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リークされたアメリカの回答文書について

解説:池田こみち


独立系メディア E-wave Tokyo 2022年2月4日

 

2022年1月12日、ベルギーのブリュッセルで報道陣に対応するNATOのイェンス・ストルテンベルグ事務総長。© John Thys/AFP

本文

 先週、アメリカからロシアに送られた回答文書は秘密扱いとなっていたようで、「アメリカはロシアの要求を退け、NATOへの新たな加盟を認める門戸開放政策を支持する」ということが回答の本題と報じられ、結局物別れとの見方が強まった。

 しかし、スペインのEl・PAiS紙が明らかにしたアメリカからの回答全5頁、NATOからの回答全4頁に書かれていたことは、それほど単純なものではなかったようだ。

 緊張緩和に向けて西側は、情報通信手段の改善や活用などを提案し、双方の軍事訓練についての取り決めをさらに具体的にするなど細かい提案を行っている。

 しかし、肝心な点は、この記事が指摘している「安全保障の不可分性」という概念をどこまで共有できたかにあると言える。そもそも、欧米西側とロシアとの間には「安全保障の不可分性」の基本となる信頼性醸成措置、すなわち当事者間の利害の共同性意識に加えて、相互に安全を保障しあわねばならないという考えが築かれていない点こそが問題と言える。

注)欧州安全保障協力会議(CSCE:Conference on Security and Co-operation  in Europe)のヘルシンキ宣言では、現在で言うところの「共通の安全保障」  が明確に認識されるようになり、その安全保障観の一環として、信頼醸成措置が導入された。

 ロシア側は、ヘルシンキ宣言にあるように、「各国は安全保障に対して平等な権利を有する」のであり、「他国の安全保障を犠牲にして自国の安全を強化することはできない」とし、ロシアの同意なしにNATOの東方拡大は出来ないことを主張している。

 アメリカは、ウクライナにミサイルや通常戦闘部隊を配備しない「相互約束」について議論する用意があるとしているが、ロシア側にしてみれば、ウクライナに欧米が攻撃型武器を配備することとNATOが東方拡大することを別に考えることは不可能なのである。

 それに対して、アメリカは「NATOは防衛的な同盟であり、ロシアに脅威を与えない」と主張し、安全保障の不可分性についての解釈について議論する用意があるなどとして、レトリックに走っている。

 しかし、「議論する用意がある」などと言われる以前にに、この回答は結局ロシアの怒りを買った。アメリカ側は自分たちに都合のいい解釈でロシアの要求をはねつけようとしており、回答書によって双方の深刻な相違が明確になったからだ。

 さらに、アメリカは、過去の経緯、すなわちミンスク合意に自ら関与していないにも拘わらず、今回のリスク回避の一環として、ロシア軍のウクライナ東部からの完全撤退を暗に要求しており、それはロシア側が到底合意できるものではなく、ロシア側のNATOの東方拡大を放棄することを要求していることに西側が反対するのと同じ以上に難しい非現実的なものであることを意味している。これまでの経緯からしてあり得ない提案なのである。

 唯一の合意は、当事国は今後も対話を維持し、外交的解決を模索すると言うことだけである。

 ウクライナの大統領の考え方がふらついている現状で、当事者の頭越しに東西の主張だけが行き交って何も解決の道筋が見えてこない。ウクライナの主権国家としての責任と立ち位置をまずは明確にすることが重要なのではないかと思える。

 ただ、ソ連崩壊のあと、アメリカ政府がロシア政府に対して、「NATOの東方拡大はしない」と繰り返し約束したことを簡単に破棄して次々と東方に拡大して行った歴史的事実を踏まえると、アメリカの考え方を公的文書として受理し国際的に知らしめることはロシアにとってある意味重要なプロセスなのかもしれない。