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今なぜ、焼却炉のダイオキシン測定を簡素化するのか

池田こみち

掲載日:2005.2.21

 2004年12月27日、環境省はダイオキシン類対策特別措置法の施行規則を一部改正する省令を公布し、同日施行した。この分野の専門家以外はほとんど関心を示さなかった今回の改正がどのような課題を含んでいるのか、改めて検証してみたい。

 改正のポイントは;

●焼却能力が2t/h未満(日量48t未満)の焼却炉に限り、排ガス、ばいじん、燃えがらに含まれるダイオキシン類の測定分析方法として、現在の公定法(高分解能ガスクロマトグラフ質量分析)に加えて生物検定法による簡易測定法を用いることができる。

 簡易測定法とは;
 @ダイオキシン類がアリール炭化水素受容体に結合することを利用した方法
 Aダイオキシン類を抗原とする抗原抗体反応を利用した方法。

 つまり、小型焼却炉については、現行法で年に1回以上義務づけられているダイオキシン類の自主測定方法について、時間と費用のかかる現在の分析法を用いなくても、短期間で分析が可能で廉価な簡易法(異性体ごとの毒性等量は検出されず、全体の毒性等量濃度のみが計測される)を用いてもよい、ということである。

 もう少し詳しくこのような改正に至った背景と経過を説明しておこう。

<背景と経過>
 2000年1月にダイオキシン類対策特別措置法が施行されてから、5年が経過し、ダイオキシン類の環境中への排出量やダイオキシン類濃度も大幅に改善され一定の効果が認められる。そうしたなか、この間、一定規模以上の焼却炉等(産廃・一廃を含む)については、自主的に発生源の排ガス・煤塵・燃えがら等に含まれるダイオキシン類を年1回以上測定し届け出ることが義務づけられきたが、国が定めたダイオキシン類の測定方法では、測定分析に時間がかかり、なおかつ費用が高額であるために、事業者の負担も大きく、また、自主測定の実施率も8割程度となっていることから、この機会に、より廉価で分析に要する時間も短い「簡易法」を公定法として位置づけることが有効であると考えた。ということである。

 環境省では、既に、2003年度に専門家による「ダイオキシン類簡易測定法検討会」を設置し、年5回検討会を開催し、技術面の現状と課題を整理し、公定法としての導入の可能性等についての報告書をとりまとめ公表していた。今回の施行規則改定に係る意思決定過程は以下の通りである。

・平成16年7月1日   中央環境審議会大気部会(第14回)に対して「ダイオ
               キシン類の測定における簡易測定法導入のあり方につ
               いて」諮問
・平成16年09月30日第15回 中環審大気部会開催
・平成16年10月01日〜22日 パブリックコメント募集(38件:延べ意見数92件)
・平成16年11月12日第16回 中環審大気部会にて答申とりまとめ
・平成16年12月27日 ダイオキシン類対策特別措置法施行規則の一部改正
               省令の公布及び施行
・同日〜平成17年1月27日  簡易測定法の技術公募
・平成17年1月14日  第1回ダイオキシン類簡易測定法技術評価検討会開催

 上記をみると、一応の手順は踏んだ上で、施行規則を改正していることがわかるが、果たして、それでよかったのか、課題を整理してみたい。パブリックコメントの中身を見ると、事業者側(測定の対象となっている焼却炉などの所有者)と測定分析機関からの意見が多く、対象範囲をさらに拡大すべきであるとか、もっと早くこうした改正を行うべきであった、といった改正に賛成の声が多く寄せられている。

<課題>
 さて、今回の改正は、市民の立場から見てどのように評価することができるだろう。

 まず、前提となっている現行のダイオキシン類測定分析法(公定法)の費用が高くて時間がかかる、ということについてだが、国内には既に150社以上もダイオキシン類の公定法による測定分析が可能な分析機関があり、費用は必ずも以前のように高価ではない。現在のダイオキシン類測定分析市場の分析はどのように行われたのかが疑問である。また、ダイオキシン類の排出量は十分に下がり濃度も改善されたというが、現行法制度下の測定分析では必ずしも実態を反映しておらず、事業者による届け出の数値をもって必ずしも改善されてきているとは判断できない。といった前提に関しての疑問がある。しかし、それをさておいても次のような大きな課題があることを指摘しておきたい。

●排ガス濃度や煤塵、焼却灰などのダイオキシン類濃度は、それぞれ排出規制値が定められたものであり、それを超える濃度であった場合には、操業停止といった行政処分が課せられる非常に重要な意味をもつ測定であり、数値である。そうした処分につながるような測定分析を、現時点で分析精度や方法等の技術面でもまだまだ安定していない簡易法、しかも分析機関の中でも手がけている機関が少ない方法でよしとするのか、疑問である。

●異性体ごとの毒性等量濃度が検出されないと、検証や評価が難しく、行政処分の前提となる測定分析には不向きではないのか。

●簡易法で基準値を超えた場合には、どのような措置をとるのかが不明確である。 法律には公定法でやりなおしとの指示はないが、簡易法で超過した場合、公定法でやり直すのであれば、良好な燃焼状態でやりなおすことが目に見えている。また、簡易法は安価であるということで、規制値をクリアするまで繰り返し測定分析を行い選択的なデータを届け出る、といったことも考えられる。

●HR−GC/MSを用いた現行公定法と比べて、分析費用が安くなると期待されているが、公定法による分析費が値下がりしている一方で、簡易法は意外に相場が高い模様(某大手民間分析機関によれば、1検体5〜7万円程度とのこと)であり、必ずしも負担が少なくなるかどうか疑問である。簡易法に対応できる測定業者が少ないことから従来の方法より格段に利幅が大きい可能性があり、そうした技術をもつ分析機関から施行規則改正への圧力はなかったのか。意見書の中には、「現行公定法は、分析に多大な時間と費用がかかるとあるが、現行公定法においても価格の低下により、簡易測定法との差が縮まっていると予想されるので、実際の平均時間と費用が提示されないと判断しかねる。」といった意見が寄せられている。

むしろ、HRGC/MS分析に係るの国内のハード・ソフトのストックを有効に活用する方向を考えるべきではないかという指摘も頷ける。

●簡易法の場合でも、排ガスの場合には、煙突にプローブを差し込んでの排ガスのサンプリングは必要となるはずであり、費用のかかるその部分が現行公定法と同じであれば、その後の分析だけを簡易にしても事業者が期待するほど安価にならないのではないか。

●現時点では、小規模炉のみを対象としているのは、一見合理的に見えるが、小規模炉の方が基準値が格段に甘いこと、古い炉、既存炉が多く含まれる可能性が高いことから、本来は問題が多い可能性が高い。そうした分野から簡易法による測定分析を導入すること自体、問題ではないのか。自主測定の実施率が上がっても、それが実態を反映したものであるかどうかはわからない。

●当面は、小型焼却炉のみ、しかも排ガス、煤塵、燃えがらのみを対象としているが、今後、大型炉への拡大も検討されている。焼却炉やガス化炉など廃棄物処理施設でのごみ処理の実態は、プラスチック廃棄物の焼却や合わせ産廃の焼却など今まで以上に複雑化しているのが現状であり、排ガス中の有害物質の監視も一層強化されることが必要であるにもかかわらず、なぜ、発生源の側、すなわち事業者側の負担を先に軽減するのか。

●焼却炉等の排ガスのモニタリングについては、各地で連続サンプリングによる連続的な監視システムの導入が市民の側から強く求められている。市民の健康や地域の環境を守る立場の環境省がなぜ連続監視の導入に消極的で、簡易測定の導入に積極的なのか、疑問である。

 ともあれ、すでに矢は放たれたのであり、技術の公募は終了し、技術評価検討会が検討に着手している。早晩、公定法の簡易法が決まることになるが、果たしてそれでよかったのか、市民の立場からも監視しておく必要がある。

 ダイオキシン類のモニタリングに関して言えば、現在、環境中のダイオキシン類のモニタリングは大気、公共用水域(海域、湖沼、河川)及び底質、そして地下水について、毎年12000検体余りの測定が行われている。環境中の濃度が低下してきたとすれば、財政が逼迫する中、むしろ見直すべきは、膨大な環境中のダイオキシン類のモニタリングの適正化ではないだろうか。

 特に大気については、年平均値で0.6pg-TEQ/m3という環境基準との適合性を評価するために実施している年間4000検体に迫る測定分析のあり方についてこそ、見直すべきである。筆者らは、この6年間、松葉を生物指標とした効率的な大気中ダイオキシン類濃度の監視活動を通じて、大気中ダイオキシン類濃度の監視のあり方について学術的な報告を行うとともに、問題提起をしてきたが、いっこうに耳を貸さない国の態度はいかがなものか、と改めて思う。 発生源の監視を甘くすれば、せっかく改善されてきた環境中の濃度もまた逆戻りしないとも限らないからである。

 なお、今回の施行規則改定の中でもうひとつ、重要な改正が行われた。それは、焼却灰・煤塵・燃えがらの処理基準の扱いである。

 従来の3ng-TEQ/gという処理基準について、以下の処理を行った場合には、適用しないこととなったのである。

@セメント固化施設を用いて安定化したもの
A薬剤処理施設を用いて化学的に安定化したもの
B酸その他で重金属類を溶出させた上で脱水沈殿し、金属が溶出しない状態にし、又は精錬工程において金属を回収する方法

 つまり、焼却灰等についても同様の簡易法が適用できるが、さらに、@〜Bの方法で処理した場合には、3ng-TEQ/gを超えたら処分できないという規制基準を適用せず、そのまま管理型処分場に処分あるいは再利用ができるということである。

 これについても今後、別途課題を整理してみたい。