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「今日のコラム」
鷹取敦氏の「外環PIの教訓」
に関連して


阿部 賢一

2007年7月9日


1. 東京外郭環状道路(外環)について

東京外郭環状道路(外環)については昭和41年に都市計画決定されたが、昭和45年当時の建設大臣の「凍結宣言」があり、以来、三十年に及ぶ凍結状態が続いていた。

平成11年10月、石原都知事が武蔵野市及び練馬区の現地視察を行い、事態が動き出した。

同年12月、石原知事が「自動車専用部の地下化案を基本として計画の具体化に取り組む」ことを表明、翌12年4月、東京都外かく環状調査事務所(東京都区間)が東京外郭環状道路に関する地元団体との話し合いを開始した。実に三十年間も外環道路計画のたなざらし「凍結」状態が続いたのである。これでは、該当する地域の住民はたまったものではない。最近やたらと行政の「怠慢」や「不作為の行為」が目立つが、「やり難いことは先送りする」「火中の栗は拾わない」という得意技の典型的な事例である。

9回にわたるPI外環協議会(仮称)準備会を経て、「外環について原点に立ち戻り、計画の抗争段階から幅広く意見を聞くパブリック・インボルブメント(Public Involvement: 以下PIという)方式で話し合う」ことを目的として、平成14年6月、第1回PI外環沿線協議会が開かれた。以来、第42回協議会(平成16年10月21日)まで毎月二回あるいは一回のペースで、都庁本庁5階の会議室で同協議会が開催された。

国土交通省は、この外環PIなどをパブリック・インボルブメントのテスト・ケースとしておこなっていたのであろう。PI外環沿線協議会の司会も当初は東京都都市計画局外環状道路担当課長(東京都職員)であったようだが、議論があり、筆者が初めて傍聴した第6回から、当面進行役がきまるまで、司会として国土交通省外環調査事務所の西川課長、東京都の土屋補佐の2名で司会進行役を務めると冒頭説明があり、国土交通省外環工事事務所西川課長が司会進行役を務めた。この当面の進行役は、最後まで国土交通省外環調査事務所の課長(人事異動で人は変わったが)が務めた。国土交通省は、平成15年(2003)6月、「国土交通省所管の公共事業の構想段階における住民参加手続きガイドライン」を策定した。

同ガイドラインでは、公共事業の構想・計画段階において、

(1) 複数案の作成、公表

(2) 手続きを円滑化するための組織の設置(協議会/第三者機関等の設置)

(3) 住民等の意見を把握するための措置(インターネットの利用、説明会/公聴会の開催、意見書の受付等)案の決定過程の公表等

などを行うことを求めており、各項目についての基本的な考え方を定めている。


3. 筆者の傍聴記録

国交省外郭調査事務所のHPにPI外環沿線協議会の開催通知が掲載されるので、都合がよければいつでも参加することが出来る。別に申し込みも必要なく当日都庁本館に出かけて行き、先ず32階の食堂で軽い食事を済ませて、5階の会議開催場所で、傍聴者名簿に記帳し、資料を受け取り、傍聴席に座る。

筆者の日誌を開くと、合計8回出席したことが記録されている。傍聴参加は30名から50名あった。

傍聴者の中には新聞記者も多かった。

この「PI外環沿線協議会」は最初から最後まで、行政(事業者)側が司会を務めて、行政主導で行われ、「住民参加」とはいうものの、「住民」とは一体だれなのか、その「住民」が参加することの意義、協議会の位置付け、役割が明確でなく、最後まで行政主催の「話し合い」を行うという漠然としたものに終始したといわざるをえない。

第6回の会議での「当面の進行役」がいつのまにか「既定の進行役」になってしまった。

1 第 6回 −平成14年 9月3日
2 第12回 −平成15年 1月21日
3 第13回 −平成15年2月4日
4 第16回 −平成15年3月27日
5 第18回 −平成15年4月24日
6 第19回 −平成15年5月13日
7 第30回 −平成15年12月18日
8 第40回 −平成16年9月21日


4. 「PI」方式と「話し合い」?

最初に傍聴した第六回の会議の第一印象は、一体これがパブリック・インボルブメント(以下PIという)なのかという疑問であった。

誘った土木学会仲間の友人の第一声も、「なんだ、これがPIか」というものだった。

司会者(進行役)が事業者側で主導権をとるというのはどうゆうことか。これでは、はじめから結果が出ている。筆者が情報収集して認識している英米のPIとは全く似て非なるものであった。

会議の目的は、「外環について、原点に立ち戻り計画の構想段階から幅広く意見を聞き計画づくりに反映するため、パブリック・インボルブメント(PI)方式で話し合う」と協議会規約に定められている。

「パブリック・インボルブメント(PI)方式で話し合う」という「PI方式」、「話し合う」ことはどうゆうことなのか。この「話し合う」という言葉の意味が、協議会の「住民」側協議員の間で最後まで繰り返し出された疑問であった。

この協議会は、国土交通省及び東京都の担当者4名、関係7区市の土地計画部長7名、7区市の推薦、国、都の推薦 若干名、当初18名という、住民代表の構成である。


5. 傍聴コメント

最初に傍聴した第6回、そして、最後に傍聴した第40回にいたるまで、さまざまな意見が出され、意見の言い放し、聞き放しが多く、議論が拡散する場面が多く、各論点についての結論がまとまらない。そのために有志による論点整理の小会議を持つという事態になっていた。

さらにもっと基本的な事項だが、このPI協議会は何かを決議するのか、あるいは提案を出すのか、そしてそれらがどう取り扱われるのかという、協議会の目的と位置付けについての議論も何回も蒸し返されていた。どうもそれは最後まで続いて、議論は不燃焼のままで終わったようである。

住民代表の委員の姿勢は、必要性の有無についての議論では、当然ながらさまざまな理由での自分たちの地域の現状破壊を拒む、基本的にはNIMBY(Not In My Back-Yard)のスタンスであった。しかも、自分の住む地域に限定した地域エゴともとられるような意見も多くみられた。「必要性の有無」についての議論も当然ながら局地的な視野からの意見が多かった。それらに対する事業者側の説明(回答)や説明資料はきわめて貧弱、米英などのPIでは当然出されるべき議論のベースとなる資料も提出されての喧々諤々の本格的な議論には至らなかった。

一般的なパターンは、司会者が発言者を指名し、その意見(質問)を要約し、事業者側担当者に答弁を求めるというスタイルの繰り返しばかりだった。

これは「話し合い」ではない、「質疑応答」に過ぎない。

例えば、交通需要予測などもどのような前提条件でどのような調査が行われたのかなどという議論は会議ではほとんど明らかにされなかった。

住民協議員側が要求する基本的な資料の提示さえも事業者側からは「調査中」とかいう理由でほとんどなされなかった。

この点については、

「PI外環沿線協議会 2年間のとりまとめ」(平成16年10月)において

「大気質や騒音、地下水等環境への影響については、現在、調査中であり、議論できていない。また、将来交通量の予測や予測にあたっての前提条件、その予測に基づく外環の整備効果や地域への影響、整備・管理に関する費用については、現在作業中であることなどから、住民が納得するに足る資料が提示されなかった」(5p)

と明記されていることに如実に示された。

このPI協議会が行われているなかで、国と東京都の「外環にかんする方針」(平成15年1月10日、3月14日)が発表された。

さらに、国と東京都が平成15年7月18日発表した「東京外郭環状道路に関する環境アセスメントについて」の中で「大深度地下を活用した地下式トンネル構造を対象に、環境への影響を依り詳細に把握するための調査を始める。調査に際しては、環境アセスメントの仕組みを活用することとし、環境への影響を評価するための環境の現況を観測する必要があるので、環境影響評価方法書を作成する」と発表し、必要性の有無の議論を本格的に始めたばかりのPI協議会メンバーが、これらの事業者側の一方的な発表に対して猛烈に反発、7名の協議員が退席、協議会が中断するなどの事態も生じた。

協議会は開かれているが、それとは関係なく、極端にいえば、協議会を無視するような事業者側の発表が続いた。

このような国と東京都の外環プロジェクトの一方的な進め方に、PI協議会のメンバーの議論は、一体このPI協議会とはなんなのだ、何をするのだ、という議論が最後まで繰返されることになったのである。

「事実上計画を休止することもあり得る」と規約に明記されたPIの実態は、事業者側が、住民側の「意見を聞く」という姿勢の実績稼ぎ、「住民」側の不満の「ガス抜き」に利用されたに過ぎなかった。

「PI外環沿線協議会 2年間のとりまとめ」(平成16年10月)
http://www.ktr.mlit.go.jp/gaikan/pi/pi_h01.html

PI外環沿線協議会の会議録(次第、資料、概要、会議録)等
http://www.ktr.mlit.go.jp/gaikan/pi/pi_g01.htm

不完全燃焼事態で終わった「PI外環沿線協議会」のあと、事業者側が「PI外環沿線会議」を設け、PI外環沿線協議会の協議員経験者(住民協議員)と国土交通省、東京都、沿線自治体が話し合う場となった。

その初会合は、平成17年1月18日、最近では、平成19年2月5日に、第25回が開かれている。

どうもこれでこの会議も終わったようである。これらの結果がどうなったのか、報告書も公表されていない。

これらの会議には筆者は傍聴していない。どうせ、「PI外環沿線協議会」と同じことになると思った。

結果は、「会議録」*を読めば一目瞭然である。

* http://www.ktr.mlit.go.jp/gaikan/pikaigi/pikaigi_b01.html

最後の第25回会合でも、何のためにPI外環沿線会議をやっているのか、委員の中で合意ができていない。

筆者が8回も傍聴した「PI外環沿線協議会」と同じ意見が住民側から繰返されている。

さらに、新しく「地域PI(「オープンハウス」「意見を聴く会」)*」が開かれるようになった。

* http://www.ktr.mlit.go.jp/gaikan/pi_chiiki/index.html

これらと並行して専門家委員会*も開かれてきた。

* http://www.ktr.mlit.go.jp/gaikan/menu/s_pro.html

大深度トンネル技術検討委員会

東京外かく環状道路の計画に関する技術専門委員会

東京環状道路有識者委員会


6. 本場英米のPI

随分前になるが、筆者の友人、(株)アプレイザルの松下文洋氏が英国の専門家を招聘して主催した下記の国際シンポジウム*に参加した。

* http://homepage2.nifty.com/appraisal/sympo.html
英国計画審査庁ブライアン・ドット部長―「計画審査官制度の概要(英国の公聴会)」(1998年5月)」

英国環境運輸地域省バーナード・ミーキング部長−「都市計画説明(パブリック・コンサルテーション)」(1998年7月)

英国計画審査官R・デービス強制収用部長−「英国の強制収容」*(1999年7月)

* http://homepage2.nifty.com/appraisal/sympo_england.html

これらのシンポジウムで、英国計画審査庁(Planning Inspectorate)は、欧州の中でも特異かつ唯一の公共事業計画審査機関であることがわかった。屋井鉄雄・東工大教授がフランスのPIなどを紹介している*。

*「欧米の道づくりとパブリック・インボルブメント〜海外事例に学ぶ道づくりの合意形成〜」(合意形成手法に関する研究会/編集,ぎょうせい/出版),

筆者は、英国計画審査庁についてのさまざまな情報を入手分析した*。

* http://www.planning-inspectorate.gov.uk/

米国では1991年「連邦陸上輸送総合効率化法*」が成立し,交通計画を決定する場合,パブリック・インボルブメントを行うことが義務付けられた。その具体的な規則や事例は米国連邦政府および州政府関係機関のHPで公表されている。

* ISTEA: Intermodal Surface Transportation Efficiency Act

米国では、現在、交通計画のみならず、遺伝子問題など多方面でPIが実施されている。筆者は公共工事の入札関係の情報収集、分析・研究を十数年行ってきた。

我が国で公共入札制度が改革されるとき、英米をはじめとして、西欧先進諸国の制度の現地調査や報告が数多くなされてきた。そして、お役所のお抱え審議会の審議を経て、お墨付きの報告書が出て、最後にはきまって「日本型……」として、いつのまにか、これら先進諸国の制度が換骨堕胎されて、先進諸国の原理原則が、魚の骨を取り除くように、行政に都合よく排除されて、文字どおり骨抜きにされて、極端にいえば、全く似て非なるものに変形したものばかりであるといっても過言ではない。

そして、その改革も、部分的であり、問題対処のもぐら叩き的であり、総合的なビジョンや体系的な位置づけがなされていない。すべて戦術的な対応であり、戦略がない。戦前の日本軍の再現である。

そして、公共工事の入札改革は遅々として進まず、いつまでも既得権益が守られ、中央官庁の規制や権限が残る「焼け太り」の結果に終わっている。

パブリック・インボルブメントもまた同様の結果となっていることが、この外環PI事例を分析すればよくわかる。

中央・地方の行政(お役人の考え出した「日本型……」は、日本のみ、あるいは地域のみを考えた狭い考え方である。日本特殊論、地域特殊論がその背後にある。「日本型……」は、彼ら役人たちの既得権益を守る仕組みでもある。国民・住民は、世界のPIはどうゆう方向に進んでいるのか、世界のPI標準はどうなっているか、その標準に対して我が国のPは、十分対応できるものなのかどうかということを、十分考える必要がある。