21世紀の世界と 19世紀を生きる 日本政治 佐藤清文 Seibun Satow 2006年12月15日 無断転載禁 本連載の著作者人格権及び著作権(財産権)は すべて執筆者である佐藤清文氏にあります。 |
「桜切る馬鹿梅切らぬ馬鹿」。 新聞やテレビ、ラジオは今日が2006年だと言っています。けれども、日本の政治を廻る報道は19世紀のヨーロッパを伝えているのではないかと錯覚してしまうのです。 「愛国心」や「国益」、「国民」、「同盟」、「脅威」、「覇権」─19世紀のヨーロッパ史の本を読んでいると、よく目にする言葉です。国家の内部を運命を共有する国民によって固め、劇化する国家間の競争に当面勝利するため、国内の格差に温情を示しつつも、自国こそ優秀であるとして外部を敵とし排撃するだけでなく、異を唱える内部の声を封殺する政治が常識化していました。 私たちは21世紀の世界に生きているはずなのですが、19世紀の政治に支配されているのです。故竹下登元首相は「政権を維持するコツは、社会党の政策を2年後に実施すること」と述べていたそうです。けれども、今や150年前の政策を実施している有様です。あまりに恥ずかしくて、世界に顔向けできません。 バブル経済が崩壊し、東西冷戦構造が解体すると、日本は変わらなければ生き残れないと政治家やメディアは危機感を訴えました。その際、真っ先に槍玉に上がったのが中選挙区制でした。政権交代が起きないことで政治が腐敗したのであり、その元凶が中選挙区制にあるという発想です。 しかし、中選挙区制を採用していたのは日本の他にもあります。アイルランドです。アイルランドの下院は、中選挙区・単記委譲式投票制度を採用しています。各選挙区では、3名ないし5名の議員が選出されるのですが、有権者は、順位をつけて1名ないし全部の候補者に投票することができるところに特徴があります。確かに、アイルランドも汚職が多かったのです。 けれども、中選挙区制でも、政権交代が起きています。2004年の統計によると、経済成長率は 5.0%、物価上昇率 2.2%、失業率 4.4%です。現在、アイルランドは国連の発表している人間開発指数(HDI)でも、OECDによる学力指標とも言うべきPISA調査でも、上位です。もちろん、日本よりランクは上です。アイルランドは21世紀の世界にうまく適応できたのです。 中選挙区制が廃止され、確かに、日本の政治は変わりました。自民党単独政権はつくられず、派閥は効力を失い、談合の口利きで逮捕されるのは国会議員から地方自治体の首長へと移りました。けれども、自民党が野党になったのは中選挙区制の下であって、新しい選挙制度では一度もありません。 安倍晋三内閣総理大臣は「美しい国」、御手洗富士夫経団連会長は「希望の国」をそれぞれ日本の目標とすべき姿だと主張しています。しかし、日本が目指すのは「美しさ」や「希望」ではないでしょう。 政治改革から始まり、行政改革、構造改革、教育改革と「改革」のインフレーションが続いています。制度や理念を変えることで状況が改善すると政治家は考えているようですが、その改革が好ましい影響を人々にもたらしているかどうかは言うまでもないことです。 結局、この改革の時代に露わになったのは日本政治の「愚かさ」です。「空樽と愚か者は騒々しいことこの上ない」(プルタルコス『倫理論集』)。タウン・ミーティングの実情や復党問題が告げている通り、理念のない政治家や官僚が教育基本法という理念に手を加える身の程知らずのことも行われています。 もし石橋湛山が生きていたら、今の状況を批判し、「小日本主義(Little Japanism)」を発展させ、「賢日本主義(Smart Japanism)」を唱えるかもしれません。 〈了〉 参考文献 福井憲彦、『近代ヨーロッパ史』、放送大学教育振興会、2005年 外務省、「各国インデックス〈アイルランド〉」 http://www.mofa.go.jp/mofaj/area/ireland/index.html (財)自治体国際化協会、「アイルランド―国の仕組みと地方自治―」 http://www.clair.or.jp/j/forum/c_report/html/cr082/index.html |