嗚呼、 周回遅れの日本外交よ 田中康夫 掲載日2006年4月19日 |
何故にインドへの円借款を積極的に行おうとしないのだ、と20年近く前に問うた記憶が蘇ります。中国とは異なり、可愛げが無いから。政府高官の1人と形容しても差し支えなかろう立場の人間が事も無げに答え、思わず言葉を失い掛けました。 11億人もの人口を擁するインドには、英語を難なく語る数億人単位の中産階級が存在します。欧米の航空会社が予約センターをインドに構えるのは、こうした人々を安価な賃金で雇用可能だからです。加えて、彼らの先達は数字のゼロを生み出した歴史を誇ります。 斯くなる心智を有するインドへの円借款は、同様に核実験を繰り返す中国への「抑止力」として機能します。のみならず、同様の画策を広言する隣国のパキスタンやバングラデシュに対する円借款の戦略的実施は、当のインドへの「抑止力」ともなり得るのです。 井上靖と平山郁夫、更には司馬遼太郎の各氏の「功績」なのか、“鬼畜中韓”を声高に語る政財界人とて、中国大陸へのシルクロード幻想を抱いています。恐らくは、その深層心理が、中華思想を唾棄する一方で、無償資金協力を長きに亘って中国に対し行い続けてきた理由でありましょう。 では、「急速に軍備拡張を続ける中国を牽制する為、インドと安全保障、経済分野での関係を強化し」、「既に十五年度から中国を抜き、円借款の最大の受け入れ国」と方針転換を図る件の記事が記す日本外交は果たして、目利きとして成長・成熟したのでしょうか。 否、と言わざるを得ません。「軍備拡張を続ける」のは中国に留まらず、インドもパキスタンも同様なのです。であればこそ、天然資源に恵まれぬモノ作り大国ニッポンは、理念無き一国追従外交とも全方位外交とも異なる、大人の戦略と戦術を、政治家も外交官も経済人も文化人も共有すべきなのです。 新潮社の会員制月刊誌「フォーサイト」は5月号で秀逸なる2つの記事、「ホルムズ海峡を監視下に置く中国の新戦略拠点」「東シベリア 亡国のパイプライン」を掲載しています。 「マラッカルート、ミャンマールートに続いて中国がパキスタンルートを構築しつつある。インド包囲網とも見える戦略物流路の狙いとは」、「官が独走し、掛かるコストは膨大。ロシアに弄ばれ、中国を苛立たせるだけの石油パイプラインなど、本当に必要なのか」。 即ち、港湾整備も含めて11億ドルに上る費用の大半を負担し、イラン国境に近いグワダール港から新疆ウイグル自治区を結ぶ鉄路・道路を整備し、石油・ガス資源を運搬すると共に、少数民族が主体の西部地区に漢民族の移住を図る壮大なる計画が、前者です。 斯くも畏るべき中国の戦略と戦術に嫉妬するのでなく、200億ドルを優に超えるナホトカ迄のパイプライン敷設費用を日本が負担する計画に代わって、既に70年代に日本が敷設した大慶−大連パイプラインへと東シベリアから接続してこそ、日中露3国協調たり得る。それが、後者の理論です。 にも拘らず、ロシアの汚職・賄賂を共同正犯し兼ねぬ太平洋岸ルートに官僚が固執する島国ニッポンって、訳判らぬ県議が跳梁跋扈する山国ナガノと表裏一体の奇っ怪さです。
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