4.工事コストの情報公開
4−1 「入札価格」の漏洩と「設計図書」の不備
わが国では国の「予定価格」の事後公表が相当に進んできた。同時に地方自治体の事前公表も進んできた。
(シリーズその1 1.予定価格の公表を参照のこと)。しかも、国の場合、発注者側の積算基準等がすでに公開されているため、入札者側が「予定価格」を推察することは容易になっている。ユニットプライス型積算方式が拡大すれば、さらにその精度は高まる。
それなのに、国では未だに事前公表せず秘密にしているため「予定価格」の事前漏洩不祥事が発生する。
ごく最近の事例では、2006年6月6日、約10件の予定価格の漏洩に伴う収賄容疑で元国土交通省北首都国道事務所副所長が逮捕された。贈賄側の社長は元国交省の同僚という、お定まりの構図である。さらにその関連で今度は首都国道事務所(千葉県松戸市)の用地2課長が一ヵ月後の7月5日に、入札情報を漏らしたということで逮捕された。官庁仲間の現役とOBという「天下り」や昔の同僚仲間という「縁故関係」の腐れ縁がいまだに生きている。
地方などでは、入札価格を「積算」するより「聞き算」することによる入札談合が摘発されてきた。
神奈川県で土木積算センターを経営している山野宏氏は入札制度に対するさまざまな「行政への提案」を行なっている。そのなかで「発注者が明確な設計書を出さないこと。正確な積算を目指しても内容表現があいまいであること、あいまいだから同一の工事価格を出せない、質問しても的確な返答がない・・・・と結果、積算ではなく“聞き算”となり、応札会社の営業マンは、積算するより「聞き算」の人を探すのが仕事であった。*」と述べており、それが「談合」発生につながる、と指摘している。現場で実務を担当している立場からの提言である。
* 行政への提案
http://www.sekisancenter.co.jp/gyousei.html
地方自治体などでは、入札書類そのものが不備であることが多いと指摘されているが、これでは、まともな「積算」ができない。その一方で、まともに積算もできないペーパーカンパニー・不適格業者が多く、淘汰が進んでいないともいわれる。
4−2 いわゆる「歩切り」問題
発注者が予定価格を設定する際に、設計価格の一部を合理的な理由なしでカットする、いわゆる「歩切り」の問題もいまだに不透明で闇の中である。平成11年12月9日、当時の建設省が、「中小建設業者等の経営改善のための措置について」という通達の中で、「適正な積算の確保」を求め、「積算に当たっては、基準に準拠した適正な積算の徹底に努めるとともに、予定価格の設定に当たっては、設計書金額の一部を正当な理由なく控除するいわゆる歩切りについては、厳に慎むこと。」*と述べている。
* http://www.mlit.go.jp/sogoseisaku/const/kengyo/
bidding2/tsuchi/keiei111209.htm
このような「通達」を出すということ事態が、「歩切り」の存在を裏付けている。
平成12年度(2000年)の(社)日本土木工業協会と建設省との共催による「公共工事の諸課題に関する意見交換会」の総括記事にも「歩切り」問題が俎上に上がった*。
* 「建設業界」2000年8月号
それによれば、平成9年度から三年間にわたって実施された「公共工事のコスト縮減計画」において、10%以上のコスト縮減という目標達成のため、歩切りが安易な手段の一つとして使われているのではないかという意見があった。これに対し、全ての発注機関が「歩切りは行っていない」と述べ、「歩切りをコスト縮減の手段とするのは適当でなく、歩切り禁止の周知徹底に努めたい」という発言もあった。また「予定価格や積算内訳の公表が、歩切り禁止の有効な手段となる」という意見も出され、今後市町村まで積極的に公表を促していく方針が示された。
4−3 「工事費内訳書」の提出
国の場合、最近の低入札価格制度により、「予定価格」の総額主義が原則であるにもかかわらず、「工事費内訳書」の提出を求められる事例が多くなってきた。
地方自治体では、「入札価格」の事前公表案件については、入札に際し、「内訳書」の提出が義務付けられているところもある。上述の山野氏は「これが談合を誘発させる原因である。何故かと言えば、提出といっても3〜5ページ程度の設計書の鏡の部分である。本命といわれる業者が他社の内訳書を作成することなど簡単である。提出を義務付けているにもかかわらず、発注側のチェック機能が全くない。ただの絵である。」と厳しく糾弾する*。
*http://www.sekisancenter.co.jp/gyousei.html
最近流行の電子入札で、佐賀県の佐賀土木事務所が発注した住ノ江港(白石町)のしゅんせつ工事の受注をめぐり、入札で談合があったとして、佐賀県の規定に基づいて開札を取りやめたという事件があった。
佐賀県当局の記者発表資料*によると、平成18年5月26日に開札を予定していた「住ノ江港湾工事」指名競争入札において、入札書と併せて電子入札システムで提出された1社の工事費内訳書に他社の複数の工事内訳書が添付されていたものがあり、入札各社にそれらを確認して談合が発覚、警察に告発、6社が指名停止になったという事件である。
*http://www.pref.saga.jp/kenseijoho/koho/kisha/
archives/200606/01/h448007372bcd3.html
本命が入札前に工事費内訳書を授受し、入札率についての情報交換をして、他社の分も含めた「工事費内訳書」を作成していたということが判明した。これまた典型的な談合のスタイルである。
入札者に「工事費内訳書」を提出させても、数枚程度であれば、このようなことは簡単に行なえる。うっかり電子メール送信で足がついてしまって、トボケルことができなくなってしまった事例だが、本命以外が本当の積算をしないという入札の実体が明らかになった事例でもある。
国交省が平成17年度に発注した工事のうち低入札価格調査制度の対象になったのは928件(港湾・空港を除く)。WTO政府調達協定が適用される大規模案件でも32件の工事が対象になった。
「港湾・空港を除く」というのは、旧運輸省関係部署の発注案件であり、未だに、建設・運輸両省の一体化が進んでいないことを示している。
国交省は本年4月の低価格入札に対する対策の通達で、1)低入札価格調査対象工事に対する重点調査の拡大と調査結果のHPでの公表、2)下請業者への適正な支払い確認などのための立ち入り調査の強化、3)工事コスト調査の内訳の公表、4)発注者の監督・検査の強化、5)受注者側技術者の増員の対象拡大、6)指名停止措置の拡大、7)前工事の単価による後工事の積算、等を盛り込み、さらに新実験計画を策定させた。
新実験計画の施策では、総合評価での評価点減点が最も多く、「低入札工事完成後の成績が低い場合、一定期間、評価点を減点」としたのが東北、関東、北陸、中部、近畿、四国の各整備局。「完成後の工事コスト調査で重点調査時の結果とのかい離が明らかになった場合、工事成績または総合評価点を減点する」としたのが関東、中部、近畿の各整備局。関東、北陸、九州の3整備局は「低入札の場合は加算点を低減して評価値を再計算する」ことも盛り込んだ*。
*2006年7月7日付日刊建設工業新聞
低入札価格落札の多発で、国交省はさらに今年6月、低入札落札工事を受注した業者に近く、報告を求める通知を出すと発表した*。落札・契約各社の責任者に出席を求め、入札価格の積算根拠や、施工に当たっての実行予算、下請業者の社会保険加入状況などを聞き取り調査する。この調査では、各社の営業責任者や施工者責任者に、入札価格の作成方法、積算根拠、実行予算、下請業者の社会保険加入状況、下請業者への発注金額などを聞く。各工事の下請業者から数社を抽出し、元請業者からの報告内容が事実かどうかを確認する反面調査も実施する。不当に低い価格での下請契約を押し付けるなどの違法行為が明らかになれば、公取委に通告する、などの措置をとる。
適用されるのは、総合評価方式適用の三つの工種(一般土木、鋼橋上部、PC工事)で予定価格2億円以上、かつ純工事費(直接工事費+共通仮設費)が官積算の90%以下だった場合、その工事の入札時に施工体系図の提出を求めるほか、技術提案や施工計画の妥当性を確認するためのヒアリングを実施、その結果から落札率に応じ加算点を割り引く。また、低価格入札による受注工事(低入札工事)の施工中、他の工事の入札時に再度調査基準価格を下回る入札を行えば、マイナス評価を加重する。
*2006年6月22日付日刊建設工業新聞記事
本年6月からの国交省の低入札価格調査の対象となるのは、昨年度分15社程度のようだが、各社の責任者に出席を求めて、根掘り葉掘り聞き出すのもよいが、落札・契約時点でそれらをしっかりとやっておくべきであり、半年もたってそれをやるというのも「お上」根性丸出しである。あとは、契約後の工事進捗状況をしっかりと監督・監理することに集中してもらいたい。これまで、最低入札価格自動落札が原則であったためか、あまりの低入札価格・落札件数の多さに、「予定価格制度」を固持する国交省も対応に追われている。
低価格入札の多発は、国交省には想定以外のことであったことが、これらの頻発される措置で示されたともいえる。
公共工事の大幅削減、一般競争入札への雪崩的移行、それに従来からの「古いしきたり」(談合・調整)からの訣別が加わり、低入札価格落札の多発で、工事の「質」の低下を懸念する発注者側は対応に必死である。われわれ国民も安値落札を安易に喜んではいられない。発注者側の工事の監督・監理を一層厳しくして工事を契約にもとづく仕様の「質」の確保に努めてもらいたい。
自治体の場合は「最低制限価格」制度があり、その率は「予定価格」の85%とする、などと定められており、「最低制限価格」での同額入札価格でのくじ引き落札が多発している。最低制限価格率が低い地区ほど競争性が失われ、高値落札傾向となっているようである。国のように極端な低入札価格落札の対応策に負われるということもないが、同額くじ引き落札というのも、きわめて不自然な競争入札の実態である。
4−4 公共工事コスト情報の公開の必要性
国からダンピング(安易な安値入札)と決め付けられた低入札価格・落札問題は、国も地方自治体も、自らの「入札価格」が適正・妥当であるという判断は、発注者側当事者だけのものであり、いまだに発注者の聖域となっている。国が予定価格の事前公表しない主な理由は、「契約締結後に、事後の契約において予定価格を類推させるおそれがないと認められる場合において、公表するものとする。」*というものである。
* 平成18年5月23日付閣議決定『公共工事の入札及び契約の適正化を図るための措置に関する指針』
わが国では、国や自治体は、どうやらこのような理由で、公共工事のコストなどの統計資料をこれまで積極的に公開してこなかった。むしろ極めて消極的でしかなかった。しかし、実態は「積算基準」などの公表、積算ソフトなどの市販などで、入札者側は容易に「入札価格」を推定することが可能であり容易になっている。
しかも、指名競争入札から一般競争入札へのほぼ全面的な移行、独占禁止法の改正による「古いしきたり」からの訣別という入札者側の態度、公共事業の削減に次ぐ削減という工事激減状況も加わっている。例え「入札価格」を推定できても、競争環境が厳しくなり、価格だけではない、技術的な総合力の発揮を求められる「総合評価方式」の導入促進などで「入札価格」もそれらに対応したものでなければ、落札はおぼつかない。
最近、公正・中立な第三者論議がでてきたが、発注者の「入札予定価格」についても、第三者によるチェックが必要な事態になってきたのではないだろうかと考える。
わが国では、コスト情報は国交省の外郭団体である(財)経済調査会や(財)建設物価調査会によって調査・公表されている。それらのコスト情報は、国や自治体の積算担当者によって利用されている。
ところが、この二つの財団が、「遅くとも平成11年4月1日以降行っていた,国土交通省関東地方整備局(平成13年1月5日までは建設省関東地方建設局)管内に所在する国の機関,茨城県,栃木県,群馬県,埼玉県,千葉県,東京都,神奈川県,山梨県,長野県及び公団の官公庁等が指名競争入札又は指名見積り合わせの方法により発注する建設資材の実例価格の調査業務(同調査業務と他の価格調査業務等が併せて発注されるものを含み、前記各都県が発注するものにあっては土木及び農林関係部局が発注するものに限る。)について、受注予定者を決定し、受注予定者が受注できるようにする行為、すなわち、談合をおこなっていたとして、公正取引委員会により摘発され、平成15年7月14日、審決と勧告を受けた。
発注者側もそのほとんどすべての指名競争入札等に当たっては、この二つの財団のみを指名していることもわかった。他の会社を入札に参加させないという状況の中で、二つの財団による調査費用入札の談合が明らかになったのである。二つとも政府関係の外郭法人であり、その幹部も中央官庁からの「天下り」が主流を占めており、公共工事コスト調査も「談合」していたということである。
公正取引委員会は、平成16年9月2日、課徴金納付命令を出した1ヵ月後の10月2日、それが確定した。
それを受けて、国交省関東地方整備局は平成16年11月2日、二つの財団に損害賠償請求を行なうと発表している。
この様な状況はどうして生まれたのかを考えると、「天下り」「談合」の典型的なパターンであることがわかる。
コスト情報収集業務に他の業者を参入させることを拒む外郭団体の設立と、その後の官庁と外郭団体の密接な関係が露呈したのである。これも、公共工事のコスト情報を「秘密」化しているための当然の成り行きである。
コスト情報収集業務の談合は、その中身である、調査内容の信頼をも疑いの目を持って見られることになりかねない。中部国際空港プロジェクトでは、これら外郭団体のコスト資料はまったく参考にされず、コストマネジメントコンサルタントが実勢価格を調査し、厳しい入札交渉を行って、驚異的なコスト節減を図った。
これについては後述する。
欧米諸国では、このような官庁外郭団体はない。民間業者が、幅広く情報を収集して、コスト情報を刊行し、建設業者の信頼を得ている。米国では、代表的なのがRSMeans社の建設コスト資料、英国では、Tayer
& Frances社のSpon’s建設コスト資料など、すべて民間会社が刊行している。
民間会社が、なぜこのようなビジネスができるのか。それは発注者側の公共工事コストの積極的な情報公開という環境があるからだと筆者は考える。
米国、例えば運輸省道路局では、コスト情報を四半期ごとに公表・刊行、インターネット上でも公開している*。
* Price Trends for Federal-Aid Highway Construction
http://www.fhwa.dot.gov/programadmin/pricetrends.htm
各州においても、同様の情報公開を行なっている*。
* Highway Construction Cost Increases and Competition Issues
http://199.79.179.101/programadmin/contracts/price.cfm
また、北米開発銀行では、銀行融資調達工事の資金借入者用に、「入札査定報告書:Bid Evaluation Report」のモデル書類*を作成して業務を行なっている。
* North American Development Bank [Bid Evaluation Procedures/
Bid Evaluation Report]
英国の場合、DTI*が「建設統計年鑑:Construction Statistics Annual」を公表しており、毎年の報告書はインターネット上にも掲載されている。
* 英国政府貿易産業省Department of Trade & Industry
2005年版*は2005年10月に刊行され、全文262頁、工事費コストの指標なども含めて盛り沢山であり、英国建設関係の統計資料が網羅されている。
* Construction Statistics Annual 2005
http://www.dti.gov.uk/sectors/construction/
ConstructionStatistics/page16429.html
DTIの建設統計経済ユニット(Construction Statistics and Economics)は建設部門の統計資料の収集、分析、刊行を行っている部門であり、建設材料の定期的な統計分析、海外取引、英国業者の海外建設、価格及びコスト指標、建設産業の主要動向の把握などに努めている。建設統計上からの助言とともに建設市場を評価する上での経済分析、助言なども行なっている。国内市場ばかりではなく海外市場で活躍する英国建設関係者への情報発信を行なっているところなど、いかにも英国らしいところである。
RSMeans社の建設コスト資料を開くと、建設業者からのコスト情報の提供を積極的に求めていることがわかる。
余談になるが、サウディアラビアで建設工事を行なっていた沖縄の建設業者の旧知の社長(米国人)を現地に訪問した折、サウディアラビアの建設コストを積算する際、RSMeans社のコスト資料を参考にして、コスト積算をして落札・施工している、というそのノウハウを現地で披露してくれたことを思い出したが、それだけ建設業者に信頼されて利用されているMeans積算資料である。
これらに比べて、わが国公共事業コストの公開についての取り組みは、残念ながら極めて遅れているといわざるを得ない。二つの財団による談合と課徴金徴収などという事態は、コスト情報が外郭団体にすっぽりと取り込まれている結果、民間のコストコンサルタントがほとんどといっていいほど育っていないことを示している。
しかし、建築コストについては、「建築積算業務の改善と建築積算技術者の技術的水準及び社会的地位の向上を図り、もってわが国の建築生産の発展に寄与する」ことを目的として建設省所管の社団法人日本建築積算協会が昭和50年に設立された。平成12年3月制定の【建築数量積算基準】のとりまとめ作業に参加、「建築積算資格者」、「建築コスト管理士」の認定業務を行っている。
国土交通省【測量・建設コンサルタント等業務競争参加資格審査】の有資格者数の審査において、審査対象となる資格として【建築積算資格者】が揚げられており、有資格者数の点数算定では2点が附与されている。
しかし、公共事業発注者の積算業務の補助的な業務には参加しているものの、後述する海外のコストコンサルタントのような活動までには至っていないようである。
土木コストについては、このような社団法人も資格認定の仕組みも現在のところ見当たらない。
わが国の公共事業におけるコスト業務の重要性はまだまだ認められていないのが現状である。
4−5 海外のコストコンサルタント
米国や英国では、公共事業コストの情報公開が進んでいるため、いわゆるコストコンサルタントの活躍の場が開かれている。
英国では数量積算士[Quantity Surveyor]というプロフェッショナルが活躍している。
数量積算士の協会であるThe Royal Institution of Chartered Surveyors(RICS)は、設立以来136年の歴史を誇り、世界120カ国、12万人の会員を有している。さまざまな認定・研修事業を行ない、毎年500編もの研究発表論文が公表され、世界50カ国の協会と連携している。
現在では会員の提供する業務は多岐にわたり、不動産及び建設業界のすべてにわたる専門家であるばかりでなく、世界中の施設・資産の経済的意義、評価、財務管理、投資などに対する戦略的な提案・助言なども行なう資産コンサルタントの役割も果たしている。これらについてはわが国における中部空港プロジェクトの事例で言及したい。
工事に携わる数量積算士[QS]は、二つに大別される。
ひとつは、実務数量積算士[Practising QS]といわれる者で発注者組織のために数量積算業務を行なうプロフェッショナルである。
QSの職能は建設プロジェクトのコスト管理に関することを幅広く取り扱うことであり、企画段階のフィージビリティー、コスト便益分析、設計段階のコストプランニング、バリューエンジニアリング、ライフサイクルコスト(LCC)算出、目標コストの算出、発注段階の工事数量(内訳)明細書の作成、工事費見積、査定・折衝・合意、施工段階のキャッシュフロー・チャートの作成、中間払い査定、設計変更に伴うコスト評価、クレームの査定・折衝・合意、設計変更コストの精算、プロジェクトコストの最終精算報告書の作成、工事コストデータの分析、などなどプロジェクトの企画段階から施工段階まで、コスト面での業務を行ない、プロジェクトマネジャーを支える重要なスタッフ・メンバーである。これらの業務を行なう者は一般に、数量測定・検測者[measurer]と呼ばれ、組合(guild)メンバーの職人[tradesman]の範疇に入る。自分の得意分野の業務を行ない報酬は請負仕事である場合が多い。QS上級者は建設エコノミスト、コストエンジニア、コンストラクションマネジャーなどのボジションを担う。
もうひとつは、請負者QS(Contractors QSs)といわれるプロフェッショナルであり、建設会社のために働く数量積算士である。
このふたつのQSはそれぞれ立場がまったく違うオーナーのための役割を果たすことになるが、その基本となるのは、建築エンジニアや土木エンジニアなど設計者の作成した仕様書及び図面などから、入札書類作成のための工事の必要な正確な数量(資材、労務、機械等)を算出し(数量拾い出し)、それをもとに数量(内訳)明細書を作成することである。
その数量算出は標準数量測定方法(基準)-----[Standard Method of Measurement:SMM](建築工事用)、[Civil
Engineering Standard Method of Measurement :CESMM](土木工事用)に基づいて行なう。
工事現場では、発注者側PQSと請負者側QS(Contractors QSs)の間で、数量検測や出来高確認、その他のコスト関係業務を打ち合わせる。
標準仕様書[Standard(General] Specification]、特記仕様書[Particular Specification]、SMMやCESMMをベースにしているので、発注者側及び請負者側も工種およびその内容・範囲[scope of work]、数量計算が食い違うことはない。
米国でも英国でもこれらの数量測定方法(基準)や標準仕様書は、標準書類が定められている。例えば、米国連邦政府の標準仕様書に各州の仕様書を追加するという方法が取られており、極めてわかりやすく体系的な構成となっている(条文や項目の冒頭には識別番号が付けられている)。これは契約一般条件書[General
Conditions]についても同様であり、各州で補足一般条件書[Supplementary General
Conditions]が追加されるシステムになっているので極めてわかりやすい。
わが国では各発注者名によって契約一般条件書や仕様書がいかにも自分たちで作成したかのように「……県(市)仕様書」などと名前がつけられているが、その内容は、読んでみれば一目瞭然、国の一般条件書や共通仕様書と同一であったり、あるいはほぼ同一であることがわかる。英国や米国のように一つの標準書類をベースにして、明確に識別番号付で条文や項目を追加したことがはっきりとわかるような書類にしたほうがわかりやすい。
米国では英国の数量積算士というプロフェッショナルのような職能はいないが、同様の業務を行なうコストコンサルタント、コストエンジニア、コストマネジャーなどのプロフェッショナルやポジションがある。
米国では英国式のSMMやCESMMがない代わりに、それらが標準仕様書の記述等に組み込まれている。
典型的な工種の構成は次のような事項からなっている。
1−工種の説明(description)
2−施工上の特記(留意)事項 例えば既設部分の保護
3−材料(material)
4−許容誤差(tolerance)
5−施工(construction)
6−測定(measurement)
7−支払(payment)
8−調整(例えば一式金額の調整)(adjustment)
このようなスタイルの記述によって、あちこちの書類を見なくても、この仕様書を見れば、ある工種がどのような工事内容なのか、施工上の特記(事項)事項はなにか、どんな材料を使うのか、施工上の許容誤差はどのくらいか、施工はどのようにやるのか、施工した工事の数量測定はどのようにやるのか、その出来高の支払いはどのように行なわれるのか、そして、この工種の金額調整がある場合どのように行われるのか、などが一目瞭然である。
4−6 工事費内訳書を入札・契約書類に入れる
国は、低入札価格の頻発で、落札者からの工事費内訳書、積算根拠などの資料提出を求めてダンピング入札ではないかどうかの調査を行なうことが多くなった。地方自治体でも同様の低入札価格対策が取られている。
[ 4−4]、[4−5]で述べた通り、コスト情報の公表、海外におけるコストコンサルタントの活躍などのベースは、発注者と入札者・請負者が同一の仕様書及び標準数量測定方法(基準)に基づき作成される数量(内訳)明細書[Bill
of Quantities:BQ]を、契約図書を構成する書類とすること、そして、それらをデータベースとして活用することである。
わが国でも「ユニットプライス型積算方式」の導入が本格化する方向にあるので、英国や米国のように入札書類としてBQを作成し、入札者に値入してもらい、入札書に同封して提出させ、落札者のBQは単価合意契約書類とすべきである。
これにより、発注者と入札者・請負者が同一の基準をベースにして積算を行い、その結果を比較検討できるようになる。
米国カリフォルニア州道路局では、入札結果は、開札日ごとに、入札者全員のBQ一覧表をインターネットで公開している*。
* Caltrans Bid Summary Results
http://www.dot.ca.gov/hq/esc/oe/awards/bidsum_html/
Caltrans Bid Summary Results
listed by Bid Opening Date followed
by the project Contract Number
http://www.dot.ca.gov/hq/esc/oe/awards/
bidsum_html/6week_list.html
この一覧表にはBQと共に下請業者一覧表も含まれている。
入札書類には下請業者名の記名提出も含まれる。
わが国でも、入札結果の公開がインターネット上でなされるようになっているが、「入札価格」、「調査基準価格」(この金額以下だと低入札価格調査の対象になる金額)、入札業者名とその入札金額のみである。
できるだけ詳しい数量(内訳)明細書[Bill of Quantities:BQ]を作成し、入札者に値入れさせることで、未経験な発注者でも経験を積みデータの分析を進めることで工事コストの実態を把握することができる。
筆者が中東である発注者エンジニアから直接聞いた数量(内訳)明細書[Bill of
Quantities:BQ]にまつわる話を紹介する。
石油危機以後、産油国ではオイルダラーが潤沢になり、我が国の建設業者も含めて世界中の建設業者が中東諸国の建設ブームに押しかけた時代である。
発注者は港湾、道路、上下水道、学校施設、病院など様々なそれまでにない大規模な公共事業を国際入札によって開始した。発注者のエンジニアは一般的に宗主国であった英国で教育を受けており、英国方式、それを拡大させた国際コンサルティングエンジニア連合(FIDIC)の標準約款をベースに工事契約約款を作成する。
工事の入札書類作成及び設計・施工監理もほとんどが欧米のコンサルティング会社である。発注者側の施工監理のトップは本国人であるアラブ人であるが、そのスタッフは欧米のコンサルティングエンジニア会社がなる場合も多かった。イラクでは女性エンジニアが男性と対等に活躍しており、イラン・イラク戦争が始まると、女性エンジニアがトップとなって陣頭指揮する工事も多くなった。
工事の発注件数が多くなり、彼ら発注者エンジニア達は、同種の工事を3件くらい入札及び施工監理を行ない、入札書類の数量(内訳)明細書[Bill of Quantities:BQ]の分析を行うことによって、発注者側としてのコストの実勢価格が把握できた、と豪語していた。逆に請負者側は、最初の工事で相当な利益を上げることができたが、2回目、3回目になるにしたがって、発注者側のしたたかな価格交渉に押されて、利益の幅が少なくなったとぼやく声も聞いた。
数量(内訳)明細書[Bill of Quantities:BQ]と施工期間中、毎日提出される工事日誌記載内容、すなわち、現場搬入資材量、労働力、主要機械工具、毎月の出来高数量の確認・支払、輸入資機材、現場調達資機材、下請契約内容の把握などで、発注者側はその工事のコスト実態をほぼ把握できるのである。
もう一つ重要な入札書類として、予定工程表も含めるべきである。
米国や国際プロジェクトなどでは、すでに1990年代から工程表は Primavera*によって作成 することを「仕様書」等で義務付けている場合が多い。
*工程表作成ソフト
米国Primavera Systems Inc.の提供するプロジェクトマネジメントソフトウェアである。
米国を中心として世界のエンジニアリング、建設工事のプロジェクト管理に使用されている。
最新バージョンのPRIMAVERA(V4.1)は日本語化**されている。
** http://enterprise.watch.impress.co.jp/cda/
software/2004/06/01/2433.html
さらに、下請業者一覧表(施工体系表)などの提出も、先進諸外国や発展途上国の国際プロジェクトなどでは一般化している。
この稿を執筆中の7月11日、水資源機構が7月10日に公告した大分県日田市に建設する大山ダム建設工事入札で、入札参加者に対して、1回目の入札時に施工体系図と一次下請業者の見積書を提出させる「施工体制事前提出方式」を取り入れた、との新聞報道*があった。わが国の発注者もようやくこのことで動き出した。
* 2006年7月11日付日刊建設通信新聞
わが国でこれまで行なわれてきた入札金額の総額を書いた一枚だけを入札時に提出させるというのではなく、数量(内訳)明細書、工程表、下請業者一覧表も入札時に別封筒で提出させるということになれば、まともに積算や工程表を作成できないペーパーカンパニーや不適格業者、技術力やマネジメント力のない業者は脱落し、いわゆる調整・談合の余地もなくなる。
低入札価格調査対象工事だけでなく、国も自治体も、すべての入札で数量(内訳)明細書、工程表、下請業者一覧表の入札時提出を一般化すべきである。
その前提として、発注者側では、設計意図が明確な図面および的確な記述の仕様書、詳細な数量(内訳)明細書などの入札書類の作成が必要である。それらが整っていなければ、正確な数量精算や積算ができない。発注者側の技術力、書類作成力も必要なのは当然である。
まともな技術力や施工能力のない業者がこれまで生き残れてきたのも、首長や議会の「口利き」政治力の行使やそれを支えてきた官製談合などの仕組みであった。それらも、入札適正化法、独禁法改正で退路を絶たれる状況になりつつある。
4−7 コストコンサルタントの活用
2005年2月17日、愛知県常滑市の沖合いを埋め立てて、中部国際空港セントレアが開港した。滑走路は1本で3,500m、24時間運用。小牧の名古屋空港から、ほぼすべての国内線と国際線を引き継ぎ、パリ線などの新規路線と共に利用者も増やしている。充実した飲食街などの商業施設には、旅客以外の大勢の観光客も訪れて賑わっている。
1998年5月、中部国際空港会社の発足と同時に社長に就任したのが、その前年、トヨタ系列の関東自動車工業社長に就任した平野幸久氏である。
事業費7,680億円もの「公共事業」を、特殊法人関西国際空港会社とは違って、商法に基く株式会社、民間主導でこのような大規模な公共事業を我が国ではじめて手がけることになった。出資金の半分は国や自治体が拠出する。平野社長は、トヨタ英国法人社長だった時、現地工場を一緒に立ち上げた気心の知れた工場建設のプロである鳥居泰男・元参与(当時・トヨタ自動車プラントエンジニアリング部長)一人を連れただけで、中部国際空港会社に乗り込んだ。
事業費7,680億円を掛けて、着陸料は当時の関西空港と同じジャンボ機1機あたり約91万円にしても、需要は順調に伸びるので経営は成り立つというのが当初の考えであった。
しかし、平野社長は直ちにその考え方を捨てた。
関西空港は、当初の予測通りには便数が伸びず、苦戦していた。関東、関西にはさまれた中部圏の人口は少ない。利便性に優れているが、関西空港と同じ着陸料ではだめだ、着陸料を下げなければだめだ、そのためには事業費をできるだけ減らし、将来の借金負担を少なくする必要がある、そのために「コスト削減」に励む必要があると、彼は社内に説いた。
中部国際空港会社は官民出身者寄り合い所帯。予算を取ったら全部使うのが常識だった立場の者からすれば、折角大蔵省に認めてもらった合理的な?7,680億円の事業費を確保したのに、使わないと整合性がない、などという「コスト削減」に消極的であったという。
そのなかで、平野社長は「一番安く見積もった業者と、さらに徹底的に議論してコストを下げよう」と檄を飛ばしたのである。
平野社長は会社の基本理念を作った。すなわち、「利便性、経済性に優れた競争力ある空港」「お客様第一」「地域に根付いた企業」「オープン&フェア」「効率的な運営」である。最初にコスト削減を巡って本音をぶつけあった議論の中から生まれ集約されたものだ。
従来のプロジェクトでは、設計者の役割の中にコストマネジメント業務も入っていたが、このプロジェクトでは英国の積算専門会社[Quantity
Surveyor:QS]のように、コストマネジメント専門のコンサルタントが設計者とは独立した形で参画した。ハンスコム社(米国)とサトウファシリティーズコンサルタンツ(日本、佐藤隆良社長、英国での役所勤務経験を生かし設立)が共同で、設計者も選定されていない川上段階からプロジェクトに参加した。
予算も工期も予定内に収め、事業を成功させるにはどうしたらよいか、着陸料を下げるにはどうすればよいか等々、発注者の意向に基いて徹底的に検討した。具体的には「ベンチマークシステム」手法を取った。24時間稼動の国際ハブ空港として対応できる規模やグレード、事業収支など、世界24カ国の国際空港のベンチマーク(指標)を調査し、比較しながら目標設定を行う。これを、設計段階で計画にフィードバックさせる形で緻密に行った。
さらに第三者的視点から、設計VE(Value Engineering)という形で見直しを行った。
コスト削減の象徴的な事例は、旅客ターミナルのデザインであった。議論しながらデザインを決める方法をとった。提案された「見た目が美しい」南北に伸びるウイングの先細り構造では、コストが高い。平野社長は「誰が空港を上から見るのか」と指摘して、最終設計段階で単純な直線のT字型に変えた。平野社長は「デザインはおろそかにするつもりはないが、機能も安全性もコストも同じくらい大切だ」という考え方を貫いた。
平野社長は、事業費総額を抑えるため、各発注の目標額を割り振る組織を作り、自らその責任者になった。そして「ただ、安く造って不便になったり、貧相になったりしては本末転倒。必要な機能を持ったものを、いかに低コストで造れるかのバランスが大事になる。」とリーダーシップを発揮した。
発注先の知恵も募り、原価低減や品質向上を図る、というトヨタ自動車式の手法でコスト抑制と機能を両立させようと、全事業に目配りする「コストマネジャー」というポジションをつくり、そこにトヨタ出身者を据えた。効率化の利益は相手にも還元するようにして、業者にもコンサルタントにも提案力を発揮してもらった。
入札方式は「予定価格方式」ではなく「目標制限価格方式」で行われた。
上述のコストマネジメントコンサルタントが独自に調査した実勢単価をベースにしたコスト管理が行われた。佐藤氏は「経済調査会や建設物価調査会が発行するいわゆる「物価本」はあくまで目安であって、実際の価格はロットや仕様等取引条件によって違う。それをベースとして積算して予定価格にするというのは無理があると思う。今回は公共事業ではないからできたわけだが、公共事業の予定価格制度自体も見直しが必要ではないか」と述べている。
入札担当者が資材メーカーから最新の価格情報を入手し、その資材価格を入札に反映、最低価格で応札した業者とも再交渉し、さらにコスト削減の可能性を探ったという。
入札は「目標制限価格方式」でおこなわれたが、交渉は価格だけではなく、見積書の内容の確認も併せて行われた。佐藤氏は「入札後の交渉が強調されがちだが、交渉で1,000億円もコストを下げるのは絶対無理。実態的には、『どうゆうものを造るのか』という川上段階での設定でコストの8割方が決る。特に日本では、この川上段階での作業がおろそかにされてきたといえる。」と公共工事発注者には厳しい指摘である。
工事は漁業補償交渉が長引き、当初の予定より半年以上遅れて、2000年8月1日、着工した。
旅客ターミナルビル部分の土地の埋め立てに先ず取り掛かり、その後周辺の埋め立てと並行しながらターミナル建設を始めるなどで、遅れた工程の挽回に努めた。愛知万博開幕(2005/3/25)の約一ヶ月前、2005年2月17日、開港した。
当初の事業費予算7,680億円は、設計、発注方式の工夫、見込み以上の低金利などの効果で1,730億円の減額となった。その分、借金負担が軽くなり、着陸料を下げられるようになった。
2004年2月、中部空港が国際航空運送協会(IATA)に提示した着陸料は、ジャンボ機1機あたり695,200円。当初の計画では約91万円であるから、約3分の2まで下げた。2004年11月、さらに約4万円下げて、655,700円で決着した。
しかしながら、1,730億円、22.5%にも及ぶコスト削減努力は、必ずしも全部が「利子がつく借金」を減らす結果とはならなかった。事業費のうち、利子がつく借金と無利子の資金の割合は、政策的に固定されていた。だから、事業費を節約すると、自動的に無利子の資金も一定割合で削られる仕組みであった。もし、利子がつく借金から先に減らすことができたら、もっと着陸料も下げることができたはずだった、と平野氏は残念がった。いかにもわが国の官庁らしいやり方で、コスト削減のインセンティブなどは考えていなかったということである。
以上は、下記の資料の要約である。
1. あの時 東海経済物語【中部国際空港会社社長・平野幸久さん】
2006/2/02
http://mytown.asahi.com/aichi/news.php?k_id=24000350602020001
2. 「コスト削減の8割方は企画段階で決る」週刊東洋経済
2003/12/06 ----42p
プロジェクトマネジャーとしての社長の基本理念の設定と明確な実践、ベンチマークシステム、コストマネジメントコンサルタントの企画段階からの重用、設計VE、トヨタマネジメントシステムの「コストマネジャー」の起用等々、民間会社の経営能力が発揮されたが、これが我が国ではじめて「公共事業」に適用された事例である。
いつまでも、公共事業は民間事業と違うのだと、従来からの発注者側だけの閉鎖的なコスト秘密主義、「予定価格」にこだわっていることへの痛烈な一撃である。
次回は、米国と英国で取られているさまざまな試みを紹介したい。
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つづく
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