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フクシマと感情知佐藤清文
Seibun Satow
2012年04月10日
初出:独立系メディア E-wave Tokyo
無断転載禁
「感情に沈黙を強制することはできましても、境界を定めることはできません」。
ネッケル夫人『雑録集』
2012年4月2日付『毎日新聞』は、同紙による全国世論調査で、政府が進めている大飯原発の再稼働について、賛成3%、反対62%という結果を公表している。興味深いのは、その男女比である。男性が賛成43%・反対55%であるのに対し、女性は賛成24%・反対69%と大きく差が開いている。
なお、同調査は、3月31日・4月1日の2日間、RDS方式で実施されている。その際、福島第1原発事故で警戒区域などに指定されている市町村の電話番号は除外されている。有権者のいる1499世帯から905人の回答(回答率60%)を得ている。
今回に限らず、他のマスメディアを含む原発再稼働に関する世論調査でも、男性に比べて、女性の反対が高い。この結果の理由はさまざまに考えられるだろう。ただ、飲料水・食品中の放射性物質やホット・スポットなどフクシマ時代への対応に女性がアクティブであることは確かである。男性は、彼女たちと比べて、パッシブである。
「行動(Action)」には「動機(Motivation)」が必要である。自分と言うよりも、将来世代への配慮が見られる。それを促すのは「感情(Emotion)」である。
近年、感情は知性を構成する重要な要素と注目されている。ジョン・D・メイヤー(John D. Mayer)とピーター・サロベイ(Peter Salovey)は、1990年、感情を察知し、理解する能力は知性であるとして、「感情知性(Emotional Intelligence)」の考えを提唱する。感情知性は次の4点に特徴づけられる。
感情を的確に把握する能力。
志向を発展させるために感情を活用できる能力。
感情の意味を理解できる能力。
感情を自制できる能力。
これを踏襲して、ダニエル・ゴールマン(Daniel Goleman)は、1995年、『EQ(Emotional Intelligence)』において、コミュニケーションでの感情の果たす役割が大きいことを指摘する。さらに、25の因子による感情知性の評価指標を提案している。それは、「知能指数(IQ: Intelligence Quotient)」に対して、「感情指数(EQ: Emotional Quotient)」である。彼はEQを次のように要約している。
自分の本当の気持ちを自覚し尊重して、心から納得できる決断を下す能力。衝動を自制し、不安や怒りのようなストレスのもとになる感情を制御する能力。目標の追及に挫折したときでも楽観を捨てず、自分自身を励ます能力。他人の気持ちを感じとる共感能力。集団の中で調和を保ち、協力しあう社会的能力。
これは、言わば、「社会的知性」である。感情知性は社会性の能力だ。
フクシマが起きてから、政府や専門家たちの著しいEQの低さが明らかになっている。依然として欠如モデルで語っている無知蒙昧の専門家も少なくない。無知だから不安に感じているのであって、知識を与えてやればよい。こんな考えの彼らは信じられないほど社会性に乏しい。
欠如モデルでフクシマを女性に説明する専門家は真に世間知らずだ。日本の女性消費者は世界で最もタフとして知られている。彼女たちは商品に対して不満を口にするだけではない。改善点を言語化=明示化する高い能力を持っている。これを生かさない手はないとして、消費者参加型の商品開発を始める企業も少なくない。
中島秀人東京工業大学教授は、『科学技術社会論への道』において、現代の科学技術に対する市民の不安が「人間の根幹である生命活動や精神活動に関わるもの」だと指摘している。この「精神活動」は「脳神経」と言い換えてもよい。現代の科学技術は環境ではなく、情報処理技術が脳神経の拡張であるように、身体器官の一部と化している。放射線の影響は遺伝子の損傷であり、まさに「生命活動」に関わっている。女性の不安はここから生じている。ところが、欠如モデルの専門家はこうした科学技術の置かれている「状況」を理解していない。だから、両者のコミュニケーションがかみ合わない。女性たちは、社会で生きていくため、将来の危険性を心配しているのに、専門家は耳も傾けず、安全性を説明するばかりだ。
福田収一首都大学東京名誉教授は、『感情工学─知恵の時代』において、感情による知を「状況知(Encultured Knowledge)」と呼んでいる。感情は状況に依拠する。状況の変化にはそれの持つコンテクストの更新が伴う。絶え間ない変化に対応するには、その都度、コンテクストを察知する必要がある。「感情知(Emotional Knowledge)」はコンテクストを洞察する能力である。未知の状況は新規のコンテクストの出現にほかならない。フクシマ時代はまさにそれそのものだろう。感情知の活用の時である。
かつて原子力は「夢のエネルギー」と一般に説かれて日本に導入が図られてきたが、今回の再稼働問題に関して、政府は「夢」を一切口にしていない。彼らが列挙する理由は過去に提示された問題解決の継続にすぎない。そこにはフクシマの認識が抜け落ちている。政府がすべきなのはフクシマ時代における「夢」を語ることだろう。
この「夢」とはコンテクストの更新であり、新たな問題設定である。問題解決であれば戦術対応で済む。けれども、問題設定には戦略が不可欠である。再稼働は将来への戦略が政府に稀薄であることの証だ。菅直人前首相は思いつきで政治をすると揶揄されたが、現首相はそれさえもない。たんなる既得権益の守護者である。何しろ、再稼働のためのやっつけ基準を決めるほどだ。省エネ・脱原発・再生可能エネルギーに基づくスマート社会構築、新しいコンテクスト共有へと向かう市民の熱い思いに水を差す有様だ。
フクシマ時代はつねに未知の事態と直面することになる。それに備える認識が必須である。感情知のなせるところだ。この時代において、感情知の低い人物が政治家や官僚としているべきではない。
再稼働?EQ低〜い!
〈了〉
参照文献
中島秀人、『社会の中の科学』、放送大学教育振興会、2008年
福田収一、『自己発展経済のための工学』、養賢堂、2011年
ダニエル・ゴールマン、『EQ こころの知能指数』、土屋京子訳、講談社+α文庫、1998年