純ちゃんの“恥世”が 総決算を迎えた 田中康夫 掲載日2006年6月29日 |
日本銀行総裁の座に居座り続ける福井俊彦なる人物同様、“ノーブレス・オブリージュ”の欠片すら持ち合わせぬ当時の経営陣を批判し、8年前の夏に日本長期信用銀行執行役員新宿支店長を辞した気概の人物は現在、アローコンサルティング事務所代表としてりそなホールディングス社外取締役も務めています。
「『金儲けの何処が悪いんですか』『無茶苦茶儲けたから嫌われたんでしょ』と開き直る発言に大いに落胆し」、「金を動かす内に金に振り回されてしまった哀れな男の姿」を見た氏は、80年代のニューヨーク支店勤務時代を想起するのです。
「ジャンクボンドの帝王」と呼ばれしマイケル・ミルケン被告も、ハーバード・ビジネススクールをトップクラスで卒業後に「敢えて二流証券会社のキダー・ビーボディに入社してM&A部門で頭角を現した」マイケル・シーゲル被告も、「本来は大変な秀才、努力家、革命家だった」と。
ペンシルバニア大学のウォートン・スクールをオールAで卒業したミルケンも、当時は「二流証券会社であるドレクセル・バーナム社に就職し」、「たった1人で二流企業の分析という作業を遣り遂げ」ます。
「トレーダーの仕事を続ける中で、低信用力の二流企業の発行する社債、詰まりジャンクボンドが」「倒産確率に比べて投資利回りが」「高いパフォーマンスを示す事を発見した」のです。昭栄や東京スタイルに企業市民としての自覚を促した初期の村上世彰被告の“志”との相似です。
「夜明け前から始発バスで出勤し、車中でも寸暇を惜しんで仕事に没頭し、企業の財務諸表の山の中から有望銘柄を発見し」、「投資家に推奨する彼の地道な努力は報われ、ジャンクボンドの発行残高は76年の150億ドルから86年の1250億ドルに急拡大し、ドレクセルは圧倒的な市場支配力を手にする」と共に、「低信用力企業に資金調達の道を開き、買収企業に巨額の資金調達手段を提供し、アメリカに巨大合併時代を齎した」のです。
「若い頃はM&A部門で週に100時間以上と猛烈に働いた」シーゲルも、買収サイドのアドヴァイスではなく、「被買収企業の防衛アドヴァイスという新しいビジネスを開拓した」のでした。
「ポイズンビルの代名詞とも言うべきゴールデン・パラシュート(企業が買収された際には現職役員に巨額の退職金を支払う条項を設け、結果として買収の魅力を減殺する)も、パックマン(買収企業を逆に買収する究極の防衛策)も、彼の発明」なのです。
が、堀江貴文被告も含めて彼等は何れかの時点で「初心を失い、拝金主義の悪魔に身を委ね」、奈落の底に転落しました。然るに、「ライブドアの株価が上昇する中で担保株を大量に売り抜いた」外資系投資銀行は、村上、堀江両容疑者を遙かに上回る浮利を得ても猶、「完全に合法的」なビジネスと嘯き続けるのです。
福井俊彦、竹中平蔵、宮内義彦の3氏も又、同然の居直りを決め込むのでしょうか。が、経済の世界にはアダム・スミスが唱道した“見えざる手”をマックス・ウェーバーが昇華した“神の見えざる手”も存在するのです。否、存在せねば、額に汗して今日も勤労する者が報われぬではありませんか。“治世”とも呼び得ぬ小泉純一郎の“恥世”が総決算を迎えつつあります。
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