■食品の暫定基準により許容される内部被ばくは5mSv/年(セシウム)
現在の日本の食品の暫定基準は、核種ごと(ヨウ素、セシウム、ウラン、プルトニウム)に、飲料水、牛乳乳製品、野菜類、穀物類、肉卵魚介類その他、の5種にそれぞれ1mSv/年ずつ割り当てることによって決められている。
事故直後は主にヨウ素とセシウムが検出されたが、ヨウ素は半減期が短いので現時点ではほとんど検出されず、現在主に検出されているのはセシウムである。このセシウムについて暫定基準値が割り当てているのは合計5mSv/年ということになる。
食品中の放射性物質に関する暫定規制値(Bq/kg)
http://www.mhlw.go.jp/shinsai_jouhou/dl/shokuhin.pdf
したがって、食品が全て暫定規制値ぎりぎりのレベルだったと仮定した場合(実際の実測値はこれより大幅に下回っているものの)、セシウムによる内部被曝だけで5mSv/年となり、暫定規制値はこれを許容している、ということになる。
この他に、内部被ばくには食事によるものだけでなく、呼吸による吸入がある。
■外部被ばくは場所によって異なる(1μSv/hの場合約9mSv/年)
外部被ばくは場所によって異なる。個々人の外部被ばくを考慮するためには、個人線量計で積算線量を把握できるものをいつも身につけていれば把握できる。概算としては、生活している地域の屋外の空間線量に24時間×365日(8760時間)乗じれば、おおむね最大の積算線量(外部被ばく)を計算することができる。
たとえば、福島市内で1μSv/h程度のところに居住している場合、1μSv/h×8760時間÷1000=約9mSv/年となる。事故前と比較した「追加線量」を評価する場合にはバックグラウンド(事故以前のレベル、主に花崗岩や宇宙線からの放射線)を差し引くが、1μSv/h程度だとバックグラウンドは5%程度にしかならないので、差し引いても引かなくてもほとんど変わらない。
なお、国はバックグラウンドを差し引くだけでなく、屋内において建物の遮蔽効果を考慮して上記の計算の約半分の数値を示している。しかし実際には個々人の生活パターンは異なること、汚染地域では衣服等について少しずつ室内に放射性物質が持ち込まれることを100%避けることが難しいことから、遮蔽を考慮しない方が安全側をみた考えといえる。実際に屋内外でレベルがほとんど変わらない、という話を聞くこともある。
この例の場合には、内部被ばくと外部被ばくを合わせると合計で最大14mSv/年の可能性があることになる。実際には食べ物の汚染の平均ははるかに低いことから、14mSv/年となっていないと思われるものの、食品暫定基準や福島市等での居住実態を考えると、この例のようなケースの場合、政府は14mSv/年まで許容している、と解釈せざるをえない。
■ICRP(国際放射線防護委員会)の勧告
大震災、原発事故発生当時、日本政府はICRPの2007年勧告(Pub.103)の受け入れについて審議しているところであった。ちなみに国際放射線防護委員会(International
Commission on Radiological Protection)は、放射線による確定的影響の防止、確率的影響の低減等の支援を目的とした国際機関であり、勧告を数多く公表してきている。
Pub.103本文(英文、日本語訳)については、ウェブで公表されたものはないが、文部科学省のサイトに下記のPDFが掲載されているのでこれを参照することはできる。
国際放射線防護委員会(ICRP)2007年勧告(Pub.103)の国内制度等への取入れについて − 第二次中間報告 −平成23年1月放射線審議会
基本部会
http://www.mext.go.jp/b_menu/shingi/housha/toushin/
__icsFiles/afieldfile/2011/03/07/1302851_1.pdf
なお、ICRPの勧告のうち下記のものは、(社)日本アイソトープ協会が無料でPDFを公開しているが、Pub.103は英語版も日本語版も有償で配布されている。
ICRP Publication 96
http://www.jrias.or.jp/index.cfm/6,15521,76,html
ICRP Publ. 109 ドラフト・JRIA暫定翻訳版
http://www.jrias.or.jp/index.cfm/6,15290,76,html
ICRP Publ. 111 ドラフト・JRIA暫定翻訳版
http://www.jrias.or.jp/index.cfm/6,15092,76,html
上記の放射線審議会の第二次中間報告をみると、ICRPは2007年勧告(Pub.103)で緊急時被ばく状況における公衆に対する参考レベルとして20〜100mSvを提案していることが分かる。これが現在の日本に当てはまるかどうかは、現在が「緊急時」かどうか、によることになる。
Pub.96(本文P.21、PDFの51頁目)をみると救急段階、回復段階、復旧段階に分類されていることが分かる。現在、避難、屋内待避等の時期は過ぎていることから救急段階ではない。回復段階と復旧段階で行われることはほぼ同じだが、回復段階には「予防薬の投与」が含まれておりこの時期は過ぎていることから現在の日本は、復旧段階とみていいのではないだろうか。
ちなみに救急段階(即時行動)では、立ち入りと汚染拡大の管理、外傷がある人の当座の処置、トリアージの線量評価、等が、救急段階(緊急活動)では人の除染、屋内待避、避難、ヨウ素剤投与による予防、等が行われ、回復段階では、正確な線量評価、一時移転と再定住、等が、復旧段階では、浄化、放射性廃棄物の管理、放射性残渣による長期的被ばくへの対応、等が行われる、とある。
日本でも人の除染、屋内待避、避難等が行われ、ヨウ素剤投与が行われなかったことの是非が議論されていることは記憶に新しい。警戒区域等からは外の地域への一時移転が行われている。そして最近では除染等による浄化活動が始められている。
以上、Pub.96を参考にすると、すでに現状は緊急時ではないことが分かる。
2007年勧告(Pub.103)については、放射線審議会の第二次中間報告(PDF95頁目)に「防護規準」が掲載されている。
「計画被ばく状況」では公衆被ばく(職業等による被ばくを除く)の実効線量限度については1mSv/年とされている。「計画被ばく」とは「線源の慎重な計画の下における導入」であり、なんらかの目的を持って意図して放射線源を用いる場合である。これは平常時の値である。
公衆被ばくでも「緊急被ばく状況」では状況に応じて20〜100mSvの間、「現存被ばく状況」は、状況に応じ1mSv/年及び20mSv/年の間が参考レベルとして示されている。「現存被ばく」とは事故後に長期にうける被ばく等である。
ところでICRPの公衆被ばくの限度の根拠には、下記のように生涯で100mSvという数値がある。これを1年あたりに割り振ることで平常時の1mSv/年という値となる。
「そこでICRPは、100mSv以下の被ばく線量域を含め、線量とその影響の発生率に比例関係があるというモデルに基づいて放射線防護を行うことを推奨しております。」(「低線量放射線の健康影響について」原子力安全委員会事務局
http://www.nsc.go.jp/info/20110526.html )
事故後、積算線量が増えても、その後被ばくを低減することで、一生を通じた積算線量を100mSvまでにすることが出来る。この場合の100mSvはバックグラウンドを含まない積算線量であるから、本来何もなければきわめて低い値になるはずであり、事故後の長期的な被ばくを回避すれば達成可能である。
■福島の実態の例についての検討(25年で外部被曝が100mSvを超える)
ところが、たとえば福島大学程度(2011年10月下旬現在で約1.2μSv/hを)の外部被曝の場合について、外部被曝の積算線量を計算すると、セシウム等の半減期を考慮しても、事故後25年で100mSvに達してしまう。
福島大学金谷川キャンパスにおける放射線外部被ばく積算量の推計について
http://eritokyo.jp/independent/aoyama-fnp10118...html
1年毎の積算線量はICRPの1〜20mSv/年との参照レベルの高い方をかろうじて下回っているものの、生涯を通じてみればICRPの本来の公衆に対する目安である100mSvをわずか25年で超えてしまうのである。これに食品による内部被曝5mSv/年(暫定規制値が許容する最大値)が加わる。実際には規制値より大幅に下回っているとはいえ暫定規制値が示す値を25年分積算すると75mSvとなる。内部被ばく・外部被曝を合計すると175mSv/25年となる。
■除染の効果に国はほとんど期待していない
ちなみにICRPでは「長期被曝状況における介入が必要とされるかもしれない」レベルとして10mSv/年という数値を示している。例としてあげた福島市内のレベルはこれを超えていること。「介入」は放射線源を撤去したり、被ばく経路の変更をしたりすることによって全体として被ばくを低減する活動のことである。
住民や自治体から求められていることから、国は1mSv/年を超える地域について、国の財政措置をすることを決めた。除染によって2年後までに子供の被ばく線量を6割削減しようという目標である。これも「介入」の一手段であろう。
ところで現在の空間線量の主な放射線源は半減期2年のセシウム134と半減期30年のセシウム137である。セシウム134と137はベクレル単位ではほぼ同程度、空間線量への寄与はセシウム134が137の約3倍である。3年後にはこのセシウム134が約半分になる。事故当初セシウムよりさらにベクレル単位でも空間線量でも多かったヨウ素は半減期8日なのですでに無くなっている。1年目とそれから2年後である3年目の積算線量(年間)を比較すると2年で約6割放っておいても減少する。つまり国の目標である除染によって被ばくを6割削減は、なにもしなくても達成できる程度のものなのである。国が除染の効果を期待していないこと、それにも関わらず膨大な税金を投入しようとしていることが分かる。
■食品の暫定規制値は早急に引き下げられるべき
除染の実効性に期待できないのであれば、福島の住民の外部被曝は、上記で試算したとおり、最大に見積もって25年で100mSvを超える程度である現実に変わりはない、ということになりかねない。
ICRPの介入レベルが10mSv/年であれば、強制的な移住も対策の候補には挙がらないだろう。
そうであれば、せめて内部被曝を低下させる必要がある。実際に食品から検出されている放射性物質レベルの実態からみて、食品の規制値を大幅に引き下げても、「食べるものがなくなる」という事態になる心配はなさそうである。むしろ規制値を引き下げてこそ、国民が安心して国産の食料を口にすることができる。
ちなみに日本の「緊急時における食品の放射能測定マニュアル」には下記のように記載されている。
緊急時における食品の放射能測定マニュアル (平成14年3月)
http://www.mhlw.go.jp/stf/houdou/2r9852000001558e-img/2r98520000015cfn.pdf
「分析目標レベルは、第2段階モニタリングにおいて事故後1ヶ月以降1年間での食物摂取による被ばくを実効線量で1mSv/年とする。これを放射性セシウムについて、牛乳・乳製品、野菜類、穀類及び肉・卵・魚・その他の4 食品群にそれぞれ0.1 mSv/年を割り当てると、各食品群のCs-137 濃度はそれぞれ20、50、50、50(Bq/kg,L)以上となる。」
暫定規制値ではセシウム合計で5mSv/年が割り当てられているが、上記のマニュアルの記載では合計で0.4mSv/年である。ベクレルに換算された値も暫定規制値よりも1桁低い。これは「事故後1ヶ月以降1年間」の値としてマニュアルに示されているものである。
少なくとも直ちにこのレベルまで規制値を引き下げ、その後、段階的に低くしていくことにより、長期的に「現存被ばく」として1mSv/年を大幅にこえる外部被曝を受け続ける人たちの内部被ばくを減らし、国民が安心して野菜や肉を口にすることができるようにするべきである。
規制値を引き下げることにより、検査体制の構築のハードルは格段に上がるが(定量下限値を10分の1にするためには10×10=100倍の時間をかけて測定する必要がある)、それも段階的に拡充出来るよう国が支援すべきではないだろうか。
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