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東北シリーズ(2)
「街並み景観づくり100年運動」
山形県金山町 その2


阿部 賢一

2007年9月9日


3.金山町に全国が注目した二つ
金山町は次の二つで全国の注目を集めている。

(1) 『全国に先駆けた情報公開条例の制定』
昭和57年(1982年)4月1日、「金山町公文書公開条例」が全国初の情報公開条例として施行され注目を集めた。
当時の町長岸宏一(現参議院議員)は三十歳で町長に就任、7期27年間にわたり住民参加型地方自治を目指した。
その動機は、大学時代の友人である新聞記者から米国の情報公開制度の話を聞いて、「住民参加の開かれた町政」の一環として実現させたのだ。金山町「街並み交流広場」の一角にその記念碑が建っている。
記念碑建立に至る経緯については、下記サイト*に詳しい。

*「小さな町でも努力をすれば─」 寄稿 朝日新聞編集委員田岡俊次氏
平成12年(2000年)10月19日付朝日新聞
http://www.kishikouichi.org/kikou.html

(2) 『街並み(景観)づくり100年運動』
戦後の「均衡ある国土の発展」政策のもと、列島改造と称して全国至る所で開発という自然破壊が進んだ。それに伴う土地投機バブルがようやく終焉した。そこで改めて見直さたのが我国の「景観」である。
海外旅行ブームでヨーロッパを訪れた我国からの旅行者が、一様に感嘆したのはヨーロッパの街並み景観の落ち着きとバランス、そしてその保存、自然環境保護を目の辺りにし、我国の実態と比較して愕然とした。
それが、我国の無秩序な街並み景観、景観に配慮しない土木構造物や自然の破壊に目を向けることになった。
そして、いま、安倍首相による政権構想「美しい国 日本」である。

都市や農山漁村等における良好な景観の保全・形成を促進させるための我国初の景観に関する総合的な法律として『景観法』が平成16年(2004年)6月に制定され、同年12月より施行されている。
景観法の制定と同時に、関連法の整備・改正(「景観法の施行に伴う関係法律の整備等に関する法律」、「都市緑地保全法等の一部を改正する法律」)が行なわれた。これらを総称して、景観緑三法という。

金山町はその「景観」への目をすでに四十一年前の昭和38年(1963)から向けていたのである。
金山町の景観にこだわった町づくりは、昭和38年、当時の町長岸英一氏が提唱した「全町美化運動」に始まる。
岸町長(故人)は昭和33年(1958年)4月22日から7月22日まで、アメリカ、カナダ、イギリス、フランス、スイス、ドイツ、スウェーデンと7ヶ国を訪問、森林・行政・教育・社会事情の視察を行った。その時、各国の美しい街並みや自然に深い感銘を受けた。しかし、当時の金山町は、産業振興と保健衛生が行政の中心課題であったため、すぐに環境施策を打ち出す状況ではなかった。それから5年後の昭和38年、念願の『全町美化運動』をスタートさせた。

昭和49年(1974年)、『第一次金山町総合開発計画』を策定。
平成元年、二十一世紀の金山像を展望した『新金山町総合開発計画』、さらに平成5年、『新金山町総合開発計画』の目標年である西暦2000年を前に、景観施策を重点とした、『全町公園化構想』を策定。
"もうひとつ先の金山へ"をスローガンに、町民自身が誇れる町づくり、誰もが住みたくなる町づくりを進めて現在に至っている。*
* 出典:金山町役場
http://www.sanson.or.jp/mura/mura2/frame3.html

昭和53年(1978年)からは木造住宅の普及や大工技術の向上を目指した「金山町住宅建築コンクール」が実施された。昭和58年度(1983年)に制定された「新金山町基本構想」のなかで、『街並み(景観)づくり100年運動』を基幹プロジェクトとして位置付けられた。昭和59年(1984年)には地域の気候風土にあつた住宅景観の創造を進めた「金山町地域住宅計画(HOPE計画*)」を策定し、在来工法を中心に切り妻屋根に木組みの柱と白壁作りといった「金山型住宅」の様式を企画・開発、体系化した。

*HOPE計画は建設省(現国土交通省)が住宅政策の新しい展開として昭和58年度より実施した計画推進事業である。HOPEはHousing with Proper Environment すなわち「地域固有の良質な環境をともなった家づくり」の頭文字をとったもので、これと日本語訳で「希望」という意味をあわせてホープ(HOPE)計画という名前になった。

昭和61年(1986年)3月、『街並み(景観)づくり100年運動』を実現するために、「金山町街並み景観条例」*が制定され、「街並み形成基準」とともに、街並みの基本となる「金山型住宅」の基準と、金山型住宅を建てた場合の助成制度が定められた。
* 金山町街並み景観条例(全文)
http://www.town.kaneyama.yamagata.jp/kanko/010100/

平成7年(1995年)から金山町中心部の景観形成事業に従事した金山町生まれの西田徹氏はいう。
「金山町には、観光資源となるような歴史的資源が集中的に多く残されているわけではない。ましてや、この町の景観づくりは、文化財の保全や観光振興を目的としたものでもない。金山町の景観形成の特徴は、あくまでも「金山杉」「木造住宅」の普及拡大という地域固有の産業振興と文化形成を一体化しながら、住宅を中心とした「金山型住宅」のスタイルを創造し、町全体の建築物の質的向上を図るという、町の持つ「地」としての景観形成を行ってきたことである。」*
*木造住宅と景観設備
http://www.e-yamagata.com/home/yamagatanoie/02.htm
最近流行の観光資源としての「景観」とは一味違う「景観形成事業」である。


4. 「金山型住宅」
「金山型住宅」については金山町役場HPに紹介されている。
「白壁と切り妻屋根をもつ、在来工法で建てられた住宅です。金山で育った木材や伝統的な材料を使うことによって、気候風土にあった建物になります。また、年数が経過しても「美しく古びる」素材であり、地球にやさしい住宅です。金山型住宅の家並みこそ「もうひとつ先の金山」の姿であり次代に継承する美しい共有財産です。」
仕様概略:
屋根:・切妻、色はこげ茶または黒で統一
外壁上部:漆喰、プラスター、モルタル等の塗り壁、色は白または土壁仕上げの風景と調和する自然色
外壁下部:杉板張りで生地色またはオイルステン色

金山町役場では「金山型住宅」を建設するための手続きを定めており、街並み景観審議会専門委員からのアドバスが受けられる。
特典として「金山町街並み形成基準」に合致した建築物などに対しては金山町から助成金が出る。住宅の場合は、最高50万円、その他(車庫、小屋等)の場合は最高20万円である。


出典:
http://www.town.kaneyama.yamagata.jp/kanko/010100/

金山町の「金山型住宅」助成金の交付は昭和61年度(1986年)から始まった。平成16年(2004年)度までの19年間の累計は、助成対象件数が988件、金額は176,606,000円。現在の金山町の年間財政規模約33億円の中から、最近5年間をとっても、1,500〜2,000万円台の助成を行っているのも大変なことであるに違いない。

金山町街並み景観条例が施行された当初「白壁条例」と揶揄されたこともあった。しかし、実際に2〜3軒並んで金山型住宅が建てられると、町の人々も「金山型住宅」の景観の良さを理解して、今では「まずはやらなければ」との意識を町民が持つようになった。

6月15日、真室川町から金山町に入った途端、まるで時代劇映画に出てくるような白壁の典型的な「金山型住宅」に圧倒されてしまった。役場で担当者が、あれは「……さんの家」と教えてくれたが、残念ながらメモするのを忘れた。
金山町役場担当者の話では、現在「金山型住宅」の建設コストは2,000万円程度という。
翌日、自ら自宅の山の金山杉を使って立派な在来工法で自ら所有の杉林から切り出した杉と漆喰の家を建てた「共生のむら」栗田和則氏に同じ質問をすると、いや、3,000〜4,000万円かかる、ということであった。
豪雪地帯であるため、基礎高約1.8mの上に建てられた120m2規模の家ではそのくらいのコストでもおかしくはない。


地元・星川建築の施工した「金山型住宅」
http://www10.ocn.ne.jp/~hosikawa/


5. 金山暮らし体験住宅
金山町が進める「街並み景観づくり100年運動」の一環として、切妻屋根・白壁・杉板張りの「金山型住宅」暮らしの体験ができる家が金山町役場から徒歩数分のところに一軒設けられている。格安な利用料で広くテスト滞在を呼びかけている。
対象は、50歳以上の男性とその家族に限定、期間は3泊4日から1ヶ月。一般住宅であるので、自炊生活に必要なものは概ね完備されている。
詳細は下記のサイト*を参照。
* 金山町最新情報
http://www.town.kaneyama.yamagata.jp/weblog/100/
金山暮らし体験住宅(ぬくもりある金山杉の住宅でゆったりと)
http://kouryu-kyoju.net/detail/program.php?i=4

また、町役場では「空家情報」も提供しているが、これを始めたのは2年前から。しかし、現在まで、まとまった話はまだないと町担当者が残念がっていた。
昨年度一年間で、金山町の人口は約200人減少、この典型的な中山間地では、人口の高齢化と減少傾向は止まらない。
金山町議会も「これからの農業をどうするか」「自律のまちづくりをどうするか」の議論が盛んである。

6. 金山応援団(金山パスポート)
金山町では「金山応援団」(KANEYAMA PASSPORT)を発行している。
金山町役場二階の「産業課」に行きこの「パスポート」の申請をすると数分で発行してくれる。このパスポートの情報は、金山町中心街にある昼食で訪れた「そば処早々」でパンフレットを読んで知った。
ちなみにこのパスポートを提示すると、この「早々」のおそばが100円引きになる。そのときは残念ながらパスポートなしのため、特典はいただけなかった。
金山町広報「森の便り」第13号には、今年度のイベントカレンダーとともに、「そば処早々」も含めた町内二十店の飲食店・割烹・お土産店などのスペシャル特典情報が掲載されている。
「そば処早々」での昼食後、役場に戻り、産業課でパスポートを早速発行してもらった。
それは、「森の便り」にその夜宿泊する「シェーネスハイム金山」が宿泊料10%OFFとあったからである。
夕方、このホテルにチェックインの際、早速「金山パスポート」を提示した。
ところが「お客様の宿泊料金は、『山菜特別コース』ですのですでに割引がなされており、適用されません」と、すげない返事。「10%OFF」の特典は空振りに終わった。

7. 大美輪の杉美林
スギ(杉 Cryptomeria japonica)は、ヒノキ目・スギ科に分類される常緑高木、日本特産の針葉樹である。
屋久杉、吉野杉、北山杉、天竜杉、天竜杉、秋田杉、山武杉などが有名である。
東北で杉といえば秋田杉である。秋田を治めた佐竹藩の遺産である。秋田では、自然に育った「天然秋田杉」と人の手をかけて育てた「秋田杉」を区別して呼んでいる。
「天然秋田杉」は自然のままに育つので成長が比較的緩やか、年輪幅が狭く揃う。大径木は太い梁や柱に用いられ、天井板などにも珍重される。「天然秋田杉」の標準的樹齢は200〜250年といわれる。
「秋田杉」は間伐などで人手をかけて育てるので成長が早く、年輪の幅も広い。
この秋田の杉は、佐竹藩から引き継いだ国有林である。

これに対して、山形県金山町の「金山杉」は樹齢80年を越えたものをいう。雪深く,長い冬の気候の中で育つため,生長が遅く均一に成長する。木目が非常に細かく,木肌が赤みをおびていることが特徴。樹齢100年を超える人工林(伐採を目的として植林された林)の蓄積量として世界一を誇る。

翌日お訪ねした「共生のむら 杉沢」の栗田氏によると、杉沢は十二月初めから翌年四月末まで雪に覆われる。
栗田氏所有の北向きの山は積雪3mにもなる。若い杉は長い冬の間、雪の中に押し込められて春を待つ。植えたばかりの幼木は、初雪から五〜六年経った木は冠雪に耐えられなくなったときから雪に埋もれる。そして春の訪れ、ある暖かな春の日に雪を押しのけて杉は立ち上がる。真っ直ぐに伸びるよう、縄や支柱で起こす地域もあるが、金山では、昔からその作業はやらない。「雪起こしは木に起こされ癖がつく。育つ木は立つ」という話を栗田氏は祖父から聞いた。雪起こしより、立てなくなった木を間引く、それが私の家のやり方である、と自然の中で豪雪に耐えて逞しく育つ「金山杉」に誇りを持っている。(百年杉を育てる----栗田和則他著『十三戸のムラ輝く』46p)

金山町役場から宿泊先のシェーネスハイム金山に向かう金山川沿いに、大美輪の杉林がある。
神室ダムに向かう道路の集落の中より廃田を横切った向かい側にある。案内標識も小さいので、行ったり戻ったりの末、道路際の農産出荷場で作業中のおばさんたちに聞いてようやく目指す杉林への林道に入ることが出来た。林道で出会った山菜採りのおばさんは、あーあの倒木を切ったところか、と指差してくれてようやくのことに「大美輪の杉美林」に到着。林の入口に説明看板が立てられている。


大美輪の杉林 入口 撮影:2007/6/15

天然杉ではなく、人工林であり、日本有数のものである。場所は金山町有屋大美輪。
伐採を目的として植林された杉として国内最大級。128本の巨木群を形成しており、大美輪の大スギの樹高は59m、幹周3.45m、日本一と誇る。人工林では世界一の蓄積を誇る「一町歩一万石の大杉林」が今に残されている威容に圧倒される。

宝暦、明和年間(1751〜1771)に植林されたものと推定される。ということは、約240〜250年前に植林されたものが現在仰ぎ見る「大美輪の杉林」である。
この杉林を教えてくれたおばさんが言っていた切り倒された杉の大樹の切り株がこの杉林の中程を歩いて行くと確認できた。切り株跡がまだ新しい。樹心部分が腐って最近倒壊した模様だ。ということは、現在はマイナス一本、127本の杉林ということである。

なぜこの人工林がかくも長期にわたり残ったのか。
それは、秋田杉が国有林なのに対して金山杉は民有林であるから。現在、二人の大山林所有者がおり、岸三郎兵衛氏と近岡義一郎氏。先祖代々杉林を守り、現在は会社組織になっている。
この大美輪の杉林は岸氏の所有。

参考資料:日本全国の杉(スギ)一覧と検索
     http://www.shinrin-ringyou.com/search_sugi/
     銘木「金山杉」
http://www.kaneyamasugi.co.jp/meiboku.htm

金山町の道路沿いの稲田は折から生育期で過疎を感じさせる廃田や放棄田は一見して見当たらない。しかし、大美輪の杉林を探す途中で迷い込んだ林道際の沢筋の田圃、ざっと三町歩程はすでに放棄されて数年は経っているようだ。これでは、稲田としての復帰はもう不可能。過疎の実態と自然の荒廃を知ることが出来た。

金山町の巨木杉林は確かにすばらしい。しかし、その巨木群にはそれほど驚かなかったのはなぜだろうと考えてみたら、それは羽黒山参道の杉林を思い出した。参道入口の随神門から樹齢千年の爺杉、それに続く杉林の中に歴史を誇る国宝五重塔、そして、一の坂、二の坂、三の坂と2,446段の参道の両側に聳え立つ特別天然記念物「羽黒山杉並木」(樹齢300年〜500年、約600本)、約1,700mを登りつめると三神合祭殿(羽黒山神社、月山神社、湯殿山神社)である。その杉林をいつも見慣れていることに思い至った。改めて地元庄内平野の歴史と自然を再認識したのである。この羽黒山参道の杉並木については別稿で報告する。
(つづく)