エントランスへはここをクリック!   


圏央道事業認定取り消し訴訟
国交省証人尋問
〜お手盛り費用対効果分析の実態〜

鷹取 敦
掲載日:2009年10月29日


 2009年10月28日、午後1時30分から東京地方裁判所で最も大きな103号法廷で、首都圏中央連絡道(圏央道)の建設事業に関わる事業認定取り消し訴訟の証人尋問が行われた。

 基本的な証拠調べは既に終了しており、裁判所が重要と判断した証人についての追加的な尋問であるという。

 本日の主要な証人は、国土交通省 関東地方整備局 道路計画第一課長の古川慎治氏であった。古川氏は本裁判で争われている事業認定申請を行った相武国道事務所の担当課長であった。原告は事業認定の担当者の証人尋問を強く求め、裁判所が必要性を認めて国土交通省を説得し、ようやく実現した極めて希なケースだそうである。

 事業認定に必要な公共性判断の重要な要素に、費用対効果比がある。通常、費用対効果の効果を数値化するのが困難のため、費用対便益比(B/C)が2006年の圏央道高尾山トンネルの事業認定申請書では、圏央道八王子ジャンクション〜海老名北インターチェンジ間の費用対便益比は2.6とされていた。しかし、信頼性をチェックしようにも、検証および再現計算に必要な計算過程のデータが裁判で求釈明をしても一切開示されないことから、求められていた証人尋問であった。


■主尋問(国の代理人による尋問)

 古川氏は平成11年に国土交通省に入省し、主に道路行政に携わり、費用対便益に関する業務を担当、費用便益分析がマニュアルに乗っ取って行われているか確認などを行っていたという。ただし、単なる証人ではなく、国交省の職員として本件裁判の代理人でもある。(反対尋問中に原告側代理人より、その自覚がないと注意されていた。)

 まずは被告(国)側の指定代理人により主尋問から始まった。主尋問は、当然のことながら被告代理人との間で綿密な打ち合わせが行われていたとみえ、シナリオに沿って、道路事業を正当化しようとする被告(国)の主張したいことをアピールする場であった。

 主尋問で強調されたのは、主に次のような内容である。
  • 圏央道が様々な計画の中に位置づけられ、法律の定めによって閣議決定も行われ、政府全体の方針として行っている事業であり、関東地方整備局の判断で行っている事業ではないこと。

  • 平成19年6月に一部開通(あきるのインターチェンジ−八王子ジャンクション間)後、周辺国道で大型車交通量が減少する等、バイパスとしての機能を発揮していること。

  • 日本の首都圏の環状道路の整備率は4割で、諸外国の整備率は9割を超えるところがある等、著しく遅れていること。

  • B/Cだけで公益性が判断されるのではなく、総合的に判断されること。

  • B/Cでは時間、費用、事故の3点だけを対象として金銭に換算して計算しているが、実際にはCO2や大気汚染の削減等、他にも効果があること。諸外国ではこの3点以外も対象としており、ドイツでは大気汚染の改善も便益として計上されていること。

  • 費用便益分析マニュアルは「最新の知見」に基づいて定期的に更新され(平成10年作成、平成15年、20年に更新)、その時々の最新のマニュアルに基づいて計算されていること。(本件道路は平成15年のマニュアル)

  • その結果、B/Cは2.6と算出されたこと。
 いずれも道路事業を進めたい国土交通省が事業の正当化のためにこれまで主張してきたことの繰り返しであった。ご丁寧に、最後の証人が特に主張したいことはありませんかと国の指定代理人が尋ね、古川証人は上記の内容を列挙していた。


■反対尋問(原告の代理人による尋問)

 反対尋問は、今回の証人尋問を希望した原告側からの証人への質問である。1時間半以上にわたる反対尋問のやりとりの末に分かったことは主に次のようなものであった。
  • 古川証人は本件(裁判の対象となっている事業認定)の業務には直接関与していない。(原告の求めた証人とは異なる?)

  • 本件事業のB/Cの算出はコンサルタント((株)建設技術研究所)に委託され、コンサルタントが実務を行った。証人は計算業務を自分で行ったこともないし、計算作業の過程を確認したこともないと述べた。

  • 原告代理人は、B/Cが1.0を切ればいかなる場合も事業を取りやめなければならない、と 冬柴国交大臣(当時)が平成20年2月の衆議院予算委員会で答弁したこと、B/Cが最低1.0を超えていないと事業としてはやってはいけない感じ、と関東地方整備局の事業評価委員会での事務局として発言したことを示し、証人にこれが国交省の公式見解ではないかと聞いた。

  • しかし、証人はこれが国交省の公式発言かどうか分からない、大臣がそのように答弁したのであれば、その答弁がそうだったことは認めると答えた。

  • 原告代理人は、費用便益分析マニュアルには、用いたデータ、計算手法等は原則公開で、マニュアルの趣旨はアカウンタビリティの向上と書いてある、マニュアルの作成に際して国交省が行ったパブリックコメントで、「追分析できるように全ての基本データと途中データを示すべき」という意見に対して、「指摘を踏まえて公開するようマニュアルに記載します」、と国交省が答えている、

    つまりマニュアルでは、アカウンタビリティを向上するために、再計算できるだけの途中経過を含めた全てのデータを公表すべきと書いてあるのではないかと言い方を変えて何度も聞いた。

    しかし証人はマニュアルについている様式に従って公開しているのでそれで十分、様式の空欄を埋めるだけでよいと考えていると繰り返し答えた。(本来はマニュアル作成も踏まえた趣旨に沿って対応すれば、全て開示されていなければならないはずのデータではないか。)

  • 原告代理人は、八王子−愛川間のB/Cの便益の内訳をみると、当該道路、周辺道路、その他道路のうち、その他道路が99%を占めており、対象地域を広く取ることで見かけ上、大きくみえるだけではないかと指摘した。

  • リンク毎の時間、交通量等、計算に必要なデータはコンサルタントの計算機の中にあり、計算過程に過ぎないので開示できる状態にないと証人は主張した。

  • 納品を受けるのは結果のみで途中経過は受け取っていない。(ただし証人は本件のB/Cの時の担当ではないので、報告書を見る限りという限定)

  • 原告代理人は、外環道では契約書に、受託者とのやり取りは書面によること、書面によらない場合でも後から書面にすること、とあり圏央道でもそうだったのではないかと質問した。

    これに対して証人は、その可能性が高い、ただし進行中の事業でも文書の保存期間が過ぎているものは存在しない(ことになっている)と答えた。

    原告代理人は、これについて平成20年の参議院財政金融委員会で、平井副大臣が、事業中なので無いはずがないので、探させたがみつからなかったと答弁(八ッ場ダムについての質問に対して)した、事業中であれば保持されているのではないかと聞いた。

    証人は、事業中の文書保存についての課題に対する提言ということであればうかがっておくが、現在は規定に則った整理が必要、と答えた。

  • データが存在しないので、国交省としてもこのデータを入れて、このように計算すると、こういう結果が出る、という説明はもはや出来ないことの原告代理人の指摘を証人は認めた。

  • コンサルタントの作業内容についてはチェックしていない、原則として成果物として受け取ったものだけで、受託者が誠実に仕事をすることを前提に任せている。ネットワークのデータがどのように構築されているのか画面で見たこともないと証人は認めた。

  • どの範囲までを対象ネットワークに入れるのか(評価の対象を広く取ると、見かけ上の便益が大きくなる)は、どうやって判断しているかについて客観的な基準はない。一般的には5〜10%以上の違いが出る範囲と言われているが、圏央道については分からないと証人は述べた。
 そもそも、日本の公共事業に関わるB/Cの算定は、諸外国に比べて便益を高く計算しすぎると、かねてから批判されていた。
 ある専門家によれば、日本のB/C=2〜3が英国のB/Cの1に対応するという指摘もある(注は筆者)。

 今回の証人尋問では、一連の圏央道に関わる裁判で原告が希望して初めて認められた国側の証人でもあり、B/Cについて、証人よりもう少し内容のある話が聞けるのではないかと期待していたが、残念ながら一切の言質を取られまいということだけに汲々とした、相変わらずの役人答弁であった。

 費用便益分析マニュアル作成の際のパブリックコメントでは、全てのデータを開示するようにとの指摘を受けて記載したはずであるのに、いざ運用の段階となるとマニュアルに記載されいている様式を埋めただけのデータ開示で十分というというのだから、聞き置くだけの形骸化したパブリックコメントと言われる所以である。その回答にいかにも誠実そうな事が書いてあっても実態はこの体たらくである。

 B/Cは受託者まかせでチェックもしないと、傍聴者した人たちはあきれていたが、おそらく実態はそんなものではないだろう。発注者である国が関心があるのは、B/Cが十分に高いことであって、計算が正確に現実を反映していることではない。このことは全国の公共事業、使われない空港等をみればよくわかる。事業の失敗の責任も問われず、データの開示もしないでよいのであれば、内容が正しいかどうかなど、彼らにとっては二の次だろう。

 原告は独自にB/Cの計算を行い証拠として提出したと聞く。その結果は0.35であったそうだ。

 新政権は、ムダな公共事業の象徴であるダム事業の見直しに本格的に着手するという。もう一方のムダな公共事業の象徴である道路事業の見直しも必要だが、聞くところによると、今日、外環道の事業の問題点を馬淵副大臣のところに訴えた住民が、国幹会議を通ってしまったので、国幹会議そのものは見直す必要はあるが外環道は実施すると言われたという。前政権で行われた手続きにこだわらず、本当に必要な事業かどうか見極めるのが新政権の役割ではないだろうか。