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<連載>
世界二大運河通航記
 パナマ運河編(5)


阿部 賢一

2006年12月20日


阿部賢一(あべけんいち)氏プロフィール
1937年、東京生まれ。68歳。シビル・エンジニアとして主として海外プロジェクト従事。海外調査・交渉・現地駐在は南米、アジア、中東諸国に二十五年以上に及ぶ。海外関係講義、我が国公共入札改革への提言、環境活動にも参加。2005年完全引退後も東京、山形(酒田)を拠点にして海外情報収集分析に励む。


◇ガツン湖の深底化

 パナマ運河庁は現在ガツン湖の通航水路の深底化に取り組んでいる。このプロジェクトはすでに40%ほど進捗している。このプロジェクトが完了すると、水深が約1m深くなる。これにより、貯水容量が45%増加する。これにより船舶の喫水制限をできるだけ少なくするとともに、今後増大が見込まれる上水道需要にも対応する。このプロジェクトは2010年に完了する予定である。

◇喫水深さの一フィート増加

 このプロジェクトはミラフローレス湖の水位を30cm上昇させるために、ミラフローレス閘門とペドロミゲル閘門の北端の機械室のオーバーフロー・ポイントを嵩上げするものである。

 通航する船舶の喫水を30cm増やすことにより、船舶の積載能力が2.5%、1,500トンの積載量が増える。

◇大西洋と太平洋の運河入口の深底化

 このプロジェクトは、運河を出入りする船舶に対してより水深の深い航路を提供するために航路の浚渫を行うものである

◇最新式装備及びコントロールシステムの導入

・新しい掘削バージの建造

 現場常駐の新しい掘削バージが建造された。このバージ建造は職員の新技術習得と訓練にも供された。これにより、ガツン湖やゲイラード水路の深底化が進められ、運河機能の増強に資することになる。バージの寸法は幅15m、長さ51m、建造に約1年を要したが、2004年2月から、深底化工事に使われている。

・アルミ製ランチ(小型船)の建造

 最近、パナマの造船所でアルミ製ランチの建造記念式典が行われた。ランチの船幅は4.6m、全長16.2m。653HPのツイン・エンジンで、乗員2名、最大船客数31人で、運河を通航する船舶の乗員輸送に供される。

・浚渫装備の更新

 現在進行中の浚渫プログラム向けの新しいポンプ浚渫機器類を購入して工事に使っている。装備更新により、ガツン湖とゲイラード水路の直線化の工期を短縮させるのが目的である。これまでの装備はすでに61年間も使用に供されていたものである。

・タグボートの増強

 最近タグボートの隻数を20%、24隻増強した。これにより運河通航の船舶の航行支援業務を改善する。とりわけ、船舶の閘門への進入とゲイラード水路での航行支援に活用される。

 それに加えて、船の長さが270mを超える船舶の増大に対応するために、2004年度から2年間掛けてタグボート8隻を新船と入れ替えた。導入された新しいタグボートには60トンボラードが装備されて、牽引力が50%増大した。これによりパナマックス船の増大に対応できるようになった。

・機関車引き綱軌道の改修

 現在及び今後の運河通航需要の増大に対応するための既存の16km以上の機関車引き綱軌道を敷設する。この新しい軌道は、水槽内を移動する船舶を適切なポジションに保つよう支援する機関車の能力を増加させ、そのサービス改善とオペレーション・維持コストの削減を目指すものであり、2006年には完了する予定。

◇引き綱機関車群の増強と改善

 パナマ運河庁はここ数年、三菱グループとの間で多年度にまたがる製造・供給契約を結んで、引き綱機関車の性能増強を図ってきた。最近、新機関車34両を発注したが、そのうちの16両はパナマで三菱とパナマ運河庁の職員が一緒になって現地組み立てするというユニークな契約条項付きである。三菱側にとって現地組み立てというケースは稀なことだが、この生産方式により、パナマ職員の技術向上と技術移転を目指す。新しい機関車は旧式のモデルに比べて、牽引能力を50%高め、戻りのスピードをより早くする。これにより、船舶の水槽内の滞留時間を短くする。機関車の重量は55トン、290HP2台の牽引ユニットで、311.8キロニュートンの牽引力を有する。

◇新式閘門装備制御設備

 パナマ運河庁は、従来の電動式開閉方式に比べて維持コストが低い、閘門合掌扉開閉用の新しい油圧式システムを装備した。この装備には最新式のプログラム制御システムが組み込まれており、安全確保、維持コストの削減、コンピュータ・モニタリングによるコンシステンシーの増大が期待できる。閘門合掌扉の開閉は新しく装備された油圧シリンダーをコンピュータ化された機械制御システムで操作する。バルブその他の付属装備の交換も各閘門で順次行われている。


図−21 ペドロミゲル閘門の牽引機関車群

◇閘門照明装備の改善

 運河の今後の通航需要増大に適切に対応するために全閘門施設において、照明設備の改良工事がなされている。このプロジェクトには、最新の照明技術が導入される予定で、閘門内の夜間通航制限をできるだけなくすことが目的である。これにより、運河のより一層の柔軟かつ効率的な利用が可能となり、結果として顧客サービスの向上につながる。

◇航行の安全及びセキュリティの促進

 パナマ運河庁は、運河の保護と卓越したサービスを維持するよう固い決意で臨んでいる。

◇船舶通航システム運用計画

 パナマ運河庁は、航行オペレーション情報データベースに基づく最先端の船舶トラッキング(追跡)・システムである船舶通航促進管理システムを運用している。このシステムの運用により、船舶追跡・通信を組み込むことにより運河資源利用の最適化を促す。

◇国際船舶港湾施設セキュリティ規則(ISPS)の遵守

 この国際規則は、国際船舶と港湾施設において、2004年7月1日から義務化された。

 パナマ運河においても、船舶及び港湾施設について、基準化された統一的な枠組みのなかでセキュリティに対する脅威を排除し防止するために、セキュリティ関連情報の交換を促し、セキュリティ評価方式を確立し、安全対策の強化を図る。
* International Ship and Port Facility Security Code

◇自動データ蒐集システムの実施

 パナマ運河庁は2004年4月1日から、パナマ運河通航を予定している船舶との間の新しい送受信手続きシステム(ADCS*)の運用を開始した。従来の書類による手続きに替わって、顧客との間のやり取りは電子情報交換システムで行うことになった。運河通航を予定している船舶は運河到着96時間前までに、すべての必要な情報を電子送信により報告することが義務付けられている。

 ADCSが実施されて、リスク・アセスメントや通航オペレーションに必要な資料提出手続き方法を改善し、簡素化する。それとともに、ISPS規則の要求事項を遵守することにもなる。

 ADCSは、時間の節約、さまざまなミスの最小限化、遅延を少なくする。
* Automated Data Collection System

◇船舶のための新しい追跡ソフトの導入

 パナマ運河庁は、自動識別システム(AIS*)と呼ばれる新しい航行システム・ソフトを運用している。この新しいソフトにより、増大する船舶の通航量を効果的に管理し、船舶の通航と通航水路の安全面及びセキュリティ面をより一層適確にモニタリングするのが目的である。
* Automatic Identification System

◇シミュレーション・センターの設置

 パナマ運河庁は、運河庁のパイロット、タグボート船長、乗組員、ランチ・オペレーターの訓練を促すための最先端のシミュレーション装置を導入した。同センターは、最新の技術革新に対応するもので、運河庁職員に最高度の海事訓練基準を保持させるものである。360度ビジュアル・シミュレーターや150度シミュレーター、三次元タグボート・シミュレーターなどが備えられている。これらの3つの機器は完全に統合化されており、3つの船を操縦して得られる効果を生み出すものである。

◇セキュリティ・システムの装備

 パナマ運河庁は、すべての運河利用船舶、水路のインフラ、運河オペレーションに従事する者などの安全とセキュリティを確保するために、24時間稼動セキュリティ統括センターを設置して、有線テレビ・システムを装備している。

◇セキュリティ・オペレーションの拡充

 パナマ運河庁は、パナマの治安関係機関とともに様々な国際セキュリティ機関との協力関係を強化した。パナマ運河庁は、ISPS規則を実施しており、国家海事サービス(海上保安庁)との間で密接な協力体制あり、水路の巡回を行っている。また、安全とセキュリティ・ソフトである電子情報収集システムを運用して、国際海上生命安全協定(SOLAS*)を守っており、電子情報収集システムを運用している。このシステムにより、各船舶の出港地、寄港地、乗員名簿などの情報を収集する。パナマ運河庁は、運河施設及びインフラ関連についてのセキュリティ・アセスメントを完璧なものとするために、米国陸軍工兵隊との協働作業を行っている。
* Safety of Life at Sea agreement

◇ガツン閘門消防システム

 パナマ運河庁はガツン閘門の機能面及びオペレーション面を強化する上で既存の消防システムの高度化を推進する。これはすでにミラフローレス閘門及びぺドロミゲル閘門に装備されているシステムと同様のものとなる。これにより、通航船舶と運河装置の安全確保をより高めることになる。

◇電気通信ネットワークの改善

 パナマ運河庁は最新の装備を行うことにより電気通信ネットワークの改善に努めてきた。

 つい最近、地中配線網が完成して、地峡全域にわたる主要な運用地域をリンクさせ、既存の光ファイバー・ケーブルに対する信頼性を高めた。新しい電話交換施設がコロザルの運河本庁キャンパス内に設けられた。これにより、コロザル地区の電話サービスが提供されて、バルボアに集中化している様々な機能を分散化させて、システムの信頼性を改善させることになった。

 それに加えて、電話交換施設がすべての基幹地域で最新化され、ネットワーク・オペレーション・センターがコロザルに設けられた。幾つかの無線通信サイトが改装され、ゴルド・ヒル(Gordo Hill)に高さ90mの送信タワーも建設された。*2

 このように、パナマ運河庁は運河施設の様々な拡充策を講じているが、スエズ運河とはまた一味違う広報活動を行っている。これも、長らく米軍の管理下にあった影響を受けているといえるが、パナマ運河そのものが船舶通航の要衝であることと、最近のセキュリティ対策のへの積極果断な努力が示されていて興味深い。

6. ダム安全プログラム(Dam Safety Program)

 ダムの中でも、規模の大きなダムについては、その計画段階、建設段階、完成して貯水状態となった後までにわたる包括的な監視プログラムが必要である。ダム崩壊調査によれば、ほとんどのダムはその崩壊発生以前に、検査されていなかったこと、あるいは頻繁に定期的な検査が行われていなかったことが判明した。ダム崩壊の急増とその結果地域住民へ及ぼす被害などが想定されるので、パナマ議会は、1972年国家ダム安全法を可決。1977年、米軍陸軍工兵隊の支援を受けて、その技術部門との協働作業で、パナマ運河庁はダム検査プログラムを開始した。このプログラムの目的は、管轄下にあるすべてのダムが良好で安全な状態にあることを確認するものである。パナマ運河には3つの主要なダム、ガツン・ダム、ミラフローレス・ダム、そしてマデン・ダムがある。

 ガツン・ダムについては、すでに[4.4]で述べたので、残りの2つのダムについて説明する。

◇ミラフローレス・ダム

 コンクリート重力ダムで、1914年に建設された。ミラフローレス閘門の両側につながっている。ダム堤長は129m、ダムのアバットメントを構成する二つの重力壁の間に長く伸びている。設計最大越流量は約2,832m3、構造物の最大高さは、基礎床面から頂上端まで33m、水頭は干潮時16.8mから満潮時13.2mまで上下する。

◇マデン・ダム

 1935年に完成したもので、パナマ運河から約19km上流、パナマ市から約40km地点のチャグレス川に設けられている。ダムは重力式で制御式余水吐けと取付壁2ヶ所が設けられている。ダム堤長は292m、最大高さ67m、ダム底部幅56mである。ダムの最大水面高さは海抜78m、湖水面積は約20万ha。ダムの縁にはこの海抜78mよりも低い多数の鞍部と呼ばれる場所があり、頂部を海抜82mとする小規模アースダム13ヶ所が建設されている。

 これらのダムに求められる機能は、湿地帯の貯水と洪水制御に重要な役割を果たすことである。これにより、パナマ運河内を通航する船舶の最低喫水を確保するために必要な水量を確保することである。またダムに貯水された水量は、水力発電用と上水道用にも用いられ、パナマ市及びコロン市に供給されている。*3

つづく