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「平成の合併」は世紀の愚行

田中康夫


初出:奇っ怪ニッポン
2005年6月16日 掲載
掲載日:2005.6.23


 人口745万人のスイスにはゲマインデと呼ばれる基礎自治体としての市町村が全部で2880も存在します。即ち、ゲマインデの規模は20人程度の小さな村から30万人強のチューリッヒに至るまで極めて多様なれど、平均人口は僅か2587人なのです。

 これはドイツやフランスも同様で、コミューンと呼ばれるフランスの基礎自治体数は何と全部で3万6565に達します。人口6040万人ですから、こちらも平均人口は1652人に過ぎないのです。

 一体、どういう事なのだ、と訝(いぶか)る向きも多いでしょう。日本では市町村合併して「経営効率」を高めねば、自治体の未来はない、と総務省が唱え続けているのですから。が、その実態は過疎化と過密化の二極化を「促進」し、その何(いず)れの場合も、住民の相貌と体温が感じられるコモンズ=地域の活力を削いでしまう傾向にあります。

 調査員の内幕暴露本が話題を呼んでいるとは言え、依然、料理店ガイドとして一定の評価を得る「ギド・ミシュラン」のフランス版では三つ星25軒中15軒がパリ以外の地方に存在するのです。それも、ここ数年で最も躍進を遂げているラルンスブルグが人口700人のバーレンタール村に存在するように、多くは人口よりも「牛口」の方が多い農山村に位置しているのです。

 中央集権的国家と思われ勝ちなフランスとは実は、人口1000人以下の自治体が8割を占め、それぞれの地域の土の薫りを漂わせる料理と訳し得る“テロワール”が、各地に存在するのです。全国一律のファストフード的食生活が蔓延し、味覚障害を患う子供が増加する日本との違いです。

 その日本では人口1000人の村も人口20万人の市も、百貨店としてのサーヴィスを行いなさい、と旧自治省及び現総務省は「指導」してきました。住民票の交付に留まらず福祉も教育も環境も、基礎自治体間で格差が生じてはならじ、と護送船団を命じ、斯(か)くなる住民サーヴィスを維持するべく、人口1万人以下の市町村は合併せよ、と「強要」して自己撞着(どうちゃく)に陥っているのです。

 ですが、既に疾(と)うの昔から合併を前提とせずとも、ゴミ処理や火葬は隣接市町村の共同事業として行ってきているではありませんか。即ち、基礎自治体は八十貨店だったり五十貨店だったりの形態を導入済みだったのです。合併する自治体に総額20兆円の合併特例債を用意し、建物・道路・公園のハコモノ3兄弟に限って起債を認める「平成の合併」が如何に“世紀の愚行”か、明々白々であります。

 それぞれに来歴を有する地名の大宮、浦和、与野の3市が合併して、無味乾燥な平仮名の記号的自治体名となったさいたま市が、職員と議員の給与を旧3市の中で最も高額な金額へと合わせ、職員数も旧3市合計よりも増員し、乳幼児の福祉・医療、老人の訪問介護等のサーヴィスを旧3市の中で最も低い水準に合わせました。

 その事実は、齢60まで解雇とも倒産とも無縁な優雅な公務員の既得権益“保守”集団の連合系自治労、共産系自治労連なる職員組合と、首長や議員がお手盛りトライアングルを形成し、マイケル・ジャクソンも真っ青な“同衾(どうきん)”状態な日本の自治体の奥深き病巣を示しています。