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松岡利勝農水大臣と
説明の欠如


佐藤清文

Seibun Satow

2007年5月29日


無断転載禁
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すべて執筆者である佐藤清文氏にあります。


「闇に闇の上塗り」。

ラテン語の諺

 その死を悼み、遺族に哀悼の言葉をかけるとしても、同情の念を抱いている人は少ないことでしょう。彼は美を追求した壊れやすい精神の画家でもなければ、激務のため心身共にすり減らした麻酔科医でもなく、組織の本音と建前の矛盾を一身に背負わされた総務部長でも、病気に悩む孤独な老人でもないからです。政治と金の疑惑の渦中にあり、その説明を国会の内外で追及されている現職の農林水産大臣なのです。

 安倍晋三内閣総理大臣が彼を農林水産大臣に指名したとき、その人選に納得する人は皆無に近いものでした。何しろ、彼は国会議員に当籤した直後から政治と金をめぐる疑惑が後を絶たなかったからです。案の定、就任したその日からスキャンダルが浮上する始末でした。

 説明を求められても、彼は同じ答弁を繰り返すだけでした。しかも、任命賢者はいつものムツッとした暗い表情と単調な語り口調で庇い続け、困るとヒステリックになって切り抜けようとしていました。

 現職の大臣が自殺したのは戦後初ですが、政治と金をめぐるスキャンダルを原因とした国会議員の自殺も稀です。たいていは、裁判で、しおらしく罪を認めて情状酌量を求めるか、厚顔無恥と叩かれながらも、徹底抗戦するかいずれかです。納得できるかどうかは別として、政治家として説明はするものなのです。誰も彼に生命を差し出せなどと強いてはいません。ただ、説明してくれと言っていただけです。ところが、今のところ、公表された遺書の中でも、疑惑に関しては何も説明されていないようです。

 その上、農業問題はWTOにおける最大の懸念課題の一つです。食の安全や天候・市場変動に左右されやすさを理由に、農業の保護を求める国と開放を要求する国との間の溝は、当分、埋まりそうにありません。従来のだけではなく、地球温暖化やバイオ燃料など新たな問題の加わり、極めて難しい領域です。しかも、対峙しなければならなかったのはマイク・ジョハンズ米農務長官のようなタフな連中です。説明を通じて、説得と納得を交渉相手や人々にしなければならないのです。

 これほど説明をめぐる結果責任を果たさなかった人物を閣僚に任命し、辞めさせれば自らの責任が問われると安倍首相は考えていたと見られています。しかし、彼の自殺で終わったわけではありません。彼に代わって、さあ、今度は総理が結果の説明責任を果たす番です。