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人口集中と少子化

佐藤清文
Seibun Satow
2012年02月09日

初出:独立系メディア E-wave Tokyo
無断転載禁


「1284年、聖ヨハネとパウロの記念日
6月の26日
色とりどりの衣装で着飾った笛吹き男に
130人のハーメルン生まれの子どもらが誘い出され
コッペンの近くの処刑の場所でいなくなった」。

マルクト教会のステンドグラス


 政府が少子化や人口減の実態や予測を公表する場合、そこに合計特殊出生率の上昇に向けたメッセージを読みとることができる。しかし、かつての柳沢伯夫厚生労働大臣による「産む機械」発言に端的に示される問題設定を感じる人も少なくないだろう。少子化対策は、そうだと信じこんでいる保守主義者もいるようだが、個人の内面への干渉や男女参画社会に対する男性中心主義的反動とさえとられかねない。

 現在、少子化を進めている主因の一つは都市への人口集中である。それは、都道府県別の各種の人口に関する統計データが示している。女性の晩産化・無産化は副次的な理由である。都市に人口が集まるだけで、合計特殊出生率は低下する。細かな数字ではなく、メカニズムに絞って述べることにしよう。なお、合計特殊出生率とは一人の女性が一生に産む子どもの平均数を示す人口統計上の指標である。

 企業は集積の利益に基づいて都市部へ集まる。遠く離れた企業同士では、近いところと比べて、情報や取引などのコストがかかる。この軽減を背景に企業は都市へ集積してくる。IT化が進展したのに、六本木ヒルズにベンチャー企業が集まったのもこうした理由もあろう。競争が激化するほどこの傾向は強まる。

 また、中央・地方政府とその関連機関の多くも都市部に設置される。

 こうした状況下、若年層を中心に人口は、雇用機会や高い賃金を求めて、農村部から都市部へと集中する。都市部においても、同様の理由により地方都市から中核都市、さらに大都市へと移動していく。農村部から都市部への人口流出は高度経済成長を支えている。

 この人口移動だけで合計特殊出生率は押し下げられる。都市部は農村部よりも出産・育児・教育においてさまざまなコストがかかる。例えば、地方なら、共働きをしていても、保育園への送り迎えを祖父母や近所の親戚に頼むこともできるが、都市の核家族であれば、そうもいかない。そのため、人口増加の割には、子どもの数は増えない。

 都市部は、若年層人口が流入してくるので、高齢者の人口比を押し下げる。その自治体は、税収増もあいまって、社会保障関連費の歳出の予算に占める割合が低く抑えられる。行政サービスのスの水準も高くできる。他方、人口が流出した地域の自治体は逆の事態に見舞われる。こうした地方から人口はさらに都市部へと流れ、悪循環に陥る。

 内部からの人口増の力が弱い都市部も、外部からの流入が滞れば、いずれ減少する。子育て支援や教育費負担の軽減など制度整備は当然だとしても、都市への人口集中を抑制しなければ、根本的改善とならない。

 人口の移動は自治体をまたいでいるので、中央政府でなければ、有効な対策は打てない。都市への人口集中の抑制が少子化を緩和させる。いびつな人口分布が数多くの問題をもたらしていることは世間で広く認知されている。その是正とそれに伴った合計特殊出生率の上昇であるならば、政治権力により個人の内面への干渉とは受けとられない。

 ところが、政府はこれを前面に出せない。経済のグローバル化への対応に迫られているからだ。

 競争が激化するほど、企業は集積の利益を求めて都市に集まる。経済のグローバル化はさらにそれを加速させる圧力として働いている。大都市圏の人口集中の抑制はこうした状況では、理屈上も事実上も、難しい。

 かくして少子化の「直接的な」理由として女性の高学歴化・社会進出化に伴う晩産化・無産化が世間にまかり通ってしまう。

 しかし、グローバル化への従順な適応は自分の首を絞めることにつながってしまう。地方の製造業の工場が安い人件費と市場規模を求めて新興国へ移転している。また、人口減による市場規模の縮小を見越して、国内外の企業で日本離れも進んでいる。

 政府は人口集中と少子化の関連を前面に出した政策を打ち出すべきだろう。

 今日、日本が直面している諸問題の多くは関連している。バラバラにそれらに対処しようとしたところで、その場しのぎにすぎないし、中長期的には、かえって事態を悪化させかねない。短絡的な元凶探しは破壊しかもたらさない。総合的・有機的・体系的認識が不可欠である。

 少子化は地方の雇用問題と密接にかかわっている。地方における内発的な産業振興が都市への人口集中と少子化の緩和、ならびに経済のグローバル化での対応につながる。この内発的な産業には観光が含まれる。この分野で日本は立ち遅れており、伸びる余地が大きい。しかも、ご当地B級グルメが示しているように、各自治体が観光資源をこれから創出することができる。それにはさまざまな人々の間での地道で真摯なコミュニケーションが必要である。本当に今こそ熟議と和の政治の時代だ。

 ああ、富田勲の『新日本紀行』のテーマ曲が聞こえる…

〈了〉

参照文献
厚生労働省
http://www.mhlw.go.jp/index.shtml
国立社会保険・人口問題研究所
http://www.ipss.go.jp/
佐藤清文、『観光地のライフ・サイクル』、2011年
http://www.geocities.jp/hpcriticism/oc/talc.html