広島県福山市にある鞆の浦は、大宰府の長官であった大伴旅人が、
我妹子が 見し鞆の浦の むろの木は
常世にあれど 見し人ぞなき
(万葉集)
と詠んだ歴史ある港町であり、1934年に制定された瀬戸内海国立公園において、最初に指定された地区である。
鞆の港には江戸時代の港の形状、街並みが残されている。特に「常夜燈」、「雁木」、「波止」、「船番所跡」、「焚場跡」の港湾施設の5点セットが日本で唯一残されている貴重な港であると言われている。
鞆の港の東西を結ぶ県道(鞆松永線)は、幅員が狭いため、東西方向から行き合う自動車が、離合する(すれ違う)ため、お互いに道を譲り合って通行している。また幅員が狭いため大型車あ通行できない。そのため、この鞆港の一部を埋め立て、橋を架ける埋立架橋計画が、鞆の街中を走る県道のバイパスとして計画されている。埋め立て許可申請に添付されている、環境アセスメントに類する資料には、1日の交通量7,300台とされている。(別の資料では5,000台程度)
架橋・埋め立て後のイメージ 【医王寺より港を臨む】
(鞆地区道路港湾景観検討委員会資料より)
埋め立て架橋の主な目的として挙げられているものに、「慢性化している交通混雑」がある。特に鞆地区の外から来て外へ通過するだけの自動車、いわゆる「通過交通」は東西を結ぶ幅員の狭い県道を通過するため、鞆港内に建設する橋をバイパスとすることにより、交通の円滑化を図ろうというものである。
この点について、福山市の資料(鞆地区道路港湾整備事業〜期待される整備効果〜)では「道路幅員に対して交通量が多く、交通混雑が慢性化しています。」、「特に朝・夕に交通量が集中しており、交通混雑に対して住民は不満をもっています。」と記述されている。
この埋め立て架橋計画に対して、歴史的な景観である鞆港を埋め立て、橋を建設するものであるため、国際記念物遺跡会議(International Council on Monument and Sites、略称 ICOMOS、イコモス)のメンバーによる国際会議が計画の放棄と代替案の検討を求める勧告を採択するなど、歴史的景観の保護が求められている。
また、この景勝地等を保護することを目的とし、広島県が埋め立て免許を交付しないよう差し止めを求める訴訟が現在行われている。
ところで事業の必要性について福山市から説明されている「交通混雑」について、地元の住民は鞆地区の交通の実態と異なる、そのようなものは存在しない、とかねてから指摘してきた。これまで実感として存在しないことを主張してきたが、より説得力のあるものにするため、これをきちんとデータとして確認し、示したいと、筆者の所属する環境総合研究所に交通量調査を依頼された。
この調査では、鞆地区を単に通過するだけの自動車(通過交通)が、交通量全体に占める割合を把握すること、交通混雑による速度低下の程度を把握すること、合わせて騒音の現状を把握することを目的とした。通過交通の割合を把握することによって、将来、埋め立て架橋を使用するであろう自動車の台数を推計することも可能となる。
鞆地区は北側(福山市中心部方面)と南西側(平地区、旧沼隈町方面)にそれぞれ1本の道でつながっている。そこで、この2箇所を通過する自動車について記録すれば、全ての出入りを把握することが可能であるため、この地域特性を活用した調査計画を立案した。
調査地点図
北側地点を通過した後に南西側地点を通過した自動車、反対に南西側地点を通過した後に北側地点を通過した自動車は、いずれも通過に時間がかかりすぎていなければ、鞆地区を単に通過しただけの「通過交通」であると判別できる。同じ自動車であるかどうか確認するために、ナンバープレートを記録することとした。
合わせて、記録したナンバープレートの数が妥当であることを検討し、また大型車の台数を把握するために、小型車類と大型車類(国土交通省の道路交通センサスと同じ分類)による、いわゆる「断面交通量調査」(ある地点を通過した自動車の台数をカウンタで数える調査)を別途実施することとした。
さらに、北側の地点と南西側の地点を、実際に自動車で繰り返し走行し、走行に要した時間を秒単位で記録することにより、通過時間の把握を行うこととした。
また、埋め立て架橋が計画されている東西両端の地点において、騒音の現況を把握するため騒音測定を行うこととした。
一般的に調査機関等が交通量調査を実施する際には、調査地点の現場で自動車の数を数える要員としてアルバイトを使うことが多い。ここで重要なのは、検証可能な調査を行うことである。そこで、カウンタ等による記録に加え、ビデオで通過する自動車のナンバープレートを車線別に撮影することにより、調査実施後の記録のチェックを行うこととした。また、ナンバープレート調査と断面交通量調査をそれぞれ独立して行うことも相互の検証をも目的としている。
調査は道路交通センサス等が行われる条件を考慮して平日11月7日(水)の6:00から交通が少なくなる20:00までの14時間連続で行った。調査要員としてはアルバイトではなく、地元住民の方が交代で参加され、参加者は合計で約80名に上った。
調査結果について、調査を依頼された地元住民を中心とした調査実行委員会は、12月3日(月)に福山市役所で記者発表を行い、中国新聞、山陽新聞、朝日新聞、読売新聞、毎日新聞、福山放送、広島ホームテレビ、NHKの記者が熱心に質問された。同日、福山市中心部で1回、鞆地区で1回、主に調査に参加された方々に対して報告会が開催された。筆者はこれらの場で、調査の概要と結果について説明した。
記者発表を受けて、翌日(12月4日(月))の朝刊で各紙(中国新聞、山陽新聞、朝日新聞、読売新聞)が記事を掲載したので、本コラムの最後に中国新聞と朝日新聞の記事を紹介したい。
調査結果の概要は記事に紹介されているとおりであるが、簡単に言えば
・慢性的な渋滞(交通混雑)はもとより渋滞は全く存在しないこと、
・埋め立て架橋を利用すると想定される自動車の台数は、事業者が示している計画交通量7,300台/日でも5,000台/日でもなく、2,000台/日を下回る程度であろうこと、
・騒音は現状より大幅にうるさくなるだろうこと、
の3点が明らかとなった。
事業者の資料と、実態調査を踏まえた結果にこれだけ大きな乖離が出た理由の1つは、事業者の言う「交通混雑」は幅員に対する交通量の割合から計算上求めたものであって、実際の鞆地区の混雑、渋滞を調べたものではないことにある。
実際に現場の道路の使われ方をみれば分かるが、離合箇所(すれちが箇所)が複数、標識で示されており、通過する車はお互いにゆずりあって通行できているため、混雑、渋滞は発生しないのである。
埋め立て架橋は税金によって建設されることになるが、事業の主な目的である「交通混雑の解消」はそもそも解消するまでもなく存在しないこと、現実的に利用すると考えられる自動車の台数が極めて少ないことから、そもそも事業の必要性について疑問を提起せざるを得ない結果であった。
中国新聞:「鞆に慢性的な渋滞ない」 '07/12/4
http://www.chugoku-np.co.jp/News/Tn200712040028.html
福山市鞆町の鞆港埋め立て・架橋計画に反対する住民らでつくる実行委員会は3日、鞆町の主要道路で11月上旬に実施した独自交通調査の結果を公表した。「事業主体の県、市が推進の根拠の1つとする『慢性的な渋滞』はない」と結論づけ、あらためて計画に疑問を投げ掛けている。
調査は、鞆町の交通実態を確認する目的で、住民ら約80人が11月7日の午前6時―午後8時に実施。(1)町中心部を車両で走行した場合の所要時間(2)車両の通行総数と、通過交通の内訳(3)騒音―の3種類を調べた。
東京都の環境コンサルタント会社に委託した分析によると、市中心部約2.5キロの平均通過時間は6分弱。朝に一時的に2、3分増え、狭い場所ですれ違うために5台前後が待機停車する場合があるが、「渋滞はない」としている。通過交通量は日量換算して2000台弱で、県、市が計画で新設する県道の通行量として見込む7300台の約3割にとどまると指摘している。将来的に騒音レベルが上がる可能性も指摘した。
朝日新聞:鞆町「渋滞はない」/住民調査公表(2007年12月04日)
http://mytown.asahi.com/hiroshima/
news.php?k_id=35000000712040003
福山市鞆(とも)町で県と市が進める鞆港埋め立て・架橋計画をめぐり、行政側が計画推進の理由に挙げている交通渋滞などの実態を調べた地元住民らが3日、その結果を公表した。鞆町の北端と南端の地点の約2・4キロ間の車での通過時間は4〜6分台でほぼ一定していたことから、朝夕の交通量の増加による影響は極めて小さく、「慢性的な交通渋滞はもとより交通渋滞そのものが存在しない」と結論づけている。
地元の「鞆の世界遺産実現と活力あるまちづくりをめざす住民の会」など5団体でつくる「住民による鞆町交通量調査」実行委員会が調査会社の協力を得て地域のイベントがない水曜の11月7日午前6時から午後8時にかけて調べた。
通過時間調査では、南北2地点の間を実際に車で延べ67回走行して時間を記録した。7分間を超えたのは北から南方向の午前7時台に8・7分、7・2分が各1回あっただけで、平均時間の5・7分と比べても短時間車の流れが滞っただけにすぎず、「時間的、経済的損失と評価するにはあたらない」とした。
通過交通量調査では、南北2地点で出入りする車の台数とナンバープレートを記録したところ、14時間で計1364台(12時間交通量の換算で1200台程度)だった。市中心部に向かう北端の地点での通過交通量の割合は14・8%と少なく、残る約85%は鞆地域内で発生している交通量と指摘。南端の地点の通過交通量も38・2%にとどまった。行政側が橋の供用時の交通量を1日当たり7300台としていることについて「過大な見積もり」と批判した。
調査結果は、地元住民らが県を相手取り知事が埋め立て免許を県と市に交付しないよう求めた差し止め訴訟に証拠として使うことを検討している。記者会見した大井幹雄・原告団長は「離合するため何台かの車が止まることはあるが、交通渋滞はないことが明らかになった」と訴えた。(松尾俊二)
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