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公共工事の諸問題
その1 最近の低価格入札と
落札率について
〜予定価格の原点から考える(3)〜

阿部 賢一

2006年6月23日


2.
平成17年度末の大型工事低価格落札事例

平成17年度、低価格入札は例年の2倍近くになったほか、これまで年間数件しか起きなかった大規模工事でも多く発生しており、公共事業の縮小で受注競争が一段と激化していることが示されている。

国交省は200510月、一般競争入札の対象拡大と、指名競争入札の原則廃止を打ち出した。競争参加制限の緩和が低価格入札増加の一因と見られている。

 入札工事減少で、地方業者によるダンピング入札が多発傾向にある中で、平成17年度末の大手ゼネコンによる低価格落札事例6件が注目された。

 しかも価格のみによるダンピングを防止する有力な対策として導入された価格のみではない総合評価落札方式でも過激なダンピングが発生するという事態である。

1) 夕張シューパロダム骨材製造第1期工事(北海道夕張市)

国交省開発局石狩川開発建設部 一般競争入札(総合評価落札方式) 平成18年2月22日入札・落札
予定価格3,117,2000千円 調査基準価格2,551,280千円 落札率54.5

業 者 名

1回金額

摘 要

大林・戸田・岩倉JV

1,700,000,000

低入札価格調査 落札

飛島・大豊JV

1,785,000,000

 

大成・地崎・中山JV

1,960,000,000

 

前田・フジタ・鴻池JV

2,316,000,000

 

清水竹中土木・大日本土木JV

2,730,000,000

 

 Value Engineering(VE)提案を加算する総合評価落札方式であるが、一番札の評価値が6.33、二番札は5.9260、そして評価項目加算点で最高の10点を取った三番札が5.6122、総合評価をしても価格が一番安い落札率54.5%の業者が落札した。

2) 防災拠点有明の丘地区本部施設棟建築工事(東京都江東区)

国交省東京第二営繕事務所 一般競争入札(総合評価落札方式) 平成18222日 入札・落札

予定価格 2,624,000千円 調査基準価格2,230,400千円 落札率75.5

業 者 名

第1回入札金額

大成・大豊特定JV

2,480,000,000

 

間・共立特定JV

2,600,000,000

 

前田・日本国土特定JV

2,330,000,000

 

戸田・村本特定JV

2,500,000,000

 

大林・東洋特定JV

2,720,000,000

 

飛島・りんかい日産特定JV

2,240,000,000

 

五洋・福田特定JV

2,690,000,000

 

鹿島・若築特定JV

1,980,000,000

落 札

竹中・東亜特定JV

2,500,000,000

 

清水・鉄建特定JV

2,550,000,000

 

 同時期に行なわれたエレベーター設備工事(公募型指名競争入札)、電気設備(電力)工事(一般競争入札)、機械設備(衛生)工事(公募型指名競争入札)、電気設備(通信)工事(一般競争入札)などでは、この建築本体工事のような安値落札は生じていない。なぜ75.5%の落札率になったのかは資料不足のためわからない。

3) 大河津可動堰改築本体1期工事(新潟県燕市)

国交省北陸地方整備局 一般競争入札(総合評価落札方式) 平成18年3月3日入札・落札

予定価格 9,357,410千円 調査基準価格 7,520,350千円 落札率67.1

  業 者 名

第1回入札金額

 適要

ハザマ・西松・錢高JV

8,800,000,000

大林・日本国土・フジタJV

 6,980,000,000

 

鹿島・清水・加賀田JV

不参加

大成・東急・地崎JV

6,280,000,000

  五洋・佐藤・福田JV

  8,700,000,000

 

前田・三井住友・本間JV

  9,100,000,000

技術提案の提案値及び提案内容を評価し、標準案より優れた者に最高30点を加算する総合評価。この加算点と標準点の合計点を入札価格で除して、評価値とする。落札者は評価値が最も高いものとする、という落札者決定方式である。総合評価の評価値等はインターネットで検索できなかったので詳細は不明である。予定価格よりも308千万円安い落札価格というのも、これまでの常識を覆す異常な低価格落札である。

4) 国道1号原宿交差点立体工事(横浜市戸塚区) 

国交省関東地方整備局横浜国道事務所 一般競争入札(総合評価方式) 平成18年3月7日入札・落札

予定価格3,343,310千円 調査基準価格 2,601,170千円 落札率58.0

業 者 名

1回入札金額

摘 要

大成建設()

1,940,000,000

低入札価格調査落札

大林・みらいJV

2,950,000,000

鹿島・東急JV

5,350,000,00

本工事は,国交省平成17年度の高度技術提案型の試行案件であり、新しい技術の活用を意図して設計・施工一括発注方式を採用した。さらに、工期短縮の技術提案を求め,工事価格との総合評価で落札者を決定する総合評価落札方式、総価契約・単価合意方式、技術審査(対話)方式、見積審査方式で実施したものである。

大成建設は施工法として「大断面分割シールド工法(ハーモニカ工法)*を技術提案して応札した。

*大断面分割シールド工法(ハーモニカ工法)

大成建設HP http://www.taisei.co.jp/release/2003/apr/apr01.html

工期短縮では,発注者側の標準工期540日に対し,大成建設は88日,大林組JV157日の短縮を提示した。総合評価では大林組JVよりも10億円以上低い価格を提示した大成建設が6.288点を取り,4.72点の大林組JVを大幅に上回った。低入札価格調査を実施した結果,品質確保等に問題はなく,価格は妥当であるとして,大成建設を落札者としたものである。技術面が優れていても価格面の大差を挽回できない事例となった。熊谷組は指名取消処分となり失格となった。

日経コンストラクション69日号の本件記事に添付されている関東地方整備局の「低入札価格調査の概要」によれば、この価格により入札した理由として、『本工事が「ハーモニカ工法」のより一層の普及を図るための足がかりとなると判断し、掘進機の転用等の製作コストの縮減、現場管理費、本社経費の削減等を行なうことにより今回の入札価格で入札を行なった』という大成側の説明を記述している。

この「低入札価格調査の概要」は担当記者が関東地方整備局より直接入手したものである。本件を含めて、今回紹介した6件については、HP上には低入札価格調査の概要、内容とも公表されていない。

5) 夕張シューパロダム提体建設第1期工事(北海道夕張市)

国交省開発局石狩川開発建設部 一般競争入札(総合評価落札方式) 平成18年3月8日入札・落札
予定価格5,082,590千円 調査基準価格4,222,440千円 落札率46.6

業 者 名

1回入札金額

摘 要

大成・地崎・中山JV

2,370,000,000

低入札価格調査落札

鹿島・伊藤JV

4,170,000,000

 

間・奥村JV

4,470,000,000

 

西松・三井住友・佐藤

4,280,000,000

 

夕張シューパロダムは、かんがい及び発電を目的として昭和36年度に完成した利水専用ダムである大夕張ダムの下流わずか155m地点に、洪水調節、流水の正常な機能の維持、かんがい、水道用水、発電を目的として約40m高いダムを新たに造る。既設の大夕張ダムは大成建設の施工であるので、大成建設は面子にかけてもその直下に計画されたこの工事を落札したかったということだろう。Value Engineering(VE)提案のコンクリート実打設日数の短縮でも一番札37日、二番札26日。一番札は[加算点]でも最高の10点評価である。それにしても、二番札との応札差額が18億円、一番札の評価値が4.6413、二番札は2.5666と大差であり、価格の安さが大いに有利に働いた入札結果である。このような大型工事で落札率が46.6%というのは、異常な数字であり、これまでの「予定価格」神話を覆す極めて象徴的事例である。

6) 一般国道45号両石高架橋工事(岩手県釜石市) 

東北地方整備局三陸国道事務所 一般競争入札(総合評価落札) 平成18313日入札 落札
予定価格946,990千円 調査基準価格725,820千円 落札率62.8

業 者 名

1回入札(千円)

 備 考

(株)大林組

979,800

 

鹿島建設(株)

980,000

 

大成建設(株)

850,000

 

清水建設(株)

595,000

落 札

(株)ピーエス三菱

765,000

 

 横河・岩倉異工種JV

950,000

 

「技術提案対話型」の詳細設計・施工一括型の試行工事で、標準点100点に加算点10点を加えた総合評価落札方式の入札であった。

3. 低入札価格調査

平成17年度における上述事例のような全国大手ゼネコンによる国交省がいういわゆるダンピング(過度な安値)受注の増大については、低入価格調査が重要になってくる。

上述6件の場合、落札契約価格が予定価格の46.6%〜75.5%、ダム本体工事(事例4)の落札率が堤体工事46.6%、予定価格より約27億円安い。事例(5)骨材製造工事が54.5%、予定価格より約14億円も安い。上限拘束性を持つ「予定価格」の正当性を根本から揺るがしかねない事態である。低入札価格調査の結果、落札決定・契約となったが、工事完了時までのフォローが注目される。

 しかし、事例(5)の関東地方整備局の「低入札価格調査の概要」を見ると、新しく開発した「ハーモニカ工法」技術の普及をはかるためという応札者の言い分をそのまま受け入れている。新工法普及のためには出血も辞さないということではないのか。

 予定価格との比較や応札コスト分析などは行なったような説明はない。なぜ低入札価格になったのかのコスト分析が欠かせないと思うのだが。不公正な取引の懸念はないのか。残りの項目では、施工実施体制の具体性の有無を確認して「安全で良質な施工は可能」といるだけである。

 国交省は上述事例のような低入札価格落札事態を重視して、2006414日,各地方整備局長あてにダンピング受注対策の通達を出した。

その対策の柱は、(1)予定価格2億円以上の低入札工事はすべて重点調査を実施し、その調査結果を国交省のホームページで公開する、(2)一般競争入札の低入札工事を中心に下請け企業への適正支払い確認などを行うための緊急立ち入り調査を実施する、(3)予定価格2億円以上の低入札工事には工事現場にモニターカメラを設置し,工事全体の施工状況を把握する、などである。

 この
6月からヒアリングを開始し、8月から順次調査に着手する方針である。この調査は、契約後と工事中の複数回にわたるのが特徴であり、出来形などに応じた代金の支払状況のほか、技術者の配置体制なども含まれ、実行予算と実際の原価とを比較する、下請業者への不当なしわ寄せがないかどうかなど、元請JV関係、一次下請にまで範囲を広げ二次下請契約関係にまで踏み込んで元下関係の実態も把握するということで、我が国の重層下請構造の調査にまで踏み込む画期的なものとなりそうだ。

 これまで、発注者と元請の契約だとして、消極的だった公共発注者が我が国建設業の特徴である重層下請構造にまであえて踏み込む積極的な姿勢は大いに歓迎する。

 価格が安ければよい、安ければそれだけ税金の節約になるというような単純なことではない。世の中で「価格」と「質」が一致することはむしろまれである。公共工事の場合、とりわけ長期にわたる適切な供用と人命の安全が最優先事項である。最近のシンドラー・エレベータ事故も、安値落札と発注者側の管理・監理能力不足が原因であることが次第に明らかになってきた。

 大規模土木工事での落札率50%以下という発注者にとっての緊急事態発生で、発注者にとっての面子をかけた調査への意欲が示されている。この調査で「適正・公正な予定価格」もまな板の上に載る。発注者にとっての「諸刃の剣」でもある。

 予決令第80条第2項に、「予定価格は、取引の実例価格、需給の状況、履行の難易、数量の多寡、履行期間の長短等を考慮して適正に定めなければならない」と規定されている。上述のダンピング受注事例を見ると、本当にこの落札価格で赤字が出ないのか、と同時に「予定価格」設定に際し、その算定に当たって、慎重な配慮が払われたか、との疑問も出る。

1983(昭和58)3月の中央建設業審議会(中建審)建議『入札合理化対策等』では、「予定価格は、標準的な施工能力を有する建設業者が、それぞれの現場の条件に照らしても、最も妥当性があると考えられる標準的な工法で施工する場合に必要な経費を基準として積算されるもの」としている。

 建設業者にとっては、予定価格内で施工し、妥当・適正な利益を得ることが十分可能な契約予定金額である、という認識である。それが、新工法や施工法の違いで落札率50%以下という事態では注目されるのは当然の帰結である。これまでの発注者の「予定価格」とは一体なんであったのかという大きな疑問が生じる。 

会計法第29条第6項で「 契約担当官等は、競争に付する場合においては、政令の定めるところにより、契約の目的に応じ、予定価格の制限の範囲内で最高又は最低の価格をもつて申込みをした者を契約の相手方とするものとする。」と定めている。国の予算の支出の原因となる契約、すなわち公共工事入札の場合、最低入札価格者を落札者とするよう定めている。

 『原則としては、開札後において契約担当官等が、その競争に係る入札価格について考慮のうえ決定する等の余地を与えず、あらかじめ決定された予定価格を基準として自動的に決定する
(いわゆる「自動落札方式」を取る)ことにより競争の公正性を維持するのであって、予定価格は競争制度上まことに重要なものである』(「平成四年版官公庁契約精義」----223p)と、価格自動落札方式の競争公正性を強調している。

 しかし、会計法第
29条第6項は、そのあとに、ただし書が続く。契約内容に適合した履行が懸念されると認められるとき、あるいは、低入札価格が公正な取引の秩序を乱すおそれがあり、著しく不適当であると認められるとき、二番札応札者との契約ができる、と規定されている。予決令第85条から第90条には、その場合の手続が規定されている。

 低入札価格調査は、上述の規定にもとづきなされているはずであり、6件の事例においても、当然そのプロセスを踏み、その結果、落札決定・契約に至っているはずである。

 ダンピング入札ではない
(公正な取引の秩序を乱すおそれはなく、著しく不適当ではない)と発注者側が認めたということであり、それを認めた発注者側の責任も当然ながら「重い」ことになり、発注者の「予定価格」に対する信頼、それは裏返せば、国民の税金を使用する公共工事において、受注者に不当な利益を上げるのを防止するという発注者側の強い意志を「予定価格」で示し、そのために適性かつ合理的な標準的価格の上限値を定めているという上限拘束性のメッセージを、今後は低価格入札、異常に低い落札率の増加で一気に失いかねない。低価格落札・契約での工事の「品質」が問われているのである。

今後の低入札価格調査の経過に注目したいが、適切・適時の情報公開が公共工事反対・不信への適切な対応であり、盛んに言われる発注者の納税者へのアカウンタビリティでもある。

米国では、工事担当部局とは別に監査部局があり、入札契約段階、工事施工中間段階、工事完了供用段階の最低三段階において、監査部局あるいは第三者(専門研究者等)による監査がなされている事例があることがわかった。それらの監査報告書が公表され、インターネットで容易にアクセスし、報告書をダウンロードすることも出来る。

我が国では、昨年度までの低入札価格案件については、その件数、落札率などが統計資料などインターネットHPで公表されているが、その審査内容やフォローの内容までは公表されていない。今後は、全体統括統計資料はもちろんのこと、低入札落札各工事の基本的な上記三段階における調査報告が公表されるべきである。

2006414日付国交省の各地方整備局長宛のダンピング受注対策の通達にもとづいて低価格入札の実態全貌が国民の前に明らかにされることを期待する。

低価格入札情報の公開が極めて少ないのが現状である。管轄地方整備局へ直接出向かなければ情報が入手できないなどということを中央官庁はいつまでやっているつもりなのか。

 一例を挙げれば、国交省関東地方整備局
HPのトップページには、『特定の利用者向けの情報』というコーナーに「建設業者の方へ(入札・技術他)」があり、順次「関東地方整備局の情報」「入札情報(総合リンク集)/」「低入札価格調査に係る情報の公表について」をクリックしてようやく低入札価格調査の情報にアクセスできた。残念ながら総括一覧表のみである。個別の入札案件については何ら情報がリンクされていない。

 トップページの「特定の利用者向けの情報」という項目表現自体にも同局の姿勢が如実に表れている。低入札価格問題は特定利用者(建設関係業者)のみの問題ではなく、広く国民全般への影響を及ぼす問題である。

 アカウンタビリティ
(説明責任)議論も盛んであるが、実際面を見れば、欧米先進国の公共工事関係情報のインターネットによる積極的な情報公開は幅広く国民全体への積極的なアカウンタビリティに比べると、我が国はまだまだ情報公開後進国であることを痛感せざるを得ない。


 つづく