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日本国債と銀行

佐藤清文
Seibun Satow
2013年1月31日

初出:独立系メディア E-wave Tokyo
無断転載禁


 「薬は身の毒」。


 成長が低迷しているから、日本政府による国債発行が増加するのではない。その逆だ。政府が国債を発行し続けられるから、停滞から抜け出せない。

 90年代以降、日本政府は景気浮揚のため財政出動を繰り返し、国債の発行額を増大させる。債務残高は、財務省のHPによると、2012年時点で対GDP比214%を超えている。総額は近々1000兆円をうかがう勢いだ。通常、ここまで拡大する前に、利回りが上昇するので、国債発行が抑制されるものだ。

 政府が国債を順調に発行できるのは国内の銀行が購入するからだ。日本国債の9割以上が国内金融機関に保有されている。需要があれば、供給との均衡が保たれるので、利回りは上昇しない。銀行は98年から購入量を急増させ、現在、日銀のHPによると、全国債の3分の1以上を保有、全体に占める比率はトップである。

 国内の銀行が国債購入の費用にしているのは、預金である。日本政府は人々の預金をあてに国債を発行し続けている。「税金の無駄遣い」という批判は「預金の無駄遣い」と言い換えねばならない。膨大な発行済日本国債の問題は金利上昇のみならず、預金を原資にしている点にもある。

 国債の原資が貯蓄であるから、それが集まっている間は下落する心配は要らない。そんな弁護がしばしば聞かれる。なるほど、シンガポールを筆頭に、東アジア諸国は、全般的に、貯蓄率が高い。けれども、他国は長期低迷に陥っていないし、巨額の財政赤字を抱えてもいない。日本の場合、預金が集まっていること自体に悪循環がある。

 いかに利率が低くても、将来不安が高ければ、貯蓄は増える。また、95年以降、デフレが慢性化しており、それには貯蓄インセンティブがある。名目利子率が低くても、デフレが進めば、実質利率は上昇するので、貯蓄は増加傾向を示す。さらに、三党合意によって今年の秋をめどに消費税を上げる段取りが用意されつつある。少子高齢化に対応するため、社会保障と一体化して改革を進めると言いながら、そちらの方はなおざりである。消費税は消費を抑制し、貯蓄を増やす効果がある。

 景気がよくなれば、銀行は、それ以外の貸出に備えて、国債購入を抑制する。実際、2000年代の推移をみると、銀行の政府への貸出量は景気との連動が認められる。加えて、インフレが起きれば、貯蓄インセンティブが減り、預金量は減少する。デフレから脱却すると、国債購入の原資は減る。ところが、プライマリーバランスの正常化はまだ先だから、政府は国債発行を継続する。景気の変動にかかわりなく、銀行の購入能力を超えて発行されれば、外国人投資家に買ってもらうほかない。いずれにせよ金利がおそらく上昇する。利払いが増えれば、予算を圧迫する。さらに、後に述べるように、国債金利が上がると、ローンや社債のそれも高くなり、経済状況は危機に陥りかねない。

 80年代から、主要製造業は直接金融から資金の多くを調達している。また、90年代に入ると、為替相場や人件費などを理由に生産拠点を海外に移す流れが本格化している。大手行は融資のお得意様を減らしている。しかし、それは国内に起業の動きがないことではない。加えて、資金繰りさえできれば、倒産せずにすむ企業もある。預金で集められた資金がそうした融資に使われ、経済成長につながり、人々が銀行に増えた給与を預ける。この信用創造の循環に、残念ながら、国債購入に熱心な大手行は積極的に臨んでいない。

 もっとも、大企業にしても、莫大な内部留保金を見ると、国際競争を生き残るための効果的投資が見出し得ていないと言わざるを得ない。さもなければ、競争の激しさを口にしながら、なぜ座しているのか説明できない。長年、守りの姿勢を続けたため、設備投資の目利きが下がり、彼らはその使い道を見つけられない。

 内向きの日本国債と違い、合衆国財務省のHPによると、米国債の国内保有比率は4割強である。残りは海外で保有され、中国や日本がその上位である。アメリカの国内銀行の保有比率は2%程度であり、これは個人よりも少ない。

 米国債は社債より利回りが低い。社債の格付けはその企業が属する国の公債のそれよりも下に置かれる。アメリカの銀行にとって米国債は魅力がない。

 わかりやすくするために、トヨタと日本の債権を例にしよう。昨年、トヨタは初めて3年債を発行し、その利率は0.186%である。国内の普通社債市場で0.2%を切るのは9年ぶりの快挙だ。一方、日本国債の3年物は0.1%未満である。国内最優良企業よりも世界最大の借金国の債権の方が低い。

 リカードゥの等価定理では、減税の財源を国債で賄おうが、将来の増税に求めようが同じである。しかし、国債には金利の問題がある。10年物国債が債権のベースセッターとして位置づけられている。国債を発行し続けて利回り上昇を招いた場合、それはローンや社債の金利に影響を及ぼす。

 銀行は預金を集めるには利率を高く設定する方がいい。そうすると、リスクと照らし合わせながらだが、利回りの高い資産運用が必要になる。アメリカの銀行は、そのため、米国債よりも社債購入を好む。米国債を買っていては競争で生き残れない。

 ところが、日本の大手行は自国債を積極的に買っている。リスク回避を優先しているからだ。それは明らかに必要以上である。何しろ、現在のBIS(国際決済銀行)規制では国債はリスクに加算しなくてもよいことになっている。

 こうした行動を続ける大手行の強みは何かという問いが生じる。それがなくては、グローバル化した時代において、国際競争で敗れてしまう。まさかでかい図体だけではあるまい。しかし、国際競争力を強化するためとしてメガバンク化したものの、どうもそれが見当たらない。

 国内銀行は手数料ではなく、利ざや収入が大きい。それは、貸付業務に重心があり、米国の銀行のようなコンサルティング業務に強みを持っていないことを意味する。

 確かに、中小企業向金融機関の融資審査能力は非常に高い。中小企業は独自技術を持っているため、依然として高い国際競争力を保持している。それには、そうした金融機関による資金供給が支えになっている。今後、中小企業向金融機関の審査能力はグローバル化金融時代の強みとなっていくだろう。

 中小企業は景気変動の波を受けやすいなど融資のリスクが高いのも事実だ。近年、起業に比べて廃業が多くなっている。政府も以前から地域密着金融、いわゆるリレーションシップバンキングなどによって中小企業支援の再構築を進めている。中小企業の起業や革新が日本経済の活力であり、それを促進する融資は拡充する必要がある。

 けれども、大手行は審査能力を低下させている。元々、大手行は、国内製造に設備投資資金を円滑に提供するため、護送船団方式で保護されている。80年代には世界ブランド化した製造業は証券市場から資金を調達するようになり、銀行から自立する。事実上の政府保証の融資が多かったので、大手行の審査能力はあまり高くない。

 しかし、新たな役割が求められている中でも、大手行は融資の腕を磨くことを避ける。バンブル期には土地神話のまま不動産投資を膨らませる。その崩壊に伴い、巨額の不良債権を抱え、それを公的資金で補填してもらっている。ベンチャー・ビジネスへの融資や画期的な金融商品の開発も見られず、リスク回避傾向を強めてしまう。積極的な国債購入がその代表だ。

 もちろん、大手行にも融資の達人がいる。昔は若社長が融資を依頼に行くと、「バカ野郎!」と怒鳴りながら、帳簿を指さし、経営のノウハウを一から教えてくれるベテラン行員もいたものだ。

 大手行は預金で集めた資金を起業や技術革新に融資することなく、国債購入に充てている。先進国が成長するには絶えまないイノベーションが必要である。銀行がそうした融資を行えば、成長の後押しになる。ところが、それをしないで、国債を買っている。発行した傍から売れるのだから、政府は効果的な政策を講ずるインセンティブがない。選挙や省益も考え、既得権を守ることに気とカネを配り、ただ赤字が増えていく。モラル・ハザードだ。

 銀行による積極的な国債購入は、従って、三つの弊害をもたらしている。それは技術革新の抑制、銀行の国際競争力の低下、財政赤字の増長である。

 イノベーションの資金が政府の赤字に消えていては、いつまで経っても、日本は経済成長できない。にもかかわらず、現政権は銀行法を改正して、融資先の事業会社の株を購入しやすくしようとしている。戦前の財閥復活につながる危惧もさることながら、銀行のリスク回避傾向を助長する政策だ。金融機関としての社会的責任を果たすための融資インセンティブの政策が必要である。

 3・11の際、一次も含めた地場産業の復興に資金需要が不可欠なのに、大手行は融資に関して積極的だったとは言えない。しかも、信託を含めた新たな金融商品の開発、すなわち金融イノベーションによって地域の再出発を後押しする動きもあまり見られない。目立ったのは地域に密着した金融機関の活躍だ。

 城南信用金庫は脱原発に賛同した金融商品を提供している。また、2012年2月11日放映のNHKスペシャル『“魚の町”は守れるか〜ある信用金庫の200日〜』で、気仙沼信用金庫の活動が伝えられている。従来から日本の強みと言われたボトムアップの力を金融によって後押ししようとしている。銀行と違い、信用金庫が非営利組織体だという言い逃れは許されない。金融機関には、他の業種以上の公的救済が認められているのだから、より大きな社会的責任がある。日本国債の積極購入はそれを果たしていない。

〈了〉

参照文献
吉野直行他、『中小企業の現状と中小企業金融』、慶應義塾大学出版会、2006年
吉野直行他、『中小企業金融と日本経済』、慶應義塾大学出版会、2006年
吉野直行、『金融投資サービス論』、慶應義塾大学出版会、2010年
財務省
http://www.mof.go.jp/
日本銀行
http://www.boj.or.jp/
US Department of the Treasury
http://www.treasury.gov/Pages/default.aspx