原発事故の長期的な影響と 放射能リスク以外の側面 鷹取 敦 掲載月日:2013年7月19日
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原発事故に代表される核災害(放射性物質による汚染がもたらす災害)には、時間的な側面、汚染の側面からみて2つの局面がある。 ●緊急時 1つ目は、事故が発生する直後から放射性物質が環境中に大量に飛散し、避難・待避等、緊急に対処が必要な段階である。 緊急時への備えは自然災害でも必要であり、災害対策基本法(第34条・第35条)に基づいて策定される国の防災基本計画、地方自治体の地域防災計画は、自然災害、原子力災害(事故災害)いずれも対象としている。ICRP(国際放射線防護委員)ではこの段階を2007年勧告(Pub.103)で被ばく状況のタイプの1類型「緊急時被ばく状況」として定めている。 ●長期的な影響(災害関連死) 2つ目は、放射性物質が環境中に存在し続けることにより発生する、長期にわたる影響である。これは防災計画でカバーできていない側面でもある。 過去の代表的な放射性物質による長期汚染事故は、チェルノブイリ原発事故だが、他にも放射性物質による長期汚染の事例がある。核実験(ビキニ、マラリンガ)、原子力事故(キシュテム、パロマレス、チェルノブイリ)、放射線源事故(ゴイアニア)などが、ICRP Pub.111(原子力事故または放射線緊急事態後の長期汚染地域に居住する人々の防護に対する委員会勧告の適用)に示されている。 参考:http://www.jrias.or.jp/public/icrp/20120502-152852.pdf (注:Chorme等、独自にPDFを表示しているブラウザでは開けません。) 放射性物質が、人が居住地域に長期にわたり存在することがもたらす被害は、放射性物質による直接のリスクだけではないことが、過去の事故の事例からも明らかになっており、また福島第一原発事故後に顕在化していることでもある。むしろ放射性物質によるリスクを遙かに上回る影響が生じており、放射性物質のリスクだけを議論することは事故の影響を過小評価することになる。 たとえば、東日本大震災による「災害関連死」をみても明らかである。下記のように、福島県で災害関連死者の数が、岩手県、宮城県の合計とほぼ同数である。 岩手県 193名(H24/3/31) → 305名(H24/8末) 宮城県 636名(H24/3/31) → 799名(H24/8末) 福島県 761名(H24/3/31) → 1,104名(H24/9/14) 出典:東日本大震災における震災関連死に関する報告、平成24年8月21日、震災関連死に関する検討会(復興庁)、河北新報記事、平成23年東北地方太平洋沖地震による被害状況即報、福島県 災害関連死の原因としては、市町村から報告があった事例として下記のものが挙げられている。多くの項目は津波だけでなく原発事故にも直接的、間接的に起因している。
H24/3/31現在 災害関連死者数(年齢別) 単位:名
H24/3/31現在 災害関連死者数(時期別) 単位:名
福島県内市町村の災害関連死者数の推移 単位:名
出典:平成23年東北地方太平洋沖地震による被害状況即報、福島県 自民党の高市早苗政調会長が2013年6月17日に神戸市で行った講演で、「(東京電力)福島第1原発で事故が起きたが、それによって死亡者が出ている状況ではない。」とのべ、その後撤回したが、とんでもなく誤った現状認識であることが、このことからも分かる。 ●長期的な影響(地域社会、家族、人生への影響) 放射能汚染がもたらす影響は、避難者の災害関連死にとどまらない。地域の農業・漁業において、出荷停止措置がとられ、汚染が低く出荷停止となっていない農産物等も忌避されたり安く買いたたかれたりする。そのことによる経済的な損失だけでなく、事故直後に将来を悲観して命を絶った方がいることも報じられている。出荷できる場合でも、放射能測定にかかる時間とコストが負担となり(米は全袋検査が行われている)、一方で東京電力からの賠償は限定的で遅く、手続きも極めて煩雑である。 また、地域や家族の間で放射能汚染に対する考えが違い、地域や家族の関係が難しくなり、自主的に母子避難している方などは、経済的に困窮し心身ともに疲弊している例が少なくないと、避難先の地域等の集まりで避難者の方等から聞くことが少なくない。 汚染が相対的に多く残っている地域では、子どもを外に出すことをためらうことになりがちであり、将来の健康への影響も懸念されている。放射性物質による直接のリスクよりも、生活習慣病のリスクが被災地で大きくなるだろうと、医療関係者が予測するゆえんである。これもまぎれもない原発事故の影響である。 他にも他地域からの差別(たとえば結婚や出産に関わるもの)、健康リスクへの漠然とした不安(将来子どもが病気になった場合、非難されるのではないか、後悔するのではないかという不安など)、国や自治体の対応の遅れや説明のまずさによる不信感等、多くの困難が生じている。 また、避難すべき時に避難できなかった(行政から知らされなかった、避難バスが来た時に外出していて取り残された)ことにより、地域の中で疎外感を感じている例もあるという。 これらの甚大な被害、影響は、とても東京電力や国からの賠償、補償でカバーできるものではない。ましてや最低限の補償さえも後手後手にまわっており、不十分である一方で、地域の線引きによる補償の違いが地域分断の元にもなっている。 ●長期的な影響に真摯に取り組まない日本政府 このような事態は、過去の事故の事例、特にチェルノブイリ原発事故の後にも発生しており、その教訓がICRPの勧告(Pub.111)にまとめられているが、日本政府はこれも、基本的な勧告Pub.103も国内制度に取り入れていない。それどころか、放射線審議会が原子力規制庁に移管されることが決まった2012年2月以降、放射線審議会は委員任期切れ全員空席のままで、議論さえされていないのである。 不幸中の幸いではあるが、放射性物質による直接のリスクは、チェルノブイリ原発事故より1桁小さく、食品の汚染は、流通が発達し出荷制限が行われ、測定器も当時のチェルノブイリより豊富にあり、市民測定所やグリーン・ピース等が自主測定を行っている日本では、チェルノブイリ事故よりさらに小さいことが分かっている。もちろんリスクは低減していかなければならず、今後も外部被ばく、内部被ばくの測定を継続し、被ばくの低下に取り組んで行くことは欠かせない。 ICRP Pub.111が勧告しているのは「住み続けることを望む住民」について、適切に被ばくを減らす一方で、上記に述べた間接的な影響も適切に低減すべき、ということであり、そのために透明性のある意志決定、正確な記録、住民等の意志決定への関与等が欠かせないと指摘している。当然、避難を望む住民については、その権利と支援があるべきであり、チェルノブイリ事故でも避難の権利が補償されている地域がある。 また、単に「科学的に正しい」とされていることを住民に一方的に教えるだけではうまくいかない、というのがチェルノブイリ事故後、ECから派遣されて現地に入り、住民と一緒に被ばく低減に取り組んできたICRP委員(ICRP111をとりまとめたジャック・ロシャール氏)の示す教訓である。透明性、記録、意志決定への関与が重要であるという点は、環境アセスメント等で重要とされている点と共通するが、どれも日本政府が出来て無いという点も共通している。 放射性物質による直接のリスクだけに注目していては、原発事故の影響を過小評価することになる。また、事故直後の避難に備えるだけでは、長期的な影響を最小化できない。そこには透明性も正確な記録も住民関与も必要であるが、いずれも日本政府の取り組みに欠けているものである。 |