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小泉首相の再訪朝は大失敗!? 青山 貞一

掲載日:2004.5.22

 小泉首相は5月に入り唐突にDPRK(北朝鮮)を再訪問し、拉致被害者の家族を日本に連れ帰ると言明した。この再訪朝の時期が閣僚や自民党議員の国民年金問題が顕在化し、国民的な関心事となっていたこと、小泉首相自身も国民年金未加入問題で週刊誌などのマスコミから徹底追及されていたこともあって、国民年金問題を隠蔽するためのメディア戦略的な再訪朝ではないかという憶測を呼んだ。

 以下の日刊ゲンダイの記事にあるように、事実、再訪朝の日程を発表して以降、小泉首相が再訪朝する5月22日まで、日本のマスコミは連日連夜、再訪朝問題を堰を切ったように報ずる展開となった。

 その意味で小泉首相の再訪朝と言う大イベントは、疑惑隠しに大きな効果を発揮したことにる。そして首相サイドのメディア戦略は大いに成功したかのように思えた。

 しかし、再訪朝当日の5月22日夜になって小泉再訪朝の実態が次第に明らかになり、その「成果」や「実績」が明るみにでるにつれ安直に再訪朝を評価できなくなってきた。つまり再訪朝は疑惑隠しや参議院選挙対策としては「成功」したとしても、策謀にたけた北朝鮮との外交及び外交術と面で大いに問題があることが明らかになってきたのである。

 産経 日経 東京 朝日 NHKの各記事にあるように、拉致被害者・家族らの記者会見では、小泉首相らに対する痛烈、辛辣な批判と憎悪のオンパレードとなった。それはとくに10人の安否不明拉致被害者家族及び100人とも言われる特定失踪者家族にあって顕著なものであった。なぜなら、安否不明拉致被害者の多くや特定失踪者の一部は、DPRK政府の側近、要職に付いていたと言われており、であるが故に、機密保持の上からDPRKが被害者を日本に「手放さない」と推定されてきたからである。

 周知のように、それら安否不明拉致被害者について、DPRKは1年7ヶ月前の調査報告で、みえすいた死亡説を小泉訪朝団に報告していた。したがって、突然の再訪朝であるなしにかかわらず、再訪朝時には、ジェンキンス氏を含め8名の帰国とともに、その多くが生きていると推定される10人の安否不明拉致被害者及び100人とも言われる特定失踪者についてのより確かな情報をどうDPRKから引き出すかが大きなポイントなっていた。

 しかし、再訪朝団の交渉がまさに「子供の使い」であって、ひょっとするとこれですべての交渉が打ち切られるのではないかという危機感が拉致被害者家族に充満したことは想像にかたくない。事実、横田滋氏(家族会会長)は小泉首相の眼前で今回の訪朝は、「最悪の結果」であったと述べた。

 これら家族会ないし議員連盟の激しい批判を、DPRKの危機を煽ることによって、日本の国家主義を強め、軍国主義に向かわせるものと、言う安直な批判、非難はあたらないと思う。DPRKへの軍事的攻勢ではなく、外交的な対応を重視すればするほど、拙速、稚拙な再訪朝は批判されてしかるべきと思われる。



 次に、今回の小泉訪朝の背後にDPRKへの人道支援がある。

 人道支援の内訳は、25万トン*の米提供と1千万ドル相当の医薬品となっている。日本円に換算すると米で500億円から1500億円、医薬品が約11億円と、いずれもハンパではない巨額である。日本政府がどう否定しようと、今回の拉致被害者の家族の帰国は、この人道支援、経済支援と無関係ではありえない。バーターと言われても仕方がないだろう。見返りであることは間違いない。

 となると、DPRK側は、今回の再訪朝で小泉首相に約束した安否不明拉致被害者らの「再調査」によって、実はよく調査したら3名の生存が確認された、などまさに「ちょいだし」され、その都度、上記のような見返りを案に要求されることになりかねない。これは米国追随に要する巨額な国費の浪費同様、国民からみてきわめて理不尽な支出であると言わざるをえないだろう。

 私見では、DPRKはまさに「ちょいだし」を繰り返すことで、「金づるニッポン」をより強固なものとすることになるだろう。いくら日本が世界第二位のGDPを誇る金持ち国であったとしても、米国追随にともなう国民的リスクと費用と同様、DPRK追随?による国民的リスクと費用の増大は看過できないと思える。

 ところで、先の飯島首相秘書官による日本テレビ訪朝排除事件は、まさに日本政府がDPRKに約束した25万トンの米を人道支援の名の下に提供することを事前に漏らした(報道した)ことによっている。

 飯島秘書官は、報道した日本テレビに「政府訪朝団に同行させない」、「25万トンの人道支援の情報を漏らしたのは誰か」と恫喝とも思える電話連絡をしたことが大問題となったわけだが、まがりなりに先進民主主義国、日本にあるまじき信じられない前代未聞の対応であると言える。ここに小泉首相の本質が見え隠れする。今回の再訪朝のシナリオを巡り官房長官を辞任した福田氏と飯島氏との確執があったと一部報道されているが、もしそうであれば、なおさら今回の小泉首相再訪朝の成果を厳しくチェックする必要があるだろう。

 以下に今回の小泉首相の再訪朝の課題を列記したい。
 
小泉首相の再訪朝の評価について
訪朝日程の公表タイミング
1年7ヶ月前、小泉首相が訪朝した際、その訪朝の具体的日程を民主党の結成大会に会わせた、とされている。今回の5月22日も民主党の代表決定日に会わせたとされている。

いずれも、日程をぶつけることで、新聞、テレビの目を政敵からそらさせる効果をねらったことになる。

もし、これが事実だとすれば、小泉首相の訪朝は1回目、2回目ともに、日程設定の動機が不純であり、きわめて姑息なものだったと言える。

ちなみに、2回目の訪朝日程は、小沢一郎代表代行(当時)が結果的に、自らの国民年金未加入期間が6年間あったことから、辞退することで、意味がないものとなっている。

最大の問題は、政敵を攻撃するのに、拉致問題という国家的な超重要事をぶつけること自体不謹慎であり、許せないことであろう。
拉致被害者・家族の来日

ジェンキンス氏問題

拉致被害者家族の帰国だけなら、何も小泉首相が再訪朝することはないと言える。日本政府がこの問題を1年7ヶ月もほったらかしとしてきたことこそ、批判されるべきである。

ジェンキンス氏の帰国問題は、DPRKでわざわざ1時間もかけ小泉首相が場当たり的にネゴする問題ではない。当然のこととして、あらかじめ調整しておくべきことである。

当然のこととして、小泉政権は、米国政府とあらかじめネゴをしておき、安全を確保した上で、2人の子供と一緒に帰国してもらうべきであった。小泉殊勝な何のために普段、ブッシュ大統領のペット犬となっているのか、と言える。

もっぱら、ジェンキンス氏は、北朝鮮にとどまりたいと言ってきたし、妻の曽我ひとみさんに対しても北朝鮮にとどまって欲しいと言っていた。日本政府は、自分たちの都合で、結果的に夫婦を永遠に北朝鮮と日本の間で引き裂いてしまったと言える。
10人の拉致被害者情報問題
巨額の人道支援は、最低限、10人の安否不明拉致被害者情報の提供を前提とすべきであった。

日本政府は人道支援と拉致被害者問題は別だと言うが、そもそも拉致被害者問題は、人道問題そのものである。

2000億円もの国費を投入し、何一つ10人の安否不明拉致被害者に関する情報を持ち帰って来なかったのでは、子供の使いと言われても仕方ないだろう。

そもそも金書記長との会合時間が全体で90分、通訳に要する時間を差し引けば、その半分の45分である。そんな時間及び時間配分のなかで、まともな交渉ができるはずもない。入手した情報によると、わずか1分ほどしかこの問題に時間を割かなかったようだ。

下手すると、これで拉致問題が幕引きとなる可能性も高い。小泉首相の今回の再訪朝は「犯罪的」なものとなりかねない

このことを小泉首相はどこまで、まともに考えていたのか、理解できない。
非核問題と経済制裁解除
小泉首相は、国交正常化を優先するあまり、10人の安否不明拉致被害者問題、100人と言われる特定失踪者問題、さらに非核化問題に対する優先順位を下げていたと思われる。

小泉首相が出すそもそも包括的な問題解決...と言う言葉は、すべてを曖昧、抽象化する役人用語、官僚用語である。包括的..で、重要な外交を総括すべきではないだろう。

非核化もこの包括的な問題解決..に含まれるが、日本政府の非核問題に対する関心の薄さを露呈したことになりかねない。

さらに小泉首相は、日朝国交正常化宣言(平城宣言)を遵守する限り、法にもとづく経済制裁措置を適用しないと発言している。そもそも成立していない法律についてまで適用しないと言うこと自体立法府にいる首相として大問題だ。これでは日本政府は完全に足下をみられることになる。
日本テレビ訪朝団排除
日本テレビによれば
、飯島首相秘書官は、25万トンの米をDPRKに供与することをあらかじめ漏らしたとして、訪朝団から排除するなどと言明している。

いやしくも民主主義国にあって、日本を代表する大マスコミに、独裁国家のような行為をすること自体、論外である。DPRKを笑えないのではないか。
人道支援と拉致問題
結局、日本外交は経済援助、人道支援の名の下に、巨額の現物供与なくして成立しないことを今回の小泉訪朝も見せつけた。

日本政府は拉致家族救出と人道支援は別だと豪語してきたが、日本外交はたえず、足下を見られていることが今回の一件でも分かった。
今後の外交カード
今回の一件で、10人(安否不明者)とも100人(特定失踪者)とも言われる拉致被害者の救済に、今後日本政府が使える交渉カードはきわめて限られることになってしまった。
結果的に大失敗と言う評価
総じて、小泉首相が拙速に行った再訪朝は、外交、国内政治の両面で大きなプラスにはならず、従前のDPRK政権の延命に手を貸し、10人の安否不明拉致被害者問題の幕引きとなっただけと、言われても仕方がない。

今回の一件で、小泉首相のブッシュ大統領への影響力がいかに小さなものであるかも露呈したと言える。

結果だけでなく、経過を見ても、今回の訪朝はしなかった方がよかったのではないかと思える。

関連新聞記事
日刊ゲンダイ 2004.5.22

 きのう(21日)の夜からきょうにかけて、大新聞・TVはもう、小泉首相の訪朝一色だ。

 蓮池薫さんら拉致被害者はきのう、上京し、東京で家族の来日を待つ。大新聞・TVは「絶対会えると信じている」(地村富貴恵さん)などというコメントを紹介、「期待と緊張」とあおっていた。

 きょうも早朝から政府専用機で飛び立つ首相を生中継。6時前に行われたぶら下がりの会見も速報して、首相の訪朝を盛り上げている。

 「狂騒曲はきょういっぱい続き、明日以降も訪朝一色になりそうです。各TV局は午前11時から始まる日朝首脳会談を報じ、その後、夕方に予定されている小泉首相の会見を生中継する。拉致被害者の家族は夜9時過ぎに羽田に帰ってくる予定ですが、もちろん実況中継。特番に切り替えるTV局もある。国民はウンザリするほど、拉致関係の映像を見せられることになりそうです」(テレビ関係者)

 こうしたマスコミの洪水のような報道に、小泉首相は「シメシメ」と舌を出しているのではないか。

 今度の小泉訪朝は拉致被害者のためでも何でもなくて、政治的保身を最優先したパフォーマンス以外の何物でもないからだ。

 大マスコミだって、そんなことは分かっているのに小泉官邸に協力し、一緒になってバカ騒ぎだからイヤになる。

 訪朝実況中継もいいが、その前に、大マスコミが報じなければならないことは山のようにあるのである。

▼ 官邸の言論弾圧で情けないマスコミは総崩れ ▼

 5月に入って唐突に決まった首相訪朝の裏には、浅ましく卑しい思惑が見え隠れする。

 まず、国民が怒り心頭に発している年金未納疑惑隠しである。狡猾な首相官邸は、訪朝を発表した数時間後に首相自身の年金未納を明らかにした。首相の年金未納は大騒ぎになるはずだったのに、訪朝を控えている手前、首相官邸ににらまれたくない大マスコミは完全に腰が引けた報道になってしまった。

「これぞ、官邸の狙いだったんです。大新聞・TVにとって重大なのは、訪朝で特ダネを抜かれないこと。そのためには首相官邸を怒らせたくない。だから、首相の年金未納はウヤムヤになってしまった。本当にこの政権は浅ましいし、シタタカですよ」(官邸番記者)

不明10人の家族、「解明」進まず怒り・落胆 asahi.com新聞2004.5.22

 前回の小泉首相訪朝で、「死亡」などとされた10人の拉致被害者の家族らは22日、記者会見し、今回新たな情報を引き出せなかったことについて怒りや落胆を口にした。「我々の気持ちを踏みにじった」「まったく子どもの使いに等しい」――。小泉首相に対し「政治家として責任をとるべきだ」という意見も出た。

 「最悪の結果となりました」。「北朝鮮による拉致被害者家族連絡会」(家族会)など3団体の記者会見の冒頭、家族会代表の横田滋さん(71)が顔を真っ赤にして、早口で切り出した。

 「(訪朝は)拉致問題の解決というよりは、日朝平壌宣言を誠実に履行することの再確認が目的だった。早めに終わったというが、もっと時間をかけて交渉すべきだった。落胆している」

 細田官房長官らが午後3時半すぎ、家族らの集まるホテルを訪れて会談内容を説明した。横田さんはその時の様子を「怒りの声が飛び交った。小泉首相に直接会った場合、家族の怒りが強すぎてどうなるかと思うくらいだった」と説明した。

 妻の早紀江さん(68)は米や医薬品の援助に疑問を投げかけ「向こうは少しずつ交渉を続けていくということだ。(小泉首相は)にこやかに握手して別れた。本当に怒りを感じる。なぜちゃんとしないのか」。

 田口八重子さんの兄飯塚繁雄さん(65)は「これではまったく子どもの使いに等しい。先行き真っ暗な気持ちです。長い間家族として待ちこがれているのです。既成事実が出来ていく」と力が抜けた様子で話した。

 「小泉総理は屈辱的な約束をしてきた」と増元照明さん(48)は声を張り上げた。増元るみ子さんの弟だ。

 拉致被害者の3家族がそろって帰国できないのに、首相が「人道的支援」を約束し、経済制裁をしないと言明したことに「ブルーリボンで我々家族の気持ちを持っていってもらったのに思いが伝わらなかった」と話した。

 有本恵子さんの父明弘さん(75)は「小泉さんは最低のことをやった。政治家として責任を取るべきだ」と語気を強めた。

 市川修一さんの兄、健一さん(59)は10人の再調査について「期限を切って強く迫るべきだった」、健一さんの妻龍子さん(58)は「主権が侵されていることを何も質問しなかったのか。おかしな国は日本じゃないか」。

 また、拉致議連の平沼赳夫会長も、小泉首相が経済制裁しないことを約したことなどに「安易な妥協をしたことは免れない」と批判した。

 政府は未認定だが拉致の疑いが指摘されている特定失踪(しっそう)者について、22日の日朝会談を終えた小泉首相からは言及がなかった。

 東京都文京区の特定失踪者問題調査会事務所で記者会見の中継を見た札幌市手稲区の斉藤由美子さん(67)は、「わずかな望みを持っていたが、それも消えた」と涙ぐんだ。斉藤さんの弟、裕さんは、68年12月に北海道稚内市で行方不明になった。 (05/22 23:26)