東京23区では、今年4月から(一部の区では、来る10月から)廃プラスチックの焼却が始まる。全区が同じように全ての廃プラを「燃やすゴミ」とする訳ではない。約半数の区では、廃プラのうち容器包装リサイクル法による容器包装プラスチックをリサイクルし、それ以外を「可燃ごみ」扱いとし焼却する。残りの約十区は全ての廃プラを東京二十三区清掃一部事務組合(以下「一組」(いちくみと読む))の運営する焼却炉で燃やすこととなる。
全区の本格実施がはじまる10月を目前に控えた9月23日、廃プラ焼却に問題意識を持つ市民による「ストップ温暖化、廃プラ焼却連絡会」の呼びかけ、「9・23実行委員会」主催で、文京区民センターにて「ストップ廃プラごみ発電!知っていますか・・・生命・環境への影響」と題した講演会・シンポジウムが開催された。90人以上が参加され、大変盛況であった。以下、集会の内容を概括的に紹介する。
<開会挨拶>
まず、実行委員会の共同代表、村越まり子文京区議から、23区の廃プラ焼却の動向が全国のごみ処理に影響を与える可能性があり、重要な問題であるとの挨拶があった。
村越区議は昨年のノヴァスコシアへのゼロウェイスト政策視察に参加されている。文京区には焼却炉が無く、ごみは他区に運ばれているため、区民も区議会も意識が低く、区の廃棄物行政を転換していく上で参考になればと、視察に参加された。
今年のノヴァスコシア視察には、お二人の江東区議が参加された。江東区は日処理能力焼却炉3炉合計1800トンという巨大な清掃工場を含め、灰溶融施設やPCB処理施設など大規模な廃棄物処理施設を臨海部に抱えている。しかし、江東区には他区からおよそ2億円が負担金として支払われるため、区議会も区役所も焼却ゴミの削減には不熱心であるという。焼却炉を持たない文京区と巨大な清掃工場を抱えて文京区のごみも焼却している江東区、対照的な立場に立つ2つの区であるが、ごみ問題に対する行政や区民の姿勢には共通する問題点がある。
<実行委員会からの報告>
次に実行委員会のもう一人の共同代表の田巻氏から、廃プラ焼却に関して住民監査請求をした経緯について説明があった。住民監査請求では廃プラ焼却を始めると焼却炉の維持管理費用が嵩んだり、新たな焼却炉の更新が必要となるばかりか、有害物質、CO2の排出も増大するため、税金の無駄遣いであると主張したが、監査委員会からは、廃プラ焼却は区長会で承認された事項であり、財務会計上の行為には当たらないことから、住民監査請求の対象にはならない、と門前払いされたとのことだ。
一部事務組合とは、議会はあるものの、その議員は構成する基礎自治体の議長等のいわゆるアテ職であり、議員自身の関心が低く、有権者から直接選挙されていないことから、有権者、納税者の目も声もほとんど届かない問題のある組織である。平成11年に一組が設立されて以降、監査請求を受けたのはこれが2回目だそうだが、監査請求を受けた経験がほとんどないことも、対応の酷さに表れている。
田巻氏は、燃やすと有害だから分別して燃やさないゴミとして出して欲しい、とこれまで区民にずっと教えて行政が、突如として、安全になったから燃えるゴミに、ということがそもそもおかしいと指摘された。一組が示したCO2の発生量が減少するとする根拠資料の数値にも焼却対象となるプラスチックの増加量等に矛盾点があるという。ちなみに一組の計算でさえCO2の発生量は増加する。メタン発生量の抑制効果なるものや、ごみ発電による効果を(過剰に)見込んでもわずかであるが増加するという計算である。
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<講演1:廃プラによる大気汚染について>
筆者も所属する環境総合研究所の池田こみち副所長より、廃プラ焼却と環境影響、特に排ガスに含まれる有害物質による環境汚染の可能性について、30分間の講演が行われた。23区における焼却炉の余剰能力の実態、プラスチックの添加物に含まれる有害物質をはじめとする各種の未規制物質、松葉を生物指標とした住民参加の環境調査(ダイオキシン、重金属、臭素系難燃剤)や、国の調査による魚介類の汚染の実態、諸外国の取り組みや規制の状況との対比等まで、日本のごみ焼却に関わる豊富な課題と内容は多岐にわたった。
講演する池田こみち氏(環境総合研究所副所長)
講演する池田こみち氏(環境総合研究所副所長)
<講演2:ダイオキシン等の有害物質の胎児・乳児・母胎への影響>
九州大学大学院医学研究院の長山淳哉准教授は、カネミオイルに含まれるダイオキシン類(ダイベンゾフラン)による健康被害である、いわゆる「カネミ油症」問題に被害発生当初から取り組まれている。当初PCBが原因と思われていたカネミ油症であるが、当時は分析することそのものが困難であり、分析方法の開発から始められたそうである。水俣病の有機水銀、イタイタイ病のカドミウムも被害が発生した当初は分析方法すら確立されておらず、被害が発生してから分析方法が開発されるのが現状であると指摘された。
カドミウムによるイタイタイ病について、この問題が実は現在も終わっているわけではないこと、日本の米のカドミウムの基準値0.4ppmは、実は肝臓障害が少し起こりうるレベルであることを指摘された。また、タバコの葉にカドミウムが含まれ、喫煙量が増えると母乳中のカドミウムの量も増えるという。しかし、カドミウムは、胎盤でブロックされるため胎児への移行は少ないとのことだ。
水銀については、大きな生物濃縮(海水から食用魚に10万〜100万倍)、食物連鎖があり、腸でほぼ100%吸収されるそうである。メチル水銀はかつて農薬(種子の消毒薬等)として使われており、農作物から体内に摂取される量が多かったが水俣病を契機に使われなくなったため、その後は魚介類からの摂取量の割合が増加しているという。全体的に体内への摂取量は減少しているにも関わらず、胎児影響を考慮した摂取量目安を日本の実態に当てはめると現在でも約半数が超える可能性があることを指摘された。
カネミ油症については、ご自身が油症の原因物質解明の研究に関与され、PCB主因説からジベンゾフランが主原因であると、九州大学のカネミ治療研究班が認めるまで30年かかったこと、を指摘された。原因が分からない被害の原因が特定されるまで、非常に長い年月がかかることから、廃プラ焼却に関わる影響についても予防原則の立場に立つべきだと示唆されたのだと感じた。
長山先生は、焼却由来のような(油症やセベソと比較して)「低濃度」のダイオキシンが与える健康影響があるとすれば、まず乳児に表れるだろうという問題意識を持たれ、母乳の研究を始められたそうである。母乳中ダイオキシン、母乳中農薬に関した研究結果を紹介された。
次に、個別の物質、被害とは別に、統計データとして、形態奇形(目で見て分かる奇形)の出産率がこの30年で顕著に(個別の原因との因果関係は分からないものの)増加していること、母乳中のPCB濃度と知能指数、読み書き能力の関係を把握した研究等について紹介された。科学で判明することはまだまだ限定的であること、特に複合汚染については、膨大な量の研究が必要なことから分からないことだらけであることなども指摘された。
長山先生の話は研究者としてクローズアップした観点からの話が中心であったが、研究者としての社会問題に関わられる真摯な行き方も話の端々から感じられた。
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長山先生の講演後、シンポジウムに移る前に、横浜のNGOの西岡さんが喘息と焼却炉の稼働との自主調査結果を5分間で報告された。焼却炉が閉鎖されたことにより周辺小学校の喘息罹患率が大幅に改善したという報告は説得力のあるものであった。
シンポジウムは、ごみ問題のNGO(ごみ問題5市連絡会)の事務局長でもある青木泰氏が司会をされ、パネリストに長山准教授、池田副所長、田巻氏がが並ばれた。
主にパネリストおよび司会の青木氏が、事前に会場から集めた質問票に答える形で進み、その間に会場からの2、3の質問も受け付けられた。
質問としては、廃プラを燃やさないとしたらどうしたらよいのか、生ゴミも合わせて焼却することについてどう考えるか、プラスチックは現代の欠かせないものになっているがどう考えたらよいか、欧州ではRoHS規制、REACH等の取り組みが進んでいるがそれにつはどうか、長山先生の話を聞くと現在の有害物質は次世代に対する危険なレベルを超えているようだが、国レベルの対応策が追いついていないのはなぜか、廃プラ焼却の次世代への影響をどう考えるか、廃プラ焼却問題についてどう対応していったらよいか、ダイオキシンなど心配ないという学者がいることにどう対応したらよいか、PAH、ニトロPAHなどの分析を行政にやらせたいが出来るところはあるのか、この問題をどう広げていったらいいか、摂取量と毒性の関係は、煙突の濃度が低いので問題ないと行政は言うがどうしたらいいかなど、多岐にわたり、それぞれパネリストが丁寧に、時には広い視点から回答されていた。
質疑応答
終了の前に司会の青木氏からの指名で、会場から東京農工大の瀬戸教授が廃棄物を減らす切り札は拡大生産者責任、使用者責任を問うことだが日本ではなかなか実現しないが声を上げ続けなければならないこと、消費者としてやるべきことはしっかりやっていかなければならないことを指摘された。また、環資源研究所の村田徳治所長が、廃プラ焼却を始めるのはゴミを増やして焼却炉を維持してそこで働く人の職場を維持することが本当の目的であることは確実であろうこと、実際には炉の管理は外部に委託され経験の浅い派遣社員が運転しているが、廃プラを沢山炉にいれると想定外のトラブルが起こることは過去の経験からも明らかであること、まったく過去に学ぼうとしていないこと、消費者がなぜ「うるさい」か理解しようとしない大臣がいることに象徴されうることなどをコメントされた。
最後に長山先生が次世代との問題を合わせて考えて欲しい旨を述べられ、池田副所長がダイオキシンだけ低ければよいという時代は終わっていること、行政の出しているデータをうのみにせず、グチを言うだけでなく意見、提案をぶつけていかなければならないことなどを述べられてまとめとされた。
<決議文の朗読と賛同>
その後、東敦子渋谷区議(渋谷区は住宅地の中の狭隘な敷地に強引に建設された清掃工場の建設に関して裁判となっている)が、決議文(案)を代読し、参加者による賛同を得て、お開きとなった。
大変盛況で有意義な講演会であり得るものが多かった。一方で、事前に毎日新聞等に開催を紹介する記事が掲載されたにも関わらず、参加者が100名弱というのは、現在の区民の関心の程度を表しているのだろうか。
ごみの問題は私たちの生活にもっとも密着した問題の1つである。ごみを出すのも、処理するお金を負担するのも、結果として発生する環境影響を受けるのも私たち自身である。また、資源の問題としても、地球温暖化に関しても、長期的には私たち自身の生活にとって重要な問題である。また、ごみ処理のあり方の決定過程は、私たちの社会の民主主義のありようの問題でもある。
講演中に何度も指摘されたように、東京23区、約800万人のごみ処理の転換は日本全体のごみ処理の行方にも大きな影響を与える。私たち自身の問題であり、かつ国全体に関わる問題として、多くの人が関心を持ち、自らのライフスタイルと行政のあり方を変えるよう、努力していかなければならない。
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