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納得できない処分場の認可

2008.12.14 沖縄タイムス オピニオン(寄稿)

新里春子

 2009年3月1日 無断転載禁


 かつて、読谷村都屋の生徒は通学路にある琉球石灰岩層のセーラの山に毎日と言っていいほど登った。

 円錐状の山の頂上から慶良間諸島が一望ででき、植物群落の香りと鳥のさえずり、空気のおいしさは格別だった。

 セーラ周辺に降った雨は、植物の根から琉球石灰岩層を経て井戸となり、わき水となった。

 戦前から漁業を生業とする都屋は、この山から豊富な地下水と海から多くの恩恵を受け繁栄した。セーラ周辺の水量が豊富だったことから米駐留軍が生活用水として使用したこともあった。

 しかし、1964年ごろ、採掘はセーラ地帯まで及び石灰岩が取り尽くされた。

 1980年代、安定型産業廃棄物最終処分場となり、騒音、粉じん、悪臭、異臭、タイヤ炎上、アスベスト搬入等問題が続出した。


沖縄県読谷村の安定型最終処分場
 撮影:青山貞一 Nikon Digi Camera CoolPix S10
 2009年2月13日

 今年(2008年)4月安定型処分場に住民が立ち入り調査を実施した。

 その結果、現在、製造、販売、使用が禁止されている有害化学物質クロルデン(白アリ駆除剤)が高濃度検出され(0.09μg/L)さらに六価クロムが検出された。ほかにも地中ガスの発生、非飛散性アスベスト片の野ざらし状態を確認した。

 また、村役場の調査で処分場近くの農業井戸から、基準値の120倍のヒ素が検出されている。

 県の産廃の許認可は、民間業者の申請書類のみで判断し、地層や地質、周辺の状況も考慮していない。

 読谷村の民間処分場の周辺には学校、病院、福祉施設、学校給食調理場等があり、中には処分場の柵と隣接して、病院や住宅等がある。このような環境での県の処分場の許認可及び更新に住民として納得できない。

 なぜなら、2006年に県が示した産廃処分場選定基準では、5百メートル以内に学校、病院があってはいけない事になっている。 セーラ一帯は地番こそ座喜味だが、都屋の集落を見守るようにそびえ、地域のクサティ(支え、よりどころ)とたたえられていた。

 にもかかわらず、セーラは爆破され、浸透力のある琉球石灰岩層に県内産廃処分場の60%が集中し、半世紀余りも環境は痛めつけられている。

 セーラを人間にたとえると背骨を砕かれ、内蔵をもぎ取られ、廃棄物を詰められた状態である。処分場やその周辺からの有害物の検出は山や大地の悲鳴であり、住民の我慢も限界を超えている。(読谷村、60歳)