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公共工事の諸問題
その1 最近の低価格入札と
落札率について
〜予定価格の原点から考える(2)〜

阿部 賢一

2006年6月22日


 予定価格及びその積算内訳の公表もかなり進んできた。しかし、国についてはいまだ事前公表はなされていない。その理由については、平成18年5月23日、閣議決定された『公共工事の入札及び契約の適正化を図るための措置に関する指針』(改正適正化指針)*に述べられ手いる。

 この中で「透明性の確保」の中で入札価格の公表について次のように述べられている。

*『公共工事の入札及び契約の適正化を図るための措置に関する指針』
http://www.mlit.go.jp/sogoseisaku/const/tekiseikahou/sisin/sisinhonbun.pdf

 「入札価格については、入札の前に公表すると、予定価格が目安となって競争が制限され、落札価格が高止まりになること、建設業者の見積努力を損なわせること、談合が一層容易に行われる可能性があること等にかんがみ、国においては、入札の前には公表しないこととしている。

 このため、各省庁の長等は、契約締結後に、事後の契約において予定価格を類推させるおそれがないと認められる場合において、公表するものとする」という従来からの指針については改めていない。

 予定価格及び最低制限価格の事前公表については、弊害が生じないよう取り扱うこととし、事後公表を推進するとしている。

 地方公共団体については法令上の制約がないため、平成17年10月1日現在、予定価格の事前公表が都道府県で59.6%、指定都市で57.1%、市区町村で32.4%と第一回の調査時点よりもさらに進んでおり、国と対照的である。

 改正適正化指針では、「-----事前公表を行うこともできるが、事前公表の実施の適否について十分検討した上で、上記弊害が生じることがないよう取り扱うものとし、弊害が生じた場合には、事前公表の取り止めを含む適切な対応を行うものとする。

 また、低入札価格調査の基準価格及び最低制限価格を定めた場合の当該価格の基準価格の公表の取り扱いは、基本的には予定価格の取り扱いに準ずるものとするが、最低制限価格及び裁定制限価格を類推させる予定価格の事前公表については、最低制限価格と同額での入札による抽選落札を増加させ、適切な積算を行わず入札を行った業者が受注する事態が生じることが特に懸念されることから、これらの弊害が生じることがないよう取り扱うものとする。」と述べている。

 太字・下線を引いた部分が今回の改正部分である。(前回は平成13年3月 入札適正化法施行により作成)

 これは予定価格の事前公表後、地方自治体の入札で、同額の最低制限価格応札者が多数出て抽選で落札を決めるという事態が発生している実態をふまえ、それに対する懸念を表明し、適切な措置を求めているのである。

 このような情勢の中でも、予定価格を事前公表する公共工事の発注機関が増加している。国交省が47都道府県と12政令指定都市を対象に実施した調査結果によると、59団体のうち51団体が何らかの形で入札前に予定価格を公表している。

 このほか国交省関連の公団・事業団等でも試行として実施しているので、現在ではかなりの工事で予定価格が事前公表されていることになる。

 発注者が秘密扱いしてきた予定価格を公表することにしたのは、前述の通り、予定価格の漏洩をめぐる事件が発生するところから、その防止を図るためである。予定価格を公表してしまえば、漏洩事件も起こらないという考えだが、反面、落札率が高止まりになる、積算をしないで応札する業者が増えるなどの問題点も指摘されてきた。

 国交省はこうした問題点の追跡調査も実施している。公表した工事での落札率については、半数以上の発注者がわずかながら低下したと回答したものの、大きな変化は見られず、問題点の一つと見られた落札率の高止まり、上昇は起きていない。また、入札した業者が実際に積算業務を行ったかどうかを見るため、ほとんどの発注者は工事費内訳書の提示、提出を求めている。

 この調査結果をみれば、予定価格の事前公表に伴う問題点は杞憂に過ぎないということになるが、むしろ落札率の高止まりを事前公表の問題点とすることの方がむしろ問題であったのではないか。

 最近、国民の公共事業に対する関心が高まって、落札率が90%台だと談合であるという批判が市民オンブズマン等から続々と出されてる。

 金本・東大教授は『公共調達制度のデザイン』*で、我が国の公共調達の特徴は「指名競争・予定価格・談合の3点セット」である、十年以上も前に指摘した。

*金本良嗣『公共調達制度のデザイン』「会計検査研究」第7号(1993.3)
  http://www.jbaudit.go.jp/kanren/gar/japanese/article01to10/j07d02.htm

 現在の高落札率談合論を辿れば、彼の主張を発展させたものである。少々長いが以下に引用する。

 「わが国の公共工事では談合が蔓延している。わが国での談合の通常の形態は、入札価格を決める価格カルテルではなく、どの業者がどの工事を受注するかを決める工事の分配である。

 しかし、受注調整によって落札者を決めると入札者間の競争がなくなり、入札者が一社だけであるのと同じことになる。入札者の間の競争があれば、他の入札者よりも低い価格をつけなければ落札できないので、落札価格が予定価格以下になることが多い。

 ところが、談合によって入札者間の競争がなくなると、予定価格以下で入札する必要性はなくなる。したがって、もし予定価格がわかれば落札価格が予定価格以下になることはありえない。また、予定価格の秘密が守られていても、予定価格の積算基準は知られているので、予定価格の推定は容易である。

 わが国の公共工事の入札では落札価格が予定価格にきわめて近いことがほとんどである。この事実は、談合が蔓延しており、入札者間の競争が機能していないことを物語っている。このような状態にあるにもかかわらず、わが国では談合の摘発は稀である。」

 金本教授の3点セットのうち、「指名競争」は世論に押され、会計の原則に立ち戻って、最近「一般競争」へと大きく転換した。

 しかし、予定価格へ限りなく近い落札率だから即「談合」だというのがジャーナリズムや談合論者の主張である。しかし「談合の疑いがある」というあくまで推論にしか過ぎず、事実が確認されたものではない。「疑い」が次第に既成事実になるような事態は極めて危険であり、地道な検証がなされるべきである。

 今年2月末に開かれた中央建設業審議会(中建審)ワーキンググループに提出された資料の中に「落札率・入札参加者数の日米比較」があり注目された。それは2004年6月の米国運輸省が連邦補助道路工事の入札状況を報告している『Bid Opening Report』*の数字を紹介したものだ。

 それによれば、過去5年間の平均落札率は95.5%、2004年度上半期は97.0%である。米国には予定価格があるが、我が国のような精緻に積み上げた「予定価格」というよりも「概算見積価格」的位置づけである。上限拘束性もないから、予定価格を上回る落札価格があり、ある程度落札率が高くなる要因がある。一方国交省直轄工事の過去5年間の平均落札率は95.3%、米国の資料よりもわずかに低い落札率である。2004年度は94.2%である。米国道路管理局資料よりも約3%低い。

 高い落札率は「談合の疑いがある」というならば、米国の方がもっと「談合が蔓延している」ということになる。

 1件当りの入札参加者数は、米国が4.3社、国交省直轄工事は9.8社、一般競争で入札者数が少なければ、米国は「談合がやり易い環境」であるということにもなる。我が国より遥かに緻密な公共調達制度を持ち、談合に対する厳しい罰則や社会的な制裁もある米国が「談合蔓延社会」であるということになる。

*Bid Opening Report, Federal-Aid Highway Construction Contracts
--- Published semi-annually, the Bid Opening Report summarizes data for Federal-Aid highway construction contracts awarded by the various State DOTs. Data contained in the report is from Federal-Aid highway projects on the National Highway System (NHS).

連邦政府運輸省道路管理局(Department of Transportation Federal Highway Administration)が半期ごとに発表する各州連邦補助道路工事発注資料。

 「公共工事の予定価格は、いつも同じ価格で発注されるわけではない。例えば、落札率80%の工事の後に発注される同種の工事は、前の工事等も基準にして予定価格が設定されるので、通常、価格が引き下げられることになる。

 したがって、その工事を前の工事と同じ率で落札していたのでは、赤字になってしまう。予定価格自体が引き下げられるのだから、落札率は本来100%に収斂していくのが自然な成り行きである。

 落札率が高止まりするのは、それだけ予定価格が適正に設定されていると考えるべきである」という主張が関係者間にある。

 落札率を下げることは、自ら墓穴を掘ることになり、自らを苦しめる結果になるという、この主張は予定価格の上限拘束性がある限り、当然の帰結である。

 「予定価格の事前公表を競争性の観点からみると、上限価格を明示して、その範囲以内で受注を希望する企業間の競争になる。

 この方法だと落札価格の下方硬直性が働き、とくに現在のように、公共事業減少、業界の過剰供給構造のもとでの生き残りをかけた過激な受注競争の結果、入札価格の低下が一段と進む。

 地方における業者の倒産多発の一因が予定価格の公表にもあるのではないか」というのも関係者の見方である。

 競争する業者にとっては、過当競争による利益を生まない構造、赤字受注への傾斜を懸念する声である。

 つづく

表−3 国交省直轄工事月別契約状況報告(速報値を含む)

年 月

落札率 %

低価格調査対象件数

発生率 %

H11(1999)

96.92

252

1.5

H12(2000)

96.98

282

1.7

H13(2001)

96.02

353

2.4

H14(2002)

95.28

463

3.1

H15(2003)

94.26

476

3.9

H16(2004)

93.91

473

4.1

H17(2005)4

   --

43

3.7

      5

   --

28

5.3

      6

   --

23

4.2

      7

   --

29

5.2

      8

   --

38

5.4

      9

   --

53

5.9

      10

   --

73

6.3

      11

  91.1*

85

8.8

      12

90.6

88

8.7

H18(2006)1

89.0

58

13.9

        2

88.7

52

7.8

        3

88.3

333

13.3

H17(2005)

 

903

 

* 200511月より毎月の落札率を公表、従来は年平均のみ公表
出典:日刊建設工業新聞 2006/4/02及び国交省直轄工事等契約関係資料