テロルと彼の蒙古斑 佐藤清文 Seibun Satow 2007年4月19日 無断転載禁 |
「思ってみればあのころから事情はすこしもよくなっていないのだ。事情というのは、おれが自涜することを他人に知られることの死にたいほどの恥ずかしさ、ということだ」。 大江健三郎『セヴンティーン』 2007年4月18日、伊藤一長 長崎市長が凶弾に倒れたという一報に対し、内閣総理大臣の彼は次のように口を開きました。 「捜査当局において厳正に捜査が行われ、真相が究明されることを望む」 政治家がテロルの標的になった際に、彼が傍観者のような態度をとったのは今回が初めてではありません。2006年8月15日、加藤紘一衆議院議員の自宅などが放火された時、当時、官房長官だった彼は何も公表しませんでした。夏休み中だったのです。 その一方で、彼は、2001年1月29日、従軍慰安婦問題をめぐる民間の「女性国際戦犯法廷」をとりあげたNHKの番組が予定されていると知るやいなや、局の幹部へそれに対する自分の意見を伝えています。2001年1月30日に放映されたシリーズ『戦争をどう裁くか』の第2回は急な編集の跡が見られました。2007年1月29日、東京高裁(南敏文裁判長)は議員から番組は公正中立であるようにとの発言があったことを認定しています。 政治家へのテロに対しては無表情さを示し、自分の信条と異なる意見は圧殺しようとする政治家─彼の尻には、もしかしたら、50歳もすぎているというのに、まだ蒙古斑が残っているのかもしれません。あまりにも精神が幼いのです。 けれども、その精神がどんなに未熟であったとしても、たとえ尻が青くとも、彼は内閣総理大臣なのです。支持率も、各種世論調査によると、40%前後もあるのです。かつてエリック・ホッファーは全体主義に対してこう記しましたが、同じことは今の日本にも言えるのです。「斧をふりあげて人類を動かすことを神聖な義務と考えているひとりよがりの魂の技師たちに対して、私と同じように嫌悪を抱いている人たちはどのくらいいるのだろうか」(エリック・ホッファー『波止場日記』)。 〈了〉 参考文献 大江健三郎、『性的人間』、新潮文庫、1968年 エリック・ホッファー、『波止場日記』、田中淳訳、みすず書房、1971年 「戦争と女性への暴力」日本ネットワーク、「NHK裁判 安倍晋三氏宛公開質問状」http://www1.jca.apc.org/vaww-net-japan/nhk/openletter050120.html |