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「つまり政治というものは、政策の実施にあり、その政策を実施して失敗したらその欠点を直して、よりよい政策を自ら編みだして進歩して行かねばならぬ」。 坂口安吾『坂口流の将棋観』 さまざまな点で違いが目立つ菅直人総理大臣と小沢一郎前民主党幹事長だが、どちらも囲碁が好きなことは共通している。石橋湛山の『天分の認識』によると、鳩山由紀夫前首相の祖父鳩山一郎は囲碁が強かったが、それは幼い頃から母親に手ほどきを受けていたからである。戦前から日本の政界では、碁を打って親睦を深めるという習慣がある。息子を政治家にしたかったので、母春子が囲碁を上級者に習いに行き、それを一郎に仕込んでいる。平安貴族の和歌のように、囲碁はかつて政治家にとって必須である。その意味で、菅・小沢両氏共に政治家の伝統に忠実だと言える。 坂口安吾の『碁にも名人戦つくれ』によると、戦前は囲碁の方が将棋よりも圧倒的に人気が高く、それが逆転したのは、戦後になって、将棋の名人戦が始まってからである。最近は、マンガ『ヒカルの碁』の人気や若き天才井山裕太名人の登場もあり、将棋と並び、人気が復活している。なお、「さかなクン」の父はプロ棋士の宮沢吾朗九段である。 世界的に、軍人や経営者などの間で、囲碁は人気がある。少ない石で多くの石を抑える陣地とりゲームが戦争や市場競争に似ているからだ。ビル・ゲイツが囲碁好きなことはよく知られている。 人によって棋風があり、安吾によると、それは本当の「性格」を表わしている。ところが、囲碁のスタイルは、作品から感じる印象とおよそ結びつかない。安吾の『私の碁』と『文人囲碁会』の記述を整理して表にしてみよう。
この中で一番強いのが安吾で、その次が尾崎一雄である。小林秀雄は、安吾と置き石九つのハンデ差があるにもかかわらず、置き石五つ以上は嫌だと言っていつも負けている。文士の中では強い安吾だが、プロの将棋指しと碁を打つと負ける。とにかく彼らは心理的駆け引きに長けていて、かなわない。「第一に場馴れており、先ず相手を呑んでかかることだという勝負の大原則を心得ている」(『文人囲碁会』)。文士たちは勝負が心理戦だという認識に欠けるから、自分の「性格」が出てしまうだけで、それを承知している安吾にいつまで経っても勝てない。 報道では菅総理は攻撃型で、小沢前幹事長は守備型で、実力はプロから手ほどきも受けたことのある後者が上だと伝えられている。ここ数年、日本の政治家に心理的なひ弱さを感じることが少なくない。どちらが勝つにしろ、国内外の政治課題に対処する際、勝負は心理戦だと心得ていることが望まれる。 〈了〉 参照文献 石橋湛山、『石橋湛山著作集4』、東洋経済新報社、1995年 坂口安吾、『坂口安吾全集17』、ちくま文庫、1990年 |