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忍び寄る国家主義:
「自己責任」「自己負担」論の不可解さ

青山貞一 

掲載日:2004.4.18

 拘束されていた3人が無事解放された。

 この間、官邸、政府、与党筋から不可解な「自己責任」論が続出している。なかには、救済作業にかかった10億円とも20億円とも言われる費用(何に10億円、20億円がかかったのか政府には明細を見せて欲しいものである)を3人に請求したらどうか、と言う意見まででたらしい。公明党の冬芝幹事長も類似の発言をしている。

 政府、与党筋から出たこの種の意見の本音は、どこにあるのだろうか。

 おそらく発言の意図は、政府に公認された者以外のイラクへの出国を強く牽制することにあると思える。とくに反戦、非戦系のNPO/NGOボランティアの諸活動を封じ込めようとすることにあると思える。

 ここ数日の報道に接すると、その意図がアリアリと感じられる。さらに海外出国のみならず、日本国内における自衛隊派兵などの反戦、非戦活動を行っているNPO/NGOに大きなプレッシャーを与える意図も見え隠れする。大マスコミがこれを一方的に報道しているのもおかしい。

 日本政府はイラクに対しては「退避勧告」をたびたび出している。にもかかわらず3人はそのイラクのバクダッドに入ろうとした。したがって武装勢力に拘束されたのはあなた方の「自己責任」である。よって救出のためにかけ日本政府がかけた各種費用は本来、3人に請求すべし言う。果たしてこの主張はいかがなものであろうか。法的な論拠、根拠はあるのか? もし、なければ国民、NPO/NGOに対する恫喝となる。一部マスコミは何ら思考を働かすことなく、まともな識者のコメントもないままこれを記事として垂れ流している。

 拘束された3人は、戦時下の危ないイラクに「自己責任の考え」なしに出かけたのかといえば、決してそうではないだろう。当然それなりの覚悟をもってでかけたはずである。もちろん、でかけた目的は、3人それぞれ異なるであろうが、いずれも主体的な判断ででかけているはずだ。

 閑話休題

 本論考での問題は、だからといって、拘束された3人に日本政府が救済費用を請求する法的な論拠はどこにあるのか、と言うことである。

 まず関連する行政法や刑法に国家が海外で拘束された邦人の救済に要した巨大な費用を請求する損害賠償の法的論拠を見いだすことはできないだろう。もちろん民法709条の故意又は過失による不法行為による損害賠償を援用することも無理である。

 マスコミが政府筋のリークを新聞報道する際にすべきことは、この点である。 

 これについて、友人の梶山正三氏(弁護士、理学博士)に聞いてみた。

 梶山氏曰く、「政府が費用請求をするとしたら、その根拠は、民法697〜702条の「事務管理」だと思います。念のため申し上げますが、「事務管理」に基づく費用償還請求が正当だと言う趣旨ではありません。その点については、もう少し整理する必要があると思いますが、それ以外の法的根拠は考えにくいという趣旨です。」

 さらに、梶山弁護士は以下のように続ける。

 「上記の事務管理に関してですが、

@「事務管理」は「頼まれてもいないのに」「本人のために必要なことをした場合」に後で費用償還請求できる場合を定めるものです。

A直接の依頼関係がない場合ですから、条文としては「義務なくして」 本人のために仕事をすることとされています。

Bですから、日本政府がしたことが、政府として国民の保護のために「当然の義務」であれば、事務管理に基づく費用償還請求はできないということになります。」

  もちろん、今回の一件は当然のこととして、海外での邦人救出であり日本政府の通常の義務、当然の義務にあたる。したがって、唯一考えられる「事務管理」に基づく費用償還請求ですら法的にはできないことになる。
  
  このように専門家が敢えて論拠を求めた民法697〜702条の「事務管理」ですら、今回の一件の法的根拠(法理)とはなりえないことが分かる。

 それにしても、弁護士でもある公明党の幹部などが軽々に費用請求を口にするのはもっての他である。要するに、政府や与党の一部が流布する自己責任→賠償責任は、政府の意向に反する人々への差別的な牽制、そして圧力と見るべきである。

 たとえば、昨年3月のイラク戦争当時もそうだったが、戦闘現場での日本人の取材の多くは大マスコミの記者ではなく、ジャパンプレスやアジアプレスと言ったフリーのジャーナリストであった。おそらく彼らが拘束された場合にも日本政府や与党の一部は今回同じことを言う可能性が高い。

 もし読売新聞、サンケイ新聞、日本テレビ、フジテレビなど日本を代表するマスコミの記者やディレクターがアンマンからバクダッドに入る最中に拘束されたらどうだろうか? 日本政府や与党筋は、自己責任で入ったのだから救出にかかった10億円、20億円の費用を新聞社やテレビ局に請求しようと言うだろうか?

 昨年12月、自衛隊を最初にイラクに派兵するとき、日本政府はイラクでは散発的にテロが起こっているが、総じてイラクにおける戦闘は終結し安定していると言明し、イラク特措法下で自衛隊の派兵を強行した。これはあくまでも自衛隊派兵の建前論議であって、政府、官僚、与党議員といえど、誰も本気で「非戦闘地域」であり安全であるなどと思っていなかったはずだ。

 まして3人拘束が起こる直前は、まさにイラク全土が内戦状態にあった。サマワにも連日、砲弾が撃ち込まれた。

 もとより、日本国憲法では第十四条において「すべて国民は、法の下に平等であつて、人種、信条、性別、社会的身分又は門地により、政治的、経済的又は社会的関係において、差別されない。」とある。

 第十九条では 「思想及び良心の自由は、これを侵してはならない。」とある。拘束された日本人の思想、信条、社会的身分、政治的関係などによって差別されるゆえんはないのである。

 第二十二条で「何人も、公共の福祉に反しない限り、居住、移転及び職業選択の自由を有する。2 何人も、外国に移住し、又は国籍を離脱する自由を侵されない。」とある。つまり国民は、海外に渡航したり、移住する自由を保証されているのである。

 さらにジャーナリストとの関連では、第二十一条に「集会、結社及び言論、出版その他一切の表現の自由は、これを保障する。」とある。もしジャーナリストの外国への渡航を禁止すると、憲法で保障された表現の自由を奪うことになりかねないのである。


 一方、日本政府は憲法九条及びイラク特措法にすら違反する可能性が大きい自衛隊のイラク派兵を強行している。日本政府こそ、憲法及び法律に違反している可能性が高い。

 法的に言えば、外務省が出している「退去勧告」は、法的拘束力はない。現時点でイラクから退去する法的拘束性、根拠はないのである。もし、根拠法があれば、単なる行政指導ではなく、法に基づいた行政命令、すなわち「退去命令」をだせるからである。

 このように、日本政府がしてきたことは憲法及びイラク特措法に違反している可能性が大である。他方、拘束された3人は何ら違法行為をしているとは思えない。違憲、違法、不法行為をしていない3人が、なぜ違憲、違法を犯している可能性ある日本政府から巨額の損害賠償なり費用負担を請求されるゆえんがあるのか、政府、与党こそ頭を冷やし、冷静に考えるべきではなかろうか。

 もし、地方自治法における監査請求、住民訴訟に類する国民訴訟法ないし納税者訴訟法があるとしたら、私たちは、憲法、イラク特措法に違反し数100億円の公金の不正、不当支出により自衛隊を派兵した日本政府に対して、国民訴訟を提起したいところだ。

 また国家賠償法にもとづき損害賠償なり慰謝料を提起したいものである。もし、国民訴訟に敗訴した場合、日本政府は数100億円を国庫に返還しなければならない。もっぱら、日本政府による復興支援拠出の数1000億円も同様に国民訴訟の対象となるだろう。

 要約的に言えば、理不尽な自己責任、自己負担論は、拘束された3名が日本政府の自衛隊イラク派兵に徹底して反対を明言しているNPO/NGOであり、フリージャーナリストであるからではないのか? そんな恣意的な対応は断じて許されない。拘束された3名が自分なりのしっかりした考えをもち、毅然として自衛隊撤退を言明したことで日本政府と与党議員の一部こそ、感情的になっているのではないのか。もっと冷静になって欲しい。

 ところで2004年4月17日のサンケイ新聞は、次のように報じている。

 すなわち、開放された3人に「政府の担当者は事件の解決に向けて、日本政府が全力を尽くしていたことや、世界から大きな関心を持たれていたことを、事件を報道した新聞などを見せながら説明。」。まぁ、何とも恩着せがましいものだ。

 日本政府の指示で出た自衛隊には「金に糸目を付けず」対応し、そうでない者、政府の意向に添わない者には恩着せがましく、威圧的に対応すると言うようなことがあってよいはずがない。

 私見では、拘束され解放された3人の若者は、「日本には小泉首相、福田官房長官、川口外相とは違い、アメリカによる正当性のないイラク戦争とその後の統治に反対し、イラク市民の側に立ちそれを支援し頑張っている日本人も沢山いる」ことをイラク国民に直接伝えてくれたと言う意味で、きわめて大きな利益を与えてくれたと思う。皮肉だが、これによりサマワに駐留する自衛隊の安全が保障されれば、これほどありがたいことはないはずだ。