韓国最新選挙事情 青山貞一 2006年3月27日 |
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環境分野の現地調査で2006年3月23日から数日間、ソウル市にでかけた。韓国には昨年2月にも、私が代表理事をつとめる政策学校一新塾生20名と一緒に公共政策・政経交流使節団長として訪問している。 今回、ソウルに来た主目的は、青山研究室(武蔵工業大学環境情報学部)に韓国から留学生として来ている大学院生が現在取り組んでいる修士論文が清渓川(チョンゲチョン)環境修復事業による大気環境評価の基礎データ収集にある。しかし、せっかくソウルに来たこともあり、在韓の知人らに最近の韓国、ソウルの政治(選挙)事情を聞いてみた。 以下に述べる政治事情は、あくまで筆者の感想であり、でてくる数字はあくまでも推定であることを最初にお伝えしておきたい。 筆者。チョンゲチョンにて 巨大都市ソウルの中心部。チョンゲチョン 高速道路を全面破壊し造った清渓川復元水路 周知のように、日本のマスコミが韓国や朝鮮半島を問題とする場合、ここ数年は○○の一つ覚えのように北朝鮮による日本人の「拉致問題」や「竹島(独島)問題」ばかりを扱っている。もちろん、拉致問題や竹島問題が重要であることに変わりはない。さりとて隣国の韓国は、近年、政治や経済が大きく躍動しており、我々日本(人)が注視すべき事項も多々ある。 もちろん、韓国と交流する上での大前提は、正しい歴史認識と相互理解がすべてのベースとなろう。それらについては、別途報告したいと思っている。昨年2月はソウル市の西大門刑務所を視察し、今回は平安市近くにある独立記念館をそれぞれまる1日かけ視察した。それらを含め、別途、報告する。 孫市議会議員。ソウル市議会で。 さて、マスコミがほとんど報じない韓国の最新の政治と言うか選挙事情につき速報したい。 最初に2002年、韓国の若者に圧倒的に支持され誕生した盧武鉉(ノムヒョン)大統領(任期は2008年)であるが、韓国では大統領の任期が1期5年に限定されていることもあり、ノムヒョン大統領の後が次第に注目されはじめている。 国政で現在野党となっているハンナラ党でこれから行われる大統領候補の予備選挙で最有力と目されていたのが、李明博(イ・ミョンバク)ソウル市長である。イ市長は、ソウル市の中心部、目抜きで上述のチョンゲチョン事業を完遂させ、名実ともハンナラ党の最有力大統領候補となっていた。 来年末に控えた大統領選挙とともに、現在ウリ党が政権与党として多数を占める国政選挙も注目される。一院制の韓国国会だが、ノムヒョン与党として多数派を握るウリ党の今後の行方も大いに注目されるところだ。
そんな中、この5月31日にソウル市で市長選挙及び市議会議員選挙が行われる。 この選挙は韓国地方選挙、日本の統一地方選挙に類するものだ。 国政では、ノムヒョン大統領率いるウリ党が第一党となっているものの、韓国最大の地方自治体であるソウル市では、ハンナラ党(日本の自民に類する党)の市長、そして80%いや90%以上の市議がハンナラ党が占めている。調べたところ、ソウルに限らず韓国の地方議会は、どこも圧倒的、具体的に言えば90%以上の議席をハンナラ党が議席を永年しめている。 事実、東京都同様、1000万人以上の巨大人口を占めるソウル市議会は議員定数102名のうちウリ党は現在、わずか7名、野党はそのウリ党や民主党を含め17名ほど、他は、ハンナラ党議員だ。ソウル市では、102名のうち92名はソウル市民によって、また10人は比例代表制度によって選ばれている。 ソウル市議会 ソウル市議会エントランス ところが、ここに来て大きな政治異変が起こりつつある。 日本の新聞にも一部報道されているが、現在、 李明博(イ・ミョンバク)ソウル市長(ハンナラ党)がひょんなことから窮地に陥っている。市長だけでなく、もともと市議会で圧倒的多数を占めているハンナラ党の市議も、安閑としていられなくなっていると言うのだ。 それは、今や世界的な関心を呼んでいる清渓川環境修復事業(チョンゲチョン・プロジェクト)を主導し、完遂してきたソウル市長のイ氏が側近のエリートらに特権的に公共施設(テニスコート)を使わした問題が表面化し、事態が流動的になってきたからだ。 地元、朝鮮日報の最新社説によると、このテニスコート問題は次のごとくである。
<参考>朝鮮日報社説「ソウル市長テニス問題」が物語る大韓民国の「公」の問題 実は、上記の問題以外にも、ここに来てソウル市庁をめぐるスキャンダルが報道されている。以下は、ソウル市に出入りしている記者が、イ・ミョンパク市長の米国出張に費用を負担せず取材していたことが明らかになったこと、記者らは市長を近くで取材しながら市長のテニス疑惑をまったく報道しなかったため、市長の広報マンに転落したという批判を受けている。 <参考)JanJan ソウル市長、海外訪問に同行する記者の取材費負担で問題に どこかで聞いたようなスキャンダルだが、これらはいずれも、市長の理念や政策に係わる問題と言うよりは、絶大な権限を持つソウル市長がその権限を私的に使ったと言う、いわば公私混同的な政治姿勢、特権意識の発露によるものと思われる。もっぱら、世界的偉業?とされるチョンゲチョン事業でも、担当した副市長の一人が汚職で逮捕されている。これなど日本にほとんど報道されていないが、東大の博士課程に韓国から留学生からの情報だ。 実は、ここ韓国にいて強く感じるのは、韓国ではこの種の問題がいとも簡単に政権交代のトリガーとなりうることである。日本では日常茶飯事と言えるこの種の問題だが、選挙における議席獲得や市長さらには大統領に至る政治シーンに重大なファクターとなっていることに留意する必要があるのではないか。日本よりは、格段に為政者をとりまく金銭スキャンダルや汚職事件などが状況を大きく一変させる可能性をもっているのが韓国である。 もちろん、これは何もハンナラ党など保守政党に限ったことではない。しかし、今の韓国では、ウリ党、民主党のシンパでもある落選運動で世界的に有名となったNPO<参与連帯>が、厳しくひとりひとりの政治家や候補者をまさに命がけで見張っていること、そこで得られた情報はあっという間にインターネットや携帯のメールを介して若者など、有権者に伝達されることから、とくに選挙前の数ヶ月における状勢が重要なものとなっている。これは昨年2月、参与連帯の本部を訪問した際にも実感したことだ。 韓国の<落選運動>の主体、参与連帯については次をご覧下さい。 青山貞一:落選運動を主導する韓国の政治NPO「参与連帯」 1 青山貞一:落選運動を主導する韓国の政治NPO「参与連帯」 2 ソウル市役所 ところで、ソウル市長選挙だが、チョンゲチョンやソウル南部の都市計画などで多くの見える実績をあげてきたイ現市長だが、その再選にはかげりが見えてきたようだ。具体的には、ここに来て、ノムヒョン大統領率いるウリ党政権下で法務大臣を務めた女性がウリ党のソウル市長選挙候補として立候補する可能性が急浮上しており、当選する可能性がかなり高いとのことだ。 次に、ソウル市議選挙の方だが、現在7名に過ぎないウリ党の議席だが、大きく躍進する可能性もあるとのことだ。 従来、ウリ党ブームは、ノムヒョン大統領を誕生させた若い人たによる一過性のウリ党人気と思われてきた。そして、次の選挙では、国政、ソウル市ともにハンナラ優勢と思われた状況は、ここに来て一変しているようだ。 その背景と理由だが、韓国ではADSLインターネットや携帯電話の普及と相まって、若い人々の政治参加、政治意識が高まっている。昨年、公共政策施設団長としてソウルを訪問した際も、それを強く感じた。 ちょうど私がソウル訪問時、ノムヒョン大統領は以下の日経新聞記事にあるイベントに参加し、ネチズン(ネット+シティズン)との対話に意欲を見せている。
今回のソウル市長の特権的な行動やチョンゲチョンに係わった副市長の汚職問題などに、若い層が極めて敏感に反応していることがあると、知人は話していた。彼は、この潮流が国政にも影響を及ぼしそうだと推察する。 韓国国会 たとえば昨年、国会やハンナラ党本部などを訪問し政治、政党関係者と集中的に議論した際は、次回の国会議員選挙は圧倒的にハンナラ党が有利とされていた。しかし、ごく最近の情勢判断では、国政でもウリ党が盛り返し5分5分ないし、60:40のとの観測もある。 来年暮れに迫った大統領選挙についてだが、最大野党ハンナラ党の代表である朴槿恵(パク・クネ)氏はかつて20年近く軍事政権を率い1979年に側近に命を奪われた朴正熙(パク・チョンヒ)大統領の娘である。この党の顔になって2年近くが過ぎたが、「朴代表は若いけど、ものの見方は70年代のように古い」というウリ党幹部の見方が一般的となりつつあるようだ。 その意味で、以下の朝鮮日報の記事(以下の記事は2005年10月3日に発行されていることに注目)にあるような状況は、どこかに吹き飛んでいる。これが韓国の政治、選挙の大きな特徴であるということだ。 ハンナラ党の女性党首の朴代表とともに、次期大統領候補の最有力だったソウル市長が上記のテニスコート問題で一気に窮地に立たされているからだ。イ市長にとっては、世界中が注目したソウルのチョンゲチョン環境修復事業竣工という最大の追い風が一気に逆風に変わったと見るべきか!
いずれにしても、一時の流行、あだ花として揶揄されてきたウリ党やノムヒョン大統領人気は、新たな政治的な潮流、すなわち「左派新自由主義」と相まって、韓国に新たな政治シーンをつくりだす可能性もある。 理由は問わず、何がどうなっても政権交代が起こらない日本と比べ、ウリ党やその議員が新人ばかりで云々と揶揄、批判されながらも政権交代が起こっている韓国の方が、よほど民主的で、エキサイティング、政治がひとびとの日々の生活のなかに息づいていると感じる。 今回は、環境調査でソウルを訪問したが、 それを実感したソウルの短い滞在だった。 |