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二つの財政危機


佐藤清文

Seibun Satow

2010年12月1日


初出:独立系メディア E-wave Tokyo
無断転載禁


「危機に陥らずにすむ方法は、自分で安全だと思わぬことだ」。

トマス・フラー


 2010年11月28日、EUとINFは、アイルランドに最大で総額850億ユーロの資金を共同で支援すると発表する。この危機がイベリア半島諸国に飛び火するのではないかと懸念され、ユーロ安を招いている。今年、EU諸国で財政危機を理由に国際機関から多額の支援を受けた国として、ギリシアが思い出される。しかし、両国の事情は大きく異なる。

 菅直人首相は、2010年の参議院議員選挙の期間中、ギリシアを引き合いに出して日本の財政再建の必要性を強調し、惨敗したことは記憶に新しい。それを振り返りつつ、ギリシアのケースを検討しよう。

 ギリシアの国債の発行残高が対GDP比で120%なのに対し、日本は180%である。これだけを比較すれば、日本のほうが深刻な状況にあると思いそうだが、その内情が違い、立場は逆転する。

 日本は貿易収支の黒字が常態化している。こういう国が国債を発行するとしたら、経常収支の赤字を補うのが目的である。かりに国内で国債を裁ききれない場合には、外貨建てにせざるを得ないが、日本はそうする必要がない。現在、日本の国債は円建てで発行され、その95%が国内、主に郵貯で購入されている。これは、譬えるなら、借金を外からではなく、家族間でしているようなものだ。

 このまま国債の発行残高が減らなければ、IMFコンディショナリティーに従わざるを得なくなるのではないかという懸念は見当はずれである。IMFへの支援要請は、外貨不足に陥った場合に行われる。国内通貨が足りなくなったとIMFに駆けこんでも、「からかってんのか?そんなことは中央銀行に相談しろ」と断られることだろう。

 円建ての国債であっても、直近の問題としては、金利分を定期的に支払わなければならないので、予算作成が硬直化する。また、中長期的には、少子高齢化と格差の拡大に伴い、国内預金量が減少したり、慢性的な貿易赤字に陥り、外貨準備高が落ちこんだりすれば、国外向けの国債を発行せざるを得なくなる可能性はある。

 ギリシアも財政赤字を抱え、そのために国債を発行していることは確かだが、それがドル建てで、しかも、その70%が外国人投資家によって買われている。ギリシアの通貨はユーロであるから、その発行権限は同国にはない。EUの中央銀行にある。国債は外貨建てにしなければならない。その上、ギリシアの金融市場の規模は小さく、国内だけで買い支えられない。

 ギリシアの財政赤字の理由の一つに公務員比率の高さが挙げられる。これは途上国でしばしば採られる失業対策である。失業者を下級公務員として雇い入れて、社会不安を解消するというわけだ。ただ、こういう人材は、往々に、意欲に乏しいので、やつ気を出させるためのインセンティブを用意する必要がある。給与を上げるのは、財政を急に圧迫するし、後から下げるのが難しいため、政府は選択しない。その代わり、年金をインセンティブに用いる。しかし、GMの破綻が示しているように、財政の重荷になる。こうした公務員を一定期間内に民間に戻すような政策が必要であるが、ギリシアではそれがうまくできない。

 日本は、アメリカよりわずかに高いだけで、公務員比率が先進諸国の中でも低い。日本は小さい政府である。社会保障費も、増えていることは確かだが、もともと、先進国の中でも最低レベルであったため、比較すれば、高くはない。小泉純一郎政権を代表に、自民党を中心にした連立政権が「小さい政府」を目指さなければ日本が再浮上することはできないと訴えていたが、やせすぎ願望としか思えない。

 おまけに、ギリシアは徴税システムの整備が不十分であるため、高額所得者の脱税が多いことで知られている。これでは、景気がよくなったとしても、歳入がなかなか増えない。

 放漫財政と徴税制度の未整備という状況のギリシアが世界的金融危機に直面すれば、立ち行かなくなるのは当然であろう。なぜこうした国を引き合いに日本の財政破綻が選挙戦中に論じられたのか不思議でならない。

 次にアイルランドのケースを見てみよう。

 2008年の金融危機によってアイルランドの銀行が大損し、それを救済するために、政府は国外の金融機関から借金を重ねる。アイルランドは、リーマン・ショック以前の5年間、国債を発行せず、財政の健全性が保たれている。1990年代、アイルランドは優遇税制をとり、外資を呼びこみ、経済を活性化させる。住宅やビルの建設ラッシュが始まり、企業や人々は金融機関に融資を申し込む。しかし、国内の金融市場の規模が小さいため、この景気に答えるために、銀行は国外から資金を調達する。アイルランドの通貨はユーロであり、ギリシア同様、同国には発行権限がない。アイルランドの銀行はGDPの4倍もの金を国外から借りてしまう。しかも、景気が悪化すると、不良債権が急増し、銀行の損は膨らむ。これでは、政府も支えきれない。

 財政が必ずしも悪くないのに、国の経済が危機に陥ったのは、実は、アイルランドが初めてではない。かつて経済の健全性の目安として財政赤字や高インフレ率、経常収支の対GDP比率が考えられてきたが、1997年のアジア通貨危機はそれを揺るがしている。タイも韓国も財政赤字が差ほどでもなく、インフレ率が二桁に達していたわけでもない。

 韓国を例にしよう。韓国は外資を導入した輸出志向で成功したものの、国際収支の黒字転換を達成できない。発展途上は投資機会が旺盛なので、外国人投資家も積極的に金を出す。ところが、金融機関の整備も十分ではなく、資金を国内から調達できず、銀行は外資への依存が続く。主な借り手の財閥は同族支配による見込みの甘いずさんな経営体質で、その実態が次第に明らかになる。銀行は、大急ぎで、倒産する前に資金を回収し始める。それを提供していた外国人投資家は、損をしないため、そのウォンをドルに変えて、一目散に引き揚げる。頼みの中央銀行も外貨準備が潤沢ではなく、助けにならず、ウォンは暴落する。韓国政府はIMFへの支援を要請せざるを得なくなる。

 このアジア通貨危機の収束の際に、IMFは面目を失っている。韓国の銀行は外国からドルを借り入れてインドネシアなど外国の企業に多額の融資をしている。この韓国と隣国のタイの通貨危機はマレーシアとインドネシアの経済状況も悪化させる。マレーシアのマハティール・ビン・モハマド首相は、IMFに助けを求めれば、他民族間のバランスを保つために実施されているプミプトラ政策の廃止などが要求されると予測し、それを求めないで乗りきる道を選ぶ。通常、IMFが援助の条件として金融引き締めを提示するのに対し、彼は金融緩和政策による事態の打開を図る。当然、新古典派の信奉者に占められているIMFのエコノミストたちは猛然と批判する。けれども、このときの危機は高インフレや膨大な財政赤字に主因があるわけではない。外国資金が急激に引き揚げたために、企業の資金繰りの悪化したのだから、その改善に金融緩和を行うのは道理である。マレーシアはその影響を最小限に抑えることに成功する。周辺国も、それを見て、金利引き下げを実施していく。IMFはこれを黙殺する。

 以上のように、ギリシアとアイルランドでは財政危機の原因が異なっている。ただ、いずれも国外の資金に過度に依存した点は共通している。このような状況では、世界経済の変動の影響も非常に受けやすくなる。国外資金への依存度もその国の経済の安定性を測る尺度の一つとして考えられよう。

 逆に言えば、そうした国の経済危機が世界的に波及する危険性も高い。外国の金融機関や投資家がある国に資金を急速に投入すればするほど、国外依存が高まり、潜在的不安定要因となりかねない。安定なくして成長なしというのが相互依存した現代の国際社会の原則である。

〈了〉

参照文献
高木保興、『開発経済学』、放送大学教育振興会、2005年