本紙(琉球新報)が入手した外務省機密文書「地位協定の考え方」を特集で全文公開する。
長く県民を苦しめる政府の基地行政の実態と地位協定の本質を知る資料として広く活用され、改定に向けた論議の一助となることを期待したい。
同文書は表紙に「秘 無期限」の指定印がある。沖縄が本土復帰した翌年の一九七三年四月に作成され、以後、基地行政に携わる外務官僚らの「虎の巻」「バイブル」として、策定後三十年を経てなお活用されている。
外務省が存在すら否定する資料の中に、基地を抱える沖縄住民の苦悩の源流を随所に読み込むことができる。
政府や外務官僚らの苦悩ぶり、地位協定の条文規定を超える米国優位の基地運用、そのための条文の拡大解釈運用の“妙技”も読める。
「沖縄」もふんだんに登場し、在沖米軍基地の運用実態も垣間見ることもできる。
残念ながら一部ページの欠落、判読不明個所もあり、完全な形ではない。また機密文書の存在も同文書は示しているが、本紙もすべては入手できていない。
だが、沖縄県も外務省に開示を要請しており、基地問題の抜本解決に向け、いっそうの情報開示が進むことを期待したい。
(地位協定取材班)
【本文の見方】
(1)目次に続く数字は原文ページ
(2)網かけ部分は「注」を示す
(3)原文の強調ルビ「。。。。」は、編集の都合上、紙面ではサイドライン「―」で示した。
(4)四七、四八ページと目次の「第二十六条(発効・予算上及び立法上の措置)一三三ページ」「第二十七条(改正)一三四ページ」「第二十八条(終了)一三五ページ」は欠落。
(5)明らかな誤植以外は、旧字体も含め原文のままとした。
[秘 無期限]
昭和四八年四月
日米地位協定の考え方
外務省条約局
アメリカ局
【はしがき】
現行安保条約とともに締結された地位協定については、その締結当時作成された擬問擬答集、地位協定逐条説明等があるが、その後十余年が経過し、この間国会等において種々の問題が提起され、そのつど、多くの答弁資料・参考資料等が作成されて来ている。本稿は、執務に資するため、国会議事録及びこれら資料等を能う限り参照しつつ、地位協定の法律的側面についての現時点における政府としての考え方を綜合的にとりまとめたものである。なお、本稿は、条約課担当事務官の執筆になるものである。
昭和四八年四月
条約課長
安全保障課長
【目次】
〔一般国際法と地位協定〕…一(ページ)
〔日米地位協定の一般的問題〕…二
〔第一条〕(米軍人等の定義)…五
一 米軍構成員の定義…五
二 軍属の定義…六
三 家族の定義…七
〔第二条〕(施設区域の提供、返還、共同使用)…一〇
一 施設・区域の提供…一〇
二 施設・区域に関する協定の再検討、返還…一七
三 II―4―(a)共同使用(三条使用を含む。)…一七
四 II―4―(b)共同使用…二一
〔第三条〕(施設・区域内外の管理)…二七
一 施設・区域の管理権(施設・区域の法的性格)…二七
二 施設・区域の近傍における措置…三二
三 電気・通信関係に関する措置…三四
〔第四条〕(返還施設・区域の原状回復・補償)…三六
〔第五条〕(船舶・航空機等の出入・移動)…三八
一 施設・区域外の港・飛行場からの出入国…三八
二 施設・区域たる港・飛行場からの出入国(原潜寄港問題を含む。)…四二
三 日本国内における移動の自由…四四
〔第六条〕(航空交通)…四六
一 航空交通管理・通信体系の協調・整合…四六
二 領空侵犯排除措置関係…五〇
〔第七条〕(公益事業の利用)…五二
〔第八条〕(気象業務の提供)…五四
〔第九条〕(米軍人等の出入国)…五五
一 出入国及び在留…五五
二 強制退去…五六
〔第十条〕(運転免許証及び車両)…五八
〔第十一条〕(関税・税関検査)…六〇
一 関税免除…六〇
二 税関検査…六二
三 特権乱用防止のための協力…六二
〔第十二条〕(調達・労務)…六四
一 調達に関する一般的問題…六四
二 調達物資の免税…六五
三 労務問題…六六
〔第十三条〕(課税)…七一
〔第十四条〕(特殊契約者)…七三
〔第十五条〕(才出外資金諸機関)…七五
〔第十六条〕(日本法令の尊重)…七八
一 米軍に対する日本法令の適用(一般論)…七八
二 第十六条の意味…八一
〔第十七条〕(刑事裁判権)…八二
一 米軍当局の裁判権…八二
二 日本側の裁判権…八四
三 専属的裁判権…八五
四 競合裁判権の分配…八六
五 逮捕・身柄引渡し等の相互協力…八九
六 被告人の保護…九一
七 警察権(施設・区域内とその近傍)…九三
八 警察権(施設・区域外)…九六
九 その他…九七
〔第十八条〕(民事請求権)…九八
一 防衛隊の財産に対する損害…九八
二 国有財産に対する損害…一〇〇
三 軍人の公務中の死傷…一〇二
四 米軍の公務中の行為による私人の損害…一〇三
五 海事損害…一〇八
六 軍人等の公務外の行為による損害…一一二
七 民事裁判管轄権・調停…一一三
八 その他…一一四
〔第十九条〕(外国為替管理)…一一六
〔第二十条〕(軍票・軍用銀行施設)…一一七
〔第二十一条〕(軍事郵便局)…一二〇
〔第二十二条〕(在日米人の軍事訓練)…一二一
〔第二十三条〕(軍及び財産の安全措置)…一二二
〔第二十四条〕(経費の分担)…一二三
一 日本側が負担すべき経費…一二三
二 米側が負担すべき経費…一二八
三 共同使用施設・区域の経費分担…一三〇
〔第二十五条〕(合同委員会)…一三一
〔第二十六条〕(発効・予算上及び立法上の措置)…一三三
〔第二十七条〕(改正)…一三四
〔第二十八条〕(終了)…一三五
【一般国際法と地位協定】
地位協定(外国に駐留する軍隊の当該外国における地位につき当該軍隊の派遣国と接受国との間で締結される協定)は、主として第二次大戦後に関係国間に締結されたものであり、その典型的なものとしては、ナト当事国間のナト地位協定(一九五一・六・十九署名)がある。日米地位協定も基本的にはナト協定を踏襲したものである。
地位協定が第二次大戦後の一般的現象となった理由としては、次のことが考えられる。
即ち、第二次大戦以前には、特定の例外的場合を除き、平時において一国の軍隊が他国に長期間駐留するということが一般的にはなかったということである。いわゆる戦時占領的な駐留は、歴史的に多々存在したが、この場合には、一方が勝者であり他方(被占領国)が敗者であるという関係から、被占領国における占領軍の地位は、そもそも問題になり難い面があったろうし、又、戦時占領に関連する特定の問題については多数国間の一般的条約で一定の準則が設けられた(一九〇七年の陸戦ノ法規慣例ニ関スル条約)。ところが、第二次大戦後には友好国の軍隊が平時において外国に駐留することが一般的になり、かかる軍隊の外国における地位を規律する必要が生じたことである。この場合、従来、外国に寄港中の軍艦の地位については一般国際法上一定の原則が確立していたとみられる(例えば当該軍艦内における刑事事件については旗国が第一次裁判権を有する等)が、これも必ずしも網羅的なものではなく、又、陸上に平時において駐留する外国軍隊の地位については歴史的な実績がないため一般国際法といえる如き原則は存在しなかった(従来、歴史的に問題になりえたのは、たかだか他国の領域を通過中の外国軍隊の地位であり、この場合についても何が一般国際法上の原則であるかについては必ずしも確立したものは存在しなかった。)ので、一般に第二次大戦後の右で述べた如き外国軍隊の地位を明確に規律するために地位協定が必要とされたものである。
【日米地位協定の一般的問題】
安保条約第六条第二文は、「……施設及び区域の使用並びに日本国における合衆国軍隊の地位は、……行政協定に代わる別個の協定……により規律される」旨定めており、地位協定は、右の「別個の協定」として締結されたものであるが、安保条約第六条及び地位協定に共通する問題として次の諸点がある。(なお、安保条約第六条の一般的考え方については昭和四八年二月五日付け条・条ペーパー参照)
1 安保条約第六条第二文及び地位協定の標題にある「日本国にある合衆国軍隊」との関連で、「在日米軍」とは何かということが問題とされる。「在日米軍」については、安保条約及び地位協定上何ら定義がなく、「日本国にある合衆国軍隊」と同義に使用される場合には、(イ)(事前協議に関する交換公文にいう)日本国に配置された軍隊、(ロ)寄港、一時的飛来等によりわが国の施設・区域を一時定に使用している軍隊、及び(ハ)領空・領海を通過する等わが国の領域内にある軍隊が含まれることとなる(注1)。
(注1)「装備における重要な変更」に関する事前協議が前記(ロ)及び(ハ)の軍隊にも適用があることにつき政府の考え方は一貫している。(ロ)の軍隊につき地位協定の適用は明らかであるが、(ハ)の軍隊についても、例えば、領空通過中の米軍機がわが国において墜落して民家に損害を与えた場合等の補償問題が地位協定第十八条により解決されることからも明らかである。
以上から明らかなとおり、第三国を本拠として駐留する軍隊であっても、前記(ロ)又は(ハ)に該当することとなる限り「日本国における合衆国軍隊」として安保条約及び地位協定の適用を受ける。これらの軍隊が日本の領域内において在日米軍司令官の「指揮下」に入るか否かは本質的には米軍内部の問題であって安保条約及び地位協定の問うところではないと考えるべきである(注2)。
(注2)この点については、日本に配備された軍隊と一時的に日本にある軍隊とに分け、前者については在日米軍の指揮下に入るであろう、後者についてはその区署を受けることとなろうとの説明が行なわれることがある(例:衆・安保特五月四日及び十八日議事録、山内一夫「施設及び区域」時の法令昭和三五年第三六一号)が、本質的にはこれらの点に拘わる必要はないと考える。
また、在韓国連軍たる米軍がわが国にある際は「在日米軍」であるか「国連軍」であるかという議論は、これら米軍の日本国における地位が安保条約・地位協定により規律されることとなっている(吉田・アチソン交換公文等に関する交換公文第三項)ので実益がない。(注3)
(注3)この点については、「このような軍隊はある場合において国連軍たる性格と在日米軍たる性格と二重に持っている」との趣旨の岸総理答弁がある(衆・安保特四月十三日議事録)
2 安保条約第六条は、施設・区域の使用を許される主体として「(アメリカ合衆国の)陸軍、空軍及び海軍」を挙げているが、ここにいう「陸海空軍」とは、米軍隊を綜合的に表現したもの、即ち、米国の軍隊に属するもの全部の意と解すべきであって、施設・区域を使用する特定の部隊が米軍隊であると観念される限り、当該部隊の名称が陸海空軍のいずれにも当らなくても問題はないと考えるべきである。ちなみに、英文も「land, air and naval forces」とあって例えば「army,air force and navy」となっていないのは、通常の陸軍、空軍、海軍を意図した規定でないことの証左である。この点については具体的には海兵隊及び沿岸警備隊(後者は、ロランC―施設・区域―の運営維推に当っている)が問題とされるが、一九五六年の Armed Forces Act の第一〇一条は、「軍隊とは陸軍、海軍、空軍、海兵隊及び沿岸警備隊をいう」旨規定している。特に問題とされる沿岸警備隊は、平時は運輸省に所属する(戦時は海軍の一部として行動)が、いずれにしても常時米軍隊の一部である旨規定されている(The Department of Transportation Act of October 15,1966)。(注4)
(注4)ちなみに、「日本における沿岸警備隊の活動は、米国防省の任務を支持するものであり、沿岸警備隊の指命と同時に在日米軍司令官の指令下にある」旨の在日沿岸警備隊指揮官の昭和三四年六月十六日付米保長宛書簡がある(本件書簡が国会等で引用されたことはない模様)。
3 次に、安保条約第六条に基づく施設・区域の提供は、米軍隊に対してなされるものであり、従って、米軍がこれら施設・区域を利用して第三国軍人を訓練することは認められない。この点は、昭和四六年六月十七日の沖縄返還協定署名に際してのマイヤー駐日米大使の声明においても「地位協定が沖縄返還と同時に沖縄に適用され、同協定には日本における第三国人の軍事訓練を許可するいかなる規定もないことにかんがみ、米国政府は、米陸軍太平洋情報学校を沖縄から撤去します。」旨述べられている。
なお、第三国人が視察、連絡等のため施設・区域を訪問したりすることがあるが、かかることは、米軍が同意する限り、わが国民による場合を含め、当然認められてしかるべきである。なお、右の第三国人は、地位協定非該当者であり、従って、出入国に当って通常の手続を踏むべきことは当然である。
4 最後に、施設・区域の使用は、米軍隊に対して認められるものであるから、軍の機関ではない通常の米政府機関が施設・区域を使用することは認められない。従って、沖縄返還前に沖縄で通常の政府機関として活動していたFBIS(外国放送情報局)は、そのままでは復帰後施設・区域の使用を認めえなかったので交渉の結果、米側は、これを在沖縄米陸軍の一部に編入するとの内部手続をとった。(注5)
(注5)FBISの任務は、外国(主として共産国)の通常のラジオ放送を傍受し、これをとりまとめたもの等を米政府機関に配付することであり、CIAの管轄下にある(政府としてはCIAということはできる限り避けている。)。FBISの機関は、在京米大使館の一部としてその人員を有しており、財政その他管理面で同大使館の援助を受けている。なお、千歳の米通信基地(施設・区域)の中にもFBISがあり、これも、沖縄の場合と同様、米陸軍に編入されている。
復帰前後を通じて沖縄のキャンプ桑江(復帰後施設・区域)で活動していた米国務省の一機関たるAID(後進国援助を任務とする。)は、復帰後その実体が明らかとなり、昭和四八年三月AID事務所は、施設・区域外に移転された。(注6)
(注6)沖縄のAIDの主たる任務は、米軍の廃品を譲り受けこれを援助に振り向けるための軍隊との調整・連絡等であったので、米側としてはAIDのかかる活動は、軍隊としての側からみれば必要(廃品の処理)な活動であるので地位協定上問題なしと判断していたものとみられる(米軍は、安保条約・地位協定違反をしないとの建前からすれば、日本政府としては少くともこのように説明せざるをえない。)が、いずれにしろ米政府の通常の機関が施設・区域内に事務所を構えて活動することは地位協定上説明が困難なので、交渉の結果、米側としても当該事務所を施設・区域外へ移転させることとしたものである。
〔第一条〕
地位協定第一条は、この協定の適用上、米軍構成員及び軍属並びにそれらの家族を定義する。
一 米軍構成員の定義
1 米軍構成員は、「日本国の領域にある間におけるアメリカ合衆国の陸軍、海軍又は空軍に属する人員で現に服役中のものをいう」(第一条(a))のであるから、米軍の現役軍人であれば、その者が日本国の領域にある間は、協定上の米軍構成員に該当する(このような者がわが国に入国する際には、通常の場合は、当然第九条の規定する旅行命令書を携行する。)。
2 「日本国の領域にある間における」は、「人員」にかかるものであって、「アメリカ合衆国の陸軍、海軍又は空軍」にかかるものではない。従って、構成員の所属部隊がわが国に駐留しているか否かは、問題とならない。わが国に来日する米軍構成員が在日米軍司令官の指令下に入るか否かも本質的な問題ではない。
3 第九条3項にいう旅行命令書には休暇命令書(leave order)も含まれると解されているので、第三国に駐留する米軍人がかかる命令書を携行してわが国での休暇のため来日する際も協定上の米軍構成員である。この点ナト地位協定では、締約国の陸海空軍に属する人員で「その公務に関連して」北大西洋条約区域内の他の締約国の領域にある者をいう云々と定義されている(第一条1項(a))ので、第三国に駐留する軍人が休暇で入国する場合は当該国においてはナト地位協定上の軍人には該当しないと解されている。しかし、実際には、別途二国間協定で右の如き休暇中の軍人も地位協定上の軍人とする旨の合意が行なわれたり(例えば一九五二年四月の米加間の交換公文、一九五九年八月の米西独間の休暇軍人の地位協定)、また、実際上そのように扱う国(例えば仏)があったりして、全体として日米地位協定と大差ない運用が行なわれているものとみられる。
4 地位協定上米軍構成員には国籍上の要件はないので、日本人であっても米軍の現役軍人であれば地位協定上の米軍構成員に該当することとなる。この点でかって問題となったのは、米国滞在中に米軍人となった日本人が米軍構成員として来日後わが国において脱走した場合、かかる脱走兵の逮捕につきわが国は協定第十七条5項に規定する米軍への協力義務があるかという点であるが、条約解釈としては積極に解さざるを得ない。他方、かかる日本人が日本以外の地で脱走した後にわが国に入国した場合には、かかる脱走兵の入国は、米国の公けの意思に基づくものではないから、当然協定第九条3項に定める旅行命令書を所持して入国できるとは考えられず、従って、地位協定上の米軍構成員には該当しないと解すべきである(この点は、第三国で脱走して来日する米国人たる脱走兵についても同様に解すべきである。)。(注7)
(注7)この点については、米側がかかる脱走兵を在日米軍部隊に配置換えする等の方法により、当該脱走兵の入国が本人の自由意思にかかわらないことが確認された場合には地位協定上の米軍構成員に該当することとなるとの考え方があるが、かかる考え方は、協定の素直な解釈として無理がある。
5 在京米大使館には、現在十名の海兵隊員が警備員として勤務しているがこれらの者は、在日米軍の任務からは分離されており(この点を確認した米側の書簡が昭和二七年当時わが方に発出されている。)、その身分は、大使館職員(役務職員)として外務省に通報登録された上、身分証明書の発給を受けており、大使の指揮監督に服するものである。従って、これらの者は、米大使館付武官の場合と同様、軍人ではあっても、「現に服役中のもの」には該当しないものと解され、従って、地位協定の適用はない(この点の議論については、昭和四八年四月四日、衆・外議事録参照)。
二 軍属の定義
1 「軍属」とは、米国国籍を有する文民で「日本国にある合衆国軍隊」に「雇用され」、又はこれに「勤務し」、若しくはこれに「随伴する」ものをいうと定義されている。ただし、通常日本国に居住する者及び第十四条1の特殊契約者は除外され、また、日米両国の国籍を有する者で米軍が入れたものは、米国国民とみなすことになっている(第一条(b))。
2 以上から明らかなとおり、日本以外の地に駐留する米軍隊の軍属が来日する場合には、たとえ公務である場合にも地位協定上の軍属には該当しない。また、米国籍を有しない第三国人は、地位協定上の軍属ではない。行政協定の合意議事録には、米軍が雇用する第三国人高級技術者を軍属に含める問題を合同委員会で検討すべき旨の規定があったが、地位協定の合意議事録ではかかる規定は削除されている。米軍の雇用する第三国人は、地位協定上何らの特権等を有さず、出入国を含めすべてわが国の法令が規律するところによる。
3 軍属と米軍との関係は、雇用契約に基づくものが大部分であり、「勤務」ないし「随伴」という関係のものはむしろ例外的なものである。「雇用」された者とは、「日本国にある合衆国軍隊」によって雇用されているもの一般で、在日米軍才出外機関の被用者、在日米軍が運営する船舶、航空機の乗組員を含む。「勤務」する者としては、米国赤十字職員とか在日米軍と契約関係にある特殊技術者がある。「随伴」する者としては、軍用銀行の被用者等米軍の活動に欠くべからざるものと認められる諸団体の被用者を含む。
4 「通常日本国に居住する者」であるか否かの判断につき日米間で一致した具体的基準はないのでケース・バイ・ケースに合理的に判断されることとなる。
5 ナト地位協定では、軍属は、締約国の軍隊に随伴する文民であってかつその締約国の軍隊に雇用されているものでなければならない旨規定されている(第一条1項(b))ので、日米地位協定の場合より相当狭くなっている(尤も、国籍要件は日米地位協定の方がより厳しい。)ナト地位協定交渉中、米側は、例えば米国赤十字職員等はナト地位協定第一条1項(b)の軍属に該当しない旨明らかにしているが、日米地位協定上は「勤務」する者として含まれることとなろう。)いずれにしろ、いかなるものが日米地位協定上の軍属に該当するかにつきあらかじめ一般的基準を設けることは困難である(特に「勤務」、「随伴」の判定が難しい)ので具体的ケースに当って合理的に判断して行くほかない。
三 家族の定義
1 「家族」とは、軍構成員又は軍属の家族であって、1配偶者及び二一才未満の子をいうが、2これに該当しない父、母及び二一才以上の子であってもその生計費の半額以上を軍構成員又は軍属に依存するものも「家族」に含まれる(第一条(c))。この定義から明らかなとおり、地位協定上の家族には国籍要件はなく、従って、いわゆる日本人妻も当然これに該当すると解される。(注8)
(注8)わが国の民法上の定義によれば継子及び義父母は家族として認められないが、本項の適用上は右の条件に該当する限り家族に含まれると解されている。又、養子は子に含まれると解されている。
2 専ら第三国に駐留している米軍構成員の家族が当該構成員と離れて単独でわが国にいる場合には、協定上の家族とは認められない。(第三国に駐留する米軍隊の軍属については、当該軍属自身が協定上の軍属ではないから、その家族はいかなる場合でも協定上の家族でないことは疑いがない。)これに関連して、韓国等の日本国外に駐留する米軍構成員等がその家族を日本に在留せしめることは、昭和三三年九月の米軍内部通達により原則として禁止されている由である(安保国会当時の協定遂条解説参照)。
3 右2の点との関連で、第七艦隊に配属されている艦船で、その乗組員の家族がわが国に居住することとなっているという意味でわが国の港がいわゆる「母港」となっている艦船の乗組員の家族は、当該乗組員が海上勤務をしている間も地位協定上の家族に該当すると考えてよいかという問題がある。このような艦船は、通常定期的にわが国に寄港するものであるが、協定を厳格に形式的に解釈すればかかる家族は関係乗組員のわが国の出入に応じてその都度協定上の家族の地位の得喪を繰り返す結果となり、協定の実施上極めて不自然な事態を招くこととなるので、協定の合理的な運用としては、右の如き家族は、関係乗組員の海上勤務期間中も実際上協定上の家族として取り扱うことが妥当であり、従来の運用もそのように行なって来ている。(注9)
(注9)協定の厳格な解釈としては乗組員の留守中は家族に該当しないかも知れないが、実際上協定上の家族として取り扱うことが合理的であるとの趣旨の答弁が昭和四三年三月十二日衆・予二分科で行なわれている。
右の如き考え方に対しては、右の乗組員は、近い将来再びわが国に入ることが確実視される状況の下において海上勤務に従事するのであるから、かかる乗組員の所在は、法的には海上勤務中も潜在的にわが国にあるものと解され、従って、その家族は引続き協定上の家族と解されるとの考え方がある。かかる考え方は、本件を法的に説明し切るという点に利点があろうが、他方、この考え方を押し進めれば、かかる艦船はわが国に配置されたことになるのではないかとの問題を惹起しかねず、「配置」に関する事前協議問題との関係で微妙な点があることを考える必要があろう。
以上の点については、第三国に駐留する陸軍等の家族の場合と同列に論ずる必要はなく、海軍活動の特性という点に着目して合理的な取扱いを行なうという説明で十分対処しうるものと考える。
なお、右と関連した問題として米軍飛行士や軍務により日本国外に出張する米軍人の家族の地位の問題があるが、かかる留守家族についても右と同様に考えてしかるべきであって、「かかる米軍人は、一時的にわが国に居なくても法的には日本国の領域にある米軍人と解する」との趣旨の考え方を敢えてする必要はないものと考える。
4 なお、右2及び3に関連する点であるが、米・西独間地位協定(いわゆるボン協定)には、軍隊の構成員又は軍属が死亡又は転勤した後も九十日間はその家族を地位協定上の家族とみなす旨の規定がある(第二条2項(b))。日米地位協定にはかかる明文の規定はないが、このような場合(その他例えばわが国に配属される米軍人の家族がたまたま当該軍人よりも先に来日した場合、第三国に駐留する米軍人が家族とともに休暇来日中、たまたま急用で家族よりも先に出国した場合等)には、わが地位協定上も自ずと合理的な処理が行なわれてしかるべきであり、十分説明もしうるところと考える。
〔第二条〕
第二条は、施設・区域の提供、返還及び共同使用につき定める。
一 施設・区域の提供
1 第二条1項(a)は、米側は、安保条約第六条に基づき日本国内の施設・区域の使用を許されること及び個々の施設・区域に関する協定は、合同委員会を通じて日米両政府が締結しなければならないことを定めている(第一文及び第二文)が、このことは、次の二つのことを意味している。第一に、米側は、わが国の施政下にある領域内であればどこにでも施設・区域の提供を求める権利が認められていることである。第二に、施設・区域の提供は、一件ごとにわが国の同意によることとされており、従って、わが国は施設・区域の提供に関する米側の個々の要求のすべてに応ずる義務を有してはいないことである。地位協定が個々の施設・区域の提供をわが国の個別の同意によらしめていることは、安保条約第六条の施設・区域の提供目的に合致した米側の提供要求をわが国が合理的な理由なしに拒否しうることを意味するものではない。特定の施設・区域の要否は、本来は、安保条約の目的、その時の国際情勢及び当該施設・区域の機能を綜合して判断されるべきものであろうが、かかる判断を個々の施設・区域について行なうことは実際問題として困難である。むしろ、安保条約は、かかる判断については、日米間に基本的な意見の一致があることを前提として成り立っていると理解すべきである。(注10)
(注10)かかる判断について、常に日米間に意見の不一致がありうるとすれば、単に施設・区域の円滑な提供は不可能であるばかりでなく、わが国が自国の安全保障を米国に依存することの妥当性自体が否定されることとなろう。
以上にも拘らず個々の施設・区域の提供につき米側がわが国の同意を必要とするのは、場合によっては、関係地域の地方的特殊事情等(例えば、適当な土地の欠除、環境保全のための特別な要請の存在、その他施設・区域の提供が当該地域に与える社会・経済的影響、日本側の財政負担との関係等)により、現実に提供が困難なことがありうるからであって、かかる事情が存在しない場合にもわが国が米側の提供要求に同意しないことは安保条約において予想されていないと考えるべきである。(注11)
(注11)このような考え方からすれば、例えば北方領土の返還の条件として「返還後の北方領土には施設・区域を設けない」との法的義務をあらかじめ一般的に日本側が負うようなことをソ連側と約することは、安保条約・地位協定上問題があるということになる。
2 「施設及び区域」そのものに関する定義は、安保条約にも地位協定にも存在しないが、「日本国の安全に寄与し、並びに極東における国際の平和及び安全の維持に寄与するため、」(条約第六条)合衆国軍隊が地位協定の規定に従い日本国政府によって使用を許される建物、工作物等の構築物及び土地、公有水面を中心とし、これらの運営に必要な現存の設備、備品及び定着物を含む観念であるといえよう。このような施設・区域に対しては、米側は、その管理等につき一定の権能を有し(協定第三条1項に規定するいわゆる「管理権」)、又わが国内法上一定の法的地位が与えられる(第三条の項参照)。
3 協定第二条1項(a)は、施設・区域には、当該施設・区域の運営に必要な現存の設備、備品及び定着物を含む旨規定している(第三文)ところ、この「設備、備品及び定着物」とは、その個々の用語につき、これを区別して例示することは困難であるが、一般的には、提供しようとされている施設・区域内に現に存在し、当該施設・区域の運営に必要な動産と解されており、典型的なものを挙げれば給配水設備等の機械や家具等がある。このような設備等が提供時において施設・区域内に存在し、これが当該施設・区域の運営に必要と認めらる限り、右の設備等は、当該施設・区域に含まれる訳である。又、右の「現存の」とは、既に明らかなとおり、施設・区域の提供時に現に当該施設・区域内に存在するという意味であるが、この関連で、例えば建物を構築して施設・区域として提供する場合、その建物の設備等をあわせて提供することができるか(即ち、「現存の」とは、例えば既存の建物を提供する場合にその建物にたまたま備え付けられている設備等を指すのであって、建物を構築して提供する際にそこに設備等を備え付けることまで意味してはいないのではないか)という問題がある。この点については、「現存の」とは、右の如き構築提供の場合に設備等まで建物に備え付けることを意味しておらず、従って、わが方としてはかかる備え付けを行なう協定上の義務はないものとかいされるが、他方において、わが方が何らかの合理的な理由によりかかる備え付けを行なうことを協定が禁じているものとも解されない。従って、リロケーションの場合等新たに建物を建てる際にどの程度の設備等を備え付けるかは個々の事案ごとに定められるべきものであると考えられる。なお、既に施設・区域として提供されている土地、建物等のうちの「設備、備品及び定着物」の改良、これらのものの新たな附加は、第二条1項(a)の施設・区域の提供とは観念されず、従って、米側が自らの責任において措置すべき事柄である(協定第三条合意議事録及び第二十四条参照)。
4 安保条約及び地位協定においては、「施設及び区域」は、常にセットで一つの協定上の用語として使用されているので「施設」と「区域」がそれぞれ何を指すかを論ずることに実益はないが、しいて言えば、「施設」とは、建物(又はその一部)、工作物等の固定施設が提供された場合の観念であり、「区域」とは、土地又は公有水面が単独で提供された場合の観念であるといえよう。(注12)
(注12)以上の如き施設・区域の意味については、昭和四八年三月の衆・予における地位協定第二十四条に関する議論(第二十四条の項参照)との関係で政府の統一見解が大出俊議員(社)より求められ、同議員に対し次の内容の文書が提出されている。
「施設及び区域」の意味について
昭和四八年三月十二日
外 務 省
1 安保条約、地位協定「施設及び区域」そのものに関する定義は存在しないが、その内容は「建物、工作物等の構築物及び土地、公有水面」をいうものと解され、「施設及び区域」の扱いに関する運用は、昭和二七年以来一貫して右のような解釈に即して行なわれている。
2 地位協定第二条第1項(a)第三文の規定は、「施設及び区域」の概念は、当該「施設及び区域」の提供時に現存する設備、備品及び定着物であって、その運営に必要なものが含まれるとの趣旨を述べたものであるが、右の「設備、備品及び定着物」とは、建物、工作物、土地等に備え付けられ、又は附着する物を言うものであって、建物、工作物等が「施設及び区域」そのものであることは、前述のとおりである。
5 個々の施設・区域については、個別の協定が締結されるが、この協定は、通常の政府間協定(行政取極)と観念される。協定には、日本側はアメリカ局長が署名するが、この署名には、合同委員会の日本側代表としての署名の性格と政府間協定の締結のための日本政府代表(このため発令されている。)としての署名の性格がある。(注13)
(注13)右の協定締結は、通例は、合同委員会の合意(日米間で署名)→閣議決定→施設区域に関する日米共通の「附表」(施設・区域の台帳の如きもの)の改正(日米間で署名)という順序で行なわれて来ているが、この場合地位協定第二条1項(a)でいう「協定」の締結には、右のうちの第一段の合同委員会の合意自体が該当するものと考えられているし、実際の処理振りもこの考えに合致している(例えば、右の合意のみを以て米側が使用を開始することがある等)。
右については、閣議決定の前にかかる行政取極の締結が行なわれることは問題である。現に、右の如き合同委員会の合意が閣議段階で否認された例が過去に少なくとも一件ある(二条4項(a)の共同使用に関する協定であったので日米間で必ずしも協定の効力は問題にされずに済んだ。)。右の如き合意がわが方の閣議決定を条件として行なわれていると米側が認識しているとの確証もない。
かって、わが方は、前記順序のうちの「附表」の改正を以って「協定の締結」と考えるべき旨米側に申し入れたところ、米側はかかる考え方を拒否した(施設庁等は、今日でもこの考え方をとっている模様)。
従来の慣行は以上の如くであるので、政治的に問題となりうベき協定を締結する際には、合同委員会における合意(署名)の前に閣議決定を得ておくことが安全である(例えば、沖縄返還の際の施設・区域の提供の場合には事前に閣議決定を得た。)。
個々の施設・区域の協定は、通常、施設番号、施設名、所在地、参照されるべき合同委員会合意覚書番号、主たる使用目的、提供期間、使用条件等を規定する。このほか個々の施設・区域につき「財産受渡書」(通称「実施取極」)が締結され、これには施設番号、所在地、財産の明細、引渡期日、受領期間等が規定されている。(注14)
(注14)個々の施設・区域に関する協定及び実施取極は、合同委員会関係文書であり、合同委員会関係文書は、原則として非公表扱いとすることが日米間で合意されているので、公表されないことになっている。なお、閣議決定及び告示の対象となるのは右協定の主要点を別途文書にしたものである。なお、地位協定の各条についての合同委員会の合意の要旨は、安保国会以来度々国会に資料として提出されており、このペーパーでは原則としてこの要旨を引用する。
6 合同委員会の合意の中には「施設・区域の一覧表及び法律上の記述はできるかぎり日本国の官報及び合衆国軍隊の公刊物に公表する。」との趣旨の規定があり、施設・区域の軍事的性格によっては公表しない施設・区域のありうることを予想しているが、現在はかかる不公表の施設・区域は存在しない(行政協定時代には若干の通信施設につき公表されないものが存在した。)。施設・区域の協定の概要は、施設庁告示として官報に掲載される。(例えば、沖縄返還の際の施設・区域の提供については、施設番号、施設名、所在地、土地所有関係、面積、使用目的等が告示されている。)
7 施設・区域の使用目的について、施設・区域の協定は、通常主たる使用目的を規定するが、このような場合には、米側がその使用目的を基本的に変更する場合(演習場として提供したものを専ら住宅用に使用する如き)には、米側は当該協定の改変を日本側に求めるべきである。また、使用条件が定められている場合には、これに反する使用が認められないことも当然である。(ここでいう使用目的、使用条件がいずれにしろ安保条約第六条の施設・区域の提供目的の枠内のものでなければならないことは論をまたない。)
8 第二条1項(b)は、行政協定の終了の時に米側が使用している施設・区域は、両政府が同項(a)に従って合意した施設・区域とみなす旨規定しているが、ここでいう行政協定の終了の時に米側が使用している施設・区域とは、具体的には、(イ)行政協定の第二条1項に定める手続又は(ロ)岡崎ラスク交換公文(注15)に従って米側の使用に供された施設・区域を指すものであり、第二条1項(b)は、このように行政協定の下ですでに米側の使用に供した施設・区域については、地位協定の下で改めて第二条1項(a)による提供手続を踏まなくともあたかもその手続を踏んで提供したものとみなすという趣旨に過ぎない。
(注15)昭和二七年二月二八日のいわゆる岡崎・ラスク交換公文は、占領中米軍が使用していた施設につき、平和条約発効(即ち、行政協定発効)後九十日以内に行政協定の手続きにより施設・区域とするか否かにつき日米間の合意の成立しないものについての暫定使用を米側に認めたものである。この交換公文により暫定使用が認められたのは五十箇所であったが、地位協定発効までには十九箇所を除き返還されていた。この十九箇所は行政協定期問中に通常の手続による施設・区域となっており、他の通常の施設・区域とともに第二条1項(b)により地位協定下における施設・区域とみなされた。
なお、岡崎・ラスク交換公文は、形式的にも実質的にも既に失効しているものと考えられる。
9 日本側が提供する施設・区域には領海内の水域が含まれうることにつき問題はないが、米軍の海上演習場のうち公海にかかる水域は、日本側が施設・区域として米側に提供したものではない。わが国が公海水域を施設・区域として米側に提供できないことは国際法上明らかであり、地位協定もかかることを予想していない(「日本国内の施設・区域の使用」云々。第二条1項(a))。
米軍の使用する海上演習場のうちの公海にかかる水域については、合同委員会で協議の上一定水域を指定して政府はこれを官報で告示している(注16)が、これは、わが国が当該公海水域に対して近接国として有している利益(「……公海の自由は……他国に与える利益に合理的な考慮を払って、行使されなければならない。」公海条約第二条(4))にも拘らず、わが国が安保条約の目的に鑑み当該水域における米軍の演習を容認することを意味するものであることとともに、かかる演習の行なわれる区域を画定することによって一般航行の安全をはかっているのである。
(注16) 沖縄返還に伴う施設・区域の提供に関する施設庁の官報告示(昭和四七年六月十五日官報号外)は、「地位協定第二条の規定により米国が使用を許されている施設・区域について新規提供及び共同使用等が昭和四七年五月十五日次のとおり決定された」として、新規指定として陸上施設を掲げ、新規指定として公海上の訓練水域を緯度経度により示している。この告示の仕方は、公海水域があたかも協定第二条により提供されたものであるかの如き印象を与える余地を残しているので近く訂正されることになっている。
海上演習場のうちの公海にかかる水域は、右のとおり協定第二条1項(a)によって施設・区域として提供されたものではなく、同規定の精神に従って、米軍がその部分を演習のために使用することを容認したものにすぎないと観念され、従ってこのような意味で米軍に使用を認めたからといって当該水域の公海たる性格はいささかも変更されるものではない。(注17)
(注17) わが国は、ソ連がわが国近海に設定した軍事訓練用の立入禁止区域(公海)につき抗議したことがあるが、これに対しソ連は、わが国も米軍のために公海上に演習水域を設定しているではないかとの趣旨で応酬越したことがある。しかし、以上から明らかなとおり、ソ連の主張は誤りであり、本件演習場に関し第三国との関係上責任を負うのは米国であって、わが国がその国際法上の妥当性等に関しこれを第三国に対し弁護しなければならない法的義務はない。本件演習場の設定との関連で第三国に請求権が生じる場合にもそれは米国と当該第三国との問題である。なお、本件演習場に関する水路通報は海上保安庁が行なっているが、米軍も行なっている。
海上演習場の設定が漁民に与える損害を補償するため「日本国とアメリカ合衆国との間の相互協力及び安全保障条約に基づき日本国にあるアメリカ合衆国の軍隊の水面の使用に伴う漁船の操業制限等に関する法律」(以下「漁業制限法」と略称)が制定されている。本件法律は、領海及び公海の双方における損害を補償するが、領海部分については、施設・区域の提供にかかる補償であり当然日本側が負担すべきものである(協定第二十四条2項)。公海部分にかかる損害の補償は、協定第二十四条2項とは何ら関係なく、政府が国内的にかかる補償を行ないながら対米請求を行なっていないのは米国としては国際法上要求される「合理的な考慮」を払っているとわが国が認定しているからに他ならない(かかる認定に際しては、安保条約に基づきわが国に駐留している米軍が行なう演習のために設定されたものという考慮要因があることについては既に述べたとおり。)。(注18)
(注18)右法律にいう損害とは、演習場の使用により漁業が制限されたことから生じる損害であって、演習中の米軍の行為から生じた損害は当然別途解決されることとなる。(立ち入り禁止水域外を航行中の漁船が米軍の射撃により破損した場合、領海内であれば協定第十八条第5項、公海であれば一般国際法)なお、以上の問題については、昭和三五年五月四日、衆・安保特・議事録参照
なお、公空上の空域設定も公海上の演習場と考え方は同様であり、安保条約の目的に照らして米軍の訓練を許容すると同時に、一般航空交通の安全のために一定の空域を画定し、米軍の訓練を右空域に限定しているものである。
10 施設・区域の提供に当たっては、政府が当該施設区域たるべき土地・建物等につき適当な権原を有していなければならないことは当然である。(注19)
(注19)従来の慣行としては、大部分の場合政府はあらかじめ権原を取得している。なお、この点につき、権原がない場合にも日米間の施設・区域の提供合意は国際約束として有効と考えられるから、その後権原を取得しないことを以て右合意の無効性を政府は米側に対して有効に主張することはできないと解される。
国有財産の提供については、「地位協定の実施に伴う国有財産の管理に関する法律」がその手続を定める。
一般の民公有地については、任意の契約による場合と強制的に権原を取得する場合とがある。後者については、「地位協定の実施に伴う土地等の使用等に関する特別措置法」があり、土地収用法とほぼ同様の手続を定めている。同法は、「駐留軍の用に供するため土地等を必要とする場合において、その土地等を駐留軍の用に供することが適正かつ合理的であるときは、この法律の定めるところにより、これを使用し、又は収用することができる」旨定める(第三条)。(以上の諸点については、山内一夫前掲論文に詳しいので参照ありたい。)
施設・区域の提供と地主との関係に関連する問題として、米軍が安保条約・地位協定に違反して施設・区域を使用した場合(例えば、日本政府の承諾なくして核兵器を持ち込んだ場合)、当該施設・区域の関係地主は、施設・区域の提供の違法性を根拠にあけ渡しを主張できるのではないかとの問題が提起される。かかる問題は、日米両政府間の問題と私人たる地主の権利の問題とを混同するところから生じていることは明らかであって、右の如き違反(純粋に理論的な問題としてしか考えられないが)は、国際約束違反として日米両政府間の問題として処理されるものであり、当該関係地主がかかる違反を理由に提供の違法性を主張できるか否かとは面の異なる問題である。
二 施設・区域に関する協定の再検討、返還
1 第二条第2項は、日米両政府は「いずれか一方の要請があるときは、前記の取極(注:第二条1項(a)にいう個々の施設・区域に関する協定を指す。)を再検討しなければならず、また、前記の施設及び区域を日本国に返還すべきこと又は新たに施設及び区域を提供することを合意することができる。」旨定めているが、これは、当然の規定であって特に問題がない。
2 「合衆国軍隊が使用する施設及び区域は、この協定の目的のため必要でなくなったときは、いつでも、日本国に返還しなけれはならない。」(第二条3項第一文)こともまた当然のことである。米国は、この返還を目的として施殻・区域の必要性をたえず検討しなければならない(同項第二文)。
三 II―4―(a)共同使用(三条使用を含む。)
1 米軍が施設・区域を「一時的に」使用していない時は、日本政府は、「臨時に」そのような施設・区域を自ら使用し、又は日本国民に使用させることができる。ただし、この使用が、米軍による当該施設・区域の正規の使用の目的にとって有害でないことが合同委員会を通じて両政府間に合意された場合に限る(第二条4項(a))。この第二条4項(a)の規定に基づく共同使用は、通常II―4―(a)使用と称される。II―4―(a)使用については、行政協定にも同様の規定があった(第二条4項(a))が、行政協定では、第一に、「施設・区域を一時的に使用していない」云々の部分が「射撃場及び演習場のような施設・区域を一時的に使用していない」云々と規定されていたので、地位協定のII―4―(a)使用の対象は、単に射撃場及び演習場のような施設・区域に限ることなく、あらゆる種類の施設・区域について可能となった。第二に、行政協定では、「日本国の当局及び国民は、それを臨時に使用することができる」となっていたが、地位協定では、「日本政府が……自ら使用し、又は日本国民に使用させることができる。」とし、日本国民の使用の場合は、日本政府の許可を通じて行なわれることが明確にされた。第三に、II―4―(a)使用に際しては、米軍による当該施設・区域の正規の使用目的にとって有害でないことを合意すべきことになっているが、行政協定においては、合意の主体及びその手続が明確でなかったので、これを「合同委員会を通じて両政府間に合意された場合に限る。」旨に改め、手続を明確にした。
2 II―4―(a)使用につき先ず問題となるのは、同項でいう「一時的に」及び「臨時に」の意味であるが、この点については、昭和四八年二月、衆・内等の委員会で問題にされ(例えば二月二一日、衆・内議事録七頁)、政府が用意した統一見解がある。(注20)
(注20)本件統一見解は、三月十三日、大出俊議員(社)に文書で提出されているが、その全文は、次のとおりである。
「地位協定第二条第4項(a)の意味について」
昭和四八年三月十二日
外 務 省
1 地位協定第二条第4項(a)は、米軍に提供されている施設・区域を日本側が臨時に使用することが出来る旨を規定したものであるところ、その趣旨は次のとおりである。
2 日本政府又は日本国民が施設・区域の一部又は全部を使用する必要がある場合、米側としては当該施設・区域を全体として保持する必要があり、したがって部分的にせよこれを返還することは困難であるが、一定の条件のもとでこれを日本側に使用させることが当該施設・区域の正規の使用目的を害しない場合において、かかる日本側の使用を許容せんとするものである。
3 地位協定第二条第4項(a)の趣旨は右のとおりであり、日本側の使用のあり方も個々の事案ごとに異なるので、同項にいう「一時的に使用していない」又は「臨時に使用する」期間も個々の事案ごとに合理的な限度内で定められるべきものであって、それが一般的にどの程度の期間を指すかを具体的に示すことは困難である。かかる見解は、すでに昭和四四年一月十二日の岩間正男参議院議員あて答弁書においても示したところである。
4 なお、個々の事案によっては、結果としては、日本側の使用期限が長期に及んでいるものがあるが、建前としては、米側としてこれを自ら使用しうるとの立場は留保されており、かかる意味で日本側の使用があくまでも限定的であることは、前述の如き地位協定第二条第4項(a)の趣旨からいって当然である。」
II―4―(a)使用が、米側が関係施設・区域を「全体として保持する必要があり、従って、部分的にせよこれを返還することが困難」である状況において行なうことからすれば明らかである。又II―4―(a)使用地に日本側が恒久的施設を構築することがあっても、これは、II―4―(a)による限定的な使用の枠内で行なわれるものであり、直ちにII―4―(a)使用の本質に反するということもできない。(かかる場合の問題は、むしろ、米側として当該日本側使用部分を自ら使用する必要が再び生じた場合の取扱いであるが、このような場合は、運用の問題として日米間で調整を図り、双方にとって受け入れうる解決の方途が求められることとなろう。)更に、II―4―(a)使用の条件として「施設・区域の返還まで」又は「無期限」という期間の定め方があったとしても、日本側使用には、統一見解にある如く基本的な限定性がある以上、右の如き定め方が直ちにII―4―(a)の本質に反するということにもならない。
4 II―4―(a)使用の対象となる施設・区域は、全体としてはあくまでも施設・区域であるので、米軍が全く使用しない施設・区域は、そもそも米軍が現実には必要としない施設・区域であって第二条3項によって返還されるべきものであるとの考え方からすれば、米軍が全く使用しない施設・区域をII―4―(a)使用するということは、本来ありえない筈である。(注21)
(注21)右において「米軍が全く使用しない」とは、たまたま一時的に使用しなくなる(例えば他地域に紛争が発生したため特定の施設・区域から一時的に移動する)ことを指すものではなく、「使用しないこと」がむしろ原則となる如き場合である。従って、米軍がいわゆる有事再使用を行なうことを目的として、II―4―(a)により特定の施設・区域につき日本側使用者(この場合、自衛隊)を留守番としておいておくといった考えは排除される。なお、II―4―(a)使用を認める場合「米軍が合理的な程度に実体的に当該施設・区域を使用している必要がある(さもなくば施設・区域の返還となる。)。」とのわが方の考え方は、昭和四五年夏当時米側に明確にしてある(この点未公表)。
なお、又、米軍が全く使用しなくなったにも拘らず、当該施設・区域全体を一定期間II―4―(a)にした例が過去に全くない訳ではない(昭和四五年の山田弾薬庫等)が、これらは、あくまでも特殊な理由(例えば地主との契約更改に要する期間のII―4―(a))に基づく例外と考えられるべきものである。
5 II―4―(a)使用については、日米政府が自ら使用するか又は日本国民に使用させることができるが、日本政府が自ら使用する権利をとった上で、その使用権に基づいて第三国人に使用させることもできる。板付飛行場における第三国民間会社によるII―4―(a)使用は、右の場合に該当する(昭和四二年五月十九日、衆・内議事録十一頁)。
6 II―4―(a)使用の場合、施設・区域のいわゆる管理権は、日米双方のいずれにあるかが問題となるが、日本側がII―4―(a)により施設・区域を使用する場合にも、米側は、施設・区域の当該部分に対しいわゆる管理権を行使しうるものと解される。ただし、かかる共同使用に関する日米間の取極に従い日本側が必要な措置をとる場合には、米側の管理権の行使は、その限度で実際上排除される。(岩間質問書に対する政府答弁書)。
7 II―4―(a)使用の合意が行なわれる際、合同委員会において通例共同使用者(日本国民)がその使用中に米軍の行為により受けた損害に対し、米側は一切責任を負わない旨合意されるが、この場合、日本政府としては日本国民に一時使用させるに当って右合意に相当する請求権放棄につき当該国民と明確に約定しておく必要がある(実際にもそうしている模様。この場合には、私契約上民事請求権があらかじめ放棄されることとなる。)。
8 国有財産の管理に関する法律は、施設・区域として提供した財産がII―4―(a)使用される場合につき、国は、米軍に使用を許した国有の財産について、協定第二条4項(a)の規定に基づき、その用途又は目的を妨げない限度において他の者にその使用又は収益を許すことができる旨規定している。
9 最後に、いわゆる三条使用の問題がある。三条使用とは、施設・区域について米軍が有するいわゆる管理権に基づいて米軍がその裁量により直接自衛隊とか日本国民に施設・区域の一部の使用を認めることである。かかる使用形態は、行政協定時代から存在していたが、地位協定第二条4項(a)の規定は、行政協定に比し、(イ)一時使用の対象となる施設・区域の範囲に制限を設けなかったこと、(ロ)直接国民が米軍の許可を受けてII―4―(a)使用を行なうことを廃したこと、(ハ)使用条件を合同委員会で明確にすることにより未然にトラブルを防止しようとしていること等を考慮すれば、地位協定では三条使用なるものをできるだけII―4―(a)使用に切り換えようとしていたことは明白であったと思われる。(注22)
(注22)既に行政協定時代にも三条使用については、(イ)米軍が提供施設を協定上の根拠なしに米軍以外のものに使用せしめることは管理権の範囲を逸脱するものではないか、(ロ)土地等の使用等に関する特別措置法第三条により米軍に提供された民有地についてはかかる三条使用は、国内法上適法であるか等の問題が指摘されていた。
尤も、右にも拘らず、地位協定の下においても三条使用は依然として存在しており、従って、国会等においても政府としては三条使用は地位協定上問題はないと答弁しつつ今日に至っている。この点は、岩間質問書に対する政府答弁書においても「自衛隊が施設・区域を使用するのは、地位協定第二条4項(a)による場合に限定されてはおらず、地位協定第三条1項によっても使用することができる。」旨述べられている。
四 IIー4―(b)共同使用
1 米軍が「一定の期間を限って」使用すべき施設・区域に関しては、合同委員会は、「当該施設・区域に関する協定」中に、「適用があるこの協定の規定」の範囲を明記しなければならない(第二条4項(b))。この第二条4項(b)の規定に基づく共同使用は、通常II―4―(b)使用と称される。行政協定にも同様の規定があった(第二条4頁(b)が、行政協定においては、II―4―(a)の場合と同様、「射撃場及び演習場のような」施設・区域のみがかかる共同使用の対象とされていた。II―4(b)の規定中「当該施設・区域に関する協定」の「協定」とは、第二条1項でいう施設・区域に関して合同委員会を通じて両政府が締結する協定を指し、「適用があるこの協定の規定」の「協定」とは、地位協定自体を指していることは明らかである。
2 II―4―(b)使用はII―4―(a)使用とは逆に、通常の日本側の施設(現実には自衛隊が管理・使用する施設が多いが、通常の民間施設の場合―例えば神戸市所有の神戸港湾ビル、運輸省の施設たる板付飛行場滑走路等の例がある。―も排除されない。)を一定の条件で米軍が使用するものであるが、右条件のうちII―4―(b)の規定中にある「一定の期間を限って」の意味が従来最も問題とされて来た。この点については、昭和四六年二月二七日、衆・予において政府の統一見解が表明されている。(注23)
(注23)一定の期間の意味についての従来の審議については、昭和四五年二月二三日、衆・予、同三月十八日、衆・予二分科、同五月十三日、参・内、昭和四六年二月二十日、衆・予二分科、昭和四七年五月二十五日、衆・内等参照。
なお、右の政府統一見解は、中曾根防衛庁長官の答弁の形で表明されたが、その全文は、次の通り。
「第二条4項(b)に該当しますのは、要するにわが方が管理権を持ちまして、わが方の責任において管理する、しかし一定期間を限って臨時に米軍に使用を認める、わが方が主であって、臨時に認められる米軍の方は従でありあるいは客である。こういう関係で使用を認めるという態様であります。そこで、いままで行ないましたケース等を全部検討いたしまして、大体第二条4項(b)の解釈は次のようなものであろう、こういうことでございます。
地位協定第二条4項(b)でいう「一定の期間を限って使用すべき施設・区域」とは、米軍の恒常的な使用が認められる通常の施設・区域(二条1項(a))及び日本側が臨時にしようできる施設・区域(二条4項(a)とは異なり、日本側のものではあるが、米軍の使用が認められ、その使用する期間がなんらかの形で限定されているものをいうが、かかる施設・区域としては、実情に即して考えるに、一応次のごときものがあげられる。
(1)年間何日以内というように日数を限定して使用を認めるもの。
(2)日本側と調整の上、そのつど期間を区切って使用を認めるもの。
(3)米軍の専用する施設・区域への出入のつど使用を認めるもの。
(4)その他、右に準じて何らかの形で使用期間が限定されるもの。
右のごとく、使用期間を限定する方法については、当該施設・区域の態様、使用のあり方、日本側の事情等々により必ずしも一定せず、個々の施設・区域ごとに、具体的に定めるしかないが、いずれにせよわがほうの施設を米軍に臨時に使用させるというII―4―(b)施設・区域の本質のワク内で合理的に定めていく考えであります。」
3 右の統一見解の各項につき考え方を述べれば、次のとおりである。
(1)「年間何日以内というように日数を限定して使用を認めるもの。」
この例としては、神奈川県所在の長坂小銃射撃場(自衛隊施設)の如く米軍が年間一六〇日以内の使用を認められているものが挙げられる。この場合、年間の使用の仕方が連続して一六〇日間であっても、又は断続的に使用されその使用日数の合計が年間を通じて一六〇日であっても、地位協定上は問題ない(自衛隊側の使用との調整という実際上の問題があるのみ)。この点については、「使用の態様によっても違うが一応時間的にいえば一年のうち半数以上米軍が使用するというのでは主客転倒となる(この場合には、むしろ通常の施設・区域にして日本側がII―4―(a)使用するのが筋である。)。」との趣旨の中曾根大臣答弁が行われている(昭和四六年二月二七日、衆・予議事録二六頁)ので注意を要する(この点次の(2)で再述)。
(2)「日本側と調整の上、その(使用の)つど期間を区切って使用を認めるもの」
この例としては、富士演習場(通称東富士演習場、自衛隊施設)があるが、これは、米軍の衣装に際して、自衛隊の使用と調整されるので、その調整を通じて使用機関が限定されるという意味である。この場合、調整を通じて限定された使用期間が結果として半年を越える場合は、日数に関する限り右の中曾根長官答弁に抵触するものと考えられる。尤も、右の統一見解及び答弁において述べられているように、施設・区域の態様、使用の態様によっては、必ずしも時間的要素のみによっては、問題を論じえないことは明らかである。現実に、東富士の場合、日数のみでみる限り米軍のII―4―(b)使用日数は半年をはるかに越えるが、他方、米軍の使用は面積的には東富士の極一部(全体の一割程度)に限って行なわれており、東富士施設の日米双方の全体の使用態様から見る限り、当該施設の主体は日本側であるという意味では主客転倒という議論はあたらないような実態である。
(3)「米軍の専用する施設・区域への出入りのつど使用を認めるもの。」
本項については、右の統一見解表明の際、楢崎議員(社)より「専用区域に出入りするために使うというのは、それを利用してその出入権を利用してそのほかの使用をするということは厳に禁ぜられると考えてよいか」との趣旨の質問があり、これに対し、中曾根長官より「施設に行くために滑走路を使用する、そういう意味でその主たる目的に従ってその限定された使用が認められなければならない」との答弁が行なわれていることに留意する必要がある。本項の如きII―4―(b)使用の例としては、飛行場についてみれば、硫黄島飛行場、南鳥島飛行場、板付飛行場及び厚木飛行場(運輸省施設たる板付を除き自衛隊施設)の滑走路等があるが、前二者の場合は、飛行場近接の米軍施設・区域たる通信所へのアクセスが「主たる目的」であり、本来通信所は滑走路の存在抜きで機能しうる施設である。板付飛行場についても「主たる目的」は、板付周辺の米軍への補給基地たる専用地域(施設・区域)への(物資輸送のための)アクセスということで説明されるものである。厚木飛行場についてもグアムに駐留する哨戒機が厚木飛行場にある修理施設に出入すること及び輸送機の隣接基地への物資輸送・連絡のための出入のためとして説明されることになっている。(「主たる目的」は、修理施設、隣接基地への補給・連絡である。)他方、沖縄返還後現在のところ暫定的に那覇飛行場を使用しているP―3対潜哨戒部隊の場合(この点の問題については、次の(4)のところで触れる。)には、部隊の本拠は、那覇飛行場そのものであり、滑走路の存在なくしてはP―3の存在そのものが考えられない(「主たる目的」は、哨戒のため滑走路を使用することである。)という関係にあり、そもそもアクセスとしての滑走路の使用ということにはなじまない。(このような場合にも、例えば施設・区域たる駐機場へのアクセスのためという理由で滑走路のII―4―(b)使用を認めれば、すべての滑走路は、II―4―(b)使用の対象となりうることとなってしまう。)
なお、本項によるII―4―(b)使用には、滑走路のほかにも、前述の神戸港湾ビル(船舶の出入のつど)等がある。
(4)「その他、右に準じてて何らかの形で使用期間が限定されるもの。」
この例としては、現在のところ那覇飛行場の滑走路等がある。(注24)
(注24)那覇空港は、沖縄返還交渉を通じ、復帰の際には完全に民間空港となり、P―3等も他へ移転している筈であったが、諸般の事情からこれが実現せず、他方、同飛行場を施設・区域とすることは、わが国内政治情勢上も不可能であったので、とりあえずこれを運輸省所管の空港とし、滑走路、誘導路等をII―4―(b)使用とし、その他に若干の専用区域を設け、これを通常の施設・区域として提供した。
那覇飛行場の滑走路については、既に述べたとおり、(3)による期間限定によることができなかったので、(4)によることとし、具体的には「P―3移転のための代替施設完成までの間」とした。それでは、代替施設完成までの間は滑走路は常に施設・区域かというとそうではなく、具体的な使用態様は、当然のことながら民間機(自衛機を含む。)による使用と調整して使用される訳であり、強いていえば、特定の米軍機が現に滑走している時のみが滑走路は施設・区域になるといえよう。この意味で、この場合のII―4―(b)使用は現実には、(2)に準じたものと考えられる。
4 第二条4項(b)は、II―4―(b)使用につき、施設・区域に関する政府間協定の中に地位協定の規定のうち当該II―4―(b)使用に適用のあるものを明記すべき旨規定しているが、現在までのところ、右政府間協定では「地位協定の必要な(又は関係ある)全条項が適用される。」という如き規定しかなく、適用されるべき個々の地位協定の条文(逆に、適用を排除すべき条文)を具体的に列記するといった規定振りはされていない。
右については、従来国会で再三問題にされ(昭和四三年十月十七日、参・内議事録十六頁、昭和四五年九月二九日、参・内議事録四二頁等)ており、その後、具体的な規定振りにつき検討したことはあるが、今日まで結論は出ていない。しかしながら、実際上の問題として、II―4―(b)使用についての協定(合同委員会の合意及びこれに基づく現地取極を含む。)において米側の使用の日的、態様等が定められており、その限りで適用条項が自ずと制限されること等のことから、現在の如き定め方をもってしても、いわゆる管理権その他の地位協定上の権利義務関係が不明確なまま残されて実際上問題を生じるようなことはないと考えられる。
5 II―4―(b)使用施設は、米軍による現実の使用が行なわれている際は、協定上の施設・区域と観念されるが、この場合のいわゆる管理権の所在については、II―4―(b)施設の態様、使用の態様により又当該II―4―(b)使用に関する協定の定め方により定まるものと考えられ、一概に米側に管理権があるとはいえない。例えば、出入のつど滑走路が使用される場合、米軍機が滑走している際の滑走路は、(強いていえば)施設・区域であるが、その際当該滑走路に米軍が管理権を有しているとは考えられない。(注25)
(注25)同様に、右の如き施設・区域に刑事特別法第二条(施設・区域を侵す罪)が適用されるかとの点につき、政府は、右の如き場合に同法の右規定が適用されるような事態はそもそも考えられないが、万一米軍機が滑走路上にある時に事件が起る場合には理論的には適用が問題になるとの趣旨の答弁を行なっている(昭和四七年五月十日、衆・外議事録十一頁)が、右の如き滑走路は、通常は施設・区域としての立入禁止標示もないから刑事特別法第二条は、理論的にも適用はないものと解される。尤も、滑走中の米軍機に危害を加える如き行為を行なうものに対しては、別途同法第五条(軍用物を損壊する等の罪)が適用されることとなる。
以上については、一般論としてII―4―(b)使用中の管理権の所在はそのつど決めるとの政府答弁もある(昭和四五年三月十八日、衆・予二分科議事録九頁)が、これは、右で述べたことと同趣旨であると解される。
6 最後に、いわゆる有事再使用的なII―4―(b)使用(即ち、II―4―(b)使用権は設定されても、有事でない限り現実には使用されず、従って、現実には有事の際に期間を限って使用するという予約の如きものになる。)は、現行地位協定下で可能かという問題がある。即ち、現行安保条約下で有事駐留に移行した場合(現行安保条約は、かかる事態を予想してはいないにしても、他方、条約論的にみて排除されているとも考えられない)、現行地位協定にも手を触れずに、II―4―(b)によって米軍の有事の際の使用権を確保しうるかという問題である。この場合、米軍は、とりあえずII―4―(b)使用を行ない、その使用期間の間にII―4―(b)施設を通常の施設・区域に切り換えるという手続がとられることとなる。しかし、右の場合、米軍による施設の使用を常に可能にしておくためには、米軍撤退後の施設は、実際上自衛隊によって管理されなければならないことを先ず留意すべきである。このためには、米軍撤退後の施設について、地主との関係では米軍の使用に供するためという内容の契約を自衛隊の使用に供するという内容の契約に切り換え(II―4―(b)使用の場合、通常は、契約中に米軍の用にも供しうるとの趣旨の規定も含まれる。)ることが必要となるが、現在の政治情勢ではかかる契約更改には多大の困難を伴うことが予想される。
更に、II―4―(b)の規定の解釈としても、期間限定の統一見解の(2)項(日本側との調整による。)及び(3)項(出入のつど)は、適用しえないと考えられ、他方、(1)項については、「年間何日以内」の意味は、この場合、必要な場合には年間何日以内となるが、かかる考え方が、協定上の解釈としてどこまで認められるか相当慎重に検討する要があると考えられる。(注26)
(注26)以上の点に関しては、過去において、「(II―4―(b)弾力的運用)有事駐留の構想とは基本的に異なる。」(佐藤総理、昭和四五年二月十七日、衆・本議事録五六頁)「(II―4―(b)の弾力的運用と有事使用との関係は)なおよく検討したい。」(愛知外務大臣、同三月六日、衆・外議事録九頁)「(弾力的運用による有事使用的なものを)地位協定の枠内でできるだけ実現させて行く考えである。」(中曾根長官、同九月二十九日参・内議事録二九〜三十頁)等の趣旨の政府答弁が行なわれている。
〔第三条〕
第三条は、施設・区域に対するいわゆる米側の管理権、施設・区域の近傍でとられる措置等について定める。
一、施設・区域の「管理権」(施設・区域の法的性格)
1 米側は、「施設及び区域内において、それらの設定、運営、警護及び管理のための必要なすべての措置を執ることができる。」(第三条1項第一文)これが通常施設・区域に対するいわゆる米側の「管理権」と称されるものであって、施設・区域について米側が排他的使用権を有していることを意味する。「排他的使用権とは、」米側がその意思に反して行なわれる米側以外の者の施設・区域への立入り(注27)及びその使用を禁止しうる権能並びに施設・区域の使用に必要なすべての措置をとりうる権能を意味するが、これは地位協定上の施設・区域の本質的な要素であると考えられる。
(注27)土地等の使用賃借契約における借主もその権原に基づいて他人の立入りを禁止することができるが、それは、私人に対するものであるのに反し、施設・区域に関する米側の立入り禁止権は、協定及び合同委員会合意上特に定める場合を除き、日本側公権力にも対抗しうる点に特色がある。なお施設・区域への立入り問題については別途触れる。
2 行政協定においては、「……管理のため必要な又は適当な権利、権力及び権能を有する。」と規定されていたが、かかる表現は、施設・区域があたかも治外法権的な性格を有しているかの如き印象を与え兼ねないので単に「必要なすべての措置を執ることができる」としたものであるが、「管理権」の実体的内容については新旧協約上差異はない。
「設定、運営、警護及び管理」は、「管理権」の要素を観念的に例示したものに過ぎず、これらの用語の一つ一つの意味を独立にとり上けて議論することは余り意味がなく、又、これら用語に必ずしも該当しない措置は米側としてとることができないと解することも適当ではない。米側が施設・区域でとりうる措置については、第三条に関する合意議事録に具体的事項が列挙されている(列挙事項には施設・区域外にかかるものもあるがこの点は別途論ずる。)が、これも例示的なものであることは、同議事録の頭書きから明らかであって、米側のとりうる措置はこれら事項に限られる訳ではない。(注28)
(注28)なお、右議事録第1項には米側のとりうるは措置として「……施設及び区域を構築(浚渫及び埋立てを含む。)し、」との表現があるが、これは、「施設及び区域を整備し、」位の意味と解すべきである。けだし、地位協定は、米側がたとえ自ら費用を負担しても、米側の措置として施設・区域を新たに設けたり、既存の施設・区域な拡張したりすることは全然予想していないと考えられるからである。
ちなみに、右の浚渫及び埋立ては、施設・区域たる水域における措置であって(このような埋立てに日本側は、協力する旨合同委員会で合意されている。)、このような措置がかかる水域外でとられることは予想されていない。
3 米軍に提供される施設・区域に右の如き法的地位が与えらるのは、第一に、米軍の使用に供される施設・区域内に右の如き法的、地位が与えられない限り米軍の有効な機能の発揮が妨げられるということによるが、第二に、他方において、米軍の活動には、後述の如く、原則としてわが国の法令の適用がなく、従って、米軍の軍隊としての活動が施設・区域外で行なわれればわが国の社会秩序に大きな影響が与えられることが予想されるので、米軍の軍隊としての活動は右の如き特別の法的地位を有する施設・区域内に限られるべきであるとの考え方を前提にしたものと解される。従って、米軍は、協定第五条で規定されるが如き国内での移動等の場合を別とすれば、通常の軍隊としての活動(例えば演習)を施設・区域外で行なうことは、協定の予想しないところであると考えられる。(注29)
(注29)一定の活動が軍隊としての活動に該当するか否かは明確でない場合もありうるが、個々の実体により判断せざるをえない。例えば、米軍人がグループで北海道の施設・区域外の雪山でスキー訓練をする例があり、これにつき政府は、説明の便宜上レクリエーションとして説明したことがあるが、米軍としてはかかる訓練を軍人としての公の訓練の一環と考えていることは明らかであり、協定上の妥当性には疑問がある。
又、例えば、米軍の軍人等に対する公の医療行為には、医師法その他麻薬取締法等の適用はないと解されるが、他方、かかる行為が米軍の行為として施設・区域外で恒常的・組織的に行なわれることは認めらないと解される(かかる場合そのような行為が行なわれる場所は、必要があれば施設・区域にされるべきものである。)。
4 以上のとおり、米側は、施設・区域につき管理権を有するが、施設・区域は、租借地とは異なる。すなわち、租借地は租借国の領土と実質的に同じ法的性格を持ち、租貸国の施政は全面的に排除されるが、施設・区域には属地的にはわが国の法令が全面的に適用される。したがって、施設・区域内でたとえば日本人が犯罪を犯した場合にはわが国の法令が適用され、わが国により司法権が行使される。又、例えば米軍人が施設・区域内で犯罪を犯した場合でも、それが公務外に行なわれた時には、一定の場合を除きわが国が第一次的に裁判権を行使する(協定第十七条3項)。右の如き場合にわが国の公権力の行使の態様に一定の制約(例えば一定の場合を除き日本側官憲は、施設・区域内での逮捕権を行使しない。協定第十七条合意議事録)があるのは、軍隊という特殊な法的性格を有する外国々家機関の駐留を認めたことに起因するものであって、これを以て施設・区域にはわが国の施政が及ばないと考えるのは適当ではない。安保国会当時の「施設・区域には日本の施政権が及ばず、従って、施設・区域は、安保条約第五条にいう日本国の施政の下にある領域ではないから、施設・区域に対する武力攻撃に対してわが国が自衛権を行使するのは集団的自衛権の行使であり、安保条約は、相互防衛条約ではないか」との趣旨の議論が施設・区域に対する誤った認識によるものであることは明らかである。(注30)(注31)
(注30)参・安保特議事録三月二二日、衆・安保特議事録四月六日等参照。なお、施設・区域であれ、わが国の領海内の米軍艦船であれ、これらのものに対する武力攻撃は、とりもなおさずわが国に対する武力攻撃であり、これに対するわが国の自衛権の発動は、個別的自衛権の発動以外の何ものでもない。
(注31)なお、安保国会当時、施設・区域と基地との相違点が度々問題とされた(参・安保特議事録、三月二一日、衆・同三月二五日等参照)が、基地が租借地と同様のものを指しているのであれば、租借地について述べたと同じことが言える。ちなみに、事前協議に関する交換公文でいう「戦斗作戦行動…のための基地…としての…施設・区域の使用の」の基地とは、戦斗作戦行動をする際の本拠地としての使用の態様を述べたものであって、通常軍事基地という場合の基地とは自ずとその意味を異にすることは明らかである。
5 施設・区域に対してわが国の法令が属地的に適用があっても、法令の執行のために施設・区域内の米軍の活動が結果的に諸種の規制を受けることとなったのでは、軍隊としての機能を維持できず、任務を有効に遂行しえないこととなるので、その限りにおいては協定上明文の規定がある場合を除きわが国の法令の適用は、排除されることとなると考えられる。従って、例えば、施設・区域内における軍隊としての活動には騒音規制法の適用はなく、又、米軍の行なう弾薬庫の設置、建築、埋立て等にはそれぞれ火薬類取締法、建築基準法、公有水面埋立て法等の適用はないものと解せられている。
右は施設・区域内における米軍の活動が全く自由であるということでは決してなく、わが国の公共の安全等に関連ある限り米軍がわが国の法令を尊重することは一般国際法上米側の義務であると考えられる(この点については、第十六条の項参照)。協定第三条3項は、「合衆国軍隊が使用している施設及び区域における作業は、公共の安全に妥当な考慮を払って行なわれなければならない。」旨規定するが、これは、右のことを述べたものと解せられる。ここにいう「作業」(Operations)とは、広く米軍の活動すべてを含むものと解せられており(昭和三六年四月二四日、衆・内議事録三頁)、米軍の活動によりわが国の公共の安全と関連する問題が具体的に生じた場合(又はその可能性が予見される場合)には、米軍の当該活動の必要性とわが国の公共の安全との均衡の問題として合同委員会等において日米双方がしかるべき調整を行うこととなろう。
6 施設・区域内での工事その他であっても、日本側がこれを行う場合には、わが国の法令が適用されると解せられている。従って、例えば、国が米側の要請により施設・区域内で建築、埋立て等の工事を行う場合には関係法令は、全面的に適用され、II―4―(a)共同使用の飛行場に民間航空会社が給油用施設を建設する場合は、消防法が全面的に適用され、又、米軍との請負で施設・区域内において、自動車分解作業を含む日本人事業者に対しては、道路運送車両法の適用がある。また、以上の如き場合、法令の執行のための日本側公務員の立入りについては、米側としては原則としてこれを拒むべきではないと考えられる(実際の例としてもかかる場合には容易に立入りを認めている。)。
7 施設・区域について日本政府(又は国会議員団、地方公共団体等)の立入り権(又は立入り調査権)が認められるかという問題が頻繁に提起されるが、外国の軍隊の駐留を認めている場合に、受入れ国としては、派遣国又は当該軍隊の同意がある場合は別として、かかる軍隊の施設に立ち入って調査することができないのは一般国際法上の原則である。(これは、一般国際法に、そのような具体的な規則が存在するということではなく、軍隊が第一義的には派遣国の主権の下にあることの当然の帰結であるという意味である。前述のいわゆる「管理権」も右のことを明文化したものに過ぎない。)施設・区域についても既に述べたとおりであって、地位協定及び合同委員会の合意に明文の規定がある場合(注32)を除き、米側の個別の同意を必要とする。地方公共団体等から施設・区域への立入りの要請がある際には、政府としては、右要請に合理的な理由がある限り、この要請を米側に伝達し、必要がある時はできる限り便宜をはかるとの態度をとってきている。(注33)(注34)
(注32)日本側が(公権力の行使との関係で又は国民が何らかの目的で)施設・区域への立入りを認められる場合としては、次のものがある。
(1) 演習場への立入り
米軍訓練に支障のない限り住民の生計目的のため一定の条件で演習場への立入りが許される。(合同委合意…演習場の立入りに関する事項)
(2) 港湾施設への立入り
米軍及び日本政府双方において承認及び同意を得た証明書を所有する日本側公務員は公務を遂行するために必要な場合は、提供施設に立ち入ることができる。(合同委合意…港湾施設使用の項)
(3) 施設・区域内での検証
日本国の民事裁判所は、施設・区域内で検証することができる。関係施設・区域の司令官は、裁判所の要求があるときは、これを許可し、かつ、護衛兵を付するものとする。(合同委合意…民事裁判管轄権に関する事項)(司令官は、この場合、一般的には許可しなければならないと考えられるが、安保条約・地位協定に基づく又は一般国際法上認められる軍隊の属性、機密保護という観点からある種の制限をつけることは排除されていないものと考えられ、この点は、この(1)から(6)までの事項に多かれ少なかれ全て妥当するという云うことができよう。)
(4)現行犯人等の逮捕
日本側は、米軍当局の同意ある場合又は重大な罪を犯した現行犯人を追跡している場合には施設・区域内で犯人を逮捕することができる。(地位協定第十七条10項(a)bに関する合意議事録。なお、本件については「地位協定の実施に伴う刑事特別法」第十条参照)
(5)施設・区域内での捜索等
日本側当局は、通常、施設・区域内のすべての者若しくは財産について捜索、差押又は検証を行う権利を行使しない。ただし、米側当局が日本側当局によるこれらの捜索、差押又は検証に同意した場合は、この限りでない。(地位協定第十七条10項(a)bに関する合意議事録。なお、本件については、刑事特別法第十三条参照)なお、以上の他、刑事裁判権に関する合同委合意には、日本側の裁判権のみに服する者に係る刑事事件につき捜索、差押又は検証を米側が施設・区域内で行なう場合、日本側官憲からする立合いの要請に対し、米側当局は相当の考慮を払う旨の規定がある。
(6)税関職員の立入り検査
軍当局の管理する施設・区域内から入国する場合には、税関職員はその入国場所での検査権を有する。(合同委合意…税関検査に関する項。なお、税関事務所は、施設・区域の外にある場合―例えば横田―と内にある場合―例えば岩国―とがある。)
(注33)なお、施設・区域の立入りについては、ボン協定の方が接受国(この場合は西独)に有利になっているのではないかとの議論がある。この点については、ボン協定第五十三条に関する議定書(第六項)は「施設への立入りを含む援助が派遣国軍隊からドイツ当局に与えられる」とあるが、同項は更に「但し、いかなる場合にも軍事上の安全を考慮することを条件とする。
」と規定されている他、個個の立入りは、わが国の場合と同様米軍の同意を必要とするしくみとなっているので日米地位協定の場合と特に異なるところはないと考えられる。
(注34)刑事特別法第二条は、「正当な理由がないのに、合衆国軍隊が使用する施設又は区域(協定第二条1項の施設又は区域をいう。)であって入ることを禁じた場所に入り、又は要求を受けてその場所から退去しない者は、一年以下の懲役又は二千円以下の罰金若しくは科料に処する」旨規定する。又、この点に関し、施設・区域で許可なき立入りが禁止されている地域の境界は、日英両国語でその旨記載された標識で明確にされるべき旨の合同委員会合委が存在する。
二 施設・区域の近傍における措置
1 第三条1項の第二文及び第三文は、施設・区域の近傍において日本側又は米側によってとられる措置について定める。すなわち、日本政府は、施設・区域への出入の便を図るため、米側の要請があった時は、合同委員会を通ずる両政府の協議の上で、当該施設・区域に隣接する又は近傍の土地、領水及び空間において、関係法令の範囲内で必要な措置をとる(第二文)。米側も、合同委員会を通ずる両政府間の協議の上で前記の目的のため必要な措置を取ることができる(第三文)。この点について行政協定は、日本側が措置をとることについては何ら触れず、単に米側が「出入の便を図るのに必要な権利、権限及び権能を有する」として、あたかも米側が日本領域内どこでも一方的に万能の権利を行使しうるかの如き規定をしており、規定振りとして適当でなかったこと、実際上も必要な措置は日本側がとっていたこと(行政協定は、日本側が措置をとることを排除していたものでなく、むしろ当然のこととして明文の規定をおかなかっただけのことと解される。)等から、地位協定作成の際、(第一義的には日本側がイ米軍の要請があった時、ロ合同委員会における協議の上で、ハ関係法令の範囲内で、必要な措置をとる(米側も協議の上措置をとりうる)と改めたものである。(なお、「出入」―access―とは、物理的な出入行為より広い概念で使用されている。)
2 第二文の「関係法令」とは、その際、日本側がとる必要な措置は当然のことながら、日本の「関係法令の範囲内で」とられるという意味であるが、現在のところ、この規定(第二文)の実施のみを直接目的とした総合的な特別立法はない。それでは、具体的にいかなる適用法規もないかといえば、そうではないのであって、「出入の便を図るため」施設・区域の近傍の私有地の用益権が必要であれば、当該土地に対する賃借権、地役権等を取得すれば足り、この場合には民法の相当規定が「関係法令」ということになり、国有地の使用が必要とされる場合には国有財産の管理に関する法律が「関係法令」となる。また、私有地の使用権を強制的に取得する必要がある場合には「地位協定の実施に伴う土地等の使用等に関する特別措置法」が「関係法令」となる。更に、施設・区域たる港湾近隣の水面において「一定の区域及び期間を定めて漁船の操業を制限し、又は禁止する」(漁業制限法第一条)ことが必要であって、かかる措置をとるのであれば漁業制限法が「関係法令」となる(かかる水域は、実際には施設・区域として提供されるのが普通。)。
3 右の如き措置は、原則として日本側によってとられるべきであるが、合同委員会の協議において日本側が同意する限り、米側によってもとられうる。米側によってとられうるこのような措置は、第三条に関する合意議事録に例示的に列挙されている(施設・区域外の措置にかかる事項)。米側が措置をとる点について、第三条1項第三文は、「関係法令の範囲内で」という限定を付していないが、この場合も「関係法令」によるべきことは当然であって、かかる「関係法令」がない場合又はそれにより得ない場合には、日本側は、合同委員会における協議で米側がかかる措置をとることを拒否すべきものと考えられる。なお、米側がかつてとった措置の例としては、協定第六条1項に基づく「航空交通管制に関する合同委員会の合意」によって米軍が行なっている進入管制業が挙げられている(岩間議員の質問主意書に対する政府答弁書、昭和四三年十二月二十一日官報号外)。この場合には、協定第六条1項そのものが右の「関係法令」に該当するものと観念される。
4 協定第三条1項の措置と第二十四条2項の「路線権」との関係如何が頻繁に問題とされる。「路線権」とは、この場合、第三条1項第二文によって日本側が措置をとった結果として米軍が享有する利益の実体を経費の観点からとらえて観念したものであって、特に「路線権」なる特定概念による国内法上の権利の設定を予想したものではない。(注35)
(注35)地位協定の運用に関連する日米間の費用の分担問題一般については、協定第二十四条の項で改めて詳述する。第三条1項の措置は、第二文により日本側がとる場合は、日本側がその費用を負担し、第三文により米側がとる場合は米側が負担することが当然であると解されている。他方、協定第二十四条2項は、施設・区域及び路線権の提供にかかる費用は日本側が負担すべき旨定めているので、米側が負担すべき米側の措置は第二文による日本側措置とたまたま同じものであっても、協定上は「路線権」には該当しないと考えざるをえない。この点、昭和四五年十二月七日、衆・内における政府答弁(議事録十頁)は、米側措置も路線権と観念される余地を残しているので今後は修正の要がある。なお、岩間質問書に対する政府答弁書には、「路線権は、他人の土地を通過し若しくは通行することを内容とする地役権の一種であると解される。」とあるが、右の意味は、前述の利益の実体を米側に供与する手段としては、地役権的なものがその典型的なものの一つであろう、ということである。
第三条1項第二文の施設・区域の出入の便のためにとられる措置としては、単に地役権的な権利を米側に与えることの外、当該既存の施設・区域の近傍に追加的に施設・区域を追加提供することも含まれる。これを路線権の提供と称するか単に施設・区域の提供と称するかは、言葉の問題であって、議論の実益はない。
三 電気通信関係に関する措置
1 米側は第三条1項の措置を、わが国に関する航海、航空、通信又は陸上交通を不必要に妨げるような方法によってはとってはならない(第三条2項第一文)。ここでいう措置は、施設・区域外でとる米側措置を主として念頭においていることは明らかである(けだし、施設・区域外で米側が措置をとる場合には、いずれにしろ日本側の同意が必要であるからである。)。
2 米軍の使用する周波数、電力等に関する事項は、両政府の当局間の取極による(2項第二文)。この取極に該当するものとしては、電気・通信関係の合同委員会合意があり、周波数、電波障害、電気通信の利用、航行援助通信等に関し技術的事項が詳細に定められている。なお、特別法としては「地位協定の実施に伴う公衆電気通信法等の特例に関する法律」及び「地位協定の実施に伴う電波法の特例に関する法律」が制定されている。
3 日本側は、米軍の電気通信に対する妨害を防止又は除去するためすべての合理的な措置を関係法令の範囲内でとるべきものとされている(2項第三文)。ここでの問題は、米側から電波障害除去のため、米軍通信施設周辺の私人の建築制限を求められた場合日本側としていかなる措置がとれるかという点であるが、電波法は、米軍の使用する通信施設については全面的に排除されている(特例法参照)ため、電波法に定める電波障害除去措置はとりえないことである。現在のところ、この措置のための特別立法はないので、民法により個々の関係私人に当り問題を解決(高層建築をしないという不作為義務の設定、買収等)するより方法はない。このために要する費用は、すべて日本側により負担されているが、これは、第二十四条の経費負担との関係では、前述の意味での路線権として観念されることとなろう(尤も、これは、「路線権の問題では必ずしもない」との答弁がある。昭和三六年二月二二日、衆・予議事録八頁)。
〔第四条〕
第四条は施設・区域の返還に際しての原状回復、補償問題について定める。
1 第四条1項、米側が施設・区域の返還に際してこれを提供された時の状態に回復し、又はその回復の代わりに日本に補償する義務を負わないという趣旨であるが、この規定は、同条2項において日本側が施設・区域に加えられている改良、残される建物その他の工作物に対しいかなる補償の義務も負わないという規定と対応するものであり、彼我の権利義務の均衡を図っている。ちなみに、諸外国のこの種協定においては、例えば、米蘭協定の如く、「この協定に基づくすべての運用の終了に当たり、オランダ政府はこの協定に基づく合衆国の費用で設立された設備について残存価値があるときは、合衆国に対しその残存価値に対する補償を行なうものとする。」旨規定しており(第三条)、この方式によれば、米側が施設・区域に加えた改良、残された建物その他工作物について日本側は補償を行なわなければならなくなる訳である。なお、米蘭協定と同種の規定はボン協定(第五十二条)等にもみられる。
2 沖縄返還に際しては、沖縄復帰前に米軍が使用していたもので復帰後も引き続き施設・区域として米軍に使用されるものの復帰前の形質変更に対する原状回復義務及び復帰前の改良等に対する補償問題の解決には地位協定第四条が適用されることにつき返還協定において念の為の規定が設けられた(返還協定第三条2項)。
3 第四条2項は、施設・区域に「残される建物若しくは工作物」と規定しているところ、この規定は、施設・区域の返還に際し米側がかかる建物、工作物(これらは米側の建築したものであって、通常「ドル資産」と称される。)を残して行くことを一般的には予想していると考えられるが、他方、米側が何らかの必要によりこれら工作物を撤去することを排除するものであるとは解されていない(この点については、第二十四条の項で触れる。)。
4 施設・区域返還後の個々の地主との原状回復問題は、専ら政府(施設庁)と当該地主との問題であることは明らかである(注36)。
施設庁は、個々の地主との賃貸借契約において関係物件の原状回復義務を詳細に規定している(沖縄の場合には、「原状」とは復帰以前に米軍が実際に使用を開始したときの原状であることを明らかにしている。)。
(注36)第四条1項については、米軍の故意又は重大な過失による形質変更にはこの規定が適用されないのではないかとの議論がある(ボン協定にはこの旨の規定がある。第四十一条3項(a)合意議事録)が、この問題も日米両政府間の問題であって、地主との関係は専ら日本政府が処理する問題である。
5 第四条1項及び2項の規定は、日米間の特別な取極に基づいて行なう建設には適用されないこととなっている(同条3項)が、かかる特別取極が行なわれた例はない。
6 なお、米側は、施設・区域として提供された国有財産に対しても自由に原状変更処分をでき、わが国はこれに対しても補償要求等はできないので、国有財産の管理に関する法律は、これを受けて、米国に使用を許した国有財産については、国は、当該財産の返還に当り、米国に対し、その原状回復又はこれに代わる補償の請求を行なわないものとする旨定めている(第三条)。
〔第五条〕
一 施設・区域外の港・飛行場からの出入国
1 第五条は、米軍の軍用船舶・航空機のわが国への出入につき、施設・区域外の港・飛行場からの出入の場合と施設・区域たる港・飛行場からの出入の場合とを分けて規定している(前者については、1項及び3項、後者については、2項)。施設・区域外の港・飛行場については「合衆国及び合衆国以外の国の船舶及び航空機で、合衆国によって、合衆国のために又は合衆国の管理の下に公の目的で運航されるもの」(以下「米軍の軍用船舶・航空機」と称する。)は、入港料又は着陸料を課されないでこれらの港・飛行場に出入することができる。
2 米軍の軍用船舶については、第五条に関する合意議事録1項は、「合衆国公有船舶及び合衆国被用船舶(裸用船、航海用船及び期間用船契約によるもの)をいう。」旨規定している。(注37)
(注37)米軍の軍用船舶に対するわが国の管轄権問題に対する一般的考え方については、条約局法規課調書集第七巻二五二頁以下参照。なお、これら船舶の海上事故にかかる損害補償問題の解決については、第十八条の項で触れる。
第五条1項が、外国の船舶・航空機についてまでわが国の港・飛行場への出入の権利を与えているのは、これらのものが「合衆国によって、合衆国のために又は合衆国の管理の下に公の目的で運航される」ものである限り、米国の公有船舶に準ずるものとして取り扱うことが妥当であると考えられたからである。これらの船舶・航空機には、日本の船舶・航空機も含まれる。英文の「foreign」を「外国の」とせず「合衆国以外の」としたのは、この点を配慮したものである。
3 「合衆国によって、合衆国のために又は合衆国の管理の下に」とは、要するにこれら船舶・航空機の運航の目的が米国の責任にあることを右の表現で一般的に規定したものと解すべきである。従って右表現のいちいちにつき厳密な解釈を詰めるということは必ずしも適当ではない。この点との関連で、「合衆国のために」とは、米国の同盟国たる第三国が当該条約関係に基づき運航する当該第三国の船舶・航空機まで含める趣旨ではないかとの議論があるが、この点の考え方は、以上のとおりであり、又、安保条約・地位協定が米国以外の国に特権的地位を与えることまで規定する筈のないことからしても右議論が誤っていることは、明らかである。(注38)
(注38)昭和三六年十月十八日、衆・外議事録七頁参照。
なお、かつて問題となったいわゆる「黒いジェット機」については、当該ジェット機が米国航空宇宙局に所属するものであっても、日本における飛行活動(気象情報収集活動に従事していたと説明されている。)が米軍の管理下にあったことは明らかであるから、第五条の観点からは、問題がない。
4 第五条1項にいう「公の目的」とは、合衆国政府の目的をいい、その認定は、日米両政府が行なう(岩間質問主意書に対する政府答弁書)。施設・区域たる港・飛行場における出入についても、2項の規定振りからして「公の目的」という制約があることは、明らかである(安保条約第六条の目的が先ず大前提であることは、いうまでもないが。)。(注39)
(注39)「公の目的」が米政府の目的ということであれば、軍務とは全く関係なく来日する米政府高官の専用機は、自由に施設・区域たる飛行場(横田が通例)から出入しうることとなるが、国会等においては、このように説明しながら、実際には、外務省として、かかる態様の出入につき米側に抗議して来ている。この点については、提供施設・区域の使用が基本的には安保条約第六条の目的に合致している限り、又、軍事的事項に拘わらず広く日米両政府が協議・協力すること自体が安保条約の目的に包含されていること(条約前文)を考えれば、右の如き態様の出入は地位協定上問題とする必要はないとも考えられる。ちなみに、地位協定は、「合衆国軍隊」「合衆国政府」「合衆国」についてそれぞれ相当の注意を以て使い分けているとみられるところ、第五条が「合衆国の船舶及び航空機」(1項)、「合衆国政府所有の車両」(2項)としているのは、第五条に関する限り「軍隊」よりは広いものによる使用を念頭においていることを示しているとも考えられる。
5 第五条1項にいう「日本国の港」については、同条に関する合意議事録2項により、通常「開港」をいうこととなっており、従って、不開港への出入が全く排除されるということではない。この点、合同委員会の合意には、「緊急の場合に米軍用船舶が開港以外の避難港に入港したときは、」すみやかに日本側当局に通告すべき旨の規定があるが、不開港への入港は、必ずしも「緊急の場合」のみに限られる訳ではないと解され、実際にも不開港たる別府、熱海に入港したことがある(実体はレクリエーションのための入港)。この点については、このような不開港への入港を日本側が拒否できるかとの問題があるが、米側の要請(米側は、不開港への入港については通常はあらかじめ日本側に協議越すべきものと考えられている。)に合理的な理由が認められる限り拒否できないと解するのが妥当であろう。(注40)
(注40)不開港の入港手続につき、林法制局長官は、米軍用船舶の場合も安保条約・地位協定とは関係なく、他の国の軍艦の場合と同様、一般国際慣例による旨答弁している(昭和三九年一月三十日、衆・予議事録十五、六頁)が、この答弁は、若干問題があると考えられる。実際の例としても、米軍用船舶の入港は、開港・不開港を問わず、第五条3項によって処理されている。
「飛行場」については、港の場合の開港・不開港に相当する制約はないが、これは、通常の航空機はいずれにしろ通常の「飛行場」からしか発着できないことを考慮すれば、あえて港の場合の如き制約をつける必要が実体として考えられなかったことによるものと解される。尤も、この点については、ヘリコプターの如く「飛行場」以外のところから自由に発着できるものが問題となる(この場合もヘリコプターで来日することは考えられないので国内での移動の場合)が、かかる場合に「飛行場」以外の場所の使用が排除されているとは考えられない。ちなみに、「地位協定の実施に伴う航空法の特例に関する法律」は、米軍につき航空法第七十九条の規定(飛行場以外における離着陸の禁止)の適用を除外している。
港湾施設の使用に関する合同委員会の合意の中には「米軍が優先使用施設・区域の使用を希望する際は、使用に先立ってすみやかに日本側管理機関に通告する。」旨の規定があるが(港の優先使用施設としては現在は、小樽、室蘭港がその対象として合意されている。)、一般的に言って、第五条1項に基づく港・飛行場の使用(通常「五条使用」と称される。)が、施設・区域的な使用の態様(例えば、一切の民間の使用を長期間排除しなければ米軍の目的が達成してないが如き使用態様)になる場合には、むしろかかる施設は、施設・区域として提供されるべきものといえよう(逆に言えば、五条使用である限り、右の如き使用態様は、排除されると解される。)。(注41)(注42)
(注41)昭和四一年二月十八日、衆・予議事録二十頁。
(注42)なお、成田新空港については、施設・区域として提供することはないのは勿論、五条使用の場合も十分に慎重にし、いやしくも民間飛行場としての機能に支障を来すということはさせないという趣旨の答弁がある。昭和四四年四月二五日、衆・内、同年七月一日、参・内等の議事録参照。
6 第五条1項の「出入することができる。」とは、出入の権利を定めたものであって、「出入の許可をするか否かは日本政府の裁量であり、許可する場合には入港料等は課さない。」という意味ではない。例えば、航空機について言えば、航空法第一二六条2項に定める外国航空機の出入についての運輸大臣の許可規定は、協定第五条1項により排除される(実際にも航空法特例法第2項は、航空法の右規定の適用を排除している。)。更に、協定上明文の規定はないが、右航空機は、単なる領空通過についても当然権利として認められていると解され、従って、航空法の運輸大臣の許可規定(第一二六条2項)は、この場合にも排除される(実際にも特例法により同様に排除されている。)。(注43)
(注43)なお、核搭載機の領空通過は、事前協議問題であり、戦斗作戦行動に従事する航空機の通過は、事前協議とは別に、別途わが国の同意を必要とすること等については、昭和四七年四月二八日付けの事前協議制度の考え方についての条・条ペーパー参照。
7 免除されるべき「入港料又は着陸料」については、合同委員会の合意に詳細な規定がある(特に「入港料」が問題)。これらのもののうち、地方公共団体の収入となるもの(例えば通常入港料―ポート・エントランス・フィー)については、国が補償している。羽田等の民間飛行場については、国有財産の管理に関する法律第二条の無償使用の規定に基づき着陸料を免除されている。
8 米軍の軍用船舶が施設・区域外の港に入る場合は、開港・不開港を問わず、「通常の状態においては」、「日本国の当局に」、「適当な通告」をしなければならない(第五条3項第一文)。「通常の状態においては」の点については、第五条に関する合意議事録3項は、適当な通告をする義務を免除されるのは、米軍隊の安全のため又は類似の理由のため必要とされる例外的な場合に限られる旨規定している。航空機については、何ら通告の義務が課されていないが、これは、船舶についての通告の内容自体技術的なものであるところ、航空機については、航空管制機関に対する右の如き技術的な通告なしに着陸することは、本来技術上考えられないので態々規定することをしなかったまでのことであると解される。
「日本国の当局」とは、具体的には、港湾管理者又は港長であり(合同委員会合意)、「適当な通告」の内容は、船舶の名称、トン数、長さ、吃水及び出入港の日時である(岩間質問主意書に対する政府答弁書)。
9 米軍の軍用船舶は、「強制水先を免除される。もっとも、水先人を使用したときは、応当する料率で水先料を支払わなければならない。」(第五条3項第二文)強制水先の行なわれている港は、水先法第十三条に関する政令で定められているもので、現在は、横浜、横須賀、神戸、関門、佐世保及び那覇であるが、軍艦等の特殊な目的に鑑み強制水先を免除したものである。
10 五条使用を認められる施設・区域外の港・飛行場からの米軍の戦斗作戦行動は認められるかという問題が国会において頻繁に提起されるところ、戦斗作戦行動にかかる事前協議制度は、施設・区域を基地として使用する戦斗作戦行動以外のものを予想しておらず、従って、安保条約・地位協定は、五条使用地からの右の如き行動を当然排除しているものと考えられる。(けだし、施設・区域から行なわれる戦斗作戦行動についてはわが国の同意にかからしめておきながら、他方で通常の民間施設からの米軍のかかる行動を全く自由にするということは全く考えられないからである。)
11 米軍の軍用船舶・航空機が「この協定による免除を与えられない貨物又は旅客」を運送するときは、米側は、「日本国の当局」にその旨の通告を与える義務があり、これらのものの出入国は、わが国の法令に従って行なわれる必要がある(第五条1項第2文)。「この協定による免除を与えられない貨物又は旅客」とは、貨物については、第十一条に掲げられていない通常の商業貨物であり、旅客については、第九条2項に定める免除(免除の対象は、軍人・軍属・家族)の対象とならない私人たる旅客である。米軍の軍用船舶・航空機がかかる非免除貨物又は旅客をわが国に運送することは例外的であるべきであり、第五条に関する合意議事録1項の「商業貨物及び私人たる旅客がこれらの船舶に積載されるのは、例外的な場合のみに限る。」との規定は、当然の規定であって、航空機による運送についても同様に解される。
本項にいう「日本国の当局」とは、税関・入管等の当局である(合同委員会の合意)。合同委員会においては、非免除貨物又は旅客が運送される時は、原則として一定の港・飛行場から入国すべき旨合意され、当該港・飛行場が列挙されている(出入国に関する項)。
二 施設・区域たる港・飛行場からの出入国(原潜寄港問題を含む)
1 第五条1項の米軍の軍用船舶・航空機は、施設・区域(たる港・飛行場)から出入国することを当然認められており(同条2項第一文)、又、同条3項第一文の反対解釈として船舶の施設・区域への入域につき日本側当局への通告も必要でない。米軍の軍用船舶・航空機が施設・区域たる港・飛行場に協定による免除を与えられない貨物・旅客を運送することについて明文の規定はないが、協定がかかる運送を排除しているとは解されておらず、かかる場合には、第五条1項第二文により、処理されるべきものと考えられる。この点については、合同委員会の合意は、かかる場合には、米軍当局は、これらのものを最寄りの入管及び税関の出張所まで輸送し、そこで入国手続を行なうべき旨規定しているが、実際には、このような飛行場等にはわが国の入管関係の出張所が設けられており、米側よりの通告を得て当該飛行場等で出入国審査等が実施されている。
なお、わが国への入国に際しての検疫については、五条使用地からの入国に際しては、すべて日本側が実施し、施設・区域からの入国に際しては、原則としては実質的検疫は米側が実施し、最寄りの日本側検疫所長がこれを形式的に認証することにつき合同委員会の合意がある(昭和三六年八月の合意)。
2 米国の通常の原子力潜水艦(即ち、核装備をしていない原潜)のわが国への寄港は、施設・区域内外への寄港であるとを問わず、事前協議問題ではなく、協定第五条に従って行なわれて差支えないものであるが、米側は、昭和三八年八月十七日付け日本政府宛エード・メモワール及び同八月二四日付け米国政府声明(いずれも公表済み)を通じ次の如き寄港態様によるべき旨明らかにしている。(注44)
(注44)エード・メモワール及び政府声明に述べられている五条上の権利に対する制約は、日米両政府間の交渉の結果ではあるが、米側としては、エード・メモワールの前文にも述べられているとおり、かかる制約は日本の国民感情を考慮して自らの意思に基づいて課した制約であり、五条上の権利は最終的には留保している点に注意する必要がある。この点は、B―52型機のわが国への配備・一時的飛来の抑制の問題と同様であり、B―52の台風避難のための一時的飛来の際にも米側はその都度日本政府の了承を求め越しているが、米側としては、最終的には五条上の権利を留保している。
(1) 原潜の寄港目的は、乗組員の休養・レクリエーション及び兵たんの補給及び維持であって、寄港地は、(施設・区域たる)横須賀及び佐世保である(エードメモワール)。(注45)
(注45)沖縄復帰後は、施設・区域たるホワイト・ビーチも原潜の寄港地とする旨のスナイダー公使発吉野米局長宛書簡がある。
すなわち、協定第五条によれば、米軍用船舶は、わが国のあらゆる港(通常は「開港」)、施設・区域たる横須賀・佐世保に限定された。これら以外への港への寄港が必要となる場合には、協定上の権利義務でものごとを律するのではなく、右二港への入港について日本政府の了解が求められたと同様な手続が繰り返されるのが本筋である。(注46)
(注46)昭和三九年九月十七日、衆・外政府答弁
(2)米海軍は、「通常、」日本側当局に対し、少なくとも二四時間前に、原潜の到着予定時間・停泊位置を通報する(米政府声明)。すなわち、米軍用船舶は、施設・区域たる港への入港に際しては、日本側当局への通告を免除されるが、原潜の場合には一定の条件で通告がなされることとなっている。「通常」でない場合とは、予見しえざる場合であって、ほとんどありえないような場合であり、常識的にいえば通報は、常に必ずあると了解される。(注47)
(注47)昭和三九年九月十七日、衆・外政府答弁
三 日本国内における移動の自由
1 第五条1項に掲げる米軍の軍用船舶・航空機及び米政府所有の車両(機甲車両を含む。)並びに米軍構成員、軍属及び家族は、施設・区域間を移動し、及び施設・区域と日本の港・飛行場との間を移動することが認められる(同条2項第一文)。第五条に関する合意議事録4項は、「この条に特に定めのある場合を除くほか、日本国の法令が適用される。」旨定めているので、米軍の右の如き移動には、「日本国の法令」が適用されることとなるが、米軍のわが国内の通行は、直接わが国の交通秩序に関わるものであり、かかる場合にわが国の法令が遵守されるべきは当然のことと考えられ、この意味で、米軍によるわが国内の通行に関する限り合意議事録の右規定は当然のことと解される。
右にいう「日本国の法令」とは、第五条2項との関連においては、同項の趣旨に鑑み、船舶・航空機の運行、車両、人員の通行行為自体を規制する法令と解され、具体的には、道路法・道路交通法の関係規定、自動車の保管場所の確保等に関する法律(第五条2項の長時間の路上駐車の禁止)、航空法(第九六条―航空交通の指示、第九七条―飛行計画及びその承認、第九八条―到着の通知は特例法によっても米軍への適用は排除されていない。)、港則法・海上衝突予防法・河川法の関係規定、消防法(第二六条の消防車の優先通行)、水防法(第十一条の水防のため出動する車馬の優先通行)等が該当すると考えられる。(注48)
(注48)例えば火薬取締法には、火薬の運搬の際に遵守されるべき諸規定があるが、これは、通行行為自体の規制とは面を異にすると考えられ、従って、合意議事録にいう「日本国の法令」には該当しない。火薬の取扱いは、いわば軍隊の属性であり、軍隊による火薬の取扱いには、同法は、施設・区域内外を問わず、適用ないものと解せられている。尤も、施設・区域外における火薬の取扱いは、わが国の公共の安全に関与するところが大きいので、その運搬等の際に遵守されるべき基準が合同委員会で合意されている(米軍の火薬類運搬上の処置」)。
ちなみに、ボン協定中日米協定第五条に相当する第五十七条は、外国軍隊の独領内の移動の権利を認めつつ(1項)、同条3項において「この協定に別段の定めがある場合を除き、ドイツの交通規則は、軍隊、軍隊の構成員、軍属及び家族に適用する。」と規定し、また、4項において「軍隊は、軍事上の緊急の場合に限り、ドイツの道路交通取締規則の適用を受けない。ただし、公共の安全及び秩序を尊重しなければならない。」旨規定している。このようにボン協定においても直接の適用は、道路交通取締法規について考えられている。
2 米国の「軍用車両」の施設・区域への出入及びこれらのものの移動には、「道路使用料その他の課徴金」を課さない(第五条2項第二文)。「軍用車両」とは、この規定の趣旨に鑑み、米軍の軍務(公務)のため使用される車両と解され、従って、軍構成員の私用車であっても、公務に使用されている際は、右の「軍用車両」に該当する。この点、公務であれば、タクシーまでこれに該当するかとの議論があるが、協定は、実際問題としてタクシーが軍務に使用されることまで予想しているとは考えられず、かかる場合は、右「軍用車両」には該当しないと解される。本項の手続は、米軍当局が「軍用車両」の使用者に公用使用証明書を発給し、使用者がゲートでこれを渡し、道路使用料を免除されるという手続によっている。私有有料道路の使用料については、政府(施設庁)が当該道路所有者に対し米軍の免除分を補償している。国有道路については、国有財産の管理に関する法律第二条により、米軍の無償使用を認めている。
〔第六条〕
第六条は、航空交通管理・通信体系に関する日米間の協調・整合につき定める。
一 航空交通管理・通信体系の協調・整合
1 すべての非軍用及び軍用の航空交通管理及び通信の体系は、緊密に協調して発達を図るものとし、かつ、集団安全保障の利益を達成するため必要な程度に整合するものとする(第六条1項第一文)。このための必要な手続は、両政府の当局間の取極によって定められる(同第二文)。
およそ航空交通管制及びこれに伴う電気通信体系というものは、高度に技術的なものであって、航空機の安全かつ能率的な運航を確保するためには、軍用・民間用の管制を統一的に運営することが極めて必要であるところ、第六条1項は、特に安保条約の目的の達成上必要な限度まで、軍用・非軍用の航空交通管制及び通信の体系を整合することが必要であることを確認し、このための手続が両政府の当局間で取り極められることを定めたものである。この取極としては、合同委員会の合意(「航空交通管制に関する合意」)がある。
2 米軍は、昭和三四年六月までわが国における航空交通管制(航空路管制)を一元的に実施し(復帰後約二年間は、沖縄でも実施することになっている)、また、施設・区域たる飛行場及びその周辺における飛行場管制、進入管制は現在も原則として米軍が実施している(沖縄も同様)。このような管制業務を米軍に行なわせているわが国内法上の根拠が問題となるが、この点は、協定第六条1項第一文及び同第二文(行政協定時代もほぼ同文)を受けた合同委員会の合意のみしかなく(注49)、航空法上積極的な根拠規定はない。
(注49)昭和三四年までの航空路管制について、合同委員会の合意は、「日本側による実施が可能となるまでの間米軍が軍の施設で行なう管制業務を利用して民間航空の安全を確保する」旨規定し、又、復帰後二年間の沖縄については、「二年間は暫定的に米国政府がICAO基準に準拠した方式により、航空交通管制業務を実施する」旨規定している。施設・区域たる飛行場関係の飛行場管制・進入管制が米軍によって行なわれる点についても同様の合意がある。
(欠落=原文47〜48ページ)
その他基本的事項)、ロ第一附属書(同日付、航空機事故調査関係)、ハ第二附属書(同日付、捜索救難関係)、ニ第三附属書(昭和三四年六月四日、わが方が一般的な航空管制をテーク・オーヴァーした際の関連事項)、ホ沖縄復帰の際の合意(昭和四七年五月十五日、沖縄の航空管制事項)となっている。
(3) 以上のうち、最も問題とされる第三附属書につき主として要旨に従って問題点を述べれば、次のとおり。
(イ)「防空任務に従事する軍用機に対しては、交通管制上、最優先権を与える」旨合意されている(三六年六月の合意要旨第二項)が、米軍は、現在防空任務(スクランブル)に従事しておらず、従って、実際上の問題はない。
(ロ)「防空上緊急の必要があるときは、防空担当機関が保安管制を行なう」旨合意されている(同第四項)。「保安管制」とは、軍事的必要時に、軍のために民間機の航行を制限し、同時に民間機の安全を確保する機能を果す管制である。「防空担当機関」とは、米側については、第五空軍司令官、日本側については、防衛庁長官を指す。現在、米軍も自衛隊もかかる保安管制を予想した管制取極を運輸省とは締結していない。
(ハ)「国外から飛来する航空機が管制本部に対して位置通報を行なうべき地点の決定に際しては、日本政府は、防空担当機関と協議する。」(同第五項)。いわゆる「防空識別圏」(ADIZ)であるが、これは、現在、防衛庁長官の自衛隊に対する訓令という形で設定されている。
(ニ)以上のほか、第三附属書本文には、「米軍の要求に基づき民間・軍を問わずすべての航空機に優先する空域制限(高度制限)を管制本部に行なわせるべき」旨の合意がある(第三附属書第三部J)。これは、米軍の飛行のために特定の飛行空域を予定し一定時間その経路及び高度を他の航空機が飛行しないように隔離する管制上の措置によって設ける制限であり、米軍からこの要求があった場合には、一般の航空交通に混乱を生ぜしめないよう経路を調整し或いは時間及び高度を最小限にしぼって許可を与えている(岩間質問主意書に対する政府答弁書)(注54)。
(注54)第三附属書の内容は、必ずしも現実の運用に合致せず、種々論議の対象となる点を含んでいるので近く改定すべく目下米側と協議中である。
二 領空侵犯排除措置関係 領空侵犯排除に関連する措置は、岡崎・マーフィー往復書簡及び「これを受けた」細目と説明されている「松前・バーンズ取極」の問題であって、協定第六条とは、直接の関連はないが、少なくとも国会等では同条との関連において本件が論じられることが多い。
1 昭和二八年一月十三日岡崎外務大臣がマーフィー米大使に書簡をもってわが国の領空に対する侵犯を排除することを米政府に要請したところ、同十六日、米大使館は、外務省宛口上書をもって、米政府は、わが国の領空侵犯排除のため安保条約の下において必要かつ適当とされる一切の可能な措置を日本政府の援助の下にとるよう極東軍総司令官に命令した旨回答越した。これが岡崎・マーフィー往復書簡と通称されるものである。本件書簡は、旧安保条約当時のものであるが、新安保条約下における有効性については、昭和三五年一月六日の藤山・マッカーサー会談において口答でで了解されている旨の説明が国会で行なわれている。(注55)。
(注55)昭和三六年三月十四日、参・予議事録三頁。
2 本件書簡と安保条約との関係については、米軍がこのような措置をとる権能は、わが国の旧安保条約一条及び新安保条約第六条で米軍隊のわが国駐留(施設・区域の使用)を許したこと(並びに新安保条約第五条により米国がわが国の防衛義務を負っていること)の結果として当然に米軍に認められた権能に本来含まれているものと考えられる。もっとも、領空侵犯排除措置は、本来わが国の主権の発動にほかならないから、米軍は、わが国の意思とかかわりなく右の権能を行使しうるものではないので、米軍によってかかる措置がとられることがとりもなおさずわが国の意思に沿うものであることを明示的に確認したのが本件書簡であるといえよう。(往復書簡が行政府限りで処理し得たのも書簡の右の如き本質による。)
3 書簡が交換されたのは、右のとおり昭和二八年当時であり、その後わが国航空自衛隊の能力が著しく向上したのに伴い、米軍による領空侵犯排除措置は、現在では全面的に自衛隊に肩代わりされているが、なお、不測の事態において米側の協力を必要とすることも排除されないのでその意味で書簡は、今日でも有効であると説明されている。また、岡崎書簡が「北海道上空において、外国軍用機による領空の侵犯がしばしば行なわれ」た状況を直接の動機として行なわれたことは事実であるが、「北海道上空」云々は単なる例示と考えられ、例えば沖縄において米軍が本件書簡による措置をとることが排除されるものではない。事実、沖縄復帰の際、暫定的に米軍が領空侵犯排除の任務に従事したが、これは右書簡に基づくものである旨説明された。
4 松前・バーンズ取極とは、昭和三四年九月二日に第五空軍司令官と航空自衛隊司令官との間に締結されたもの(形式的には「秘」扱いされているが国会審議を通じ全貌が知られている)で、岡崎・マーフィー書簡の細目であると説明されている。その主たる内容は、日米双方が領空侵犯排除措置を行なう際の協力態様に関する細目事項、隣接極東地域との関連情報の交換は第五空軍司令官の責任とする等である。本件取極は、岡崎・マーフィー書簡と同様現在も有効とされている。
5 領空侵犯排除措置は、警察行動と観念されるものであって、戦斗作戦行動ではない。日本の直接防衛のために米軍が戦斗作戦行動に従事するのは、わが国に武力攻撃が加えられた場合であって(単なる領空侵犯は、これに該当しない)、かかる事態でないにも拘らず米軍が戦斗作戦行動に従事するのは、国連憲章違反(従って、安保条約違反、同条約第一条及び七条)となるので考えられない。領空侵犯排除措置との関連で米軍がその内部でいかなる準則によることになっているかは、もっぱら米軍内部の問題であって、日米間の関係は、国連憲章及び安保条約上明確である。(岡崎書簡に対する米大使館の口上書で米側が「安保条約の下において必要かつ適当とする」措置をとるとしているのは、右との関連で意味がある。)
6 日米間で韓国の如き他地域における航空機移動情報の交換が行なわれているのは、領空侵犯排除のための識別の必要性との関係において、松前・バーンズ取極に基づき、日米防空当局間でそれぞれの領空侵犯排除措置上必要な限りで行なわれているものであって、地位協定第六条とは関係がない。協定第六条1項にいう「集団安全保障の利益を達成するため必要な」とは、日米安保条約の目的達成に必要なという意味であり、米国と他の諸国との防衛条約に言及したものではない。例えば米韓の防衛関係に基づく航空機移動情報が松前・バーンズ取極に基づき米軍を通じて事実上わが国自衛隊に伝達されることがあっても、これは、地位協定第六条の立法趣旨とは関係なく、右をもって協定第六条1項の「集団安全保障の利益」云々が日米韓集団安全保障を定めたものと解するのは当らない。(注56)
(注56)この点に関する議論については、昭和四四年二月十九日、衆・予・議事録参照。
〔第七条〕
第七条は、米軍による公益事業の利用について定める。
1 米軍は「日本国政府の各省その他の機関に当該時に適用されている条件」よりも不利でない条件で、「日本国政府が有し、管理し、又は規制するすべての公益事業及び公共の役務」を利用することができ、並びにその利用における「優先権」を享有する(第七条)。
右の「日本国政府の各省その他の機関……に適用されている条件」とは、日本政府の官庁(すなわち、地方公共団体等の機関は除かれる。)に一般的に適用されている条件を意味するものであって、特別の理由があってある官庁が特に有利な条件を適用されている場合にすべて米軍がこれにも均霑できるという趣旨ではない。すなわち、例えば警察は、一般官庁よりも安い電話料金によっているが、これは、戦後警察電話が統合された際に施設が公社に譲渡されたことに基づく特別料金であって、米軍は、これに均霑するものではない。
2 「公共の事業及び公共の役務」とは、日本政府が法令上「有し、管理し、又は規制する」公共サーヴィスをいい、郵便の如く国が自ら行なっている事業、国鉄・電信電話の如く公社が行なっている業務、水道、電気、ガス、交通事業の如く特別の法令により国が規制しているものが含まれる。
3 「優先権」の享有とは、日本政府各省庁が優先権を享有する場合には、それより不利でない条件で米軍も優先権を享有できるという趣旨であるが、現在国内法上かかる優先権は、認められていないので米軍が第七条により享有する優先権はない。(注57)(注58)
(注57)第七条に関連する合同委員会の合意には、「米軍の電気通信施設使用」に関する事項がある。
(注58)米軍による主要公共サーヴィスの利用形態の概略次のとおり。
(1)国鉄
米軍の貨物、旅客の取扱い上特別な優遇措置は執られておらず(官公庁に対しても同様)、料金についても一般並みである(国有鉄道運賃法による。)国鉄サーヴィスにつき米軍と国鉄との間に契約が締結されている。なお、米軍の公用の軍人たる旅客の場合通行税は、免除されているが、これは、協定第十二条3項に基づくものである。
(2)郵便
米軍関係郵便については、駐留軍という性格上一般郵便物と同一の取扱いはされておらず(協定第二十一条は、米軍独自の郵便局の設立及び運営を認めている。)、また、日本の郵便局経由の日本国内間米軍関係郵便物について郵政省令により一般郵便物と別の取扱いがなされている。しかし、右取扱上、官公庁に比し有利な取扱いを受けているわけではなく、料金については日本国内の郵便物と同率である。なお、国外向け米軍関係郵便物については、米軍が自らその取扱いを行なっている。
(3)電信、電話
米軍は、電電公社との契約に基づき一般官庁並みの一般専用料金を支払っている。
(4)電気、ガス
電気、ガス会社と米軍との契約に基づき料金等が定められているが、官公庁同様米軍に対しても特別な取扱いはされていない。(なお、役務の調達については、協定十二条3項により、電気ガス税等の租税が免除されている。)
(5)水道
水道は、施設・区域によっては米軍自身が自営水道設備を有している場合もあるが、地方公共団体より水の供給を受ける場合には、当該地方公共団体と米軍間の契約により、(原則として)通常の料金を支払っている。
4 第七条に関する合意議事録は、行政協定時代以来の電話料金問題は引き続き検討されるべき旨定めている。この点については、米軍の使用している電話施設には、イ電々公社の一般施設、及びロ占領中終戦処理費により米軍のために作った施設と米軍リロケーションのため安保諸費で作った施設があるが、これら施設の使用料(電話料金)につき日米間で意見の不一致があったものである(日本側の当初の立場は、右のイ、ロとも一般の専用線と同率の料金、米側の当初の立場は、右イについては警察料金と同率、ロについては施設・区域の一部であるので無償)が、長年の交渉の結果、昭和四六年五月の合同委員会の合意により既に解決をみている。イについては一般の専用線と同率、ロについては日本側による右施設の保守・修理に要する実費相当額)。
〔第八条〕
第八条は、気象業務に関して、日本側が米軍に与える協力を定める。
1 第八条は、日本側が同条の(a)から(d)までに列挙される気象業務を米軍に提供すべき旨規定しているが、軍隊の活動にとって気象条件は、最も重要な情報の一つであることを考慮すれば、同条の定める日本側の協力業務は、いわば当然の規定であると考えられる。なお、第八条は、米軍が自ら行なう気象情報収集活動には触れていないが、かかる活動は、軍隊の当然の機能の一つであると考えられ、協定上当然認められるところであると解される。また、第八条は、日本側のみの協力義務を定めているので一見片務的ではあるが、実際には、台風情報、飛行機観測資料、北米大陸の気象資料、その他の気象資料が米軍からも日本側に提供されている。(注59)
(注59)第八条については、合同委員会において「気象業務」に関する事項が合意されており、米軍が気象庁に提供すべき気象業務についても規定している。
2 なお、第八条の(a)から(d)までに列挙されている業務について述べれば、次のとおり。
(a)「地上及び海上からの気象観測」については、観測の結果が気象庁に集められ、気象庁で内外の気象機関の用に供するためラジオテレタイプ放送(JMG)を行なっているが、これとほぼ同様の資料が府中にある米軍気象中枢へ専用線を通じて送られている。
(b)「気象資料」については、主として気象庁の刊行する気象月報等の定期刊行物等を提供している。その他刊行されない資料についても、要請により閲覧の便等を与えている。
(c)「航空機の安全かつ正確な運航のため必要な気象情報を報ずる電気通信業務」としては、気象庁が気象解析を行なうために、近隣諸国の気象放送を受信しているものを、専用線により分送しているものが大部分である。
(d)「地震観測の資料」としては、気象庁が気象業務法に基づいて発表する津波警報が米軍に伝達されるようになっている。
〔第九条〕
第九条は、米軍人・軍属及びその家族の出入国について定める。
一 出入国及び在留
1 第九条の規定に従うことを条件として、米国は、軍人・軍属及びその家族を日本に入国させることができる(1項)。本項は、安保条約・地位協定の趣旨からして当然の規定であるが、法的には、これらの者の入国を一般的に認めないとする趣旨の国内立法が本項により排除される点に意味があると考えられる。なお、日本政府は、入国者及び出国者の数及び種別につき定期的に米側より通報を受けることとなっている(第九条に関する合意議事録)。
2 米軍人は、「旅券及び査証に関する日本国の法令」の適用から免除される(2項第一文)。又、軍人・軍属及びその家族は、「外国人の登録及び管理に関する日本国の法令」の適用から免除される(同第二文)。以上から明らかなとおり、軍人については、出入国及び在留に関する日本国の法令の適用をすべて免除される。このことは、外国軍隊の駐留を認める限り当然のことであって、例えばナト地位協定にも同様の規定がある(第三条)。軍属・家族については、旅券及び査証に関する法令を除き出入国及び在留に関する法令の適用が免除される。旅券及び査証に関する法令の適用とは、旅券及び査証の所持義務のみならず、出入国管理令のうちの上陸拒否(第五条)、上陸審査(第六条)等の入国に直接関連する諸規定の適用を含むものと解される。しからざれば、わが国としては、出入国管理令第五条1項の各号に列挙されるもの(例えばらい病患者―一号、精神障害者―二号、麻薬不法所持者―六号等)に該当する場合でも、軍属・家族については自由に入国させることとなるが、地位協定がかかる義務までわが国に負わせたものとは解せられない。ちなみに、軍属・家族が出入国管理令中のこれらの規定を免除されるとする場合は、これらの規定が外国人の管理に関する法令に含まれると読まざるを得ないが、第九条は、旅券→査証→登録→管理という入国滞在の手続の順序に着目して規定していることは明らかであり、上陸審査、上陸拒否等の規定を入国後の管理を念頭においた規定に含めて考えることが困難であることは明らかである。(注60)
(注60)軍属・家族も上陸審査等を免除されるとの考え方は、法務省のものであるが、その背景には、従来、これらの者についてはその身分確認しか行なっていない(五条使用地からの上陸の場合。施設・区域からの上陸の場合には、米軍に身分確認を委せている。)との実体がある。しかし、かかる実体と協定の解釈とは別であって、かかる実体については、別途その手続の省略を説明すべきものと考える(例えば、従来の軍属・家族の入国実績からみて行政裁量の範囲内で一定の手続を省略しても差支ないと判断された等)。
なお、入管令第五条の上陵拒否事由に該当する場合、人管令上非強制的退去命令(第十条)と強制的退去命令(第二十四条)とがあるが、軍属についても前者の命令は発出しうると考えられる。強制退去については、第九条6項の問題となる。
以上のように解すれば、外国人の登録及び管理に関する法令とは、外国人登録法及び出入国管理令のうちの在留資格・在留期間等に関する規定がこれに該当すると考えられる。なお、第九条2項ただし書は、軍人・軍属及びその家族が在留資格・在留期間に関する規定の適用を免除されることからいって、日本における永久的な居所又は住所を要求する権利を取得したものとはみなさない旨規定しているが、これは、当然の規定である。
3 軍人は、日本への出入国に当って、身分証明書及び個別的又は集団的旅行命令書を携帯し、又、日本にある間は、身分証明書を携帯し要請がある時は日本側当局に提示しなければならない(第九条3項)。なお、旅行命令書には、休暇命令書も含まれる。
軍属・家族は、米当局の発給した「適当な文書」(第九条2項第一文の反対解釈として、これは旅券である。)を携帯し、出入国の際及び日本にある間その身分を日本側当局が確認することができるようにしなければならない(第九条4項)。なお、以上の点については、合同委員会に詳細な合意がある(「出入国」に関する事項)。
二 強制退去
1 米国が第九条1項により軍人・軍属又はその家族として日本に入れた者の身分に変更があって(例えば軍人の現地除隊、これに伴なう家族の身分変更等)入国資格がなくなった場合には、米当局は、日本側当局にその旨通告し、又(ロ)日本側当局がその者の国外退去を要求した時は、米国は、日本政府に負担をかけることなく相当の期間内に日本から送り出さなければならない(第九条5項)。そもそも米軍の軍人・軍属及びその家族は、その身分が変更されたことにより協定の特権・免除等を全く受けない一般外国人となるのであり、当然日本の出入国管理令等外国人に対する法令の全面的適用を受ける。従って、日本政府が必要と認める場合には、自ら出入国管理令第二十四条等に基づいて退去強制を執行することも当然できる訳である(6項参照)が、本項の規定により、日本政府が米当局に対しその者の日本からの退去を要求すれば米当局はその責任において日本から送り出すことを約した訳である。
2 第九条6項は、日本政府が軍人・軍属の日本からの送出を要請する場合及び(ロ)旧軍人・旧軍属及びその家族並びに軍人・軍属の家族に対して強制退去命令を出した場合には、米当局は、それらの者の自国領域内への受入れ、その他日本からの送出措置をとることにつき責任を負うことにつき規定している。この場合、旧軍人・旧軍属及びその家族につき出入国管理令上の強制退去をなしうることについては、1で述べたとおりである。(注61)
(注61)尤も、これらの者に対する強制退去は、5項後段の日本側当局の退去要求にも拘らず米当局が「相当の期間内に」送出することをしない場合に行なわれることが予想されるところ、6項がかかる米当局の義務不履行をあらかじめ前提としたものとすれば問題がある。6項は、もともと行政協定にはなく、地位協定においてナト協定にならって追加されたものであるところ、第九条全体における6項の位置は、理論的に不安定で釈解上問題がある。
軍人・軍属につき送出要請の制度をとっているのは、軍人・軍属が外国人の登録及び管理に関する法令(強制退去は、これに含まれると解される。)の適用免除により軍人軍属には、国内法上退去命令を出してないことによる。この点は、2項によるかぎりこれらの者の家族についても同様であるが、6項は、家族との関係では、強制退去につき右法令の適用免除の例外を設けたものと解される。(この点、軍属は、それが軍の公務の目的のため日本に在留しているものであるので6項との関係では軍人に準ずるものとして取り扱われている訳である。)なお、合同委員会の出入国に関する追加合意(昭和三六年三月の合意)には、軍人・軍属の送出要請原因となる事項が列挙されているが、実質的には出入国管理令第二十四条に列挙される強制退去事由と大差がない。
〔第十条〕
第十条は、米軍人等の運転免許の効力等につき定める。
1 日本側は、米国が軍人・軍属及びその家族に対して発給した運転免許証等を試験又は手数料を課さないで有効なものとして承認する(第十条1項)。この意味は、これらの運転免許証等を道路交通法に基づいて発給される免許証と同様の効力を有するものとし、その所有者に対し自動車の適法な運転を認める趣旨である。これらの者は、その車両の運転については、日本において道路交通取締法規を遵守する義務を有するものであり、その違反については、司法処分が行われているが、米国の発給する免許証等については、その場合にも、日本側当局は、免許の取消し、停止等の行政処分を行なうことができない。
本項の立法趣旨は、軍人等にとって車両の運転は、重要な軍活動の機能の一つであること及び軍隊は、随時各国を移動するものであることに着目して、軍隊の効率的な活動をわが国においても確保するという点にあるが、この趣旨の規定は、同様の理由からナト地位協定にもみられるところである(第四条)。(注62)
(注62)(尤も、右の立法趣旨からすれば家族の免許証の有効性まで承認することは、立法論としては問題があるといえよう。ちなみに、ナト協定では、軍人・軍属の免許証のみが承認の対象となっている。(仏は、国内法上家族にまで特権を及ぼしている模様である。)
2 米軍隊及び軍属用の「公用車両」は、それを容易に識別させる明確な番号標又は個別の記号を付けることとなっている(2項)。右の「公用車両」とは、米陸海空軍及び軍属部並びに第十五条機関の所有に属する車両である。これらの公用車両には、道路運送車両法、自動車損害賠償保障法等の法令は、適用されない。
3 米軍人・軍属及びその家族の私有車両は、日本国民に適用される条件と同一の条件で取得する日本の登録番号標を付けていなければなちない(3項)。これらの車両には、日本法令が全面的に適用される。
4 以上の点については、合同委員会において「軍人・軍属等の私有車両の登録」に関する事項が合意されている。又、国内法では第十条実施のため「地位協定の実施に伴う道路運送法等の特例に関する法律」が制定されている。
〔第十一条〕
第十一条は、関税・税関検査の免除、特権乱用防止のための当局間の協力等につき定める。
一 関税免除
1 米軍人・軍属及びその家族は、協定中に規定のある場合を除くほか、「日本国の税関当局が執行する法令」に服する(l項)。右の法令としては、関税法、関税定率法、酒税法、砂糖消費税法、物品税法、トランプ類税法、揮発油税法、とん税法、たばこ専売法、塩専売法等がある。なお、本条の実施に関連する特例法としては、「地位協定の実施に伴う関税法等の臨時特例に関する法律」、「地位協定の実施に伴うたばこ専売法等の臨時特例に関する法律」等がある。
2 第十一条の規定に基づき関税その他の課徴金の免除を受けて輸入できる物品は、大別して二種類ある。
(1)第一の種類は、第十一条2項に掲げる次のものである。
(イ)米軍叉はその公認調達機関(具体的にはArmy Procurement Agency等の軍機関)が米軍の公用に供するため輸入する物品(当該米軍又は機関が米軍の公用に供するものである旨の米軍の証明書を付する必要がある。)
(ロ)ピー・エックス等第十五条機関が軍人・軍属及びその家族(及び第十四条特殊契約者)の用に供するため輸入する物品(当該機関がこれらの者の用に供するため輸入するものである旨の米軍の証明書を付する必要がある。なお、これらの物品については、第十一条に関する合意議事録第1項は、合理的な量に限らるべき旨を規定しているが、これは、これら物品が大量に輸入され、不当に横流しされたりすることをあらかじめ防止しようとの趣旨に出るものである。
(ハ)米軍、その公認調達機関及び第十五条機関以外の者が、米軍の専用に供するため又は米軍の使用する施設、物品に合体するため輸入する物品(当該物品がこれらの目的のため輸入するものである旨の米軍の証明書を付する必要がある。
(2)第二の種類は、第十一条3項に掲げる次のものである。
(イ)軍人・軍属及びその家族(及び第十四条契約者)の引越荷物及び携帯品(3項(a))(これに関しては合意議事録第二項において、貨物の船積みが所有者の旅行と同時であるを要せず、また、積込み又は船積みが一回であることを用しない旨規定している。)
(ロ)軍人・軍属が自己又は家族の私用のため輸入する自動車及びその部品(3項(b))
(ハ)軍人・軍属及びその家族(及び第十四条契約者)の私用に供するため合衆国軍事郵便局を通じて郵送される通常かつ相当量の衣類及び家庭用品(3項(c))(注63)(注64)
(注63)2項及び3項にいう「関税その他課徴金」とは、輸入に直接関連して課されるもののみでなく、むしろ「関税等の間接税一般」と解するのが妥当である。そうでないとすれば第十二条3項に基づく米軍による国内調達(一定の間接税が免除される)の場合と第十一条2項との均衡がとれない。従って、例えば輸入自動車に対する自動車取得税(自動車登録の際に課税)の課税免除は、公用車については第十一条2項、私用車については同3項によって説明されうるものである。(ちなみに、国内で購入される自動車の取得税は、公用車については、第十二条3項により課税免除、私用車については同8項により課税される。)
(注64)なお、2項第一文は、米軍隊等が公用のため輸入する資材、需品等は、「日本国に入れることを許される。」旨規定するが、右の「許される」とは、これらのものが米軍隊等の公用物品であることが証明される限り、わが国の輸入に関する法令上の規則をすべて免除される(輸入貿易管理令等の法令のみならず、例えば、米軍が医療用に麻薬を輸入する場合の厚生大臣の輸入許可―麻薬取締法第十四条―等を含む。)ことを意味するものと解される。
3 2項及び3項で与えられる免除は、物の輸入の場合のみに適用するものとし、関税及び内国消費税がすでに徴収された物を購入する場合に、当該物の輸入の際税関当局が徴収したその関税及び内国消費税を払いもどすものと解してはならない(4項)。
関税の免除を受けて日本に輸入された物は、日米の当局が相互間で合意する条件に従って処分を認める場合を除くほか、関税の免除を受けて当該の物を輸入する権利を有しない者に対して日本国内で処分してはならない(6項)。なお、この処分については、合同委員会の詳細な合意がある(「米軍人等の免税品の処分」「米軍人等の私有自動車の処分」「米軍機関の物資処分」)。これらの物は、関税等の免除を受けて再輸出することもできる(7項)。
二 税関検査
税関検査の免除に関して5項は、免除を受けることのできるものの範囲を行政協定に比べ狭くしている。すなわち、3項(a)において、
「合衆国軍隊の構成員」の字句を削除し、「命令により日本国に入国し、又は日本国から出国する合衆国軍隊」のみに限っている。したがって、軍人は、部隊として軍命令により集団的に出入国する場合のほか、税関検査を受けることになる。
3項(b)において、
「公用の封印がある公文書」に、「合衆国軍事郵便路線上にある公用郵便物」を加えている。これは従来cに「合衆国軍事郵便線上にある郵便物」の字句があり、公用のもののみならず私用のものも含んでいたが、これを公用郵便物に限定したものである。
3項(c)において、
前記のとおり、「合衆国軍事郵便路線上にある郵便物」の字句を削除し、「合衆国政府の船荷証券により船積みされる軍事貨物」とされている。
なお、cの「軍事貨物」に関しては、合意議事録第3項において、これは武器及び備品に限定されるものでなく、米国政府の船荷証券により米軍に向けて船積みされるすべての貨物をいうものとされ、さらに、この用語は、米軍に向けて船積みされる貨物を米政府の他の機関に向けて船積みされる貨物と区別するため用いられている旨規定している。
三 特権乱用防止のための協力
米軍は、日本側当局と協力して第十一条によって与えられる特権の乱用を防止するため必要な措置をとらなければならないことになっており(8項)、又は(9項)は、関税関係法令の遵守を確保するための日米双方の協力に関する事項を定めている。合同委員会は、施設・区域から出入国が行われる際の日本側税関吏の施設・区域立入りにつき合意している(「税関検査に関する事項」)。なお、合意議事録第4項は、米軍は、その持込みが関税法規に違反するような物品が軍人・軍属及びその家族によって、又はそれらの者のために輸入されないよう実行可能(判読不明)。定している。ここにいうその持込みが関税法規に違反するような物品には、関税定率法第二十一条に規定されている公安、風俗を害するおそれ、ある物品、麻薬、阿片等が該当する。
更に、税関当局は、第十一条の規定に基づく米軍人等による物品の搬入に関連する濫用又は違反があると認められる場合には、米当局に対しその問題を提起することができることとなっている(合意議事録第5項)。
〔第十二条〕
第十二条は、米軍による調達、調達資材等の免税、労務問題等につき定める。
一調達に関する一般的問題
1 米国は、「この協定の目的のため」又は「この協定で認められるところにより、」需品又は工事のための供給者又は工事者の選択に関して制限を受けないで契約することができる(1項第一文)。この規定は、調達に関してのいわゆる契約自由の原則をうたったものである。米軍は、わが国内法上一般には自由に需品及び役務を調達しうるのであって、右の規定が直接その根拠であると考える必要はない。この意味で右の規定は、当然のことを述べたものといえるが、強いていえば、右規定は、米軍による調達の自由を認めないとする趣旨の立法を排除するという点で一定の法的意味を有している。米軍は、日米の当局間で合意される時は、日本政府を通じて調達することもできる(同第二文)が、現実には殆どすべて直接調達によっている(日本政府が物品調達をしているのは、現在は昭和四三年よりの南鳥島・硫黄島におけるコーストガードに対する燃料の供給の例があるだけである。なお、労務については4項参照)。
2 米軍がわが国で調達する物資は、第三国に駐留する米軍等に仕向けることができるかという点がいわゆるヴィエトナム特需との関連で問題となったことがある。この点については、第十二条は、調達物資の使用につき地域的限定を定めたものではないと解されている。又、「この協定の目的のため又はこの協定で認められるところにより…」とは、米軍の調達が公用のためであるべきことを意味するのであって物資等の仕向先が「協定の目的」の範囲内であるか否かの問題は、生じない。第十二条3項の免税規定も米軍の公用調達という点にのみ着目しており仕向地は問題でない。(注65)
(注65)以上の解釈は、昭和四一年当時の政府の考え方による。政府の答弁は、調達物資等の仕向地等につき米軍は、日本側に通報する義務はなく、わが方は、仕向地には関知しないとのラインで行われ、「協定の目的」とは、施設・区域の提供目的であり、従って「極東の範囲」に限定され(以下判読不能)頁、昭和四一年二月十二日、衆・予議事録十四頁、同七月二十日、衆・外議事録十四頁、昭和四二年五月三十日、参・内議事録八頁等)。
3 なお、「地位協定の実施に伴う外国為替管理令等の臨時特例に関する政令」によって、米軍は、輸出貿易管理令に規定する義務又は制限を免除されているが、これは、米軍が協定上、イ調達について自由に契約を締結できること(第十二条1項)、ロ税関検査を免除されていること(第十一条5項)、ハ物品税その他の課税を免除されていること(第十二条3項)等を考慮し、安保条約・地位協定によって米軍の駐留を認める以上貿管令の右義務を免除することは当然と考えられたからである。(米軍の調達物資が輸出される場合には、このように国内法上も規制できないこととなっている訳である。)
4 米軍の調達が日本の経済に不利な影響を及ぼすおそれがある場合は、日本政府と調整の下に、又、望ましい時は日本政府を通じて間接調達をしなければならない(2項)。この規定は、本来希少物資(例えば、アルミニューム地金、米麦等)の調達を対象としたものである。なお、米軍は、調達計画の主要変更について、可能な限り事前に日本政府に関係情報を提供することになっている(第十二条に関する合意議事録第1項)。
5 合同委員会その他なお、適当な者は、日米両国の経済関係の法令及び商慣習の相違から生ずる調達契約に関する紛議の満足すべき解決につき研究することとなっている(合意議事録第2項)。なお、合同委員会は、契約様式等技術的事項を定めている(要旨には未掲載)。
6 「公認調達機関」なる用語が協定第十一条2項及び第十二条3項において使用されているが、これは、米軍の各軍別の調達機関(例えば陸軍では「在日米陸軍調達部」)の総称である。米軍の調達機関がわが国において米国と第三国とのMSA協定による域外買付の業務を兼ねて行なっていることが国会で問題とされたことがあるが、米軍調達機関のかかる活動は、日米相互防衛援助条約第六条1項(b)によって説明されている。(注66)
(注66)昭和三五年三月二六日、参・予二分科、同五月二日、衆・安保特。
二 調達物資の免税
1 米軍又は米軍公認調達機関が公用で調達する資材、需品、備品及び役務は、(a)物品税、(b)通行税、(c)揮発油税及びd電気ガス税を免除される(3項第一文)。米軍又は米軍公認調達機関以外の者(これは、第十四条契約者のみならず通常の日本人業者も含まれると解される。)が右の物品等を調達する場合でも、それが最終的には米軍の使用に供されるものである場合には、右の(a)及び(c)の租税は、免除される(同項第二文)。この場合、最終的には米軍の使用に供されるとの点につき米軍の適当な証明が必要であり(同項第二文)、この点についての課税免除を確保する手続が合意議事録において規定されている(第3項)。
右に挙げられていない日本の現在の又は将来の租税で、右の如く調達される物品等の購入価格の重要なかつ容易に判別されうる部分を構成すると認められるものについては、第十二条の目的に合致する免税又は税の軽減を認めるための手続が合意されることになっている(3項第三文)。この規定は、行政協定以来同文であるところ、今日まで追加的に免税が認められているものとしては、地方道路税、軽油引取税及び石油ガス税がある。
2 以上の課税免除については、「地位協定の実施に伴う所得税法等の臨時特例に関する法律」、「地位協定の実施に伴う地方税法の臨時特例に関する法律」が免除を規定している。なお、通行税につき右の所得税法等の臨時特例法は、軍人が軍隊の用務を遂行するため列車等を利用する場合の通行税免除を規定している(第七条)ところ、実際には国鉄は軍属・家族の乗車についても通行税を免除扱いしている模様であり、事実とすれば問題がある。
3 軍人・軍属及びその家族による物品及び役務の個人的購入には、租税は、免除されない(第十二条8項。なお、第十五条機関による商品及び需品の購入にも租税が免除されない。第十五条2項)。
4 3項の租税の免除を受けて調達された物は、日米の当局が相互に合意する条件に従って処分を認める場合を除くほか、免除の特権を有しない者に対して日本国内で処分してはならない(9項)。この点について合同委員会に詳細な合意があることは、既に述べたとおりである。
三 労務問題
1 日本における労務に対する米軍及び第十五条機関の需要は、日本側当局の援助を得て充足される(4項)。この規定は、いわゆる間接雇用を定めたものである。この規定により、米軍等の必要とする日本人労務者は、原則として日本政府が雇用し、米軍等に提供している。従って、労務者の雇用主は、日本政府(施設庁)であって、かかる労務者の労働条件等が日本の関係法令によって規律されることはいうまでもない。なお、かかる労務者は、政府に雇用されるものではあるが、国家公務員ではない(「地位協定の実施に伴い国家公務員法等の一部を改正する等の法律」第八条)。(注67)(注68)
(注67) 間接雇用の労務者の労働条件等には右の如く日本の関係法令が適用されるが、かかる労働条件等の遵守を具体的に確保するため日米間で合同委員会を通じて特定の合意が行なわれている。即ち、米軍に提供される労務については「基本労務契約」、第十五条機関については「諸機関労務協約」、及び船員として提供される労務については「船員契約」がそれぞれ日米間で締結され、右の労働条件等の確保のほか、日米両国間で処理されるべき問題(例えば、政府が労務者に支払う給与等の米側によりの政府への償還問題等。なお、第二十四条の項参照)につき細目を定めている。なお、右の基本労務契約等の内容がわが国憲法・労働関係法令の範囲内で実施しえない事項を含みえないことは当然のことである。
(注68) 行政協定時代は、第十五条機関の労務については、間接雇用の規定はなく、従って、直接米軍に雇用されていたが、解雇に関連する事案につき第十五条機関を当事者として裁判所・労働委員会の判決・命令が出された場合その実行につき複雑な問題があった(米側は、かかる事案につき裁判所等の管轄権を否定)ので、地位協定では、第十五条機関についても原則として間接雇用によることを定めたものである。なお第十二条6項の規定も行政協定には存在しなかったものである。
2 5項は所得税等の源泉徴収義務及び「相互間で別段の合意をする場合を除くほか」労働関係に関する労働者の権利は、日本の法令いよるべき旨定めるが、間接雇用の労務者については前述の如く日本政府が雇用主であるのでこの規定は、間接雇用については意味がなく従って、米軍が直接日本人労務者を雇用する場合のことを予想したものであると説明されている。(注69)
(注69) 昭和四十年四月二七日、参・外議事録八頁。尤も、5項の規定が間接雇用には当然のことで意味がないとする考え方については政府部内で意見が分かれる。即ち、安保国会当時の擬問擬答は、5項の「相互間で別段の合意をする場合」の例として6項の場合を挙げているが、6項の規定は、間接雇用にのみ適用される規定であるので、この解釈によれば、5項は、間接雇用をも念頭においていることになる。また、前述の基本労務契約等は、日本の法令の範囲内のものでなければならないが、米側としても、5項により、日本法令の範囲を越える基本労務契約等の締結をわが政府に要求できないこととなるのでその限りで5項は意味があるとする考え方がある。以上の点については、第十二条に関する合意議事録第5項が第十二条5項の「日本国の法令」とは、6項の規定に従うことを条件として裁判所・労働委員会の決定を含む旨規定していることからみても5項の規定は、間接雇用についても一定の積極的意味があると解するのが妥当であろう。なお、直接雇用の根拠については、右の考え方をとる場合には、「5項は主として直接雇用を念頭においたものである」との趣旨の説明で処理しうるものと考えられる。
3 米軍又は、「適当な場合」には、第十五条機関が労務者を解雇した場合で、雇用契約が終了していない旨の日本の裁判所・労働委員会の決定が最終的なものとなった際には、6項の(a)から(d)までに定める手続が適用される(6項頭書き)。この手続は、いわゆる保安解雇(施設・区域内の軍紀の維持の攪乱を含む安全上の理由による解雇)のケースについてのみ適用されることとなっている(合意議事録第6項)が、いかなる場合がこれに該当するかは、具体的な事例について判断されるものであるが軍隊の存立及びその目的達成上不可欠な紀律を乱すという積極的な行為を指すものであり、従って、通常の制裁解雇又は正常な組合活動による場合は含まれない(即ち、かかる場合は、合意議事録第5項にあるとおり、米側は、裁判所・労働委員会の決定に服する。)。
6項(a)…日本政府は、米軍又は第十五条機関に裁判所・労働委員会の決定を通報する。(注70)
(注70) 6項頭書きの「…適当な場合には、第十五条に定める機関」とは、地位協定による第十五条機関労務者が間接雇用に切り換えられるまでの時間を考慮した表現であり、従って「適当な場合」とは「間接雇用に切り換えられている場合」の意であり、現在は既に意味のない表現である。又、合意議事録第7項の「第十五条に定める諸機関は当局間の相互の合意に基づき第十二条6項の手続に従うことが了解される。」との規定も右の「適当な場合」を受けた規定であり、かかる当局間の合意としては「諸機関労務協約」がある。
6項(b)…米軍又は第十五条機関が当該労働者を就労させることを希望しない時は、米軍又は前記機関は、日本政府から6項aの通報を受けた後七日以内にその旨を日本政府に通告しなければならず、暫定的にその労働者を就労させないことができる。
6項(c)…前記の通告がある時は、日本政府と米軍又は前記の機関は、事件の実際的な解決方法を見出すため遅滞なく協議する。「実際的な解決」とは、米軍の保安上の理由から裁判所等の決定に従い労働者をもとの職場に戻すことができない場合には例えば他の職場への配置転換を行なうことも考えられるのでこのような解決を指すものである。
6項(d)…(c)の協議の開始から三十日の期間内に実際的な解決ができない時は、当該労働者は、就労することができない。このような場合には、米政府は、日本政府に対し、「両政府間で合意される期間」の当該労働者の雇用の費用に等しい額を支払う。右期間については、「…6項(b)に定める通告の後一年をこえないものとし、双方が同意しうる基準に基づいて6項(c)の協議の際決定されうる」趣旨を取り極めた交換公文が行なわれている(昭和三五年一月十九日)。右取極中の「基準」については、「基本労務契約」等に詳細が定められている。なお、6項(d)の規定によって労働者が現実に就労できなくなることと当該労働者と日本政府との間の雇用関係とは別の問題であり、6項(d)後段は、日本政府が労務者の雇用に要する費用につき米政府が償還する限度を定めたものであって、この限度(具体的には一年)以後も、労働者と日本政府との雇用関係は継続し、その終了は、専らこの両者の間で処理されることとなる。(注71)
(注71) 6項の規定は、軍隊の駐留を認める以上は軍の保安上の必要からする解雇(従って、裁判等においては米軍は軍機密の観点から証拠も出しえず、結果として敗訴になる場合がある)というものは認めざるをえず、又それが国際的にも当然であるとの立場にたちつつ、その場合の解決を軍の安全と労働者の保護の両者を考慮し、又通常諸外国でとられている措置(例えばボン協定)を参酌して定められたものである。
4 施設・区域内における通常の労働組合運動がどの程度まで認められるかという問題がある。この点については、協定第十二条5項にあるとおり、米軍に雇用される日本人労務者に対しても労働関係法令が適用されるものではあるが、一般に労働者が使用者の管理する施設内で組合活動を行なう場合には、当該施設内の秩序にしたがわなければならないものと考えられているところ、特に軍の使用する施設においては、その性質上、一般私企業等に比し、より厳重な規律が存在することから、組合活動についても、そのような制約を受けることは止むをえないものと考える。(従って、米軍が施設・区域内におけるハチマキ着用や集会を禁止しても直ちにこれが違法であると結論することはできない。)(注72)
(注72) 軍といえども施設・区域内の規律の維持及び業務の正常な運営に必要な限度を越えて不当労働行為となるような干渉をするようなことが認められないのは協定第十二条5項の規定から明らかである。
5 更に、米軍の海上輸送部隊にかかる日本人労務者は、かかる米軍とともに海外へ出かけて(具体的にはヴィエトナム水域)活動することが認められるか(労務者はあくまでも在日米軍の労務者であり、日本を離れるとともに在日米軍ではなくなるのではないか)との点が問題になったことがある。(注73)
(注73) 右の場合、米軍の軍事海上輸送司令部は、わが国を根拠として駐留し、これにかかる日本人労務者には、直接雇用になるLST乗組員(LSTは、Landing Suport Trausport)と間接雇用になるMC労務者(船員契約=Mariner’s Contractに基づく労務者でMC労務者と通称)とがある。
右の点については、船舶にかかる労務者は、航海することがその本質的任務であり、その船舶が日本の根拠地、司令部のある米軍輸送司令部に所属するものであるので、かかる米軍船舶の活動目的が安保条約第六条の目的(「極東の範囲」云々が問題となる。)に合致するものである限り、地位協定上問題がないと説明されている。(注74)なお、通常の陸上勤務の労務者についてもその用務に関連する海外出張が認められることは協定上何ら問題なく、「基本労務契約」においてもかかる出張を予想した規定がある。(注75)
(注74)昭和四十年二月二七、衆・予二分科議事録一九頁。昭和四二年六月十三日、衆・社労議事録十頁等。
(注75) LST労務者に関しては、右の問題のほか、これら労務者は、12条5項の規定により米軍により所得税等を源泉徴収されているにも拘わらず、他方において、船員法(陸上の働者にとっての労働基準法に相当する)の適用を除外されているので通常の日本人労務者(MC労務者は船員法で保護されている。)と同様の保護がないのは不当であるとされる問題がある。この点については、米軍から見れば、日本の国内法にLST労務者の労働関係の保護に関する規定がないので遵守すべき「日本国の法令」 充分でないというだけのことであって、国内官庁としては、米軍の遵守すべき国内立法を行なうか又は実質的に同等な保護基準を合同委員会で合意する等の措置をするか、又は現状でも実際は十分に保護されているのであればその旨説明すべきものであって、あたかも地位協定の規定に欠陥があるかの如き説明をすべきものではない。なお、日本国民として所得税等の納付義務のある限り誰が源泉徴収するかは単なる技術的問題であって、船員法自体の適用問題とは本来次元の異なる問題である。(尤も、本稿印刷中、昭和四八年六月末を以てLST労務者は全員解雇されることとなったのでこの問題は今後はなくなる。)
6 なお、第十二条7項は、「軍属は、雇用の条件に関して日本国の法令に●●(二文字、判読不能)ない。」旨規定するが、●●●(三文字、判読不能)、軍属の雇用条件等は専ら米軍内部の問題との趣旨に出るものであり当然の規定である。
〔第十三条〕
第十三条は、米軍財産、米軍人の所得等に対する課税の免除につき定める。
1 米軍が日本において保有し、使用し又は移転する財産について「租税又は類似の公課」は、課されない(1項)。免除される租税とは、国税たる法人税、所得税、地方税たる不動産取得税、都市計画税、法定外普通税等である。ボン協定には同様の規定がある(第六十七条1項)。ナト協定にはないが、いずれにしろ外国軍隊の駐留を認める限り当然の規定と考えられる。
2 米軍人・軍属及びその家族は、これらの者が米軍に勤務し、又は米軍・第十五条機関に雇用された結果受ける所得について租税が免除される(2項第一文)。免除される租税とは、国税たる所得税、地方税たる都道府県民税、市町村民税等である。ちなみに、右の者が軍人・軍属及びその家族であるという理由のみによって日本にある期間は、租税の課税上日本に居所又は住所を有する期間とは認めないこととなっている(2項第三文)。
3 第十三条の規定は、軍人・軍属及びその家族の「日本国の源泉から生ずる所得」について日本の租税を免除するものではない(2項第二文前段)。「日本国の源泉から生ずる所得」とは、例えば日本の学校、商社、テレビ放送局等に勤務等をして得る所得であり、右規定の意味は、右の如き所得は当然日本の税法に従って課税されるということである。なお、米軍・第十五条機関による雇用等の結果として、又は米政府と米国において結んだ契約に基づいて日本で受ける所得は、日本の源泉から生ずる所得とは認められない旨合意されている(第十三条に関する合意議事録。ちなみに、これらの所得には米国内法上所得税が課せられている。)なお、更に、第十三条の2項第二文後段は、米国の所得税のために日本に居所を有することを申し立てる米国市民に対し所得についての日本の租税は免除されない旨規定するが、これは、軍人・軍属及びその家族が米軍・第十五条機関による雇用等以外の事由によって報酬を得た場合、米国内法上は一定期間以上海外に居住する者にはその所得について米国所得税を課されなくなるが、このような場合には当然日本の租税を課することになるという趣旨であって、2項第二文前段の意味を更に確認したものであると解されている。(注76)
(注76) 第十三条2項の規定(第二文)は、右で述べた如く、軍人・軍属及びその家族がわが国において米軍との雇用関係以外から所得を得ることがあることを予想しているが、いかなる範囲で通常の職業活動が認められるかとの点については協定は何ら定めていない。この点は、これらの者が在留資格等の条件を免除されている(第九条2項)のは、あくまでも軍人・軍属及びその家族としての身分に着目してのことであるので、その身分を逸脱する如き活動(通常の職業活動があたかも本業とみられる如き活動)は認められないと考えるべきである。
4 軍人・軍属及びその家族が一時的に日本にあることのみに基づいて日本に所在する有体又は「無体の動産」(米国の株券、債権等を指す。)の保有、使用、移転についても租税が免除される(3項第一文)。免除される租税とは、国税たる所得税、贈与税、相続税、地方税たる都道府県民税、市町村民税、法定外普通税等である。右の免除は、投資とか事業のため日本で保有される財産又は「日本国において登録された無体財産権」(特許、商標等の工業所有権を指す。)には適用されない(3項第二文)。
5 第十二条の規定は、私有車両による道路の使用について納付すべき租税の免除を与える義務を定めるものではない(3項第三文)。日本には、この規定でいうような道路の物理的使用の程度に応じて課する税がないので(例えば自動車税は、道路使用税的部分と偖侈品に対する租税的な部分とから成っており「道路の使用について納付すべき租税」そのものではない)、私用車を所有する米軍人等は、自動車税、自動車重量税のうち道路使用税的部分と観念される一定割合を日本政府に納付している。(注77)
(注77) 米側は、これらの租税は第十三条3項第一文の「これらの者が一時的に日本国にあることのみに基づいて日本国に所在する有体……動産の保有、使用……についての租税」であるとの立場から課税の全面的免除を主張したものであるが、交渉の結果右一定割合につき納付の義務が合意されたものである。非納付部分の免除理由については、協定上説明としては第十三条3項第一文によることとなる。
6 第十三条の規定を受けた国内法としては、「地位協定の実施に伴う所得税法等の臨時特例に関する法律」、「地位協定の実施に伴う地方税法の臨時特例に関する法律」がある。
〔第十四条〕
第十四条は、米軍のいわゆる特殊契約者の指定、特権免除等につき定める。
1 通常米国に居住する人(米国法人を含む。)及びその被用者で、米軍のための米国との契約の履行のみを目的として日本にあり、かつ、米政府が2項の規定に従って指定するもの(以下特殊契約者と略称)は、第十四条に規定のある場合を除くほか、日本の法令に服する(1項)。右の指定は、第一に日本政府と協議して行なうことを要する。第二に、競争入札を実施することができない場合(その理由としては、安全上の考慮、関係業者の技術上の適格要件、米国の標準に合致する資材・役務の欠如又は米国の法令上の制限が挙げられる)に限り行なわれる(2項前段)。米政府は、特殊契約者が(a)その指定にかかる契約の履行を終了した時、(b)日本において米軍関係以外の事業活動に従事していることが立証された時、又はc日本で違法とされる活動を行なっている時は、右の指定を取り消す(2項後段)。(注78)
(注78) 本条の趣旨は、米軍が日本で必要とする建設や役務は通常は日本において調達されるものであるが、どうしても日本で間に合わないような場合にのみ米国業者の使用を認め、これに協定の特定の条項の利益を享有させるというものであり、この趣旨の規定は、各国の地位協定にも見られる(例・ボン協定第七十二条)。
なお、右の競争入札によれない理由のうち、安全上の考慮とは、秘密保持のことを指し、米国の法令上の制限とは、例えば特許法の関係で外国人に技術や資料等を提供できない場合等のことを意味している。
2 特殊契約者は、その身分に関する米当局の証明があるときは、協定の次の利益が与えられる(3項)
(a) 第五条2項の出入及び移動の権利
(b) 第九条の規定による日本への入国「第九条の規定」とは、具体的に何を指すかは必ずしも明らかではないが、従来より同条1項を指すものと解釈されており(安保国会当時の擬問擬答)、従って、第五条1項第二文の「協定による免除を与えられない旅客」に該当する。(注79)
(注79) この点、法務省側は、第九条の適用上特殊契約者は、軍属・家族と同様であるとの考え方であり、実際にもそのような取扱いをしている模様。
(c) 軍人・軍属及びその家族についての第十一条3項の関税その他の課徴金の免除
(d) 米政府の認める場合は、第十五条機関の役務を利用する権利
(e) 第十九条2項の米ドルの日本外への移転の権利
(f) 米政府の認める場合は、第二十条の軍票を使用する権利
(g) 第二十一条の軍事郵便施設の利用
(h) 雇用の条件に関する日本法令の適用除外
3 特殊契約者は、その身分であることが旅券に記載されていなければならず、その到着、出発、日本の居所は、米軍が日本側当局に随時通告する(4項)。
4 特殊契約者が前記の指定にかかる契約の履行のためにのみ保有し、使用し、又は移転する減価償却資産(家屋を除く。)については、米軍官憲の証明があるときは、日本の租税又は類似の公課を課されない(5項)このほか、6項及び7項は、特殊契約者につき、それぞれ第十三条3項及び同条2項と同様のことを規定している。
5 なお、日本側当局は、特殊契約者の日本における犯罪につき第一次裁判権を有しており、日本側がこれを行使しない場合にのみ米軍当局が裁判権を有する(8項)。
〔第十五条〕
第十五条は、米軍の才出外資金機関の取扱いにつき定める。
1 米軍当局が公認し、かつ、規制する海軍販売所、ピー・エックス、食堂、社交クラブ、劇場、新聞その他の才出外資資金による諸機関は、米軍人・軍属及びその家族の利用に供するため、米軍が使用している施設・区域内に設置することができる(1項(a)第一文)。これらの機関は、米政府の機関(「国防省の不可欠の部分」、米最高裁判決)であって、米軍人等の福祉、士気及び能率を維持することを目的として設立・運営されているものであるので、地位協定においてもこれら機関の活動を認め、協定上一定の利益を与えることとしているものである。(注80)
(注80) これら機関は、その機能の継続のために毎年の又はその他の予算配賦を受けず、かつ、その収入を国庫の才入に納付することを要求されていないので才出外資金機関といわれる。これら機関の存立の法的根拠は、各軍の軍規則にあり、それぞれの長官の権限・監督の下におかれている。
これら機関の活動は、各国の地位協定においても認められているところである(米比協定第十八条、ボン協定第七十一条等)。
2 国会等においては、社交クラブ等の娯楽施設は、いかなる意味で日本・極東の安全(施設・区域の使用目的)と関係があるのかとの問題が提起されるが、軍隊の福利厚生施設は、軍人等の福祉、士気、能力等の維持に必要なものであり、従って、一般に第十五機関の活動は、軍隊の通常の活動の一環と考えられ、安保条約に基づいてわが国で施設・区域の使用が認められている米軍がかかる福利厚生施設の維持を認められることは当然のことである。昭和二九年、東京地裁は、東宝を原告とする行政訴訟(いわゆるアーニーパイル事件)において、土地等を米軍人の娯楽等のため提供する場合は、必ずしも土地等の使用等に関する特別措置法第三条にいう「適正かつ合理的」に該当しないと判決した(本件は政府が控訴中和解)が、これは、かかる娯楽施設の提供が同法で強制的にできるためにはそれだけの客観的必要性(米軍にとっての必要性と地主等の受ける不利益との均衡の問題)がなけらばならないとの考えを示したものであって、米軍の娯楽施設が施設・区域を使用すること(又は、現在では実際には考えられないが、一般の娯楽施設をそのまま施設・区域として提供すること―アーニーパイル事件はこれに該当)を一般的に排除したものであるとは解されていない。
3 1項(a)第一文は、第十五条機関は「合衆国軍隊が使用している施設及び区域内に設置することができる」としているところ、これら機関の関係施設だけのため一つの独立した施設・区域を提供しうるかとの問題がある。しかし、この規定の趣旨は、これら機関の活動の性格(例えばピー・エックスについて言えば輸入品を免税価格で販売する)に鑑み、わが国の社会・経済秩序に与える影響を最小限にするためかかる機関の施置は施設・区域内に限るということであって、たまたまこれら機関が場所的な必要性等から一つの施設・区域の全部を占める(即ち、これら機関のために独立の施設・区域が提供される)ことが右規定により排除されるということではない。
4 第十五条機関は、協定に別段の定めがある場合を除くほか、日本の「規制、免許、手数料」「租税」又は類似の管理に服さない(1項(a)第二文)。この「規制、免許、手数料」とは、食品衛生法上の知事の許可、薬事法上の登録、クリーニング業法上の許可等を指すものと考えられる。又、「租税」とは、法人税、酒税、印紙税等である。
5 第十五条機関の利用者は、軍人・軍属及びその家族(1項(a))のほか、第十四条の特殊契約者(同条3項c)であるが、第十五条に関する合意議事録は、通常海外で「同様の特権」を与えられている米政府のその他の官吏及び職員(主として外交官がこれに該当することとなろう。)は、第十五条機関を利用することができる旨定める。右の「同様の特権」とは、主として物品の輸入に関する関税・内国消費税の免除特権であるが、米外交官等はいずれにしろ右特権を享受しているのでこれらの者が右機関を利用してもわが国として何ら問題がないので特にこれを認めたものである。なお、右機関利用の特権は、米国の外交官等に認められたものであるので第三国の外交官等がこれを利用することは認められない。
6 米軍当局が公認し、かつ、規制する新聞が一般の公衆に販売されるときは、当該新聞は、その頒布に関する限り、日本の規制、免許、手数料、租税又は類似の管理に服する(1項(b))尤も、この規定に該当する新聞は、現在ない(米軍の新聞としては、「スターズ・アンド・ストライプ」があるが、一般の公衆には頒布されていない。)。
7 第十五条機関の販売する物品は、日米の当局が相互間で合意する条件に従って処分を認める場合を除くほか、右機関の利用を認められない者に対して日本国内で処分してはならない(3項)。この規定は、第十一条6項及び第十二条の項と同趣旨であり、合同委員会で処分取極が合意されている。
なお、右機関は、日本の当局に対して、日本の税法が要求するところにより資料を提供することになっているところ(4項)、ここにいう資料とは、所得税法上の給与支払者の申告、給与支払調書、源泉徴収表等である。
〔第十六条〕
第十六条は、米軍人等の日本の法令の尊重義務につき定めるが、本項においては、まず米軍に対する我が国の法令の適用問題等につき一般論を述べ、その後第十六条の意味について触れることとする。
一 米軍に対する日本法令の適用
1 一般国際法上、外国軍隊には接受国の法令の適用がない。これは、軍隊が国家機関であり、接受国の主権の下に服さないことの当然の帰結である。従って、我が国に駐留する米軍(集合体としての軍隊及び公務遂行中の軍隊の個々の軍人等)に対しては、施設・区域の内外を問わず、原則としてわが国の法令の適用はない。右で原則としてというのは、地位協定上、特定の事項に関する法令の適用が日米間で合意されている場合があることを指している。例えば米軍車両側がわが国内を移動する際には我が国の法令―主として交通法令―が適用されることが協定第五条(合意議事録)で定められている。(注81)
(注81) 尤も、協定第五条の如き場合、日本法令の適用の対象は、軍隊(又は公務中の軍人等)であることから、通常の私人に対する適用とは自ずと異なる面があることは、当然である。従って、米軍による法令違反の責任を生ずるが、米軍(即ち米国)に対して、法令上の罰則(例えば罰金)が課せられるということはなく、また、かかる法令違反の行動に従事した米軍人等に対してもわが国が直ちに裁判権を行使するということにはならない(かかる場合協定第十七条により米軍が第一次裁判権を有する。)。もっとも、公務中の軍人等が軍隊の指揮命令とは無関係に、自らの故意・過失によって違法な行為を行なっていると判断される場合には、かかる行為を中止させるために公権力を行使することは当然認められてしかるべきである。
更に、右の如くわが国の法令が適用される場合、手続的にもあらゆる点がそのまま適用されると解する必要はなく、例えば一定の行動をとる際にあらかじめ市町村長への届出が義務付けられていても、相当の理由(軍機密の保持等)によりかかる届出の代わりに合同委員会とか外交ルートを通じてかかる届出を行なうことは排除されないと解される。なお、協定上、我が国の法令の適用が合意されている場合としては、右のほかの第十二条5項(労働関係に対する日本法令の適用)等がある。
2 以上のことは、協定上例外が定められている場合を除き、米軍が我が国の法令を無視して良いという意味では決してなく、外国軍隊が駐留先の国の国内法令を実体的に守って行動しなくてはならないことは軍隊を派遣している国の一般国際法上の義務と考えられる。(注82)
(注82) この点については、成文の規則が存在するわけではないが、陸戦の法規慣例に関する規則第四十三条は、「……占領者ハ絶対的ナ支障ナキ限占領地ノ現行法律ヲ尊重シテ成ルヘク公共ノ秩序及生活ヲ回復スル為施シ得ヘキ一切ノ手段ヲ尽スヘシ」と規定しており、戦時における占領軍の場合においても右の如く占領地の法令尊重の義務を課されているのであるから、平時において接受国の同意の下に駐留する外国軍隊が駐留地の公共の秩序と国民生活に悪影響を与えない為により厳格な法令尊重の義務を負うのは当然である。
米軍による右の如き法令の「実体的遵守」の内容は、第一次的には米軍の判断によることとなるが、この内容を日米間で特に具体的にしておく必要のある場合には、合同委員会において米軍が遵守すべき具体的事項につき日米間で合意することがある(第五条に関する項の注48参照)。
以上の如く、米軍は、わが国の法令を実体的に遵守する義務があるので、相当の理由なくしてわが国の公共の秩序や国民生活に悪影響を及ぼすような法令違反の行為を行なった場合(即ち実態的遵守義務違反があるとみられる場合)には、国際法に反する行為としてわが国は米国の国家責任を追及しうる権利を有する(この点は、右の如き合同委員会の合意違反についても同様)。
3 以上のことは米軍(集合体としての米軍及び公務遂行中の軍人等―具体的には軍人及び軍属―の行為は軍に吸収されるという意味でこれら公務中の軍人等)について述べたものであるが、個人としての軍人・軍属及びその家族に対しては、協定上適用除外が定められる場合(例えば第九条の外国人の登録及び管理に関する法令の適用除外等)を除き、日本法令が全面的に適用される。これは、これらの者が施設・区域の管理のうちにあると外にあると問わない。これらの者が施設・区域の内にある場合には、法令の現実の執行が米軍のいわゆる施設・区域の管理権により制約されることがある(例えば執行のための施設・区域の立入りには原則として米軍の許可が必要)が施設・区域が属地的に法令の適用から排除されるということはない。(注83)
(注83) この点については、例えば性病予防法第十二条(都道府県知事は、……性病にかかっていると認めるに足る正当な理由のある者に対し、……健康診断を受くべきことを命じ、又は、当該吏員に健康診断をさせることができる。)が施設・区域内の軍人等に適用があるかとの点がかつて国会で論議されたが、これに対しては、「第十二条は、健康診断を受けるべきことを命ずる下命行為と当該吏員をして健康診断をさせるという事実行為との二つの要素を持っているが、前者については対人的な処分として施設・区域内外を問わず適用があるが、後者については施設・区域の中に立ち入ることは特別の規定に基づかなければできない。」との趣旨の政府答弁が行なわれている(昭和四一年三月二五日、参・予議事録四頁)ところ、これは、以上で述べたことと同じ考え方に立つ答弁である。
なお、施設・区域内における日本法令の適用問題の考え方は、第三条に関する項で述べたところに尽きる。
なお、又、以上1から3までの考え方を最も端的に述べたものとしては、昭和三五年六月十二日、参・安保特の林法制局長官の答弁がある(議事録十八頁)。
4 次に、米軍の日本人労務者の公務遂行中の行為には、日本法令の適用があるかとの問題があるところ、この問題は一般論としては極めて困難な問題であるのでここでは省略せざるをえないが、少なくとも日本人労務者がガードとして銃砲を所持できるかという点が問題となったことがある。この点については、施設・区域のいわゆる管理権の趣旨に鑑み、施設・区域内において日本人ガードが公務上武器を所持することは、銃砲刀剣類等所持取締法の「法令に基づき職務のため所持する場合」(第三条1項一号)に該当し認められるとの政府答弁がある。(注84)
(注84) 昭和二七年十二月十七日、衆・外議事録九頁。なお、この点については、米軍隊の機関としての行動である限り違法性が阻却される(従って施設・区域の内外を問わない)との考え方がある(山内一夫前掲論文、三六二号十四頁)が、実際には、過去の合同委員会において日本側は、米側が施設・区域外において日本人ガードに武器を所持させることに反対した経緯がある。なお、ボン協定には、「軍隊に勤務する者」に一定の場合に武器の所持を認める旨の規定があり(第十二条1項)、これにはドイツ人雇用員も含まれると解されている。
なお、ついでに述べると、ナト協定には、「軍人は命令によって認められることを条件として武器の所持が認められる」旨の規定がある(第六条)。日米地位協定にはかかる規定はないが武器の所持は、いわば軍人の属性であり当然のことと考えられる。なお、ナト協定の規定は「軍属」に触れていない(この点学者に批判されている。ボン協定第十二条1項は、軍属による所持も明文で認めている。)が、軍属が軍隊の機関として行動する限り武器の所持が認められることは、当然と解される。
二 第十六条の意味
第十六条は、日本において、日本の法令を尊重し、及びこの協定の精神に反する活動、特に政治的活動を慎むことは、軍人・軍属及びその家族の義務である旨定めるが、個人としての軍人・軍属及びその家族には、前述のとおり原則として日本法令が全面的に適用され、従って、これらの者は、日本法令を(尊重のみでなく)遵守しなければならない。この規定の意味は、むしろ、通常の政治活動が必ずしも直接接受国の法令に触れることとはならないことを念頭に置きつつ、これらの者の政治活動を慎ませることにあると解される。尤も、これらの者の在日理由(安保条約の目的)とその政治活動とは本質的になじまないものであり、この意味では、第十六条は、全体として当然のことといえよう。なお、ナト地位協定の中の同様の規定(第二条)及び国連軍地位協定第二条は、軍人等に加え「軍隊」そのものをも規定の対象としているが、日米地位協定では、「軍隊」は、本来政治活動をする筈がないとの前提から特に挙げなかっただけのことに過ぎない。(注85)
(注85)合同委員会の合意(「刑事裁判官轄権に関する事項」)の中には「合衆国軍隊の構成員、軍属又はそれらの家族に対しては、日本国の法令を遵守し、日本国の警察の指示等に従うべき旨を強調した(米軍の)指示が既に発せられており、今後もなお定期的に発せられる。」旨の記述がある。
〔第十七条〕
第十七条は刑事裁判権の分配等につき定めている。
一 米軍当局の裁判権
1 第十七条の規定に従うことを条件として、米国の軍当局は、米国の「軍法に服するすべての者」に対して、米国の法令により与えられたすべての刑事及び懲戒の裁判権を日本において行使する権利を有する(1項(a))。米軍法に服する者の範囲については、米政府が合同委員会を通じて日本政府に通知することになっており(第十七条1項(a)及び2項(a)に関する合意議事録)、これによれば、米国統一軍法第二条及び第三条に掲げられるすべての者が含まれることとなっている(合同委員会合意「刑事裁判管轄権に関する事項」)ので、具体的には、陸海空軍の軍人、召集を受けた者、軍の学生、生徒、予備員等の外、米国外に駐とんする米軍隊に勤務し、或いはこれに雇用され、又はこれに随伴する軍属・家族等がすべて含まれるものと解せられている。米軍公用船の乗組員については、米政府又はその機関とタイム・チャーター(期間用船契約)を結んでいる船舶のすべての乗組員は、右の軍属に含まれるが、単なる航海用船契約又は一部用船契約の船舶の乗組員は、含まれないとされている(合同委員会の右の合意)。
2 第十七条の規定は、ナト協定第七条の規定と実質的に同文であるが、これら協定の締結後、累次の米連邦最高裁の判決により軍属・家族に対する平時における米軍法会議の管轄権が否定されるに至った結果(注86)、ナト諸国の間では、現在、軍属・家族は、右の「軍法に服するすべての者」には該当しないと解されている模様である。
(注86) 軍属を平時に軍法会議に付することが違憲であるとの判決は、一九六〇年の Guagliardo case において示された(これ以前の Covert case では、死刑についてのみ違憲ということであったが、この事件で初めて死刑以外についても違憲とされた。)。
平時における家族に対する管轄権については、一九六〇年の Singlton case で、死刑であると否とを問わず、軍法会議の管轄権は違憲とされた。
以上は、平時(in time of peace)のことであって、戦時には必ずしも当てはまらない(事実ヴィエトナムにおいては、軍法会議は、右よりも広い管轄権を行使していた。)。
わが国においては、建前上は軍属・家族も軍法に服する者に含まれるとの考え方が現在でもとられている。(軍属・家族に対する軍法会議の懲戒裁判権は現在でも否定されていないので、この点に着目して軍法に服するとの説明をすることとなろう。)刑事裁判権の実際の運用としては、軍属の犯罪について米軍当局は、米軍当局に第一次裁判権のある場合(3項)でも(例えば軍属の公務中の犯罪については公務証明を出さないとか第一次裁判権の不行使をわが方に通告して来るとかして)裁判権を行使しないのが現状である。従って、軍属・家族の犯罪には事実上わが国が専属的裁判権を行使している如き現象を呈している。
3 軍法に服する者については、国籍の如何が問われていないので日本国民との関係が問題となりうるが、この点につき、4項は、「前諸項の規定は、合衆国の軍当局が日本国民又は日本国に通常居住する者に対し裁判権を行使する権利を有することを意味するものではない。ただし、それらの者が合衆国軍隊の構成員であるときは、この限りでない。」旨規定し、この点につき合意議事録は、日米の二重国籍者で、米軍法に服しており、かつ、米国が日本に入れたものは、4項の適用上日本国民とみなさず、米国民とみなす旨規定している。従って、日本国民が軍法に服する者に該当する場合がたとえあったとしてもイその者が米軍人でない限り、又はロ米国籍も有し、かつ、米国が日本に入れたものでない限り、米軍当局の裁判権に服することはない。米国が日本に入れたものとは、心ずしも明らかではないが、米国の命令指示等により日本に入国した者と解されている。(注87)
(注87)津田実・古川健次郎「外国軍隊に対する刑事裁判権」十四頁。この点については、家族が右にいう米国が日本に入れたものに該当するのか否かが必ずしも明らかでない。第九条1項の規定からみる限り積極に解される。
4 1項aの規定は、軍法に服する者が日本の領域外で犯した罪につき日本国内で軍法会議に付することを排除していない(1項bの規定振りからしてこの点は明らかである。)。沖縄返還協定の合意議事録は、返還前の米軍人の犯罪につき米軍当局は、返還後もかかる犯罪につき裁判権を行使しうる旨規定しているが、これは、地位協定第十七条1項aからみれば当然のことを定めたものである(従って、単に合意議事録で処理した。)。
更に、1項aの規定自体としては、日本で犯した罪について日本国外に連れ出した上裁判することについては、何ら触れていないが、この点については、第十七条の他の規定上制約がある(後述)。
二 日本側の裁判権
1 日本の当局は、米軍人・軍属及びその家族に対して、日本の領域内で犯す罪で日本の法令で罰しうるものについて、裁判権を有する(1項b)。日本の領域内とは、安保条約第五条の「日本国の施政の下にある領域」と同義であって、従って、例えば返還前の沖縄は、含まれず、又、北方領土・竹島は除かれる。(注88)(注89)
(注88)例えばわが国の領空を通過中の米軍機の事故から生ずる刑事責任の問題も1項bの範ちゅうに入りうるものであることは明らかである。
(注89)わが国の港に寄港中の米軍艦船内の犯罪が1項bにいう日本の領域内で犯す罪に該当するか否かの解釈につき、ナト協定の場合の考え方を英国に照会したところ、右の如き犯罪は、軍艦上の犯罪には旗国の裁判権が及ぶとの一般国際法上の確立した原則で律せられるべきものであり、地位協定は、かかる犯罪の処理まで意図したものではないとの回答があった経緯がある(なお、以上の点についての解釈は、未だ国会等で議論されたことはない模様)。
2 1項bの規定は、米軍人等の日本国外での犯罪についてのわが国の裁判権を排除している。従って、例えばこれら米軍人等が来日前に刑法第二条(本法ハ何人ヲ問ハス日本国外ニ於テ左ニ記載シタル罪ヲ犯シタル者ニ之ヲ適用ス)に該当する罪(例えば偽造公文書行使、第二条五号)を犯したことがあっても、米軍人等としての身分で日本にある限り、日本側の裁判権はない。
その限りで1項(b)は、刑法第二条を排除している訳である。(注90)沖縄返還協定の合意議事録は、返還前の米軍人の犯罪につき日本側は返還後裁判権を行使しない旨規定したが、これは、地位協定第十七条1項(b)からみれば、当然のことを規定したものである(従って、単に合意議事録で処理した。)。
注(90)津田実前掲書も同様の考えをとっている。十三頁。
以上、第十七条1項(a)及び(b)からすれば、例えば軍人が、公務中であるか否かを問わず、わが国において殺人を犯した場合、1項(a)によれば米軍当局が裁判権を有し(軍法第百十八条等)、1項(b)によればわが国が裁判権を有することとなる(刑法第一条1項は、「本法ハ何人ヲ問ハス日本国ニ於テ罪ヲ犯シタル者ニ之ヲ適用ス」と定める。前記の例の場合は、刑法第二十六章等の罪に該当する。)。これが、いわゆる裁判権の競合と称されるものであって、この競合の場合の問題を解決(日米のいずれが裁判権を行使するか)するのが第3項の規定である。
三 専属的裁判権
1 米国の軍当局は、米軍法に服する者に対し、米国の法令によって罰することができる罪で日本の法令によっては罰することができないもの(米国の安全に関する罪を含む。)について、専属的裁判権を行使する権利を有する(2項(a))。右の罪は、米国法令違反の罪ではあっても、日本の法令に違反するものでなく、従って、日本の法益は何ら害されていないのであるから、かかる罪につき米軍当局が専属的裁判権を行使しても、わが国として何ら差支えない訳である。
2 逆に、日本の当局は、米軍人・軍属及びその家族に対し、日本の法令によって罰することができる罪で、米国の法令によっては罰することができないもの(日本国の安全に関する罪を含む。)について、専属的裁判権を行使する権利を有する(2項(b))。この点については、軍法第百三十四条との関係が、少くとも理論的には、問題となる。即ち、同条は、軍隊の秩序及び紀律を乱したり、軍隊の威信を害する性質の行為等を罰することとしているが、外国に駐留する場合、当該外国法令に違反する行為は、軍法の右規定により罰しうるのではないかとの考えがあるからである。この考え方に立てば、日本側が専属的裁判権を行使するケースはないことになる。しかし、実際にはかかる考え方は、米軍法会議自身によって否定されている模様である。(この点については、連邦高裁も軍法の右規定は憲法違反であるとの判断を昭和四八年三月行なっている。)(注91)
(注91)従って、実際には、例えば通常の交通違反(軍法では、酔払い運転、乱暴運転等については規定がある―第百十一条―のでその他の場合)については、日本側の専属的裁判権により処理されている。
3 2項及び3項の適用上、国の安全に関する罪には、(i)当該国に対する反逆、(ii)妨害行為(サボタージュ)、諜報行為又は当該国の公務上若しくは国防上の秘密に関する法令の違反が含まれる(2項(c))。この点につき合意議事録は、両政府は、2項(c)に掲げる安全に対するすべての罪に関する詳細及びそれぞれ自国の現行法の規定でそれらの罪を定めるものを相互に通報すべき旨定めている。米側からはこの通報はなされていない模様であるが、米国法令にいわゆる「反逆罪」、「エスピオネージ」というような罪がこれに当ると考えられる。(なお、米軍当局が専属的裁判権を有するものとしては、右のほか、「逃亡罪」、「抗命罪」、「上官侮辱罪」等軍規律に関する罪がある。)
日本当局からは、口頭で日本に対する反逆及び妨害行為(サボタージュ)諜報行為又は日本の公務上若しくは国防上の秘密に関する法令違反等なる旨通報している。具体的には、刑法上の内乱又は外患の罪、国家公務員法第百九条第十二号(公務上の秘密)、日米相互防衛援助協定等に伴う秘密保護法違反の罪が考えられる。
四 競合裁判権の分配
日米両当局の裁判権が競合する場合には、3項(a)(b)(c)の規定が適用される(3項頭書)。
1 米国の軍当局は、次の(i)及び(ii)の罪については、米軍人又は軍属に対して裁判権を行使する第一次の権利を有する(3項(a))。
(i)もっぱら米国の財産若しくは安全のみに対する罪又はもっぱら米軍隊の他の軍人・軍属若しくはそれらの者の家族の身体若しくは財産のみに対する罪
(ii)公務執行中の作為又は不作為から生ずる罪
2 もっぱら米国の財産のみに対する罪とは、例えば米軍の倉庫から軍用食糧を盗んだような場合を指す。しかし、盗んだものが日本の国有財産であったような場合は、これに該当しない。又施設・区域内における放火であっても、それが日本国又は日本国民の所有にかかる建造物を焼いた場合には、右に該当しないことは勿論、また仮に米軍所有の建造物を焼いただけであっても、具体的に公共の危険を生じたような場合には、右に該当しないと考えられる。
もっぱら米国の安全のみに対する罪とは、例えば施設・区域の中で米軍の機密を探知したような刑事特別法第六第に該当するような罪の場合を指す。
もっぱら軍人・軍属又はそれらの者の家族の身体若しくは財産のみに対する罪とは、例えば軍人相互の傷害暴行等を指す。軍人相互のこれらの行為が同時に日本人を傷つけたりする場合は、これに該当しない。ここにいう「家族」とは、地位協定第一条にいう家族である。日本人妻も含まれる(従って、軍人がその日本人妻に傷害を与えた場合には、米側が第一次裁判権を有する。)。(注92)
(注92)以上の点については、津田実前掲書に詳しい。
3 公務執行中とは、単に勤務時間中という意味ではなく、公務執行の過程においてという意味であると解されている。公務とは、法令、規則、上官の命令又は軍慣習によって要求され又は権限付けられるすべての任務若しくは役務を指す旨合意されている(合同委員会「刑事裁判管轄権に関する事項」。なお、合意の本文においては、具体的にいかなる行為が公務中の行為に該当するかにつきかなり詳細な了解が記録されている。)。
4 3項(a)(ii)については、公務か否かを誰が認定するかが最も重要な問題である。この点につき合意議事録は、「米軍人・軍属が起訴された場合において、その起訴された罪がもし被告人により犯されたとするならば、その罪が公務執行中の作為又は不作為から生じたものである旨を記載した証明書でその指揮官又は指揮官に代わるべき者が発行したものは、反証のない限り刑事手続のいかなる段階においてもその事実の十分な証拠となる」趣旨を定めている。このように公務の認定が一次的には指揮官に委ねられているのは、事件解決の迅速性という面からする要請を考慮したものであると考えられている。尤も、米側の公務証明書に反証がある場合は、日本側検事正は直ちに米側に通知し、それで解決しない時は合同委員会で結論を出すこととなっている(合同委員会の前記合意)。更に、3項(a)(ii)に関する前記合意議事録は、米側の公務証明書は、いかなる意味においても日本の刑訴第三百十八条(裁判官の自由心証を定める。)を害するものと解釈してはならない旨定めているが、これは、裁判において前記の公務証明書には法律上の推定の効果が与えられないことを意味するものと解されている。
5 日本側は、3項(a)の(i)及び(ii)以外の罪については第一次の裁判権を有する(3項b)。具体的に述べれば、日本側は、先ず、家族の犯した罪については常に
第一次裁判権を持つ。家族が例えば米軍人の身体に対して犯した罪(3項(a)(i)の如き)についても同様である。(なお、第十四条契約者に対しても常に日本側が第一次裁判権を持つ。第十四条8項)更に、軍人・軍属の犯罪であっても3項(a)(i)及び(ii)に該当しない罪については、日本側が第一次裁判権を持つ。
6 第一次の裁判権の意味は、当該権利を有する側がその権利を行使しないか又は放棄した場合を除き他方の側は、裁判権を行使しえないことを意味する。第一次裁判権を有する側が裁判権を行使するともしないとも明らかにしないまま事件を放置しておくことは、協定の趣旨に反する。第一次裁判権を有する国は、その権利を行使しないと決定した時はできる限りすみやかに他方の側の当局にその旨を通告しなければならない(3項c第一文)。合同委員会は、かかる場合の運用につき細則を定め、例えば米側が第一次裁判権を有する事件(軍人の公務中の犯罪等)でも日本人が被害者である如きものについては、かかる犯罪についての通知から十日以内に米軍当局が裁判権を行使するか否かを日本側に通告してこないときは、日本側が裁判権を行使できること等を定めている(合同委員会の前記合意)。
第一次裁判権を有する側の当局は、他方の側がその権利の放棄を特に重要と認めた場合において、その他方の側の当局から要請があったときは、その要請に好意的考慮を払わなければならない(3項c第二文)。3項cに関する合意議事録は、裁判権放棄の手続は、合同委員会が決定すべき旨規定し(第1項)、合同委員会は詳細な手続を定めている。更に、合意議事録同第2項は、日本側が第一次裁判権を放棄した事件の裁判及びa(ii)に定める罪(公務中の犯罪)で日本国・日本国民に対して犯されたものにかかる事件の裁判は、別段の取極が相互に合意されない限り、日本において、犯罪が行なわれたと認められる場所から適当な距離内で直ちに行なわれなければならない旨、及び日本側当局の代表者は、その裁判に立ち会うことができる旨定める。このような事件には、日本側としても国民感情もあり重大な関心があるということを前提にした規定である。この規定により、米側は、このような事件については、被告を日本国外に連れ出した上例えば米本国で裁判することはできないこととなる。(注93)
(注93)公務遂行中の軍人・軍属の行為は、軍隊の機関としての行為であるから、かかる行為には日本法令は適用されない旨前述した(第十六条の項参照)が、かかる行為が犯罪を構成し、米側が裁判権を行使しないときは、日本側が裁判権を行使することができるが、これは、右の行為を日本法令によって評価することを前提とすること勿論である。この意味では、右の行為にも日本法令は、いわば潜在的には適用されている訳である。これを「右の行為には法令の適用はあるが米側が不行使を決定しない限り裁判権は及ばない」と表現するか否かは言葉の問題である。ちなみに、英語の jurisdiction とは、右の場合、裁判権・管轄権という意味に加え、法令の適用自体の意味も含まれている如くである。
五 逮捕・身柄引渡し等の相互協力
1 日本側当局及び米軍当局は、日本の領域内における米軍人・軍属及びその家族の逮捕及び4項までの規定に従って裁判権を行使すべき当局へのそれらの者の引渡しについて相互に協力しなければならない(5項(a))。この規定により日本側が協力するべき対象は、協定上日本側の裁判権の対象となる罪を犯した米軍人等に限られない。即ち、米側の専属的裁判権の対象となる罪を犯した米軍人等や日本国外で罪を犯し米側裁判権の対象となる米軍人等(これらの者が協定上の軍人・軍属及びその家族として入国したと観念される場合。なお、この点は、第一条の項で述べたところ参照。)のわが国における逮捕等についても日本側に協力義務がある。この点につき、刑事特別法第十八条は、米軍からの要請がある場合には、日本側当局は、日本の法令による罪に係る事件以外の刑事事件につき米軍人等を逮捕できるとの趣旨を定めている。なお、協定第十七条5項(a)の規定によれば、米軍当局が日本側の第一次裁判権の対象となる者を逮捕したときはその身柄を日本側に引き渡すべきこととなるが、5項(c)は、その例外を定めたものと解される。
2 日本側当局は、米軍人・軍属及びその家族を逮捕したときは、米軍当局にすみやかに通告しなければならない(5項(b))。この点については、日米友好通商航海条約第二条は、いずれかの国の領域内で他方の国民が抑留された場合には、その者の要求に基づき、もよりの地にあるその者の本国の領事官に直ちに通告されるべき旨定めているが、米軍人等については、地位協定上の通告を行なえば足りるものと解されている。
なお、米軍当局が日本側の第一次裁判権の対象となる事件につき米軍人等を逮捕したときは、直ちに日本側当局に通告して来ることになっている(第十七条5項に関する合意議事録第2項)。
以上の点に関する通告の手続等については、合同委員会の詳細な合意がある(「刑事裁判管轄権に関する事項」)。
3 日本側が裁判権を行使すべき米軍人・軍属(家族が含まれていないことに要注意)たる被疑者の拘禁は、その者の身柄が米側の手中にあるときは、日本により公訴が提起されるまでの間、米側が引き続き行なうこととなっている(5項(c))。米側の手中にあるときは、米側の刑事手続上米側に拘禁されている場合のみならず、より広い意味で身柄が米側により拘束されていれば足りるものと解される。又、日本側が裁判権を行使すべきとは、日本側が第一次裁判権を行使すべきの意である。日本側の裁判権にしか服さない者についての身柄拘束は、常に日本側が行なう(合同委員会の右合意)。家族については、日本側がこれを逮捕した場合と同様に取り扱われるべきものと解される。即ち、この点について5項に関する合意議事録第1項は、日本側が第一次裁判権を有する事件につき、日本側当局が米軍人・軍属及びその家族を逮捕したときは、その犯人を拘束する正当な理由及び必要があると思料する場合を除くほか、米軍当局による拘禁に委ねるべき旨規定している。(注94)
(注94)なお、同項ただし書は、日本側当局がその犯人を取り調べることができることをその釈放の条件とした場合には、日本側当局の要請があれば、いつでも取り調べることができるようにすべき旨及び日本側当局の要請があれば、日本側当局がその犯人を起訴したときにその身柄を日本側当局に引き渡すべき旨定めている。なお、又、米側が逮捕した場合でも、日本側が特に身柄を確保する必要があると認めて要請した際には日本側に身柄が引き渡されることになっている(合同委員会の合意)。
右において、正当な理由及び必要とは、証拠隠滅等のおそれのある場合等が該当するものと解される。
以上の規定により、日本側が第一次裁判権を有する事件であっても、米軍人・軍属及びその家族の公訴提起までの身柄の拘束は、日米いずれの側が逮捕したかに拘わりなく、一定の場合を除き、米側によって行なわれることとなるが、この点は、従来国会等において第十七条の規定中最も問題にされて来ている。ナト協定においては、協定本文には日米協定の第十七条5項(c)と同様の規定があるが、合意議事録に該当する規定はないので、比較上は日本の方がより制約されているが如く見えるが、実際には、米側は各国と別途の協定を締結する等を通じて日米協定とほぼ同様の権利を確保している。(注95)
(注95)イタリー、トルコ、イギリス、ギリシア等。
以上の点は、もっぱら米国との政治的妥協の産物であり(米議会において米国が第一次裁判権を放棄する範囲が広すぎるとの議論があり、これに対抗するためせめて身柄拘束に関しては米側権利を広くしようとしたこと)、説得力ある説明は必ずしも容易ではないが、少くとも(イ)食事・寝具等の風俗習慣等の違いから日本側としてもこれらの者を拘禁することは不必要な手数がかかること、(ロ)米側の拘禁に委ねても逃走のおそれなく、又取調べ上は支障なく、米側による身柄拘束は、いずれにしても日本側による提起までの間という暫定的なものにすぎないこと、(ハ)対象となる事件については米側にも第二次的には裁判権のあるものであり、第一次裁判権を有する側と第二次裁判権を有する側との間の均衡の問題として米軍人等を米側に暫定的に委ねても必ずしも不当とは考えられないこと(この点は、前述のとおり、日本側の裁判権にしか服さない者の身柄は常に日本側に引き渡されることになっていることからもいえよう。)等の理由によりある程度の説明は可能と考えられる。
4 日本側当局及び米軍当局は、犯罪についてのすべての必要な捜査の実施並びに証拠の収集及び提出(犯罪に関連する物件の押収及び相当な場合にはその引渡しを含む。)について、相互に援助する。ただし、それらの物件の引渡しは、引渡しを行う当局が定める期間内に還付されることを条件として行うことができる(6項(a))。双方の当局は、裁判権を行使する権利が競合するすべての事件の処理(の結果)について相互に通告する(6項(b))。これらの規定の実施についての細則は、合同委員会において合意されている(「刑事裁判管轄権に関する事項」)。
5 米軍当局は、日本においてその裁判の判決を執行することができるが、死刑については、日本の法制が同様の場合に死刑を規定していない場合には、日本国内で死刑を執行してはならない(7項(a))。また、日本側当局は、米軍当局が第十七条の規定に基づいて日本の領域内で言い渡した自由刑の執行について米軍当局から援助の要請があったときは、その要請に好意的考慮を払うことになっている(7項(b))。
六 被告人の保護
1 被告人が「この条の規定に従って」日米いずれかの当局により裁判を受けた場合において、無罪の判決を受けたとき、又は有罪の判決を受けて服役しているとき、服役したとき、若しくは赦免されたときは、他方の側の当局は、「日本国の領域内において」同一の犯罪について重ねてその者を裁判してはならない。ただし、この項の規定は、米軍当局が軍人を、その者が日本側当局により裁判を受けた犯罪を構成した作為又は不作為から生ずる軍紀違反について裁判することを妨げない(8項)。この規定は、日米間での一事不再理を定めたものである。これは、「この条(即ち第十七条)の規定に従って」行われた裁判についての一事不再理であるから、日本側に第一次裁判権がある事件で、日本側がその放棄もせず又その不行使の通知もしていないのに米軍当局が先に勝手に裁判してしまった場合(又はその逆)には該当しないと解される(昭和四二年十月三日日本の最高裁判例。ナト協定関係国においても同様に解されている模様。)。この規定により、米軍当局により裁判された者については、わが国刑法第五条(「外国ニ於テ確定裁判ヲ受ケタル者ト雖モ同一行為ニ付キ更ニ処罰スルコトヲ妨ケス」)の規定は、排除されることになる。なお、協定の右規定は、「日本国の領域内において」の一事不再理を定めるものであるので、日本側による裁判後(例えば無罪の場合)、米軍当局がその者を日本国外に連れ出した上裁判に付することはわが方の関知するところではない。
2 米軍人・軍属及びその家族は、日本側の裁判権に基づいて公訴を提起された場合には、いつでも、次の権利を有する(9項)。
(a)迅速な裁判を受ける権利
(b)公判前に自己に対する具体的な訴因の通知を受ける権利
(c)証人対決権
(d)強制的手続により証人を求める権利(証人が日本の管轄内にあるとき)
(e)弁護人選択権又は無償で(又は費用の補助を受けて)弁護人を持つ権利
(f)有能な通訳を用いる権利
(g)米政府代表者と連絡し、及び自己の裁判に立ち会わせる権利(注96)
(注96)この点との関連で、9項に関する合意議事録は、米軍人・軍属及びその家族で日本の権限の下に拘禁されているもの(従って、公訴提起以前も含まれる。)に米国当局が要請すれば接見する権利があること(第二項)及び9項(g)の規定は、公開裁判に関する日本の憲法の規定を害するものと解釈されないことを規定している(第三項)。なお、右の裁判の立ち会いとは、刑訴上何らかの身分を与えられるというものではなく単なる傍聴者である。
右合意議事録第1項は、第十七条9項の(a)から(e)までの権利は、日本の憲法の規定により日本の裁判を受けるすべての者に保障されている旨述べるとともに、米軍人等は、これらの権利のほか、日本の裁判を受けるすべての者に対して日本の法律で保障するその他の権利を有するとして、具体的にわが憲法第三十四条及び三十六条から三十九条までの権利の一部を列示している。
右において、協定本文に掲げられる権利と議事録に掲げられるものとの法的な差は、前者については協定自身により保障されているが、後者は、日本の憲法が変われば(基本的人権なのでこれが変更されることは考えられないが)その限りにおいて変りうるということにある。尤も、前者の権利も憲法・法律の枠内のものであることは、合意議事録第1項の頭書きにあるとおりで、その権利の具体的実現の手続は、憲法・法律の定めるところによる。(注97)
(注97)以上の点については、昭和四二年日本の裁判所が米軍人を被告とする裁判で、所在不明の被害者(検事調書作成後行方不明)を証人として調べず、その検事調書を刑訴第三百二十一条1項2号(供述者が所在不明でもその者の書面で署名・押印のあるものは証拠としうる。)により証拠として有罪の判決をしたことに対し、米側が協定第十七条9項(c)(証人対決権)に反すると抗議越し、これに対し、わが方は、右証人対決権の具体的実現の態様は、わが国の憲法・法律(この場合刑訴)によるべき旨回答した経緯がある(いわゆるハロルド・タッカー事件。本件経緯は未公表)。
七 警察権(施設・区域内とその近傍)
1 米軍の正規に編成された部隊又は編成隊は、施設・区域において警察権を行う権利を有する。米軍隊の軍事警察は、施設・区域において秩序及び安全の維持を確保するためすべての適当な措置を執ることができる(10項(a))。この規定は、次の二つのことを意味する。
(1)施設・区域内において米軍当局は、通常すべての警察権を有する。従って、通常すべての逮捕は、米軍当局によって行われる(10項に関する合意議事録第1項前段第一文)。
(2)日本の警察権の施設・区域内における行使は、原則として行ないえない。従って、日本側の裁判権にしか服さない者の逮捕でも施設・区域内においては米軍当局が行ない、その身柄は、日本側に引き渡される(同合意議事録第1項中段)。(刑事特別法第十条1項は、右規定を受けて、右の如き逮捕は、米軍の同意を得て行うか又は米軍に嘱託して行なうべき旨定めている。)
2 尤も施設・区域内における右の如き米軍警察権は、属地的に排他的な特権ではない。もし、施設・区域内における米軍警察権の内容が、施設・区域外における日本の警察権のそれのように完全なものであり、かつ、施設・区域内においては、その場所が施設・区域内であるという理由で、すべての者に対して米軍のみが警察権を有し、日本の警察権が排除されるというのであれば、そのような米軍警察権は属地的に排他的な特権というべきであり、施設・区域内に、わが国の統治権の一部が属地的に及ばない場合といわざるを得ない。
しかしながら、施設・区域内の米軍警察権の内容は、施設・区域外における日本の警察権のそれのように完全なものではない。すなわち、右の米軍警察権には米軍人等に対する関係では司法警察作用を含むすべての警察作用を含むが、右以外の者(日本人等)に対する関係では、少くとも司法警察作用を含まない(このことは、米軍警察権が属人的なものであることのあらわれであるといえよう。なお、かかる米軍警察の行為に対して日本人が反抗することは、日本法令上の公務執行妨害罪とならない。また、逮捕も、刑事手続としての逮捕でなく、実際上とり押さえるという意味と解釈すべきであろう)。
一方、日本の警察権は、これを施設・区域内において行使するに当っては、重大な罪を犯した現行犯人を追跡逮捕する場合(後述)を除き、米軍当局の同意を必要とするが、同意があれば、米軍人等に対しても、その他の者に対しても、発動し得るのであり、その場合には、わが国の法令によって与えられている権限をわが国の法令に従って行使するのであるから、施設・区域内においても、日本の警察権はその権限そのものが制限されているわけではなく、その行使の仕方が制約されているに過ぎない。換言すれば、属地的に権限そのものが制限されているのではなく、権限はあるが、これを現実に行使するに当っては、重大犯人追跡逮捕の場合を除き、管理者でありかつ限定的ではあるが警察権を有している米軍当局の意向を尊重して、その同意を求めるという手続を経た上で行使することとしているに過ぎないのである(右の同意は、それまで無かった権限を与えるものではなく、本来存する権限の行使につき必要とされる一つの条件と考えるべきである)。
しかも、重大な罪の現行犯人を追跡して逮捕する場合は、施設・区域内においても、無条件にこれを行うことが協定上できるのであり(注98)、その場合には、通常の場合と同様わが国の法令に基づく権限をわが国の法令に従って行使するのである(これは、施設・区域内にも、日本の警察権が本来的に及んでいることのあらわれといえる)。
(注98)右合意議事録第1項前段第二文。なお、刑事特別法第十条2項は、この規定を受けて死刑又は無期若しくは長期三年以上の懲役若しくは禁こにあたる罪に係る現行犯人を追跡して施設・区域内において逮捕する場合には、米軍の同意を得ることを要しない旨定めている。
以上のように、日本の警察権は、施設・区域内にも本来及んでおり、属地的にその権限そのものが制限されているわけではない。従って、特別の場合(重大な罪の現行犯人追跡の場合)には米軍当局の意思に拘わらずこれを行使し得るのであるが、その他の場合は、わが国が米軍に対し施設・区域の使用を認めている関係上、そのいわゆる管理権を尊重し、わが国の強制的権限を無条件に行使することを差控えることとしているのである。このことは、一国の軍隊が他国に駐留する場合、その軍隊に使用が許されている施設・区域には、被駐留国の官憲は、軍当局の同意がない限り原則として立ち入るべきではないとする国際法上の原則に基づくもので、ナト協定の下でも同様に考えられており、国際法的には当然のことといえるのであり、なんら不当とするに当らない。
3 米軍事警察は、施設・区域内で秩序及び安全の維持のため「すべての適当な措置」を執りうるとされているが、具体的に例えば催涙ガスの使用も認められるかという点が問題になったことがある。この点については、「すべての適当な措置」とは、通常の場合には日本の警察官職務執行法程度の内容の範囲内の措置が考えられ、従って、秩序及び安全の維持を確保するため必要な場合には催涙ガスを含む武器の使用も(正当防衛等右法令で定めるが如き際には)認められてしかるべきであるとの政府答弁が行われている。(注99)
(注99)昭和四五年五月七日、衆・外議事録十六頁。
4 米軍当局は、施設・区域の「近傍」において、当該施設・区域の既遂又は未遂の現行犯にかかる者を法の正当な手続に従って捕逮できる。これらの者で日本側裁判権にしか服さないものは、すべて直ちに日本側当局へ引き渡される(右合意議事録第1項後段)。右において「近傍」とは、施設・区域の安全を害する犯罪の既遂又は未遂を行ないうる程度に当該施設・区域に近傍した場所を意味することになっている(合同委員会の右合意)。(なお、武器使用については、後述の施設・区域外の場合と同様に考えるべきであろう。)
5 日本側当局は、施設・区域内にあるすべての者・財産について、又所在地の如可を問わず米軍財産について、捜索、差押え又は検証を行なう権利を行使しない(米軍の同意があれば勿論別である)。このような場合、日本側が希望すれば、米軍当局が右行為を行なう。これらの財産で米政府又はその附属機関(例えば第十五条機関)が所有又は利用する財産以外のものについて裁判が行われたときは、米側は、それらの財産を裁判に従って処理するため日本側当局に引き渡す(右合意議事録第2項)(注100)
(注100)なお、右合意議事録第1項前段第一文及び第2項では、「合衆国軍隊が使用し、かつ、その権限に基づいて警備している施設及び区域」との表現が使用されているので、米軍が全く警備していない施設・区域では通常の逮捕・捜索等を日本側が行うことは排除されていないものと解される。
八 警察権(施設・区域外)
1 地位協定は、施設・区域外においても米側に軍事警察の使用を認めているが、かかる軍事警察の使用は、「必ず日本国の当局との取極に従うことを条件とし、かつ、日本国の当局と連絡して」なされるべきこと、並びに「合衆国軍隊の構成員の間の規律及び秩序の維持のため必要な範囲内」に限られるべきことが規定されている(10項(b))。施設・区域外の警察権は、米軍人等の逮捕等を含めすべて日本側が行うのが当然であるところ、この規定は施設・区域外の米軍人間の規律及び秩序の維持のためにはむしろ米軍警察を用いた方が実際的であるという点を考慮しつつ、他方では、かかる米軍警察の行動が日本側の警察権と衝突したり、日本の私人の権利等を侵害したりすることのないよう一定の条件を付することを目的としたものである。合同委同会の合意(「刑事裁判管轄権に関する事項」)には、右の条件につき詳細な規定を設けている。そのうちの主要点を次に述べる。
(1)米軍人等の現行犯の逮捕
(2)所在地の如何を問わず軍用財産等の安全に対する罪に関する現行犯については、日本の警察機関の措置を求めるいとまがないときには、その軍用財産の周辺で令状なくして逮捕し、又は、かかる行為を制止することができる。この場合、日本刑法の正当防衛・緊急避難に該当する場合にのみ武器(従って、催涙ガスも含まれると解される。)を使用できる。(従って、この場合には、米軍警察権は、日本人にも及ぶことになるが、右の逮捕、制止は、正当防衛的な自衛行為であって、一般にも条理上認められているところであり、かつ、又、現行犯人は、わが国の刑訴上、一般私人でも逮捕しうるのであるから、米軍当局によるこれらの自衛的な措置は当然のことである。)
(3)重大な罪の米軍人等の現行犯人を追跡逮捕するため必要なときは、令状なくして、施設・区域外の住居等(従って、日本人の住居も含む。)に立ち入ることができる。
(4)米軍人等が専属的に占有する場所(Places occupied exclusively by) においては、米軍当局はいかなる事件についても捜索又は差押を行うことができる。
(5)第十七条10項(b)は、米軍人間の秩序・規律の維持について規定しているが、軍属・家族間の秩序・規律維持についても合同委員会の定める条件に従って、米軍当局が当ることができる。右のため、米軍当局は、駅、公衆の娯楽のための建物等公開された場所に立ち入ることができる。(以上のほか、米軍当局による米軍専用列車の警ら、米軍用機墜落の際の措置等が規定されている。)
2 なお、米軍当局による施設・区域外での警察権の行使が協定に違反する場合(乱用等)には、当然合同委員会等で抗議することとなる。かかる当局の要員の行為が犯罪を構成する場合には、第十七条の規定により処理される。なお、損害が発生した場合には、第十八条の規定により損害賠償が行われる。
九 その他
1 安保条約第五条の規定が適用される敵対行為が生じた場合には、日米いずれの政府も、他方に対して六十日前に予告を与えることによって、第十七条のいずれの規定の適用も停止させることができる。この権利が行使された時は、両政府は、適用を停止される規定に代わるべき適当な規定を合意するため直ちに協議しなければならない(11項)。安保条約第五条の発動される如き事態には、軍事裁判権、軍事警察権の拡大が必要となることが考えられるので、かかる点を念頭において規定したものと考えられる。
2 第十七条の規定は、地位協定の効力発生前に犯したいかなる罪にも適用しない。それらの事件に対しては、行政協定第十七条の当該時に存在した規定を適用する(12項)。当然の経過規定である。行政協定第十七条は、昭和二八年十月二九日改正され、改正後は、地位協定第十七条と実質的に同文であるので、その時以後の事件については右経過規定は意味がないが、改正以前(米軍当局は、米軍人等のすべての犯罪につき専属的裁判権を有していた。)のものについて理論的な意味があった。
〔第十八条〕
第十八条は、地位協定の運用に関連して生ずる請求権の処理につき定める。本条の規定も、第十七条の場合と同様、ナト協定の規定と実質的に同一である。なお、本条については、5項の規定(米軍の活動から生ずる私人の請求権の処理)が最も問題となる。
一 防衛隊の財産に対する損害
1 日米各国は、自国が所有し、かつ、自国の陸海空の「防衛隊」が使用する財産に対する損害については、次のa又はbの場合には、他方の国に対するすべての請求権を放棄する(1項前段)。
a損害が他方の国の防衛隊の構成員又は被用者によりその者の公務執行中に生じた場合
b損害が他方の国が所有する車両、船舶又は航空機でその防衛隊が使用するものの使用から生じた場合。ただし、損害を与えた右車両等が公用のため使用されていたとき、又は損害が公用のため使用されている財産に生じていたときに限る。
2 第十八条を通じて使用されている「防衛隊」とは、日本については自衛隊をいい、米国についてはその軍隊をいうものと解されている(11項)。
3 又、第十八条を通じて「公務中」であるか否かが問題となる規定があるが、日本側につき自衛隊の構成員又は被用者の公務とは、わが国内法令により与えられた任務を遂行するためこれらの者に命じられた職務をいう。米側についてはその軍隊の構成員又は被用者の公務は、第十七条における公務の意味(法令、規則、上官の命令又は軍慣習によって要求され又は権限付けられるすべての任務若しくは役務)と同様に考えてよいであろう。(注101)。
(注101)第十八条に相当するナト協定第八条の1項では、「北大西洋条約の運用と関連する任務の遂行中」云々と規定しているところ、これはナト諸国の場合は、ナトに供出された軍隊と然らざるものとがあるので、このように規定されたものと考えられるが、日米条約の場合は、米軍については、それが日本にあるのはとりもなおさず安保条約に基づくものであるが、日本側の場合には、これに対応する自衛隊の任務は安保条約に基づくものではないので「単に」公務としたものである。ただ、米側についても安保条約の実施に関連しての公務とは限定されていない結果、例えば、米軍による日本人の災害救助活動等は、他の要件を満せば、第十八条にいう公務と考えられる(この点は、第十七条の場合も同様。)。
なお、公務中か否かの決定の問題については、8項に規定があるので後述する。
4 1項の規定は、2項との対比において、日本国内での財産の損害ばかりでなく、日本国外における場合にも適用されることは、文理上明らかである。(この点は、行政協定の第十八条2項が地位協定第十八条1項及び2項に該当する場合を併せて規定していた際に「日本国において所有する財産」としていたことからもいえる。)この点については「日本国における合衆国軍隊」の地位協定の趣旨に鑑みれば若干奇異であるが、他方、地位協定は安保条約の趣旨よりして日米の防衛隊が日本国外において共同で行動する場合等(公海上での共同演習等)をあらかじめ予想して右の如き規定振りをしたものと解されるので、右の文理解釈は妥当であると考えられる。(注102)
(注102)ナト協定も同様の規定振りをしているが、ナト条約自体が双務的であるので特に問題はない。
右の点については、昭和四七年八月、日米相互防衛援助協定の実施に関連する任務(具体的には本件援助により生産したミサイルの試験実施)により訪米中の自衛艦が米軍艦により衝突され破損するという事故があった際、米側は地位協定第十八条1項により処理すべく申し越した経緯がある。本件は、その後、両国の当局間で事実上処理されたが、本件は、右自衛艦の任務(広く解すれば安保条約との関係を考慮しうる)にも鑑み、米側提案通りに処理することも全く不可能ではなかったと考えられる(なお、本件経緯は未公表)。
5 海難救助についての一方の国の他方の国に対する請求権は、放棄される。ただし、救助された船舶又は積み荷が、一方の国が所有し、かつ、その防衛隊が公用のため使用しているものであった場合に限る(1項後段)。この規定は、海難救助の際の請求権の問題が個個の具体的場合に受けるべき報酬の額の決定等必ずしもその処理が容易ではないので、両国間の協力関係に鑑み、日米の国対国の問題である場合に限り(従って救助者が民間人の場合は本規定の枠外)これを相互に放棄することとしたものである。右規定の場合も日本国内における救助に限られない。なお、右請求権は、本来不法行為に基づき生ずるものではなく、従って、1項前段の請求権とその性格を異にするものであるが、一方の国の他方の国に対する請求権の放棄という点でその処理を同じくするものであるので便宜上1項の中に規定したものである。なお、又、右規定中、積み荷が公用のため使用中とは、現に積極的に公用に使用されていることを要するものではなく、防衛隊が使用するためであれば(例えば在日米軍の使用のため積載されていたジープ)足りると解される。
二 国有財産に対する損害
1 いずれか一方の国が所有する1項に規定される以外の財産で日本国内にあるものに対して1項に掲げるようにして損害が生じた場合には、両政府が別段の合意をしない限り、2項(b)の規定に従って選定される一人の仲裁人が、他方の国の責任の問題を決定し、及び損害の額を査定する。仲裁人は、又、同一の事件から生ずる反対の請求を裁定する(2項(a))。この項が対象とする国有財産が日本国外において損害を受けたとき(例えば、日本の公有船舶が公海上で米艦船に衝突された場合)には、この項の適用はなく、一般国際法によって処理されることとなる。他方、右の如き事故が日本の領海内で起った場合には本項によることは、5項(g)の規定振りからして明らかである(この点後述)。両政府の別段の合意としていかなるものが考えられるかは、必ずしも明らかではない。2項(b)以下の規定によらないことも合意できようが、いずれにしろ、わが方としては政府限りで処理しうるためには、国内法(特に国有財産法等)で認められる範囲内のものでなければならない。
2 仲裁人は、両政府間の合意によって、司法関係の上級の地位を現に有し、又は有したことのある日本人の中から選定される(2項(b))。仲裁人のための事務局の設置、その規模等の問題は、右の両政府間の合意によって処理されるものと考えられる。仲裁人の裁定は、日米双方に対して拘束力を有する最終的なものである(2項(c))。仲裁人が裁定した賠償の額は、5項(e)の(i)から(iii)までの規定に従って分担される(2項(d))。仲裁人の報酬は、両政府間の合意によって定め、両政府が仲裁人の任務の遂行に伴う必要な経費とともに、均等の割合で支払う(2項(c))。
3 右の場合において、日米双方は、いかなる場合においても千四百ドル又は五十万四千円までの額については、その請求権を放棄する。ドル対円の為替相場に著しい変動があった場合には、両政府は、前記の額の適当な調整について合意する(2項(f))。右控除額は、右の額を越えるすべての損害についても及ぶものである(右の額を越えない損害については、単に請求権の放棄となる。)。この場合控除の残額が5項(e)により分担される。(注103)
(注103)この点については、ナト協定第八条2項(f)は、「損害が次の額に達しない場合には、その請求権を放棄する。」とあるのでこの額を越える損害については、そもそも控除の必要はないとする考え方もあるが、ナト当事国間の解釈は前記のとおりの趣きであり(安保国会当時の擬問擬答)、わが国もこの解釈によって処理して来ている。
又、この解釈は、学者によっても支持されている(例えばStatus of Military Forces under Current International Law,Serge Lazareff,p.289)。なお、ナト協定の意味が右のとおりであることは、第八条2項(f)第二文が「その財産が同一の事件において損害を被った他の当事国も、前記の額までその請求権を放棄する」と規定していることからもいえよう。
「為替相場の著しい変動」につきいかなる変動が「著しい」とされるかの基準はない。ナト諸国においても「著しい」変動による調整が行なわれたことは現在までない模様。なお、調整についての日米間の合意は、合同委員会の合意として処理されることとなろう。
4 1項及び2項の適用上、国が所有する財産であるか否かの判断は、当該国の国内法によるべきものである。この点、行政協定(同協定第十八条2項は、他方の側の公務中の行為から国有財産に対する損害が生じた場合の請求権は、相互放棄としている。)時代から懸案になっている問題として三公社の所有財産は、国有か否かというものがある。(注104)
(注104) 対米債権としては、米軍車両の列車に対する衝突、電柱に対する衝突等、債務としては、国鉄が洞爺丸事故により公務中の米軍人三八名に与えた損害が考えられる。
三公社が日本政府機関でないとする日本側論拠は、(1)設立は国家行政組織法によらない、(2)公共企業体として国の経営する事業体とは区別されている、(3)国家賠償法の適用を受けない、(4)財産は、国有財産法の適用を受けない等。米側がこれに反論する論拠は、(1)設立は商法によらない、(2)予算は国会に提出され、会計検査院の検査に服する、(3)主管官庁の監督に服し、総裁は内閣等の任命にかかる等。
ちなみに、三公社が政府機関でない場合には、米軍の公務中の行為による損害は、地位協定第十八条5項(行政協定も実質的に同文)により、又、三公社が米軍人に与えた損害は、いずれの協定にも解決の規定なく、通常の司法手続により処理される。政府機関である際は、前者については地位協定第十八条2項により処理され(行政協定では第十八条2項により日本側が請求権放棄)、後者については、地位協定第十八条4項(行政協定にも実質的に同文あり)により米側が請求権放棄。
5 1項及び2項の適用上、船舶について「当事国が所有する」というときは、その国が裸用船した船舶、裸の条件で徴発した船舶、又は拿捕した船舶を含む。ただし、損失の危険又は責任が当該当事国以外の者によって負担される範囲については、この限りでない(3項)。右のただし書きのうち、「損失の危険」は、被害の危険負担を意味し、「責任」は、加害責任を意味する。「当該当事国以外の者」とは、実際上主として船主又は保険会社である。ただし書き全体の意味は、たとえば、日本政府が裸用船した船舶は、3項本文により日本政府所有の船舶とみなされ、これが被った損害又はその使用により相手国財産に与えた損害に対する請求権は、第十八条1項又は2項の適用を受けるが、この船舶が例えば米国船舶により破損せしめられた場合において船主又は保険会社が被害の危険を負担することになっていたときはその範囲において右船舶は「わが国が所有する」財産と認められず、また、逆に、右船舶が米国船に損害を与えた場合において船主又は保険会社が加害責任を負担することになっている範囲において「わが国が所有する」船舶と認められないこととなる。従って、例えば、右の被害の事例において、この裸用船された船舶が自衛隊が使用しているものであり、加害米国船が国有の軍用船である場合には第十八条1項(b)の適用があり、わが国は、右被害から生じた米国に対する請求権を放棄することになるが、若し船主が損害につき保険をかけていたとすると、保険会社は右船主に保険金を支払い、その金額につき日本政府に対し求償することとなるが、この場合右保険会社による危険負担の限度で第十八条1項の適用が排除され、その限度で日本政府は請求権を放棄しないことになるから、日本政府は保険会社に対する支払額につきさらに米国政府に支払いを請求することができることとなる。
三 軍人の公務中の死傷
1 日米各国は、自国の防衛隊の構成員がその公務の執行に従事している間に被った負傷又は死亡については、他方の国に対するすべての請求権を放棄する(4項)。行政協定第十八条1項は右規定に相当する規定であるが、右の如き死傷が他方の国の軍人又は文民たる職員によるものであるときとして加害者についても規定しているが、この点は、地位協定の右規定が他方の国に国家責任のある場合を対象としていることは明らかであり、従って、公務執行中の他方の国の軍人又は文民職員による事故であることについては何ら相違はない。尤も加害行為につき何ら規定がないので、人による事故のみでなく、営造物の設置管理上の瑕疵に基づく等当該他方の国乃至その防衛隊が法律上の責任を有する人的損害の場合にも適用があるものと解される。
2 又、被害者については、行政協定は、軍人のほか「文民たる政府職員」(中央政府の職員を指すと合同委員会で了解されていた。)が含まれていた。地位協定では、この文言がないので、かかる者(日本人の場合)の損害は、5項で処理されることとなる。
3 4項の規定の対象となる死傷者の請求権の処理の問題は、当該請求権を放棄した国の国内問題である。例えば、わが国の場合は、被害者たる自衛隊員(又は家族等)は、(国家公務員災害補償法、国家賠償法、民法等により)損害賠償の請求を日本政府に対して行なうこととなる。すなわち、「地位協定の実施に伴う民事特別法」の例えば第一条は、米軍人又は被用者がその職務を行なうについて日本国内において違法に他人に損害を加えたときは、国の公務員又は被用者がその職務を行なうについて違法に他人に損害を与えた場合の例により、国がその損害を賠償する責に任ずる旨規定するが、右の如き自衛隊員は、直接にはこの規定に基づき国に賠償を求めることができる訳である。(なお、民事特別法第二条は、米軍の営造物等の瑕疵にかかる損害についても第一条と同様の趣旨を規定している。)(注105)
(注105) この点の考え方については、衆・安保特議事録二八頁参照。
なお、4項については、請求権の放棄には外交保護権の放棄のみならず被害者個人が相手国に提起しうべき請求権の放棄も含まれるかという問題がありうるが、右の如き被害者の公務中の行為は、被害者の国の行為であるので、そもそも被害者個人の相手国に対する請求権は生じないものと解される。
四 米軍の公務中の行為による私人の損害
1 公務執行中の米軍人・米軍の「被用者」の作為・不作為又は米軍が「法律上責任を有する」その他の作為・不作為は事故で、日本において「日本国政府以外の第三者」に損害を与えたものから生ずる請求権(契約による請求権及び6項又は7項の規定の適用を受ける請求権を除く。)は、日本が5項の(a)から(g)までの規定に従って処理する(5項頭書)。一定の行為につき米軍が「法律上責任を有する」か否かの決定は接受国の法令による(ナト協定につきLazareff 前掲書三〇三頁)。日本については、5項(a)の「日本国の自衛隊の行動から生ずる請求権に関する日本国の法令」によることとなる。公務執行中の米軍人等の作為等は、米軍が「法律上責任を有する」ものの典型的なものとして例示されているに過ぎない。右からすれば、米軍の「被用者」には、軍属、直接雇用の日本人労務者が含まれることは明らかであるが、これに限らず、法律上米軍との雇用関係がなくともこれと選任監督の関係があれば足りると解され、従って、通常の基本労務契約による間接労務者も含まれる。又、第十五条機関の使用人も右の「被用者」に含まれることが行政協定時代より了解されている(合同委員会の合意「民事裁判管轄権に関する事項」)。
2 更に、右規定のうち「日本国政府以外の第三者」については、米軍人・軍属及びその家族、国連軍地位協定にいう国連軍の軍人・軍属及びその家族は右の「第三者」に含まれないことが了解されている(合同委員会の右合意)。これらの者が含まれないのは、これらの者に対する損害は、米軍自身により処理されるべき性質のものであるとの考えによる。同様に、米軍・第十五条機関の直接・間接の日本人労務者の公務執行中の損害に関しては、これら労務者は、右の「第三者」には該当しないと解される。(注106)
(注106) 尤も、昭和四一年十二月の合同委員会の合意は、間接雇用の労務者は右の「第三者」に含まれる旨合意した。従ってかかる労務者は、労災の対象になる如き損害については、労災保障によるか本項によって保障を受けるかのいずれにもよりうることとなった。
又、米政府職員で米軍人・軍属でない者及び米政府自身の財産が損害を被った場合にも米軍内部の問題として処理されるべきものであるので、右の「第三者」には該当しないと解される。
3 契約による請求権の除外については、かかる請求権の処理は、別途なさるべきであるとの考えによる。かかる請求権としては、契約に基づく債務履行の請求権及び債務不履行に対する損害賠償の請求権が含まれる。請求者は、かかる請求権につき直接米軍を相手にわが国の裁判所に訴を提起することはできるが(10項但書)、実際には10項に定める合同委員会の調停により解決がはかられるものと考えられる。(注107)
(注107) 合同委員会の合意の「演習場の立入に関する事項」には、生計目的のために立入りを許可された私人がその立入りの結果射撃等により傷害を受けた場合、米側に故意重過失のない限り、米側は第十八条5項の責任を負わない旨の規定があるが、右の如き私人があらかじめ請求権放棄を行なっていない限り合同委員会の右の如き合意の妥当性には疑問がある。又、右の合意が、日本政府は右の私人に対し補償はするが、米側の分担分につき米側を免責としたものに過ぎないとするものであったとしても、合同委員会の合意によって日本政府の協定上の請求権を放棄しうるかについては疑問がある。
4 5項頭書の対象となる請求は、「日本国の自衛隊の行動から生ずる請求権に関する日本国の法令」に従って、提起し、審査し、かつ、解決し、又は裁判する(5項(a))。右の法令については、現在自衛隊の行動から生ずる請求権の処理に関する特別立法はないので、国家賠償法によることとなるが、同法第四条は、一定の場合には民法によることも定めるので民法の相当条文(具体的には第七一五条、第七一七条、第七一八条等)もこれに該当する。この点については、原子力損害賠償法が右の「日本国の法令」に該当するか(自衛隊は、原子力軍艦を保持していないから、原賠法は、適用されず、従って、米原子力軍艦による事故の救済は不十分なものとなるのではないか)との点が問題とされたことがある。しかし、5項(a)の規定の趣旨は、米軍の行動が自衛隊の行動であったものとした場合に、その行動による損害の賠償の請求権に関する日本の法令を適用するということであって、理論的に自衛隊の行動に適用になれば足り、原子力軍艦を現に自衛隊が保持しているかどうかという問題とは関係がない。従って、原子力損害の賠償に関する法律もここでいう「日本国の法令」に該当する。(右法律は、国の保有する原子力施設についても適用があるので、自衛隊も国の機関として適用が排除されるものではない。)(注108)
(注108) 右の趣旨の政府答弁については、昭和三九年九月十七日、衆・外議事録十一頁参照。
5 次に、5項の規定は、米軍の故意又は過失による損害についてのみ適用があるのか又は米軍が地位協定によって与えられる権利の正当な行使(例えば施設・区域の適法な使用等)に伴なって生じた損害にも適用があるかという問題がある。この点について国家賠償法は、国又は公共団体が賠償責任を負うのは、公務員が故意又は過失により違法に他人に損害を与えた場合、又は公の営造物の設置若しくは管理に瑕疵があったために他人に損害を生じた場合となっている(民事特別法第一条及び第二条が同様の規定をしているのは右を受けたものである。)ので、人による損害については、過失責任主義であり、営造物による損害については、特定の人の故意又は過失がなくとも右規定の適用があり、従って、この場合には無過失責任が認められることとなる。右によれば、米軍の通常の適法な行為から生ずる損害については、5項によっては(従って、第十八条によっては)解決できないこととなる。地位協定がかかる損害の処理を規定していないのは、かかる米軍の適法行為による損害(通常の飛行活動による騒音から生じる損害、その他通常の活動が農林漁業に与えるべき損害)は、米軍にその責を帰することはできず、他方、かかる損害は、日本が米軍の駐留を認めたことから当然期待されるものであるので、専ら日本内部で処理されるべきものであるとの考え方によるものである。「日本国に駐留するアメリカ合衆国軍隊等の行為による特別損失の補償に関する法律」(いわゆる「特損法」)及び「防衛施設周辺の整備等に関する法律」は、右の考え方に基づき制定されたものである。
なお、原賠法は、無過失責任主義をとっている(第三条)ので、米原子力軍艦の事故についてはこれにより補償が行なわれることとなる。(注109)
(注109) 米原潜の寄港に関する昭和三九年八月十七日付米側エード・メモワールは、「事故が発生した場合の補償については、地位協定の規定に従って措置するものとする。地位協定第十八条5項(a)の規定に基づいて、一九六一年六月十七日の日本国法律第一四七号(注:原賠法)は、同法が日本国の船舶に適用される限度において、通常の原子力潜水艦に係る原子力事故で、放射能汚染による疾病を含め負傷又は死亡をもたらしたものについての請求の処理に対してもひとしく適用される。」旨確認している。
6 日本は、5項(a)の対象となるいかなる請求をも解決できるものとし、合意され(和解を意味するものと解される。)、又は裁判により決定された額の支払を日本円で行なう(5項(b))。このような支払又は支払を認めない旨の確定裁判は、日米双方の国に対して拘束力を有する最終的のものとする(5項(c))。日本が支払をした各請求は、その明細並びに5項(e)の(i)及び(ii)による分担案とともに、米側当局に通知する。二箇月以内に回答がなかった時は、その分担案は、受諾されたものとみなす(5項(d))。
5項の(a)から(d)まで及び2項の規定に従い請求を満たすために要した費用は、日米双方が次のとおり分担する(5項(e))。
(i) 米国のみが責任を有する場合には、裁定され、合意され、又は裁判により決定された額は、その25%を日本が、その75%を米国が分担する。
(ii) 日米双方が責任を有する場合には、右の額は均等に分担される。損害が日米いずれかの防衛隊によって生じ、かつ、その損害をこれら防衛隊のいずれか一方又は双方の責任として特定できない場合は、右の額は均等に分担される。
(iii) 比率に基づく分担案が受諾された各事件について日本が六箇月の期間内に支払った額の明細書は、支払要請書とともに、六箇月ごとに米側当局に送付する。その支払は、できる限りすみやかに日本円で行わなければならない。
7 右規定のうち、5項(e)の(i)の分担が頻繁に問題とされる。即ち、米国のみが責任を有する場合に、何故日本も25%を分担しなければならないのかという点であるが、この点についてほ、(イ)米軍は、日本の防衛に寄与するためわが国に駐留しているところ、米軍の公務中の行為による損害は、(個々の軍人等の故意・過失による場合であっても)安保条約の運用との関連で生じたものであること、(ロ)請求権の処理を接受国の法律に従って行なうことに鑑み、受入国としても一部を負担することが公平な額の決定に資することとなること(即ち、受入国も一部負担となれば、額の決定も合理的なものとなる)、(ハ)ナト諸国間においても同様に処理されていること等によって説明を行なうことができる。(注110)
(注110) 従来主として右の(イ)及び(ハ)によって説明している。衆・安保特、四月七日議事録五頁、昭和三九年四月十日、衆・内議事録五頁等参照。
なお、5項(e)の規定は、2項の場合にも適用されるところ、日本のみに責任ある場合(例えば自衛隊員が公務執行中に米政府財産に損害を与えた場合)には、理論的には日本のみが100%負担することになるが、これは不公平ではないかとの問題が考えられるが、この点は、米政府の通常財産が日本で損害を受けるという実体はあまり考えられないので、実際上は問題ないとして説明することとなろう。
8 米軍の軍人又は披用者(日本の国籍のみを有する被用者を除く。)は、その公務の執行から生ずる事項については、日本においてその者に対して与えられた判決の執行手続に服さない(5項(f))。米軍人等の公務中の行為は、米軍の機関としての行為と観念されるから、地位協定上明文で認められる場合を除き日本の裁判管轄権に服するものではないと考えられる。行政協定は、かかる行為については、「日本国において訴を提起されることがない。」旨明らかにしていた。地位協定の右規定によれば、訴は提起されうるが強制執行には服さないということになるが、地位協定の当該規定はナト協定を踏襲したものであるところ、その意味は必ずしも明らかではない。しかし、いずれにしても、米軍人等の公務中の行為にかかる損害については、日本政府を被告として訴訟ができるのであるから、被害者としても米軍を相手とする訴訟には実質的利益はなく、被害者保護に欠けるということはない(参・安保特、六月十二日、議事録二九頁)。なお、「披用者」から日本人が除かれているのは、米軍の機関として行動した場合であっても日本人である限り日本の裁判手続に完全に服するということを念の為規定したものである。しかし、この場合も、損害は、日本政府によって保障されるのであるから、米軍の被用者たる日本人を相手とする訴訟には実質的利益はない。
五 海事損害
1「この項(5項)の規定は、(e)の規定が2に定める請求権に適用される範囲を除くほか、船舶の航行若しくは運用又は貨物の船積み、運送若しくは陸揚げから生じ、又はそれらに関連して生ずる請求権には適用しない。ただし、4の規定の適用を受けない死亡又は負傷に対する請求権については、この限りでない。」(5項(g))
この(g)の規定(ナト協定も同文)は、分りにくく立法技術的に拙劣であり批判に値するが、その意味は、要するに、米軍艦船によるわが国領海内の日本の私人の船舶等に対する物的な損害の問題は、5項によらず一般国際法(従ってこの場合は旗国法たる米国法)によって解決するが、人的な損害(死傷)は、被害者保護のため特に迅速な救済を必要とするのでこの場合も5項によって解決するということである。これを詳述すれば、次のとおり。
2「この項(5項)の規定は、(e)の規定が2に定める請求権に適用される範囲を除くほか」とは、右の如き米軍艦船による日本の私人の船舶に対する物的損害には5項の規定全体が適用されないが、2項で定める如き場合(例えば米軍艦船が日本の通常の国有財産たる公有船舶に物的損害を与えた場合)には、同じ物的海事損害ではあるが、5項の関係規定、即ちこの場合は分担率を定める5項(e)の規定が依然として適用されるという意味に過ぎない。(即ち、右の如き除外を規定しなければ、2項で定める如き海事損害には、5項(c)の分担率が適用されないかの如き印象を与えるのでこれを避けるべく念の為除外規定をおいたものである。)
3「ただし、4の規定の適用を受けない死亡又は負傷に対する請求権については、この限りでない。」とは、物的海事損害については、5項の規定によらないが、人的損害については5項によって解決するということ、尤も損害を被った者が公務執行中の自衛隊員である場合には、5項によらず4項によるということを意味するに過ぎない。
4 通常の物的海事損害にかかる請求権の処理がナト協定でも日米協定でも地位協定によっては処理されないこととされているのは、右の如き損害は額も巨大になり、専門的知識を必要とし、法律関係も複雑になりがちなので、通常の陸上損害とは別途の扱いをすることが妥当と認められたからである。(注111)
(注111) 衆・安保特、四月七日議事録五頁、参・安保特、六月十二日議事録二十頁。尤も、行政協定では、5項(g)の如き例外規定がなかったので、右の如き海事損害も5項(行政協定では第十八条3項に該当)で解決できる建前になっていた。この点は、地位協定の方が日本国民に不利になった(日本で裁判を受けられない)のではないかとの議論があるが、これに対しては、地位協定第十八条は、全体としてナト協定を踏襲したものであるところ、ナト協定にみられる如く海事請求権の除外は、西欧諸国を通じて一般的な考え方であったので、この点についてもナト協定の規定をそのまま採用したものであると説明する以外にない(昭和三六年五月二六日、衆・内議事録七頁)。
右の如く除外された請求権は、一般国際法によって処理されることとなる。即ち、国際法上一国の軍艦又は公船が他国の裁判権に服さないことは確立した原則であり、その与えた請求権の処理は、旗国法によることとなる。これら請求権を解決する米国国内法としては、米原潜の寄港に関する前述の米側エード・メモワールにおいても確認されているとおり、合衆国公船法、合衆国海事請求解決権限法及び合衆国外国請求法がある(注112)。損害を被った日本国民は、米国に対して右の法律に基づき直接賠償の請求を行うこととなるが、日本政府がその場合のあっせんその他必要な援助を与えることを目的とした「特殊海事損害の賠償の請求に関する特別措置法」が制定されている。
(注112)右の米国法律の概要は次のとおり。
(公船法)
公船法には、司法的救済及び行政的救済の二つの方法が定められている。司法的救済については、日本国民は、米国のいかなる地方裁判所に対しても米国を相手として訴を提起することができる。(米法典七八五条)しかして、公船法は、手続法であるから、訴の提起された米国裁判所は、適用のある法規及び法理全体を実体法として判断を下すこととなる。公船法に基づく行政的救済については、米国の司法長官は、同法に基づいて現に訴訟が行われている請求を仲裁し、示談し又は解決する権限を与えられており、金額上の制限は定められていない。(米法典七八六条)(この行政的仲裁は、通常の海事損害については過失主義を建前としているといわれる。)他方、この手続は、公船法に基づく訴訟手続が進行しているときにとられる点において他の二法による行政的救済と趣きを異にしている。
(海事請求解決権限法)
同法(米法典七六二二条)によれば、海軍長官は、海軍艦船の生ぜしめた損害を百万ドルをこえない範囲内であれば同長官限りで行政的に解決しうることになっている。ただし、この額をこえうるものについても、議会より支出承認を得れば解決しうる。(この法律に基づく解決にあたっては、過失主義を建前としているといわれる。)
(外国請求法)
この法律は、友好関係の維持・促進の見地から請求の迅速な解決をねらったもので、その方法は、行政的救済である。すなわち、三軍の長官は、それぞれ、一万五千ドルの範囲内ならば行政的に請求を解決しうることになっており、また、これをこえる額については、議会の支出承認を得た上で同様の解決をなしうることになっている。(米法典二七三四条)(外国請求法の場合には、米国政府が損害の原因であることをもって足り、責任の立証を必要としない。)
なお、米原子力軍艦による原子力損害が人身に及ぶ場合は、原賠法第三条により無過失責任主義が適用されるが、米本国法で解決されるべき海事損害には無過失責任主義が適用されるのかという問題がある。この点については、公船法による司法的救済の場合に米国の裁判所が必ず無過失責任原則に基づく判決を下すものと断定すべき明確な根拠はない一方、原子力損害のように異常に大きな災害の場合にも、一般の船舶の衝突の場合と同様に過失責任のみを認めることになると考えるのは当をえないであろう。公船法及び海事請求解決権限法による行政的救済の場合には、過失責任を建前としているといわれているが、外国請求法の場合には、米国政府が損害の原因であることをもって足り、責任の立証を要しないとされているので無過失責任を認める立場と解される。
5「船舶の航行若しくは運用」のうち、運用(operation)とは、波止場に停泊しているときの船舶の状態をいうものと解される。「貨物の船積み、運送若しくは陸揚げ」のうち、運送(carriage)とは、船積みから陸揚げまでの間の運送であり、陸揚げ(discharge)とは、船舶からはしけを用いて陸揚げする場合、船―はしけ―陸の全過程を含むものと解される。従って、右の海事損害には、海上のみでなく港の施設等における事故も含まれることがある訳である。(昭和三六年十月五日、衆・内議事録六頁)。
なお、5項(g)の対象となる加害船舶は、協定第五条1項で定義される米軍用船舶であるとの答弁がある(昭和三六年五月二六日、衆・内議事録八頁)。
6 5項(g)により5項の規定を除外した海事損害とは、もともと船舶の衝突等海事法上の問題として処理されるものであったところ、日本では沿岸のノリ養殖、たこつぼ等ナト協定では本来予想されていない事情があり、これらの損傷まで5項の適用除外とすることは、5項(g)の立法趣旨に反し実際的ではないと考えられたので、これらのいわゆる小規模海事損害は5項により処理されるべき旨を確認した口上書が昭和三五年八月二二日に日米間で取り交わされている。即ち、右の口上書は、5項(g)の解釈を確認したものと説明されている。(注113)
(注113)本件口上書が地位協定署名(昭和三五年一月)後半年以上経て交わされたのは、協定署名後になって右の如き解釈の必要性が認識されたためである。
なお、本件口上書の理由、経緯、内容等かつて国会で非常に問題とされているが、審議の模様については、昭和三六年十月五日、衆・内議事録六頁、同十月三一日、参・内議事録三頁等参照。
なお、又、右口上書の内容は、昭和三七年十一月一日付けの官報に告示されているが、その告示の全文は次のとおりである。
「日本国とアメリカ合衆国との間の相互協力及び安全保障条約第六条に基づく施設及び区域並びに日本国における合衆国軍隊の地位に関する協定第十八条第五項(a)から(f)までの規定は、次の種類の損害に対する請求に適用されることが日本国政府及びアメリカ合衆国政府の間に確認された。
昭和三十七年十一月一日
防衛施設庁長官 林一夫
一 沿岸海域における海産動植物の増養殖に対する損害
二 漁網に対する損害
三 二十トン未満の船舶に対する損害で一件二千五百合衆国ドル以下の請求に係るもの
四 類似の損害で合同委員会を通じて合意されることのあるもの
なお、四の合同委員会を通じて合意されたものは、次のとおりである。
(1)二十トン未満の船舶の船荷に対する損害で一件二千五百合衆国ドル以下の請求に係るもの。ただし、船舶とその船荷が同一の請求の所有に属するときは、当該船舶及び船荷に対する請求は、一件の請求として取り扱われるものとする。
(2)えびかご、たこつぼ、はえなわ、かきかご、えり・やな及びおだ並びに魚、えび、たこその他の海産動物を捕獲するために漁業者が使用する類似の措置に対する損害」
7 分担の問題については、小規模海事損害は、5項の適用があるので5項(c)により分担されることは明らかであるが、5項(g)により除外される海事損害の補償は、全額米国により負担されることとなる(昭和三六年五月二十六日、衆・内議事録五頁)。又、小規模損害の補償は、5項により処理されるのであるから、補償額には(米本国法による場合のような)限度はない(前記議事録六頁)。なお、右口上書の中には、「二十トン未満の船舶に対する損害で一件二千五百合衆国ドル以下の請求に係るもの」との文言があるが、この額については、第十八条2項(f)の場合と同様、為替相場に著しい変動があった場合には当然修正することになるとの政府答弁がある。(注114)
(注114)昭和三六年十月五日、衆・内議事録十頁。
六 軍人等の公務外の行為による損害
1 日本における不法の作為又は不作為で公務外のものから生ずる米軍の軍人又は被用者(日本国民である被用者又は通常日本に居住する被用者を除く。)に対する請求権は、6項の(a)か(d)までの規定により処理する(6項頭書)。米軍人等の公務外の行為は、いわば私人としての行為であるから、かかる行為から生ずる請求権の問題は、通常の司法手続きにより、解決することとすることも考えられるが、軍人等は、その職業からして移動性を持っており、通常の訴訟によっては被害救済の目的を実際は果たし難いので、地位協定は、右の如き請求権の処理についても特別の手続を定めたものである。なお、被用者とは、5項頭書にいう被用者と同様に考えられるが、日本国民又は通常日本に居住する者は除かれる。けだし、これらの者の公務外の行為から生ずる請求権の処理が通常の日本人の場合と異にする理由はまったくないからである。
2 日本側当局は、6項頭書の如き請求権に関するすべての事情(被害者の行動を含む。)を考慮して、公平かつ公正に請求を審査し、及び請求人に対する補償金を査定し、並びにその事件に関する報告書を作成する(6項(a))。その報告書は、米側当局に交付するものとし、米側当局は、遅滞なく、慰謝料の支払を申し出るかどうかを決定し、かつ、申し出る場合には、その額を決定する(6項(b))。右の場合、日本側の査定は、米側を法的に拘束するものではないが、米側の慰謝料の決定の(判読不明)慰謝料の申し出があった場合において、請求人がその請求を完全に満すものとしてこれを受諾したときは、米側当局は、自ら支払をしなければならず、かつ、その決定及び支払った額を日本側当局に通知する(6項(c))。6項の規定は、支払が完全に満すものとして行なわれたものでない限り、米軍人・被用者に対する訴えを受理する日本の裁判所の裁判権に影響を及ぼすものではない(6項(d))。従って、被害者は、当初から、又は呈示された慰謝料を不満として訴訟を提起できる訳である。この点は、9項(a)の規定からも明らかである。
3 米軍の車両の「許容されていない使用」から生ずる請求権は、米軍が「法律上責任を有する」場合を除くほか、6項の規定に従って処理される(7項)。「許容されていない使用」とは、使用の許可を与えられないで使用した場合及び公用以外の用途に使用した場合をいうものと解される。「法律上責任を有する」とは、不許可使用等をさせたことに米軍が責任を有する(監督不行届き等)場合であり、かかる場合には、5項によることは当然である。
4 第十八条を通じて米軍人等の一定の行為が公務中であるか否かは、重要な意味を持つことは明らかである。公務中であるか否かの決定について、行政協定第十八条4項は、「各当事者は、……その人員が公務の執行に従事していたかどうかを決定する第一次の権利を有する。」旨規定していた(国連軍協定第十八条4項も同じ)が、地位協定にはかかる規定はない。しかし、地位協定においてもこの点は、同様であろうと解される。かかる第一次的な決定に他方の側に異議がある場合には、8項の規定によることとなる。即ち、同項は、米軍人・被用者の不法の作為又は不作為が公務中のものであるか否か、又、米軍車両の使用が許容されていたものか否かについて紛争が生じた時は、その問題は、2項(b)の仲裁人に付託するものとし、この点に関する仲裁人の裁定は、最終的なものとする旨定めている。
七 民事裁判管轄権・調停
1 米国は、日本の裁判所の民事裁判権に関しては、5項(f)に定める範囲(即ち、公務中の行為)を除くほか、米軍人・被用者に対する裁判権免除を請求してはならない(9項(a))。施設・区域内に日本の法律に基づき強制執行を行うべき私有の動産(米軍が使用している動産を除く。)があるときは、米側当局は、日本の裁判所の要請に基づき、その財産を差し押さえて日本側当局に引き渡す(9項(b))。民事特別法第五条は、右の規定を受けて、右の如き動産については米側に引き渡しを要請すべき旨定めている。
2 日米双方の当局は、第十八条の規定に基づく請求の公平な審理及び処理のための証拠の入手について協力する(9項(c))。(なお、この点との関連で述べれば、米側は、米軍人等の公務執行中の行為につき米軍人等が証人等として日本の裁判所に出頭することを拒否するとの態度をとっている模様)
3 米軍による又は米軍のための資材、需品、備品、役務及び労務の調達に関する契約から生ずる紛争でその契約の当事者によって解決されないものは、調停のため合同委員会に付託することができる。ただし、この項の規定は、契約の当事者が有することのある民事の訴えを提起する権利を害するものではない(10項)。この但書により右の如き紛争については、直接米軍を相手に訴訟を起こすことも可能であると解される。
八 その他
1 2項及び5項の規定は、「非戦斗行為」に伴って生じた請求権についてのみ適用する(12項)。ここにいう「戦斗行為」とは、安保条約第五条が発動され、これに対処するための「戦斗行為」を指すものと解され、この場合12項の意味は、安保条約第五条により米軍が現にわが国防衛義務を直接に履行している状況においては、米軍の公務中の行為から生じる右の如き民事上の請求権の解決方法も地位協定の一般規定によることは妥当でなく、かかる事態に応じた別途の処理に委ねることとするとの意であると考えられる(ちなみに、ナト協定においても、日米協定の第十八条2項及び5項と同様の規定が「戦争による損害」には適用ない旨定められている。第十五条1項。)。
「戦斗行為」の意味は、以上の通りであるから、これが事前協議の交換公文にいう安保条約第五条以外の場合の「戦斗作戦行動」と関係ないことは明らかである。(注115)
(注115)「戦斗行為」が安保条約第五条の場合を指すとの答弁については、昭和三六年十月三十一日、参・内議事録四頁。なお、この際、右の解釈については米側にも意見を聞いてみるとの答弁が行われている。ちなみに、朝鮮動乱の際米軍機の事故によって被害が発生し、米側は、作戦命令遂行中の事故であるから「戦斗行為」に該当するとして日本側の見解と対立したことがあり、このことからすれば、おそらく米側は、事前協議問題となる「戦斗作戦行動」を「戦斗行為」に含める考えであろう。
2 第十八条の規定は、この協定の効力発生前に生じた請求権には適用しない。それらの請求権は、行政協定第十八条の規定によって処理する(13項)。民事請求権の処理について行政協定と地位協定の規定には実質的に相違するところがあるのでこの規定には意味がある。行政協定時代の懸案(特に、三公社関係)が依然として未解決であることは前述したとおりである。
〔第十九条〕
第十九条は、外国為替管理につき定める。
1 米軍人・軍属及びその家族は、日本政府の外国為替管理に服さなければならない(1項)。ナト協定第十四条は、軍隊についても同様のことを規定するが、日米協定では、軍隊の扱う資金は、すべて公金であって、軍隊たるものは本来的に闇行為等はしないということを前提にして特に米軍隊につき規定しなかったまでのことに過ぎず、米軍隊も当然に日本の為替管理に服するものと解すべきである。外国為替管理に関する法令には、法律としては、外国為替及び外国貿易管理法と外資に関する法律があり、政令としては、外国為替管理令、輸出入貿管令、外国為替管理令等の臨時特例に関する政令、外国人の財産取得に関する政令等がある。なお、第十九条に関する合意議事録は、米軍人・軍属及びその家族並びに第十四条契約者以外の者に対する米軍及び第十五条期間の日本における支払は、基準為替相場によりなされるべき旨規定している。
2 1項の規定は、米ドル・ドル証券で、米国の公金であるもの、米軍人・軍属が地位協定に関連して勤務し、雇用された結果取得したもの又はこれらの者及びその家族が日本国外の源泉から取得したものの日本国内又は日本国外への移転を妨げるものと解してはならない(2項)。このような特権の乱用又は日本の外国為替管理の回避を防止するため、米側当局は、適当な措置を執らなければならない(3項)。
〔第二十条〕
第二十条は、軍票・軍用銀行施設につき定める。
1 1項(a)第一文は、ドルをもって表示される米国軍票は、米国によって認可された者が米軍の使用している施設・区域内における相互間の取引のため使用することができる旨定め、続いて、1項(a)第二文以下及び(b)において軍票の管理等に関する技術的規定をおいているが、右軍票は、昭和四四年以降事実上使用されておらず、現在ではドルが使用されている。(注116)
(注116) ナト協定自体には軍票に関する規定はない。日米協定において軍票の使用が認められているのは、わが国の為替管理の状況からして実際上便宜があるということによる。
米軍等の施設・区域内でのドル使用が協定上認められるかとの点については、協定第二十条1項(a)は、「軍票は…使用することができる」旨規定しているのみであり、施設・区域内における交換手段を軍票に限定したものではないと解される。又、米軍人等は、協定第十九条1項により、わが国の外国為替管理に服さなければならないことになっているところ、このことは、第十九条2項に規定する場合を除きわが国がこれらの者に対していかなる外国為替管理を行うかはわが国の決定すべき問題であること及びかくしえ決定されたわが国の右管理の許可範囲内であれば、ドルを使用することも協定の禁ずるところではないこを示すものである。(注117)
(注117) 外国為替管理令等の臨時特例に関する政令第五条は、米軍等についても対外支払手段等の集中を義務づけ、その例外として軍票とともにかつては「合衆国通貨のうち一ドル未満の効果」と規定していたが、昭和四四年これを改め「大蔵大臣が指定する合衆国通貨」とし、この指定に該当する同年五月十七日付け官報公示は、「合衆国通貨のうち二十ドル以下のもの」としている。従って、米軍等は、米国通貨のうち二十ドル以下のものについては、使用が認められている訳である。
2 次に、第二十条2項は、軍票の管理を行うため、米国がその監督の下に、米軍が軍票の使用を認可した者の用に供する施設を維持し、及び運営する一定のアメリカの金融機関を指定することができる旨及びかかる施設は、米ドルによる銀行勘定を維持し、これに関する金融取引を行うことを許される旨規定しており、このような軍用銀行施設(例えばチェース・マンハッタン、アメリカン・エクスプレス等)は現在もその活動を行っているところ、軍用銀行施設が軍票管理のために認められたものであれば、軍票が使用されていない現在、かかる軍用銀行施設が米ドルを取り扱うことは認められないのではないかとの疑問がありうる。この点については、わが国の外国為替管理の関係法令が施設・区域における米軍人等相互間の取引につき軍票とドルとのいずれの使用も許している場合において、その使用を認められている米軍人等の便宜上の都合により事実上軍票の使用が減少し、場合によってはドルのみが流通するということがあっても、制度として軍票の使用が認められる建前となっている限り(米軍当局は、日本政府の判断により必要があれば、いつでもドルの使用を廃止して軍票のみを使用させることとなっている)、軍用銀行施設は、制度上軍票を管理する任務を負っていると考えられるので、このような状況の下において右施設が引き続き存続することは、協定上は問題がないと解される。
3 第二十条2項は米国は「その管理の下に」軍用銀行施設を維持する旨規定しているところ、かかる軍用銀行施設は、日本の銀行法に基づく免許、検査、一定の報告書の提出義務等を免除されているものと解されるし、実際上も銀行法上の管理に服していないがこの点は次のように説明されよう。即ちこの施設の金融活動は、すべて米政府の厳重な監督の下に一般の金融業者と完全に分離して行なわれるもので、営利を目的とするものではなく、運営費は、米財務省により支弁される。また、この施設の行為の相手方は、米軍人・軍属及びその家族あるいは軍諸機関等、米政府が認可した特定の者に限られているのであり、わが国の金融市場から全く隔離した活動を行うものである。
わが国の銀行法に基づく銀行監督の究極の目的は、預金者の保護及び国内の金融秩序の維持にあるが、軍用銀行施設の預金者は米政府の認可する特定の軍関係者でありそれらの者の保護は軍当局が責任をもって行うことであり、またわが国の金融秩序に対する影響についてみても、この施設とわが国の金融市場とは隔離されているのでわが国としてこれに対する監督を行うことの意義がないと思われる。第二十条2項は、かかる観点に立って、軍用銀行施設の維持及び運営が米国の監督の下に置かれることを規定している次第であるが、日本側としても軍用銀行施設の維持及び運営が常に、右に述べた軍用銀行施設のあり方に適合しているよう、必要に応じ日米合同委員会を通じて措置できることは当然である。
4 なお、軍用銀行施設は、第二十条2項によって設置を認められたものである、施設・区域に対する米軍のいわゆる管理権により説明されるべきものではない。右施設は、現在のところすべて施設・区域内に設置されているが、協定上は、「…その施設を当該(金融)機関の日本国における商業金融業務から場所的に分離して設置」(2項第二文)される限り、施設・区域外に設置されることも排除されてはいないからである。
なお、又、合同委員会は、軍用銀行の運用の細目を合意している(「軍用銀行施設」の項)。
〔第二十一条〕
第二十一条は、米国の軍事郵便局につき定める。
米国は、軍人・軍属及びその家族が利用する米国軍事郵便局を、日本にある米国軍事郵便局間及びこれらの軍事郵便局との他の米国郵便局との間における郵便物の送達のため、施設・区域に設置し、及び運営することができる(第二十一条)。通常海外での同様の特権を与えられている米政府のその他の官吏及び職員は米国軍事郵便局を利用することができる(合意議事録)。
「その他の官吏及び職員」とは、外交官、軍事顧問団員等であるが、これらの者が米軍事郵便局を利用することは、各国において広く認められているところである。なお、外国為替管理令等に関する臨時特例法は、軍事郵便局に対し対外支払い手段等の集中の例外、外国向送金の制限の免除等を認めている。
〔第二十二条〕
第二十二条は、在日米人の軍事訓練につき定める。
米国は、日本に在留する適格の米国市民で米軍隊の予備役団体への編入の申請を行なうものを同団体に編入し、及び訓練することができる。(第二十二条)。予備役団体員の訓練を行なうことは、米軍隊の本来の任務の一つと考えられており、諸外国の実状に照らしても右の規定には特に問題がない(ナト協定、ボン協定には、右の如き規定はないが、慣行上例えばフランスでは毎年定期的に右の訓練が行なわれており、イギリスにおいてもその都度話し合いにより行なわれている。)。
なお、予備役団体構成員は、訓練期間中、一時的に「現役」に服する場合があるが、この場合協定上の構成員には該当しないと解されている(安保国会当時の逐条説明)。
〔第二十三条〕
第二十三条は、米軍等の安全のための日米協力及び米国の財産等の安全のための日本側の立法措置等につき定める。
日米双方は、米軍隊、軍人・軍属及びその家族並びにこれらのものの財産の安全を確保するため随時に必要となるべき措置を執ることについて協力する。日本政府は、日本の領域において米国の設備、備品、財産、記録及び公務上の情報の十分な安全及び保護を確保するため、並びに適用されるべき日本の法令に基づいて犯人を罰するため、必要な立法を求め、及び必要なその他の措置を執ることに同意する(第二十三条)。ナト協定、ボン協定等にも同趣旨の規定がある。右の立法としては、刑事特別法があり、同法は、施設・区域を犯す罪(第二条)、軍用物を破壊する等の罪(第五条)、合衆国軍隊の機密を犯す罪(第六条)等を定めている。
〔第二十四条〕
第二十四条は、地位協定の運用に伴なう経費の日米間の分担につき定める。なお、同条は、2項において日本側の分担すべき経費を定め、1項において日本側の分担経費を除く米軍の維持に伴なう経費を米側負担としているので、先ず2項について述べ、ついで1項について述べることとする。
一 日本側が負担すべき経費
1 日本側は、第二条及び第三条に定めるすべての施設・区域及び路線権(飛行場及び港における施設・区域のように共同に使用される施設・区域を含む。)をこの協定の存続期間中米国に負担をかけないで提供し、かつ、相当な場合には、施設・区域及び路線権の所有者及び提供者に補償を行なうことが合意される(2項)。この規定のうち、施設・区域の提供が新規に行なわれる際は明瞭であり特に問題はない。路線権についても既に述べたとおり(第三条の項参照)である。「飛行場及び港における施役・区域のように共同に使用される施設・区域を含む。」の意味は必ずしも明らかでない。この点については、飛行場及び港における施設等が米側によって日本側と共同で事実上使用されることがあった場合にも、当然通常の場合と同じようにその施設・区域の費用は日本側によって負担されるということを規定しただけであって、特別の意味はないとの趣旨の政府答弁がある(昭和四五年十二月七日、衆・内議事録)が、「飛行場及び港における施設・区域」の「施設・区域」が協定第二条でいう「施設・区域」を指しているのであれば(そうとしか考えられない。)、かかる「施設・区域」の提供自体の経費が日本側によって負担されることは、「飛行場……を含む。」の規定がなくとも、余りにも明瞭であろう。(注118)
(注118) 港湾施設使用に関する合同委員会の合意には「共同使用施設は、日本政府が指名した機関によって管理され、当該施設の維持に要する費用は、米軍及び日本政府双方によって夫々の使用比率に従って負担される。」旨の規定があるが、ここでいう共同使用施設とは、通常の日本の港の施設で、米軍が五条使用することにより事実上共同使用されるものを指しているところ、かかる施設は、日本の通常の施設であり、その建設・設置等が日本側によって経費負担されるべきは又論をまたない。
2項の規定のうち、施設・区域及び路線権の所有者及び提供者に対する補償に関する部分は、本来的にはわが国の国内問題である(日米間の問題としては米側に負担がかからないという規定で十分)が、念のため規定されたもの(施設庁としてもこの規定のため施設・区域提供費の根拠をより容易に協定に求めうる。)と解される。
2 特に沖縄返還後の最近の施設・区域の整理統合の進展との関連で既存の施設・区域内において日本側の経費負担で米側のため日本側が行なう建設工事と協定第二十四条2項との関係が頻繁に問題とされている。(注119)(注120)
(注119) 本件は、従来は、特定の施設・区域の返還の条件として他の施設・区域の中に代替施設を建設することを米側が要求する場合、日本側が右特定の施設・区域の返還を促進するため日本側経費でかかる代替施設を建設する(いわゆる「リロケーション」)という実体があり、このリロケーションのための施設・区域内建設の日本側経費負担についてはさ程問題にされたことはなかったが、最近において、既存の施設・区域内の米軍兵舎(日本側の提供にかかるもの)が老朽化したためこれを建て替えること(岩国)、米軍内部の部隊移動との関連で特定の施設・区域の中に新たに施設又は住宅を必要とすること(三沢)等につき米側から日本側に日本側の経費負担での措置方要請があり、諸般の事情を考慮して日本側がこれを行なうこととしたため、本件問題がクローズ・アップしたものである。
(注120) 本件についての最近までの政府答弁には、運用上の建前を述べたものはあっても、第二十四条の条約解釈を述べたものはないとみられる。
念の為紹介すれば、次のとおり。
(1)昭和四五年八月十八日、衆・内における山上施設庁長官答弁。
本答弁は「飛行場滑走路の延長工事の経費負担如何。」という設問に対し、「このような場合は、土地は日本側が提供し、工事は米側が実施するのが従来の例である。」ということを説明したものであって、「ただいまの日米間のあり方といたしましては」と冒頭に述べているとおり、本答弁の時点での運用ぶりを述べたものと解される。(本答弁においては、「地位協定上は」との言葉は用いられていない)。
(2)昭和四一年二月二五日衆・予・二分科における外務省安川アメリカ局長答弁。
本答弁は、ゴルフ場のリロケーションの場合の経費を日本側が負担することについての質問に対してなされたものであって「一般論として、米側から施設の要求があった場合、それが合理的な要求と認められるときは、土地だけを日本側が提供し、そこに米側が自らの負担で建設するというのが原則
である」としつつ、「日本側の事情で特定の施設・区域の返還を求め、代って別の施設等を提供する場合は、その建設費用も日本側が負担している。」と述べているが、これも、前記答弁と同様施設・区域の提供とこれに関連する経費の負担に関する当時の一般的運用ぶりを説明したものであると解される。(本谷弁においても、「地位協定」とか「地位協定の解釈としては」とかいう表現は全く用いられていない)。
右については、第二十四条2項からすれば、日本側の経費負担が協定上の義務となっているのは、施設・区域と路線権の提供のみであるところ、路線権は施設・区域外の問題であるからこれは問題とならないので、結局問題は、既存の施設・区域の中で行なう日本側の建設等が2項でいう施設・区域の提供に該当するか否かということに尽きる。この点についての政府の考え方(解釈)は、既存の施設・区域において日本側が建物等を新築してこれを米側に提供すること及び既存施設・区域における既存の建物等の日本側による改築(即ち、改築しなければ本来の提供目的が達しえない如き場合であり、通常の維持として観念しえないもの)等は、右にいう施設・区域の提供として日本側が経費を負担して差支えない(逆にいえば、協定上の義務として米側の経費負担とすることはできない)。ということである。協定第三条に関する合意議事録は、米側が施設・区域内でとりうる措置を例示しているが、これは、かかる措置がすべて米側の経費負担で米側によってとられなければならないということを意味するものではない。即ち、これは、一方において米軍が個々の施設・区域を使用するに当って必要と判断する追加工事等をすべて日本側の負担とすることは、わが国に不当な財政的負担を強いることになりかねず、他方において米軍にとっても一々日本政府に要請する等不便でもあるので、一定の範囲で米側が工事を行なうことを許容したものであり、わが方が必要と認めて協定の規定(第二条第1項(a)に従って合意の上施設・区域の提供の一環として行なう工事が結果的に右合意議事録に例示の工事と同様のものとなることはありうるが、かかる合意が米国の義務の肩代わりであるとか、地位協定違反であるとかということにはならない。しからば、米側から右の如き措置を日本側の負担で行なうべき旨要請された際、いかなる基準で日本側が諾否を決めるかといえば、これは、安保条約の目的達成との関係、わが方の財政負担との関係、社会・経済的影響等等を総合的に勘案の上個々の事案に即して判断するといわざるを得ない。右に述べたように、既存の施設・区域内において日本側が、自らの経費負担において新たな建物等を建設して米軍に追加提供することがそもそも問題となったのは、(イ)本土における施設・区域の大部分が既存の土地・建物(占領中又はその後に米軍が建設したドル資産を含む。)であり、当初の提供に際し、日本側が新規の建物等を建設する必要がある場合が殆んどなかったこと、(ロ)米側において、予算上の制約が少く、必要があれば、日米間の合意を要する施設・区域の提供という形式をとることなく、協定第三条に基づく権利を行使して建物等の建設を行ないえたこと、及びハその結果、施設・区域の提供とは、既存の土地・建物に限られる(したがって、新規建設の費用は、すべて米側が負担すべきもの)との誤解が一般的に生まれたためである。しかしながら、「施設・区域の提供」をこのように限定的に解しなければならないとするような規定は、地位協定中どこにも見当らない。更に、施設・区域の提供が、既存の土地・建物等に限られず、日本側が提供目的上妥当と認めて合意する限り、新規の建物の提供を排除していないとすれば、かかる提供が既存の施設・区域においては禁じられるとするのは合理的ではないことは明白である(注121)(注122)
(注121) これらの点については、昭和四八年二月三日、同五日、同七日、同十二日、同三月十三日等の衆・予議事録参照。
なお、次の内客のことを含む文書による資料が外務省・施設庁名で昭和四八年二月二六日付けで社会党楢崎議員に堤出されている。
「地位協定第三条に関する合意議事録に掲げられている措置の経費負担について
1 地位協定第三条に関する合意議事録第一項から第六項までに掲げられている事項は、米側が地位協定第三条1項(第一文及び第三文)の規定に基づいて執りうる措置を例示したものであるが、米側がかかる措置を執る場合には、その所要経費は当然米側が負担する。
2 他方、右の合意議事録各項に例示されている措置のうちには、日本側として行なうべき施設・区域又は路線権の提供の対象となりうる事業と同様のものがあるが、日本側が地位協定第二条1項(a)又は同第三条1項第二文の規定に基づいてこれらの事業を行なう場合は、当該事業に要する経費は当然日本側の負担となる。
3 日本側としては、米側から前記2の如き事業をわが方で行なうよう要請がある場合は、地位協定第二十四条2項の規定の趣旨に照し、かつ、個々の事業ごとに諸般の事情を総合的に勘案の上、施設・区域又は路線権の提供として処理されるべきものと判断したときは、日米合同委員会を通ずる両国政府間の合意を経て右の事業を実施することとなる」。
(注122) 既存の施設・区域の中の既存の建物の改築等が施設・区域の提供と観念しうるという場合、以上においては専ら日本側が過去において提供した建物(従って、所有権は日本側にある。)を念頭においているが、米側が構築した建物(いわゆる「ドル資産」)の所有権を日本政府に移転した上でこれを改築したりすることも施設・区城の提供と観念しうるものと考えられる。即ち、地位協定第四条2項は、施設・区域返還の際米側がかかるドル資産を撤去することを必ずしも排除していないと解されるので、所有権を米側に残したままで日本側が改築等をすることは施設・区域の提供とは観念されないが、この所有権を日本政府に移転した上であれば、施設・区域の返還に際して米側はこれを残して行かなければならないので実質的なちがいがある訳である。沖縄の普天間飛行場の滑走路(ドル資産)の日本側による補強は、この場合に該当する事例である。
3 以上の政府解釈によれば、既存の施設・区域内における施設・区域の追加提供等は、リロケーションの場合に限られないこととなるが、この点につき「歯止めがない」(米側が要求すれば日本側負担で何でも行なわれることとなるではないか)との議論で審議が紛糾したため、これに対し、昭和四八年三月十三日、衆・予で外務大臣答弁の形で次の政府見解が表明された。
「地位協定第二十四条につきましては、先般来御説明申し上げたところでありますが、この際政府としては、その運用につき原則として代替の範囲を越える新築を含むことのないよう措置する所存であります。なお、岩国、三沢の施設整備につきましては、右の点を踏まえて、日米合同委員会に臨みその決定を経て実施いたします。」(議事録二四頁)
右政府見解の考え方は次のとおりである。
(1)本件は、そもそも既存の施設・区域内における建設等の問題を扱ったものであるが既存の施設・区域とは関係のない通常の提供についても、当然同様の運用上の原則が適用されるものと考えられる。
(2)「代替」とは、この場合、通常のリロケーションのほか、老朽施設の代替のための建設が含まれる(昭和四八年三月十六日、参・予議事録十七頁)。
(3)「代替の範囲」とは、木造であったものを鉄筋にするという如き構造上の改良を制約するものではない。又、この範囲とは、主として面積を基準に考えるが、それ以外の点についても個々の事案につき判断する。更に、「代替の範囲」とは、個々の返還施設・区域の代替ということのみならず、要するに、わが国全体として整理統合を行なって行く段階で施設・区域が全体としては拡大しないようにするという意味でもある(右議事録十七・八頁)。
(4)従って、個々の施設・区域の返還とは必ずしも対応しない提供(三沢の住宅の場合)もありうる。
4 防衛施設周辺整備法、特損法及び漁業制限法によって、日本政府は、施設・区域の周辺整備費、米軍の適法行為による私人の損害の補償等につき財政支出を行なっているが、これは、協定第二十四条1項の規定によってかかる費用は米側には負担させえないという意味において第二十四条とは関係があるが、他方、日本側のかかる財政負担は、例えば同条2項の路線権によって説明しなければならないものとは解されない(周辺整備費が路線権の提供であるかの如き趣旨の答弁がある―昭和四一年四月二七日、衆・内議事録六頁)。日本側のかかる財政支出は、安保条約・地位協定の運用を円滑に行なうための単なる国内政策上の配慮によるものと考えるべきであろう。(尤も、漁業制限法による領海内の制限水域に対する補償は、第二十四条2項にいう施設・区域の提供に伴なう費用と観念されよう。この点については、第二条の項参照)
二 米側が負担すべき経費
1 第二十四条1項は、日本に米軍を維持することに伴うすべての経費は、2項に規定するところにより日本側が負担すべきものを除くほか、この協定の存続期間中日本側に負担をかけないで米側が負担することが合意される旨規定する。この規定により米側は、施設・区域及び路線権の提供に要する経費以外の米軍隊の通常の維持のため必要なすべての経費を負担することとなる。従って、施設・区域との関連では、協定第三条に関する合意議事録に例示されている措置を米側が自ら執る場合には、その措置に要する経費は、当然のことながら米側によって負担される。合同委員会の合意(「港湾施設使用」)の中の「米軍は、提供施設の維持、管理及び所要の改良又、それ等に関する費用に対して責任を有する。」とは、右の如き場合を念頭においたものである。(注123)
(注123) 右合意議事録の中には、いかなる意味でも施設・区域の提供とは観念しえないもの(例えば建物の単純な移動、通常の補修等)があるところ、これらのものは、協定上は、専ら米側により措置されるべきものであることについては、これまで述べて来たことから明らかである。
2 直接雇用の場合は勿論、間接雇用の場合も米軍の日本人労務者に要する経費は、米軍の維持に伴う経費として当然米側に負担される。間接雇用の場合には、基本労務契約等において、「この契約の円滑な履行に対する唯一の、かつ、完全な代価として、米側は、労務者の給料、保険料等日本側(施設庁)がこの契約の実施の結果として負担し、かつ、法律上支払わなければならない経費を日本側に補償する。」との趣旨の規定が設けられている。右により米側が日本側に償還すべき経費の一つとしていわゆる「労務管理費」が規定されている。労務管理費の内容は、基本労務契約についてみれば、施設庁本庁労務部職員等の人件費、旅費、庁費間接費(事務費等のほかタイピスト等の間接的な人件費の全庁職員数に対する前記労務部職員等の百分比で算出したもの)、地方労管事務所職員の人件費等からなっている。かかる労務管理費の内容は、日米当局間の交渉を通じていわば歴史的に形成されて来たものであり、一つ一つの項目が地位協定第二十四条1項の理論的な解釈として決定されているものではない。昭和四四年当時政府部内(法制局・施設庁を含む。)でとりまとめた考え方として「労務管理費の償還は、直接には基本契約に基づくものであり、協定第二十四条と直接の関係を有するものではない」との趣旨があるのは、右のことを指すものと解すべきである。他方、具体的にその都度決定された労務管理費については、同条1項により米側が負担すべきものと考えられ、この意味では、「償還の法的根拠は、地位協定第二十四条である。」(昭和四四年七月八日、衆・内議事録十一頁)ということができる。(注124)
(注124) この考え方は、沖縄返還協定擬問擬答の第七条に関する問七―17の答においても「地位協定によって労務管理の費用は米側が負担することとなっているので」云々として述べられている。
3 なお、第二十四条3項は、この協定に基づいて生ずる資金上の取引に適用すべき経理のため、日米両政府間に取極を行なうことが合意される旨規定しているが、合同委員会は、この規定を受けて「会計手続と金融方法」につき技術的事項を規定している。又第二十四条に関する合意議事録は、この協定のいかなる規定も、米国が合法的に取得したドル又は円資金を利用することを妨げないものと了解される旨規定するが、右の「合法的に収得したドル又は円資金」とは、例えば、第一次及び第二次余剰農産物協定に基づく米側使用円等が考えられていた模様である。
三 共同使用施設・区域の経費分担
III条使用、II―4―(a)及びII―4―(b)施設についての経費分担については、次のように考えられる。
1 III条使用及びII―4―(a)の場合、当該施設・区域のいわゆる管理者は米軍であり、自衛隊等がIII条使用・II―4―(a)使用により専属的に使用している独立の建物等の光熱費、小修繕費等は、当該自衛隊等により負担されるべきものであるが、当該施設・区域の全体としての維持に要する費用は、原則として米側によって負担されるべきものである。III条使用・II―4―(a)使用において現実に共同に使用される共同施設(例えば道路、滑走路等)についてもその通常の維持費は、たまたま日本側の使用が米側の使用度を上廻ることがあっても、原則として米側により負担されるべきものである。尤も、個々の施設・区域の「共同使用」の態様に応じ、右の原則と異なる取扱いをすることは、それが使用の実体からみて合理的である限り、必ずしも妨げられず、いずれにせよ日米双方による経費の負担ぶりについては、地位協定に照らし、個々の施設・区域の「共同使用」にかかる取極において定められる。(注125)
(注125) 共同使用の経費分担につき昭和四五年夏米側との間で話合いが行なわれたことあり、米側は、右の共同施設の維持費についても使用度に応じた分担を主張し、わが方は、かかる維持費については原則として米側負担であるが、個々のケースによっては右原則の例外もありうるとした。その後板付飛行場につき事実上右原則の例外が適用されたことがある。今後、かかる例外が増えることが予想される。
2 II―4―(b)使用については、当該施設のいわゆる管理者は自衛隊等であるので、施設の全体としての維持費は、自衛隊等が負担する。米側が専属的に使用するII―4―(b)施設があれば、当該施設にかかる光熱費等は、米側によって分担される。共同施設(滑走路等)の維持費は、日本側によって負担される。II―4―(b)の場合、共同施設の米側使用が日本側使用度を圧倒的に上廻る如き事態は考えられないので、共同施設維持費の分担問題は、実際には生じないとみられるが、問題があれば、個々のケース毎に(二文字判読不明)されることとなろう。(注126)
(注126) 以上1及び2の趣旨は、過去の政府答弁とも大体合致する。昭和四五年八月十八日、衆・内議事録三三頁、同九月二九日、衆・内議事録三五頁、同十二月十日、衆・内議事録九頁等。
〔第二十五条〕
第二十五条は、合同委員会の設置につき定める。
1 合同委員会は、地位協定の実施に関して日米相互間の協議を必要とするすべての事項に関する両政府間の協議機関として設置される。合同委員会は、特に、安保条約の目的の遂行に当って米国が使用するため必要とされる施設・区域を決定する協議機関として任務を行なう(1項)。合同委員会は、右に規定されるとおり、協議機関であるので、特に施設・区域に関する協定のように「合同委員会を通じて両政府が締結」(第二条1項a)すべきものについては、協議機関としての合同委員会が決定したものを更に両政府の代表者が政府間の合意として確定する行為を必要とする。(注127)
(注127) 施設・区域に関する政府間協定は、通常合同委員会において同委員会に対する日米双方の政府代表者の署名により締結されるが、この署名には、理論的には、合同委員会としての意思決定の意味と通常の政府の代表者としての署名という二重の意味があると考えられる。この場合、通常の政府の代表者としての署名が合同委員会において行なわれるのは、事柄の性質上便宜的に同委員会の場を借りているだけであって、それ以上の意味はない。なお、日本側においては、合同委員会代表者たるアメリカ局長は、外務公務員法に基づく政府代表に任命されており、委員会における行動が政府間の合意をも意味する場合(通常は、施設・区域に関する協定への署名の場合)には、しかるべく閣議決定を行なっている(第二条に関する注13参照。)
2 施設・区域に関する協定の場合は別として、地位協定の通常の運用に関連する事項に関する合同委員会の決定(いわゆる「合同委員会の合意事項」)は、いわば実施細則として、日米両政府を拘束するものと解される。合同委員会は、当然のことながら地位協定又は日本法令に抵触する合意を行なうことはできない。同様に、合同委員会の合意の実施が予算の執行を伴う場合には、特にこの点での条件が付されていない限り、予算成立後にかつ予算の範囲内で、右の合意が行なわれるべきものである。
3 なお、第二条に関する項で既に述べたとおり、合同委員会の合意文書は、原則として非公表扱いとすることが日米間で合意されているので公表されないことになっている。各施設・区域に関する協定の主要点は官報で告示されている。通常の合同委員会の合意については、安保国会当時以来、数回にわたってその要旨が要求により随時資料として国会に提出されて来ている(これら国会提出資料の大部分は、「日米合同委員会合意書に関連し実施されている主要事項」として一冊にとりまとめられている。)。
4 合同委員会は、日米両放府の代表者各一人で組織し、各代表者は、一人又は二人以上の代理及び職員団を有するものとする。委員会は、その手続規則を定め、並びに必要な補助機関及び事務機関を設ける。委員会は、日米両政府のいずれか一方の代表者の要請があるときは、いつでも直ちに会合することができるように組織する(2項)。委負会は、問題を解決することができないときは、適当な経路を通じて、その問題をそれぞれの政府に更に考慮されるように移すものとする(3項)
〔第二十六条〕
第二六条は、協定の発効、予算上及び立法上の措置につき定める。
1 この協定は、日米両国によりそれぞれの国内法上の手続に従って承認されなければならず、その承認を通知する公文が交換されるものとする(1項)。この協定は、1項の手続が完了した後、安保条約の効力発生の月に効力を生じ、行政協定は、その時に終了する(2項)。右において、発効条件を「批准」としなかったのは、米側がこの協定を行政取極として処理する意向であった(実際にもそうした。)からである(注128)。
なお、米側が行政取極として処理するか否かは全く米側の国内問題であり、協定の国際法的効力には何ら影響がないことはいうまでもない。なお、右の公文の交換は安保条約の発効と同日付けで行われたので地位協定も同日発効した。
(注128)ナト協定は、上院の承認の対象となったが、これは、日米協定が米軍の我が国での.一方的駐留にのみ適用があるのに対し、ナト協定では、米国もナト諸国軍の受け入れ国となる建前になっており、その際外国軍隊に関する特権規定が国内法に影響する点があることから、右の如く処理されたものと考えられる。
なお、旧安保条約に基づく行政協定に、地位協定とほぼ同様の内容の国際約束でありながらその締結について国会の承認を求めていないところ、この点は国会においてくり返し批判された点であるが(第三四回国会・参・安保特・七号・一七頁、第三九回国会・衆・内三号・八頁等)、右に関する考え方(条約法条約の国会審議に備え法制局と協議して作成したもの)は次のとおり。
行政協定は、国会の承認を得た旧安保条約第三条に基づき、その締結が行政府に委任されたものであり、したがって、同協定を行政府限りで締結したことは憲法違反とは考えていない。
また、かかる処理が昭和四九年二月二〇日の衆議院外務委員会における大平外務大臣の答弁で示されている憲法第七三条第三号にいう条約の範囲と矛盾するものとは考えない。(大平大臣の答弁においても、「既に国会の承認を得た条約…の節囲内で実施し得る国際約束」については、行政取極として、憲法第七三条二号にいう外交関係の処理の一環として行政府限りで締結し得る旨述べているところである。また、砂川事件に関する最高裁判所の判決においても、行政協定の締結が「違憲無効であるとは認められない。」との判断が示されている。)
地位協定の締結につき国会の承認を求めたのは、行政協定の締結手続が違憲であると考えたからではなく、新安保条約第六条においては、地位協定の締結が行政府に委任されていないこと、及び地位協定の内容は、日本に駐留する軍隊の特権、裁判権の問題等を扱っており、当然国会の承認を得なければならない内容を含んでいることにかんがみ、その締結につき国会の承認を求めた次第である。
2日米各政府は、この協定の規定中その実施のため予算上及び立法上の措置を必要とするものについて、必要なその立法措置を立法機関に求めることを約束する(3項)。行政府としてかかる措置を立法機関に求めることは当然のことであって、その義務はかかる規定の有無によって左右されるものではない。
〔第二十七条〕
第二七条は、協定の改正手続につき定める。
いずれの政府も、この協定のいずれの条についてもその改正をいつでも要請することができる。
その場合には、両政府は、適当な経路を通じて交渉するものとする(第二七条)。地位協定の改正については、沖縄返還の頃までは特に具体的に論議されたことはなく、共同使用に関する議論の中で「もし地位協定に改善すべき点があれは、沖縄返還後の将来の問題として改めてとり上げることとしたい。」趣旨の一般答弁がある程度である(第六四回国会・参・外(閉)・一号の8頁・愛知外務大臣答弁)が、その後米国が米側が負担する駐留経費の軽減を求めるようになったこともあり、国会において、特に第二四条との関係で政府としては地位協定を改正することを考えているのかとの趣旨の質問がしばしば行われるようになってきている。このような質問に対して、政府は地位協定の改正は考えていない旨答弁している(例えは第二四条の項注の答弁参照)。
〔第二十八条〕
第二八条は、協定の終了につき定める。
地位協定は、安保条約が有効である間有効であるが、それ以前でも両政府の合意によって終了させることができる(第二八条)。
以上