、批評、研究その他の引用の目的上正当な範囲内で行なわれるものでなければならない。
(平十一法二二○・2項一部改正)

 ここで問題となるのは、「その引用は、公正な慣行に合致するものであり、かつ、報道、批評、研究その他の引用の目的上正当な範囲内で行なわれるものでなければならない。」と言う部分であろう。

◆引用と著作権侵害との間

 さらにこれを詳しく見ると、引用の条件は、
  1. 公正な慣行に合致するものであること。
  2. 引用の目的上正当な範囲内で行なわれること。
  3. 「著作物を複製」して引用する場合にあっては、その出所を明示すること。「著作物を複製以外の方法」で引用する場合でその出所を明示する慣行があれば、同じく出所を明示すること。

となる。

 上記のうち3.の出所明示は理解できるとして、1.における「公正な慣行」とは一体何なのか、また引用内容が「目的上正当な範囲内」であるとはどういうことかが問題となる。

 これらについて過去の判例を見ると、、「公正な慣行」における正当な引用とは、引用する側とされる側の間に「明瞭区別性」が認められることが、さらに引用される著作物の著作者人格権を尊重したものであることが要件となる。

(1)明瞭区別性
 これは引用した著作物を、はっきり分かるように示す事である。本事件では明確であろう。

(2)著作者人格権の尊重
 公表された著作物のみを引用対象とした場合、また引用した場合、その著者名を明記する事を意味する。

 次に「引用の目的上正当な範囲」だが、ここでは引用範囲は必要最小限かつ引用する側とされる側の間に「附従性」が認められなければならない。

(3)附従性
 引用する側とされる側に主従関係が成り立っていることを意味する。引用する側が主、される側が従となる。何を言いたいのかを引用者が自分の言葉で書き、補足する材料あるいは例証としてさらに参考資料として資料の引用を行うべきであるというものである。引用された部分を除外しても引用者の言いたいことが明確に伝わるものである必要性である。

●本件についての私見

前提

 マッド・アマノ氏が小泉首相のCMポスター肖像画を背景にそのびキャッチコピーを基画に引用し、添削しながら、批判、揶揄している。ポスターに記された本来のコピー「この国を想い、この国を創る」に文字を加えて「あの米国を想い、この属国を創る」とし、小泉純一郎首相の氏名も「小泉鈍一郎」としている。http://www.monjiro.org/Mad_Amano/2004/040623.html

◆名誉毀損について

 これら法理、判例に照らしてみると、まず、マッド・アマノ氏のパロディーが今の日本社会において公共性、公益性をもっていることは疑いないところであろう。またマッド・アマノ氏と中村敦夫氏には、表現者として憲法に保障された表現の自由が、ある。その上で、論評する自由がある。

 おそらく争点は、ひとつは「真実性」にある。これは、「あの米国を想い、この属国を創る」と言う部分である。小泉首相なり自民党を「あの米国を想い、この属国を創る」と批判、揶揄することだが、これが100%真実であるかどうかは分からないとしても、表現者のみならずおそらく国民の多くは、これを真実であるかどうかは分からないとしても、それに相当すのものであると考えるのは妥当ではないだろうか。すなわち、アマノ氏には自民党、とくに小泉首相の常日頃の言動からして、「あの米国を想い、この属国を創る」と思っており、それを自民党のCMポスターが公表された時点で、論評する自由があると思っているわけだ。おそらく、それは憲法で保障され表現の自由の一部としての論評の自由である。

 また安念教授が指摘する「反論性」については、自民党、小泉首相、安倍晋三幹事長ともに、十分な反論機会を有していると思われる。

 このように仮に、仮に小泉首相や自民党から名誉毀損について刑事、民事の提訴があった場合でも、また名誉毀損が認められたとしても、不法行為による損害賠償、謝罪広告あるいは慰謝料等が認められる可能性は極めて低いと考えるのが妥当だろう。

◆著作権違反について

 実はマッド・アマノ氏はかつて、別件で著作権侵害に問われ、最終的に和解とはなったものの、実質的に敗訴した経験がある。 これは、

☆「表現の自由」と「知的財産権」

☆マッド・アマノパロディ写真事件/第一次上告審 最高裁昭和55年3月28日
第3小法廷判決(『最高裁判所民事判例集』34巻3号


☆著作者人格権

と言う事件ある。

 この事件のなかで、先に示した明瞭区別性 と 附従性という判例ができた経緯がある。したがって、マッド・アマノ氏は、自民党CMポスターをもとに、批判、揶揄をするに際し、過去における厳しい経験の中から、明確区別性と附従性を把握、認識していたと思える。

◆その他

 その他として、本件は参議院議員選挙との関係がある。これについては上記の検討とは別に、公職選挙法との関係について精査する必要があるだろう。

以上、参考まで